『源氏流極秘奥儀抄』注釈(四) : 23初音〜30藤袴
著者 岩坪 健
雑誌名 人文學
号 204
ページ 71‑98
発行年 2019‑11‑15
権利 同志社大学人文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2020.0000000070
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄 ﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
岩 坪
健
本 稿は
﹃源 氏流 極秘 奥儀 抄
﹄の 初 音︵
﹃ 源氏 物 語﹄ 第 二三 帖
︶か ら 藤袴
︵第 三
〇 帖︶ ま でを 掲 載 する
︒各 帖 の 担当 者︵ 出口 京香
︑胡 鴻洋
︑武 蔵隼 斗︑ 井上 大佑
︶は
︑す べて 本学 博士 課程 在学 者で ある
︒凡 例な どは 前稿 と同 じで ある ので 省略 する
︒
ハ ツ ネ
廿三
初 音
ウヘ
ヒメ ミ ヤ
ム ラサ キ ウヘ
オ ン コ
ツ イ タチ
フミ
1
ア カ シノ
明石 の上 の姫 宮を
︑紫 の上 の御 子と なし てお はし 給ひ しか
︑ウレ2
嬉 しく おほ しめ して
︑シヤ3
ウ ク ハツ
正 月 朔日 に文 参ら せ給 ふ︒
4
ウ
歌タ
の
ウク ヒ ス
ネ ワ ス レ
ウ タ コ ヽ ロ マ コ ト
オ モ
ホ ン カ
マツ
ウヘ
ウ クヒ ス
かへ しに
︑﹁ 鴬 のす だち しあ との 音を 忘め や﹂ との 歌の 心︑ 誠に おと なし く思 はれ
︑コノ5
此 本歌 に︑
﹁松 の上 にな く鴬 のこ
コ ソ
ゑを 社は つね の日 とは いふ べか りけ れ﹂ とい ふよ りお もひ より て︑
マツ
ヒカ
ウ ク ヒ ス
6
ト シ ツキ
年月 を松 に曳 れて ふる 人に けふ 鴬の はつ ねき かせ よ
ハ ツ ネ
初音
コ テ ン イハ ク
7
シ ヤ ウク ハ ツ
ハ
イ ワ ヒ
ウ メ
マ ツ
トメ
ハナ
ウラ
イ ク
御伝
ニ
曰︑ こ は︑ 正月 元 日︑ 歯 がた め の 祝義 に よ ろ し
︒ハ8
ナ カタ
花 形は 梅 を み き に し て
︑松 を 留 と す
︒シ9
セ ツ
時 節の 花 を 裏 に 生 る︒
― 71 ―
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
コ コ ロ カ ンカ ヘ ア ハ
儗
マ キ ウタ
巻歌 の心 に考 合す へし
︒
グ ア ン イ ハク
フク シ ユ サウ
ヤマ フ キ
ナ ソ ラ
儙
儚
愚 按ニ
曰
︑クワ儘
ウ クハ
黄花
︑福 寿草
︑山 吹な ど︑ すべ てク
ワ ウ テ フ
黄鳥
ウ クヒ ス
に 准ふ
︒﹁ とし 月を まつ にひ かれ て﹂ とい ふ歌 によ れり
︒又
︑柳
リ ウシ ヤ ウ ウク ヒ ス ト フ ヘン
!"
タル キ ン
シ
ヤ ナ ギ シ タ
ミ ツク サ
を 生る こと
︑習 あり
︒﹁ 柳 上に 鴬 飛 片 々 金
﹂と い ふ 詩に よ れ り︒
儛
マ
又タ
︑ 柳の 下 に 水草 を と めと す る こと
︑コホ儜
氷リ
とけ
ウタ
コ ヽ ロ
ぬ る歌 の心 也︒
〽池 の鏡 とも
〽薄 氷の 伝と もい へり
︒ 二十 三 初音
︵正 月元 日︶ 末摘 花︒ 梅︑ 松︑ 時節
ノ
花
︑福 寿草
︑山 吹︑ 柳︒
︻ 訳︼
︵光 源氏 は︶ 明石 の君 の︵ 娘で ある 明石 の
︶姫 君 を︑ 紫 の上 の 養 女と し て いら っ し ゃ った が
︑︵ そ れを 明 石 の君 は︶ 嬉し くお 思い にな って
︑一 月一 日に 手紙 を︵ 娘に
︶差 し上 げな さる
︒︵ 明 石の 姫君 が︶ 返歌 とし て︑
﹁鶯 が巣 立っ た跡 の音 を忘 れる だろ うか
﹂と 詠ん だ歌 の趣 は︑ ほん とう に大 人び て思 われ
︑︵ 明 石の 君の 和歌 は︶ その 本歌 とし て︑
﹁ 松の 上で 鳴く 鴬の 声を
︵聞 く日 を︶
︑初 音の 日と 言う べき であ るな あ﹂ とい うこ とに より 思い つい て︵ 詠ん だも ので ある
︶︒
は つ ね
長い 年月
︑あ なた を待 ち続 けて 年老 いた 私に
︑松 を引 く初 子の 今日
︑鶯 の 初音 すな わち 初便 りを 聞か せて ほし い︒ 師伝 によ ると
︑こ れは
︑正 月元 日に おけ る歯 固め の祝 儀に
︵用 いる のが
︶ふ さわ しい
︒花 の形 は梅 を中 心に して
︑松 を花 留め にす る︒ 季節 の花 を裏 側に 活け る︒ 巻名 歌の 趣に 合わ せて 考え るの がよ い︒ 愚 案に よる と︑ 黄色 い花
︑福 寿草
︑山 吹な ど は︑ す べ て黄 鳥 す なわ ち 鴬 にな ぞ ら え る︒
﹁年 月 を 松に 引 か れて
﹂と い う 歌 に よっ て い る︒ また
︑柳 を 活 ける 習 わ し があ る
︒﹁ 柳 上に 鴬 飛 ぶ︑ 片々 た る 金
﹂と い う 漢 詩 に よ っ て い る︒ ま た︑ 柳の 下に 水草 を花 留め とす るこ とは
︑氷 が融 けた
︵と いう
︶和 歌の 趣で ある
︒池 の鏡 とも
︑薄 氷の 伝と も呼 ば れて いる
︒
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
― 72 ―
︻ 注︼
1
﹁ あか しの 上の 姫宮 を︑ 紫の 上の 御子 とな して おは し給 ひし か﹂︵﹃ 龍 野﹄
︶︒
﹁ 姫君 を︑ むら さき の上 の御 こに なし 給ひ てお はし ませ は﹂
︵﹃ 小 鏡﹄
︶︒ 光 源氏 は明 石の 君の 姫君 を︑ 紫の 上の 養女 とし た︒
2
﹁な つか しく 覚し めし て﹂
︵﹃ 龍 野
﹄︶
︒﹁ 恋 し く お も ふ に﹂
︵﹃ 小 鏡﹄
︶︒ 明 石 の 君 は 実 の 娘 で あ る 明 石 の 姫 君 に
︑五 年 も 会 え て い な い︒
3
﹁ 正月 朔日 に文 して
︑ま いら せら れ 候 へ は﹂
︵﹃ 龍 野﹄
︶︒
﹁正 月 一日
︑か の 御 かた へ 文 参 らせ 給 ふ 時の 歌 に﹂
︵﹃ 小 鏡
﹄︶
︒ 六条 院の 冬の 町に 住む 明石 の君 は 元日 に
︑春 の 町 に住 む 明 石の 姫 君 に注 6の 和 歌 を 送っ た
︒
4
﹁ 歌の 返 し に︑ 鴬 のす たち しあ との ねを わす れめ や との 歌の 心︑ 誠に おと なし くお もわ れま いら せ候﹂︵
﹃ 龍野
﹄︶
︒ 明石 の姫 君か ら明 石の 君へ の返 歌は 物語 では
︑﹁ 引 き別 れ年 は経 れど も鴬 の巣 立ち し松 の根 を忘 れめ や﹂
︵離 れ離 れに なっ てか ら年 は経 まし たが
︑鴬 が巣 立ち をし た松 のも とを 忘れ ない よう に︑ 私も 生み の母 親を 忘れ るこ とは あり ませ ん︶ とあ り︑ 本文 が﹁ あと の音
﹂で はな く﹁ 松の 根﹂ で異 なる
︒時 に明 石の 姫君 は数 え八 歳で
︑物 語で は﹁ 幼き 御心 にま かせ て︑ くだ くだ しく ぞあ める
︵幼 いお 心の まま に︑ くど い詠 み口 であ る︶
﹂︵ 一 四六 頁︶ と評 され てい るが
︑本 書と
﹃龍 野﹄ では
﹁ 誠に おと なし く思 はれ
﹂と あり
︑歌 の評 価 が 異 なる
︒
5
﹁ 此 歌︑ 本歌 に︑ま つ のう へ に な くう く ひ すの こ ゑ をこ
は つ ね
ね
そは つね の日 とは いふ へか りけ れ﹂
︵﹃ 小 鏡﹄
︶︒
﹁は つね
﹂に 鴬の
﹁初 音﹂ と﹁ 初子
﹂︵ 年始 の子 の日
︒小 松を 根ご と引 いて 長寿 を祝 う︶ を掛 ける
︒明 石の 君が 詠ん だ注 6の 歌は
︑こ の歌
︵拾 遺和 歌集
・春
・二 二・ 宮内 卿︶ の本 歌取 りで ある
︒
6
巻 名歌︒明 石の 君が 娘の 姫君 に送 った 歌で
︑﹃ 龍 野﹄
︵た だし 第三 句は
﹁ふ る人 は﹂
︶ と﹃ 小鏡
﹄に も掲 載︒
ふ
﹁ 松﹂ に﹁ 待つ
﹂︑
﹁ 経 る﹂ に﹁ 古﹂
︑﹁ 初 音
﹂に
﹁初 子
﹂を 掛 け る
︒﹁ 引 か れ て
﹂は
﹁松
﹂の 縁 語
︒
7
﹁ 又︑ 此 巻 に︑ はか ため のい はひ の餅︑か ゝみ の事
︑有
﹂︵
﹃ 小鏡
﹄︶
︒ 歯固 めと は正 月の 三が 日に
︑鏡 餅・ 大根
・瓜
・猪 の肉
・鹿 の肉
・押 鮎な どを 食べ て 長命 を 願 っ た行 事
︒
8
﹁ 此か た︑梅 を 身木 に し て︑ 松 を留 に い たし
﹂︵
﹃ 龍 野﹄
︶︒
﹁ 留 め﹂ とは
― 73 ―
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
花留 め︵ 活け 花で
︑花 の配 置を 整え るた めに 用い る留 め木
︶を 意味 し︑ 中心 に据 える 梅を 松で 支え る︒
9
﹁時 節の 花を うら に生 る﹂
︵﹃ 龍 野﹄
︶︒
儗
﹁ 巻歌 の心 をか んか へ生 へし﹂︵
﹃ 龍野
﹄︶
︒ 梅は 鴬︑ 松は 便り を待 つ明 石の 君︑ 裏側 に活 ける 季節 の花 は遠 ざけ られ た姫 君に なぞ らえ る︒
儘
黄鳥 は鴬 の異 名︒ 福寿 草は 初春︑山 吹は 晩春 に黄 色の 花が 咲き
︑鴬 にた とえ る︒ 注儚 では 鴬を
﹁金
﹂に 例え てい る︒
儙
注6 を参 照︒儚
朝鮮 で刊 行さ れた︑聯 句の 百聯 を集 めた 稀覯 書﹃ 百聯 抄﹄
︵ 成立 時期 は不 明︶ の中 に見 られ る句
︑﹁ 花前 蝶舞 紛紛 雪 柳上 鴬飛 片片 金︵ 花の 前を 蝶が 舞う 様子 は︑ 入り 混じ って 乱れ る雪 のよ うで あり
︑柳 の上 を鴬 が飛 ぶ様 子は
︑軽 くひ るが える 金の よう であ る︶
﹂ によ る︒
か き つば た
ゆ や
謡 曲
﹁杜 若﹂
﹁ 熊野
﹂に も
︑こ の 句 が 見 ら れ る
︒
儛
﹁ 留 め﹂は 注8 参 照︒ 水 草 を 用 い て 柳 の 配 置 を 整 え る︒
儜
うす ご ほ り
た ぐ ひ
﹁ 氷と けぬ る歌
﹂と は︑ 当巻 で光 源氏 が紫 の上 に詠 んだ 和歌
︑﹁ 薄氷 とけ ぬる 池の 鏡に はよ に類 なき 影ぞ 並べ る﹂
︵﹃ 小 鏡﹄
︶ であ り︑
﹁池 の鏡
﹂﹁ 薄 氷﹂ はそ の歌 に詠 まれ てい る︒
︵武 蔵隼 斗︶
コ テ フ
廿四
胡 蝶
コ テ フ
イ ン
ミ ヤ︵ マ マ
︶キ サ キ
タ イ ホ ウ エ ア リ
タ イ ハン ニ ヤ キ ヤ ウ
イ ヘ
ハ ナ
ヤ タ リ
1
ム カ
昔シ
︑ 胡蝶 と い ふ は 院 の 宮 の 后 な と も 四 季 の 大 法会 有
︒ニン2
ワ ウキ ヤ ウ
仁王 経
︑大 般若 経 と も 云 り︒
3
ソ
其ノ
こ ろ 花 を か さ り し 八人 の
ヲ ト メ
マフ
4
チウ グ ウ ロ クシ ヤ ウ イン
オ コナ ハ
ウヘ
ホ トケ
ハ ナ
乙女
︑舞 こと あり
︒秋 この む中 宮は 六 条院 に て 行せ ら る︒
5
ム ラサ キ
紫 の 上も 仏 に 花た て ま つ り給 ふ と て︑
6
ハナ カ メ
花瓶 にさ く ら をさ して
︑て ふに はこ がね のか めに 山ふ き︑ おな しき 花の 一ふ さ︑ いか めし う世 にな きに ほひ をつ くせ り︒
ク サ ア キ
7
ハ ナ ソノ
花園 のこ てふ をさ へや した 草に 秋ま つむ しは うと くみ るら ん
コ テ フ
胡蝶
コ テ ン イ ハ ク
ハ ナ カ タ イ ツシ ユ イ ツシ キ
ハ ナ
ウ シ ロ ハ ナガ タ
イ ケ
シ ヤ ガ
オ ホ ハ
シ セ ツ
ハ ナ
マ ヘ
御伝
ニ
曰︑
8
コ
此ノ
花 形︑ 一種 一色 の 花 をは
︑後 の 花形 の こ とく 活
︑鳶 尾か 大 葉を あ し ら ひ︑
9
マヘ
前に 時節 の 花 をい ろ
!
"
前ぶ
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
― 74 ―
イ タ
コト
イク ル
ハナ
ヤ イ ロ イク
ナラ イ
ちに 出し て︑ あし らひ の如 くに 生也
︒マヘ儗
前 の花 は八 色生 るを 習と す︒
儘
コ
頃ロ
は 二月 より 三月 の頃 也と 心得 へし
︒
ク ア ン イ ハク
コ ド キ ヤウ
コヽ ロ ウ
儛
ハナ カ メ
テ フ
カ メ ヤ マ フ キ
愚 按ニ
曰
︑シ儙
キ
四 季の 御読 経 あり
︒フ儚
ツ クハ
仏 花と 心得 べし
︒し ろか ねの 花瓶 にさ くら
□を さし て
︑蝶 に は こが ね の 瓶に 山 吹の
ハナ ナ リ コノ ク ハ ンチ ウ ガ ン モク
シ
フ ナ
儝
花 也︒ 是巻 中の 眼目 と知 るへ し︒
儜
マ
又タ
︑ 舟あ そび あり
︒二 艘也
︒是 は春 の事 也︒ 二十 四 胡蝶
︵法 会︶ ひた ちの きみ
︒桜
︑棠 棟︑ 正面
︒桜
︑鳶 尾︑ 大葉
︑八 種ノ 花︒
︻ 訳︼ 昔︑ 胡蝶 とい うの は︑ 院の 中宮 や后 な ど も四 季 の 大法 会 が ある
︒仁 王 経︑ 大 般 若経 と も 言っ た
︒そ の 頃︑ 花を 飾っ た八 人の 乙女 が舞 うこ とが ある
︒秋 好中 宮は 六条 院の 邸で
︵法 会を
︶執 り行 われ る︒ 紫の 上も 仏に 花を お供 えに なら れて
︑︵ 鳥 に扮 した 少女 には 銀の
︶花 瓶に 桜を 挿し て︑ 蝶︵ の姿 をし た少 女︶ には 黄金 の花 瓶に 山吹 で︑
︵ほ かの 山吹 と︶ 同じ
︵と は思 えな いほ ど見 事な
︶花 を一 房︑ 厳か で世 に比 類が ない 美し さを 極め てい る︒
︵ 春の
︶花 園の 胡蝶 まで も︑ 草陰 で秋 を待 つ松 虫は 嫌だ と見 てい るの でし ょう か︒ 師伝 によ ると
︑こ の花 の形 は︑ 一種 一色 の花 を後 方の 花の 姿の よう に活 け︑ 鳶尾 か大 葉を あし らい
︑前 方に 季節 の花
ふち
をい ろい ろと 花瓶 の前 の縁 に出 して
︑あ しら いの よう に 活 け るの で あ る︒ 前方 の 花 は八 色 活 け るの を 決 まり と す る︒ 頃は 二月 から 三月 にか けて の頃 と心 得る のが よい
︒ 愚 案に よる と︑ 四季 の御 読経 があ る
︒仏 花 と 心得 る の がよ い
︒白 銀 の花 瓶 に 桜□ を 挿し て
︑蝶
︵の 姿 をし た 少 女︶ に は 黄 金 の花 瓶 に 山吹 の 花 であ る
︒こ の 巻 の主 眼 と 知り な さ い︒ また
︑舟 楽 の 催 し が あ る︒
︵舟 は︶ 二 艘 で あ る︒ こ れは 春の 頃で ある
︒
︻ 注︼
1
﹁ こ て ふ と 云 事 は︑ 昔 は 院 の 宮︑一 の 人
︑き さ き な と も
︑四 季 の 御 読 経 と て
︑い か め し き 大 法 会 有﹂
︵﹃ 小
︵マ マ
︶
き
み ど き ょ う
鏡﹄
︶︒
﹁胡 蝶の 舞は
︑い にし への 院︑ 宮︑ 后な との
︑五 月の 御読 誦と て﹂
︵﹃ 龍 野﹄
︶︒
﹁ 四季 の大 法会
﹂と は季 の御 読経
― 75 ―
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
のこ とで
︑春 と秋 に宮 中で 四日 間︑ 大般 若経 を僧 侶に 読誦 させ る法 会︒ 当巻 では 三月 二十 日ご ろ︑ 紫の 上が 住む 春の 御 殿 で 舟 楽 を し た 翌 日
︑秋 好 中 宮 の 秋 の 御 殿 で 季 の 御 読 経 が 行 わ れ た︒
2
﹁仁 王 経︑ 大 般 若 経 と も 云 り﹂
︵﹃ 小 鏡﹄
︶︒
﹁大 般若 経を よみ 給ふ 法事 の頃
﹂︵
﹃ 龍野
﹄︶
︒﹃ 小 鏡﹄ には
﹁仁 王経
﹂と ある が︑ それ を講 ずる のは 仁王 会と いう 法会 で︑ 季の 御読 経で はな い︒
3
﹁花 をか さり し八 人の 乙女
︑舞 事あ り﹂
︵﹃ 龍 野﹄
︶︒ 季 の御 読経 に紫 の上 は八 人の 少女 を用 意し て︑ 四人 ずつ 蝶と 鳥の 舞装 束を 着せ て花 を奉 らせ た︒
4
﹁秋 この む中 宮は
︑六 条の ゐん にて
︑を こな はせ 給ふ
﹂︵
﹃ 小鏡
﹄︶
︒﹁ 秋こ のむ 中宮 は
︑六 条 の 院に て 行 はせ ら る﹂
︵﹃ 龍 野
﹄︶
︒
5
﹁む ら さ きの 上 も 仏に 花 た てま つり 給ふ とて
﹂︵
﹃ 小鏡
﹄︶
︒ 紫の 上は 仏の 供養 に︑ 春の 御殿 で美 しく 咲く 桜と 山吹 の花 を供 えた
︒
6
﹁ しろ かね の花︵ 蝶
︶
かめ にさ くら をさ して
︑て ふに はこ かね のか めに 山ふ き︑ おな しき 花の 一ふ さ︑ いか めし う︑ よに なき にほ ひを つく せり
﹂︵
﹃ 小鏡
﹄︶
︒ 紫の 上は 鳥の 舞装 束を 着せ た少 女に は銀 の花 瓶に 桜を 挿し
︑蝶 の舞 装束 を着 せた 少女 には 黄金 の花
︵マ マ
︶
瓶に 山吹 の花 を挿 して 供え させ た︒
7
巻名 歌︒﹃ 龍野
﹄は 第二 句が
﹁こ てふ をさ やく
﹂︒ 紫の 上が 花を 供え た際
︑秋 好中 宮に 贈っ た歌
︒﹁ 下 草﹂ は木 陰の 草︒
﹁秋 まつ むし
﹂は
﹁秋 待つ
﹂に
﹁松 虫﹂ を重 ね︑ 秋好 中宮 にた とえ る︒
儢
少も み じ
女の 巻に おい て秋 の盛 りに
︑春 の御 殿に 住み 秋の 景観 を楽 しめ ない 紫の 上に 向け て︑
﹁ 心か ら春 待つ 園は 我が 宿の 紅葉 を風 のつ てに だに 見よ
﹂と 秋好 中宮 が送 った 和歌 に対 応す る︒ 秋に
﹁春 待つ
﹂と 詠ま れた こと を受 けて
︑春 に﹁ 秋ま
︵ ママ
︶
つ﹂ と返 す︒
8
﹁一 種一 色の 花を は︑ 得の の花 形の こと く生 け︑ しや かか 大葉 を応 答﹂
︵﹃ 龍 野﹄
︶︒
﹁一 種一 色の 花﹂
し ゃ が
とは 花の 色が 一色 のも ので
︑一 種類 だ けと い う 意 味︒
﹁鳶 尾﹂ は 漢名 を 胡 蝶花 と い う ので
︑当 巻 に 選ば れ た か︒ 花は アヤ メに 似る が小 形︑ 白色 で紫 斑が あ り︑ 中 心 が黄 色 い︒
﹁ 大葉
﹂は 大 き な葉
︑ま た は シ ソ科 シ ソ 属の 葉 を 指す
︒
9
﹁ 前に 時節 の花︑色 々︑ 前へ ふ ち へ 出し
︑真 の 応 答の こ と くに 生 る 也﹂
︵﹃ 龍 野
﹄︶
︒﹁ 時 節 の 花﹂ は︑ ここ で は 春の
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
― 76 ―
花を 指す
︒﹁ あ しら い﹂ は活 け花 にお いて は︑ 役枝 を補 い助 ける 枝を 指す
︒
儗
﹁ 前の 花は 元来︑八 色生 るな れと も︑ 仕立 かた し﹂
︵﹃ 龍 野﹄
︶︒ 八 色の 花は
︑蝶 と鳥 の舞 装束 を着 た八 人の 少女 に例 える
︒
儘
﹁ 正五 九月 ト大 般若 経御 読誦 アリ ト云 々﹂︵﹃ 龍 野﹄
︶︒ 注 1参 照︒
儙
﹁四 季に 御読 経と て﹂
︵﹃ 小 鏡﹄
︶︒ 注 1参 照︒
儚
﹁仏 花﹂ は仏 前に 供え る花 で︑ 供花 とも いう
︒紫 の上 が季 の御 読経 で供 えた 桜と 山吹 の花 を﹁ 仏花
﹂と 見な した
︒
儛
注 6参 照︒儜
﹁舟 あそ ひ︑ 二の 舟を うか へて
﹂︵
﹃ 小鏡
﹄︶
︒﹁ 舟遊 び﹂ とは 舟 の 上で 音 楽 を演 奏 す るこ と
︒物 語 で は︑ 春の 御 殿 と秋 の 御 殿を
り ょ う とう げ き し ゅ
つ なぐ 南 の 池 に二 隻 の 舟︵ 龍頭 鷁 首︶ を 浮か べ た とあ る
︒一 隻 には 船 首 に 龍の 頭
︑別 の には 鷁
︵想 像 上 の水 鳥
︶の 首を 付け
︑水 難を 防ぐ 願い を込 める
︒
儝
﹁ 是は 春成 へし﹂︵
﹃ 小鏡
﹄︶
︒
︵出 口京 香︶
ホ タ ル
廿五
蛍
マ キ タ マ
キミ
ケン シ
タイ シ ヤ ウ
ホタ ル
ア ツ メ
キ
1
ホ タ
蛍ル
の 巻は 玉か つら の君 の御 かた ち︑ すぐ れさ せお はせ しを
︑源 氏か をる 大将 に見 せ給 ふと て︑ 蛍を おほ く集 めて
︑几
チ ヤ ウ
タ マ
2
ホ タ ル
ク チ
帳の かげ より ほの かに みせ 給ふ に︑ いと 御す かた の め て たか り け れは
︑﹁ こ ゑ もせ て 身 を のみ こ か す蛍 こ そ﹂ と 口す
タマ
ウ タ
ホ タ ルヒ ヤ ウ フキ ヤ ウ
さひ 給ひ し玉 かづ らの 歌也
︒コノ3
マ キ
此 巻を ほた ると いふ こと
︑蛍 兵 部 卿︒ な4
く こゑ も聞 えぬ むし のお もひ たに 人の けつ には きゆ る物 かは
ホタ
蛍ル コ テ ン イ ハ
イト ス ヽ キ ヘツ
イケ
ハ ナ シ ヤ ウ
イロ
アカ
キ
ハ ナ オ ホ
イ ク
イ ク
御伝
ニ
曰ク
︑コノ5
カ タ
此 形︑ 糸芒 を別 に生 て︑ うし ろ に 花 の小 な る 色︑ 赤か 黄 の 花を 多 く 生 る也
︒スヽ6
芒キ
にて
︑み え か くれ に 生 る︒
ユ リ
カ ラ コ ユ リ
ナテ シ コ ルイ
8
サ
シ セ ツ
セ ツ ケイ
コ ヽ ロウ
7
ヒ
姫メ
百 合︑ 唐子 百合
︑き んほ うけ
︑常 夏類 よし
︒五 月四 日五 日に 挿す へし
︒時 節の 絶景 也と 心得 へし
︒
ア カ キ
ホ タル
オモ ム キ
キ コ ハ ヘル
ヒヤ ウ ブ キ ヤウ
コノ キ ミ カ キ リ ク9
ア ン
愚 按曰
ク
︑赤 黄の 小花 を蛍 とと りな し給 へる 御伝 の趣
︑よ く聞 え侍
︒タマ儗
玉 かづ ら の 君を
︑兵 部 卿 の みや
︑此 君 を 限な
― 77 ―
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
ヲ ンコ ヽ ロ
アツ メ
ヒ カリ
ミ
キ ヨ
チ ン クハ
ヒ メ キ ミ
く 御 心に か け 給ひ
︑ホタ儘
蛍ル
の 集 たる 光 に ほの か に 見 奉り た る けし き 也︒
儙
マ
又タ
︑ 清 らか な る 珍 花を
︑姫 君 の 御か た ち すぐ
ナ ソ ラ
タ カ ク イ ケ
ト メ シヤ ウ ク ハ アカ
シン ワ ウ
セ イ ワ テ ン ワウ
タ イ ゴ
ヲ ン コ
ビ ハ
れ てお はし ます に准 へ︑ 高く 生て
︑留 に 小花 の赤 きを いく るも よし
︒マ儚 又タ
か つら の親 王は 清和 天皇 の第 五の 御子
︑琵 琶
シ ヤ ウズ
キ リ
タ イ ゴ
ヨ リ テ
ビ ハ
イ ク
儜
ヨツ
ヨ
イ ト
の 上手 ぞか し︒
儛
コ
是レ
を 桐つ ぼの みか ど第 五と かけ り︒ 依而
︑
!
杷を 活る もよ し︒ 又︑ びわ は四 のを とて︑四 の緒 糸な
ホタ ル
イケ
ヰ
ヤ マ スゲ
ヨ フ サ
イ ク
ナ ラ ヒ
キ チ ヤウ
マ ヘ
ハナ
れ ば︑ 蛍に 小花 を生
︑ふ と葦 か 山菅 か 四 房 を以 活 べ し︒ 習あ り
︒マタ儝
又
︑﹁ 几帳 の す き かげ
﹂と い ふ こと あ り︒ 前 に花
クサ
イ ク
シ ツ ク
イ ク
な き草 をい け︑ おく に小 花を 活る もよ し︒
儞
マ
又タ
︑﹁ あや めの 雫﹂ とい ふ詞 によ りて 活る もよ し︒ 二十 五 蛍 侍従
︒糸 芒︑ 姫百 合︑ 唐子 百合
︒き んほ うげ
︑枇 杷︑ なで しこ
︒
︻ 訳︼ 蛍の 巻は
︑玉 鬘の 君の ご容 貌が すぐ れて いら し ゃ った の を︑ 光 源氏 が 薫 大将 に お 見 せに な ろ うと し て︑ 蛍 を多 く集 めて
︑几 帳の 物陰 から ほの かに
︵玉 鬘を
︶お 見せ にな る時 に︑
︵ 玉鬘 の︶ お姿 がと ても 美し かっ たの で︑
﹁鳴 く声 も 立て ず に
︑ひ た すら 身 を 焦が し て いる 蛍 こ そ﹂ と お詠 み に なっ た の は︑ 玉 鬘の 和 歌 であ る
︒こ の 巻 を 蛍 と い う の は︑ 蛍兵 部卿
︵の 次の 和歌 によ る︶
︒ 鳴く 声も 聞こ えな い蛍 の光 でも
︑人 が消 そう とし ても 消え ない よう に︑ 私の 胸に 燃え る恋 の火 は︑ どう して 消す こと がで きる でし ょう か︒ 師伝 によ ると
︑こ の形 は糸 薄を 別に 活け て︑ 後ろ に小 さい 赤か 黄色 の花 を多 く活 ける ので ある
︒薄 で︵ 赤か 黄色 の花
ひ め ゆ り
か ら こ ゆ り
き ん ぽ う げ
なで し こ
が︶ 見え 隠れ に︵ なる よう に︶ 活け る︒ 姫百 合︑ 唐子 百合
︑金 鳳花
︑撫 子の 類が よい
︒五 月四 日か 五日 に挿 すの がよ い︒ 時節 の絶 景で ある と心 得な さい
︒ 愚 案 に よ ると
︑赤 や 黄 色の 小 さ い花 を 蛍 と 見な さ れ た師 伝 の 趣旨 は
︑巧 み に 思わ れ ま す︒ 玉鬘 の 君 を 兵 部 卿 の 宮 が
︑こ の君 を限 りな くお 心に かけ ら れ︑
︵ 光 源氏 が
︶集 め た蛍 の 光 でほ の か に︵ 玉 鬘を
︶拝 見 し た有 様 で ある
︒ま
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
― 78 ―
た
︑美 しく 珍ら しい 花を
︑姫 君の ご容 貌が すぐ れて おら れる のに 例え て︑ 高く 活け て︑ 花留 めに 赤い 小花 を活 ける の も よ い︒ ま た︑ 桂の 親 王 は清 和 天 皇の 五 男 で︑ 琵 琶の 名 手 で あ る︒ こ れ
︵桂 の 親 王
︶を 桐 壷 帝 の 五 男
︵蛍 兵 部
よ
お
卿
︶に 例え た︒ それ によ り枇 杷を 活け るの もよ い︒ また
︑琵 琶は
﹁四 つの 緒﹂ とい って 四本 の絃 があ るの で︑ 蛍に
ふ と い
や ま すげ
︵な ぞら えて
︶小 さい 花を 活け
︑太 藺か 山菅 か を 四 房に し て 活け る の がよ い
︒︵ そ の よう な
︶決 ま りが あ る︒ ま た︑
﹁几 帳 の 透き 影
﹂と い うこ と が ある
︒前 に 花 が ない 草 を 活け
︑奥 に 小 さい 花 を 活 け る の も よ い︒ ま た︑
﹁あ や め の 雫
﹂と いう 言葉 によ って 活け るの もよ い︒
︻ 注︼
1
﹁ ほた るの 巻は︑玉 かつ らの 君の 御 か たち
︑す ぐ れ させ お は せし を
︑源 氏︑ か ほ る大 将 に 見せ 給 ふ とて
︑蛍 を あつ め
︑き て ふ のか け よ り︑ ほの か に 見せ 給 ふ に﹂
︵﹃ 龍 野
﹄︶
︒﹃ 源 氏 物 語﹄ では 薫 大 将 は ま だ 生 ま れ て い な い が︑
﹃ 龍野
﹄と 本書 では 登場 して いる
︒物 語で は光 源氏 は︑ 養 女 にし た 玉 鬘に 蛍 兵 部卿 が 恋 慕 して い る こと を 知 り︑ その 思い をか き立 てる ため
︑事 前に 集め た蛍 の光 で︑ その 美し い容 貌を 蛍兵 部卿 に見 せた
︒
2
﹁ いと 御す かた のめ てた かり けれ は︑ 声も せで 身を のみ こが すほ たる こそと
︑す さみ たま ひし より
︑此 巻の 名と 成ま いら せ候
﹂︵
﹃ 龍野
﹄︶
︒
﹁ 声も せで 身を のみ 焦が す蛍 こそ 言ふ より まさ る思 ひな るら め﹂
︵声 も立 てず に身 を焦 がす ばか りの 蛍の 方が
︑あ なた のよ うに 言葉 に出 して 言う より も︑ はる かに 深い 思い なの でし ょう
︶は 巻名 歌で
︑注 4の 和歌 に対 する 返歌
︒初 句は 物 語 と
﹃小 鏡
﹄で は
﹁声 は せ で
﹂︒
﹁ 思 ひ﹂ の﹁ ひ﹂ に﹁ 火﹂
︵ 蛍 の 光︶ を 掛 け る︒
3
﹁此 巻︑ ほ た る と い ふ こ と︑ ほ たる 兵 部 卿﹂
︵﹃ 小 鏡
﹄︶
︒ 兵部 卿 は 兵部 省 の 長官
︒巻 名 と
﹁蛍 兵 部卿
﹂と い う 通 称 は
︑源 氏 が 蛍 を 放 し た こ と に よ る︒
4
﹃小 鏡﹄ にも 掲載
︒﹁ 鳴 く声 も聞 こえ ぬ虫
﹂と は蛍 のこ とで
︑﹁ 思ひ
﹂の
﹁ひ
﹂に
﹁火
﹂を 掛け る︒
5
﹁此 かた
︑糸 すス きを 前に 生 て︑ う し ろに
︑花 の こ まか な る︑ 赤 か黄 の 一 色 を︑ 多く 生 る なり
﹂︵
﹃ 龍 野﹄
︶︒
﹁ 糸 芒﹂ はイ
― 79 ―
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
ネ科 のス スキ の変 種︒
6
﹁す ゝき にて 見え かく れに 生る
﹂︵
﹃ 龍野
﹄︶
︒ 糸芒 は几 帳︑ 赤か 黄色 の花 は蛍 火に なぞ らえ る︒
7
﹁姫 ゆり
︑唐 子ゆ り︑ きん ほう け︑ なて しこ の類
︑よ し﹂
︵﹃ 龍 野﹄
︶︒ 姫 百合 は初 夏に 濃赤
︑黄 色の 六弁 花を 開く
︒唐 子百 合は 小さ い百 合を 指す
︒金 鳳花 は晩 春か ら初 夏に
︑五 弁の 黄花 が咲 く︒ 撫子 は秋 の七 草の 一つ で五 枚の 花弁 があ り︑ 先端 が細 裂し た紅
・白 色の 花が 開く
︒い ずれ も﹁ 赤か 黄の 花﹂
︵ 注5
︶の 具体 例︒
8
﹁五 月四 日の 夜︑ しの ひて おは した るに
︑け んし すき
! "
しく
︑か の姫 君の 御 か た ちの す く れて お は しま す を 宮 に見 せ た てま つ り て﹂
さ み だ れ
︵﹃ 小 鏡﹄
︶︒ 蛍 兵部 卿が 玉鬘 を訪 れた 日 を﹃ 小 鏡﹄ は 五月 四 日 と指 定 す るが
︑﹃ 源 氏 物 語﹄ では 五 月 五日 以 前 の五 月雨
︵ 弟
︶
の頃 と ある
︒
9
注 5・ 7参 照︒
儗
﹁ 源 氏の お とゝ︑兵 部 卿の み や︑ 此 君を 限 な く 御心 に か け給 ひ て﹂
︵﹃ 小 鏡
﹄︶
︒
儘
﹁ 其夕 つか た︑ ほた るを おほ く取 あつ めて︑き ちや うの かた ひら につ ゝみ て︑ 光を さと 見せ て︑ ほの かに 見せ しな り﹂
︵﹃ 小 鏡﹄
︶︒
儙
小 さく 赤い 花は︑蛍 火 にな ぞ ら え る︒
儚
﹁か の かつ ら の しん わ う に︑ こ ゝろ を か けし 女 こ そ︑ 月の ひか りを まち かね て︑ ほた るを 袖に つゝ みけ るな とゝ いふ
︑ふ かき ため しに よそ へた り︒ かの かつ らの 親王 と聞 こ えし ひ と は︑ 清 和天 皇 の 第五 の 御 子︑ ひわ の 上 手 そか し
﹂︵
﹃ 小鏡
﹄︶
︒ 蛍 の光 で 女 性 の 姿 を 見 る 例 は︑
﹃ 伊 勢 物 語﹄
な い し のか み
う す ぎ ぬ
の う し
三 十九 段
︑﹃ 宇 津 保物 語
﹄尚 侍の 巻 に も見 ら れ る︒ 前 者は 車 内 に蛍 を 放 ち︑ 後者 は 帝 が 薄 絹 の 直衣 の 袖 に 蛍 を 包 む︒
儛
﹁ これ を︑ きり つほ のみ かと に第 五と かけ り﹂︵﹃ 小 鏡﹄
︶︒ 蛍 兵部 卿は 光源 氏の 異母 弟︒ 枇杷 を同 音の 琵琶 にな ぞら える
︒枇 杷は 十一 月頃 に黄 色が かっ た白 い五 弁花 を開 き︑ 翌年 初夏 に黄 色の 果実 を結 ぶ︒
儜
﹁四 の緒
﹂は 絃が 四本
ふ と い
はな む し ろ
や ま すげ
ある 琵琶 の別 名︒ 太藺 は茎 が長 く︑ 花筵 を 編 む︒ 山 菅は 山 野 に自 生 す る菅 で
︑葉 で 笠 や蓑 を 作 る︒
﹁房
﹂は 糸 や 毛な どを 束ね
︑そ の先 を垂 らし たも の︒
儝
﹁几 帳の すき かげ の蛍
﹂︵
﹃ 小鏡
﹄寄 合語
︶︒ 注 1の 本文 に﹁ 几帳 のか げよ り︑ ほ の か に 見 せ 給 ふ
﹂と あ る
︒手 前 の
﹁花 な き 草﹂ は 几 帳︑ 奥 の
﹁小 花
﹂は 玉 鬘 を 表 わ す
︒
儞
﹁ あ や め の し つ く﹂﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
― 80 ―
あ や め
︵﹃ 小 鏡﹄ 寄合 語︶
︒ 物語 では 蛍兵 部卿 は蛍 火を 見 た あ と﹁ 軒の 雫
﹂に 濡 れな が ら 帰り
︑五 月 五 日 に玉 鬘 へ 菖蒲 に 添え
し ずく
て歌 を送 った
︒﹁ 雫
﹂は 涙の 比喩
︒例
︑﹁ なが めつ つわ が 思 ふ こと は 日 暮し に 軒 の雫 の 絶 ゆ る世 も な し﹂
︵新 古 今 和歌 集・ 雑下
・中 務卿 具平 親王
︶︒ 菖 蒲は 初夏
︑白 や紫 色 の 花を 開 く︒ 古 くか ら 邪 気を 払 う 草 と信 じ ら れ︑ 端午 の 節 句に
ねあ わ せ
葉を 屋根 に掛 け︑ また 根の 長さ を競 い合 う根 合と いう 催し が行 われ た︒
︵ 胡鴻 洋︶
トコ ナ ツ
廿六
常
キ 夏
ミ
タマ フ
ニ シ
タイ
ニ ハ
イ ロ ト ヽ ノヒ
3
マ タ
1
タ
玉マ
か づら の君 のす ませ 給御 かた を は︑ 西 の 台と い へ り︒
2
コノ オ ン
此御 かた の 庭 には
︑な で し こ の色 を 調 たる
︒か ら の も︑ 又︑
ヲ キ
4
ハ ナ
サ キ
エ ン
や まと な で し こな と も︑ と ゝの へ 植 わた さ れ た り︒ その 花
︑お も しろ く 咲 み た れ て
︑え な ら ず 艶 な る を
︑ケ5
ン ジ
源 氏の を
ユフ カ ホ コ ト
イタ
ウタ
マキ
とゞ
︑む かし
︑夕 皃の 事を おほ し出 して
︑歌 など よみ 給ひ しゆ へ︑ とこ なつ の巻 とな つけ られ し事 也︒
6
カ キ ネ
ヒ ト
なて しこ のと こな つか しき 色を 見は もと の垣 根を 人や たつ ねん
ト コ ナツ
双夏
コ テ ン イ ハ ク
ミ キ ナ テ シ コ
オ ホ イ ク ル
8
ル イ ス ヽ キ
ハ ナ
シ セ ツ シ タ カ
ト メ
アル イ ハ
御伝
ニ
曰︑
7
コ ノカ タ
此形
︑幹 を撫 子と し︑ 多く 生︒ 山が やの 類︑ 芒も よし
︒ヘツ9
別 の花
︑時 節に 随ひ て留 とす
︒フ儗
ユ ヲ ハ ナ
冬 尾花
︑或
︑か や︑
マシ ヘ
ムネ
枯た るを 交て もく るし から す︒
儘
コ
頃ロ
は 五月 より 六月 を旨 とす
︒
ク ア ン イ ハク
ナ テシ コ カ ラ ナ テシ コ フ タ シ ナイ ク
ハ ナ カ タ モ ツ トモ
ス イサ ウ カ キツ ハ タ
愚 按ニ
曰
︑マタ儙
又
︑や まと 撫子
︑唐 撫子
︑二 品活 るも よし
︒サキ儚
咲 みた れた る花 形︑ 尤よ し︒
儛
マ
巻キ
に よれ り︒
儜
マ
又タ
︑ 水草
︑杜 若︑
カウ ホ ネ
カ ハ
カ ハ
ア ユ
魚 ノ名
タ ケ
キ ヨ ビ
河 骨︑ 葦ヰ
!
な と も よ し︒ か儝
も 河︑ か つら 川 よ り
︑鮎
︑い し ぶ し た て ま つ る と あ り
︒マタ儞
又
︑竹 を い け て
︑魚 尾 を は さ み
ナテ シ コ イク
コ ノ オモ ム キ
入
︑下 に撫 子活 るも 此 趣 也︒ 二十 六 常夏
け ん内 侍︒ 撫子
︑山 萱︑ 芒︑ 尾花
︑杜 若︑ 河骨
︑葦
︑竹
︒
― 81 ―
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
︻ 訳︼ 玉鬘 の君 がお 住ま いに なる 御住 居を
︑西 の対 と 言 う︒ この お 住 まい の 庭 には
︑撫 子 の 花 の色 を 取 り合 わ せ てい る︒ 唐撫 子も
︑ま た︑ 大和 撫子 など も取 り合 わせ
︑広 く植 えら れて いる
︒そ の花 はす ばら しく 咲き 乱れ て︑ 何と も言 え ない ほ ど 優 美で 風 情 があ る の で︑ 光源 氏 は
︑昔 の 夕顔
︵玉 鬘 の 母︶ の事 を 思 い 出さ れ て
︑和 歌 な ど を 詠 ま れ た の で︑ 常夏 の巻 と名 づけ られ たの であ る︒ 撫子 の花 の美 しい 色を 見れ ば︑ もと の垣 根は どこ にあ るの だろ うか と人 が尋 ねる よう に︑ いつ まで も心 ひか れる あな た︵ 玉鬘
︶の 美し いお 姿を 父君 がご 覧に なれ ば︑ 亡き 母君 のこ とを お尋 ねに なる でし ょう
︒
やま か や
師 伝に よ る と︑ こ の形 は 中 心を 撫 子 とし
︑多 く 活 け る︒ 山萱 の 類 や薄 も よ い︒ 別 の花 を
︑季 節 に 従 っ て 花 留 め と す る︒ 冬尾 花︑ ある いは 萱の 枯れ てい るの を交 えて も差 し障 りは ない
︒頃 は五 月か ら六 月を 旨と する
︒ 愚 案に よる と︑ また
︑大 和撫 子と 唐撫 子の 二種 類を 活け るの もよ い︒ 咲き 乱れ てい る花 の姿 が︑ 最も よい
︒巻
︵の
か き つば た こ う ほね
あし
い し ぶし
内 容︶ によ って いる
︒ま た︑ 水草 や杜 若︑ 河骨
︑葦 など もよ い︒ 鴨川 や桂 川か ら︑ 鮎や 石伏 を差 し上 げる と︵ 物語 に
︶あ る︒ また
︑竹 を活 けて 魚尾 をは さみ 入れ
︑下 に撫 子を 活け るの もこ の趣 であ る︒
︻ 注︼
1
﹁ 源氏 君︑ 玉か つら の住 給ふ 西の たい へな らせ 給ふ に﹂︵﹃ 龍 野﹄
︶︒
﹁ 玉か つら の君 のす ませ 給御 かた をは
︑西 のた いと 云り
﹂︵
﹃ 小鏡
﹄︶
︒ 西の 対と は︑ 寝殿 造に おい て主 殿の 西に 位置 する 対の 屋︒ 玉鬘 は︑ 六条 院︵ 儢乙 女の 巻に 竣工 した 光源 氏の 邸宅
︶の 夏の 御 殿の 西 の 対 に住 む
︒
2
﹁ 此御 か た の庭 に は︑ な て しこ の 色 を調 た る﹂︵﹃ 小 鏡
﹄︶
︒
な で しこ
とこ な つ
撫子 は夏 から 秋に かけ て長 期間 花を 咲か せる ため
︑常 夏と も呼 ばれ る︒
﹃ 源氏 物語
﹄に は︑
﹁御 前に
︑乱 れが はし き前 栽な ども 植ゑ させ たま はず
︑撫 子 の色 を と と のへ た る﹂
︵ 二二 八 頁︶ と ある
︒
3
﹁ か ら のも︑又 や ま とな て し こな とも
︑と ゝの へ植 わた され たり
﹂︵
﹃ 小鏡
﹄︶
︒﹁ から のも
﹂は 唐撫 子を 指し
︑中 国原 産︒ 五〜 六月 ごろ
︑五 弁花 を開 く︒
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴
― 82 ―
﹃ 枕草 子﹄ に﹁ 草の 花は
︑な で し こ︒ 唐 のは さ ら なり
︒や ま と のも
︑い と め で たし
﹂と あ る︒
4
﹁折 し も︑ と こな つの 花︑ 咲み た れた る を 御 覧し て
﹂︵
﹃ 龍野
﹄︶
︒﹁ 咲み た れ て︑ えな ら す お もし ろ し﹂
︵﹃ 小 鏡
﹄︶
︒
5
﹁む か し︑ 夕皃 の事 をお もひ いた して
︑歌 なと よみ 給ひ しゆ へ︑ とこ なつ の巻 と名 つけ られ し事 にて 候﹂
︵﹃ 龍 野﹄
︶︒ 夕 顔は 玉鬘 の母 親で
︑光 源氏 のそ ばで 女性 の霊 に取 りつ か れ息 絶 え る︵ 4夕 顔 の 巻︶
︒亡 き 夕 顔を 思 い 出 して 光 源 氏が 詠 ん だ注 6の
な で しこ
な
和歌 によ り︑ 当巻 を常 夏と 言う
︒
6
巻 名歌︒﹃ 龍 野﹄ にも 掲載
︒光 源氏 が玉 鬘に 詠ん だ歌
︒﹁ 撫子
﹂に は︑ 撫で るよ うに して 大切 にあ つか う子 ど も︑ とい う 意 味 もあ り
︑こ の 歌で は 玉 鬘を 指 す
︒﹁ と こな つ か し﹂ に﹁ とこ
﹂︵ 永 久 に︑
と こな つ
とい う 意 味︶ と﹁ 常夏
﹂︵ 撫 子 の異 名
︶を 重 ねる
︒﹁ も と の垣 根
﹂は 夕 顔︑
﹁ 人﹂ は内 大 臣︵ 玉 鬘の 実 父︶ を 示す
︒
7
﹁ 身木︑な てし こ︑ 多く 生け
﹂︵
﹃ 龍野
﹄︶
︒
8
﹁山 かや か冬 すゝ き︑ 切り とめ にて も生 る﹂
︵﹃ 龍 野﹄
︶︒ 山 萱は 山に
と め
自生 する 萱で
︑屋 根 を葺 く の に 用い る
︒薄 も 撫子 も 秋 の七 草
︒
9
﹁ 時 節花︑前 に 留 るな り
﹂︵
﹃ 龍野
﹄︶
︒﹁ 留﹂ は花 の 姿が 乱 れ な いよ う に する た め︑ 留 める 技 法
︒こ こ では 中 心 の花 が 崩 れ な い よ う に︑ 季 節 の 花 で 支 え る︒
儗
﹁冬
︵ 枯 れ
︶
︵ 交 ぜ て
︶
すゝ き︑ かや
︑か れを ま せて も よ し﹂
︵﹃ 龍 野﹄
︶︒
﹁冬 尾 花﹂ は︑ 冬に な っ ても 残 っ て いる 尾 花︒ 尾 花は 薄 の 花穂
︒枯 れた 尾花 や萱 は︑ 玉鬘 の亡 き母 であ る夕 顔を 暗示 する か︒
儘
五月 から 六月 と限 定す るの は︑ 当巻 が六 月だ から︒
ま せ
ゆ
儙
注 3の﹃小 鏡﹄ 参照
︒物 語に も︑
﹁ 唐の
︑大 和の
︑籬 いと なつ かし く結 ひな して
﹂︵ 二二 八頁
︶と ある
︒
儚
注 4参 照︒ 物語 にも 撫子 が﹁ 咲き 乱れ たる 夕映 えい みじ く見 ゆ﹂︵ 二二 八頁
︶と ある
︒
儛
注 2儙 儚に 引く 物語 本文 によ る︒儜
﹁ 水 草﹂ は︑ 水中 ま た は 水 辺 に 生 え る 草︒﹁ 杜 若﹂
﹁河 骨
﹂﹁ 葦
﹂も
︑水 辺 に 生 え る
︒﹁ 杜 若
﹂は 夏 に 紫 ま た は 白 の
や
みず
花︑
﹁ 河骨
﹂は 夏に 黄色 の花
︑﹁ 葦﹂ は秋 に多 数の 小花 から なる 穂を つけ る︒ いず れも 御殿 の池 や遣 り水
︵庭 に作 られ た川
︶を 暗示 する か︒ ある いは 注儝 の川 との 関連 か︒
儝
﹁鮎
︑い しふ しを
︑か も川
︑か つら 河よ りた てま つり たる
― 83 ―
﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄
﹄ 注 釈
︵ 四
︶ 儤 初 音
〜 儫 藤 袴