著者 中野 栄夫
出版者 法政大学史学会
雑誌名 法政史学
巻 58
ページ 3‑11
発行年 2002‑09‑30
URL http://hdl.handle.net/10114/10738
(1)最近のT1T(情報技術)化は、それへの対応が遅れていると思われる歴史学(日本史学)の世界にも押し寄せている。歴史学は、いうまでもなく、歴史史料を分析の素材としている。したがって否応なしに、文化財についての問題に直面せざるを得ない。なぜなら、歴史学が分析の対象とする歴史史料は、利用すると同時に、保存という問題を意識せねばなら 近年、私が研究に取り組んでいるのは、「上月文書」である。上月文書は播磨国佐用郡上月の地(現兵庫県佐用郡上月町)を本貫の地とする上月氏(赤松氏の同族)に関する文書で、約一三○点ほどの中世文書群である。上月氏は播磨の守護赤松氏に属する有力な武士団であり、本文書は注目すべき重要史料と判断されるのであるが、史料の存在は知られてはいた ここでは、以下、文化財の活用とその保存・公開について述べるわけであるが、私は保存側の立場ではなく、あくまでも利用側Ⅱユーザー側からの立場での言及であることを、まず最初にお断りしておかねばならない。 ぬ文化財でもあるからである。
古文書の活用と保存・公開(中野)
古文書の活用と保存・公開
はじめに
中野栄夫
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Hosei University Repository
四法政史学第五十八号(2)ものの、従来ほとんど文聿日群として分析されることはなかった。かってわずかにその一部が「姫路市史史料編』に活字化(3)されていたに過ぎず、全体が活字化されたのは近年刊行の『丘〈庫県史資料編中世9」が最初である。つまり〈「もって本文書は手つかずといってよい状態なので、私はまずは本文書の基礎的研究から始め出した。ここで、私はと言ったが、正確には、私は大学院生とともにといった方が正確である。というのも、上月文書に関しては最初から大学院生とともに調査をし、研究しているからである。上月文書は現在徳島県立文書館(以下文書館)に架蔵されているので、同文書館には年に三~四回は伺って原本調査をさせていただいている。そしていつも感心するのは、この文書館はlT(コンピュータ)を実にうまく取り入れているということである。もちろん最近ではどこの博物館施設でもlT利用は進められているが、私の見たところ、この文書館は他にぬきんでている面があるように思われる。この文書館のホームページでは、他の施設と同様に、まずは施設案内があるが、私の感心しているのは、たとえば、徳島県内の在野研究者のリストがあり、その在野研究者は何を指導できるかといった情報も得ることができるようになっている。また歴史クイズなどもあるが、私がさらに注目しているのは、同行の院生や学部生がよくチャレンジしている崩し字の解読クイズなども備わっていることである。安易に臨むとつい別の字と読み間違えかねない難問が多い。この文書館の学芸員の前向きな姿勢をよく伺うことのできるものと、行くたびについついチェンジしたくなってしまうものである。同文書館の紹介は以上でとどめて、実際の文書調査に際して、どのようにlTを利用しているかということについてつぎに述べることとしたい。lTといったが、当面はパソコンとデジタルカメラの利用について述べることとする。
文書調査の何よりの目的は、読み本の作成である。上月文書は最近になって兵庫県史・小野市史などに、活字化されているが、私たちが上月文書を読み始めたころは、姫路市史に若干翻刻されていたものの、それは姫路市に関係ある史料のみでしかなく、東郷松郎氏が、影写本から読み起こした手書きの読み本が唯一の手がかりであった。原本調査を進めてゆくと、当然のこととして難読字にぶつかる。
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その一例として八七号文書(年欠)八月廿三日付上月満秀書状をあげてみよう。同文害の写真を掲げておくが(写真A)、この文書に当初どうしても読めない字があった。その字はじっはこの文書の中に二度出てくる。つまりどちらにも通用する読み方をすればよいわけである。そういってしまうと簡単だが、この文書はごらんのように折紙様式であり、その字は表と折裏とに分かれてみられるので、文書を切らない限り見比べることはできない。そのため、実際には、同じ字が同一文書に二度出てくることに気がつくまでに大分時間がかかっている。ここで試みたのがデジタルカメラで撮影し、該当箇所を画像としてそれぞれ切り抜き、片方を天地逆にして、並べてみるという方法である。それが写真Bと写真Cとである。大きさは、字が同じくらいになるように調整してある。これならば、文書を傷めることもなく、またすぐにプリントアウトして確認することもで
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もう一例、デジタルカメラ利用の効用について述べておこ
字っ。(6)五一一一号文書の年欠上月満吉息女五々讓状には端裏書が見られる。それが写真Dである。この文書には本紙より少し厚めの裏打ちがしてあり、残念ながら裏からは端裏書は見られない。幸い、表には墨がにじんでおり、どうにか読めそうである。これを読み取るには、従来は、写真を撮って裏焼きしてもらうか、あるいはその場でともかく読みたい場合は、手鏡を隣に置いて、字を映してそれを読み取るという方法がとられてきた。それを実際に試しているのが、写真Eである。これでどうにか判読できるが、保存・検討はやはり写真にとって裏焼きしかなかった。しかし、デジタルカメラならばその場で撮って、左右反転という方法がある。それを試みたのが、 きるので、大変助かる。この両者を検討すれば、該当文字を「進」と読むべきと確定出来ることとなる。すなわち前者は「令進上申候処」、後者は「千種勧進能仕候間」と読めば双方(5)とも一息味が通じるわけである。なお、ここに「千種勧進能」と見られるのが興味深いが、ここではそれについては触れないこととする。
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現在進めている上月文書については、調査の際にノートパソコンを携帯し、それに入れてある読み本をその場で訂正するという方法をとっている。いずれ、これを上月文書の読み本を作成して出版でもするような場合には、それが原稿としてなろう。しかし、私は、別の公開の仕方も考えており、文書館の方には、それをお話ししてある。それは、上月文書のWEB上での公開についてである。文書の公開については、まず文書そのものの閲覧ということが考えられるが、これは文書(文化財)の保存という観点からは、極力限定したいということとなろう。その観点から、多くの関係施設で行っているのが、原文書の閲覧は原則的に不可とし、写真版を閲覧に供するという方法である。原文書でなければならないという場合に限って、審査の上、それ(7)を許可するわけである。これが、きわめて一般的な、保存ということを考慮した公開方法であろう。しかし、この方法では、複製物であるにしても、どうしても出納という人の手を煩わせねばならない作業を必要とする(8)ことには変わりはない。それに対して、人手を介さずに、閲覧に供する方法、それが「電子図書館」の方法である。つまり、所蔵(寄託)機関は、サーバー上に公開してよいものを載せ、閲覧者はインターネットを利用して、所蔵(寄託)機関のホームページ上でそれを閲覧する方法である。これであれば、閲覧者はホームページ上のインデックスで目的とする文書等を検索し、それを自分で開いて見るということとなる。その場合、公開するのは文書の写真でもよいが、読み本も提供すればなお良いということとなろう。WEB上に文書の写真を載せるのは、ハード的な条件が整っていれば簡単である。デジタルカメラで撮っておいたものを載せればよいからである。もちろん著作権の問題などをクリアーしなければならないが、出納という作業が必要でない 写真Fである。これならば印刷して検討ということがその場で可能である。実際、私もそのようにした。以上、文書調査のその場でのIT(デジタルカメラ)活用について述べたが、次に、その公開ということについて考えたいと思う。
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ため、ハードがすでに整っていれば、金銭面での負担は無いに等しいということとなる。では、読み本はどうか。読み本は、体裁はともかく、テキスト化してあればよい、というのであれば簡単であるが、文書の様式、改行などを原文書に忠実に提供したいという場合は、単なるテキストファイルでは充分とはいえない。出来るならば、文書のスタイルをそのまま読み本化した「一太郎』ファイルで提供したいが、これには幾つかの問題がある。それは、ダウンロードする場合はともかく、そのままではWEBに載せることが出来ないこと、また、最近ではなぜか「Word』しか使わない人(9)が多く、一太郎ファイルのみでは、不十分となってしまうこと、などの点が問題となる。さらに、これはどのアプリケーションソフトを使おうと同じことなのであるが、JIS漢字表(第一水準・第二水準)にない字をどうするかという問題もある。外字を作って、それを頒布するという方法をとっているテキスト化ソフトも見られるが、使用者の作成した外字とバッティングしてしまう場合もあり、製作者側の外字を使用者に押しつけるのは避けるべき選択枝であろう。私は、DOSレベルの場合は外字を作成していたが、Windowsレベルでは外字を作成しないこととしている。その理由の一つには、ユニコード表にはJIS漢字表(第一水準・第二水準)以外のかなりの字が入っており、それを使えば、ほぼ外字を使用しなくともすむということが挙げられるが、それでも他の人に渡した場合や、システム環境設定の異なるプリンターで印刷する場合は、該当の字が見えなかったり、印字されないといったことも起こりうる。極端なことをいえば、外国の人に送った場合は、ほとんど見られなくなってしまう。そこで、私が試みようとして、実際に上月文書で試行しているのがPDFファイル化する方法である。PDFファイルはアドビ社のアクロバットで作成することが出来る。作成する場合のアクロバットはかなり高価なソフトであるが、PDFファイルを読むことの出来るアクロバットリーダーは、最近は、パソコンにプレインストールされているので、PDFファイルを読むことは誰でも可能といって差し支えない。|般にPDFファイル作成はWordでないと出来ないと思っている方もおられるようである。実際、Wordとアクロバットをインストールしてあれば、Wordのツールバーにアクロバット作成のアイコンが用意され、それをクリックすれば、PDFファイルがすぐ作ることが出来るので便利である。しかし、一太郎でもPDFファイルを作ることは何の 法政史学第五十八号
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日本古代・中世史でワープロを利用する場合、使いたい字がJlS漢字表(第一水準・第二水準)になくて不便と感じる、ということをしばしば感じている人は多いと思う。たとえば奈良時代でいえば玄防の「防」の字(1--コード6609)、院政期でいえば八条院障子の「瞳」の字(1--コード66B2)、などはよく使わなければならない字であるが、JIS漢字表(第一水準・第二水準)にはない。日本古代・中世史に限らず、それと同様な経験をお持ちの方も多いと思う。しかし、ここで挙げた「防」「障」などはユーーコードにあるのでどうにか対応できるにしても、ユーーコードになければお手上げということにならざるを得ない。(Ⅱ)そんな場合に対応できるのが『〈「昔文字鏡』(最新バージョンは『今昔文字鏡単漢字皿万字版』)である。普通パソコンで一○万字も漢字を表示することは出来ないのであるが、同じコードに別の字を割り振るという方法でその限界をクリアーしたソフトである。これであれば、梵字や変体仮名も表示でき、日本史研究者にとってはありがたいソフトである。以上、簡単に紹介してきたが、読み本は今昔文字鏡を用いて、原稿をPDFファイル化すればWEB上でも対応が可能(皿)である。上月文書の原文聿口の写真と読み本との双方をWEBに載せて提供する試みを、試案として提一水している次第であ(皿)る。著作権の問題等をクリアーできれば実現可能と思っている。 (、)支障もなく可能である。PDFファイールであれば、WEBに載せて提供することは、たやすいことである。しかし、どうしてもJIS漢字表(第一水準・第二水準)にない字を利用したいという要求は、それだけではクリアーされるわけではない。それについて以下述べよう。
私たち研究者も、文化財保存という問題に深く関心を持たねばならないということで、ふだん文書(文化財)を調査させて頂いている一研究者の立場から、文化財の活用と保存という問題を考えてみた。
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私の見る限り、以上で粗述したように、lT利用、具体的にいえばデジタルカメラの利用という方法が有力な選択肢として現実化しているように思われる。デジタル化したものであれば、退色もないといった保存の上でも有効であるし、またWEB上での公開も可能であるので、その点でも、保存と公開という相反する問題をクリアーしていると感じている。以上、ここでは、私の調査の実例も含めて、その点について、私が考えている点を述べさせて頂いた。なお、シンポジウム当日の報告ではパワー・ポイントを用いて、徳島県立文書館の施設などについても紹介をかねて触れたが、本稿では、それについては省略させて頂いた。また、当日の口頭報告と表現が異なっている部分があるが、論旨の大筋に変わりはない。
註(1)史料のCD化などの動きについては、ここでは触れない。(2)本文書が重要史料と思われるのに、従来ほとんど研究されてこなかった理由としては次のような事情が考えられる。それはこの文書が徳島県内に伝来し、かつそれが個人蔵であったということである。そのため、まず第一に、兵庫県内の研究者からは、それが徳島県内に伝存し、しかも最近まで個人蔵であったということから、原文書を参照しての研究に困難が伴われたこと、また逆に第二として、それが播磨にかかわる史料であるため、徳島の中世史研究者の研究対象としにくいこと、などの理由が考えられる。またそれに加えて、本文書には年欠の文書が多く、文書の年代確定が難しいということである。そのようなことから、今もって本文書は手つかずといってよい状態であった。(3)その後、「小野市史第四巻史料編」にも一部収録された。同市史の本文編は、上月氏について考察した初めての書物といって
(4)『兵庫県史資料編中世9」上月文書七七号。(5)もっとも丘〈庫県史ではそのように読んでおり、我々だけが「進」と読めたわけではないが、その前後の字の読みは、兵庫県史と我々とでは異なっているところがある。(6)『兵庫県史資料編中世9』上月文書九号。 法政史学第五十八号
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て送っている。(⑬)他に、文字壁 (7)たとえば内閣文庫などもその方法をとっている。最近、私も特別閲覧願を提出し、蜷川家文書の原本を閲覧させて頂いた経験がある。閲覧許可審査に二週間ほど要した。(8)ここでは、私が関わっている法政大学国際日本学研究所で採用する日立製作所の「電子図書館」という名称を用いたが、「デジタルライブラリ」といった名称もある。(9)特に一一一一口及はしないが、日本語文章の成形などについては一太郎の方が優れているように思う。たとえば、|行の字詰めとか改行幅の融通性などが挙げられる。なお、|太郎では、返り点をほぼ完檗につけることができる。(Ⅶ)印刷画面で、プリンターとしてアクロバットを選べばよい。(Ⅱ)開発・製作、株式会社エー・アイ・ネット。発行、株式会社紀伊國屋書店。(皿)PDFファイルにフォントを埋め込むには「シC【・宮(UC同二三の『」ではなく、「シ・『○ヶ呉ロ]の三一の『」でプリントする必要がある。これであれば、フォントがファイルに埋め込まれるので、相手が同じフォントを持っていなくとも、読むことが出来る。ちなみに、私は外国に住む外国人に日本語でメールを出す場合、日本語文章をPDFファイル化して、それを添付ファイルとし
〔付記〕上月文書調査については、徳島県立文書館の多大なるご厚意を頂いている。ここに明記してお礼を述べたい。
古文書の活用と保存・公開(中野) 文字鏡フォントのPDFファイルへの埋め込みに付随する問題もある。これについては使用許可許諾を得る必要がある。
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