言語多様性からみる外国語の語彙学習 : 意味の再 編成における母語の役割に関する一考察
著者 綱井 勇吾
雑誌名 主流
号 72
ページ 35‑50
発行年 2010‑11‑10
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015237
35
言語多様性からみる外国語の語葉学習
一 意 味 の 再 編 成 に お け る 母 語 の 役 割 に 関 す る 一 考 察 一
綱 井 勇 吾
1 .
は じ め に「ことば」の本質は世界を切り分けることにある.
r
ことばjは,ふつう個々 の事物や出来事の単なるラベルとして機能するだけではなく,r
カテゴリー」を形成する
( M a l t
,i n p r e s s ; Murphy
,2 0 0 2 ) .
たとえば「電話」を例に取っ て考えてみよう.r
電話」は,r
固定電話J
,r
携帯電話J
,r
テレビ電話J
,r
スマートフォンj など, もはや「電話j とは呼べないようなものまで様々なも のをカテゴリーのメンバーとして含んでいる.世界に存在する無数の「事物」
「出来事」をカテゴリーに切り分け,分類する.これが「ことば」の役割で ある.
このようなことばのカテゴリーとしての性質は必ずしも普遍的なものでは ない.
r
何をプロトタイプとして捉えるのかJ rどのようなものをカテゴリー
に含めるのかJ rその際どのような汎用基準を用いるのか」は言語によって
大きく異なる.ここでは「持つ/運ぶ」系の動調を例に中国語と日本語の違
いについて考えてみよう.中国語には「持つ/運ぶ」を表す動調が約2 0
種
類もあり,その動作の様態の違いによって動調を使い分ける(例, r
抱J
(前
に抱える動作), r
央J
(脇に抱える), r
袴J
(肩にかける).他方,日本語に
は「持つJ r運ぶ」などの汎用性の高い動詞があるため,その動作の違いによっ
て動認を細かく使い分けるということはほとんどない.そのため,中国語話
者と日本語話者とではどの動作を「持つJ
のプロトタイプとして捉えるのか,
2 0
種 類もあり,その動作の様態の違いによって動調を使い分ける(例,r
抱J
(前 に抱える動作),r
央J
(脇に抱える),r
袴J
(肩にかける).他方,日本語に は「持つJ r運ぶ」などの汎用性の高い動詞があるため,その動作の違いによっ
て動認を細かく使い分けるということはほとんどない.そのため,中国語話
者と日本語話者とではどの動作を「持つJ
のプロトタイプとして捉えるのか,
どこに境界線を引くのかが大きく異なり,中国語を学ぶ日本人話者を悩ませ
36言語多様性からみる外国語の語葉学習一意味の再編成における母語の役割に関する一考察ー
ている(佐治・梶田・今井,印刷中).もちろん,言語普遍的な世界の切り 分け方が存在しない訳でも,言語に依存しない世界の切り分け方がない訳で
もない. しかし言語の多様性は言語の普遍性と同じように「言語」を彩る.
世界をカテゴリーに分類する方法はひとつではなく,少なくとも言語の数だ けあるということだろう.
言語の多様性がその普遍性と同じように存在する限りにおいて,外国語を 学ぶことは母語以外の言語がどのように世界をカテゴリーに切り分けるのか を学ぶことでもある.母語を通してみた世界を別のカテゴリーに編成し直す 過程が外国語の学習であるといってもいい. もちろん,母語の「感覚
J
のま ま外国語を使うこともできる.たとえば,前述の中国語と日本語の「持つ/運ぶ」系動詞のなかにも.
r
抱えるJ
(中国語は「抱J
(前に抱える))のよう に,一見,中国語話者と日本語話者とが同じように運用する語もある.言語 の多様性があると言っても,母語と外国語のカテゴリ}には重なる部分も多 い.しかし母語の感覚を外国語に対応させるだけで外国語を「使えるJ
よ うになるかというとそうではない.r
単独の語の運用」という微視的な観点 では母語と外国語の運用が似ていたとしても 「他の語との関わりJ
という 巨視的な観点では母語と外国語の運用は大きく異なるからである.たとえば日本語の「抱える
J
は,胴体と腕でモノを支えていれば,モノが体の前に位 置していても体の横に位置していても使える.一方,中国語では体の前でモ ノを抱える際には「抱J.体の横と腕で挟むように抱える際には「夫J .
と異 なった動調を用いる(佐治他,印刷中).中国語の「持つ/運ぶ」系動詞の 場合,単独の語を使用する際にも,それが参照する範囲が他の語とどのように重なり,どのような関係にあるのかを理解しなければ適切に語を使用する ことはできない.そもそも語の意味は単独で決定されるものではなく,他の 似たような語と差異化されて初めて明確になるということだろう. したがっ て,母語と外国語を
1
対1
対応に結びつけ,母語の感覚のまま外国語を使用 するだけでは外国語を「使う」ことはできない.外国語を「使う」ためには,言語多様性からみる外国語の話集学習 意味の再編成における母語の役割に関する一考察‑37
母語の感覚と外国語の形式を結びつけるだけでなく,母語が切り分ける世界 と外国語が切り分ける世界が「どのように似ており
J r
どのように異なるのか」を相対的に理解しその上で新たな世界の分類方法を学んでいく過程,言わ ば「意味の再編成
J
ともいうべきプロセスを経る必要がある.本稿では,最近の認知科学や認知言語学の研究成果をもとに外国語学習者 が母語とは異なる言語を使いこなすためにはどのような習得プロセスを経る 必要があるのかについて議論する.具体的には,外国語を習得するためには,
(a)母語と外国語を対応させるだけではなく,外国語が反映する意味や語 が使用される文脈に関して知識を深めていく必要があること, (b)その際,
母語を上手く活用していくことが母語と外国語の運用のズレに目を向けさせ る最初の糸口となることについて述べる.
2
, 言 語 多 様 性 か ら み る 外 国 語 の 語 量 学 習 の 本 質最近,認知言語学や認知科学の研究から得られた知見をもとに,外国語の 語葉学習に関わる示峻が多く示されている.これらの示唆の特徴のひとつは,
外国語を習得するためには, (a)母語と外国語を対応させるだけではなく,
(b)母語と外国語の意味的差異に気づかせ, (c)単語が反映する意味や単語 が使用される文脈に関して知識を深めていく必要があるということである (今井・針生,2007).たとえば英語の動詞
r wearJを例に日本語と英語の
運用のズレについて考えてみよう.英語の動詞 r wearJは, r
シャツJ
,r
ズ
r
シャツJ
,r
ズボンJ,
r
帽子J
,r
指環J
,r
香水」など,様々な名詞を目的語に取ることがで き,ふつう,文脈によって異なる日本語(例,r
着るJ,r
履くJ,r
かぶるJ
,r
つける」など)に訳される(今井, 1993).動詞
r wearJの場合,英語が反映
する領域は日本語が反映する領域よりも広く,その「広さ j を理解できなけ
れば語を正しく「使えるJ
ようにはならない.一方,日本語の方が英語より
も参照する領域が広い語もある.たとえば, 日本語の動詞「曲げるJ
は英語
38 言語多様性からみる外国語の語葉学習一意味の再編成における母語の役割に関する一考察ー
では
I b e n d J
とI s n a p J
という2
つの単語に訳される.他にも,擬態語(例,ばたばたする
J I
うろうろするJ )
など日本語にはあるが英語にはないことば もある.これらの語の場合,日本語が反映する領域は英語が反映する領域と は大きく異なっており,その「違い」を理解できるかどうかが語の使い方を 左右する.日本語と英語の意味は重なる部分もあるが異なる部分も多く,日 本語の意味をそのまま英語に対応させるだけでは英語の使い方を正しく捉え ることはできないということだろう.また,母語と外国語の意味の違いは単に語が反映する意味領域の違いにと どまらない むしろ,どのように意味を言語化するのかという点においても 異なった方法をとるのが一般的である.ここでは,移動表現を例に日本語と 英語の違いについて考えてみよう.移動表現を用いる場合,英語話者は移動 の「様態
J
を動詞の意味のなかに取り込んで表現し(例,I r u n J l j u m p J l s k i p J )
, 移動の経路は副調匂や前置詞句など付随的な情報として扱う.これに対して日本語話者は,移動の「経路」を動詞の意味のなかに取り込んで表現し,移 動の様態を付随的な形で表現する(例,
I
渡るJ I
横切るJ ) ( T a l m y
,2 0 0 0 ) .
日本語では
1
つの動詞(例,I
渡るJ)を用いて表現するのに英語では勾動詞 (例,I
go overJ)を用いて表現することが多いのも,I
移動」のなかのどの 部分をどのように言語化するのかが日本語と英語で異なっていることにその 原因がある.つまり,一見「同じJ
状況を言語化しているようでも,そのな かの何を中心にして表現するのか,どの部分に注目して言語化するのかが言 語によって大きく異なるのである.これらの例が示すように,ことばの意味やその意味構造には言語固有的な 要素が反映されており,単純に母語と外国語を結びつけるだけでは外国語を
「使える」ようにはならない.母語と外国語が切り取る世界の姿が異なる以上,
「使える」外国語を身につけるためには,外国語が反映する意味やその全体 的な意味構造について理解を深める必要がある.では,外国語の運用能力が 向上するにつれて外国語の意味はどの程度習得されるのだろうか.
言語多様性からみる外国語の語嚢学習一意味の再編成における母語の役割に関する一考察‑39
残念なことに,従来の外国語における語葉習得研究は出来るだけたくさん の数の単語を学習することが外国語の運用能力を向上させるという前提のも とに, (a)外国語のテキストを読んだり,外国語で話したり書いたりする ためには, どのくらいの数の単語を知っている必要があるのか
( N a t i o n
,1 9 9 0
,2 0 0 1 )
,( b )
学習者が知っている語葉数を測定するにはどのような形 式のテストを用いるのがよいのか( L a u f e r
&G o l d s t e i n
,2 0 0 4 )
, (C)どのような記憶方略が単語を覚えるのに効果的なのか
( E l l i s
&Beaton
,1 9 9 3 )
, と いう問題に多くの関心を払ってきた.そのため,母語と外国語が反映する意 味の違いに注目し, (d) 外国語を学習する際に外国語特有の語の意味はど の程度習得されているのか, (e)どのような語の意味の学習は比較的難しい のか(あるいは容易なのか)という問題に対する答えは十分に得られていなし、.
たしかに,たくさんの数の単語を覚えることは外国語を学ぶ上でも重要な プロセスである.たくさんの数の単語を知らなければ外国語を読んだ、り話し たりするのは難しい
( L a u f e r
,1 9 9 2 ).
しかし単純にたくさんの数の単語を 矢口っていれば外国語を使えるようになるかというとそんなことはない.たく さんの数の語棄を知っていても,外国語を書いたり話せない人は意外に多い.逆に,難しい単語を知らなくとも少量の単語だけで外国語を流暢に使いこな す人もいる.このような「運用力」の差はどこからくるのか.その原因の一 端は,語の使い方を理解できているかどうか,言語の意味構造を把握できて いるかどうかにあると筆者は考える.つまり,外国語の語美学習の成否は母 語の意味をたくさんの数の外国語に貼り付けることにあるのではなく,こと
ばの意味を再編成できるかどうか,外国語特有の意味を習得できるかどうか にある.
40言語多様性からみる外国語の語薬学習一意味の再編成における母語の役割に関する一考察ー
3 .
意 味 の 獲 得 は ど の よ う に 生 じ る の か ー カ テ ゴ リ ー の 形 成 と 再 編 成 に 与 え る 年 齢 の 影 響興味深いことに,ことばを話し始める前の子どもは,母語にはない意味構 造をも学習できる能力を備えている.たとえば
Hesposand S p e 1 k e ( 2 0 0 4 )
は,英語環境で育った英語を母語とする5
カ月児と成人の英語母語話者に,モノどうしが接触する動作を見せ,英語にはない韓国語の汎用基準
‑2
つの モノが「ぴったりとくっついているか( t i g h t ‑ : f i t ) J
それとも「ゆるく接し ているかClo o s e ‑ : f i t ) J
ーを用いてカテゴリーを形成できるかを調べた.す ると,5
カ月児も成人母語話者も英語にはない汎用基準を用いてカテゴリー を形成できたが,ことばを話し始める前の5
カ月児の子どもの方が英語には ない汎用基準を容易に用いた.この結果は,子どもは生まれたときにはどの ような言語の意味構造も学習できるカテゴリー形成能力を備えているが,母 語を学習するにつれて母語の意味に敏感になり,その結果として,訓練なし では母語にはない意味構造を効率的に処理するのは難しくなることを示して いるとも考えられる.つまり,母語の学習は言語の意味処理に関わるメカニ ズムを全ての言語に適応可能な一般的な処理モードから母語のみを効率的に 処理するモードへと設定を変更する過程と言えなくもない(馬塚ヲ2 0 0 8 ).
しかしここで注意が必要なのは,子どもが母語にはない意味構造を学習 できる能力を備えていることと大人のように語を「使える」ことは切り離し て考える必要がある別の問題であるということである.最近の研究から,子 どもがことばを話し始める時期と大人と同じように語を運用する時期は必ず しも一致せず,語の運用パターンの獲得は小学校に入学する時期を過ぎてな おずっと後まで続いていることがわかってきた(Am
e e 1
,Malt
, &Storms
,2 0 0 8 )
.たとえばS a j i
,Saa1back
,Imai
,Zhang
,Shu
,and Okada ( 2 0 0 7 )
は 中国語の環境で育つ3
歳児,5
歳児,7
歳児に,r
持つ/運ぶJ
に関する1 3
個の動作を見せ,子どもの動詞の産出パターンがどのように大人の産出パ言語多様性からみる外国語の語葉学習 意味の再編成における母語の役割に関する一考察‑41
ターンへと近づいていくかを調べた.その結果,年齢が上がるに伴って,子 どもの動詞の産出パターンは大人の産出パターンに近似していくが,
7
歳児 であっても,大人の産出パターンとは大きく異なっていることがわかった.さらに,その傾向は他の語との境界の重なりが多い語(つまり多義的な基本 語など)ほど大きくなることもわかった.このことは,子供がインプットの 影響などから動詞を産出することは出来ても,大人と同様に動調を適切に使 用しているとは必ずしも言えないこと,学習の初期に頻繁に使われ過剰汎用 される単語の意味は獲得するまでに非常に時間が掛かることを示していると 考えられる.母語を話す環境に育ったとしても意味を獲得するのは容易では
ないということだろう.
ここでたちまち問題となるのは外国語学習者における意味の習得の問題で ある.子どもでも意味を習得するには時間がかかるのだから,大人になって から外国語を学び始めるのでは意味を習得するには遅すぎるのだろうか.そ れとな母語を獲得した後に別の言語を外国語として学び始めても,外国語 の意味を習得することができるのだろうか.
M a l t and Sloman ( 2 0 0 3 )
は,中国語,スペイン語,韓国語などの様々な 言語を母語とする英語学習者に「容器J
(例.I
缶J I
瓶J )
と「食器J
(例.1ガ ラス製の大皿J I
木製の取り皿J )
の2種類の人工物の画像を見せ,英語を学 習し始めた年齢が英語の具体名詞の産出パターンにどのような影響を与える のかを調べた.その結果,具体名詞に対する英語学習者の産出パターンは,英語圏での滞在期聞が増えるにしたがって英語母語話者に近似した産出パ ターンを示したものの,英語圏での在住期間が長い学習者でも依然として英 語母語話者とは異なる命名パターンを示すことが明らかとなったしかし これまでの年齢をめぐる議論とは異なり
( J o h n s o n
,& N e w p o r t
,1 9 8 9 )
,英 語を学び始める年齢や言語運用能力の高さが目標言語話者に類似した産出パ ターンを獲得する要因であるというデータは得られなかった これらの結果 は, (1)言語学習経験が向上するにつれて,ある程度言語固有の意味知識4 2
言語多様性からみる外国語の語葉学習一意味の再編成における母誌の役割に関する一考察一を発達させることはできるものの,英語圏での滞在期間が最も長い学習者で も外国語特有の意味を習得することは非常に難しいこと.(2) 外国語特有 の意味を習得するためには言語的な要因(例.言語運用能力)や年齢的な要 因(例,学習開始年齢)というよりも社会文化的な要因(例,滞在経験)が 重要なカギを握っていることを示唆していると考えられる.つまり,長期的 に外国語が話されている学習環境に身をおいたとしても私たちの外国語の知 識は母語の枠組みに制約されており.意味の再編成を行うのは容易ではない.
しかし意識的な努力を積み重ねることで母語を獲得した後に別の言語を学 習し始めた学習者でも外国語の意味を習得できる可能性があるということだ ろう.
4
固 意 味 の 再 編 成 を 促 す 母 語 の 役 割では.母語の枠組みを打ち破り,外国語の語の意味を身につけるためには どのような働きかけをすればよいのだろうか.
ここで鍵となるのが学習における「既存の知識jの役割である.そもそも 私たちが何か新しいことを学ぶときには,全くのゼロから学習を始めるとい うことはない 本人の意識に関わらず,過去の体験から得られた知識を手掛 かりに,新しい情報をどのように取り入れていくのか,どのように学習を行っ ていくのかが決定される,既存の知識が制約として学習を統制していると 言ヮてもよい.そのため,何か新しいことを学習する際には,既存の知識と 関連させて学習するのが効率的である(稲垣・波多野ラ
1 9 8 9 ).
このような「既存の知識」の役割を考慮すると.母語を獲得した後に外国 語の学習を始める場合,母語を介さないで外国語を教えるのはあまり現実的 ではない.母語が外国語を学ぶ際の制約として働くのであれば,むしろ母語 を積極的に活用した学習方法を選択する方が,無理に母語を排除した学習方 法を選択するよりも効果的である.それにも関らず,外国語で授業を行うこ
言語多様性からみる外国語の語葉学習 意味の再編成における母語の役割に関する一考察‑43
とが外国語を学ぶ上での最も効果的な方法であるという主張を頻繁に耳にす る.たしかに外国語に接する機会を増やすという点からみても外国語で授業 を行うことは大切で、ある.たとえば, どんなによい学習方法を開発したとし ても,外国語に接する機会がほとんどないという状況ではその本当の効果を 発揮することは難しい.しかし単純に外国語に接する機会を増やせば,外 国語を「使える」ようになるかというとそんなことはない.外国語に接する 機会は十分にあるにも関わらず,微妙な語の言い回しゃ文法構造を理解でき ない人も多い.逆に,外国語に接する機会があまりないにも関わらず,類義 語のような似た意味の語の使い方を理解している人もいる.その原因のほと んどは外国語に接する量が多いか少ないかということにあるのではなく,母 語の働きや母語と外国語の違いを理解できているかどうかにある. したがっ て,問題は外国語を学ぶ際に母語を使うか否かということにあるのではなく,
どのように母語を活用していくのか,どのように外国語の授業のなかに取り 入れていくのか,ということにあると言ってよいだろう.
5 .
母 語 の 訳 語 を 工 夫 す るではどのように母語を活用するのがよいのか.まず第一に,外国語に対し てどのような言語ラベル とくに対応する母語の訳語ーを与えるのかを慎重 に検討することが重要で、ある.記憶研究の古典的研究である
Carmichael
,Horgan
,and Walter ( 1 9 3 2 )
の報告によると,モノや動作に対してどのよう な言語ラベルを与えるのかは,その後の記憶再生や再認に大きな影響を与え るという.たとえばI C J
の形をした図形を再生するときに「三日月」とい う言語ラベルを与えられると,より「三日月」らしい特徴が顕著に描き出さ れる.一方,I
アルファベットのC J
という言語ラベルを与えられると「ア ルファベット」ということばに惑わされてより「アルファベットのC J
らし さが強調されるという.つまり,言語ラベルのわず、かな違いが記憶の貯蔵や44言語多様性からみる外国語の話集学習一意味の再編成における母語の役割に関する一考察
検索に影響を与え,その後の学習や記憶に影響を与えるということを彼らの 実験は示しているのである.
これと同じことが外国語の学習にも当てはまる.最近の研究で,外国語の 語葉学習においてもどのような訳語を与えるかが外国語を学ぶ上で重要な役 割を呆たしているということがわかってきた
( J i a n g
,2 0 0 2
,2 0 0 4 ) .
たとえ ばTsunai( 2 0 0 7 )
は,日本人英語学習者に同じ日本語訳が与えられる英単 語のリストと別々の日本語訳が与えられる英単語のリストを見せ,類義語の なかでも同じ母語に訳される単語の意味は別々の母語に訳される単語の意味 よりも「より似ている」と判断されるかどうか,同じ母語に訳される単語の 運用は別々の母語に訳される単語の運用よりも難しいかどうかを調べた.こ こでいう同じ日本語訳が与えられる英単語ベアとは,英語の動詞r s u g g e s t J
r p r o p o s e Jのような,多くの場合,同じ日本語(例, r
提案するJ )
に訳さ
れる単語ベアのことを指す.一方,別々の日本語訳が与えられる英単語ペア
とは,英語の動調 r s u g g e s t J r recommendJのような,ふつう,異なった
日本語(例, r
提案するJ r
推薦するJ )
に訳される単語ベアのことを指す.
r
提案するJ r
この実験の結果,同じ日本語訳が与えられる英単語の意味の選択は,別々 の日本語訳が与えられる英単語の意味の選択に比べて難しいことが示され た.さらに,同じ日本語訳が与えられる英単語のペアは別々の日本語訳が与 えられる英単語ベアよりも似ていると判断されることもわかった.この研究 で使用された単語のベアは同じ母語を共有しているかどうかという点を除い て,同じ意味領域に属する同じ頻度のものであり,英語の母語話者にとって も類似性や習得の難易度に差はないと考えられる.したがってこの結果は,
外国語学習者は母語の介入を通して外国語を理解しており,同じ母語に訳さ れる単語の意味の習得は別々の母語に訳される単語の意味の習得に比べて難 しいということを示していると考えられる.言い換えれば,どのような母語 を外国語に対応づけるのかが外国語学習の成否を左右するということで ある.
言語多様性からみる外国語の語葉学習一意味の再編成における母語の役割に関する一考察‑45
では,外国語の意味に即した母語を割り当てるにはどうしたらよいか.
1
つは,ことばをカテゴリーとして捉えることである.たとえば前述した英語 のI wea
rJを例に挙げると. (意識的にせよ無意識的にせよ)機械的に日本 語の「着るJ
と対応させてしまうと,英語のI wearJ
がカバーする意味を 理解できない可能性が高くなる.そこで対応する日本語訳を「差るJ
から「身 につける」などと変更することで,英語の動詞I wearJ
に対する理解も促 進される可能性があるかもしれない.また,英語I wea
rJの用法を列挙す るだけではなく,他の似た意味の語(例.put onな ど ) を 提 示 し そ の 上 でI wea
rJを使う事例(肯定的証拠)とI wea
rJを使わない事例(否定的 証拠)について考えさせることも効果的だろう.このように他の語との運用 の違いを考えさせることで¥各語の用法聞のつながりを意識させ,意味の広 がりを認識させることができる.ことばを点として捉えるのではなくカテゴ リーとして認識させることで母語と外国語の意味の違いに気づかせるきっか けにもなるだろう.しかし外国語にひ。ったりくる訳語を考え出すのは時に難しい.訳語が難 解だ、ったり,馴染みのないことばだと,学習者は独自に訳語を別の訳語に変 換してしまう.逆に,訳語のイメージが強すぎるとそれに固執するあまり,
新しい文脈でその外国語を使えない.
これに対処するにはどうすればよいか.ひとつとても大切なことは教える 側と教えられる側の「ことば」に対する興味や理解をもっと深めるというこ とである.後述するように,ことばの働きに関する知識はほとんどが暗黙的 な知識であり,言語化することはできない.そのため,意識的な努力なしで はどのような仕組みでことばが働いているのかを理解することは容易で、はな い.しかし母語と外国語の運用が同じでない以上,意識的に母語や外国語 の働きに関する仕組みを分析し母語と外国語の意味がどのように重なり,
どのように異なるのかを相対的に理解することは,外国語にぴったりくる訳 語を探したり,ことばをカテゴリーとして捉える上でも必要だろう.言語学
4 6
言語多様性からみる外国語の語葉学習一意味の再編成仁おける母語の役割に関するー考察の文献や図書にあたるのも効果的である.コーパスを用いて学習者自身に外 国語にひ。ったりくる訳語を見つけてもらうのもよいだろう.訳語を工夫する だけで外国語の意味を習得できる訳ではないが,試してみる価値はある.
6 .
母語の仕組みを理解する母語がどのような仕組みで働いているのかを理解することも外国語の運用 を理解する際に役立つ可能性がある.そもそも意味の再編成を引き起こすた めには,既存の知識(つまり母語の枠組み)では新しい知識を十分に使いこ なせないことに気づく必要がある.外国語を使用する際に母語の枠組みが制 約として働いていることに気づかない限り,外国語の意味を習得することは できない.意味を再編成するためには,新しい言語の枠組みを理解するだけ ではなく,母語の枠組みについても理解を深める必要があると言える.
しかしここで改めて振り返ってみると,私たちの多くは母語の枠組みに ついてはほとんど何も知らないことに気づく.移動表現を例に考えてみても,
英語が移動の様態を動調の意味として取り込み, 日本語は移動の経路を動詞 の情報として含めるという言語的な事実自体,英語と日本語という
2
つの異 なった言語と向き合うことで初めて気づかされる.その原因は母語の枠組み に関する知識の多くが手続き化された暗黙的知識であることによる. とくに 言語の習得プロセスの多くはことばを話し始める前から始まる無意識的なプ ロセスである.そのため,言語を「使う」ことは出来ても「説明jすること はできない.母語の枠組みを理解するのも容易なことではなく,意識的な努 力を必要とするということだろう.しかしそれでも,母語の概念的枠組みをまず理解しておくことが「使える
J
外国語を身につける糸口となるならば,意識的に母語がどのように働くのか,
他の語とどのような関わり方をしているのかを理解しておくことは外国語の 学習において有益である.たとえば優れた文章を多く読んだ、り,丈章をたく
言語多様性からみる外国語の語薬学習 意味の再編成における母語の役割に関する一考察‑47
さん書くことも母語がどのような仕組みで働いているのかを理解する上で効 果的だろう.優れた文章を読んだり書かせたりすることで,この単語とこの 単語の意味はどう違うのかという疑問を抱かせることができる.一見すると 遠回りなようでも,意味の再編成を引き起こす要因のひとつである限り,母 語の枠組みについてより理解を深めておくことも「外国語の学習
J
の一部だ ろう.7 . まとめと結論
本稿は,言語の多様性という観点から外国語の語桑学習にはどのような問 題点があるのか, どのような働きかけをすれば外国語特有の意味を身につけ ることができるのかという問題について考察した.
r
ことば」には言語固有的な要素が反映されており,母語と外国語の意味が「同じ
J
ということはほ とんどない.むしろ,母語と外国語ではその運用は大きく異なる.とくに単 語が反映する意味やその意味構造には言語聞で大きな相異が見られることが 最近の研究により明らかになってきた. とすれば,単純にたくさんの数の語 を知っているだけでは外国語を「使える」ようにはならない.外国語を「使 う」ためには,母語の枠組みでは外国語を使いこなせないことを理解し世 界を外国語の観点から分類し直す必要があるということだろう.し か し 本 稿 の 第
2
節でみたように,意味の再編成を行うことは容易では ない.長期的に外国語が話されている学習環境に身をおいたとしても,私た ちの外国語の知識は母語の枠組みに制約されている.そのため,外国語特有 の意味を習得することは不可能ではないにしても非常に難易度の高い課題と して多くの外国語学習者を悩ませている.とくに類義語のなかでも,同じ母 語に訳される単語の意味の学習は別々の母語に訳される単語の意味の学習よ りも難しい.それは母語の枠組みが制約として働き,外国語の学習に影響を 与えているからである.このことから考えれば,母語を獲得した後に別の言48 言語多様性からみる外国語の語葉学習一意味の再編成における母語の役割に関する一考察ー
語を学習し始めた学習者に意味の再編成を求めることはあまりにも高い目標 にも思える.意味の再編成のような難しい問題に取り掛かるくらいなら外国 語を学ぶのを諦める人が多く出てきてたとしても不思議ではないだ、ろう.
だが,意識的な努力を積み重ねることで外国語の意味を習得で、きる可能性 はある昼母語と外国語の運用のズレに気づき,母語と外国語ではそれが参照 する範囲や他の語との関わり方が大きく異なることを理解することがその第 一歩である.むろん.母語の枠組みでは外国語を十分に「使える j ようにな らないということに気づくこと自体も容易なことではない.学習者の多くが 母語の介入を通して外国語を理解している以上.母語と外国語の運用が「同
じ J
ではないことを理解するのにも多大な努力を必要とするだろう.しかし 母語の訳語を工夫したり母語の仕組みを理解することで母語の枠組みを打ち 絞ることができるかもしれない 母語の枠組みと外国語の枠組みが大きく異 なることに気づくことが外国語の運用を理解していく上で必、要不可欠で、ある ならば,外国語の学習の際に母語を上手く活用していく価値はあるだろう.したがって,母語を使わないで外国語を学習するか否かという問題にあまり 意味はなく,母語をどのように活用していくのかが.今後,意味の再編成を 考える上での重要な問題となってくるだろう.
引用文献
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