心に
著者 案野 香子
雑誌名 静岡大学国際交流センター紀要
巻 6
ページ 53‑61
発行年 2012‑03‑27
出版者 静岡大学国際交流センター
URL http://doi.org/10.14945/00006614
中国語話者 のための 日本語教材 にお ける存在文 につ いて
― 中国語 の 「里
(ii)」と日本語 の 「中」 を中心 に一
案 野 香 子
【要 旨】
本稿では、 『体験 日語』 (近 刊)と い う初級教材の位置詞に関す る問題′ ほと改善案を紹介 し た。 中国語の 「里」は極 めて抽象的で文法化の程度が高い。 しか し、 日本語の 「中」は
「外」があるとい う前提の上での「中」であり、対比性が強く、また具体的である。「里」が 広 く使われるのに対 し、 「中」は用法が限定 されていると言えよう。以上のことから、海外 で外国語 を、 しかもノンネイティブの教師が教える場合は、母語干渉による誤用がおきる 可能性を十分に理解 して、教室活動 を行 うべきである事を述べた。
【キーワー ド】 位置詞、里
(li)、中、 日本語初級教材
1. は じめに
本稿 は、中国語話者 のために開発 された 日本語初級教科書 において、存在文が どの よ う に提示 されてい るかを考察 し、その問題点 と改善策 を検討す るものである。
まず、対象 となる教材 の紹介 を しよ う。本稿 で扱 う教材 は、中華人民共和国 「普通高等 教育十一五国家級企画教材」 としての『 体験 日活 新型多媒体
(マルチメデ ィア )立 体化 系列教材』 (主 編 :李 姐莉、副主編 :案 野香子他 2011年 近刊 中国高等教育出版 )で ある (全 編 中国語で執筆 0解 説
)。このマルチメデ ィア教材 は、中国国内で 日本語 を学習す るた めの もので、2002年 に誕生 した中国国内で使用す る第二外国語教材『 日本語初級綜合教程』
(主 編 :李 姐莉、副主編 :案 野香子 中国高等教育出版 )の 改訂版であるが、この十年 の間 に、大学教育にお ける第二外国語の質が高ま り、大学生の 日本語運用能力 も上達 したため、
改訂版作成 の必要が生 じた。そ こで、 『 体験 日語』では、付属 のマルチメデ ィア (CD ROM) も撮影・録音 を新 たに しなお し、教科書の本文、練習帳 も改 めて書 きなお した。
しか しなが ら、い くら改訂 を行 つて も、問題 は生 じる。
本稿 では、その中で も、存在文を とりあげたい と思 う。以下、第 2節 では、中国語 と日 本語 の存在文の構造 を確認す る。第 3節 では第 2節 を うけて中国語話者が 日本語の存在文 を 学習す る際に どの よ うなことが問題 となるのか、また この『 体験 日語』では何 が問題 なの か とい うこ とを考察す る。 さらに、第 4節 では中国語 の 「里」、第 5節 では 日本語 の 「中」
を対照的に考察 し、最後に第 6節 として、今後、 日本語 の存在文、特 に位置名詞が 「中」で ある場合 に、中国語話者 に対 して どの よ うに教科書に記載すれ ばいいか とい う注意点 を提 案 してま とめ としたい。
2.日 本語 と中国語の存在文
中国語 の存在文の構造 と日本語の存在文の構造は非常によく似てい る。
I
O日 本 語
〈 場所 〉 に (無 情物 〉 力`あ ります /(場 所 )に 〈 有情物 )が い ます
(1)部 屋 に電話 が あ ります。
(2)教 室 に先 生 と学生 がい ます。
○ 中国語
〈 場 所 〉 有 〈 無 情物・ 有 情物〉。
(3)房 同 里 有 屯活。
(『体験 日語』第8課 ) 部屋 中 ある 電話 倍 「屋に電話があ ります )
(4)教 室 里 有 老用 和 学生 。
(『体験 日語』第8課
)教室 中 いる 先生 と 学生 (教 室に先生 と学生がいます
)Ⅱ
○ 日本 語
(無 情物 )は 〈 場 所 〉 に あ ります。 /〈 有情物 )は 〈 場 所 )に あ ります。
(5)私 の本 は机 の上 にあ ります。
(6)李 さん は あそ こにい ます。
○ 中国語
(無 情 物 /有 情 物 )在 (場 所〉
(7)我 的 弔 在 菓 子 上。
私 の 本 あ る 机 上 (私 の本 は机 の上 にあ ります
)(8)小 李 在 那 ノ
L。李 さん い る あそ こ (李 さん は あそ こにい ます
)(9)Al鈴 木 在 教 室 里 喝 ?
鈴 木 い る 教 室 中 か (A:鈴 木 さん は教 室 にい ます か。 )
B:不 , 不在。
いいえ いない (B:い いえ、いませ ん
)つま り、 Iの 「有」は文頭 に時間・場所 を表わす語句 を置 き、「ある・いる」を表わす。ま た、 Ⅱの 「在」は 「
(・・ ・カト・に )あ る、い る」で人や事物の存在す る場所 を表 わす。
市川保子 (2005)で は、 「〜に〜があ ります」「〜は〜にあ ります」の違いが分か らない、
とい うところが学習者 に とつて難 しい、あるいはよく出る質問 と指摘 してい るが、少 な く とも中国語話者 に とつては この二つの文型 の違いについては質問 され ることは多 くな さそ うである。誤用があるとすれば、有情物 と無情物 によつて述語が 「いる・ ある」 と変化す ることに混舌 Lを 感 じることであると予測 され る。
3日 問題のあ りか
さて、本稿 にお ける問題 点 を述べ る。第 2節 にあげた例 をも う一度見ていただ きたい。
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(3)(4)の 中国語文 は、実は直訳す る と、 「部屋 の中に電話があ ります」「教室の中に先生 と 学生がいます」 となる。「里」が 日本語 の 「中」にあた るためである。 (9)も 同様 で、 「 A:
鈴木 さんは教室 の中にいます か。 B:い いえ、いませ ん」 となる。
いずれ も片端 か ら 「里」 を 「中」 とそのまま訳 して しま うと、不 自然 あるいは誤用 とみ な され る 日本語文ができあが る可能性 がある。 さらに『 体験 日語』 ではこの よ うな存在文 語彙 リス トに 「中」の対訳 として 「里面、中同」を載せ てい るだけであるため、学習者の 誤解 と誤用 を引き出 しやす くなると思われ る。 『 体験 日語』は中国国内で使用す るとい う前 提で作 られ てい るが、教室で教師が直接教 える ときに使用できる教科書 として使用 され る 一方、社会人や趣味で 日本語 を勉強す る人が 自学習す るときに使 えるよ うにも作 られてい る。前者 で且つ熟練 した教師が教鞭 を とってい るのであれ ば、その場 で学習者 の誤用 を直 す ことができるが、後者 の場合 、学習者 の誤用 を直す者 は誰 もいない。そ う考 える と、教 科書 に何 を記載す るかに対す る編集者 の責任 の重 さを痛感せ ざるをえない。
そ こで以下では、中国語の 「里」 と日本語 の 「中」の意味的違い を明 らかに し、中国語 話者対象の 日本語教材 をどのよ うに改善すれ ばいいのか、検討す る。
4口 中国語の「里」
(3)(4)(9)の 例か らわか るよ うに、 中国語では 「里」 を多用す るため、母語干渉 か ら中 国語 を母語 とす る学習者 も 「の中」 を多用す る傾 向があ り、 したがつて、
(10)部 屋 の中に電話があ ります。
の よ うに、誤用 とい うのかなん とな く日本語 として しつ くりこない よ うな、そんな文 を産 出す ることが よくある。
では、中国語 において 「里」は どの よ うな ときに用い られ るのか、用例か ら考察 してみ る。
4.1「 里」が使われ ない場合
「里」は単独では用い られない。 た とえば、
(10)*里 是 水。
中 である 水 (中 は水だ
)「里」の前 に名詞 をつけるか、或いは後に 「辺」、「面」な どを付 けて、「里辺 (libian)」 「里 面 (limian)」 の よ うな複合名詞 に しなければな らない。 また、王軟群 (2009:88)に よ
ると、本来的に場所 を表す固有名詞 には用い られ ることはない。
(11)我 在 末京 。
私 い る 東京 (私 は東京 にい る
)(12)*我 在 木京里。
4.2「 里」 を使 って も使わ な くて もいい場合
王軟群 (2009:88)で は、次のよ うな確定 した場所名詞 は 「里」力` 任意である とい う。
(13)他 在 {国 ギ備 / 学校 / 銀行 … }(里
)。彼 い る {図 書館 / 学校 / 銀行
}。(彼 は {図 書館 /学 校 /銀 行 }に い る
)ただ し、 「図書館 で勉強す る」の 「図書館」は場所名詞だが、「図書館 を改築す る」の 「図 書館」はモ ノと看倣 され るため、当然 「里」は用い られない。
4.3「 里」 が使われる場合
モ ノ名詞、例 えば 「皿」「机」「本」な どが場所名詞 を表すのに用い られ る場合、関係名詞 (つ ま り、里、上、下… )が 義務的に要求 され る。
(14)官 在 菓子 上。
それ ある つ くえ 上 (そ れは机 の上にある )
(15)* 官在菓子。
例 えば 「皿 を割 る」であれば 「皿」はモ ノであるが、 「皿の上に料理 を盛 る」の 「皿」は 場所名詞 とな る。話 し手がモ ノを どの よ うに認識す るかによつて、単なるモ ノ と見な され るか、場所 となるかが決 まって くると思われ る :
その他 、 『 現代沢悟人百洞』
(呂叔湘 商務印書館 1999年 )か ら 「里」が用い られ る例 を 挙 げる。
(16)房 同 里 有 人。
部屋 中 い る 人 (部 屋 の中に誰か人がい る
)(17)上 今月 里 他 来辻 一次。
先月 中 彼 や つて来 る 一回 (彼 は先月一度来た
)(18)他 的 友言 里 有 逮 方面 的 内容。
彼 の 発言 中 ある この 方面 の 内容 (彼 の発言 には、その′ 点も含 まれている
)(19)「 里 要 我 弓上 去
「
里 一趙。
工場 中 ほ しい 私 す ぐに 行 く 工場 中 (量 詞
)(工 場か ら私 にす ぐに工場 に来い と言 つてきた :前 の 「工場」は機 関、後 の 「工場」は場所
)(20)家 里 来 信 了 , 叫 体 回去。
家 中 来 る 手紙 た させ る あなた 帰 る (帰 つて くるよ うにつて家か ら手紙が来た よ。 :「 家」は人
)(21)我 炊 家 里 来。
私 か ら 家 中 来 る
(私 は家か ら来ま した :「 家」は場所
)(22)手 里 拿 着 一封 信。
手 中 持つ てい る (量 詞 )手 紙
(手 に一通の手紙 を持 ってい る :「 手」は具体的 )
(23)手 里 牧集 了 一些 材料。
手 中 集 める た 少 しばか り 資料
(手 元 に少 しばか り資料 を集 めた :「 手」は抽象的 )
こ うして見 ると、 (16)(19)(21)(22)の 「部屋」「工場 (後 者 )」 「家」「手」は具体的な場所
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名詞 として、 「里」を付加 して 「その中」 とい う概念 を持つのは容易である。一方、 (17)は
「先月」 とい う時間名詞 に 「里」が付加 してい るが、「先月」は 「今」等 とは違 って幅のあ る時間を表す名詞 であるか ら、「先月 の中」 とい う概念 を持つ ことは可能 で ある。 (18)の
「彼 の発言」 もある範囲或いは幅のある概念である。
しか しなが ら、 (19)(20)(23)の 「工場 (前 者 )」 「家」「手」はある一定の範囲を有す る具 体的な場所概念 ではな く、機 関や抽象的な所在場所 を表す。
上記か ら、中国語 の 「里」が付加 しうる名詞 を整理す ると、確定的な場所名詞、幅のあ る時間名詞 0発 話名詞、機 関や抽象 的な所在場所 な どがあげ られ る。
そ うす ると、中国語 の 「里」は具体的に 「内側」 とい う名詞性 をもつ こともあるが、漠 然 と 「一定の範 囲内」へ と派生 した抽象的な意味を有す る場合 もあることがわか る。 王軟 群 (2009)も 指摘 しているが、中国語 の 「里」は 日本語 と比べて文法化 の度合いが非常に 高い とい える。
5.日 本語の 「中」
前節 では、中国語の 「里」 について考察 したが、本節 では 日本語の 「中」について考察 す る。 5。 1で は 「中」が使 われない場合、 5。 2で は 「中」を使 って も使 わな くて もいい場 合、 5.3で は 「中」が使 われ る場合 について考察す る。
5.1「 中」が使われ ない場合
(24)*鳥 が空の中を飛んでい る。 (王 軟群 2009)
(25)*手 の中に本 を持 つている。
(同上 )
(26)手 の中に切符が 2枚 ある。
(27)*花 を花瓶 の中に挿す。 (同 上
)(28)花 を花瓶 に挿す。
(同上
)日本語では、ある場所 の内側 と外側が明確 に対比できる場合において、その内側 を 「中」
と呼ぶ。 したがって上記 の例 の 「空」は内・外 の区別 がない ことか ら 「空 の中」 とはいえ ない。「外 ではな く中」 とい う対比関係 が想起できないのである。
ちなみに、中国語では、
(29)島 ノ L 在 天空 (中 )ヽ 着。
鳥 で 空 (中 )飛 ぶ てい る
(30)*鳥 が空の中を飛んでい る。
のよ うに 「中」を使 つて も使 わな くて もよい。そ うす ると、中国語話者 によって (30)の よ うな誤用が生み出 され る可能性 は避 け られない。
同 じ「手 の中」であつても、 「本」であれば、手の中にすつぽ り入 ることがで きず、本は 手の平の 「外」に大きくはみ出 している可能性 がある。だか ら、 「手の中に本 を持 つてい る」
は言 えないのだが、 「切符」であれば、比較的小 さい ものであるとい うことが常識 として解 釈でき、手の中に入 るもの と考 えることができる。 したがつて 「手の中に切符が 2枚 ある」
は文 として 自然なのである。
次の 「花瓶」であるが、 「花瓶」 も中・外の区別があるものである。 しか し、一般的 に花
瓶 とい うのは、中に花 を挿すために存在す る器 としてその価値 が認識 されてお り、その外 とい う場所 は想定 されていない。 よって、「花 を花瓶の中に挿す」 とす ると、説明の しすぎ で不 自然 とい う印象 を受 けるのだ と思われ る。
5.2「 中」 を使 って も使わ な くて もいい場ハ
以下、 「中」を使 って も使 わな くて もいい例をい くつか挙げる。
(31)森 の中で道 に迷 う。
(32)森 で道 に迷 う。
(31)(32)の 「森 」は、表面か ら隠れ た奥深 い ところ とい う一般認識があ るため、 「道 に迷 う」のは 「森」だけで も自然 に認識 され る し、当然 「森 の中」で もよい。
(33)財 布 の中が空 になる。
(34)財 布 が空になる。
「財布」は袋状になつているもので、空間的に仕切 られた内側 と外側に分けられ る。物を入 れ るのは内側 であ り、そ こに何 もない状態 をい う。
(35)ク ラスの中か ら代表 を選ぶ。
(36)ク ラスか ら代表 を選ぶ。
「クラス」はある限 られた範囲の集団を言 う。 したがつて (35)の よ うに 「クラスの中」 と す ると 「あ くまで も当該 クラスで」 と範囲が極 めて限定 され る印象 を うける。
(37)夢 の中に幼 な じみが現れた。
(38)夢 に幼 な じみが現れた。
「夢」は一続 きの内容 をもつた話であ り、あるま とま りをもつた抽象的な場所 とみなす こと ができる。 したがつてその場所 を区切 られた範囲 と捉 えれ ば 「夢 の中」 となるし、単に一 続 きの内容 を持 つた話 とだけ とらえれ ば 「夢」 となる。
つま り、 日本語 で 「中」を使 つて も使 わな くて もいい場合 とい うのは、「中」 と「外」が 対比的に認識 されてい るにもかかわ らず、話 し手がその区別 を明確 に しよ うとしない場合
とい うことができよ う。
5.3「 中」が使われ る場合
先 も述べ たよ うに、「中」はそのもの 自体ではな く、内側 。内部であることを明確 に外側 と区別 して述べ るときに使 われ る。
(39)ポ ケ ッ トの中でぼ くは掌の汗 を拭 つた。 (張 麟声 2001)
(40)鼠 は、小 さな赤い篭の中で根気 よく車を踏んで廻 した り、砕いた ピーナツ屑 を前 肢 でつかんで食べた りしていた。 (張 2001)
「ポケ ッ トの中」「篭の中」は人間の動作のできる空間ではな く、袋や箱 のよ うな人間の 入れない容器類 であるか ら、 「の中」 を使わなければ、妙な文 となつて しま う。 (張 2001)
「ポケ ッ トの中」は中国語で も、「里」 をつける。
(41)我 在 日袋 里 擦了擦 掌心 的 汗。
私 で ポケ ッ ト 中 何度 も拭 った 手のひ ら の 汗 人間が入 つてその中で有 る動作ができる空間の場合、
一‑ 58 ‑一
(42)体 育館
(の中で /で )、 先生の話 を聞いた。
「の中」 を使 って も使 わな くて もかまわない。 ただ し、 日本語 では 「体育館 の中」 とす る と、 「体育館 の外 で先生の話 を聞 くのではな く」、 とい う対比的な意味が含意 され多少不 自 然になる。
中国語では、
(43)我 イ │] 在 体育倍 里 IIF
私たち で 体育館 中 間 く
了 老り T 的 沸活。
た 先生 の 話
のよ うに 「里」は任意である。
では、他 の 日本語例 では、「中」が どの よ うに示 され てい るだろ うか。
(44)腹 の中を探 る。
(45)部 屋 の中が丸見 えだ。
(46)予 算の中でまかな う。
(44)(45)(46)と もに、あ くまで も内側 とい う概念が強い。 しかもこの 3つ の例 においては、
外側 との対比性 とい う含意 もそれ ほ ど強 くない。 内側 で しかできないのである。
6.中 国語の 「里」 と日本語 の 「中」
以上 4節 と 5節 で述べた ことをま とめる。中国語の 「里」を含む文は 「中」 と訳す ことも できるが、 「家か ら手紙が来た」のよ うな場合でも 「家の中か ら手紙が来た」 となつて しま
うことがある。つま り、中国語 の 「里」は極 めて抽象的で文法化の程度 が高い。
しか し、 日本語 の 「中」は 「外」があるとい う前提の上での 「中」であ り、対比性 が強 く、また具体的である。「里」が広 く使 われ るのに対 し、「中」は用法が限定 されてい る と言 えよ う。 この ことを知 らない と、中国語母語話者が 日本語学習 をす るとき、 「里」をすべて
「中」 に訳 して しまい、「家の中に電話があ ります」のよ うな中国語の母語干渉 による誤用 を多 出す ることにつながるのだ と考 え られ る。
7.中 国語話者のための 日本語の 「中」の導入
第 3節 で、 『 体験 日語』 の存在文 に関す る問題 点、特 に位置詞 の 「里」 と「中」の意 味用 法が中国語 と日本語で異なってい る点 をあげた。その後、第4節 〜第 6節 で両者 の違いに関 す る考察 を行 つた。 この ことか ら、 『 体験 日語』の不足部分が明 らかにな り、更に、 どの よ うな場合 に中国語話者が母語干渉 による誤用 を産出す るかがわかつてきたよ うに思われ る。
そ こで、本節 では、 『 体験 日語』 の改善点 を述べたい。
7.1 用例 の出 し方
『 体験 日語』第 8課 で提出 され ている巻頭 の用例 とその 日本語訳 をも う一度示す。
(47)房 同里有 屯活。 (部 屋 に電話 があ ります )
(48)教 室里有老り T和 学生 (教 室 に先生 と学生がいます
)(49)那 ノ L有 什久 ?(そ こに何 があ りますか
)(50)IJmL在 ,老 師的研究室里有進 ?(今 、先生の研究室 に誰かいますか
)(51)那 今商店里有各神各祥的末西。 (あ の店 にはいろいろなものがあ ります
)(52)父 母都在北京。 (父 も母 も北京 にいます
)「里」 を用いてい るのは、 (47)(48)(50)(51)で あるが、 日本語訳ではそれ を 「中」 として はいない。解説 の部分 に も、 日本語の 「中」についての詳 しい記述 がな く、そのため、こ こでの位置詞 の指導は この教科書 を使 う「教師の力量」 に頼 る しかない。 また先 にも述ベ たが、 自学習 の学習者 においては誤用 に気がつかない とい うこともあるか も しれ ない。
7.2 改善案
前述 の とお り、 日本語の 「中」は 「外・外側」 との対比性 が強 く、 「外ではな くて中」 と 主張 したい ときに用い る。
筆者 が初級 の第一段階で提案 したい用例 は、
(53)A:箱 子 里 有 什ム ?(箱 の中に何があ りますか
)箱 中 ある 何
(54)B:箱 子 里 有 園珠宅。 (箱 の中にボールペ ンがあ ります
)箱 中 ある ボールペ ン
であ り、授業では例 えば、下の用例 を教師が学習者 に中国語で言い、「中」 を強調す る。
(55)放 到 箱子 里。 (箱 の中に入れ ます
)入れ る 箱 中
(56)里 面 装 着 什次 ?(中 に何が入 つていますか
)中 入れ る てい る 何
(57)清 在 里辺 等 「 El 。
下 さい で 中 待つ ね (中 で待 つて下 さい )
つ ま り、「里」「里辺」 と 「中」が完壁 に対応す る例である。 日本語母語話者 の教師ではな く、中国語母語話者 の教師 (ノ ンネイテ ィブ教師 )自 身であって も母語干渉 に戸惑わ され ることな く、初級 中国語学習者 に教 え られ るのではないか と考 える。
8.ま とめ
以上、「中国語話者 のための 日本語教材 における存在文の提示〜 中国語 の 「里
(li)」と 日本語 の 「中」を中心に〜」 とい うタイ トルで、 『 体験 日語』 (近 刊 )と い う初級教材 の位置 名詞 に関す る問題 点 と改善案 を紹介 した。
た とえ中国語話者 でな くて も、海外 で外国語 を、 しか もノンネイテ ィブの教師が教 える 場合は、母語干渉 による誤用がお きる可能性 を十分 に理解 して、教室活動 を行 うべ きであ る し、教材作成 も 「〜語話者対象」 とす るか らには、まず は教材作製者 がその言語 と日本 語 のことを事前 に対照研究 しておかなければな らない と警鐘 を鳴 らしたい。
《参考文献》
市川保子 (2005)『 初級 日本語文法 と教え方のポイン ト』ス リーエーネ ッ トワーク 王軟群 (2009)『 空間表現の 日中対照研究』 くろしお出版
張麟声 (2001)『 日本語教育のための誤用分析 中国語話者の母語干渉 20例 』ス リーエー ネ ッ トワーク
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