博 士 ( 水 産学 ) 川 崎 潤 二 学 位 論 文 題 名
漁船海難事故における人的要因に関する研究
学位論文内容の要旨
【 目 的 】 漁 船 の 運 航 に つ い て は 、 漁 船 、 操 船 者 、 航 行 環 境 の 各要 素 か ら なる漁船運航システムとして捉えられる。このシステムが安全に、効率的に機能を 果 た す に は 、 そ れ ぞ れ の 要 素 が 様 々 に 変 化 す る 状 況 に 対 応 で き る 機能 を 有 す る と と も に 、 各 要 素 間 に お い て 互 い に 調 和 の と れ た 相 互 関 連 性 を維 持 す る必要がある。
漁 船 の 海難 事 故は 、運航 システム における それぞれの 要素の相 互関連性 に何 ら か の 無 理 、 不 合 理 が 生 じ た た め に 発 生 す る と 考 え ら れ る 。 特 に 漁船 の 運 航 者 は 、 漁 船 及 び 航 行 環 境 か ら 情 報 を 収 集 す る こ と に よ り 操 船 判 断を し 、 操 船 行 動 を 行 う な ど 、 漁 船 運 航 に お い て 中 心 的 役 割 を 果 た し て い る。 そ レ て漁船の海難事故原因の中で,運航者のミス(ヒューマンエラー)が非常に高い割合 を 占 め て い る こ と が , 各 種 海 難 統 計 資 料 に お い て 示 さ れ て い る 。 しか し な が ら , 人 間 の 特 性 に つ い て は , 作 業 内 容 , 環 境 条 件 等 に よ り そ の 精度 に 大 き な 変 動 が あ る こ と か ら , 事 故 原 因 を 究 明 す る に お い て 人 的 要 因 につ い て は 暖 味 に 扱 わ れ る こ と が 多 く , 人 的 側 面 か ら の 事 故 防 止 の た め の 具体 策 に ついても十分に検討されていないのが現状である。
本 論 文 に お い て は , 海 難 事 故 が 発 生 す る ま で の 過 程 と し て , 船体動揺,不規則な時間帯などの漁船特有の作業環境
う漁業従事者の疲労,眠気 う海難事故における人的要因 う海難事故
と い う 因 果 関 係 に 注 目 し , 各 関 連 性 に つ い て 調 査 分 析 す る こ と に より , 人 的側面から漁船運航の安全性について検討を行なった。
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【 方 法 】 上 述 し た 人 的 要 因 に よ り 海 難 事 故 が 発 生 す る ま で の 因 果 関 係 に ついて,以下の方法により調査分析を行った。
まずは海難事故の事例調査を基に,海難事故におけるヒューマンエラーの発生原 因 , 事 故 発 生 状 況 に つ い て 調 査 を 行 い , 事 故 発 生 時 の 漁 船 操 業 環 境 と の 関 連 性 に つ い て 分 析 を 行 っ た 。 事 例 調 査 に は , 事 故 発 生 原 因 , 発 生 状 況 に つ い て 最 も 詳 細 に 記 載 さ れ て い る 資 料 と レ て 海 難 審 判 庁 裁 決 録 を 用 い た 。 調 査 対 象 は , 裁 決 録 で 取 り 扱 わ れ て い る 海 難 事 故 と し て 最 も 多 い 船 舶 間 の 衝 突 事 故 と し , 衝 突 事 故 に お け る 人 的 要 因 と し て , 操 船 者 の 見 張 り 不 十 分 を 取 り 上 げ た 。 調査 をお こな った 漁船170隻 のテ ゛− タを 用い .見張 り不 十分 と な っ た 要 因 と 事 故 発 生 時 の 運 航 状 況 と の 関 連 性 に つ い て 検 討 す る た め に , 統計的仮説検定として独立性の検定を行った。
次 に , 漁 船 操 業 環 境 が 漁 業 従 事 者 に 及 ぼ す 影 響 に つ い て 検 討 を 行 っ た 。 漁 船 操 業 環 境 に お け る 「 働 き に く さ 」 が 作 業 者 の 疲 労 と な っ て 現 れ る と い う 考 え か ら , 疲 労 の 自 覚 症 状 調 査 を 短 期 , 長 期 航 海 に お い て 行 っ た 。 ま た 漁 船に おい ては ,作 業者 は船 体動 揺に 対し 常にハ ゛ラ ンス を維持する必要があ り , そ の こ と が 漁 船 操 業 環 境 に お け る 働 き に く さ の 原 因 と な っ て い る と 考 え ら れ る こ と か ら , 船 体 動 揺 に 対 す る 応 答 特 性 に つ い て も 実 験 を 行 っ た 。 実 験 は , 北 海 道 大 学 水 産 学 部 練 習 船 北 星 丸 , お よ び 研 究 調 査 船 う し お 丸 に お い て 行 な っ た 。 両 船 に お け る 疲 労 の 自 覚 症 状 調 査 に よ り , 航 海 日 数 毎 の 身 体 的 , 精 神 的 , ま た は 神 経 感 覚 的 な 疲 労 の 各 症 状 に つ い て 比 較 を 行 っ た 船 体 動 揺 に 対 す る 人 体 の 応 答 特 性 は , 船 体 加 速 度 を 入 力 , 人 体 の 重 心 位 置 に お け る 加 速 度 を 出 カ と し た 応 答 系 に お い て 周 波 数 応 答 特 性 と レ て と ら え , ハ ゛ ラ ン ス 状 態 , ま た は 疲 労 度 と の 関 係 に つ い て 検 討 を 行 っ た 。 以 上 の , 海 難 事 故 に お け る 人 的 要 因 の 分 析 , お よ び 漁 船 操 業 環 境 が 作 業 者 に 及 ぼ す 影 響 に つ い て の 実 船 実 験 に よ る 分 析 結 果 を 基 に , 漁 船 操 業 環 境 に おけ る疲 労, 眠気 に関 する アンケ一I用紙を作成し,漁船漁業従事者を対象に 調 査を 行っ た。 そし て集 計テ ゛− タを 基に ,漁船 操業 環境 において,漁業従事 者 の 漁 船 運 航 中 の 疲 労 , 眠 気 に 影 響 す る 要 因 に つ い て 検 討 を 行 う た め に , 操 業 環 境 に 関 す る 項 目 を 説 明 要 因 , 疲 労 , 眠 気 を 外 的 基 準 と レ た 要 因 分 析 を行った。
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【 結果 およ び考 察】 以上 の調 査分析により,漁船操業環境において漁業 従 事者 の疲 労, 眠気に 影響 を及 ぼす要因と,それら疲労,眠気が原因で,
海難事故にっながる人的ミスが発生するという因果関係について検討した。
特 に, 漁船 操業 環境に おけ る疲 労にっいては,腰痛の頻度が高く,漁船運 航 中の 作業 姿勢 との関 連性 が, また船内の照明,温度,または無線装置が 疲 労の 神経 感覚 的症状 であ る目 の疲れと関係があることを明らかにレた。
ま た, 操船 中の 眠気は ,睡 眠時 間が短く,操業時間が長い時に生じること を確認した。
実船 実験 によ る疲労 の自 覚症 状調査では,長期航海においては,身体的 精 神的 ,神 経感 覚的な 疲労 の症 状としてだるさ,眠気,目の疲れの発生頻 度 が高 く, それ ら疲労 につ いて は,航海期間が経過するに従い滅少,ある い は一 定期 間で 増減を 繰り 返す といった特徴を明らかにした。船体動揺に 対する人体の応答特性とレて,り=1.0〜2.O(rad/s)の周波数範囲の船体加速 度 にお いて は, 人体の 前後 方向 の姿勢制御は,船体動揺の周期が短くなる に っれ 困難 にな ること が分 かっ た。また,30分間におよぷ計測では,計測 時 間が 経過 する に従い ,足 がだ るい,頭がぼんやりするなどの疲労度が増 し ,船 体動 揺の 低周波 数帯 にお いて,人体の前後方向の揺れが大きくなる こ とが 分か った 。これ らの こと から,人体前後方向の身体の揺れを制御し 船体動揺に対しハ゛ランスを維持することが作業者の負担となり,しいては作業 者の疲労にっながることが判明した。
漁船 海難 事故 原因と して ,見 張り不十分による海難の見張りを妨げる要 因 は, @操 船者 の不注 意, 思い 込み,◎見張り以外の作業に気を取られる
◎死角が生じる,@操船者の疲労,眠気の4ハ゜ターソであった。特に@の見張 り 以外 の作 業と して, 底曳 網漁 業においては漁場を移動中に魚群を探査し な がら 操船 して いる状 況で ,51ン未満の刺網,かご漁業などでは,単独で 漁 船を 運航 して いる状 況で 漁労 作業を行っている時に,周囲の見張りがお ろ そか にな り, 衝突事 故が 発生 していた。また@の操船者の居眠りは自動 操 舵に よる 操船 と関連 性が 高く ,日々の操業で疲労している操船者に,単 独 で の 操 船 に よ る 外 的刺 激の 無い 漫然と した 状況 が居 眠りを 誘発 して い
た。本研究によって,漁船操業環境における漁業従事者の疲労が,漁船運
航中の居眠り等の原因となり,強いては海難事故が発生するという因果関
係が明らかにされた。従って操船者の居眠りを防止するためには,漁船操
業環境について,作業負担による疲労が出来るだけ少なくなるよう改善す
る必要があり,そのためには日々の操業において疲労が蓄積されないよう
な操業計画について検討することが重要である。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主 査 教 授 天 下 井 清 副 査 教 授 廣 吉 勝 治 副 査 助 教 授 木 村 暢 夫
学 位 論 文題 名
漁 船 海 難 事 故 に お け る 人 的 要 因 に 関 す る 研 究
漁船の海難事故原因の中で、運航者のミスが非常に高い割合を占めているこ とが各種海難統計資料において示されている。しかし人間の特性については、
作業内容、環境条件等によりその精度に大きな変動があることから、事故原因 を究明する際において人的要因については曖味に扱われることが多く、人的側 面からの事故防止のための具体策についても十分に検討されていないのが現状 である。
本論文は漁船運航における人間の役割を運航における人的負担および船上に おける人間の特性とヒューマンエラーの観点から漁船海難事故における人的要 因について 究明し、問 題点を補う 条件を示唆 した。第3章では、170隻の漁 船海難事例調査を行い、見張りを妨げる要因と事故発生月、発生時間帯、海域、
気象、操業種類、運航状況等の漁船操業環境との関係を分析し、衝突事故発生 のパターンを明確にした。第4章では、船体動揺に対する人間の周波数応答特 性にっいて実船実験を行って明らかにし、海上労働の身体的特徴を明らかにす ると共に疲労の自覚症状実験から精神的、神経感覚的特徴にっいても明らかに した。第5章では以 上の結果を踏まえて、海上労働者が必然的に背負う「疲 労」、「眠気」の要因が漁船操業環境のいずれの項目によって誘発され易いか 数量化第2類による 要因分析をした。その結果、衝突事故原因の54%を占め る「見張り不十分」と分類される原因のうち、人的要因について人体の特性お よび漁船操業環境が「見張り不十分」を誘発させる因果関係を明らかにした。
以下審査員一同が評価した点は次の通りである。
1.事故分析から衝突海難事故の発生確率の高いパターンを明らかにし、見張 りを妨げる要因は@操船者の不注意、思い込み◎見張り以外の作業に気を 取られる◎死角が生じる@操船者の疲労、眠気の4通りであることを指摘 した。
2.1項@、@が人間の特性によるものであり、船体動揺に対する人体の周波 数応答特性として、1.O〜2.0(rad/sec)の周波数範囲において人体の前後
方向の応答が大きくなること、船体動揺に対する姿勢制御が操船者の負担 となり、疲労にっながることを明らかにした。
3.航海中、身体的、精神的、神経感覚的な疲労の症状として「だるさ」「頭 がぼんやりする」「眠気」「目の疲れ」の発生頻度が高く、航海初日にその 発生が顕著であることを明らかにした。
4.1項の@、Oを誘発する漁船操業環境として特に作業姿勢や運航姿勢、船 橋の照明や温度、航海機器、睡眠時間や操業時間が関係していることを指 摘した。
以上の諸点は漁船の衝突海難事故の半数を占める「見張り不十分」とぃう人 的要因において、人間の特性として船体動揺が肉体的にも精神、神経感覚的に も船酔いに似た疲労の自覚症状を発症させることを説明し、更に照明、温度や 操業計画を含む日常の漁船操業環境が見張り不十分に至るヒューマンエラーを 誘発することなどを明確に示した。これらの結果を基に適切な対応がなされる ことによって衝突事故の半減を可能とし得ることを示したものと高く評価する ことが出来る。従って審査員一同は、本論文が博士(水産学)の学位論文とし て価値があるものと認定した。