博 士 ( 農 学 ) 鬼 頭 英 樹
学 位 論 文 題 名
日本産イネいもち病菌における
宿主 特異 性変 異に 関連 した DNA 領 域の解析 学位論文内容の要旨
イネの最重要病害の1っイネいもち病は、子のう菌類に分類されるいもち病菌(Magnaporthe grisea)によって弓1き起こされる。本菌の特徴である宿主特異性(host specificity)は、本菌の 非病原性遺伝子(avirulence gene)と、イネのいもち病抵抗性遺伝子(resistance gene)と相互作 用することにより、イネの抵抗性反応が誘導され、決定されるが、詳細な抵抗性反応誘導機構 は十分には解明されていない。また、これまで、いもち病抵抗性遺伝子を持っイネが育種・導 入されてきたが、数年で抵抗性の崩壊が起き、それらに感染できる菌の出現が大きな問題とな っている。この現象は、非病原性遺伝子の変異が原因となっていると考えられているが、詳細 に解析された非病原性遺伝子が極めて少ないため、その変異機構の解析も十分に行われていな い。このように、いもち病の恒久的な防除のためには、非病原性遺伝子を中心とした、本菌と イネの相互作用機構の理解が重要と考えられる。
本研究では、いもち病菌の宿主特異性の解析を目的として、日本産イネいもち病菌Ina168株 を用いて非病原性遺伝子のクローニングを行った。Ina168株は、日本産判別菌系の1っであり、
日本産レース判別標準イネ品種の抵抗性遺伝子と1ニlで対応する非病原性遺伝子を持っという ことから、非病原性遺伝子と抵抗性遺伝子の直接的な相互関係を解析することが可能であると いう特徴がある。また、日本産菌株であることから、研究成果の本邦圃場への迅速な還元が期 待できる。
1.日本産イネいもち病菌宿主特性変異株変異DNA領域の解析
RAPD法により、日本産いもち病菌Ina168株のイネ品種愛知旭に対する宿主特異性変異株 Ina168 m95‑1株の変異領域の同定を行い、変異株特異的に欠失している単一コピーのDNA断 片PM01を 得た。Ina168株と外国産高稔性株Guyll株を祖先とするクロス5307交配後代にお ける、愛知旭への宿主特異性の分離を調べたところ、非病原性と病原性の比はlニlとなり、宿 主特異性が1遺伝子支配であることが示唆された。また、サザン解析によルクロス5307交配後 代におけるPMOIの分離と、非病原性遺伝子座の分離の連鎖を解析した結果、調べた21株にお いて完全に連鎖しており、PM01を含む領域に愛知旭に対する非病原性遺伝子が存在する確率 が非常に高いと考えた。PM01の周辺領域約10 kbの解析を行い、宿主特異性変異株において PMOIを含む約6.5 kbの領域が欠失していることを示唆する結果を得た。この領域には1746 bp ―1239−
のORFが存 在し てお り 、新 規タ ンパ ク質 を コー ドす る遺伝子と考えられた。そ の周辺には反復 配 列 が 存 在 し て お り 、 新 規DNA型 ト ラン スポ ゾン 様 配列 も存 在し 、こ の 配列 をOccanと命 名 し た。 また 、 既知 の遺 伝子 の一部が反復配列と混 在したモザイク領域も存在し 、トランスポゾ ン や反 復配 列 の関 わる ゲノ ムの再編成がこの領域 の欠失に関与している可能性 が示唆された。
欠失 領域 は 反復 配列 に囲 まれていたため、実際 には更に広い領域が欠失して いるという可能 性 を 考 え 、Ina168の コス ミド ラ イブ ラリ ーか ら、PM01断 片を 含む3つ のコ スミ ド クロ ーン を 得 た 。 こ れら3ク ロー ン を宿 主特 異性 変異 株 に形 質転 換し た とこ ろ、 コス ミド ク ロー ン46F3 で 形質 転換 体8株の う ち、3株 で宿 主特 異性 の相 補 が見 られ た。 よっ て 、この クローンに愛知 旭 に対 する 非 病原 性遺 伝子 イぬヶぬが存在すると 考えた。インサートの全塩基 配列を決定した と ころ 、既 知 のト ラン スポ ゾンがクラスターを形 成していた。また、既知の非 病原性遺伝子の プ ロモ ータ ー 領域 に存 在す る反復配列も存在した 。これらのことから、この領 域は組換え等の 起 点と なり う る反 復配 列の 多い不安定な構造を示 し、非病原性遺伝子の欠失に 関与している可 能性が示 唆された。反復配列の他に 、糸状菌や放線菌のQーL‑arabinofuranosidase遺伝子とホモ ロ ジー を示 す 配列 が存 在し た 。EST解析 の 結果 、イ ネの細胞壁を単一炭素原と した条件化で、
Q ‑L‑arabino紅孤osidasc遺伝 子ホ モロ グ は発 現し てい た が、1746bpのORFは 発現していなか った。こ のことから、゛更なる遺伝子の絞込みが必要ではあるものの、a―L‐arabinofmanosidaSe 遺伝子ホ モログが非病原性遺伝子で ある可能性が考えられた。
本研究はMutamIaidedcloning法により、これまで 用いられてきたMap‐basedcloning法の特殊 な 外国 産菌 株 を用 いな けれ ばならなぃという欠点 を克服し、更に、病原性レー ス判別イネ品種 の 育成 に用 い られ た日 本産 菌株いもち病菌から、 病原性レース判別イネ品種の 抵抗性遺伝子に lニlで 対 応 し た 非 病 原 性 遺 伝 子 を 取 得 し た と い う2つ の 画 期 的 な 成 果 が 得 ら れ た 。
2.いも ち病菌新規DNA型トランスポ ゾンOccanの解析
宿主 特 異性 変異 株特 異的 に 欠失 したPM01断片 に 隣接 した 領域 か ら見 っかった新規トランス ポ ゾン 〇ccanの詳 細な 特徴 づ けを 行っ た。Occanは2259 bpのORF、63 bpの推定イントロンを 含 んで い た。77 bpの 末端 逆方 向反 復 配列 に隣 接し てTAの 標的 配列 が存 在した。ORFは既知の 糸 状菌 の トラ ンス ポゾ ンファミリーであ るFotlファミリーとアミノ酸 レベルで相同性を示した が 、核 酸 レベ ルで は相 同性を示さなかっ た。構造的な特徴から、〇ccanがFotlファミリーに属 す ると 考 えた 。標 的配 列の周辺領域の塩 基配列は、ATリッチな領域で あった。逆方向反復配列 の 完全 な 一致 や、 標的 領域 がATリ ッチ であ るこ と は、 これ まで に 報告 されているFotlファミ リ ー の いも ち病 菌DNA型 トラ ン スポ ゾンPot2、Pot3と一 致し た。 し かし 、逆 方向 反復 配 列内
多く存在し、他の宿主の菌では少ないという宿主特異的保存が見られた。また、Ina168の全て の染色体に存在した。
〇ccanはPMOI断片に隣接したDNA領域から発見されたことから、宿主特異性変異への関与 の可能性が考えられた。同時に〇ccanはその特徴から、転移活性を有していると考えられ、ト ラ ン ス ポ ゾ ン タ ギ ン グ の 材 料 と し て の 可 能 性 も あ り 興 味 深 い 知 見 で あ る 。
以上のように、本研究で得られた非病原性遺伝子とそれを取り巻くトランスポゾンの知見は、
遺伝学的に新規なものであり、さらに、いもち病の防除に応用可能な、重要なものであるとい える。
― 1241―
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
日本産イネいもち病菌における
宿 主特 異性変 異に 関連 した DNA 領域の解析
本 論文は7章か らなり、図61、表71、引用文献86を含む総頁数176の和文論文である。
別 に参考論 文2編が付さ れてい る。
いもち病菌(Magnaporthe grisea)はイネの最重要病害いもち病の原因菌である。本菌の特 徴である宿主特異性は、本菌の非病原性遺伝子に誘導され、決定されるが、詳細な抵抗性反 応誘導機構は十分には解明されていなぃ。また、非病原性遺伝子の変異によって起きるいも ち病菌の宿主特異性変異が大きな問題となっている。
本研究では、いもち病菌の宿主特異性の解析を目的とし、日本産レース判別標準イネ品種 の抵 抗性遺 伝子と1:1で対応する非病原性遺伝子を持つ日本産イネいもち病菌株を用いて 非病原性遺伝子のクローニングを行った。また、いもち病菌の宿主特異性変異に関与すると 考えられているトランスポゾンの本研究で発見された新規因子Occanの詳細な解析を行った。
1.日本産イネいもち病菌宿主特性変異株変異DNA領域の解析
RAPD法 により、 日本産い もち病 菌Ina168株のイネ品種愛知旭に対する宿主特異性変異 株の 変異領 域の同定 を行い、 変異株 特異的に 欠失し ている単 一コピーのDNA断片PM01を 得た。Ina168株と外国産高稔性株Guyll株を祖先とするクロス5307交配後代における、愛知 旭への宿主特異性の分離を調べたところ、非病原性と病原性の比は1ニlとなり、宿主特異性が
男 篤
哲
房
田 田
藤
冨 横
内
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
株 で宿 主 特異 性の 相補 が見 ら れた 。よ って 、こ の クロ ーン に愛 知 旭に 対す る非 病原 性 遺伝 子 が存在すると 考えた。インサート38 kbの 全塩基配列を決定したところ 、既知のトランスポゾンと 反 復配 列が クラ ス ター を形 成し てい た 。よ って、この 領域は組換え等の起点とな る反復配列の 多 い不 安定 な構 造 を示 し、 非病 原性 遺 伝子 の欠失に関 与している可能性が示唆さ れた。また、
糸 状菌 や放 線菌 のQ―L‑arabinofuranosidase遺 伝子 とホ モ ロジ ーを 示す配列が存 在した。EST 解 析の 結果 、イ ネ の細 胞壁 によ り、0−L‑arabinofuranosidase遺伝子ホモログの 発現が誘導さ れていた。こ のことから、Q―L‑arabinofuranosidase遺伝子ホモログ が非病原性遺伝子である可 能性が考えら れた。
2.い もち病菌新規DNA型トランス ポゾンOccanの解析
宿 主特 異性 変異 株 特異 的に 欠失 し た断 片に 隣接 した 領 域か ら見 っか った 新 規ト ラン スポ ゾ ンOccanの 詳 細 な 特 徴 づ け を 行っ た 。〇ccanfま2259 bpのORF、63 bpの推 定 イン トロ ンを 含 ん で い た 。77 bpの 末 端 逆 方 向 反 復 配 列 に 隣 接 し てTAの 標 的 配 列 が 存 在 し た 。ORFは 既 知 の糸状菌のトランスポゾンファミリーであるFotlファミリーとアミノ酸レベルで相同性を示したが、
核 酸 レ ベ ル で は 相 同 性 を 示 さ な か っ た 。 構 造 的 な 特 徴 とト ラン スポ ゼー ス の相 同性 から 、 OccanがFotlフ ァ ミリ ーに属すると考えた。し かし、末端逆方向反復配列内 に、Fotlファミリー で 見ら れ る同 方向 反復 配列 は なく 、代 わり に パリンドロームが存在した。RT‑PCRにより、窒素 飢餓条 件下での発現と、イン卜ロ ンの存在が確認された。他のFotlファミリーのトランス ポゼー スと比 較したところ、Occanトラン スポゼースの内部とC末端に 、他のFotlファミリーには 存在し ないエ クストラドメインが存在し 、既知のトランスポゼースから遺伝的に最も遠く、新たなサブフ ァ ミリ ー を形 成し てい る可 能 性が 考え られ た 。OccanはPot3と 同様 、宿主 特異的に保存されて い た 。 〇ccanはPM01断 片 に 隣 接 し たDNA領 域 か ら 発 見 さ れ た こ と か ら 、 宿 主 特 異性 変異 へ の 関与 の 可能 性が 考え られ た 。同 時にOccanは その 特徴 か ら、 .転 移活性 を有していると考え ら れ 、 ト ラ ン ス ポ ゾ ン タ ギ ン グ の 材 料 と し て の 可 能 性 も あ り 興 味 深 い 知 見 で あ る 。
以上のように、本 研究で得られた非病原性遺伝 子とそれを取り巻くトランスポゾンの知見は、
遺伝 学的 に 新規 なも のであ り、さらに、いもち病の防 除に応用可能な、重要なもの であるとい える。
よっ て 、審 査員 一同 は、 鬼 頭英 樹が 博士 ( 農学 )の 学位 を受 け るの に十分な資格を有する も のと 認 めた 。
―1243―