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法律・条例のつくり方

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司会(青木) おはようございます。法学会の講演会を始めます。本日の講演会は『法 律・条例のつくり方』というテーマで,衆議院法制局法制企画調整部長の笠井真一先生 にご講演いただきます。普段租税法の授業をやっている時間なので,租税法を履修して いる学生が多いと思いますが,今日は衆議院法制局の方にお越しいただいて,法律,

条例のつくり方についてということで,特に租税法の話をしていただくわけではありま せん。ただ,皆さん法学部に所属されていて,普段持ち歩いているポケット六法にいろ いろな条文が出ていますけども,そういう条文がどうやってつくられたのかということ は,あまり考えたことはないのではないでしょうか。大学でそういうことを教える機会 はほとんどありませんし,一般的にもそういったことを勉強する機会もほとんどありま せん。ということなので,非常に興味深いお話が聞けるということでご期待いただけれ ばというふうに思います。開会に先立ちまして,三野学部長からご挨拶をいただきたい と思います。学部長,お願いします。

三野学部長 皆さん,おはようございます。本日は衆議院法制局法制企画調整部長の笠 井真一先生をお迎えして,法律や条例のつくり方についての講演・授業をしていただき ます。青木先生からこの授業の趣旨についてお話がありましたので,私から申し上げる ことはあまりないのですけど,皆さん方いつも,法律学というのは六法の中に書いてあ る条文を読む,もしくは読むまでもいかなくても抜粋してレポートに書いてみるくらい

法律・条例のつくり方

―― 創立 周年を迎えた衆議院法制局における 議員立法を振り返って ――

笠 井 真 一

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のことはしているわけですが,そもそも法律や自治体の条例がどうやってつくられてい るのかということについて関心を及ぼすことは,あまりないと思います。それから法令 の読み方ということについても,私の授業では,例えば,「及び」「並びに」「又は」「若 しくは」の使い方等について教わっている場合はありますが,では皆さん方が国家公務 員とか地方公務員であって法律とか政省令,そして自治体の条例や規則をつくる,そう いった立場になった時に,はたして法学部を出ているからといってつくれるか考えてみ てください。たぶん無理でしょう。そういうスキルを学ぶということは,大学の授業で そこまでやるということは,全国の大学を見てもほぼありません。

しかしながら社会に出ると,これは民間人でもそうですけど,法律や条例を使って許 認可を得るということはあるわけですけど,その法律がどうやってできているのか,背 景,趣旨,目的,そしてどうやって読み込むのかということのスキルを知らなければ,

実はとても誤った読み方,そして誤った運用をしてしまう。そのことにより被害を受け るのは誰かというと,国民,住民,事業者なんですね。ですから,法律というのは,ど ういう背景からできて,そしてこの条文はどう読むのか,場合によっては,現行の法制 度の中にも間違った法律の条文というのが実は意外とあったりします。そういう意味で は,法律というのは,単に皆さんが持っている六法の中にあるだけじゃなくて,その背 景とかどのようにつくられて,どのように運用されているのか,というところまで考え を及ぼしていかないと,本当の意味での法律を使いこなすことにはならないと思ってい ますので,ぜひ今日笠井先生のお話を聞いて,皆さん方がより法律を有効に,そして社 会に出て使えるようにしていただきたいと思います。

司会 では,笠井先生を拍手でお迎えしましょう。

笠井 皆さん,おはようございます。衆議院法制局の笠井と申します。本日は,香川大 学法学会講演会にお招きいただきまして,有り難うございます。また,年明け早々,こ れだけ多くの方々に集まっていただき,感謝申し上げます。私は実務家で,それほど大 した話ができるわけではありませんので,皆さん,今日は気楽に聞いていていただけれ ばと思います。その上で,今日聞いていただいた話をちょっとだけ頭の片隅に残してお いていただいて,この先,国会,衆議院の話であるとか,議員立法の話であるとか,そ ういったことを新聞やテレビで耳にされたとき,今日の話を思い出していただけたなら,

と思い,本日の講演をお引き受けした次第でございます。宜しくお願い申し上げます。

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(はじめに)

私は現在,衆議院法制局という役所に勤めておりまして,今日お話しする『法律・条 例のつくり方』,私たちの言葉で言えば,「法制度設計」,「法制執務」ということになり ますが,そういった話が,本日の話の中心になると思います。ただ私は今,法制企画調 整部長をしておりまして,予算とか人事とかの仕事もしています。正直なところ,立法 学よりも,いかに予算を多くとってくるか,いかに優秀な学生さんにたくさん来ていた だくか,ということの方が,実は切実な問題でございまして,したがいまして,もし今 日の話を聞いて,「おっ,なかなか面白そうな職場だな」とお感じになられましたなら ば,迷わず,私どもの衆議院法制局を受験していただければ有り難い,そういうことを まずもってお願いしておきたいと思います。

( つの「法制局」)

衆議院法制局という役所はどんな役所か。おそらく多くの方はご存じないかと思いま す。名前のとおり,国会の衆議院にある役所なんだろうな,法制局というからには法律 に関係する役所なんだろうな,というような感じじゃないでしょうか。実際私どもの役 所が,各省庁のように新聞,テレビで名前が出るということは,まず,ないと思います。

どちらかと言えば,黒衣に徹した,あまり表に出ない役所です。

私どもの仕事のメインというのは,議員立法をつくることです。「法制局」という名 前の役所が日本に つあるのはご存知でしょうか。内閣にあるのが「内閣法制局」,衆 議院,参議院にあるのが「衆議院法制局」,「参議院法制局」というように,日本に「法 制局」は つあります。ただ,内閣法制局と,議会にある議院法制局というのは,ちょっ と違ったところがあります。

政府が法律案を提出する場合,まず,各府省がその原案をつくります。厚生労働省と か総務省とかが,法律案の原案をつくるわけです。そして,その原案を内閣法制局に持 ち込んで審査を受け,その後閣議決定されて法律案が国会に提出される,ということに なります。

一方,議員立法の場合,法律案の原案をつくる各府省に当たる組織がありません。議 員立法の場合は,私ども,衆議院法制局が自ら,国会議員の先生方から依頼を受けて条 文の原案をつくるところから始まります。その後,衆議院法制局の内部で審査も受けて いく,ということで,言ってみれば,政府提出の法律案でいうところの各府省と内閣法 制局の機能,役割を合わせ持ったようなところでして,議会にある法制局と,政府の法 制局とでは,その点が違います。

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(国会,議会というところ)

ところで,国会というのは,必ずしも世の中の評判は良くないですよね。よく政府な どと比較されて,「国会って,何してるの?」とか,「議論ばっかりやってて,なかなか 結論が出ない」,「仕事が遅いよね」などと言われたりすることがあります。ある程度は そういう批判も受け止めないといけないのかも知れませんが,私は,こういう見方には 疑問を持っています。議会というのは,政府とは,かなり性質が違うと思っています。

内閣,政府というのは,内閣総理大臣ないしは内閣を頂点としたピラミッド状の組織 で,一つの最高意思決定に従って全体が動く,そういう組織かと思います。会社などの 組織も同様だと思います。

一方の議会は,これはまた議会の難しいところでもあり,面白いところでもあるんで すけども,議会というのは,元々,価値多元的な存在なんですね。国民全員が集まって 議論すればそれに越したことはないんでしょうけど,そんなことはできません。その代 わりに,国民から直接選挙で選ばれた国会議員の先生方が集まって,議会を構成してい ます。そこには,いわば,国民の縮図ができ上がるわけです。当然,物事を決めるとい うことは,そんなに簡単にはできることではありません。国民の中にはいろんな意見,

考え方,利害関係を持っている人がいるわけで,そういった人たちを背景に選ばれてき た国会議員の先生方が国会の場で議論をするということは,当然,様々な価値観や利害 関係がぶつかり合うことになります。議会というのは,そういう世界です。非常に価値 多元的な存在なんですね。国民の縮図でもあり,今の社会の縮図でもあるわけです。そ う簡単には結論が出ないというのも,当たり前の話なのです。

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(議論をすることの大切さ)

今日は法律,条例のつくり方,というお話をさせていただきますが,法律をつくる,

法制度設計をするに当たっては,色んなことに気を配らなければなりません。その際,

「議論をする」というのは大変重要な点です。

法律というのは,一旦でき上がってしまえば,―― それは,政府がつくっても国会 議員がつくっても同じなんですけども ――,でき上がって,施行されれば, 億何千 万の国民全員に一様に適用されるわけですね。しかし,一人ひとりの人たちはいろんな 価値観を持っている,いろんな利害関係を持っている。おそらく,どんなに立派な法律 をつくっても,全員が全員,よい法律をつくったね,よかったね,うれしいね,という ことには,まずならないと思います。多くの人に喜んでいただけるよう法律はつくりま すが,その陰では,何でこんな法律ができたのだ,迷惑だ,ない方がよかったと,そう いった反発も当然あるわけです。それは,私たちの社会が健全である証拠です。

どんなに議論したとしても,全員が全員,納得することはないでしょう。どれだけ議 論しても %の人たちを幸福にすることはできません。でも,だからこそ,議論する ことは大切なのです。この法律は何のためにつくるのか,これにより,どういうメリッ トがあるのか,ということを考え法律はつくられますが,同時に,この法律にはどう いったデメリットがあるのか,どういった不利益が起きるのか,そういった不都合をで きるだけ最小化するにはどうしたらいいか,そういうことも考えながら法律はつくられ ます。そこが,法律と,単なる政治スローガンとの大きな違いです。

今日は,そんなことも頭の片隅において聞いていただければ,というふうに思います。

(衆議院法制局という役所)

私どもの組織,衆議院法制局は,戦後にできた役所です。多くの役所は戦前からある 役所だと思いますけども,衆議院法制局は,戦後にできた役所です。

衆議院には,現在,事務局と法制局という つの組織が衆議院議長の下にぶら下がっ ていますが,当初は,衆議院事務局内の法制部という形で,昭和 年 月 日に発足 しました。この日は,日本国憲法の施行日に当たります。その翌年,昭和 年 月に,

今の衆議院法制局という形で事務局から独立し,現在に至っています。戦後の新憲法の 歩み,歴史が,そのまま衆議院法制局の歴史ということになります。ちょうど昨年が,

法制局創立 周年ということで,節目の年を迎えました。

現在,我々の組織は 部 課に分かれていまして, つの課が つ, つの委員会 を担当しておりまして,その委員会の所管分野に関係する議員立法の立案をしていると いう形になります。定員は 名で,かなりこぢんまりとした役所です。何千人,何万

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人といる役所とは,そこは全然違うところでして,定員 名のうち,実際に法律案の 立案を担当する職員は 名ちょっとくらいですが,その 名ちょっとの職員で,オー ル・ジャパンの分野の議員立法をつくっているということになります。それに加えまし て最近は,この中には地方公務員を志望される方も多くいらっしゃると思いますけども,

地方自治体から,法制実務研修員という形で研修員の方々を受け入れておりまして,そ の方が 人くらいいますので,全部で 名弱くらいの体制で仕事をしています。

仕事の内容というのは,先ほど申し上げました議員立法のほかに,修正案,これは政 府から提出された法律案であっても,衆議院議員が提出した法律案であっても,参議院 議員が提出した法律案であっても同じなんですけど,これらの提出された法律案に対す る修正案をつくるのは,議院法制局だけの仕事です。この修正案をつくるという仕事も あります。

議員立法や修正案のような広い意味での法律案をつくる仕事のほかに,もう一つ大き な仕事があり,国会議員の先生方から,法律問題に関する様々な問合せ,レファレンス ですね,それを受けています。現行法律に対する問合わせですとか,まだ法律案を提出 するほどではないけれど,今こんなことを考えている,それについてどう思う?といっ たレベルの話から,具体的に今こんなことを考えているのだけど,それについて,何か 憲法上,法律上の問題はないかとか,様々なレベルの話がございますけども,そういっ た話が,日々持ち込まれており,その件数はかなりに上ります。仕事の詳細については,

衆議院法制局のホームページをご覧になっていただくといいと思います。

冒頭にも申し上げましたように,今,私の頭の中のかなりの部分は,新人採用の事が 占めておりまして,来年度の採用情報というのが,おそらくもう間もなく, 月下旬頃 から順次ホームページにupされてくると思いますので,そちらもあわせて,是非チェッ クしてみて下さい。

済みません,こういう話をしていると,なかなか本題の話に入れないのですが,最近 私どもも,採用情報の中に,YouTubeの動画を採り入れておりまして,私も登場して いるんですが,衆議院法制局はこんな役所なんだと,うちの法制局長も肉声で語り掛け ております。YouTubeのアクセス回数を上げるためにも,皆さんお帰りになったら,

最低, 日 回,クリックして見て下さい。今日,お帰りになった後の宿題とさせてい ただきます。

(議員立法の提出)

本題に戻りますが,議員立法というのは,国会議員が提出する法律案でして,法律案 には,内閣から提出される法律案(閣法)のほかに,衆議院議員が提出する法律案(衆

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法),参議院議員が提出する法律案(参法)があります。国会法に,議員立法の提出要 件というのが書かれていまして,元々は国会議員 人でも法律案は提出できたのですけ ども,昭和 年に国会法が改正されまして,法律案提出の要件が定められました。衆 法につきましては提出者のほかに賛成者が 人以上,すなわち最低でも 人,予算を 伴うものについては提出者 人のほかに賛成者 人以上ということで,最低でも いないと法律案が提出できないという形に,今はなっています。この点は,立法論的に は議論のあるところです。

現在,衆議院の会派を見てみますと,野党は,非常に会派の数が増えていまして,少 数多党化しています。一方で,自民党が圧倒的に多数を持っており,総定数 のうち 自民党は 人とかなり大きな数字を占めています。先ほどの提出者要件で見ますと,

予算を伴わない法律案であれば 人,予算を伴うものは 人ですけど,各会派単独で 出そうと思うと,この人数をクリアするのがなかなか難しくなっています。自民党とか 立憲民主党とかはクリアしているんですけども,国民民主党ですと 人ですので,予 算を伴う法律案は出せません。

それはともかく,私ども衆議院法制局は,与野党全ての議員,全ての会派から法律案 の立案依頼を受け,成立までサポートします。今,衆議院の欠員が 人いますので,

人,このすべての議員が私どものクライアントということになります。

それからもう一つ,議員立法の法律案の提出の仕方としては,国会議員の先生方が個 人で提出するもののほかに,委員会,これには常任委員会や特別委員会がありますけど も,委員会が提出する法律案,委員長提案とか委員会提出法律案とか言われる法律案が

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あります。これは,各党合意の上で提出されますので,ほぼ間違いなく成立します。

ところで,議員立法は与党も提出することはできますが,与党はわざわざ議員立法と して法律案を提出しなくても,政府から,内閣提出の法律案として提出することもでき ます。議院内閣制の我が国では,多数を握っている与党がつくり上げた政府の提出する 法律案が圧倒的な多数を占めることになります。当然,成立率も高く, 割を超えてい ます。その結果,私どもの仕事の多くは,野党からの依頼による議員立法ということに なります。

すると,議員立法というのは,ほとんど成立しないんじゃないかと思われるかも知れ ませんが,実際には, 割弱くらいの法律案が成立しています。修正案につきましては,

かなり成立率は高くて, 割近くの修正案が成立しています。

この傾向は,政治状況により変化します。

最近の傾向を見てみますと,平成 年,民主党政権の末期,野田内閣の年ですが,

実にこの年は閣法が %しか成立しませんでした。一方,衆法,議員立法の方は 以上,修正案に至っては %近くが成立しています。普通,政府提出法律案は,成立 率が %を切ると不調だったと言われるのですが,おそらく,この民主党政権の末期 は,国会の中も混乱しており,与野党合意で,すなわち当時の野党である自民党,公明 党と,与党民主党が合意して成立する法律が多かったということが,数字の上からも読 み取れるかと思います。

こうした提出された衆法のほかに,実は,未提出の衆法,というものがあります。こ れは私どもの仕事の特徴の一つで,各政党,各議員の先生から法律案の依頼を受けたも のの,何らかの事情で実際には国会に提出されなかったものの数です。元々,与野党協 議のテーブルに着くための手持ちの法律案であったのが,与野党の話合いで合意に達し たので提出をやめましたとか,あるいは野党の中で各党が法律案を持ち寄って議論し,

合意ができたので,野党で一本化して法律案を出すことになりました,といったときに は,法律案をつくることはつくるんですけども,実際には提出されないことがあります。

こういう提出に至らない法律案が,議員立法の場合は結構多く,相当な数に上ります。

多い年では,年間 件近くの,日の目を見ない法律案を実際にはつくっている,そう いう現状があります。

(狭義の法制執務)

それでは,いよいよ本題に入っていきますけども,法制局の仕事の中心は,法律案を つくることです。このことを,法制執務といいます。この法制執務には,狭い意味での 法制執務(狭義の法制執務)と,広い意味での法制執務(広義の法制執務)の つがあ

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ります。おそらく,一般の方が法制局の仕事をイメージされる場合,狭義の法制執務,

そのイメージが強いんじゃないでしょうか。

狭義の法制執務がどういうものかというと,いわゆる条文を作成するためのルール,

法文の様式ですとか,用字用語,改正方式など,言ってみれば,法律をつくる際の約束 事,文法のようなものです。

例えば,法文の様式ですと,題名は何文字空けてから書き始めるのかとか,答えは 文字空けてから書き始めるのですが,そういうことや,法律の条文で使っていい漢字,

使っていけない漢字,これは常用漢字しか使えないわけですけども,それはどの範囲か,

などといった問題。それから,先ほど冒頭にも話が出ましたけど,「及び」「並びに」と か,「又は」「若しくは」とか,そういった言葉の使い分けですね。日常的には「及び」

でも「並びに」でも,「又は」でも「若しくは」でも,どちらでも支障はないのですが,

この使い方が,法令ではきちんと決まっています。

例えば,ABという つの大きな意味のかたまりがあって,Bの中が更にCD の つの意味のかたまりに分かれている場合,単純に,「A及びC及びD」とやってし まったのでは,意味を取り違える場合があります。そういう場合,法文においては,一 番小さな区切りに「及び」を,それより大きな区切りには「並びに」を用いることで,

条文を誤読されないようにします。今のケースですと,法文上は,「A並びにC及びD」

と書きます。

逆に,「又は」「若しくは」については,一番大きな区切りに「又は」を用い,それよ り小さな区切りには「若しくは」を使います。先のケースですと,「A又はC若しくは D」と書きます。

こういった,法律,条例の世界における独特の文法みたいなものが,一般の人がお持 ちになる法制局の仕事のイメージかと思いますけども,これは「狭義の法制執務」と言 います。もちろん,これは,我々が決して疎かにしてはいけない大事な事柄でして,正 確で分かりやすく,国民に誤解のない法文をつくる上で必要な作業なのですけども,こ のほかに,「広義の法制執務」というものがあり,実際には,私たちの仕事の大部分は,

その,広義の,広い意味での法制執務の方がメインになります。

(広義の法制執務とは)

ある政策目的が決まり,その政策目的に向かっていかに合理的で,合目的な法制度を 組み立てるか。この作業を「法制度設計」という言い方をすることがあります。建物を 建てる場合の,いわば設計図づくりに当たる作業になります。実際,私どもの作業の ,

割は,この広い意味での法制執務,広義の法制執務の部分になります。

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建物を建てる場合でいいますと,最初にまず,どんな建物にしたいですか?というこ とから始まりますね。別に,人が住めればいい,お風呂やトイレがあれば十分,という 単純な話ばかりではないはずです。

まず,どんな目的で建物を建てるのか,それは自宅用なのか商売をするためなのか,

事業用の建物でも,例えば病院用なのか学校用なのか工場用なのか,その目的によって は,建物の建て方,設計図は変わってきます。依頼者,クライアントの目的に沿った,

意向に沿った建物をつくる必要があります。

では,依頼者の好みを最優先にして,依頼者の要望で,こんな家を建てたい,例えば,

階は小さく, 階, 階に行くにつれどんどん大きくなるような家を建てたい,といっ ても,そんなものはできませんよね。一定の現行の法律のルール,例えば,建築基準法 に従って建てなければなりません。

我々法制局と,クライアントである国会議員の先生方との関係も,これによく似てい ます。我々は,まず,議員の先生方と,どんな法律をつくりたいのか,何のために法律 をつくるのか,といったところから議論を始めます。立法事実や,法律の目的の確認で す。

そこが固まりますと,では,それを実現するためには,どのような方法,手段がある か検討します。ある政策目的を達成するためには色々な方法があります。そのそれぞれ に,メリット,デメリットがあります。また,その検討の過程では,守るべきルールも あります。それは,場合によっては憲法問題だったり,他の似たような法制度との整合 性という問題だったりします。

いわば,営業の人が,顧客であるクライアントからの要望を受け,それを製品に反映 させていく,そんな作業によく似ています。

(立法学の意義)

近年,「立法学」という授業が,主に大学院,公共政策大学院で増えています。立法 学で扱うのは,主に広義の法制度設計の話が多いかと思います。私も以前,ある大学で 教えていた時には,広義の法制執務,法制度設計の話をメインにお話をさせていただき ました。なぜ近年,こうした法制度設計とか立法学に関心が高まっているのかといいま すと,それには色々な理由があると思います。

実は法律をつくる技術とかノウハウとか,これは狭い意味での法制執務も含めてです が,こうしたものは,これまでは,衆・参・内閣の法制局とか,各省庁の法令担当の役 人の独占物といいますか,一部の役人の,内輪の「秘伝」のような形で伝わっていまし た。何でこういう法律,条例ができたのか,どういう検討の経過を辿ったのか? これ

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までは,そうしたことを事後に検証しようとしても,「それはまあ,個々具体のケース・

バイ・ケースの話ですから」という形で済まされてしまうことが多かったと思います。

こうした法制度設計を一つの学問分野として捉え,個別具体の事情はいったん捨象 し,抽象的に,法律や条例をつくるとはどういうことなのか,どういう作業なのか,そ の要点は何なのか,という,一般化といいますか抽象化を試みることによって,事後の 検証を可能にする,そんなことをやってみようという取組が,最近ここ十数年くらい前 から始まってきたのではないか。立法学という学問分野が出てきた背景には,そういう 動きがあるように思います。

これは非常にいい傾向だと思います。どうしてかと言いますと,先ほど言いましたよ うに,一部の役人の内輪の秘伝であったものが,こうした,一般化,抽象化された理論 によって,事後に検証される。法律というのは今,だいたい , 本くらいあるんです が,ある法律が,どういう検討過程を経てできたのか。その過程を検証しようとした場 合,これまでのように「法律それぞれに,個別具体の事情があるのです。検証なんてし ても意味がないですよ」という話で済ますことができなくなってきたのです。

つまり,ある法律ができました,ある条例ができました。それは,一般的な立法の手 法に照らしてどうだったのか,必要な検討は十分行われたのか,という外部からの批判 とか事後の検証にさらされることになってくるのです。私たち役人にとっては,これは 大変なことです。今まで,内輪の話,外の人には分からない,とうそぶいていたものが,

多くの人たちの批判や検証にさらされることになるのです。

また,逆に,役人ではなく,一般の国民が色々な法制度をつくりたいと思ったとき,

これまでだったら,そうは言っても,何から手を付けて,どう検討したらいいのか,な かなか法律や条例をつくるテクニックは,簡単には分からなかった訳です。しかし,そ こに一つのルールができていれば,もちろん,すぐにはなかなか難しいとは思いますが

(そうじゃないと,我々の仕事も奪われてしまいますが……),実際の立法過程に,一般 の国民の方々が参加するということが,以前よりも容易になってきます。

私たちも,仕事をする際,後々の検証,批判に耐えられるものをつくって行かねばな らなくなります。我々役人にとっても,一般の国民にとっても,この法制度設計の過程 を明らかにする,抽象化する,理論化するという立法学の試みは,大変意義のあること だと思います。

今はまだ,個々の実務家の経験に基づく試みが中心で,法律学の中の一つの学問分野 として,憲法とか民法とか刑法とかのように,何か一つの確立したもの,オーソドクシ ーのようなものはできていないと思いますが,今後,この分野が進化し,発展していけ ればと思います。

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(実際の法制度設計の流れ〜最初の出発点〜)

では,私の考える法制度設計の流れとは何なのかということを,次にお話させていた だきたいと思います。私の経験則から申し上げると,法制度設計というのは,基本的に は次のような流れによってできているのではないかと思います。

まず,最初の出発点です。法律,条例をつくるときの,最初のきっかけは何か,とい うことです。

私たちの議員立法でいえば,それは,依頼者である国会議員の先生方の頭の中に,あ るとき,ぱっとしたひらめきが発生する。言い方は難しいのですが,最初の発端は,そ んな感じじゃないかと思います。

しかし,それは,偶然とか単なる思い付き,という話ではなく,国会議員の先生方が,

地元を回ったり,関係団体,業界を回ったり,有識者の話を聞いているうちに,頭の中 に少しずつ蓄積されたものが醸成され,あるとき,まとまった問題意識として外部に発 露される,そのようなものだと思います。

国会議員の先生方は,様々な国民のニーズに触れる機会がたくさんあります。その際,

色んな人たちから,こんな制度があったらいいのにとか,今こんなことで困っている,

というような訴え,陳情を,日常的に受けています。地元を回ることとか,業界を回る ことはよくないことと思っている人もいるかも知れませんが,私は,そうは思いません。

国民の切実な訴えは,東京にいるだけではなかなか伝わってきません。そういったもの を日常的に吸い上げていると,現在の制度のここが問題だ,今の制度には足りないとこ ろがある,などという問題意識が,少しずつ蓄積されていくのだと思います。国会議員 の先生方は,選挙を通じて有権者と密接に繫がっています。国民の要望に敏感でない議 員は,次の選挙で落選してしまいます。そういった緊張感の中で出てきた国会議員の先 生方の問題意識というのは,我々役人には到底かなわないものがあります。こうした問 題意識が,私たち法制局に向けて発せられたとき,法制度設計の検討の過程はスタート します。

ただ,ある議員が持っている問題意識というのは,それだけでは,拡がりはありませ ん。今の制度では,議員一人では法律案は提出できません。「いくらあなたがこれは問 題だと思ったとしても,私はそうは思わない。そう思っているのは,あなただけじゃな いの?」,「それって,本当なの?」。他の議員に,そう思われても仕方ありません。そ れを,どう乗り越えていくのか。

そこで,次に,その問題意識を客観的に裏付けて,他の議員に対しても説得力をもた せることが必要になってきます。ある議員の問題意識を他の議員にも共有してもらうた め,説得力を増すために,客観的なデータを集めることが必要になってきます。つまり,

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立法事実の確認ですね。法律というのは,説得の学問みたいなところがあって,相手を 説得する,その説得力を増すためにも,この立法事実の確認という作業は重要になって きます。我々は,その議員の問題意識を裏付けるための客観的なデータを集めます。

ただそう申し上げると,そういうデータというのは,行政とかに独占されているので はないか,なかなか国会議員の先生方は,そういうデータにアクセスできないのではな いか,という疑問を持たれるかも知れません。

しかし,そんなことは決してありません。今の時代,様々な客観的なデータはネット 上でも検索できますし,政府の資料だけじゃなく,民間団体の資料,シンクタンクの発 表する資料とか,学者の先生方の資料とか,さまざまなデータが存在しています。問題 なのは,そういう情報の洪水の中で,どんな問題意識で事実をすくい上げるか,拾い上 げるか,多分そこが一番大事なところではないかと思います。喩えてみるならば,広い 海の中に,無限の情報がある。そこから,どんな網の目で必要な情報をすくい上げるか。

網の目が粗ければ,必要な情報は,どんどんこぼれ落ちてしまいます。一方で,網の目 は,細かければいいというものではありません。無限に情報があるというのは,ないの と同じです。問題は,どのような問題意識で必要な情報をすくい上げるか,そこが大事 になってきます。これが立法事実の確認という作業です。

でも,立法事実の確認といっても,これにはなかなか難しいところがあって,ある問 題が生ずると,その表面的に起きている現象をとにかくなくしてしまえばいい,という ことにもなりかねません。表面に出てきた問題さえ解決すればいいのかというと,必ず しもそうじゃないときもあるのです。

実はこの表面に出てきた問題というのは,根っこに,もっと大事な根本的な問題があっ て,その根本問題が引き起こしている一つの現象面に過ぎない,ということもあるので す。そうなりますと,表面的な問題の一つひとつを処理していっても,すぐまた別の似 たような問題が発生し,問題の根本的な解決にはならないことになります。そうすると,

もう少し問題点を掘り下げて,実はこの表面的な問題を引き起こしている真の問題,原 因は何か,というように,もう一段深い検討が必要になってきます。

しかし,これも難しいもので,あまり掘り下げ過ぎると,根本的な原因は家庭の教育 が悪いからだとか,小学校の教育が悪いからだとか,そういう話にもなりかねず,何の 解決にも役立ちませんので,注意が必要です。いずれにしても,そういった問題点の把 握,何が原因なのか,真の原因は何なのかと探求するのが,最初のステップかと思いま す。

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(現行法制度の検証)

次のステップとしては,問題となる原因は分かりました,では,その問題に対し,現 行制度はどういった対応をしているのか,ということを調査することになります。

現在法律は, , 本ぐらいあると申し上げましたが,われわれの日常生活は,様々 なところで法律により規制されています。そこで,今問題となっている現象に対して,

現行の法制度ではどんな対応をしているのか。それが不十分だという場合もあるかも知 れないし,もしかしたら,何らの法規制もされていない,全くの法律の空白の部分であ るかも知れない。いずれにしても,今のこの問題に関わる現行の法制度はどのようになっ ているのか,何が足りないのか,何が現状に合っていないのかというところをしっかり 理解しないと,新しい法律をつくるにしても,既存の法律を改正するにしても,何をす べきかが分からなくなります。

新たに法律をつくる,法律を改正するということは,この目の前の問題に対して,現 行の法制度がどのように対応しているか,それを徹底的に理解するところから始まりま す。新たに法律をつくる,法律を改正するということは,現行の法制度を,その制定の 背景も含めて,徹底的に理解するということに他ならないのです。その上で,新法の制 定なり,法改正を考える。それが,おそらく二番目のプロセスになろうかと思います。

(政策目的達成のための手段の比較考量)

問題点は分かりました。これに対する現行法の対応も分かりました。次は,いよいよ,

問題をどういう方法で解決していこうか,という話になるわけです。

政策目的が決まれば,その目標に向かって法律をつくっていくことになるわけですけ ども,結局,法律というのは,政策目的を達成するための単なる手段というか,ツール にしか過ぎないものなのです。法律は,それ自体が目的ではないのです。実際,法律の 条文を見てみると,法律の目的は第 条あたりに書いてありますけども,第 条以下は,

それを実現するための手段が書いてあり,法律というのは,あくまでも,ある目的を達 成するための手段,ツールに過ぎないことが分かります。そして,その手段というのは,

通常は,複数あります。

これは,山登りに喩えることができます。頂上にある政策目的,ここに向かうルート は,複数あります。険しい道を一気に登って直線的に進む登り方もあれば,多少時間は かかるけども,もう少し穏やかな,緩やかなルートで登る方法もあります。大回りして グルッと裏から回って,ゆっくり登っていく方法もあるかも知れません。いろんな実現 の手段があるわけです。そして,それぞれに,いい面,悪い面があります。おそらく,

どれが一番の絶対の正解ということはなくて,例えば,直線的に最短距離で険しい道を

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登っていく方法であれば,当然予想できることだと思いますけども,目的地には早く着 ける半面,色々と摩擦が生じ,かなり無理をしなくてはならない場合も出てきます。強 制力を働かせれば一気に政策目的を実現できるかもしれませんけど,当然ひずみも生じ 易くなります。場合によっては,急がば回れではないですが,時間をかけてもゆっくり と穏やかな手法を採った方が,結局は,確実に目的が達成できるかも知れません。いい 面,悪い面は,それぞれにあるかと思います。

こういった複数の政策目的達成手段を慎重に吟味するのが,比較考量の作業です。そ れぞれの手法のプラス面,マイナス面を慎重に比較考量することが必要になってきます。

その際の判断基準は,何を実現しようとしているのか,それを実現するのには,どれが 最も合目的で,合理的であるか。同じ目的を達成できるのなら,どれが最も制約が少な いのか,ということになります。

(目的と手段の逆転⁉)

ちなみに,法律は,ある政策目的を達成するための手段に過ぎないと申し上げました が,余りに当たり前のことのように聞こえたかも知れません。ですが,これが,往々に して,逆転してしまう,目的と手段が,気が付かないうちに逆転してしまうこともある のです。

例えば,最近はそうでもないのですけども,ひと頃よく,サラ金,商工ローンのよう なノンバンクは金利が高過ぎる。金利が高いから借金が返せなくなり,暴力的な取り立 てによって自殺したりとか,夜逃げしたりとかで,生活が滅茶苦茶に破壊される。高利 貸しってひどいねっていうことで,じゃあ金利の上限を法律で下げましょうということ がありました。実際に,金利は低いに越したことはないということで,かなり金利は引 き下げられました。しかし,では,金利は低ければ低いほどいいのか,ということにな りますと,確かに,お金を借りる方にとってみれば金利は低い方がいいようにも思えま すが,本当に,そうでしょうか?

お金を貸す人というのは,別にボランティアでお金を貸しているわけではありません。

貸し倒れのリスクに応じて金利は決まる訳ですよね。普通の人が借金をする場合,普通 は銀行からお金を借ります。家や土地を担保にしてお金を借りるわけです。しかし,皆 が皆,銀行で借りることができる訳ではありません。そうした担保資産のない人で,ど うしてもお金が必要な人は,ノンバンクに駆け込むわけです。お金を貸す方にとっては,

ハイリスクの人には,本来は,当然高い金利を付けます。経済常識的には,極めて当た り前ですよね。

しかし,法律で規制されて高い金利が付けられないとなると,どうなるか。今すぐお

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金が必要な人にお金が貸せなくなる,ということです。資金調達の途が断たれてしまう ことになるのです。でも,高い金利に引っかからなくて良かったじゃないか,と思われ るかも知れません。やはり,法律で金利を制限して良かった,と。しかし,それは甘い 考えで,取り締まりの目をかいくぐり,実際には法律を守らない業者なんて,世の中に いっぱいいるわけです。

そうなると,どういうことになるか。結局,水面下の世界,つまりヤミ金融がはびこ ることになるのです。どうしてもお金を借りたい人,明日までにお金を用意しないと手 形が落ちないとか,従業員に給料を払えないという人は,何としてもお金を調達したい わけです。高い金利でも借りたい。でも普通の貸金業者は法律の規制により貸せないと なると,勢い闇金に走らざるを得なくなるのです。闇金なんていうのは,元々法規制が かかっていないアウト・ローですから,ものすごく金利が高いわけです。

結局どういうことになったのかと言うと,お金の借り手を救うために,金利を安くし ようという政策実現手段を採った。法律をつくった。金利は安ければ安い方がいい,ど んどん安くしようということをした結果,実はお金を借りる人を本来救うための法律 が,逆に,お金を借りる人を,前より苦しめる結果になったのです。これは,政策目的 と政策手段が逆転してしまった,一つの例だと思います。

働き過ぎの問題にも,似たような話があります。残業が長いのは良くない,残業時間 を法律で規制しろと言われます。すると,会社も社員に残業させられない,当然,残業 手当も払えないということになります。残業がなくなって良かったね,となりそうです が,世の中は,そんな単純ではありません。会社も人は増やせない,仕事は増える一方,

ということになれば,表面的な残業時間をごまかすということが増えてくるわけです。

帳簿の上では残業ではありませんので,当然,残業手当は払われません。法律違反に なってしまうからです。あるいは,場合によっては,何の権限もないのに,社員を残業 手当を払う必要のない管理職員にしてしまおう,ということになるかも知れません。サ ービス残業や,名ばかり管理職の問題です。

法律による規制の仕方次第では,本来守らなければいけない人たちを,逆に苦しめる 結果になってしまうのです。法律の規制は何のためのものか,その目的を見失ってしま うと,往々にしてこのようなことが起こります。法律とはあくまで手段に過ぎないのだ,

ということを,絶えず頭の中に入れておかなければなりません。

(条文化の段階)

ここまで来ると,一連の法制度設計の作業の 〜 割は済んだことになります。あと は,政策内容を,政策に忠実に,具体的に条文に書き下ろしていくことになります。最

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後の仕上げの段階です。

その際は,正確で,かつ,分かりやすい日本語で条文を書き下ろしていきます。ただ,

正確さと分かりやすさというのは,ときに両立し難い場合が多いので,注意が必要です。

よく,法律の条文は分かりにくいと言われますが,多少弁護しますと,読む人に誤解が あってはならないと丁寧に書いていった結果,括弧書きの中にまた括弧書きがあった り,どんどん言葉を書き足していった挙げ句,一文が,膨大な長さになったりすること がよくあります。この正確さと分かりやすさの調和は,努力はしていますが,我々の永 遠の課題なのかも知れません。皆さんが法制局と聞くと普通イメージする,いわゆる狭 義の法制執務は,この段階の作業のことを指しています。

(政策目的達成方法のパターン)

さて,先ほど,法律は政策目的達成のための手段だと申し上げましたが,だとすれば,

法律の数だけ政策目的達成の手法があるのかというと,必ずしもそうではありません。

私なりに,かなり乱暴に分析,類型化してみますと,大きく つぐらいのパターンに まとめられるのではないかと思っています。皆さん方が,今後行政法規を勉強するとき によく注意していただくと,多くの法律は,これから申し上げるいずれかの型に当ては まるのではないかと思います。

つ目は,ある政策目的を達成するために,特定の行為を義務付けたり,禁止したり,

許可制にしたりする方法です。規制型とでも言いましょうか。それにより,一定の政策 目的を実現しようというタイプの方法です。強力な実現手段であるかも知れませんが,

権利を制限したり義務を課したりするわけですから,当然,摩擦も大きくなりますね。

つ目は,誘因型というべき方法です。つまり,インセンティブを与えて,政策目的 を達成しようとする方法です。例えば,補助金を出したり,税の優遇措置を講ずるなど して,別に義務ではないのだけれど,ある行為をすると,得なことがあるよ,補助金が もらえるよ,税金が安くなるよという形で,政策誘導をする方法です。

つ目は,物事をオープンにすることで政策目的を達成しようという方法です。様々 な情報公開,情報開示をすることにより,関係者,例えば株主であったり,利害関係人 であったり,国民一般であったりとか,そういう人たちに,批判や,判断の材料を提供 することにより,結果的に,目指す方向に誘導していこうというものです。例えば,政 治家の先生方に関係する法律として,政治資金規正法という法律があります。これは政 治資金の使い途について収支報告書を役所に提出して,世の中に公表するという制度で すけども,実は政治資金規正法というのは,政治資金をこういうふうに使いなさいとか,

こんなふうに使っちゃいけませんという規制は,ほとんど書いてありません。それはな

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ぜかというと,政治資金の使い途の是非については,一概に良い悪いが決められず,い ろんな価値観によって判断が分かれるからです。飲み食いに使ったという場合も,単に,

政治家の空腹を満たしただけという判断もあれば,有識者からの意見を聞くため食事を 共にしたという判断もあるかと思います。漫画の本を購入した場合でも,自分の娯楽の ために買ったのではなく,青少年の健全育成のための資料として購入した,という場合 もあるでしょう。そうした政治資金の使い途については,法律を執行するお上の価値判 断で良い悪いを判断することは,できないばかりか,危険でもあります。そうではなく て,政治資金の収支報告書の内容を国民の前にオープンにすることより,その政治家の 普段の政治活動と併せ,国民の健全な常識によりその是非を判断してもらおう。判断と いうのは,選挙における投票行動のことです。それにより,政治資金の適正化を図って いこうという方法です。

かなり乱暴にまとめましたが,大きく分けると,以上のこの つの方法があるかと思 います。

(臓器移植法の立案過程)

さて,時間がなくなってきましたので,一つ,私が経験した法制度設計の実際例につ いてお話をしたいと思います。

私は昭和 年に衆議院法制局に入り, 年余り,この仕事をしています。何十本も の法律の立案に携わりましたけれども,心に強く残る,記憶に残る法律というのは,そ れほどたくさんあるわけではありません。その中の一つ,私がこれまで最も記憶に残っ ている法律として,臓器移植法の立案過程についてお話しをさせていただきたいと思い ます。

臓器移植法,正式名は,「臓器の移植に関する法律」といいますが,これは,平成 年に成立した法律です。

皆さん,「脳死」という言葉を聞かれたことがあるかと思います。臓器移植法とは,

この脳死状態の人の臓器を,臓器の移植以外には命を救う方法のない,難病に苦しむ人 に移植することを可能にするための法律です。

それまでは,人間の死は,すなわち「心臓死」のことを指しておりまして,心臓死と は何かというと,①呼吸の停止,②心臓の拍動の停止,それから③瞳孔の散大。この死 の三兆候が起きたとき,心臓死=人の死とされていました。テレビドラマなどで,お医 者さんが患者の目を開けて,ペンライトを当てて反応を見る,あれが,そうですね。従 来は,これが人間の死の判定基準だったわけです。

ところが最近は医療技術がどんどん発達してきて,以前であれば,直ちに心臓死を迎

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えるしかないような状態であっても,機械の力で人工的に呼吸をさせ,人工的に心臓を 動かすことのできる,そういう医療機器が発達してきました。いわゆる人工呼吸器です。

私は,最初,人工呼吸器と聞いたとき,恥ずかしながら,酸素マスクみたいなものか なと思ったんですが,全然違うんですね。気管にチューブを挿入して,電気信号により 酸素を強制的に送り込み,心臓を動かす,そういう大がかりな装置です。自発呼吸は止 まっていても,機械の力で酸素をどんどん送り込むので,生体反応は残ります。血流も あり,体も暖かいですし,髪の毛や髭も伸びます。おしっこも出ます。

元々,人工呼吸器というのはつなぎの医療機器と言われ,例えば,リスクのある手術 の際,一時的に呼吸が止まってしまう万一の場合に備えて使う,そんな医療機器だった ようですが,とにかく,自発呼吸が止まってしまっても,これを使うことで,人工的に 生き永らえることができるようになったのです。この自発呼吸が止まってしまった状態 は,いわゆる「脳死」の状態です。脳は,身体の機能を制御する働きを持っています。

コンピュータでいえば,CPUに当たる機能です。この脳の機能が停止してしまうと,

呼吸や心臓の動きは止まってしまい,従来であれば,死(心臓死)を迎えることになり ます。それが,人工呼吸器の助けを借りることにより,とりあえず,「生き永らえる」

ことができるようになったのです。ただ,脳の機能が破壊された状態のまま,人工呼吸 器だけでいつまでも,という訳にはいかず,せいぜい数日から一週間ぐらいしかもたな い,と言われています。

一方で,難病の患者さんがおり,人の臓器を移植するのでなければ病気が治らない,

そういう患者さん達が数多くいます。人工臓器を使えれば良いのでしょうが,今はまだ,

そこまで医療技術が進んでいません。

実は,臓器移植といいましても,この臓器移植法ができる前も,角膜や腎臓について は,「角膜及び腎臓の移植に関する法律」という法律に基づき行われていました。皆さ んも,アイバンク,腎バンクというのはお聞きになったことがあるでしょう。角膜移植,

腎移植というのは,これは,古くから行われていました。

角膜や腎臓というのは,従来の,心臓が止まった後の心臓死の死体から取り出しても,

移植可能なのです。ですが,そういう臓器ばかりではありません。心臓からの血流が途 絶えてしまってからでは移植できない,そういう臓器もあるのです。心臓や,肝臓,肺 などの臓器です。そういった臓器の移植は,従来の心臓死を前提にする限りは,これま では不可能でした。

ここで,先ほど申し上げた「脳死」や「人工呼吸器」の話と繫がるわけです。一方に,

人の臓器を移植しないと助からない難病の患者さんがいる。もう一方で,従来であれば 直ちに死(心臓死)を迎えていたであろう人が,人工呼吸器の助けを借りて数日から一

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週間の間,「生き永らえている」人たちがいる。この人たちの間を,なんとかつなぐこ とはできないか,命のリレーを実現することはできないか,というのが,この,脳死,

臓器移植の問題です。

ところで,「脳死」の状態の人は,生きているのでしょうか,それとも死んでいるの でしょうか。

この問題,実は,医療の問題だけではなく,もちろん法律の問題でもなく,「人の生」,

「人の死」とは何か,という哲学的,倫理的な問題とも深く関わっています。そして,

この問題を考える際に,皆さんにも考えて欲しいのは,現実に臓器移植に適した臓器と いうのは,どういう状況下で発生するのか,ということなのです。

臓器移植のためには,どんな状態の臓器でも良い,ということは,もちろんありませ ん。

例えば,癌のような病気で長期間にわたって入院しているような人は,臓器の提供者

(ドナー)にはなれません。臓器がもうボロボロになっており,使い物にならないので す。

では,どんな人の臓器が移植に適しているのでしょうか。一言で言ってしまえば,突 然脳の機能が失われたような方の臓器です。例えば,交通事故で脳を一気に損傷して脳 死状態になった人,突然の病気で,急に脳の機能を破壊されたような人,そういう人が 臓器提供者に最も向いているのです。ついさっきまで元気でピンピンしていて,急に脳 死状態になった人が,もっともドナーに向いているのです。

こういう形で脳死状態になった人について,皆さんは,どう思われますか。

医療関係者に言わせれば,脳死は人の死である。脳の機能が不可逆的に停止すれば,

元にはもう戻らない。脳死が人の死を意味することは医療の常識,ということでした。

私は,この仕事に取りかかった当初,ある病院にお願いして,脳死状態の患者さんを 見学させてもらったことがあります。集中治療室みたいなところに通され,多くの患者 さんが,ほとんど意識もなく寝転がっている状態です。そこで,お医者さんに,「この 人が脳死の患者さんですか?」と聞きましたところ,「いや,この人は,単に眠ってい るだけです」と言われました。「じゃあ,この人が脳死ですか?」「いえ,この人は植物 状態ではあるけれど,脳死ではありません」。最後に,「こちらの方が,脳死状態です」

と言われました。

見た感じでは,全く分からないのです。皮膚の色つやも,実は,我々と変わりません。

人工呼吸器をつけていますが,おしっこも出ますし,髪の毛も伸びるし,爪も伸びます。

医学的には死んでいますと言われても,全くピンと来ませんでした。第三者である私た ちが見ても,そう感じました。

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