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―『源氏物語』若菜下巻の源氏の意識を中心に

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Academic year: 2021

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要  旨

「いと思ひやりなきこそいと罪ゆるしがたけれ」考

―『源氏物語』若菜下巻の源氏の意識を中心に 

岸 ひとみ

121

 藤壺と密通した光源氏が、正妻として迎えた女三の宮に柏木と密通されるという展 開は、『源氏物語』における密通の中でも、密通の罪を犯した加害者が被害者になる という二面性を持つものとなっている。源氏が密通の事実を知った後に、初めて柏木 に対面して発する心内文が「事のさまの、誰も誰も、いと思ひやりなきこそいと罪ゆ るしがたけれ」である。「罪ゆるしがたけれ」にかかっているのは「誰も誰も、いと 思ひやりなきこそ」で、本来なら「事のさま」である柏木と女三の宮の密通という行 為そのものが対象となりそうだが、そうではなく両者の「いと思ひやりなき」ことが 対象になっている。

 そこで二つの密通事件の持つ意味について、研究史を踏まえつつ、密通における

「思ひやりなき」という語句のもつ意味を、それとの関係性の中から改めて捉え直し てみたいと思う。つまり密通という事実そのものではなく、密通における「思ひや り」に関わる源氏の意識を他者による「思ひやりなき」からの投影によって捉え直す ということである。

 この「思ひやりなき」は、柏木の手紙が、筆跡等により密通の事実が明らかにわか るもので、自分以外の者が見つけた場合は、源氏がどれほど打撃を受けることになる のかわかっていないことに発することであった。

 柏木の「思ひやりなき」に対して、源氏自身はそのような手紙は慎重に書いて自分 は「思ひやり」があったと思っているが、実際は藤壺はもちろん朧月夜との関係でも

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122

源氏に「思ひやりなき」ことがあったことが明らかとなった。さらに藤壺との密通と いう過去の事実に対峙したにもかかわらず、父に対する裏切りの恐れは持っていたが、

「思ひやりなき」という意識はなかった。これは表面上は隠し通したという事実に意 識が引っ張られたため、父は自分に裏切られたという意識はないと解したからであろ う。「思ひやり」があったかどうかを判断するに際して、父と自分との信頼関係とい うファクターを中心にし、密通が父に発覚しても信頼関係を維持することができれば、

つまり父が裏切られたと意識しなければ「思ひやり」がないことにはならないという、

自己にとって都合の良い論理に引きずられてしまっているのである。

 ここにおいて源氏の密通における「思ひやりなき」は、加害者と被害者の関係性の 中から加害者から見て、被害者が「裏切り」と意識することが「思ひやりなき」にな るという新解釈、加害者視点の「思ひやりなき」が浮上した。

 従来の研究史においては、密通事件そのものを応報という観点で源氏の意識を捉え 直すというアプローチがなされていたが、本稿においては、密通における「思ひやり なき」という言葉を核として源氏自身の過去の密通における「思ひやり」を逆照射す ることによって、源氏の「罪」の大きさと重さの気づきは不十分であり、「いと思ひ やりなきこそいと罪ゆるしがたけれ」と発した源氏こそが柏木に対して「思ひやりな き」であるという、意識の捉え直しができたのである。

参照

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