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言語による価値創造を目指して(4) ─中級日本語教育

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(1)

─中級日本語教育 の 教材 と 指導法 をめぐって ─ 山 本 忠 行

要 旨

 中級日本語教育は初級と比べて教材の内容や指導法に関する研究が十分とは言え ず、アカデミック・ジャパニーズ習得の過程には「中級の壁」が立ちはだかってい る。まず、中級の定義をもとに「中級の壁」の原因を分析し、アカデミック・ジャ パニーズや内容重視教育などとの関連について論じる。次に中級用の日本語教材に ついて、教材に使われる文章の種類、読解教材の質問、文型指導、テクスト教育な どの点から分析する。これによって中級日本語教育が抱える課題がどこにあるかを 明らかにし、「中級の壁」を克服する道を探った。

キーワード:中級の壁、アカデミック・ジャパニーズ、表現教育、発問

1 .はじめに

 日本語教育に限らず、外国語教育で問題になることが多いのが「中級の壁」であ る。順調に日本語能力を伸ばしてきた学習者が、中級に入ったとたんに伸び悩みに 直面する。この「中級の壁」は JSL 児童生徒に学習言語能力を身につけさせる難 しさと共通する点がある。そこには学習途上に生じるプラトー現象1)とも言える面 があるとは言え、教師の意識の低さ、教材や指導法にも問題があると思われる。

 「中級の壁」の存在が認識されているにもかかわらず、中級指導に関する研究は 初級と比べて数が少ない。水谷

(1980:56)

が「中・上級についての統一した見解 はなかなか見いだしがたいのが現状であろう」と指摘した状況が今も続いており、

何をもって「中級日本語」とするのかすら、共通認識が薄い。それは初級指導と比 べて、中級指導は容易だと考える教師がいることが影響しており、活動のさせ方や トピックが問題として取り上げられることが多い。「日本語についてある程度まで 修得しているから、中級教育はその点では初級教育より容易であるということがい える」

(高木 1980:22)

というような意見にも、その姿勢が表れている。

 現実はどうかというと、効果的な中級指導ができる教師は限られており、採用す る機関側も困っている。その一因として、中級学習者は多少日本語が通じるため に、言語知識や内容について詳しく説明したり、トピックについて学習者とおしゃ べりしたりすることで、教師が「教えたつもり」になりがちだという点がある。中

(2)

には日本語と言うより、日本事情の授業ではないかと思わせるクラスが出てくる。

日本語能力試験や日本留学試験対策に力が注がれることもあるが、これも学習者の 不満を出にくくするための方策の一種とも言える。

 何をどのように指導すればよいのか、どうやれば中級と言える言語能力を習得さ せられるのか、現状では明確な規範と言えるものがない。その結果、焦点のぼやけ た授業になってしまう。本稿ではこうした中級日本語教育の問題点を、内容と指導 法の両面から分析し、中級日本語教育が抱える課題の克服を目指す。

2 .初級・中級のレベル分けと内容について

 中級の日本語指導について考えるために、まず言語能力をどう捉えるかというと ころから確認しておく。言語能力に対する考え方は、かつての読めればよかった時 代の言語知識偏重の捉え方から、グローバル時代を迎え、多言語多文化共生に必要 な言語能力、すなわち「コミュニケーション言語能力」

(Communicative Language Competences)

重視へと転換している。「コミュニケーション言語能力」と言っても 学者によって捉え方は異なるが、ここでは「欧州共通言語参照枠

(CEFR)

(2018:

30)

の枠組

(図 1)

を示す。この表では、全体的な言語プロフィシェンシーを 4 つ に 分 け た 上 で、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 言 語 能 力 を 言 語 構 造 的 能 力

(Linguistic competences)

、 社 会 言 語 能 力

(Sociolinguistic competences)

、 語 用 能 力

(Pragmatic competences)

の 3 つから構成されるとしている。

図 1  CEFR 記述枠組の構造

 

こうした言語能力の捉え方の変化は、語彙や文法の知識の量で言語能力を測るので はなく、それを用いて何ができるかを重視した教育への転換を促すことになり、言 語能力のレベル評価の中心は Can-do

(能力記述文)

を基準とするものになってい

(3)

る。CEFR の枠組みは2010年に始まった日本語能力試験が 4 段階から 5 段階に変わ るときの評価基準にも取り入れられた。Can-do 重視は必然的に、タスク活動重視 型や内容重視型の教育への変化をもたらし、テーマやトピックを軸に編集された中 級教科書を増やすことになった。

2 .1 .日本語能力試験の基準

 1984年に旧日本語能力試験が開始されたとき、各レベルは学習時間や文法・漢 字・語彙などで定義されていた。初級に相当する 4 級は学習時間150時間、初歩的 な文法、漢字100字程度、語彙800語程度、 3 級は学習時間300時間、基本的な文 法、漢字300字程度、語彙1500語程度とし、そのリストは『日本語能力試験出題基 準』として具体的に示されていた。この 3 ・ 4 級の基準は「国の内外で広く使用さ れている数種の初級用日本語教科書を基礎資料とし、日本語教育に関する語彙調査 を参考資料として作成した」

(国際交流基金 1994:3)

と、当時使われていた初級用 教材が根拠となったことが示されている。

 中・上級に相当する 1 ・ 2 級の文字・語彙についてはどうかというと、「 3 、 4 級の場合のように日本語教科書から普遍的な共通の文字・語彙を選定するのは困難 である」とし、「一般社会、日本語教育、学校教育

(中学・高校)

における語彙の使 用を調査したこれまでの語彙調査の資料を基に、これに日本語教育の立場から修正 を加える」

(37-38)

ことによって出題基準を作成したと説明されている。文法のレ ベル設定はどうなっているかというと、「 1 ・ 2 級レベルでの構文/文型」に関す る議論が少ないことを指摘した上で、『日本語表現文型Ⅰ・Ⅱ』の名前を挙げ、

「『表現文型』という角度から整理し直そうとしたのは貴重な試みである」と評価し つつ、出題基準では〈機能語〉の類を「もう少し超えたところ」で 1 ・ 2 級レベル の「構文/文型」と呼ぶにふさわしいものを「できるだけ数多く集めて日本語教育 に生かしていくように努めることは、一つの大切な課題である」

(148-149)

と述 べ、「現時点では、まだこの種のものをリストアップして『出題基準』に供するに は程遠いといわざるをえない」

(149)

とその限界性に言及している。

 ここで注目されるのは、基準を定めるに際して寺村秀夫が代表を務める筑波大学 日本語教育研究会が作成した『日本語表現文型』

(1983)

の名を挙げていることで ある。中級で扱う学習項目を整理した画期的な教科書として評価されたが、寺村自 身が表現文型は「まだこれというきまった型や数はない」と「はしがき」で述べて いるように試案段階のものであり、中級前期レベルのものが中心になっている。こ うした状況からもわかるように1980年代は中上級で何を指導すべきかが注目されて いた時代であった2)

 いずれにせよ、こうした基準が明示されることは、利用する側として便利な側面 があるが、一方でこれさえ覚えればいいという学習者を生み、教育をゆがめてしま う。言語知識に偏っているため知識はあっても使えない、試験に合格しても運用力 がないという批判を生むことにもなった。その後はコミュニケーション言語能力重 視の流れを受けて、談話構成能力や社会言語能力に目が向けられるようになる。現

(4)

行の日本語能力試験では語彙・文型リストの形で出題基準は示されておらず、

CEFR を参考にして作られた能力記述文でレベルが定義されている。

N 3: 日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる

【読む】

・日常的な話題について書かれた具体的な内容を表わす文章を、読んで理解 することができる。

・新聞の見出しなどから情報の概要をつかむことができる。

・日常的な場面で目にする難易度がやや高い文章は、言い換え表現が与えら れれば、要旨を理解することができる。

【聞く】

・日常的な場面で、やや自然に近いスピードのまとまりのある会話を聞い て、話の具体的な内容を登場人物の関係などとあわせてほぼ理解できる。

N 2: 日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、より幅広い場面で使われる 日本語をある程度理解することができる。

【読む】

・幅広い話題について書かれた新聞や雑誌の記事・解説、平易な評論など、

論旨が明快な文章を読んで文章の内容を理解することができる。

・一般的な話題に関する読み物を読んで、話の流れや表現意図を理解するこ とができる。

【聞く】

・日常的な場面に加えて幅広い場面で、自然に近いスピードの、まとまりの ある会話やニュースを聞いて、話の流れや内容、登場人物の関係を理解し たり、要旨を把握したりすることができる。

 ここからキーワードになっている語句を抽出すると「日常的な場面」「幅広い場 面」「具体的な内容」「自然に近いスピード」「ほぼ理解できる」、さらに「平易」

「明快」などになるが、基準とするには漠然としている。

2 .2 .J F スタンダードに見る中級

 日本語能力試験は受容能力の測定が中心なので、話す・書くに関する記述がない が、国際交流基金がまとめた「JF スタンダード」

(2017:10-11)

は、CEFR になら って受容・産出・やりとりの 3 側面3)から総合的に記述されており、日本語能力試 験の目安よりも具体的に説明されている。中級に相当する B1、B2は次のように 定義されている。

(下線部は筆者)

【B1】

・仕事、学校、娯楽で普段出合うような身近な話題について、標準的な話し

(5)

方であれば主要点を理解できる。

・その言葉が話されている地域を旅行しているときに起こりそうな、たいて いの事態に対処することができる。

・身近で個人的にも関心のある話題について、単純な方法で結びつけられ た、脈絡のあるテクストを作ることができる。経験、出来事、夢、希望、

野心を説明し、意見や計画の理由、説明を短く述べることができる。

【B2】

・自分の専門分野の技術的な議論も含めて、抽象的かつ具体的な話題の複雑 なテクストの主要な内容を理解できる。

・お互いに緊張しないで母語話者とやり取りができるくらい流暢かつ自然で ある。

・かなり広汎な範囲の話題について、明確で詳細なテクストを作ることがで き、さまざまな選択肢について長所や短所を示しながら自己の視点を説明 できる。

 ここまで詳しく記述してあると、シラバス策定にも役立つであろう。ただし、中 級教材で扱われる文型や語彙のばらつき問題の解決にはつながりそうにない。ここ で注目されるのは「テクスト」を重視している点であるが、これについては 6 .で 論じる。

3 .「中級の壁」とは

 中級日本語教育は、初級と比べて対象者や目的によって多様であることが特徴で ある。本稿では「中級の壁」について考察するに当たり、留学生や年少者を対象と する日本語指導、いわゆる「アカデミック・ジャパニーズ」習得への過程としての 日本語指導に焦点を絞ることにする。なぜなら「アカデミック・ジャパニーズ」

は、学習内容も多岐に渡り、思考力や表現力の基盤となる汎用的な言語能力が求め られるため、学習者にとって「中級の壁」がより深刻な問題だと考えられるからで ある。日本の高等教育機関で学ぶことを目的とする学習者にとって、学びを支える 高度な日本語力、特に読解力と文章表現力の習得は切実な課題である。中級指導の 問題点の克服は、中途で挫折する学習者を減らし、学習負担の軽減と期間短縮にも つながる。

 「中級レベルの学習者の悩み」として高見澤

(1996)

が挙げているのは、①周囲 の日本人が不親切になる、②体系的な教育が行われなくなる、③進歩の実感が得ら れない、という 3 点である

(98-99)

。このうち①は学習プロセスの問題ではないの で、学習者に注意を促す、日本人の側の意識啓発を行うなどの取り組みによって問 題解決を図ることになるが、②と③は教育する側の工夫によって改善していかなけ ればならないものである。

(6)

3 .1 .なぜ「中級の壁」を感じるのか

 初級で扱う構造文型は、それが使えなければ言いたいことが言えないために、何 か一つでも新たな文型が使えるようになれば、学習者はそれをすぐに実感できる。

指導内容は基本文型、基本語彙としてかなり整理され、その指導順序もほぼ確立し ており、それが文型積み上げによる初級指導を可能にしている。

 初級を終え、中級に進んだときに学習者がまず感じる大きな壁は、急速に増加す る語彙であるが、量の増加とともにその語彙が表す内容が具体的で単純なものでは なくなり、抽象的で高度なものになるという質的な変化がある。表現する内容の高 度化につれて、文型も微妙なニュアンスの違いを表すものや、複雑な論理構造に関 わるものになる。こうした初級から中級への変化を内容面から言えば、身近な物事 や事実の伝達から、学問や文化などに関係する思考や微妙な感情の表現への変化と も言える。

 中級の日本語指導はこうした変化を反映したものでなければならないのだが、高 見澤

(1996)

が指摘するように「体系的な教育が行われなくなる」というのが最大 の問題である。指導する内容が高度になるにもかかわらず、編集者が恣意的に選ん だ文章にたまたま出てきた語彙と文型を、基準らしいものがないまま学んでいくの は、自分がどこに連れて行かれるかもわからず列車に乗っているようなものであ り、学習者を戸惑わせるのは当然である。このことは中級日本語指導の体系化が

「中級の壁」問題を解決するカギを握っていることを示唆する。

 高見澤

(1996)

のもう一つの指摘である「進歩の実感が得られない」というの は、学習者の心理、学習内容や指導方法などが複合的に絡み合った問題である。初 級段階と比較して、一回の授業で学習したことの影響は相対的に小さなものになっ てくるために、効果を実感しにくくなるという心理的な要因もある。授業方法の変 化の影響も無視できない。初級では学習した文型と語彙を使って活動しながら身に つけるような授業だったものが、読解を中心とする受け身型の授業になってしまう ことがよく批判される。授業が言語知識の学習中心になれば、言語運用力の向上は 本人の努力に委ねられ、授業での達成感は得られにくくなる。学習者の姿勢も問題 となる。せっかく新しい語彙や表現を学習しても、中級で習ったものは使おうとせ ず、使い慣れた初級表現ですまそうとする回避が生じる。

 「中級の壁」と言っても、以上のように内なる壁、外なる壁が複雑にからみあっ ているのであり、解決するには多角的な取り組みが必要になる。

3 .2 .タスクによる指導の限界

 コミュニカティブ・アプローチの普及によって、タスク重視の指導が広がってい る。言語能力を口頭コミュニケーション力の面から捉えれば「言語活動遂行能力

(プロフィシェンシー)

」ということになり、学習したら何かできるようになることが 求められ、その育成手段とされるのが課題を与えて活動させることである。この傾 向は特に中・上級用教材に顕著である。

 市販されている中級教材の多くは、学習者が興味を持ちそうな話題をもとに、い

(7)

ろいろなタスクに基づく活動をさせながら習得を目指す方向を採っている。これは 以前のような説明を聞いたり、読んで理解したりすることを中心とする受け身型の 教育からすれば、大きく改善されつつあると言ってよい。だが、タスクですべての 問題が解決するわけではない。日本語の習得を支援するカリキュラムについて論じ ている畑佐

(2018:40)

は、活動重視型アプローチには多くの問題が指摘されてい るとし、カリキュラムが主観的なものになってしまうこと、カリキュラムの全体像 を見失ってしまうことなどを指摘し、タスクやテーマばかりに焦点を当てすぎた結 果として「学習者が習得すべき言語能力については十分な注意がはらわれなくなっ てしまう」ことがあると考察している。タスクを中心に編集された中級教材を見る と、誘う、依頼する、断る、勧める、問い合わせる、状況を説明する等々の活動が 行われるが、このようなタスクに落とし込み、活動を通して習得を図ることができ るものは、習得すべき多様な言語能力の一部に過ぎないことを認識しなければなら ない。

 もちろん、すべての学習者が中級に相当する全項目を学ぶ必要はない。しかし、

全体のカリキュラムの中におけるそれぞれの位置づけを明確にしておかないと、学 習効率・効果を低下させてしまい、中級段階で習得すべき項目が抜け落ちたり、時 間の浪費となったりしかねない。

3 .3 .語彙だけでは乗り越えられない「中級の壁」

 中上級の指導に関する研究、あるいは学習者用の参考書や問題集は語彙に関する ものが多い。それは類義の語句が急増し、学習者から意味・用法の違いに関する質 問が数多く出るからであろう。教師にとってそれを一つ一つ整理しながら教えてい くのは労力を要する作業である。こうした事情もあって、中級指導について「所詮 は語彙指導だ」などと言い切る教師もいるぐらいである。

 漢字や語彙に関する指導は、言語知識に関するものが中心であり、習得できたか どうかは穴埋めや選択式の試験を行えばすぐに判定できる。成果も短期的な取り組 みで目に見える形になる。作題も比較的に楽に行うことができ、学習者にとっても 自習しやすく、能力の伸びも自覚しやすい。試験を行わない場合でも、話をさせた り、作文を書かせたりすることで、どれぐらいの語を使っているかを分析するのは 難しいことではなく、研究もやりやすい。

 だが、語彙指導だけで「中級の壁」を突破できるわけではない。日本語能力が高 い学習者ほど多くの語彙を身につけていることはたしかであるが、逆は真ではな い。いくら単語を覚えても、場面や目的に合わせて適切に使いこなせなければ意味 がない。語彙力はあっても、読解力が足りない学習者がいる。単語だけを拾って文 章を読んだとしても、筆者の意図や思想、感情、そこで使われている論理などを読 み取ることはできない。使われている語彙が多い作文であっても、結束性が乏し く、一貫性が欠けているために、何が言いたいのか伝わらないということも多い。

これは日本人の英語学習でも同様の現象が見られる。英単語を必死で覚えること で、入学試験や検定試験に合格できたとしても、まとまりのある話ができないこと

(8)

は珍しくない。文型・文法を使いこなす力を幹とすれば、語彙は枝葉のようなもの である。幹がやせた木にどれだけ多くの葉をつけても、立派な樹木にはなり得な い。

3 .4 .Discrete Language Skills(項目別言語能力)の意味するもの

 Cummins

(2001)

が示した Discrete Language Skills

(項目別言語技能)

と Academic Language Proficiency

(学習言語能力)

の区別については山本

(2016)

で論じたが、

文字・語彙、文法、発音などといった断片的な言語知識が豊富かつ正確であって も、それはそのまま学習言語能力になるわけではないということは、アカデミッ ク・ジャパニーズの基礎となる中級段階の指導を考察する上でも、重要な枠組であ る。

 しかし、年少者指導と留学生対象の中級指導では意味が異なる。なぜなら、年少 者は第二言語習得と並行して認知能力、思考能力を高めていかなければならないの に対して、留学生はすでに母語あるいは第二言語によって教科学習を行う力を備え ており、言語能力の転移が期待できるからである。それは学習言語能力獲得に要す る時間の違いとして表れ、年少者の場合は 5 ~ 7 年を要するとされるのに対して、

留学生の場合は 1 年程度で母語話者と共に学習活動に参加できるようになる点から も明らかである。

 Cummins

(2001:66)

は学習言語の難しさとして、日常生活で触れることがない ギリシャ語やラテン語由来の単語、複雑な構文、抽象的表現に直面すること、言語 的にも概念的にも理解が難しい内容を理解しなければならないこと、正確で一貫し た文章を書かなければならないことなどを挙げている。この観点からすると、留学 生は母語で学習内容を理解するための基礎的な力を身につけており、抽象的で高度 な意味を表す語とその概念もある程度理解しているのであるから、文法と語彙を置 き換えていけば何とかなるように見える。これが留学生教育の中で学習言語能力の ことがあまり大きな問題として浮かび上がってこない理由の一つと考えられる。

 では、留学生にとって語彙やコロケーション以外の障壁はどこにあるのかと言え ば、抽象的で複雑な論理をどのように日本語で表現するか、つまり文章や談話に関 わることが最も習得の難しいところであると考えられる。語彙や文法の誤りは気づ きやすく、修正も容易である。それに対して文章や談話の構造は、学習者の母語と 日本語の間で微妙に異なることが多いのだが、その特徴を意識的に捉えるのは簡単 ではない。教師による問いかけによって気づきを促し、自得させていくことにな る。談話構造は場面や文脈に依存する部分が大きく、意図によっても変わってくる ので、定型化して覚えさせるような指導はあまり意味をなさない。

 しかも、アカデミックな文章では一文が長いものが多用され、それが理解をさら に難しくする。中学 3 年生用の教科書には次のような文がある。

 大気中の二酸化炭素などのガスは、温室のガラスのような役目をはたして、

気温を上げる働きがあり、その濃度が増えると地球の平均気温が上がり、海面

(9)

上昇や気候変動など、さまざまな問題が起こるといわれています。

(『新しい数学 3 』(2015:212)、東京書籍)

 一つの文がこれだけ長くなると、日本語母語話者の生徒でも一読して内容を正確 に把握するのは難しいであろう。文構造の異なる外国人にとってはそれぞれの動詞 の主語を「ガスは~役目をはたす」「ガスは~働きがある」「

(ガス)

濃度が増える」

「気温が上がる」「問題が起こる」「

(多くの人に)

いわれている」というように確か めた上で、それぞれの関係と文全体の構造を把握する作業だけでも疲れる作業とな る。この文の内容を図式化すると図 2 のようになるであろうが、この文を読んで頭 の中でこのような構造化できるかどうかが理解度を左右する。

 このような学校で使われる日本語における「言語」と「内容」という二重の障壁 を緩和するために「やさしい日本語」が求められるのであるが、「やさしい日本語」

は入り口、あるいはバイパスであって、中級以上の教育課題はそこからどのように アカデミック・ジャパニーズにふさわしい言語能力を育てていくかである。正確に 読み取ろうとするプロセスは、書くことにもつながる。アカデミック・ライティン グにパラフレーズ指導を応用する鎌田

(2014)

のような取り組みは効果的であろう。

図 2  教科書で使われている文の構造例

3 .5 .アカデミック・ジャパニーズとの関係

 アカデミック・ジャパニーズをどう定義するかは、大きな課題である。門倉

(2006:10)

は「言葉の教育」、「〈学び〉の教育」、「学習スキル教育」の 3 領域がす べて重なるところであると位置づけている。たしかに高等教育機関で学ぶための基 礎的な能力がアカデミック・ジャパニーズであることは間違いないが、本稿の目的 とするところは「言葉の教育」がどうあるべきかを論じるところにある。そういう 意味では、同書の中で嶋田

(2006:58-61)

が教育実践における留意点として、予 測・推測能力、スキャニング・スキミング、批判的思考力、作文教育、「伝え合う」

という視点の 5 項目を挙げていることは評価できる。

 また、二通

(2006)

は教科書の中で教材に対する質問が読みを支えるものとなっ ているかどうかを考察し、文章に明示的に書かれていることの質問が目立つとし、

(10)

「文章の該当部分を切り取るだけで答えられてしまうものも多い」

(105)

と問題点 を指摘している。さらに、深い読みを引き出すやり取りとして「もとの文章から離 れて 2 つのことがらの共通点を考え、自分の言葉で表現することによって、わずか でも自分の思考を通した読みに近づけることができる」

(107)

とし、それが結束性 を理解する練習にもなるとしている点も重要である。

 こうした指摘をしている論文は少なくないにもかかわらず、中級教材や指導法に 具体的に反映されていない。改善されない理由は、どのように問うべきか、すなわ ち発問法が軽視されているからである。評価法研究で知られる伊東

(2019)

が最終 講義で、言語テスト開発の課題として指摘したのも、出題内容が知識面に偏りが ち、出題内容が言語の機能や実際の運用場面と必ずしも結びついていない、などの 点である。言語テストも教材、指導法などと共通の課題を抱えていることがわか る。学習者にどれだけ良い文章を多量に文章を読ませても、それだけで学習者の表 現力が向上するとは限らない。思考を深め、表現力を身につけさせられるかどうか は、発問の質にかかっている。学習者の思考力を刺激し、表現力を伸ばすためには 発問指導の工夫が重要になる

(山本 2018 参照)

3 .6 .内容教育と言語教育

 中級用の日本語教材の多くは、「テーマ別」、「トピック別」の形で編集されてい る。そこには言語知識の習得を中心とするのではなく、言語を使いながら習得する ことが意図されている。言語が伝達手段である以上、内容と言語を切り離すことが できないことは自明である。内容の乏しい文章や会話は、学習者を退屈させてしま う。知的な事柄を学習するために言語を用いることで、学習意欲を高めることにな り、学習効果が期待される。

 内容を重視すべきという主張が出てくる背景には、「自ら考えることを放棄し、

理念や理論不在の、手法だけの議論を誘発している」

(神吉他 2015:3)

というよう なスキル重視に対する批判がある。たしかに、言語教育は異言語・異文化の人々を 結びつける、マイノリティの人々をエンパワメントするなど、共生社会の基盤を作 る行為であり、未来を創造する言語教師の社会的使命は大きい。しかしながら、日 本語教育の現場が抱えている問題は数多く存在し、学習者に十分なスキル教育がで きているとは言えない。畑佐

(2018:39)

が内容重視型アプローチの問題点として

「内容が先行しすぎて、カリキュラムの目標が内容を教えることになり、学習者の ニーズが置き去りにされる可能性がある」と指摘しているように、教師は学習者に とって何が必要なのかを把握・分析し、それに対応するだけの力を備えなければな らない。

 言語教育は、内容学習の手段として言語を使えば、目標言語の習得が進むという ような単純なものではない。これまで行われたイマージョン教育の実践報告からも わかるように、期待通りの成果は上がっていない。日本の小中学校で学ぶ日本語指 導が必要な児童生徒は文字通り、第二言語である日本語で学習活動を行っている。

世界を見渡せば、旧植民地だった地域の多くは、今なお英語やフランス語などの第

(11)

二言語を教育言語として用いている。言語を道具として用いるだけでは、十分な学 習言語能力が身につかないという厳しい現実があることに留意しなければならな い。

 日本国内における CBI の取り組みについて考察した森岡他

(2015)

は、内容重視 の活動の目的について「対話によって他者を知り、自己を知り、変容し、そして対 話によってクリティカルな意識・視点・姿勢・態度を共構築する」

(48)

と述べ、

主体的に「どう生きるか」を考え続けるカリキュラム横断型教育の重要性を強調し ている。また、「トピックが言語を習得するための題材としてのみ利用されている のであれば、CBI」とは言えない

(52)

と述べ、言語偏重の教育を批判する。「言 語を題材としてのみ利用する」というのが、具体的にどのようなものか、詳しく論 じられていないが、語彙や文法の指導に終始するような断片的な言語知識教育は、

言語教育としての成果も乏しいことを指しているのだと思われる。

 たしかにクリティカルな意識や姿勢が、学習効果を高め、深めることにつながる であろうが、それが言語技能の向上と結びつくかどうかわからない。JSL 児童生徒 が十分な「学習言語能力」を身につけられない理由、「中級の壁」を解決できない 原因も放置されている。CLIL の基本的な枠組を示した Ball et al.

(2015:52)

「内容

(Content)

」とされるものは、「概念的

(conceptual)

な内容」、「手続き的

(procedural)

な 選 択 」、 そ れ を 述 べ る た め の「 特 有 の 言 語 的 な も の

(specific language)

」の 3 要因からなるという。さらに概念的内容と言語的内容は、手続き的 内容を含む認知的スキルのための輸送手段

(Vehicle)

と見なすことができるとし、

所産

(product)

よりも過程

(Process)

のほうが重要なことがある

(54)

と解説して いる。この「所産」よりも「過程」が重要なことがあるということは、内容に気を 取られがちになる中上級の言語教育で軽視できない点である。言語を輸送手段と捉 え、「特有の言語的なもの」に注目するのは、山本

(2016:50)

考え方と類似する点 があるが、正確で効率的輸送を可能にするための通路選択や運転技術などに相当す る部分の言語訓練が重要であるところまでは言及していない。

 さまざまな活動を行うとしても、そこでどのような言語形式や談話形式を用いる のかを教師が意識できなければ言語教育とは言えない。内容重視の言語教育は、習 得させたい理想の表現を明確な目標として設定し、そのレベルに至るまでの緻密な 計画があるかどうかが成否を左右する。

4 .中級用日本語教材の現状

 「中級の壁」がなかなか解決されない理由として、中級で扱うべき内容が不明確 であることが指摘できる。

 初級では学習の背景や目的等によって導入順序や語彙・場面などの違いはあるも のの、構造文型を中心に積み上げていくのが基本となっており、共通点が多い。そ れは構造文型の難易度を基礎に提示順序が決められ、語彙も各種調査を参考にした 基本語彙が主に使われているからである。教師側は既習事項の土台の上に新たな項

(12)

目を導入し、できるようになるまで練習を行い、さらに授業中のインタラクション とテストなどで定着度を確認しながら進めていく。

 それに対して、中級用教科書は文型の選択や配列、語彙選択などに共通認識と言 えるものが乏しく4)、教科書による違いが大きい。トピックと内容の難易度で採用 した文章にたまたま出てきた文型の中で初級で扱わなかったものを取り上げるとい う形の教科書が大半である。こうした中級教材の現状が「中級の壁」問題をそのま まにしていると言ってよい。

4 .1 .文章の種類

 学習者から「つまらない」という声が出てくる理由の一つとして、中級教材の文 章の選び方に問題がある。留学生は母国で中等教育を終えて日本に来る。その知的 好奇心を刺激するような材料がないと、興味を失ってしまう。

 形式面で問題になるのは一人称視点の文章である。初級は会話中心であり、作文 も身の回りのことを書かせるので、一人称の文が中心となるのはやむを得ないが、

いつまでも自己表現に終始していては、アカデミック・ジャパニーズとして問題が ある。たとえば、『中級日本語教科書 わたしの見つけた日本』

(近藤他 2013、以下

『わたし』)

は、書名にも「わたし」が入っていることからもわかるように、一人称 視点で全体が構成されている。自己表現力を育てる目標があるのかもしれないが、

学習意欲をそぎかねず、学部や大学院のレポートを一人称視点で書けば、主観的だ と評価されてしまうおそれがある。

 内容面から見たとき、情報提供型の文章ばかりの教材もある。内容が難しいもの でも、事実や情報を伝達する文章は、言語教材としては比較的易しく、日本語の表 現を学ぶのに十分とは言えない。編集者が面白そうだと判断しても、それが学習者 にとって興味のある、有益な情報とは限らない。中級教材としては、知識や情報の 伝達よりも、それをどう受け止め、評価し、自分の考えとしていかに再構成して表 現するかということが重要になる。

 東京外国語大学の『中級日本語上・下』

(2015:ⅲ、以下『中日』)

では、「説明文 の多い前半部に対して、後半は社会的、文化的に広がりのあるもの、抽象度の高い ものを多く」したことが明記されており、意図的な編集であることがわかる。抽象 度の高いもの、論理的に考察したり、分析や評価を行うような文章へと移行してい くことが望ましい。さらに上級になれば、評論文や文芸作品等を教材に、言葉の裏 に込められた筆者

(話者)

の意図や思想、感情や感性などを読み取るようにしてい くことになる。

 日本事情的な文章が多い中級教材も目立つ。書名で日本のことや日本文化を学ぶ ことをうたっている教科書まである。文化が学習動機となっている学習者もいる。

言語表現にその文化独自の考え方が反映されるのであるから、より良いコミュニケ ーションを実現するには異文化理解は欠かせない。ただし、ステレオタイプ的な物 の見方の植え付けにならないように多様性に配慮しつつ、本来の目的である言語学 習がなおざりにならないようにしなければならない。

(13)

4 .2 .読解のための質問と練習

 中級指導の質は、さまざまな素材をどのように言語教育に利用するかで決まる。

どんなに優れた素材であっても、単に知識や語彙を獲得するだけに使っては意味が ない。言語と内容を統合した学習を行うには、 3 .5 .で触れたように、本文をどう 活用するか、特に発問が重要である5)。教科書には執筆者が授業中に使用している 発問形式が反映されていると思われる。ここで、教科書で使われている質問にはど のような工夫がなされているのかを見てみよう。『中日』の第 1 課「りんご」の本 文の冒頭部分とそれに関する内容確認の質問は次のようなものである。

 りんごは、寒い地方で作られる。青森県と長野県がその産地として、特に有 名である。

 りんごの花は五月に咲く。そして、小さい実がたくさんなる。一本の木にあ まり多くの実がなると、大きい実ができない。だから、丈夫そうな実だけを残 して、外の実はとってしまう。

1 .りんごが作られるのは、寒い・暖かい・暑い地方である。

2 .りんごの産地として知られているのはどこか。二つ書きなさい。

3 .りんごの花が咲くのは、何月か。

4 .たくさん実がなっても、全部の実を育てないのはなぜか。

 例に挙げた 4 問中、 3 問は単語で答えられるものである。学習者は本文を読み、

語句を探せばよい。問 4 も本文の該当箇所がそのまま答えになる。これなら穴埋め 式、選択式、正誤式のいずれでも大差はない。質問文を見て気がつくのは、どれも 分裂文を用いていることである。一般に、初級を終えて中級へ移行しようという学 習者にとって、名詞修飾節を使いこなせるようになることが大きな課題であると言 われる。言い換えれば、答えの部分より、質問の部分の文型のほうが学習者にとっ て有意義だということになる。執筆者は、本文と同じ文型で「りんごはどんな地方 で作られますか」とするのを避けるために、分裂文による質問を用いたのだと思わ れるが、学習者にとって言語能力と言えるのは単語で答えることではなく、焦点化 された文を自分で作れるかどうかである。この質問を短作文形式にして、文構造を 変えさせてみよう。

. りんご       は     地方である。

. りんごの産地として       は     と     である。

. りんごの花が       は    月である。

. りんごの実を       には、丈夫そうな実以外は        。  これによって「は」と「が」による文構造の違いも意識させることができる。他 の課でも本文中から語句を探し出せば答えられるような内容確認が大半を占める

(14)

が、これは改訂が求められる。なお、★のついた質問が「本文の題材や表現をもと に、応用・発展練習をさせ、表現力を養うためのもの」

(ⅳ)

とされているが、数 が少なく、到達目標もはっきりしない。たとえば、第13課「身振りと言語」の★つ き質問と、それに該当する箇所の本文は次のようなものである。

 日本では、手であごのあたりをなでるのは得意な様子を表すことがある。と ころが、イタリアでは、話が長くて、退屈だという意味になる。これは、退屈 な話を聞いていると、ひげが伸びるという伝説があるためである。

★あなたの国では、話すとき、どんな身振りを使いますか。

その身振りにはどんな意味がありますか。

日本の場合と違いますか。

 この質問は、課の最初のページにある読解の前作業として行う質問と大差がな い。まとまりのある談話で語る学習者もいれば、バラバラの文で答える学習者もい るであろう。この課で応用・発展の練習をするのであれば、次のようなものが考え られる。

★ʼ同じような身振りで日本と異なる意味のものがあれば、その意味の違いと理由 を説明してください。

 質問を少し工夫するだけで、学習者の答え方は大きく違ってくる。理解の確認だ けで終わらせず、理解を深め、さらに適切に回答できるかどうかで、学習者の表現 力を探り、伸ばそうとするのが教師の発問である。内容理解の確認と文型の習得を 統合して行うことが、中級指導改善のポイントとなる。★ʼは、本文を利用して

「~では~。ところが、~では~。これは~ためである。」というように答えてくれ ることを期待した問いかけである。うまく行かなければ、スキャフォールディング によって目標とする表現に導いていく。

4 .3 .文型と機能

 山本

(2018:45)

では中級段階で扱う表現文型を、その機能に基づき、文の連接 に関わるものと多様な表現を学ぶものに分けて指導順序を見直すべきであることを 提唱した。本節では実際に中級教材で文型がどのように扱われているか、『わたし』

(2013)

を例に取り上げて考察する。その理由は、この教科書は「はしがき」で

「『中級の壁』を超えられるよう、厳選された学習内容を提供」

(i)

しているとある ように、「中級の壁」を意識して作成されたものだからである。

 文型学習は「ステップ 2  整理しよう」の「新しい文法」「接続表現」「便利な表 現」で行うことになっているが、その構成を見るために 1 ~ 2 課の項目を挙げる。

(15)

1 課:[新しい文法]① S

(plain)

のは~だ、② A/AN

(stem)

―そうにしてい る、③ V―

(y)

oo とする、④ Vところだ、⑤ S

(plain)

はずがない、⑥ N というのは S

(plain non-past)

ものだ、⑦ V―てくる

(変化)

、[接続表 現]①すると、まして

(や)

、③そのうえ、[便利な表現]①そう言え ば、②今思うと

2 課:[新しい文法]①だ・である体、② N1に関わる N2、③ S

(plain)

/N のために、④ V―ないといけない、⑤ V―ていく

(変化)

、⑥ V―たつもり だ、⑦ N1

(と)

は S

(plain)

/N2という意味

(の言葉)

だ、⑧ S

(plain non-past)

ようにする、⑨ V

(plain)

だけで

(は)

なく、⑩受身形の敬 語、⑪ V

(stem)

はしない、[接続表現]①それで、[便利な表現]①そ れ/N なりの/なりに

 「中級の壁」を超えるとは言うものの、それはテーマに基づいて話し合うことに 力点があり、文型の提示順序や機能には配慮が見られない。しかも 6 課構成の限界 なのか、一般的な中級教科書と比べると、扱っている文型が少ない。アカデミッ ク・ジャパニーズ指導において接続表現は要になる部分であり、それを抜き出した 点は評価できるとしても、種類も数も少なすぎて論理的表現活動を行うには中途半 端で、不十分である。「話そう」では、談話の切り出しや結びの表現など展開法を 学べるようにしてあるが、作文には学習した語彙や文法を使って書くようにという 指示しかない。話し言葉と書き言葉では表現法が異なることも、中級段階で気づか せ、使い分けられるようにしないと、いつまでも話し言葉的な文章になってしま う。このような構成では、論理的に複雑な表現を使っている文章を読むときにも、

アカデミックな文章を書くときにも十分な内容とは言えない。

4 .4 .なぜ体系的な教育が行われないのか

  4 .2 .と 4 .3 .で例に取り上げた 2 冊の中級用教科書の特徴は、市販教材の大半 に当てはまる。現在市販されている中級教材は、文型だけを取り上げて学ぶ日本語 能力試験対策用はあるが、総合教材で体系的に表現文型を学習するような形のもの は『ニューアプローチ中級日本語基礎編改訂版』

(小柳昇 2003、以下『アプローチ』)

や『日本語3rd ステップ』

(石川他編 2008、以下『3rd』)

などわずかしかない。

 体系的な教育がなされていないことが、日本語の上達を感じにくくさせているに もかかわらず、なぜ文型の体系化が進まないのであろうか。解決策の一つが、表現 文型の整理である。中級で指導すべき表現文型を整理する

(山本 2018 参照)

ととも に、それを教材の中に埋め込む工夫が求められる。読解や聴解と表現文型指導を両 立させるのは容易なことではない。しかし、表現文型の機能はある特定の文脈にお いて発揮されるのであり、読解や文型が文型習得を助け、文型学習が読解力を支え るものにしていかなければならない。これはひとえに編集者の意識にかかってい る。

 『中日』

(2015)

の第18課を例に考えてみる。この課は新聞の投書 2 つと関連コラ

(16)

ムが題材になっている。投書は意見文の最も短いものと言ってよい。当然のことな がら、意見を述べるために必要な文型とふさわしい談話構造を持っている。それに もかかわらず、文型が順不同で並び、出てきた語彙の学習をするだけに終わってい る。投書①の構造は次のようになっている。

1 .日系人大学教授の自己紹介、日本の公害改善への評価。〈序〉

2 .騒音公害がひどくなるばかりだという事実、なぜ対策がなされないのかと いう問題提起。〈情報共有と問題提起〉

3 .欧米の対策を参考にした 3 つの提案。〈具体的な提案〉

4 .静かで落ち着いた生活が保障されることは重要な権利であり、侵されては ならないと主張。〈結び〉

 このような意見文としての典型的な構造に気づかせ、話させたり、書かせたりす ることもできるが、より重要なのは構造と文型の関連付けである。この投書①で使 われている文型は(1)さすが~だけある、(2)V ばかりだ、(3)それにもかかわ らず、(4)V 一方だ、の 4 つである。さらにコラムと投書②の文型として(5)ご とに/ごとの N 、(6)A か、それとも、B か、(7)~と言えるかどうか、(8)~さ え/さえも、(9)かねない、(10)

(~は)

[B うと/V うとも]しない、(11)V ま い、が本文に出てきた順に列挙されている。機能による整理などが見られず、個々 の文型の確認しかないのは残念である。出てきた文型を評価・程度、逆接・対比、

判断・意見などとして整理し、談話構造と関連付けるだけで、練習方法も違ってく るはずであり、「中級の壁」克服の手がかりとなるであろう。

 また、山本

(2018:45)

では表現文型を論理に関わる文型、表現を豊かにする文 型、話題や視点などを表明する表現技法などに分けられることを論じたが、談話展 開に着目した表現文型指導に応用し、「中級の壁」克服にも役立つと思われる。

5 .文型練習とコミュニケーション

 文型重視の指導に対しては、文型・文法を教えることが優先され、コミュニケー ションにつながらないという批判がある。機械的な代入練習や変形練習は、現実の 使用場面からかけ離れたものであり、学習者を退屈させるものであることは明らか である。コミュニケーション活動と連動した文型練習はできないのであろうか。

 ここで、表現文型指導を重視する『アプローチ』

(2003)

を見てみよう。「まえが き」には特徴として、概念シラバス、機能シラバス、コミュニケーションのための 素材を 3 つの柱としていると説明されている

(ⅲ)

。概念・機能をベースにして文 型を配列したことは評価できるが、「文型・表現練習」は学習した文型を含む練習 用の文に単語や句を書き込むだけである。たとえば、第 9 課「原因・理由」のとこ ろに「~ために」

(92)

が出てくるが、その練習は次のようなものである。

(17)

1 .厳しいトレーニングのために、途中で       。

2 .試験で答案用紙に名前を書かなかったために、       。 3 .      ために、川が汚れてしまった。

4 .      ために、目が悪くなってしまった。

 このような短文完成による練習法はオーディオリンガル法の時代からほとんど変 わっていない。だが、この下線部に適切な語を書き入れることができた学習者は

「ために」を使って表現できるようになったと見なすことができるのであろうか。

「ために」が原因・理由を表す語であることを理解したと判断できるかもしれない が、現実場面で運用できることを保証するものではない。原因・理由の表現の一つ として「ために」を学習者が意図的に選択したわけではない。前件・後件の関係か ら、入りそうな語句を考えるだけであり、使用場面も発話動機も不明である。「の で」の固い表現だと認識し、「もう遅いために、これで失礼します」などと使って しまうかもしれない。このような練習は次のように場面を提示し、説明を求めるだ けで大幅に改善される。

1 .運動をしようと思ってクラブ活動に参加したけれども続かなかった。

2 .答案に名前を書き忘れた友人がいた。

3 .自然が豊かだった町に工場ができた。

4 .初めてめがねを買った。

 これは単なる代入や変換練習ではなく、発話を促すためのキューである。文とし て提示したが、語や句でもかまわない。このような提示を行うことで、「ために」

は結果について原因・理由を説明するときに使う語であることを理解させることが できる。こうした誘導的

(帰納的)

な指導は、原則として開かれた問であるから、

答えはさまざまであろうし、意図せぬ回答も出てくる可能性も高いが、それが現実 に近いコミュニケーション練習となる。コミュニカティブを唱え、機能が大切だと 主張するのであれば、学習者が自ら考えて発話するように導くことが求められる。

これによって機械的な練習は大幅に削減できる。文型導入時から、コミュニケーシ ョンを意識し、場面と動機を重視し、学習者が自ら新たな表現を獲得するようにし ていけばよいのである。さらに学習者の興味や学力などに応じて、アカデミックな 内容を盛り込み、それにふさわしい語彙と文脈を用意すれば、一層効果的な学習が できる。

6 .テクストを作る力を育てる

 アカデミック・ジャパニーズ習得の過程で最も重要なことは、テクストを作る力 を伸ばすことである。 2 .3 .で示した JF スタンダードの B1は「脈絡のあるテク ストを作ることができる」、B2では「明確で詳細なテクストを作ることができる」

(18)

とされている。つまり、中級では複数の文を組み合わせて「テクストを作る」こと が求められているわけであるが、中級の教科書でテクストの構造を学習課題として いるものは、残念ながら限られる。

 テクストは文によって作られる織物であり、テクストを作ることができるとは、

複数の文を組み合わせて、自分の考えや気持ちを述べる能力である。テクストを作 る技能とは、アカデミック・ジャパニーズとして見れば、論理的な構造の文章を読 んだり、書いたりできることと言える。これを可能にするには、受容活動を単に受 容に終わらせない、読解や聴解を産出活動と連動させていくことがポイントであ る。内容について話したり、書いたりするだけではアカデミック・ジャパニーズを 習得させるには不十分である。教材に書かれた事柄の理解、語彙や文型の理解だけ でなく、テクストを学んでいかなければならない。つまり、「事柄教育」から「表 現教育」への転換

(山本 2014 参照)

がカギを握っている。

 ところが、中級教材で談話構造を学ぶことができるとしているものの大半は、用 意された枠に読み取った内容を書き込むだけの練習をさせる読解や、枠やフローチ ャートを示して、それに従って書かせる作文である。これでは学習者が自ら談話構 造を読み取ったり、考えたりする練習になっていない。

 テクストの構造を読み取る力を育てるには、まずどのようなことが書かれている かを確認し、その関係性を考えさせることから始める必要がある。事実と意見を区 別しながら読み、意見を支えるためにどのようなデータが提示されているか、論理 構造がどうなっているかを確認するプロセスがテクストの学習である。これが内容 言語統合学習の基本である。

 教材の分析に続いて、今度は自分で新たなテクストを作り上げていく練習が必要 である。その第一歩として「縮約」6)によって元の構造を再確認することもよい が、そこから自ら考えて別のテクストを組み立てる作業が不可欠である。これには いくつかの方法がある。『3rd』

(2008)

の「発展と応用」では、文脈を変える、視 点や立場を変える、論理構造を変える、本文を引用して自分の意見を述べるなどの 練習を用意し、さらに無償配布している「練習帳」では、与えられた複数の文の配 列を考える、書き出しや結びを固定し、それにふさわしい文章に本文の内容の一部 を書き換える、論拠となるデータを与えて理由を説明する文章を書かせる、など多 様なタスクによってテクストを組み立てる能力を伸ばす工夫をしている。

 一例を挙げると、第 1 課では接続詞に注目して段落の関係を考えさせた後、起承 転結の枠組でスピーチを書くという比較的やさしい練習を行うが、第 3 課は「くも の糸」を読ませ、お釈迦様やカンダタの立場から出来事を述べる練習となり、やや 難易度が上がる。第 9 課の本文は男女雇用機会均等法制定とその影響に関する文章 であり、頭括型で書かれている。練習ではこれを尾括型の文章に書き換える課題 や、雇用者側、女性労働者側、男性労働者側それぞれの立場で書くとどうなるかを 考える課題がある。読解を中心とした教材ではあるが、第 5 課では新聞記者が京成 バラ園芸の所長と研究員をインタビューしてまとめた記事をもとに、実際のやり取 りがどのようなものだったのか談話展開を考えたり、所長と研究員では話し言葉ど

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