『仏核実験とル・モンド』(1) 85
『仏核実験とル・モンド』(1)
引田稔
も く じ
I まえがき一国民世論の形成過程−
Ⅱ 仏核実験とル・モンド
(1)太平洋におけるフランスの原爆
(2)フランスの核実験はわが国に対する侮辱であると豪首相語る
(3)a フランスとの外交関係の断絶を考えているとニュージランドの副首相語る b フランスとオーストラリア問の核紛争
(4)ニュージランド副首相のパリ訪問
(5)ムルロアの核実験。労組が仏製品,サービスに対するボイコットを開始した
(6)フランス原爆の犠牲者ハーグ法廷
(7)ハーグ法廷の裁決下る。核抑止力は何のためか
(8)a ハーグ法廷はフランスに対して,太平洋における危険なあらゆる核実験を差 し控えるよう要請した
b 「仮保全」のオルドナンス
(以下次号)
I まえがき一国民世論の形成過程一
経済問題をふくめて,フランスの国情を理解するためには,フランスの根 本的な姿勢を,即ち国際政治の中におけるその立場,平和,文化,社会に対 するその考え方を明らかにすることが重要である。これらの点について,
1973年,南太平洋ムルロア環礁で行われたフランスの核実験をめぐるフラン ス内外の論争は貴重な資料を提供した。1973年6月28日,フランス政府が
「フランス核実験自書」(LIVRE BLANC surles exp6riences nuc16aires)
を公表するに至ったのは恐らく仏政府の予想を越えたと思われる全地球的な
異常な世論の沸とうに対する一つの公式な反応であったが,このような対応 を余儀なくさせた世界的な世論の勤きを注目しなければならない。地球上で 核実験が行われたのは,前記「白書」の詳細な指摘をまつまでもなく,度重 ねられたものである。にも拘らず,1973年は怒淀の如くフランスの核実験を非 難の矢面に立たせたo これは何故であろうか。この《不当な〉中傷lこ対して
〈不当でない乙と〉を実証するために公けにされた「白書」は,核実験の是 非をめぐる論争に決して最終的な結論を下すものではない乙とは,はじめか ら,明瞭であるo核実験に限らず,またそれがたとえ国家の行為であろう と,一個人の行動であろうとも,大多数の合意と賛同とが得られない以上,
論争は常に避け難い。フランスは核実験について明確な認識を持ち,その認 識に基いて決定を下した。従ってその行為の是非は,あるいは意味は,何よ りもこれからは歴史そのものの判断に委ねられるだろうD われわれにとって 重要なことがらは,核実験という人類の現在と,より多く未来に深いつなが りをもっとの世紀的な問題に対する世界的な関心の高まり,不安と動揺と,
敢ていえば恐怖の中で,誰よりも,また,いかなる国よりもまずフランスの 国民が,いかに考え,そして,もし先走った表現を許されるならば,いかに 深くその国民的な良心に傷つけられながら,乙の政府の決定を眺めたかとい う事実に眼をとどめる乙とであるO 何故なら rフランスの栄光」というこ とばがもし単なる死語でなかったならば r人類の文化」の担い手を自負し てきたフランスの知性にとって,暗后たる大量死と直接結びついている現在 の段階での核実験は,深刻な疑問を自ら投げかけないではいないからであ る。そうしたフランス人の心の動きを,フランスの代表紙ノレ・モンドはし1か に反映したであろうか。(ノレ・モンドは,フランスを代表する最有力紙の一 つであるが,しかし,だからといって,その論説,論調が常にフランス国民 のすべての階層の意見を公平に代表していると速断することはもちろんでき ない。)
今日,新聞の使命が事実の報道を通じてのひたすらな真実の追求であるこ とは論ずるまでもない。しかし,新聞もまたそれぞれに特有の見方,事実の 取り上げ方,解説 commentaireの方向づけを持ち,そこに,この場合でい
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えば,フランス精神ともいうべき一つの原理が働いていることを否定するこ とはできない。われわれにとって興味のあることは,乙の原理を明らかにす ることである。だがこの原理は先験的な哲理に求めるのではないD いくつか の実際的ケースの中からひき出さなければならない。われわれが熟知してい る身近かな事柄についてフランス人は,どのような角度からどのようにとり 上げ,批判し,理解しているか。それがフランス人のものの見方,考え方を 解明する最も有力な手がかりをわれわれに与えるであろうo
サハラ砂決.における核実験が不可能になったのち,フランスは南太平洋に その実験場を移したが,1973年の実験計画はまずオーストラリア,ニュージラ ンド諸国の激しい抗議の対象となり,それはハーク、、の国際司法裁判所への提 訴という形にもつれ込んだ。ブレジネフ書記長の米国訪問とその結果によ る米ソ両国のいわゆる核兵器禁止に関する協定の締結という国際情勢の中 で,この協定が他の核保有国である中国および仏国に対していかなる志味を もったかは充分に想像することができるO 恐らくそれは世界平和が力によっ て保証されることへの大きな疑問であったに相違ない。もし力の平和もまた 平和であるならば,ヒトラーやムッソリニーの唱えた平和も平和であ勺た。強 大な核兵器を独占する超大国が仮りに平和を押しつけることができたとして も,他の世界はそのような平和には心服しないだろう。真の恒久性を期待す ることはできないだろうO そうした平和に対するフランスの不満と不信の国 民感情の底には,明らかに世界平和に対するフランス的な考え方,理念が存 在する。それは「力による平和を否定し,人類の正義を基調とした其の平 和」ということである。
しかし,現実の国際政治の舞台での主役は理念を掲げる国と国との交渉で はなく,右手にも左手にも強力な軍備と,その最終兵器としての水爆をもっ ている超大国である。
フランスは,中国もまた同じ道を歩んでいるのであるが,自国の発言権を もつためには,同じように強力な核兵器を保有する国とならなければならな いのであろうか。そ乙へフランスを追い込もうとしているものは I栄光」
なのであろうかD ノレ・モンド紙にあらわれた核問題の論争を通じて次第々々
に明確になっていくことは,これを読む者の印象として率直に語るならば,
世界の与論を無視して強引にベトナムを焼きつくし,屈服させようとして北 爆をエスカレートすることを止めなかった戦争そのものの悲惨な投影であ り,ベトナム戦費による大巾な赤字からドルの弱体を招き, ドノレを基軸通貨 とした世界貿易の発展に重大な障害をもたらし,国際通貨制度の混乱の原因 をっくり出したことへのフランスの強い不満である。軍事面でも,国際経済 面でも,純正な理論や理念に代って,世界の現実を支配したものは,あるい は混乱と堕落とをひき起したものは常に戦争そのものであったことを歴史が 教えている。戦争にとって堕落は避け難し1ものである。パラドクサルな云い 方を用いるならば,戦争の武器が強大であればあるだけその堕落も底知れぬ ものとなるのが宿命であろう。ここにフランスのジレンマが浮かび上ってく るといえないだろうか。フランスは自らを主張するためには,核兵器を持た ねばならぬのかと。悪を制するには悪を以てする以外に道は残されていない のかと。そのように自らの祖国に向って叫びたくなるにちがいない。そうし た叫び声が明白な言葉となって聞かれたのも, 1973年の仏核論議であるo フ ランスは自問し,自答しなければならなかった。核兵器は悪なのか。悪では ないのか。実験は悪なのか。悪ではないのか。ベトナム戦争をめぐるフラン スの論評,論調の中に正義(1ajustice)そのものの理念が深く反省され,
意識されるに至った乙とも,当然見落とす乙とはできないO アメリカの戦争 政策に対する批判はこの認識をまずフランス自身に対して明確にし,強化し て行ったと云わなければならないだろう。
1973年6月29日の日本の新聞は中国の水爆実験を報じたD この時点におい て実験が放たれたその意図は何んであろうか口各国の反響はさまざまであ る。特にフランスはこれによって何を感じたであろうか。一つの事実をめぐ っての各国の態度のあらわれの中には,その政治的な立場とともに,それぞ れの国民のものの見方,考え方が浮き彫りにされる。新聞ニュースそのもの は正確であることが第一の条件であるO もちろん,何が正確かという問題は 常に残るであろうが。重要なことは,そのニュース(事件)をめぐる論評,
評価である。そして評価は常に一定の立場からなされる。従ってそれは本質
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的には絶対的なものではあり得ないが,この立場を形成する最も主要な構成 は国民性であり,国民性とはその国民が歩いてきた歴史の中に最もよく表現 されているものであろう。それがその国の文化であるD そしてこの文化が国 民的な価値判断の尺度を形づくる。新聞ニュースの選択の中にもすでにこの 尺度は適用されていよう。新聞の紙上に展開する核実験に関する賛否両論の 論争の中に,かくて,われわれはフランス人の現代思想の特徴を見出すこと ができるD 世界の現状は今いかなる理念によって導かれているのか。平和と か,共存とか,独立という理念の実体をフランスはいかに受け取っているの か。それをフランスは自国の核実験といかに結びつけて考えようとしている のかD こうした疑問に最も良く答えてくれるものの一つは明らかに新聞の紙 面であり,フランスの有力紙が世界の与論に対して及ぼす影響力は決して少 なくはない。特に,アメリカと並んで,むしろそれ以上に深く広い文化的な伝 統的な影響を日本に投影しているヨーロッパ的な発想は,今日では目覚まし いマス・メディアの発達に伴って,瞬時のうちにも,日本の有力な新聞の媒 介によって日本人の精神構造の中に根を下ろしつつあるD パリで展開される 紙上の論戦はそのままTokyoでの深い反省に繋るとしても,今日ではそれは 少しも不思議ではないし,不自然ではない。フランスの核実験は是なのか,否 なのか。核の傘の下にあるものが,核そのものの論議を無条件に否定するとい うことは論理的な矛盾以外の何ものでもないであろう。われわれは核の実験 を望まないo何故なら,われわれは戦争を望まないのであるから。われわれが 核戦争に反対するのは,われわれの真底の心からなる平和への祈りである。
もし,兵器としての核を考えるならば,フランスの仮想敵国は誰なのだろ うD アメリカなのか,ソ述なのか,それとも中国なのか。あるいは,それ以 外の核保有国の出現という幻影なのか。既に強大な核の保有を完了し,更に それらの既往の兵器のー屈の完成,改良を計って日進月歩,とどまることを 知らない核先進国に対して,追いっこうと企てていると仮定しても,その競 争に勝利する目安は果しであるのか。核で相手を倒すということは恐らく起 り得ないであろう。核を持つ国に立ち向うという乙とは無暴だし,核戦争を 挑むということは信じ難い。核保有国が核を持つことの芯味を認めていると
すれば,その国の内部抗争,分裂が起きた場合の決め手としての手段に万一 の可能性が残されていないわけではないかもしれない。フランスは核をめぐ るこのような打開困難な論理的な矛盾に対してどのような見解を示すのであ ろうか。問題の提起は一気になされたものではなかった。フランスは既に久 しい以前から,米ソに次いで核実験を続けてきた。フランスにとってはまこ とに突如としての如く,激しい世界的な非難を一気に浴びせかけられた感が あろう。しかしそれにはそれだけの客観的な情勢,歴史的な志味が貯えられ ていたという外はない。理論のみが歴史を導くのではなく,歴史を導いて進 むものは,多くの場合,民衆の心の中に徐々に蓄積され,醸し出されていく 情感の熱気である。一定の限界に到達して,それはときに予想もしなかった 爆発をさえ引き起こす。歴史の方向を民衆の心ほど正確に敏感に読みとっ て行くものはない。同時にそれは一見きわめて f~ し ìMJ ちにさえ,徐々に一つ の結論へ向って進むことを止めなしiO そして到達する結論は常に最も鋭い先 見の明を誇る理論的な予想、よりも,ときには,はるかに大胆な的確な結論へ と進むようにさえも思われる。世論の形成は,常にもどかしいような速度で 進むことがあっても方向は活針盤のように正しい。そして歴史の心を捉えた 者のみが,乙の:;lli針盤の目盛りを正しく読みとることができる。核実験をめ ぐる是非の論議はノレ・モンドの紙上で国民の世論を二つに分けて続けられ た。実験を実施するか否かは一つの政府の判断である。判断が下った以上,
その可否を裁断されることは拒否権を持ち出すまでもなく,もはやない。し かし,そうした一つの判断に,苦悩はなかったであろうか。判断を下しなが ら,フランスは何を考えなければならなかったであろうか。全体としてフラ ンスは互いに何をこの論議の中から学びとることができたであろうか。言論 の稔りある展開の中で民主主義の理念が何を収穫できたか。 Jレ・モンドの記 事の展開はそのような問いを読む者の胸に投げかけ,われわれに対しては西 欧文化の底の深さを泌々と感得させるものとなった。
核実験に反対する声が起るのはいうまでもなく,原爆が悲惨であるからで ある。とすると,この問題に関する限り,通常な心の持ち主である限り,も はや議論の余地はなさそうである。しかし,全く別な角度からこの問題一一
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実験の可否一ーをとらえているとしたら,二つの意見が最初から噛み合わな いのは当然の成り行きである。たとえば,実験の可否を,実験そのものの可 否とするのではなく,実験をする権利は主権の行伎の一つであるとする考え 方に立つならば,反対の議論は最初とは全く別な立場からこの問題に立ち向 わなければならなくなるだろうO 核実験という一見きわめて単純な事件のよ うにみえるものも,具体的には,乙の同ーの事件や問題をめぐっての世界各 国それぞれの立場での関連が前面に押し出されてくる結果,見解の相違と対 立は自ずと深刻にならざるを得ない。今日ではもはや,いかなる国も,この 同じーっの地球上に在る限り,自己の立場や自己中心の考え方のみに立つて は行動することができなくなってきているD 新聞を通じてわれわれが知り得 る乙とも,また外国人たるわれわれが知らねばならぬことは,単なる記事の 報道ではなく,フランス人が何を考えているのか,人聞について,社会につ いて,世界について,歴史について,文明について,一口でいうならば[""
明日」について何を望み,何を希っているのか,何を云いたいと思っている のか。要約するならば,フランスの真実の声を知ることにあるo それが国際 的な相互理解の第一の条件である口こうした相互理解を欠く限り,世界の平 和は確保されることがなしiO フランスは,南太平洋の核実験に対するオース トラリア,ニュージランドの抗議を受けると,まずそれが去の世論であるの か,かき立てられた感情的なものであるのかをいぶかっているD
一体,世論とは何んであるのか。新聞論調をとり上げるとき,われわれは 新聞と世論との関係をまず認識しなければならない。新聞はある怠味では世 論そのものであるかもしれない。しかしまた新聞それぞれに立場があり,色 彩があるように,事実の正確な報道とは一口にいうものの,正確ということ がらが,自明でもなければ,簡単でもないいともあれ,この世論はいかにし て作られるか。一つの例を世界の食糧危機ということばについて考えてみた い。これも1973年の大きなトピックの一つであった。
はじめ,食粗危機という言葉は,世界的な天候の不順による不作から発し て叫ばれた。アフリカの大早はがあったし,ソ述のアメリカからの大呈の良産 物の買付けという事実などがあったD 何れにせよ,不作を原因として,良産
物の不足が起き,物価の騰貴が生ずると,世論は輸出反対を唱え,同調者はデ モを組織した。その要求は単純である。他国に輸出し,自国民が飢えるという のはオカシイという極めて当然の論理であるO この当然過ぎるくらいあたり まえの主張でるからとそ,それは政府も無視できない一つの勢力に発展した のである。些細なことがらであっても,真実であることはこのように強かっ た。真実は必ず最後には勝利するという固い信念,確信を民衆の心の底lこ植 えつけて行く。乙うした当然の主張の前に,アメリカは契約さえ破棄して,
輸出を制限し,この事例は忽ち全世界を風廃する先例を作り出して行くよう にみえた。これは他人を助ける前にまず自らを助けるという,ある意味では 極めて西洋的な論理構造に基づいているが,それにしても,余りにも一方的 な論理であるD 束洋的なものの見方からすれば,それは余りにも利己的な,
論理の名に価しない議論でもあろう。だが,これはともかくとして,たった 一人の住民の真実の訴え,当然の要求が,食料というせっば詰った事柄だけ に,多くの共感を集め,誇張した云い方をするならば,世界の食糧事情を大 きく変貌させる結果となった。 r世論」の実体とは正しくこのようなものと いうことができるだろう。これはベトナム戦争についても然りであった。今 またフランスの核実験についてもそういうことができたのではなかったか。
抗議の根拠が単に感情的な一一ノレ・モンドの伝える表現によれば, emotion によるものだとしたら一一それはたちまち覚めるか,力を失ったものとなる にちがいない。結局この抗議が,民衆の直感する真に vitalな利害との,後 退を許さぬかかわりあいを持つものであるか否かに問題はかかっている。
1973年7月22日行われた南太平洋での仏核実験に長崎の市民は抗議した。実 験は繰り返されたが,抗議もまた繰り返された。 9月,ル・モンドの記者の 一人(モーリス・ドラリュ氏)が長崎市長を訪問し,フランスの核実験につ いての市民の反響を取材している。乙れはフランスが国際世論の一環とし て,日本のそれに無関心ではないことの証拠として受けとっても差支えない であろう。
日本(長崎)のアピーノレは,現在の段階では,国際的には弱く,ことがら 次第では一人相撲に終るかもしれない。しかし,正しい考え方は影響力をも
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つoそれを世界は,フランスは,無視し得なくなるであろうoたとえ一人か ら始まる抗議であっても,正しい声は天の芦となって乙だまするからであ るo多くの人々の胸の中にこだまして次第に反響を高め,抗議し,反対する 声は遂には,ベトナム戦争がそうであったように,強大国の強大な軍事力を も抑止する強大な力にさえ発展するだろうD 正しく理解し,正しく反応する ことo そして正しい主張の勝利に向って連帯することが,歴史を正しい方向 へ前進させるO この意味で,核論争の帰結の行方を静かに,そして厳しく辿
らなければならない。
核は自衛のために使うとフランスは云い,中国もまた核を自ら他l乙先んじ て使用することは無いと宣言している口このような国際情勢の中で日本は軍 備を放棄し,平和主義l乙徹しなければならない宿命を背負わされているので あるが,自衛のための軍備,また,たとえ借りものであるとはいえ,自衛の ための核を論ずる前に,もう一度われわれは沈思熟考しなければならない。
一一果して,軍備によって自らを救うことができるか否かと。われわれは,
自らの歴史がそれを明白に証明しているように,軍備では得られなかった 平和を得るために,かつて軍備のために払った犠牲,即ちそのための時間 と費用と,それらのすべてに勝る大きな勇気と努力とを世界平和実現のた めに払わなければならないということを改めて,強く自覚しなければならな い。
日本は,もっと,政治,経済,文化の面で世界に寄与し,世界の軍備撤廃 のために,あるいは一層完全な軍縮の実現のために働かなければならないと とを自覚しなければならない。ル・モンドにおける核論議の展開の中で,わ れわれはそのような反省に迫られるのである。
このことは平和の希求が単なる抽象的な願望であってはならないというこ とに外ならない。経済的な利害の対立が結局は戦争ζl発展する宿命を負わさ れてきた乙とはすでに幾度も歴史によって示されている。同時に,経済的に 密接な友好関係が存在し,増進されるとき,戦争は遠のく。不利よりは有利 を望むことが自然であるのは,伺人の関係においても,国家と国家との関係、
においても当然であるo 日本が海外において正しい経済活動をすすめるなら
ば,そのとき初めて,日本は,平和国家としての面白を発揮することになろ うo仏核実験とオーストラリアの国民感情の反応をとり上げる論評の中で,
この二国の聞の経済関係についての反省が加えられている乙とは充分注意に 価するD 同じように,中国大陸での核実験は日本の国民感情に如何なる反容 をもたらしたかという反省の中で, 1973年における日本の親中国ブームが,
たとえ部分的ではあっても,経済的な関係の一層の接近を望むj招待感によっ てかもし出されていた事実を万定し去ることはできないだろうD
核問題のニュースと論評とを共に読みながら,実験強行を主張するいわゆ るフランスのタカ派の言に触れるとき,そのような考え方の立場が何から生 じ,如何なる理念に基づいているのかを,泌々考えないではいられない。核実 験に反対する立場をとる側にも,もちろん,それが何よりも「政治的」な問 題としての価値をもつからという理由はあろう。いずれにしても,純正な理 性を中心として展開してきたフランス思想の伝統的な特色からみるならば,
ここにはたしかに一つの精神の危機が感じられるo それは,もし明確に断定 を下すとすれば,ベトナムの荒廃と深い繋がりをもっているという乙とがで きょうO 核を持つというフランスの最終的な意志の決定もまた恐らくベトナ ムと無縁ではなかったであろうo
核実験は,もちろん,核兵器のみにつながるものではない。それはフラン ス政府も公式に明かにしているD また,核兵器の実体,その戦力としての意 味,そうした軍事的評論に乙こで深く触れるつもりはない。ここで重要なも のは,との核実験をめぐる考え方,主として世論の動きである。また,その 動きを主としてノレ・モンドに限定しつ〉考えるのは,一つの新聞がどのよう に世論を反映しているか,あるいは逆に,世論の形成にその役割を果してい るかを.考察してみるためである。
問題は,たしかに,二つの超大国による核の独占によって提起され,独占 に近い強大な核兵器の開発と保有とによって深刻化した。乙の独占を打破す るためには,核には核をもってする以外に道は残されていないのか。核(兵 器)を持つ,持たぬはフランスの自由であり,それは既に論争の段階ではな いかもしれない。もし実験の方法のみが問題であるとするならば,やがてフ
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ランスもまた米ソと同じように,地下核実験が可能となり次第,地下に移行 するだろう。だが何れにしても,他の多くの国が核をもっ時代は速かに到来 するo そのとき,核保有国の聞のバランスはどうなるのか。軍縮と世界平和 の問題を改めて原点に立ちかえり考えなければならない。乙のようにして,
1973年の南太平洋における仏核実験の再開は,太平洋地域の国々のみなら ず,全世界の人々に世界平和一地球の平和ーについて,問題を根本的に反省 させる絶好の機会となった。敢ていうならば,ベトナム和平後の最大の国際 問題のーっとなった。
原爆(実験)論争の展開の中で,最も正しい論理が何んであるかをフラン スは挟崇するかにみえる。自らの民族的な良心を前面に押し出し,正義 la justiceを考え,平和 lapaixを考え,フランスの真の栄光 lagloireがな んであるかを,フランスの伝統が何んであるかを改めて自らに問い,現代 に向って問いかけている。ベトナム戦争を通じて終始叫ばれてきた人類 γhumaniteや文化 laculture,戦争 laguerreや人間 l'hommeの問題,
その運命が,良心のうずきとともに前面に提起されているのを汲みとること ができる。何よりもフランスの良心が傷っこうとしているo果してこの試練 から,深傷を負わずに,明日のフランスが起ち上ることができるか0・これが
jレ・モンドの記事を辿る限りでの最大の課題である。
以下, 1973年ムノレロアにおける仏核実験に関する報道と論評の主要な経過 を LeMonde, selection he bdomadaireの中にたどってみたいと思うo
E 仏 核 実 験 と ル ・ モ ン ド
(1) 1973年3月28日付の LeMonde, selection hebdomadaireは 〈 太 平
洋におけるフランスの原爆~ (Bombes fran~aises dans le Pacifique) と題する記事をその第l面の冒頭に掲げて次のように述べているo 乙れは
「社説」という特別の欄ではないが(そのような閥は設けられていない) , いわゆる社説に相当するlレ・モンド紙の論評として受取って差支えない。即 ち,その内容は次のようなものであるo
「キャンベラ駐在のフランス大使はオーストラリアのT Vを通じて次のよ うに述べた。<( (フランスの大気圏内核)実験はきわめて近い将来もはや必 要としなくなるであろう0)>
つまり,フランスのプログラムは同大使の言によると,その最終段階に入 った。しかし乙の予定があと何か月続くのか,あるいは何年続くのかは明ら かにすることを避けているo
この言明は世界の,特に太平洋沿岸諸国の新たな核実験の接近に対する抗 議を鎮めるには不充分である。少くも,大使の言葉は,善意の抗議K対して は安心させる乙とが必要となっていることを示している。
フランスの伝統的な友好国,中でもペルーが断交をもって迫ったが,これ に対しては昨年は実験にヴェーノレをかぶせることで巧みに逃れた。一方,探 知手段をもっ国々は沈黙を守った。政府は今年も頬被りを通そうとしてい る。そして前回同様の沈黙を期待しているようである。アメリカはフランス に対して一一言葉の厳格な意味で一一借りを返す立場にあるのであるから,
乙の際何んらかもの言いをつけたいところであろう。しかし駐パリのアメリ カ大使は,原子爆弾と通貨,通商問題,を抱き合わせるべきではないことを 強く進言している。
しかしながら,この沈黙政策は一一フランスが小規模の爆発に限定する限 りは有効であろうが一一これが太平洋の東側では守られるとしても,西側で はとてもそういうわけにはいかない。
オーストラリア,ニュージランド両国の世論,新聞等は両国の政府が労働 党によって,とって代られたため一層強く核爆発に反対し,外交手段による 抗議,デモ,仏製品や船舶に対するボイコット,実験海域への艦艇派遣,国 際司法裁判所への提訴等,あらゆる手段を用いてフランスのプログラムを阻
もうとしている。
これを好機として,フランス大伎は次のように反論した。
オーストラリアは公平ではないD フランスは13年間に33回(太平洋では29 回)大気圏内爆発を行ったが,アメリカは88回,ソ連142回,英国21回(そ の内オーストラリア佃土内で数回!),中国は11回行っている。しかるにこ
『仏核実験とJレ・モンド.lI(1) 97
れらはそれほどの憤りの対象とはならなかった。しかも,乙れらの爆発はフ ランスのものよりは,はるかに強力なものである。
この弁解に対して,相手側は次のように答えているo
〈他人のあやまちは自分のあやまちを正当化するものではない。 10年前 (それ以後は中国を除いて大気圏内の実験は行われていない)は,実験の影 響が充分に知られていなかった口汚染物質の堆積がその影響を増大させて おり,フランスのみが自国のものではない自然環境をなおも侵すことにな る。〉
そこでわれわれは次のように考えたい。
フランス政府はそのプログラムの限界を世界の与論に対してもっとよく知 らせるのが得策ではないのかとo
ともあれ,フランス政府は最後まで超大国に続こうと意図しているわけで もなく,悲惨な,また無用な,<(超大虐殺力〉を持とうとも考えてはいない。
たとえ実験の日時を明確にすることが適当でないと判断しているとして も,なぜに政府は腹を割って明確にその目標,そのために必要とする時間,
爆発の大きさ,発生するかもしれぬ降下物について,知らしめないのであろ うか。
いつ,またいかなる条件のもとで,一一文字通りの話であるが一一地下に その実験を移し,そのためにはどのくらいの費用がかかるかを,はっきりさ せるべきではないだろうか。こうした点をフランス人たるわれわれは,オー ストラリアと少くとも同じだけ知る権利をもっと思うoJ
一一(次第に高まる太平洋沿岸諸国,特に実験地l乙近いオーストラリア,
ニュージランドの反対の世論が,新聞を動かした。そして新聞が政治を動か し始めるo )
注。筆者(記者)名は掲げられていない。
(2) 1973年4月4日キャンベラ特派員発1)
〈フランスの核実験はわが国に対する侮辱である,とオーストラリア首相 語る。〉一一この記事の内容は次の如きものである。
「オーストラリアとニュージランドは抗議と行動を起こした。ニュージラ ンドの副首相2)は4月末パリで仏政府と乙の問題について会談する。遊覧船 Fri号をムjレロア海域に派遣して阻止を計るD オーストラリアではオートラ
リア党が30万枚のハガキを印刷しポンピド一大統領宛てに送り,大気圏内核 爆発の中止,原子兵器拡散防止条約の批准を訴えた。
ノレ・モンド記者のインタビューにオーストラリア首相3)は仏の政策に断固 反対の立場を明かにした。
オーストラリア首相の反対意見一一〈この原爆実験は乙の地域の国々に対 する侮辱であるo10年前,旧植民地によってサハラから締め出されたのち,
こんどは太平洋の植民地を利用しているが,それは時代錯誤であるo核の分 野でフランスが強大国になろうとするのは狂気の沙汰である乙とを自覚すべ
き時である。〉
海外貿易大臣引はかつてベトナム戦争反対のデモを組織したが,今回のフ ランスの実験に反対することは最重要事であると考え,フランスがその太平 洋地域の領土に警察国家をつくり,自由を許さなくしていると説いているD
昨年の総選挙の折にも重要問題としてこうした反原爆論争が行われた。オ ーストラリア首相はハーグの国際司法裁判所への提訴を行うことを決してい るるそして,そのための科学的,法律的裏付けをすでに準備している。オー ストラリア政府首脳はフランスが実験計画を変更するとは思っていない口前 回の実験では放射能の増加は軽微であった乙とは知られている。
もし,実験が地下で行われるなら,事態は異るだろうO 国際司法裁判所が 乙うした問題を取り上げる権限をもつか否かは不明だが,仮りにもし,禁止 命令 injonctionを出したとしてもフランスは無視するであろうD
オーストラリアのとの反対が,国民の激情的なものなのか,それとも深刻 な不快感によるものなのか,あるいは気分的なものなのか,それともほんと うの危│其によるものなのか,あるいはまことの国民の圧力によるものなの か,それとも煽動された世論によるものなのかは計りがたい。ともあれ,来 月には反対運動の進め方について代表者の会合が予定されているo それは日 本,チリー,ペノレー,タヒチ,フィジー諸島,インドネシア,ニューカレド
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ニア,ニュージランドから集る。国際司法裁判所への提訴よりも現地乗り込 みの方が手っ取り早いとしているo
中国の核実験に対する反響はまるで違うo その理由は,オーストラリア首 相によると,実験が自国領土で行われるとと。放射能チりを運ぷ風がオース トラリアには来ないという乙とであるo なお,海外貿易相の率いる訪中国が 5月に出発するという予定がある。
この核問題が常に〈旧態依然たる〉仏領植民地の問題と結びつけて取り上 げられているのは,オーストラリアがこの地域に積極的な割役を果そうとし ている乙とと関連があるのではないか。選挙では,<(オーストラリアは南太 平洋の自然な意味でのリーダーたるべきものである〉と唱えていた。オース
トラリアの南太平洋での役割は,フィジー,ナウノレの地域でも同様,これは 無視できない。ニューギニアも来年はオーストラリアから独立するので,オ ーストラリアの役割は最も重要となろうo
つまり,南太平洋で新旧植民地主義の対立が生じつつある。 19世紀的な植 民地の方式と近代的な,法制上無難なものとの対立であるo こうした対立が 今回の核実験反対運動と絡んでいると乙ろからみて,フランスの実験問題は 一層広範な問題の単なる一面をのぞかせたものにすぎないとみる乙ともでき
るかもしれない。」
注1 ]acques Decornoy 注2 M. Hugh Watt
注3 M. Gough Witlam労働党主。 1972年12月2日の総選挙で勝つ。外務大臣兼 務。
注4 M. Cairns
一一ー(なお,乙の記事に関連して,核実験の要点について次のような解説 が加えられている。)
ia 核実験の司令は地上の発射台から行われるO これは航空機,艦船の 展開が少くて済む。乙の方法は従来の大気圏内と地下方式の中聞を成す。
b 地下核実験はもし今年行われないとすれば米年から行われるかもしれ
ないが,それは小規模のものに限られる。
c 1976年頃軍事化される予定の熱核爆弾,および在来のものの完成とそ の縮少化,爆発を安定的に固定化するためには,太平洋沿岸諸国の抗議が益 々激しくなるかもしれないが,それにも拘らずなお実験をする必要があると 考えられている。しかしこうした発射実験は毎年行われるとは限らない。」
(3) a 1973年4月25日付一一核実験。〈フランスとの外交関係の断絶を考 えているーーとニュージランドの副首相語る。〉
記事一一 r4月23日,フランスの核実験について話すためノマリへきたニュ ージランドの副首相 1) は次のように言明した一一 ~10年前,われわれはこう した実験に抗議した。私が今回パリにきたのは,おどすためではなく,抗議 し,討議するためである。会談の結果については楽観しているが,もし満足 が得られないならば,両国の関係は憂慮すべきものとなろうoハーグの国際 司法裁に提訴する乙とを決定しているが,必要な場合lこは外交関係の断絶も あり得る。~(注。この点は後日訂正され,次のようになっている。すなわち,
一一両国の会談が失敗したらニュージラドとフランスの外交関係の断絶が予 想されるという表現は新聞報道の誤解で,事実は次の如くである。くフラン スとの緊密な外交関係が太平洋の核実験の実施によって妨げられる乙とのな いよう望む。)>)
他方,オーストラリアの海外貿易相はフランスとの通商,外交関係の断絶 を考え,艦艇を実験海域へ派遣することも考えざるを得ないと言明してい るD
なお,キャンベラで,来月早々にフランスとオーストラリア2国間専門家 会議の開催が行われるものとみられている。」
注1 M. Watt
b 一一(同じ日付のノレ・モンドの第1面の,前述の場合同様〈社説〉
に相当するコラムには.<フランスとオーストラリア間の核紛争)>Le differend nucleaire franco・australienと題して次のような見解が載せら
れている。)
「フランスの核実験を中止させるためのオーストラリアの交渉は‑ 4月
『仏核実験と jレ・モンド~ (1) 101
20日失敗に終ったが一一一種の無邪気さを伴っていた。オーストラリアの司 法大臣1)はすでに20年も前から始められているフランスの政策が一両日の聞 に根本から変更されるようなことをまじめに信じているのであろうか。しか もオーストラリアの前内閣は(英国の実験の場合には自国の領土を貸し)そ れほど不快とは思わずに認めていたものである。
司法大臣は特に新しい反対の理由を持ち合わせていたわけではない。オー ストラリアの科学アカデミーの最新の報告書はフランスの外務大臣2)に手交 されたが,それははっきりと仮定上の推論であるとしており,フランスの実 験がオーストラリアの国民にいかなる影響を及ぼしたかは〈統計的に観察し 得る〉範囲では〈証明できない予としている。
一方,フランスの回答はすくなくとも乙の方面でいわゆるド・ゴール主義 が死んでいないことをかなり厳しく示している。すなわち,フランスは大気圏 内実験の中止を拒否し,またいっその実験を地下に移すかを明示する乙とを 退けている。更にまた予定されている核爆発の時期,規棋についても情報を 与えない。一定期間中止し,その聞にフランスとオーストラリアがハーグの 国際司法裁判所への提訴について共に研究するということも望まない。
仏外相が同意したのは,過去の実験の際と同様に,実験l乙伴う計算と分析 の評価を互に照合することであるO そして,組閣後5ヶ月目のオーストラリ アの労働党政府が,ぞ不当なご反対運動にど同調しないように〉すべきでは ないかという点を伝えたものと思われる。
フランスの立場は必ずしも公けには展開できない議論の上に立っているO
国際司法裁への提訴を拒否しているのはフランスが国防問題に関しての紛争 にそれが介入する権限を認めていないのであるから,それは理解できる。し かしフランスが実験のおおよその日付を秘しているのは反対運動を煽らな いためであり,また計画の規模について一切明確にしないのは他の国がフラ ンスの技術の進み方を検証できぬようにするためである。とすれば,政府は 一つの原則論に専ら立つべきではないのか。つまり,核兵器と国家主権は不 可分である以上,たとえいかなる理由があろうとも,その行動の自由,評価 の自由および情報の自由を放棄することはできない,という立場であるO
こうしたことばの表現は敢えていえば,ソ連や中国のお決まりの沈黙に も,またオーストラリアやニュージランドにはお馴染みのアングロ・サクソ ン流の慣行ともなじまないかもしれない。しかしフランス政府はこれらとは ちがってよりー屈はっきりしたものの云い方をしても,その方がかえって得 策ではないだろうか。明瞭に,一般世論にもわかることばで,フランスの計 画とその望むところの限界を知らしめることが果して国防にとって損害をも たらす乙とになるであろうか。
ともあれ,今までのと乙ろ,太平洋のいくつかの島々がオーストラリアと ニュージランドに同調しているが,更に不快な波紋が巻き起ることをわれわ れとしては覚悟しなければならないD ハーグは一方的な提訴をとり上げるこ とになろう。ボイコッ卜も起るかもしれない。危険水域への船舶の乗り入れ という最も困惑すべき事態も発生するだろうO 現在予想されている7隻の中 の第3船が4月20日,ポリネシアに向って出帆しているoJ
ー一一(注。反対の世論に対して,しきりに,納得の行く仕方で説明すべき ように提言しているo また,この時点では,事態が急、搬に悪化せず収まるこ とを内心期待しているかのように読みとれるo )
注1 M. Murphy 注2 M. Jobert
(4) 1973年 5月2日付。一一ー〈ニュージランド副首相のパリ訪問〉
記事一一「ニュージランドは太平洋における大気圏内核実験を禁止するよ うハーグの国際司法裁判所に提訴するだろう。オーストラリアも同一歩調を とると思われるo 同副首相は,仏大統領に会ったのち,次のコミュニケを発表 した。〈フランスの太平洋における核実験計画は終了するだろうとの確約を 得ることを期待したが,できなかった。従って残念ながら国際司法裁判所へ 提訴するo ニュージランドは原爆実験に反対する理由をフランス政府の首脳 に表明することができた。ニュージランドの全国民は今後のフランスの爆発 実験についてきわめて深い関心をもっているD そして両国間のこの唯一の紛 争を解決したいと希っている。 ~J
『仏核実験とノレ・モンド~ (1) 103 (5) 1973年5月16日付。一一てムノレロアの核実験。労組が仏製品,サービ スに対するボイコットを開始した~ (Kenneth Randal1特派員発)
記事一一「ワノレトハイム氏1)に宛てた書簡によって国際自由労連(Confふ
deration internationale des syndicats 1ibres)は5月10日〈フランスおよ び他のすべての国の核実験を中止させるため最大限の行動をとるよう〉国連 に求めた。オランダの労動組合も仏首相2)に同様のメッセージを送った。ペ ノレーの外相3)もその旅行を延期したが,それは実験時にパリに居ないように するためと思われるoオーストラリアではフランスの商社,サービスに対し て前例のない規模のボイコットが行われようとしているD 乙れは最大の労働 組合によって行われるもので,フランスとオーストラリアの関係、に影響があ りそうであるD オーストラリアとニュージランドは国際司法裁判所への提訴 を5月3日にすることを決定した。
キャンベラ発によると, 6月10日, 35の国内労働組合がフランスの船舶,
航空機,貨物,サービス,郵便,電話業務をボイコッ卜する乙とを決めた口 この決定は Austra1ianCounci1 of trade‑unions による作業部会でなされ たが,この評議会の議長4)は現政府の労働党の副総理であるD
豪首相は5月10日の労働組合の大会ではこのボイコットから郵便と電話の ボイコットを除外するよう求めていた。週の初めに,同首相は,議会で,労 働組合の抗議運動を止めさせるつもりはないが,奨励するつもりもないと述 べている。また同首相は,フランスがもし実験を強行したときは,外交関係 の断絶もくあり得る〉としていた。ホイットラム豪首相は公けには穏かな表 現を用いているが,組合が Mururoaの実験に反対する運動のリーダーシッ プをとるのを黙認しているのは明かである。国際司法裁への提訴は一種の型 通りのものであるが,もし成功すれば世界の与論に影響を与えるだろうo
もしフランスが貿易の面で対抗手段に出れば,労組の行動はパリよりもキ ャンベラにより多くの影響,損害をもたらすことになろうo 昨年,オーストラ リアはフランスへ, オーストラリア・ドノレ(1ドjレ=6.60フラン)で153 百万ドルを輸出したが,その内,羊皮は34百万ドノレであったロこうした議論 はここではあまり問題に利用されていないが,前述の労組の決定が厳格に適
用され,雇(閣の面にはね反って乙ない限り,利用されることはないかもしれ ない。つまりボイコットの強化は数万の労働者の生活を脅かすことになるの である。
影響をとうむる仏企業の中には, rレーlレ・リキッドJ, rフランス石油 会社J, rペシネイJ, rパリ・ナショナル銀行J, rユジーヌ・クーノレマ
ンJ,rルノー」および「プジョ」の各社があるo 5)
「レール・リキッド(液化空気)Jの現地会社の支配人的は核実験に抗議す るため,アデライドのフランス領事の職務を辞職した。同氏は10年間領事を勤 めていた。夫人は上院議員で, (保守系の)自由党員であるO 領事はまたア リアンス・フランセーズ,フランス・オーストラリア協会,仏商工会議所か らも手を引いたが,この行動は大きな宣伝材料になっている。そして同氏の 率いる会社は労働組合の行動によって閉鎖へと追い込まれている。同社は従 業員540人,下請関係、の会社にもその影響が出ょうo
一方,オーストラリア・ Jレノ一社の支配人7)は同社の従業員750人から800 人,それと販売ノレートの1500人ほどの従業員がいることを明かにしている。
今のところ需要には変りはなく,販売を伸ばしているo~.会社は自動車組立 工労働組合の完全な支持を得ている》が,販売の増加は部品の注文を増大し ており,乙の部門での補給は一一ーフランスからの製品も,現地調達の品も 一一他の労働組合の決定によっては影響が現れてくるものと思う,と述べて
いるO
18万5000人の学生組合はフランスの製品,サービスに対する完全なボイコ ットを要求しており,非組合員にも同調を呼びかけている。オーストラリア 最大の組合,合同金属労組 (17万人)も同調している。
メノレボノレンの TheAge紙は社説で,核実験は一切を無視して行われるだ ろう,と書いているO イ対決は不可避であるO ただその規模の大小が不明で ある。〉
The Age紙の後援で2本マスト, 40フィートの小艇 KetchWarana号 がムlレロアの水域へ向けて,来週メノレボノレンを発つD 乙の航海の企画者の一 人で,乗組む乙とが予想されている Phi1ipCairns君は父の海外貿易相の