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ニ ュ ー グ レ ン ジ を 訪 ね て

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Academic year: 2021

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ニューグレンジを訪ねて

エリックにムティ(ドイツ語でママの意)から手紙が来た。五月 に こ ち ら に 来 た い と い う。エ リ ッ ク が バ ー ト・シ ュ ヴ ァ ル ツ シ ュ タ ッ ト で 最 後 に 休 暇 を 過 ご し て か ら 二 年 に な り、息 子 に 会 い た く なったのだ。それにムティはアイルランドには行ってみたいと思っ ていた。村の旅行代理店のポスターでコネマラの風景を見た。湖に 丘にロバ。丘は本当に鮮やかな緑色で、ムティは登ってみたくてた まらなくなった。空は本当に真っ青。その上、ロバも本当に人懐こ そう。これまでずっと心の中に抱いていたアイルランドのイメージ 通りだった。十四日、午後一時二十三分に、E四三二七便の飛行機 で到着する予定だ。エリックには数時間勉強の時間を割いて、迎え に来てもらえないだろうか。もちろんとても忙しいのはわかってい るから、無理だったら構わない。ファーテ ィ

((

が亡くなってから(も う十五年になる)一人で旅するのには慣れている。確かに六十八歳 だし、股関節炎もある。でも一人だって何の問題もない。少なくと も英語は結構できる。手前味噌になってしまうがそうなのだ。冬中 バート・シュヴァルツシュタット社会人教育センターで勉強してき たのだから。もちろん、英語圏の国には行ったことがない。少なく とも戦前に行ったきりだ。その時は、デヴォンの家庭でホームステ イをして英語の力をつけた。ムティの父親は医者だった。一九四四 年の六月六日、いわゆるディー・デ ー

に、フランスの海岸で負傷者 を 看

ている時に亡くなったのだ。 明らかにムティは長い手紙を書いてきた。私は直接読んでいない けれど。エリックが人を笑わせるときに時折使う軽い皮肉な口調で、 私に内容を伝えてくれたのだ。おそらく話している途中で、こまご まとあれこれ尾ひれをつけたのだろう。あの人は想像力が豊かだか ら。 けれども、エリックの穏やかな含み笑いの下にはヒステリックな 本心が明らかに見えたので、私は無視するわけにいかなかった。そ

翻 訳

エ イ リ ッ シ ュ ・ ニ ・ グ ウ ィ ヴ ナ 香 山 は る の ( 訳 )

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れは恐れに違いないと私は思った。ムティを怖がっているのだ。僕、 ムティには少し横柄なところがあるって一度か二度君に言わなかっ たっけ? そう、 確かに言ったよ。 「輪をかけて」 横柄だってね。 (エ リックは、英語が母国語でない多くの外国人の例に漏れず、口語表 現を豊富に覚えていてやたらとそれを使いたがる)ムティは正真正 銘のガミガミ婆さん。とにかくタフだよ。二歳のアヤトラより我が 強 く て、マ ギ ー・サ ッ チ ャー よ り 保 守 的 で、そ の 上 コ チ コ チ の ル ター派信者ときてる。ジョン・ノック ス

よりも厳格なんだ。 エ リ ッ ク は 私 に ム テ ィ の 滞 在 中 は ア パ ー ト か ら 出 て く れ と 言 う。 ほんの一時的なことだからと。 ムティは僕が君と暮らしているって知らないんだし、わかったら シ ョッ ク が 大 き す ぎ る よ。僕 は 一 人 息 子 だ か ら ね。ほ ん の 二 週 間 じゃないか。なんでこんな些細なことで騒ぎ立てるのさ?   たった 二週間だよ。 じゃあ、私の母はどうなの?   私はエリックに 丁重に

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聞いてやっ た。私の母はそれこそコチコチのカトリック。ヨハネ・パウロ二世 より保守的で、マクナマラ大司教よりも厳格なんだから。自分の娘 ─お気に入りの五番目の娘─が、結婚しないで男と暮らすなんて大 罪を犯すのを、これまで仕方なく見て見ぬ振りしてきたの。ドイツ やラネラでは生活が違うんだ、ゴールウェイのチュアムだってじき に そ う な る だ ろ う っ て 自 分 に 言 い 聞 か せ て ね。そ れ か ら 私 の こ と は?   わかっているでしょう、私だってコチコチのカトリック、い え、それだけじゃないわ、青よ。マリア様が着ていらっしゃる繊細 で 透 き 通 っ た マ ン ト の 色。青 白 い、美 し い 襞 の あ る 純 潔 の 象 徴 よ。 だ っ て、私、娘 盛 り の 十 五 の 時 だ け れ ど、 「聖 母 マ リ ア の 子 供」と してロレート・オン・ザ・グリーン校のチャペルでマリア様に一生 を捧げると誓ったんですからね。どう?   それから、あなたが何よ りも重んじている誠実、勇気、正直とやらはどうなの? ムティは六十八なんだ。股関節炎もひどいし。たった二週間じゃ ないか。頼むからさ。 こ う し て、五 月 十 三 日 に 私 は す ぐ 近 く に 住 む ジ ャ シ ン タ の 家 に 移った。十五日にエリックは私をお茶に招いて、ムティに紹介した。 股関節炎のせいで少しよろよろしたけれど、ムティはすぐに近づ いてきて私を温かく抱きしめた。普段私は誰かのお母さんを抱擁す るとか、体に触れるといったことはできる限り避けているのだけれ ど、この時は油断していて不意を突かれた。一方、ムティの方は私 の混乱した様子など気にも留めずに、輝くばかりの微笑みを振りま いて言った。 「お 会 い で き て と っ て も 嬉 し い わ!   エ リ ッ ク が 今 朝 あ な た の こ とを全部話してくれたの。素敵な驚きね!   エリックにガールフレ ンドがいるなんて知らなかったわ。アイルランドで、ねえ!」 私は優しく彼女の手を握った。やせて骨がごつごつした、熱い手 だった。薬指には岩のように出っ張ったところが二カ所あって、私 の手のひらに食い込んだ。手を握りながらすかさずムティのことを チェックした。身長は五フィート位で華奢な体つき。灰色の豊かな 巻き毛に、大きなリンドウ色の目。加えて、白く輝く歯がたくさん。

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ニューグレンジを訪ねて

過ぎし日の美人という感じ。もっとも「過ぎし日の」というのは私 の考えで、当人はおそらくそうは思ってはいないでしょうね。この 手の自信家タイプに関する私の経験に誤りがなければ。 「それじゃあ、お茶にしましょう!」 ムティはこう言って私にソファーの方へ来るよう、身ぶりで合図 した。昨年の冬、私がキルケニー・デザイン・センターで購入した 美しいツイードのソファーだ。ムティと私は腰を下ろし、エリック が や か ん を か け た。紅 茶 を 一 杯 ね。夕 食 は 町 で 食 べ て 来 た ん だ よ、 とエリックが説明した。そうね、そう、素晴らしいお食事だったわ、 とムティはしぶしぶ言った。私の方は、町で夕食なんて食べていな い。昼食の後は何も食べていないし、その昼食だってライ麦のビス ケット二枚とチーズを一切れかじっただけ。 私はムティの背中越しにエリックを睨みつけてやったが、彼は歌 でも歌うみたいに「サンドイッチはどう?   お腹空いてる?」なん て言ってきた。 「いえ、全然空いていないわ。どうぞお気遣いなく」 よそよそしく答えたのだけれど、彼には全く効果なし。あの人はど んな天候にも耐えられる感受性を持っていて、内側のチャックをぐ いっと閉めたら大気の状況がどんなに変化しても影響を受けずにい ら れ る。 (こ れ は 私 を 魅 了 す る 彼 の 才 能 の 一 つ だ)エ リ ッ ク は 楽 し そうに、薄くて味のない紅茶をいれたマグカップを三つ、コーヒー テーブルの上に置いた。三人でゆっくりお茶をすすると、エリック と私はソファーに並んで座り、ムティと向かい合った。ムティはま ず自分をフレデリカと呼ぶように私に要請して(そんな風に呼ぶく らいなら、死んだ方がマシよ) 、「 口

オーラル

頭 英

イングリッ

語 」の 軍事演習

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を開始し た。そして、ドイツからここに来るまでの旅やその日参加した観光 ツアーについて、詳しい報告をした。その後は、肝心な尋問の時間。 「ア イ リ ー ン さ ん の ご 両 親 は ご 健 在?」 、「お 父 様 は 何 を な さ っ て い るの?」 、「アイリーンさんのお仕事は?」 、「職場ではどんなお立場 なの?」 、「お給料は?」迅速だが、手際よく質問は進んでいく。尋 問が終わると、ムティの司令に従って皆でテレビを見ることになっ た。テレビはムティが英語と格闘するのに役立つからだ。帰る頃に は、次の日の朝私がムティとエリックを迎えに来て、車でニューグ レ ン ジ

((

へ 連 れ て 行 く こ と に 決 ま っ て い た。エ リ ッ ク に 言 わ せ る と、 ニューグレンジはまっとうなアイルランドのツアーには欠かせない ものなのだ。 「お お、そ う ね。す ご く 素 敵!   ニ ュー グ レ ン ジ ね。ミ ュ ラ ー さ んも確かニューグレンジのこと書いていたわ。スピッダルの近くで しょ う

?」 ここに来る一か月前、ムティはバート・シュヴァルツシュタット の 公 共 図 書 館 か ら ガ イ ド ブ ッ ク を 一 冊 借 り た。ハ イ ン リ ヒ・ミ ュ ラーとかいう人が書いた本で、タイトルは『アイルランドのミニ・ ガイドブック』だ。ムティはひたすら熱心に本を読んで、ついに内 容を暗記してしまった。実際それはこの休暇中必携のガイドブック になった。ムティにとって観光の主な判断基準は、ミュラー氏がそ の場所に言及しているか否かということなのだ。 こういうわけで、ムティは楽しそうに、そしてミュラー氏に感謝

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しながらオコンネル・ストリートのごみの中を足をひきずっていっ た が( 「お お!   こ れ が ア イ ル ラ ン ド 中 で 一 番 荒 れ た 通 り ね!」 )、 パワーズコート・ショッピングセンターは全くお気に召さなかった。 ケルズの書には賞賛を惜しまなかったが、 「アイルランドの 宝

トレジャー

」の 展 示 に は 冷 や や か な 失 望 を 示 し た。 「教 え て ち ょ う だ い。 宝

トレジャー

っ て ど う い う 意 味 な の?」   国 立 博 物 館 を 出 て キ ル デ ア・ス ト リ ー ト を 歩 き な が ら ム テ ィ は エ リ ッ ク に 聞 い た。 「授 業 で そ の 言 葉 は 習 わ な かったと思うわ」 ハインリヒ・ミュラー氏は旅の大半をスピッダルで過ごしており、 実際ガイドブックの半分以上、丸々十ページをスピッダルと周辺地 域の詳細な説明に充てていた。おかげで、その西部の村でムティの 知らない所など殆どないくらいだった。ムティは、自分がスピッダ ルに行くときのことをあれこれ考えては声高に、至極楽しそうによ く喋った。残念ながら、ダブリンの滞在後に行くので、そちらには 二日間しかいられないのだけれど。

翌 朝 私 は 財 務 部 の 仕 事 を 一 日 休 ん で、ア パ ー ト に 二 人 を 迎 え に 行った。 「フ ィー ニ ッ ク ス パ ー ク を 通 っ て 行 き ま せ ん か」せ っ か く だ か ら 時 間 を 有 益 に 使 お う と 思 い、愛 想 よ く 誘 っ て み た。 「そ の 方 が ず っ と面白いし、ほんの少し遠回りするだけです。大統領官邸もあるし、 ヨーロッパで一番大きい公園なんですよ」 「そ う ね」助 手 席 に 乗 り こ ん で 地 図 を 広 げ な が ら、ム テ ィ は 気 が なさそうに答えた。 「その公園ってどこなのかしら」 私はブレーキ越しに身を乗り出して、場所を教えてあげようとし た。けれど、エリックの方が一瞬早く、後部座席から地図の緑色に 塗られた一画を指さした。ムティはハンドバッグから鉛筆を取り出 し、宙 に か ざ し て に こ っ と 笑 っ た。 「じ ゃ あ、出 発 と し ま し ょ う か?」   わかったわ。 「さあ、車を出してちょうだい」ってことね。 チャールモント橋まで来た。 「運 河 で す よ」ラ ネ ラ 通 り に 入 る 時、手 で さ っ と そ ち ら を 指 し て 私は誇らしげに叫んだ。 「運河?」 「そうだよ、ムティ。運河。川じゃないよ。人工なんだ。 運

アイン・カナール

河 のことだよ」エリックは 恐

こわ

ごわ

とドイツ語の説明を入れた。英語の学 習の妨げになるから私の前ではドイツ語は使わないでと、ムティか ら言い渡されていたのだ。 「グランド運河です」私は物知り顔で続けた。 「ダブリンには運河 が二つあります。ロイヤル運河とグランド運河と。こちらはグラン ド運河。なかなか有名なんです。色々な詩にも歌われています。い い詩です。割と知られているんですよ」 しかし、ああ、悲しや。目の前にあるのは、カヴァナ ー

の詩にあ る「愛の葉が茂れる岸べ」ではなく、落書きがいっぱいのグロテス クな運河。ムティはカビの生えた剝げかかった壁やころがっている 犬や猫の死骸に目を見張り、戸惑っていた。もっとも、そこが絵の よ う に 美 し い 場 所 だ っ た と し て も、高 尚 な 文 学 と の 関 係 な ん て ム

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ニューグレンジを訪ねて

テ ィ に は 何 の 意 味 も な か っ た だ ろ う。カ ヴ ァ ナ ー は ハ イ ン リ ヒ・ ミュラーの後の世代なのだから。 キルメイナム刑務所の方に向かって走っている間、皆黙っていた。 刑務所がぼうっと見えて来たとき、私は情熱で胸があふれんばかり だ っ た。 「自 由 の た め の 戦 い」は ミ ュ ラ ー 氏 の お 気 に 入 り の テ ー マ だったし、ムティもまた、本人の言葉から察する限り、アイルラン ドの血なまぐさい歴史に対するロマンチックなノスタルジアに浸っ ているようだった。 「あれです!」私は大声で言った。 「キルメイ……」 ところが、ムティの方は付近にある男子校の正門に目をやってい た。確かに印象的な門ではある。でも、所詮はにせ物だ。 「ま あ、エ リ ッ ク!   な ん て 素 敵 な ん で し ょ う!   中 世 の も の よ ね?」 「そ う、そ う だ ね、そ う 思 う よ、ム テ ィ」エ リ ッ ク は え ら く 知 っ たかぶった声で答えた。ダブリンのこと、建築のこと、中世のこと、 何一つ知らないくせに。 「ドイツの城にもああいうのがあるわね」 「見て下さい」と、私も負けずに言った。 「あれがキルメイナム刑 務所です。一九一六年の復活祭蜂起の首謀者たちはあそこに投獄さ れ ま し た」信 号 が 緑 に 変 わ っ た。 「そ し て、銃 殺 さ れ た ん で す」こ れで関心を持ってくれるだろうと思って、つけ加えた。 「ア イ リ ー ン さ ん、バ ー ト・シ ュ ヴ ァ ル ツ シ ュ タ ッ ト で は ね、十 三世紀に建てられたお城が二つあるのよ。マリエン城とカールス城。 とても素晴らしいわ。世界中から人が見に来るの」 「本当ですか?   私もぜひいつか見たいものです!」 ドイツにいらっしゃいよ、と言ってくれないかなと期待したけれ ど、ムティは乗らなかった。アイランドブリッジゲートから公園に 入った。 「これがフィーニックス公園です」私のガイドツアーは続く。 「ま あ!   公 園。車 で 入 れ る の。結 構 ね」実 際 ム テ ィ の 口 調 は 非 難 が ま し く て、 「結 構」と は と て も 言 い 難 か っ た。 「ド イ ツ で は ね、 車が入れないところが多いの。ご存知かしら、グリーン・ゾーンと いうのだけれど。たまには車なしもいいものでしょう。特に健康に は、ね」 その時、一台のフォルクスワーゲンが、公園の 素敵な

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裏道によく ある意地悪なカーブを回って突っ込んできた。不意を突かれて、私 は ハ ン ド ル を 切 っ て 避 け る し か な か っ た。ほ ん の 少 し ハ ン ド ル を 切っただけ。悪いのはワーゲン、ドイツ車なのだ。 「あ ー、あ ー、あ ー、あ ー!」ム テ ィ は、パ ッ と 両 手 で 顔 を 覆 い、 金切り声を上げた。なんと、骨ばった指の間から、あのリンドウ色 の目が私を恨めしそうに見ている。私は歯ぎしりをして五十数えた。 それから「口は災いの元」と五十回繰り返すことにした。二、三週 間前に『コノクト・リーダー』に出ていた諺だ。一方、ムティの方 は「教皇の十字架」や活気に満ちた林、跳ね回るシカの群れ、アメ リカ大使公邸、車のボンネットにぶつかるジプシーのポニー、ポロ 競技場やアイルランド大統領官邸など、見所といわれるものにはま

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るで関心を示さなかった。 「次に行くのは何ていう町?」 「カ ス ル ノ ッ ク で す」次 の「口 は 災 い の も と」に 移 る 前 に 私 は 答 えた。 シュッ、シュッとムティが地図にペンを走らせた。ブランチャー ズタウン、マルハタード、ダンシャウリンにトリムと順々にシュッ、 シュッと線が引かれていく。その間、車は美しい生垣やキンポウゲ、 サンザシできらめく田舎道を進んでいった。至る所で玉虫色に輝く 木の葉がざわざわと揺れている。中世のアイルランドでは多くの修 道 士 が こ う し た 風 景 と 出 会 い、歓 喜 に 心 を 奪 わ れ て 詩 作 に 励 ん だ。 一年のこの時期になると私は、友人たちにそう教えてあげたくなっ た。自分は没個性的な公務員をやっているけれども、若い時分には 最高の、そして最もケルト的な詩人の洗礼を受けた(古アイルラン ド語の学位を修得した)のだと彼らに思い出してほしくて。今でも オランダガラシやハシバミの香りがするようだ。あの時だって、カ セットにクロウタドリの鳴き声を録音しておけただろう。でも、私 は目の前の真にアイルランド的な風景についてムティに熱く語った り は せ ず、ご 自 分 の 研 究 に 引 き 続 き 専 念 さ せ て お い た。ス ッ、 シュッとペンの音が続いた。

ミーズ州に入り、 車を降りてランチをとることにした。 「あら」 と、 ムティは「昔風」と銘打ったホテルの外で、これはいいわというよ う に 息 を 呑 ん だ。 「素 敵 じ ゃ な い!」ム テ ィ は、こ う し た 趣 の あ る レ ス ト ラ ン は 料 理 の 質 も 高 い だ ろ う と 思 っ た の だ。し か し、あ あ、 残 念。 期 待 で き そ う な

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入 り 口 を 入 っ て い く と、 「ラ ン チ は バ ー で お 出 し ま す」と 書 い て あ る で は な い か。そ の 上、油 と ア ル コ ー ル の ウッとくるような臭いが鼻を突いた。ムティの高尚なルター派の考 えでは、お酒はこの上なく「非上流階級的」なものらしい。あの完 璧な鼻に嫌悪のシワが寄った。 「ム テ ィ、何 か 飲 み 物 は ど う?」い そ い そ と ハ ー プ を 二 パ イ ン ト 頼みながらエリックが聞いた。 「ハープ?   それ何なの?   レモネード?   ジュース?」 「ええと、違うよ。ライト・ビールなんだ」 「ジ ュー ス に し て ち ょ う だ い。ハ ー プ・ジ ュー ス を お 願 い。の ど がカラカラなの」 黄 色 く 輝 く、グ ラ ス の 淵 ま で 泡 立 っ た 飲 み 物 が 三 つ 来 た 時、ム ティは最初口をきゅっと結んでいたが、それから勢いよくすすり始 め た。食 事 が 出 て く る の は 遅 く、ム テ ィ は い ら い ら し て 足 で カ ー ペットをトントンと踏み鳴らした。 「お 腹 が 空 い て な い の が 幸 い ね。こ の お 店 じ ゃ 豚 で も し め て い る のかしら」 二十分してようやくウェイトレスがやって来た。ムティに大きな お 皿 を 持 っ て き て、豚 肉 と 付 け 合 わ せ の ニ ン ジ ン、カ リ フ ラ ワ ー、 キャベツやジャガイモを盛りつけ、肉汁もかけてくれた。ムティは 何でもたっぷりよそってもらった……「お腹は減ってないけど、お 金を払うのだから」……そして、よそってもらったものは殆ど食べ

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ニューグレンジを訪ねて

ず に、残 っ た 料 理 を コ ー ト の ポ ケ ッ ト か ら 魔 法 の ご と く 現 れ た ビ ニ ー ル 袋 に す る り と 入 れ た。 「だ っ て、お 金 払 う ん で す も の ね」自 分 の 声 が 大 き い か な ん て 全 然 気 に か け な い。 「こ れ は 明 日 の お 昼 ご はんにするわ。年を取ったら、肉は少しでいいの。食欲もそんなに ないし」 エリックと私は急いでサラダを食べ終え、三人でまたニューグレ ンジへ向かった。

ニューグレンジは期待を裏切ることはない。少なくとも私に関し ては。知人の中にはニューグレンジを嫌いな人も多い。ナウスやダ ウス─或いはガー ス

─の方がいいと言う。ニューグレンジなんてく たびれて虫が食った骨董品みたいだと。でも、私はあの優しく輝く 上品な不滅の前壁が気に入っている。ニューグレンジはいわば尊大 な水晶宮。肥沃な放牧地や蛇行するボイン川の漁礁に君臨して、壮 麗な太陽の光を反射しているのだ。 エリックはニューグレンジの考古学的意義に口先だけは感心して い た け れ ど、 「先 史 時 代」を 強 調 す る 宣 伝 に は 反 対 の 立 場 だ っ た。 どこかうさん臭いものを感じていたのだ。だからムティが同じよう な考えだったとしても、私は驚きはしなかっただろう。ところが─ 「素 晴 ら し い わ ね」古 墳 を 目 指 し て 三 人 で 丘 を 登 っ て い る と き、 ムティは息を切らしながらエリックに言った。 「きっとムティの気に入るだろうと思っていたんだ」   馬鹿みたい にニタニタしていたけれど、エリックの目はそこにいるツアーガイ ドに釘づけだった。てかてかした黄色のパンツと白いTシャツの上 から釉薬でもきれいにかけたような、すらりとした挑発的なタイプ の女性だった。彼女は塚の外の立石に寄りかかってポーズを取りな がら、簡潔に遺跡の大まかな歴史を説明し、それから狭い通路を抜 けて墓室へと観光客をゆっくり先導した。ムティは外から見る墳墓 も気に入っていたけれど、中に入ったらまさに恍惚の境地。丘の真 ん中にある氷のように冷たい墓室に魅了されて、 「おお」 だの 「ああ」 だの歓声を上げ、実に感激した様子だった。このため、あのレモン 色パンツのガイドは、特にムティに向って説明した。ムティの大き な 目 を 捉 え、そ の 他 ど う で も い い

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人 た ち の こ と は 構 わ な い 様 子 だ。 や が て ガ イ ド が 営 業 用 ト ー ク を 終 え、 「ご 質 問 は あ り ま せ ん か」と 皆に言うと、ただ一人、ムティだけがそれに応えて聞いた。 「ルーン文字が書かれている石はあるんでしょうか?」   なんて間 抜けなこと言っているんだろうと私は思った。ところが、間違って いるのはなんとこちらのようだ。丸天井の脇の石にはルーン文字が 刻まれているかもしれないというのだ。あのガイドはムティの機嫌 を と る た め に こ ん な 面 白 い 話 を で っ ち 上 げ た の か し ら?   ま さ か。 あばずれ風

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ではあるが、嘘はつかない顔だ。 ツ ア ー 終 了 後 も ム テ ィ と 私 は 墓 室 に 残 っ て い た。他 の 見 学 者 が 徐々に帰り始めたけれど、ムティが残りたそうだったので、私もつ きあわなければと感じたのだ。股関節炎がある人を放ってはおけな いではないか。でも、そのひんやりした灰色の場所はなかなか居心 地がいいと私自身だんだん感じてきた。初めて気づいたのだが、そ

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こには不思議な親密さというか、人々が食事をとるために─生きて いくために─集う家庭の中心、つまり台所に似た性質がある。それ に、お 墓 の よ う に 冷 え 冷 え と し て は い る け れ ど(実 際 お 墓 だ) 、こ の部屋には炉床もある。ここはガイドの説明の目玉であるが、一年 に一度太陽が外壁の開口部から射し込んで羨道へまっすぐ伸びてい き、墓室を溢れんばかりの光で満たす。死者の不滅の魂を照らし出 すのだ。 ムティは細い指先で墓石の渦巻き模様をなぞりながら、私の方を 向いた。 「十 二 月 二 十 一 日 に は ど ん な に 素 敵 で し ょ う ね。実 に 素 晴 ら し い わ!」 ムティの目はこれまで見られなかった率直さで輝いていた。そし て 知 り 合 っ て か ら 初 め て 私 た ち は じ っ と 互 い の 顔 を 見 つ め 合 っ た。 二人とも笑ってしまった。ムティは腰をかばってゆっくりと私の方 に歩いてきた。私も走って行ってムティを抱きしめて、キスしたい という衝動を覚えた。ムティは感情表現が豊かだから、私がそうし たところでまごつきはしなかっただろう。でも私は普段誰かのお母 さんにキスするとか、 他

人 の体に触れるといったことはできるだけ 避けるタイプなので、結局躊躇してしまった。 エリックがそっと墓室に入って来た。ムティはよろよろとそちら へ行き、息子の手をしっかりと握った。 「もう行こうよ。この気味の悪い昔の墓にまだいたいの?」 救いの 時

機 はあまりに短い。それはあまりにも突然やって来るか ら、あっけなく逃してしまう。

訳注(

( ()ドイツ語でパパのこと。

( ()第二次世界大戦で、英米連合軍によるノルマンディー進攻作戦開始の日。

( ()十六世紀のスコットランドの宗教改革者。長老派教会を創立。

( ように設計されている。 が短い冬至の日に、入り口の上のルーフボックスから墓室まで日が差し込む ()ミーズ州ボイン川沿岸にある新石器時代の有名な巨大古墳。一年で最も日

( ダルに近いというのはムティの勘違いである。 ()スピッダルは西海岸のゴールウェイ州にある村。ニューグレンジがスピッ

( ルトン・テラスにはベンチにすわったカヴァナーの像がある。 詩や『タリー・フリン』という小説等で知られる。グランド運河沿いのウィ 四─一九六七)のこと。「運河の岸辺を歩く」という詩のほか、「大飢餓」の ()アイルランドの詩人、小説家のジョン・パトリック・カヴァナー(一九〇 み。ここでは韻を踏んだ言葉遊びで入れられている。 きウェルテルの悩み』などの作品で知られるドイツの文人、ゲーテの英語読 ()ナウスとダウスはそれぞれニューグレンジの付近にある古墳。ガースは『若

テキスト

Eilís Ní Dhuibhne, A Visit to Newgrange. An Anthology of Irish Comic Writing. Ed. Ferdia Mac Anna. London: Michael Joseph, (99(. (((-(((.

参照

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