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技術科教育分科会
1.はじめに
われわれは,昭和43年7月より,「技術科教育のあり方」について研究を始め,技術科 教育の本質・EI的㊤領域などを明らかにしょうと努力してきた。しかしこの研究は,まだ 緒についたばかりで,数多くの聞題が未解決のまま残されているカ㍉ひとまず今までの経 過報告をかねて発表することにした。
われわれがここで「技術科教育」といっている内容は,現行の中学校学習指導要領に従 っていえば,「技術・家庭科」の「男子向き」の内容にあたるものである。いずれ男女別 学については検討を加えなければならないし,学習指導要領についても検討を加える必要 はあるが,とりあえず中学校「技術・家庭」科「男子向き」にだけ焦点をしぼって,「技 術科教育のあり方」についての研究を進めていくことにした。
2. 技術科教育の研究課題
われわれは,まず技術科教育の問題点を探し出し,それを一iつ一つ検討し解決していく ことにより,技術科教育の本質に迫ろうと試み,次にあげるような問題点を研究の主な課 題とした。
(D 技術の意義
技術科教育における技術とは何を意峠するのか。技能との関係はどのように考えるべき なのか。技術学や技法についても明確な定義づけが必要であろう。
(2) 科学と技術との関係
ここでいう科学とは自然科学の意昧であるが,技術科教育の而から見て,科学と技術,
科学教育と技術教育とは,どのような関係にあるのかを:考えなければならない。
(3)職業科教育と技術科教育との関係
職業科教育は職業準/珪}融育として選択教科の中にあるが,技術科教育とはどのような関 係にあるのか,それぞれの存在意義を検討しなければならない。
(4) 人間教育としての技術科教育
一般教育。義務教育としての技術科教育は,人間教育という観点からはどのような役割 を持ち,どのような部門を担当しているのかを考えてみたい。
(5)生産技術,生活技術と技術科教育
技術科教育は生産技術教育なのか生活技術教育なのか。または生産技術,生活技術を統
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合したような技術教育を考えるべきなのか。
(6) 物理的技術,生物的技術,化学的技術と技術科教育
技術科教育は物理的技術に査焦点をしぼttべきなのか。すなわち工的技術だけでよいの か。生物的技術いわゆる農的技術も含め,さらには化学的技術も扱うべきなのか。
(7) 基本的技術と基礎}ll勺技術
基本的技術は前記の(5),(6)などを追及していけば結論が出てくるだろうが,それら の基礎的技術とは何を指すのか,程度と範囲を考えなければならない。
われわれは以上のような研究課題を分担して研究し,半月に一回位の研究会で発表しあ い,検討を重ねてきた。しかし,問題によっては明確な結論が出せなかったり,後旧に延 ばさねばならなかったりして,日時の割にははかどっていない。以下,順序不同であるが 今までの結果について述べることにする。
3. 職業科教育と技術科教育との関係
中学校終了だけで職業についていく生徒への配慮として職業科教育,いわゆる職業準備 教育,職業基礎教育が必要である。しかし別な観点から考えると,進学する者もいずれ職 業につくのであるから,すべての者に職業教養教育が必要である。職業についての知識・
理解を与え,職業について広く認識できるような教養を身につける教育が職業教養教育で あり,職業準備教育とは区別されなければならない。社会変動の激しい今日,古い職業教 育的考えは捨て去り,一般教育としての職業教養教育を考えなければならない。職業科教 育はこのような意昧で重視されなければいけないが,これが技術科教育とどのように結び 合っているのだろうか。結論をいえば,職業科教育の中に痴lll科教育は含まれる。いや技 術科教育ばかりでなく,すべての教科が職業科教育と結びついてくるのだ。このように巾 広く融合した職業科教育が職業教養教育なのである。しかし,他の教科がそれぞれの臼的 に応じて独立しているように,技術科教育も職業科教育とは切り離して単独に存在し得る ものである。技術科教育の中には職業科教育は含まれないが,職業科教育の中には技術科 教育が含まれてくるのだ。
なおつけ加えるなら,職業科教育については,もっと広い観点から検討すべき問題であ るし,今Hのようなつけたり程度の教育では,かえって子ども達に歪みを与えてしまうこ とを指摘しておきたい。
4,生産技術,生活技術と技術科教育
技術の意義については改めて検討するので,ここではかんたんに考えておく。たんに
技 術 科 教 育 分 科一会
1.31技術というと種々雑多な意味でいろいろなところに使われている。その時の技術は技法 てtechnique)の意昧であることが多く,学問的な体系を持っていない。ところが自然科 t
学が進歩し,それがますます多くの生塵に応用されるにつれて,また自然諸力が大規模に 利用されるにつれて,技術学(technolg y)という新しい科学が生まれてきた。この技術 学がしばしばたんに技術という表現で使われているので,前の技法と混同されやすいdtt・
ここでいっている生産技術には技術学の意昧が強いし,生活技術には技法の意味が強い。
また,生活の意味も多種多様に考えられ,広く生産も生活のためであるからといえるし,
狭くはN常生活の意味にもなる。しかし一一般に生活技術というと,日常生活技術の意味が 強くなって,生産も含めた生活技術という考えは,飛躍があり過ぎて無理な解釈になって
しまう。生産と生活が密齎していると思われる農家でさえ,生産と生活の場が分離される ようになってきているのだ。このように考えてくると,生産技術と生活技術という対比は 技術の意味が違うので無意味であるし,技術科教育では・「生活の智恵」的な常言哉的生活技 術であってはだめであるし,技術学の内容を教育の内容として系統的・論理的に準備しな ければならない。
5. 人間教育としての技術科教育
われわれは一般教育・義務教育としての人群教育(人格陶冶)を,知育・徳育・体育・
芸育。技育という5つの柱で考えてみた。人間教育はこれらが有機的に結び合ってこそ可 能なのである。しかしここでは技育,すなわち技術科教育が人平教育に果たす役割につい てだけ述べることにする。
人工が技術を作り出した歴史は古い。動物から人間に進化する時代に,乎を使って仕事 をすることを覚えている。その頃は技術という概念には程遠い幼稚なものでしかなかった が,すでに技術的な芽生えは存在していたのである。人間が動物から飛び出せた要因は,
手を使い道具を使うことにあったといえる。人間誕生とともに始まった技術的芽生えは,
人間の本性といってよい。それが人間社会の進歩とともに技術を創造し,それがさらに人 聞社会の発展をうながし,さらに新しい技術を作り出し,今日,人間が地球から飛出せる ような高度技術社会を招来したのである。しかしこのような時代を無批判に礼賛している わけではない。その底流では人間生活の画一化が進み,生きる充足感が見失われていくよ うに思われる。われわれはこのような歪みのある人間疎外という状態からの解放のために 技術社会の進歩を支えている価値:観を反省しながら,技術科教育を考えているのである。
ところで普・通教育としての技術科教育という発想は古くからあり,物をつくるという学習
を通して人格の調和的発達をはかることができるという考え方から出てきている。技術科
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教育を通しての人格の調和的発達という思想は,今日だからこそとくに強調されなければ ならない。国民ひとりひとりが一般的な技術の知性を持つと同時に,人間らしい創造性豊 かな人絡を形成することを要求される今日なのである。人間発生以来の本性に根ざし,さ らに今日の技術革新時代における人間の調和的発達のために,技術科教育は不可欠なので
ある。