生産性分析の理論的基礎をめぐつて
その他のタイトル On the Theoretical Foundations of Productivity Analysis
著者 高本 昇
雑誌名 關西大學經済論集
巻 8
号 2‑3
ページ 135‑155
発行年 1958‑11‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/15628
I 3!5
わが国に生産性本部が誕生し︑生産性向上運動が産業界に強く叫ばれ出したのは数年以前のことであった︒わが
国で生産性向上が急務とされるのは︑勿論現下のわが経済情勢に照らしてみて生産を合理化し︑生産費の切下げを
通じて国際競争力を涵養し︑ ひいては国民所得の成長︑生活水準の向上︑雇傭の増大といった経済目標を達成しよ
うとするからであろう︒しかし︑生産性を向上させるためには︑まず生産性の何たるかを知り\その向上とは何を
意味し︑またそのための戦略的要因が何であるかを知らねばならない︒ここに生産性分析というのは︑そのような
一連の問題を究明することであって︑とりわけ本稿の意図するところはその理論的基礎を吟味することである︒生
産性問題としては従来より︑生産性向上という現実の問題に応じた政策の研究と︑そのための生産性の測定・比較
ということが主として採上げられていたように思われるが︑ここではその何れをも正面からは問題としない︒しか
し︑そのことがこの種の問題を無視ないし軽視していると思われてはならない︒生産性分析は測定や向上手段の研
究をおいて成立する筈はないから︑ ここでも間接的にそれらの問題が関連してくることは避け難い︒ただ︑それに
生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶
^ ヽは し が き
高 生産性分析の理論的基礎をめぐつて
本
昇
136
生産性分析の理論約基礎をめぐつて︵資本︶
も拘わらず理論的基礎を検討する所以は︑それが測定や政策の問題と同様に重要と思われるからに他ならない︒
生 産 性 と は
生産性の意味を明確にすることから始めよう︒最も普逼的な定義によると︑﹁生産性とは各種資源の有効利用の
( 1 )
︵
2 ) 尺度である︒﹂このことから︑﹁生産性とは産出物を生産諸要素の︱つで除してえた商﹂と考えられ︑またそれか
ら生産要素全体で産出物を割った商ともなる︒前者は労佑や資本の生産性であり︑後者は全投入資源の生産性であ
る︒しかし︑生産性と考えうるものはそれだけに止まらないようである︒以下それらを概観してみよう︒
︱つは労佑︑資本および生産財といった生産資源についての区別であ
り︑他は企業︑産業および国民経済に関するそれである︒従って︑例えば一産業の労佑の生産性といったことが問
題として採上げられる︒
労 1 1 1
の生産性は︑先の定義によると︑罷圧岸 A 哭辻瓢華輝と考えられるものである︒この﹁雇傭者一人当り生産
性﹂という概念は形としても最も明晰であり︑統計的に測定することも容易であるから︑広く用いられているよう
であるが︑労佑の生産性をあらわすものとして決して適当とはいえない︒なぜなら︑もし雇傭量が不変であるのに
いないが︑しかし︑ 産出量が増大したとすれば︑労佑の生産性は上昇したといわねばならぬからである︒これはある意味ではそうに違
この場合の産出量の増大が労佑時間の延長や賃金引上げの結果齋らされたものとすれば︑決し
て真に労佑生産性の上昇があったとはいえない︒そこで次に賭圧藤 B 哭辻乖蚕落という定義を与えてみよう︒これ
は計測に多少困難がっ.きまとうとしても︑実質的労佑生産性の概念としては当を得たものと思われる︒この概念に 生産性概念を区別する仕方は二通りある︒
二 ︑
何 か
ニ 四
137
二 五
よると︑労仇時間が不変で産出蜃が増大するか︑産出量が一定で労仇時間が節減されるとき︑労佑生産性は上昇し
たということになる︒しかし︑賃金の引下げが行われる場合には︑ この﹁労佑時間当り生産性﹂が一定にも拘わら
﹁賃金単位当り生産性﹂即ち蹄圧釜 A 翠酔涛雰蛍が上昇することも考えられる︒後者は勿論除数も被除数も貨
幣額であらわされており︑しかも被除数の実質的内容には変化がないものとする︒直ちに知られるように︑労仇時
間当り生産性が生産における技術的条件を反映しているのに比して︑賃金単位当り生産性は価格条件を反映してい
る︒そしてこれら二つの概念が併用されるときに︑
それが生産性概念中代表的なものであり︑問題が多いことは否 初めて労佑生産性の分析はその意義を見出すことであろう︒ (3)
、、、~、、、、、、、、~、、、一般に生産性といわれるとき︑それは労佑生産性を指していることが多い︒特に完全雇傭経済においては労佑生 ︑︑︑︑︑︑︑︑︑̀︑︑︑︑︑︑︑︑︑ 産性の向上が重要な政策目標となるであろうから︑
めないが︑あらゆる経済が完全雇傭を実現しているわけではないから︑それを以て一般的な生産性概念に代えるこ
資本の生産性については︑機械や建物等の資本設備を労佑のように一定した単位で測ることができないから︑単
位当り生産性という形で定義することは不可熊である︒従って︑蹄 U
云 陣
A
述
j玉 漆
汁 輝
︵ ま
た は
漉 圧
諭 こ
濠 サ
藁 某
︶ と
い
う概念を用いるとしても︑資本財を物理的に測定すべき単位を見出さねば意味がない︒そのために︑資本財をその
生産に要した労佑時間数に還元し︑労佑時間で測った﹁利用資本単位当り生産性﹂と考えることにすれば︑理論的
には一応合理的といえる︒しかし︑
蛍 B
心 汁
定 ︸
﹃ 釜
︵ ま
た は
瀦 一
z i ]
凜サ駕宜蓋︶という概念を用いることにすれば︑
に耐えるであろう︒資本の生産性にも資本財生産に要する労佑時間数や資本財価格の変化に拘わらず︑実質的には
生 麿
性 分
析 の
理 論
的 基
羹 を
め ぐ
つ て
︵ 高
本 ︶
とは性急といわねばなるまい︒ ず ︑
これは実際上使用に耐える概念とは思えない︒そこで貨幣額であらわした商王
これは計測も容易であるから︑実用
138
生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶
産出量にも資本最にも変化なく︑従って物理的な生産性と貨幣的なそれとの間に差異の生じることが考えられる︒
生産財の生産性は投入された原材料がどれだけの生産物に変換されるかという比率をあらわすものであるから︑
企業にとつては重要な意味をもつている︒原材料と生産物は何れも物理的な財貨であるから︑同じ次元で計測する
ことができ︑物理的にも貨幣的にも比較が容易であることがこの概念の他のそれと異るところであろう︒
投入資源全体の生産性︑即ち産出投入比率はいわゆる投入係数の逆数であるが︑
をさすものと考えねばならない︒その重要性は以下の所論が物語ることであろう︒
第二の生産性概念の区分は生産性問題が企業︑産業および国民経済という三つの立場から観察されることによる
ものである︒企業の生産性は生産性分析の対象としては最も基本的なものであり︑ それが一産業を構成するすべて
の企業の生産性に拡張されると企業再編成︑産業合理化といった問題が生じる︒また国民経済の生産性については︑
国民所得計算におけるいわゆる﹁二重計算﹂の排除から生産財の生産性は問題にならない︒本稿では主として企業
註
( 1 )
ョーロッパ生産性本部編︑日本生産性本部生産性研究所訳﹃生産性の測定﹄
a
二頁
︒
( 2
)
前 掲
書 ︑
一 六
頁 ︒
( 3 )
同 ︑
一 六
頁 ︒
生 産 性 向 上
生産性向上の方法としては二つのものが考えられる︒技術的革新と資源配置の適正化がそれである︒
三 ︑
の生産性に力点がおかれる︒
の 方 法
一般に生産性という場合はこれ
二 六
U 9
二 七
生産函数に有利な変化を与える原因の発生を技術的革新という︒シュムペーターはそれを新し
い生産祇数の成立または﹁新結合﹂の遂行と定義している︒従って︑その内容は自ら生産要素としての労佑︑資本
および生産財に関するものと生産物に関するものになり︑それら相互の組合せの仕方を変化させるものとみなけれ
ばならない︒労佑については︑知識水準の向上を反映した技能や熟練度の向上︑測定・予測・計画といった経営の
科学的管理方法の改善等を内容とする新生産技術があり︑資本についてはオートメーション装置や高性能機械等新
しい発明の成果の採用を意味する新生産設備がある︒新技術は通常労佑節約的であり︑新設備は労佑節約的ないし
中立的な革新といえよう
C何れにしても結果的には労仇節約的な傾向が強いから︑これらの新しい生産方法を導入
すると労仇屈傭に大きな影響があるであろう︒しかし︑それによって余剰労佑者が発生しても︑経済発展が第二次
産業の比喧を次第に大きくし︑消費者嗜好の成長にともなって第三次産業が成長してくると︑余剰労佑者も第一次
産業から第二次産業へ︑第二次産業から第三次産業へと吸収されてゆくから︑ この発展の径路に沿えば︑革新によ
る失業はまた革新によって漸次解消してゆくものと期待してよかろう︒次に生産財や生産物については︑
シ ュ
ム ペ
ークーが新結合と名付けるもののうち新資源や新製品の出現を考えれぱよい︒新資源には新しい動力源︑例えば原
子力の産業への利用といったことをも含めるべきであろう︒このような内容をもった技術的革新の担い手はいうま
でもなく企業者であるが︑彼らはそれによって従来より有利な生産を遂行することとなるのである︒
2 ︑資源配置の適正化 革新によって生産性が向上することは︑ いわば自明の理であってその問題は直線的であ
る︒従って︑生産性分析という場合︑革新の起らない状惑を想定して論議する心要があろう︒革新の起らない湯合
の生産性ないしその向上の問題は結局生産の合理化︑即ち利用可能資源の最適配置による能率の向上ー無駄を排除
生童性分析の埋論的基躙をめぐつて︵高本︶ ー︑技術的革新
1‑40
捉えねばならない︒その概念的曖昧さに難点がある︒
(4)
( 2 )
生産性分析の意義を全く否定するものと受取られてはならない︒ 済厚生の増大と︑
四 ︑
生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶
することーの問題に尽きる︒このことは厚生経済学にそれと平行した論議を見出させるであろう︒技術的革新によ る生産性の向上は生産物の増加による経済厚生の増大と︑資源の最適配盟によるそれは所得分配の適正化による経
それぞれ平行的である︒技術的革新は一産業内の全企業の生産函数に影響を与えるが︑資源配置
の適正化は各企業の生産函数間の関係に影響を与えるものである︒
註
( 4
)
J.
A .
Sc hu mp et er , . B u s i
̀
i es s C y c l e s , v o l .
1,
N
ew Yo rk ,
19 39 ,
・ p p .
8488.
生産効率分析の必要
労佑生産性を初めとする各生産要素の生産性という概念は次のような諸理由によってその分析の意義が問われる︒
ある︱つの要素のみで以て生産物が生産されることは極めて例外的な場合を除いてはあり得ないから︑特定 要素と生産物との関係を示す︑例えば労佑生産性といった概念を分析するのは意義が薄い︒ただ︐
このことは労佑
特定要素の生産性が向上しても︑全体としての投入産出関係が改善されたかどうかは分らない︒すべての投入 資源が例えば労佑節約的といえるから︵代替可能なる限り︶︑労佑生産性といった特殊な生産性概念は無意味になる︒
3
企業者の関心はまず特定要素の生産性に向けられるのでなく︑彼らが生産の担い手として利潤の追求を優先
的目標とする限り︑全要素の生産性︑即ち産出投入比率に向けられる筈である︒
生産物にも生産要素にも物理的な面と貨幣的な面が考えられ︑生産性という概念はこの両者を︱つの概念で
ニ八
1
ぶ1
y E
生産性分析
3毘 悔
的 基
羮 を
め ぐ
つ て
︵ 高
本 ︶
︒ > ^
第 ー 図
し ︑
問題の企業では
二 九
1 ‑
0 R
/ O
Q だけ資源配置に無駄があったわけであ
そこで各種資源の生産性よりも寧ろ全体としての投入資源の生産性の分析が必要となる︒それを物理的もしくは
︒ フ
ロ セ
ス と
比 較
し て
︑ 産性向上の︱つの方法とみなされることはいうまでもない︒
( 5 )
まず生産効率とは何かを考えてみる︒
それを有効企業の
その有効性︑即ち生産効率を求めることに帰する︒生産効率を向上させることがこの場合生 簡単のために︑二種類の生産要素を用いて一種類の生産物を生産する企業を想定する︒また
C o n s t a n t R e t u r n s t o S c a l e を仮定する︒これは生産函数を一次同次とみなすことに等しい︒ここで﹁有効生産函数﹂︑
一定の投入量とそれから生産することのできる産出量との関係を与えられたものとして︑
即ち有効企業
それから等産
出量線を描いてみる︒等産出量線のーつは産出物一単位を生産するに必要な要素
x ︑ y
の量的組合せを示す等高線 である︒それは第一図に
E
として示されている︒次に問題とする企業の産
E
出物単位当り要素所要量をあらわす点を
Q とする︒等量線 E
と ︑
0 と Q を E
結ぶ半直線との交点
R
は︑問題の企業と同じ比率で二要素を組合せて生産 物一単位を生産する場合の有効企業のプロセスをあらわし︑これを﹁技術
的有効プロセス﹂と名付ける︒
( E E
上 の
す ぺ
て の
点 が
そ れ
と 同
じ 名
を 有
す る
︒ ︶
と ころですぐわかるように︑有効企業は
X と y を Q の
O R
/ O
Q だけ用いて同
じ生産物を一単位生産することができるのである︒従って︑有効企業に比
に お
い て
︑
生産効率
技術的な面と貨幣的な面に分つて考察してみよう︒
この問題は各企業の生産プロセスを求め︑
1‑42
で あ
る ︒
四と
O Q
次に︑第一図で要素 X と y の価格比率を考えてみる︒それを線 P であらわすことにしよう︒そうすると︑ p とが交叉する点 S は有効プロセス
O F によって生産を行うことが決して最も有利ではないことをあらわしている︒な
ぜ な
ら ︑
P P との交点応は と等量線 E
からである︒即ち︑ E O E よりも小なるぽと同じコストで以て同じ産出量を挙げうることを示している
O R を用いてもなお投入要素はコストの面から無駄のある購入によって無駄のある組合せをして
いたわけである︒つまり︑技術︵実物︶面からいつて屯ノ上の各点は有効なのであるが︑費用︵価格︶の面を考慮する
と ︑ O R ではなお
1ーO S / O
だけ経費を節約することができ︑従って R
O R ヘプロセスを変更することが二つの面から
いつて最も有利な生産を行えることになる︒そこで︑比率
O S / O R : : ;
1
は﹁価格効率﹂と呼ぶのがふさわしいよう
もしある企業がプロセス汀で生産を行っているとすれば︑その場合には同一比率で要素を使用するプロセスを用
いてはいるが︑生産の合理化によって OR ︑ /
O T
に要素所要量を節減する必要があり︑その結果 R という有効プロ ゜ セスに達すると︑その企業の生産は最有利となり︑生産要素の効率は最大となる︒この企業にとつては︑その技術
効率を一に近づけることだけが課題だったのである︒またプロセス
O R で生産を行っている企業は︑それを
O R に変更
することによって有効な生産を実現することができる︒この企業には価格効率だけが問題なのである︒かくて︑技 セスを見出す余地のあることを物語っている︒ る︒このことはまた逆に︑ 生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶
す る
︒ そ
こ で
︑
同一の投入量から問題の企業では有効企業の
O R
0Q の産出量が得られることを意味 /
この比率
O R / O Q : : :
;
1
をその企業の生産の﹁技術効率﹂と名付けることにする︒技術効率が一よ
り小なることはそれだけ生産に合理化の可能性が残されていること︑即ちどこかに無駄があり︑もつと有効なプロ
゜
143
術効率と価格効率を合せて﹁生産効率﹂と呼ぶのがよかろう︒沢がそれの一に等しい点である︒いま X で生産を行
つている元の企業を考えると︑
0 S / O Q
は技術面と価格面の双方を考慮した有効プロセスとの距離をあらわしてい
る︒この
0 S
¥ 0
Q を一に接近させることが生産効率を高めることと同義であるということはもう強調する必要もな
ここに技術的革新を別とすれば︑生産性向上の問題は生産効率向上の問題に置き換えられ︑それは
O S / O Q を 一 に接近せしめる問題としてあらわされるが︑しかし生産効率の決定は技術的有効プロセスの決定をまつて初めて可 能となるのであるから︑それが先決問題である︒このことは換言すれば︑泥従ってまた双が実際に求められるかど
うかということにもなる︒そこでそのような有効生産函数を考えてみる︒
まず︑各企業で生産計画者は実行可能な技術的プロセスを多数算出し︑企業者はそれらのうち最有利なものを採 用することが実際に可能であろう︒こうして各企業で決定されたプロセスのうち最も投入条件のよいもの︑即ち一 単位の生産物を最も少抵の投入で以て生産する技術的生産函数を採用する企業を﹁有効企業﹂と呼び︑
その生産函
数を有効生産函数と名付ける︒有効生産函数から決定される産出物単位当り投入量の組合せを示すのが正である︒
E
は各産業侮に設定されるものとみなすのは妥当であろう︒そして︑観察される他のすべての企業の投入条件がそ
E
れとの比較によって知られる︒さらに有効な技術的プロセスは技術的革新によって発見されるものとしてここでは 論外であり︑また生産計画者の非有意的な誤節がなければ実現した筈のプロセスも考慮に入らない︒測定の点から も︑実現されえないプロセスは事柄の本質上採上げる必要はなかろう︒そこで︑各企業のプロセスは第二図の
E よ E
り右上に散らばる各点によってあらわされよう︒逆に︑泥は各企業のプロセスを第二図の各点の如きものとすると か
ろ う
︒
生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶
144
い︒これは生産計画上の問題であって︑企業者予想や価格交渉の喰違いが
価格効率の差異は特定生産要素の価格変動に対応する企業者の要素需要の変化の喰違いからも起り得よう︒要素
価格の変動に最も適確に対応した需要変化を示すものが有効プロセスの真なるものであって︑.これは真の有効︒フロ セスそのものがまた変更されることを物語り︑価格変動の結果︑かつての有効企業が有効でなくなり︑
そうでなか
かくてわれわれは有効生産函数から技術的有効プロセス群を導き出し︑さらに要素価格を考慮してそのうちから
﹁決定的有効プロセス﹂を見出し得ることを知った︒フランスの生産性委員会が﹁生産性とは各種資源の有効利用
の尺度である﹂というとき︑明らかに生産性は生産効率を意味しているのであって︑ ただそれを特定資源について
観察するよりも︑全資源について観察する方が生産性分析の生産性を高めることになると思われるのである︒ ったものが有効企業になることもあり得よう︒ 一より小なる価格効率を齋らすことは避け難い︒ y E
00゜ ゜
゜
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
゜
0 0
︒ ゜ ゜ ゜
E '
︒ 源を購入しない限り︑ その間に価格効率上の差異が生じることは否めな x
第
2 図
生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶︵各要素の限界代替率逓減を仮定して︶その
y o
軸に最も近い点を x
つなぎ合せたものであるといつてもよい︒実際に観察された各企業のプロ
となるかは自ら決定されてくる︒ 価格効率については問題は寧ろ単純で︑要素価格は競争経済では社会的 に決定されるから︑技術的有効プロセス群況のどの点が真の有効プロセス
ただし︑各企業が事前的に同じ態度で資 セスを 0 と結ぶことによって技術効率が知られる︒
き ︑
三
145
.
0
し
五 ︑
︑ ︑
︑ ︑
︑ ︑
また生産効率の比較は必然的に生産費の比較になるということ︑ そして有効企業は一国民経済内にのみ求むべき
ところで︑以上の考察から︑
ぬことがわかったが︑それがどうして促進されるかはなお残された問題である︒ いわゆる生産性の向上とは︑技術的革新による以外には︑生産効率の向上に他なら
註
(5) 生産効率に関する論議については、 G•
De br eu ,
"
Th e C o e f f i c i e n t o f R es ou rc es A l l o c a t i o n , "
E co no me tr ic a, V o l . 1 9 No .3 , 1 9 5 1 ,
p
p .
2
73 2 92 . M.
J.
F a r r e l l ,
"
Th e M ea su re me nt of P ro du ct iv e E f f i c i e n c y , "
Jo ur na l o f t h e Ro
ya l S t a t i s t i c a l S o c i e t y , S e r i e s A , V o l . 12 0 Pa rt 3 , 1 9 5 7 ,
p p
.
25 32 90
1 ! ̲ . t
! I l ( ,
つとこるが多プい︒
で な
く ︑
生 産 効 率 分 析 の 一 方 法 と し て の リ ニ ャ ー
・ プ ロ グ ラ ミ ン グ
しばらくこれまでの論議を離れて︑最近経済学者︑経営学者および産業技術者の間で計画決定の科学としての有
効性が強く認識され︑発展せしめられてきたリニャー・プログラミングと名付けられる分析の利器を概観してみよ
( 6 )
X と y B を用いて二つの生産物 と 簡単な例によってそれを紹介してみる︒ A いまある企業が二つの生産要素 う ︒
を 生
産しようとしている︒ X を一単位生産するには A を五単位と B をニ・五単位必要とし︑ Y には同様にして A 四単位
と B 六単位を要するものとしよう︒ただこの企業には要素使用蜃に制約があり︑ A
は 一
日 一
00
単 位
︑
B
は 七
0 単
位以上には使用できないものとする︒そうすると︑
生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶ この企業の一日の生産条件は次の連立不等式であらわせる︒ 国際的に求めることも必要かつ可能であり︑
喜
これが国際競争力の向上に資することも看過してはならな
146
Y A
O B
200 又 +300J= ‑ 4 7 0 0
2.
5
X +
6 Y
: :
;
7 0
5 X
+
4 Y : $
100
゜ B ' x
第 3 生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶
者の合理的行動は︑諸価格が与えられるとき︑
と な
る か
ら ︑
これを第三図に描いてみる︒
2 . 5 X
+
6 Y
=
70
ら︑それらが二本の直線になることはいうまでもない︒図から知ら
5 X
+
4 Y
1
1
1 0 0
まず条件式を不等式から等式に改めると︑
何れも一次式であるか
題の単純さから図式解法を用いることにする︒
しかし︑これだけでは毎日どれだけ
X と Y
を生産することが最も有利であるかはわからない︒周知のように︑企業 その利潤を極大ならしめるような点に産出量を決定するものと想定 されているから︑技術的条件を示す不等式のみでなく︑生産物単価対単位当りコストの関係が与えられねば利潤極 大点は決定し得ない︒そこでいま
x
︱ 単
位 が
二 00
円の利益を齋らし︑ Y は同じく三
00
円の利益を挙げるとする と︑そこに目的函数を設定することが可能となる︒それは次のよ}?なものである︒
200X
+
300Y
= V
大ならしめるような X と y
の値を求めればよいことになる︒この解 法の代表的なものとしてはシンプレックス法があるが︑
一 四
ここでは問
かくてわれわれは先の不等式を制約条件として︑目的函数>を極
147
では二要素であるから︑
01
00
である︒かくて そこで 0 ︑ B ︑ C ︑>に囲まれた斜線部分は制約条件を満たす技術的な﹁生産可能域﹂であることがわかる︒この
斜線部分のコーナー 0 ︑ B ︑ C ︑ A は﹁端点﹂といわれる︒次に︑
であるから図の点線のようになり︑
となるように平行移動させてゆくと︑端点 C においてその目的の果されるのが知られる︒ C における>の値は四七
200
X
1 6
+
300x
それを生産可能域の中で最も原点から遠く位置するように︑即ち>の値が最大
>の値を極大ならしめる X と y の値は一六と五であることがわかった︒
してはより急に後者に対してはより緩やかになる場合にのみー有効となり︑ ︵この解は通常端点の何れかになり︑ここ
B とがは極端な場合にのみー目的函数をあらわす直線が連または珈より傾斜が前者に対
C が最適点となる可能性が多い︒
般には端点が多数となり︑目的函数を当嵌めねばどの端点が最適かを決定し得ない︒︶
を五単位生産することによって四七
00
円の利益を挙げることができるが︑これが可能なる最大の利潤であること
は︑生産可能域 OBC んを C から B またはんの何れかの方向に移動するとき︑ DCE より左下になることから知ら
生産性分析の理論的基礎をめぐ.つて︵高本︶
1 1
4700
7
闊。 1 さ旦
〇 ,i:::,.
I
O'l ,i:::,.I I
゜
t ‑ v
Nl0
。
L L
ぢ
一 五
こうして X
を 一
六 単
位 ︑
Y この図の上に目的函数を描くと︑ これも一次式
100Y 1
1 ロ ロ
20 01
れるその交点 C
の 値
は ︑
X 1
1
16
,
Y 1
1 5
で あ
︒ る
これを代数学的に求めると︑
5 100
1 1
20
=
1‑48
6 Y
R
をあらわしている︒つまり︑ れ
る ︒
゜ s A
第
4 図
生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶
以上がリニャー・プログラミングの極く簡単な例であるが︑われわれの目的にとつては︑いま少し別な角度から 問題を検討しておく必要がある︒第三図では縦軸と横軸には産出量を測ったが︑第四図では投入量を測ることにす る︒条件式から二つのプロセスは半直線
X と y
で 示
さ れ
る ︒
I J は
等 産
出 量
線 で
︑ 出量を示す点をつなぎ合せてある︒二つの軸に平行に引いた垂直線
と水平線 Q S
R Q は A B ︑
二つの資源の制限使用量 この線上の各点を超えて生産を進めることは不可能なのである︒そうすると︑この利
用可能資源の制約という点から︑可能な最大の生産量が
R . Q S を ︑ ︑
結ぶ線の上に︑なかんず
<
に実現される筈であるということは想像 Q
に難くない︒事実︑プロセス
X と y は Q
を通つていないが︑両者を併 用することによって
Q
に達することができる︒即ち︑
X
を一六単位と
y
を五単位生産するとすれば︑
X
線上一六単位目の点
T から y と平行
に 引
い た
一 線
と ︑
Y
線上五単位目の点から
X と平行に引いた一線はと
も に
Q に達し
( T Q 1
1 O
U ,
三六
この場合それぞれ一〇単位の産 O T
= U Q )
︑
これは先の解と同じ結果を物 語っている︒次に価格を考慮して各産出量の利潤を目盛つてゆくと︑
第五図のように等利潤長を引くことができる︒
は目的函数から J K
x "
15
'.
Y
1 1
1 0
をつなぎ合せたものである︒第三図の
と D E
同 様
︑
を J K
右上に平行移動させてゆくと︑
Q
において総利潤四七
00
円の点に達
149
可能となり︑代数学的に解かねばならず︑そのようなものとしては︑
( 7 )
シンプレックス法が優れた割役を果すといったことが追加されるだけである︒なお︑リニャー・プログラミングの
基礎には
L i
n e
a r
A c t i
v i t y
従って
C o
n s
t a n t
R e t u r n s
t o
S c a l
e
と︑加法性︵各プロセスを任意に組合わすことができ る
︶
︑ 可 分 性
︵ 各 プ ロ セ ス は 任 意 に 分 割 す る こ と が で き る
︶
︑ お よ び 有 限 性
︵ プ ロ セ ス の 数 は 無 限 に 大 き く で き な い
︶ と い つ
た仮定があるということも注意しておこう︒これは先の簡単な例からも知られよう︒またリニャー・プログラミン グには先のような極大問題と対照的な極小問題があって︑両者は共通の解を有するか︑さもなければ解が存在しな いことが証明されている︒これを双対
d u a l
という︒このような生産活動の分析では需要面が考察されておらず︑
B
生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶
R x 后
ヽヽヽg ︑ 翌
ヽ
︒
ヽ7
4 ̀
ヽ
`
ヽ
•‘
ヽ
<L
Y
゜ s
第 5 図
一 七
うこと︑生産要素や生産物の数が多くなると幾何学的な解法は不 知 する︒これが極大利潤点で︑
ら れ
る ︒
これも先の解と同じである︒
Q 以上に 生産を進めることも︑四七
00
円以上の利潤を挙げることも不可能
な の
は ︑
Q
を超えて等利潤線を移動させることの不可能なことから 必要なリニャー・プログラミングの説明はこれだけであるが︑
こ れらの事柄は生産要素や生産物の数をふやしても本質的には変らな しフロセスが増すと︑
X ︑ Y
の二線が多数の線となり︑第三図の
ヽ
o o
端点が増し︑場合によっては最適生産水準がただ一点でなく︑ある
端的とそれに隣接する他の端点との間に決定されることがあるとい
150
介
a 1 2 Y 1 + a 2 2 Y 2 十
・ ⁝
. .
+
a m 2
Ym~C2 a 1 1 Y
+ 1
a 2 1 Y + 2
⁝ ・ : + a B
1 Ym~C1
菌 4
云 湮
醐 a m 1 X 1 +
a m 2 X 2 +⁝⁝+ag
Xn~Am
⁝ ⁝ 区 : . ,
~-0
s 奎杏
S T
‑ c
︑
皿菩圏落
ポ朝沖
f 5 5 L さ が 汁 5
社
X i ,
x s
⁝ ⁝
J
x b
-a:">it~
~ ゜
・ 咲
禁 沿
吝 楽
C 1 X 1
+
C 2 X 2 十 ⁝
⁝ +
c
しX
n
1 1
<
X1~0,
X2~0, a 2 1 X
1 +
a 2 2 X + 2
⁝ ⁝
+ a 2 u X n : : ; A 2
a 1 1 X
1 +
a 1 2 X
+⁝⁝+ 2
a 1 1 1 X u : $ A 1
こ う
︒
薗汁蚕臨 生産性分析の理論的基磯をめぐつて︵高本︶
最適生産水準決定の背景にはすべての生産物がその需要をもつという﹁セイの法則﹂が暗に仮定されていると思わ
れ る
が ︑
この点の分析は複雑であり︑ ここでは特に関連するところがないから考察を省くことにしたい︒
最後に︑リニャー・プログラミングの極大問題と︑その双対としての極小問題を一般的な形で書きあらわしてお
引壌洪吝楽
一 八
a1nY1 + a2nY2 +……+ amnY m 2:: Cn
と y 1 2: 0, y 2 2: 0, ……, Ym 2: O
の制約の下に、目的泊数
ふ Y1 + A ふ+……十 Am 江 =W
を極小ならしめるような Yi, Y2, ……, Ym を求めよ。
紺
(<0)
-"I\~ー・ h t1 ヽ
It¥,,,>,、 Q
給布似賑....,,...)¥J
起崇:Bi‑I;!
ふQ,!,!
廷~Q~•f\./;f..@Q茶硲J-Q0A. Charns, W.W. Cooper and A. Henderson, An Introduction to Linear Programming, New York, 1953. R. Dorfman, Application of Linear Programming to the Theory of Firm, Berkley, 1951.
(そ抑渤K
菰溢'「.,̲ヽI¥.¥'‑ ー・ ht1 ヽ
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ヽ—t\.'Q
則縄.l.J
斜線(Q
瀬町'Cl
怜瞑淀遠4~'
因宮)R.Dorfman, P.A. Samuelson and R. Solow, Linear Programming and Economic Analysis, New York, 1958. T. C. Koopmans, (ed.) Activity Analysis of Production and Allocation, New York, 1951.
S. Vajda, The Theory of Games and Linear Programming, London, 1956.
~田謳 l
『::‑‑.I¥ h ー・ h ti ヽ
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Q則灘
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佼囲J ヽヤヤ I¥'>,
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ふ海分ふ点Qo5X + 4Y + lZ1 + OZ2 = 100 2. 5X + 6Y + OZ1 + lZ2 = 70
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則纏盆増榔~~'v~\J (葦怜) Ill
兵152
前節のリニャー・プログラミングの説明は次のようなことを知らせてくれる︒即ち︑①企業にとつて利用可能な
ジ ン プ レ ッ ク ス 表
六
、 企 業 者 行 動 と 生 産 性
I C I !2ooj3ooj oj ol P r o c e s s e s I P1 I 巧 I Ps I P4 I I I V a r i a b l e s I X I y I 2 1 I 22 I
O j Ps ( Z 1 ) 1 0 0 ' 5 . 4 1 1 1 oj25 1 0 I P4 ( Z 2 ) 1 0 I 2 . s 6
゜ 1 I u f
I V‑C 0 1 ‑ 2 0 0 ‑ 3 0 0
゜゜
0 I P s ( Z 1 ) 5 3 1 3 す す 1 o I 1 I . . 斎 1 6
2 3 0 0 I P2 ( Y ) 11~ 3 豆 5 1 I o I 合 I 2 8 I V‑C 3 5 0 0 f ‑751 。 I a I 5 0 I
. 2 0 0 I P 1 ( X ) 1 6 I 1 I o I o f I 分│
3 3 0 0 I P2 ( Y ) s I 。 l 1 I 奇 I¼I
I V‑C 4 7 0 0 I o I o I 2 2 ふ I 3 5 I
生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶
四 〇
153
Y
生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶
゜ x
第 6 図
四
資源に制約がある︒②技術的条件と生産要素および生産物の価格は与えられたものとしている︒③各企業者は技術
的に最も投入条件のよいプロセスを選択し︑かつ価格条件を考慮して︑ そのうち最大利潤を齋らすと予想する点に
生産量を決定する︒
このうち①はリニャー・プログラミングの大きな特徴であるが︑②とともにここでは詳説の余猶がない︒以下で
企業者の選択︑決定の行為は二段に分つて考えることができる︒まず第一に技術的な問題がある︒企業者に与え
られた技術的生産可能域は通常多数のプロセスからなっている︒そしてそれぞれのプロセスがそれぞれの投入産出
関係を明示する︒そのような多数のプロセスの中から企業者の選ぶ︒フロセスはどんなものであろうか︒
一定の産出
量を生産するに必要な投入量の最小なるプロセスが選ばれることは論を
極大ならしめるようなプロセスが選ばれると考えてもよい︒そのために
企業者は資源を最も有効な組合せで配置することであろう︒このことは
換言すれば︑最も高い技術効率を求めて資源配置を行なうということを
意味している︒第六図で AlE のプロセスが与えられ︑等産出量線を a ebfd とする︒この等量線が原点に向つて凸なるときに︑各プロセス
がすべて計画の範囲内に入ってくるのであって︑もし凹状になる個所が
できたり︑全体が凹状となるときには︑凹状部分のプロセスは無効なプロ 一定の投入量から得られる産出量を またないであろう︒あるいは逆に︑ は︑③についてやや仔細にみてゆくことにする︒
I . 5 4
い︑あるいはコストの低廉な︒フロセスを選択するであろう︒
一 定
の
セスとみなされる︒従って︑この場合︑プロセス D は等量線が f を経過する限り無効プロセスなのであって︑それが
例えば
Cに押し下げられるとき︑即ちそれが近接した二つのプロセス
C と E の等量線上の点 b と d を結ぶ直線上の
点より原点により近くなるとき︑
︱つの有効プロセスとなる︒またプロセス B も a b を結ぶ線より原点から遠
I I︑
いところを等墨線が通つているから︑
これも無効プロセスである︒そして単位産出物当り投入量の最も原点に近い 点を結び合せた等量線が有効プロセス群を決定する︒これは技術効率の最も高いものの集合と考えられる筈であっ て ︑ A ︑ C ︑ D ︑ E
等を仮に一産業内の企業群の有効プロセスとすると︑この場合の等量線
abcd は第一図や第二
図 の
E と同じものになる︒勿論そうとすれば︑ B
は技術効率の一より小なる企業の採用するプロセスと考えねばな
E
らぬであろう︒
第二は価格問題である︒投入産出関係が与えられると︑生産物価格と要素価格とは企業の収益とコストを決定す る︒これらの価格は競争状態に応じて社会的に決定されるから︑企業者はそれを考塵に入れて生産決意をなすもの
と考えられる︒即ち︑生産物に選択の余地があれば︑
そのコストを考慮して最も収益の多いプロセスを技術的に有 効とされたプロセスの中から選ぶであろうし︑投入資源に選択の余地があれば
r
収益を考應して最も投入条件のよ
かくて︑リニャー・︒フログラミングは企業者が与えられた諸プロセスの中から技術効率と価格効率の最も高いと 思うプロセスを合理的に決定する機構に他ならないことがわかった︒確かに利潤を極大ならしめることは︑
投入物をできる限り低廉なコストで以て調達し︑ できる限り多量の生産物を生産して︑ それからできる限り多額の
収益を挙げることを意味する︒とはいつても︑必ずしも多量に産出することが多額の収益︑従ってまた多額の利潤
生産性分析の理論的基礎をめぐつて︵高本︶ 四
I 5 t s
を挙げることを意味しない︒単位当り利潤が多ければ多量の生産物を要しないで︑最大の利潤を挙げることができ
よう︒投入についても同様である︒
これは技術的条件だけでは有効プロセスを決定し得ぬこと︑価格条件を加えて こういう順序にみてくれば︑利潤極大化を目標とする企業者行動が︑生産性ないし生産効率ということと決して
無関係ではないことがわかる︒即ち︑生産効率を高めることはそのまま利潤をより大ならしめる行為となるのであ つて︑生産効率一で操業しうる企業こそ最有能企業とみなされるのである︒
そこで結論的にいえることは︑生産性ないし生産効率向上は企業者の合理的行動と矛盾せず︑反つて互いに表裏 の関係をなすということから︑彼らの自由な計画・選択・決定の機能に任せておくことによって︑
に果されるということである︒ただし︑
いわゆる技術的革新に負う生産性向上はこの限りでないことを忘れてはな
らない︒それが社会の科学的努力に負うところ大で︑
要請するものであることはまた極めて見やすい道理でもある︒ここで︑
本主義社会のチャンビオンである企業者とし︑そのアドヴニンチャラー精神あるいはフロンチャー精神が利潤を動 機として経済発展を推進するといった主張を生産効率の論議と対照させて十分賞味しておきたいと思う︒
生産性分析の理論的基礎をめぐつて
0高
本︶