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鴇田惠吉著「佐藤信淵」讀後感-香川大学学術情報リポジトリ

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Academic year: 2021

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膚む ∵ 佐藤信淵のすぐれたる発露とその隠れなき饗名は停 へられて久しい歳月を経てゐる。然し今日人々が詔び この偉大なる単著についで恩ひを新らた雁し、、新らし い照明の下に改めて見直さうとするのは何故である か。それはこの吾が国有数の聾者が徳川幕府の後期文 化。文政・天保・弘化といふ時代に生存して思索し鰭 系づけた糞績が今日の統制経済時代において極めて探 悪風味をもち、示唆む輿ふるところ少なからぬものが あるからである。 佐藤信淵の畢間は著しぐ宏大探奥であり、而過それ ﹁佐藤信淵﹂認後感

鶴 田意 普 薯

﹁佐 藤.信淵﹂読後感

は家系五代に渡って連綿として磯展推敲せられ、信淵 に至少集大成せられたと執られる。.彼は撃む十両発と しっ1も政治について■農政について、兵拳・経済・ 国防・敢愈政策等殆ど遜らゆる問題に′ついで常人の及 び難い深い研究と思索とをもつてゐたっ侍へられ卑と ころによれぽ﹁信淵の著書は三二白部八十懇あつた。﹂ ︵四貢︶といはれるが、ただこの∴轟を以てんてもそ の超人的な忘を飼ひ知るのであうさうしてこれを 分類すれば﹁天文・蟄政・幾拳−測量・気候・ 耕稼・培養ノ樹螢・水利・扇議†物寝−山物・錬磨・ 水産・崖産1腔臍1垂琉・通移・開聞・碓貸十重堕1 ︵四〇五︶一〇五

大 泉

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第†六替 啓三藤 岡防、・砲術・造兵・造船卜教化・刑法・願拳・歴史・ 地理等々、凡そ二十除の部門に細別せられる。﹂︵四1 五哲。われわれはその啓開の宏大に七て網羅的な㌢レ とに発づ驚款せぬばならない。 土 鴇拇整昆浄刀作﹁佐藤信淵﹂は菊版四嘗十数貢に 渡る大作であり、㌃の偉大なる単著忙封する敬慕と傾 倒からほどばしる情熱を以て物されたる力作である。 乙の山容は休膝信淵に閲する精細なる評侍であり、 信淵の串間・思想・生活態度及びその時代脅詭いて委 曲をつ くしてゐる。 著者は此の川百十教員に盛るに兜づ信淵の人物と畢 間の山般的な捧格を概観する。こゝセわれわれは徳川 末期の単著佐藤信淵について何故に昭和の今日、さう してことに塑哉の月中において格別の意義が見出され なければならぬかを明に理解するのである。﹁彼が今 よ少百傲年前に示唆せし析の其の磯見は、明治維新以 ≠ ︵四〇六︶仙〇六 乗務々蟹現し、殊に今次輿電め蟄搬勃饗場釆、彼の拳 詮ば再検討せられ、今や彼は世紀の脚光々浴び、時代 の寵隠としで世の終讃を癒しっ1ある。﹂︵三頁︶ 思ふに僚に卓越したる思想家或は経世家がその娘本 的な問題として揮い偲索をめぐらすものは、殆ど恒に 参る共通なる課題ではなからうか。人細生活の根底に っき、或は人間穀倉の基底につきご典饗に問題を追求 してゆくとき、如何なる時代にぉいても基本的・根本 的問題をなすものは共通なるものなのである・。 苗代の聖賢・礪挙が人生につい′て、祀愈について、 或は観象紅ついて塾術について思索し工夫んた根本阻 題はひと少その時代のみならす如何なる時代にも共通 する問題である。それは同時に今日の問題であると共 に、永久に人間と共に凝る問題なのである。 問題はこのやうにして常に古い。その古い問題が時 代と時勢の情況蓼化に應じて新らしい事態の下に、新 らしい照明をうけで立ち現はれでいる

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新らしさが布衣する。かうして問題は常に古くして叉 薪らしいと富はれねぽならない倉偉大なる思想豪偉大 なる索術家或は偉大凝る宗教威すペて人間の生活につ い▼て大いなる業績をのこした人々は、要するにこの永 遠に古く且つ新らしい人生の問題を直観し、 それに封して屈も根本的な凝硯をした人々檻外ならぬ のである。 併 任藤億淵の場合も亦伺椋である。彼の生存レた穂川 末期はわが図の封建時代に外ならぬ。燃しこの時代に 在って彼が直税し思索し研究した問題は、決して問題 の外相ではなくて問題の操典に達するものであつた。 さればこそ今ほの時代において彼の柴接が改めて反省 せらるペき理由をもつといぼれるのである。 三 橋田氏のこの快著魔如何なる読者をも魅了すべき怖 るペき力をもつと共に、読むものをして事毎に反省影 うながす迫力をもつ。.らたくしはこれを手にして巻を ﹁佐藤侶淵﹂諮後感 血 おく能はや、しかも只一気に謹み通すことも出来なか つた。へなぜであるか。 著者の雄揮にして壮重なる文革は、よむ者をして時 間を忘れて汲入させるのである。それはひとり著者の 文才た各にとゞまらす、思ふに著者その人の僧淵に封 する情熱であ少皇た固を恩ふの至情に敬するものであ らう○ だが同時に、人々はその盛られた 今日のわれわれ自身が生活する時代と情勢を反省ずる ことを曝される。これが月仙気に讃了し得ない所以で ある。著者は層川を説くと共に現代ほ本から目をはな さず、常に我々の足下に注目する。 若しわたくしが著者の取上げたる諸項目について、 山々その梗概を示し、さうして劇々のわ欠くしの感銘 をのペていつたならぼ、おそらくわたくしも亦著者と 共に週首葛の大冊を作らねばならぬで鱒らう。輿へら れたる短い評の紙幅を以てしては別紙これをよくする ︵四〇七︶仙〇七 蝿 −

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第十六魯 第三魯 ところではないやわ克くしは不本意ながら 者の敢上げたる宿淵についての諸問題を指示するだけ \ 匿とゞめて、読者自らこの署について味読されんこ≒ を庶ふより外ないのである。 信淵の人間と畢間の概観に次いで、彼の家挙が説か れる。父子五代に渡っての佐藤家の畢間が如何にして 構成されるに至ったかは極めて興味ふかき問題であ る0 次で信淵の著作、その特異性∵信淵研究の歴史とそ の種々相が説かれる。信淵をめぐる父及び噂の影響、 その遊歴・圏人としての信淵∴鱒世家としてまた兵箪 家とし七の信淵が順次に取上げられる。 信淵の私的蕉活と共に哲堕・経済・国防・政令政 策十農政等の億淵の腰間義広ついて 紹適せられるのである。 著者髄碍氏が僧淵を説くに常って示され袴周到写る 用意のひとつに、僧淵の呼吸した時代的背景の密察と ︵四〇八二〇八 記述がある。徳川幕府による封避政治が如何にして粛 慶するに至ったかの歴史的・思想史的研究、それが塗 に経済鰻制として支持し得なくなつてゆく経過、或は 天保改革時代の世相の叙説等がこれである。 この時代的叙蓮は極め七興味あると共に蒙た曙示的 である。人々は天保改革匿おける水野越前守忠邦の諸 統制改築を今日の時代の目を以て眺めるむとに並々な らぬ深い意味を見出し得るであらう。 鼻祖も設けるが如く、世に卓越しで思索し思想した る人々は、常に問題をその核心において把捉したもの であつた。さればこせ彼等ば時代の相封性㌢超脱して 永遠に生命をもち、永く後世の人々に影響と示唆を輿 へ得るのである。 けれどもわれわれは同時にまた問題の他の年酎の展 理を忘れ七はならない。 人塗と共に凍るべき課題、人間生活と共に離れがた き根本命題或は国家の生命と共に考へられねばならぬ

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間題は、右の如く恒常的なものであるには相連ないけ れども、かくの如き基本命題が硯鸞生活のうちに立ち 塊はれるのは、時代的相対性においてであることの認 識である。さうして思索家の態度がこの時代的なるも のに何等の閥聯をもら得サ、、それに何等の碩麺的な働 きかけもなし得職ものである怒らば、か∼る思索も思 想も単なる夢想に経り蛋想に着りさうして結局は峯論 益理の非難をうけねばならぬことに至るのである。 世に所謂挙理と現管との莱離として取上げられる周 遊は即ちこれであゎ、科挙の驚躇性として諭ぜられる 試題も之に外ならぬ。畢問はかくして二つの嬰講をそ のうちに具有するものでなけれぼならない。ひとつは 恒常的なるものに対しての思索であゎ検討で掛る。こ 1では主として事物の虞理性の〟面が高調せられねぼ ならぬ。ふたつは硯鷺にして具慣的なるものに即して 彗 の閲聯である。こ1では主として事物の現鷺煙が主要 辣題と洩らなければな㌢ぬ。さうでなければ串間は畢 ﹁億藤信淵﹂讃後感 寛一片の根なし草となり経るからである。 鴇田氏が信淵を説くに営つで、常に時代的兜眼牽忘 れサニれを背景として叙述をす1軋られてゐるこせは 右のやうな意味で澱も安富なる態度歪といはなけれぼ ならぬ。 殊に僧淵は著者が蟹をつくして訟く苧っに決して、 革なる書斎人としての拳着ではなかつた。所謂、閉戸 先生︵Stu訂n=hOCkのr︶とは凡そ疋反封の拳着であ ったり﹁遊歴家としての信淵﹂の項はこれを詮い†甚だ 感銘的である。彼は好少十三歳にしで既に早く父に伴 はれて蝦夷に遊んでより、十草哉江戸に遊学する迄に 東日本の大部分を旅行した。かうしT彼は八十二哉に して世を去るまでをの生涯の大部を通じて遍歴に投 じ、鷺地の踏査縄察に汲頭したのであつた。︵二九頁 以下︶ このことは信淵を考ふる上には、重大なる叫蕃だと 考へられる。彼の啓開が〓叩にぉいて宏大無蓮、且つ 、四〇九︶仙〇九

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第十大巻、第二一巻 絶世のものであると共にそれは決して塞理容論に流れ るものではなく、最もよく硯寄に即し時代性をゆたか に反映してゐる所以でもあか。著者が信淵研究につい て、時代的親祭を塞く取上げられた態度は、通常の意 味以上にこの場合に殊吏ふかい意味を感得させられ る〇 四 の経済論の要諦は﹁経済とは、国土を経営し、物産を ヽ 信淵は経済轟者としても不朽の名営もつてゐる。彼 開慈し、部内七豊富にし、萬民を救済するの謂な少。 故に国家の主たる者は、叫冒も怠ること能はぎるの要 / 務な少﹂︵二二九貢︶とのべ、或暗また﹁我家の経済螢 は、天地の神意を奉行し、世界の蒼生を救済すべぎの 大道はるを以て、上天の明威を畏れて、恭倹の二徳を 修め、賓修改蕩の行を厳く瞥むか﹂︵三二九貢︺といふ に在る。 われわれは信淵の経済思想のうちに、鼠蟹の意味で ︵四血〇二∴○ の政治経済論を理廃し、針た統制経済の思想を認め或 は国土計喜の思案皆霜ふのである。 今日、経済挙が再認識と自己反省とむ螢求せられて ゐる根本的要請はどこに在るか。 それは壌問としての経済研究 の1分析に終始じ、その現象を蔑視せしむべき人間共 同生活の地磨から遊離してゐるといふ等jろに在る。 そのために、本来離れがたき囲家・民族・政清・生活と 経済との閲聯は頸惨にも切断せられ、綬解説象を全く それ自鰻として取上げ、さうしてそれだけにせまらう とするの危険が生するのである。これは西洋経済革の もたらしたひとつ′の影尊であると共に、他面これをこ の卓うに取上げた勃が経済畢者においても克任を分た ねばならぬものである。 われわれは経臍畢の研究においてリカードオを取上 げ、マーシ7ルにつくこともよいであらう。だ鶴岡時 に吾が足もとに、吾が国土のうちにかくも高速なる経

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臍論をもつた単著のあることを忘れてはならぬであら う0 しぼらく私自身の場合を顧みても、われわれはそα 畢生たりし時代に経済鼻への手ほどきをうけたのであ るが、その時何よりも先に輿へられたものはりカアド オであけ或はマーシアルであつた。わたくしはこれを 不服といふのではない。たゞ同時にわれわれは信淵の 経消息想の如きについても十分恵理解を輿へらるペき ではなかったかと、今にして痛感するのである。 膚本経済拳の建設への途は必ゃしも㌦途には限らぬ と思ふ。途はむしろ多岐であ㌻り多面的であるであら う。さうしてそのひとつの途に、児づわが闊白身が今 日までにもつたすぐれた経済思想家の研究が存廃する のでぁる。今日までのところか1る研究は、日本経済 率とトふやうな廣さよでには未だ畿展せす、むしろ部 分的に或は経済史家の問に、徳川時代の経済か及び経 済思想といふやうな特殊研究たるの形にとゞまつてゐ ﹁佐藤信淵﹂讃後感 るやうに恩はれる。それは今日以後において一般的に 取上げられて、日本経済畢の全構造を形造らねばなら ぬ役目をもつのである。 五 鴇田氏のこの著は、著者菅心の労作である。そのこ とは著者の序文のうちに伺はれる。著者はこの労作の ために多年に渡り信淵の遺著、それに閲する書籍、雑 誌等を集めて碑究をつゞけられた。それがためには ﹁恰も古土器の破片を拾ひ集めて原形を成さしむるの 思ひを以て、一小肇審・断簡・零片と維も是を冷つる ㌃となく蒐集した。﹂とのべられてゐる?人序三貢︶この 苦心と努力に封しては敬服せ■ねぼならぬ。 わたくしのこの一文牲世の常の雫評と富ふべくあま りに月己白身を語少すぎたかも知齢ぬ。けれどもその ことは著者の労作がわたくしに輿へた深い感銘の謹左 である。わたくしがこの〟文の表題を殊更に﹁観後感﹂ となした所以でもある。 ︵四一ニー二

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ヽ 第十大魯 第三巻 本苔の滋味あふる1内容淀至つては、むしろ直接本 書について之を掬すべきである。剛片の賓許の到抵之 をよくするところでははい。さうして若し試着にし て、ひとたび本署を手にしてその一員を開くや、讃著 は忽ちそのうちへと自己を忘れ去るであらう。讃み了 って巻くとき讃者はす∼んで侶淵その人の著作に直接 上 大 條 時 窒 氏 阪 黍 次 氏 泉 行 雄 氏 本紙執/箪着用介 本 校 教 授 本校生徒主事 本 校 教 授 ﹁四一二︶−仙二 近づかうとする止みがたき要求を感するであらう。そ の時、この著は十分にその使命を果すものと晋ひ得る であらうし、著者の本懐も之にすげるものばないであ らう。︵鴇粗意雷管﹁佐藤信淵﹂大馳訂磯行、四囲五拾 鏡︶。

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