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ことばが作られるとき : 詩人シェイクスピアの誕生

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(1)

ことばが作 られる とき

一詩人 シェイクス ピアの誕生―

英米文学教室 岡 本す 俊 明

1)詩

の新 しい こ とば 俳人山口誓子が

,1994年

3月26日

,92歳

で亡 くなった。氏 を偲んだ文章が新聞

,雑

誌等 に寄せ ら れたが

,そ

の一つは,『朝 日新聞』の「天声人語」(1994年3月28日

)の

次の文である。 古い言葉を組み合わせて新 しい言葉をつ くるという試み も

,俳

句に新 しい感覚を蕗る努力の一 つだったのだろう。門波 (となみ

),山

扉 (やまと

),青

嶺 (あおね

),枯

路 (かれ じ), その他 の造語がある。代表的な句にも使われている。「流氷や宗谷の門波荒れやまず」。 誓子の句にある門波は,『広辞苑』第四版 (1991年

)に

よると,「瀬戸に立つ浪」 と説明されてい る。この説明と元の語を比較すれば分かるように

,門

波 という語は凝縮 されていることになろう。 しか しそのこと以上に

,こ

の語は新鮮 さと力強 さを

,こ

の句に添えている。この句から「門波」を 削 り

,別

な語に取 り替えれば

,句

そのものが】Uな ものになる。それほど「門波」 という造語 (新語) は重要な意味を持っている。 俳句の新語 ということで

,思

い出されるのは中村草田男の次の句でもある。 万緑の中や吾子の歯生 えそむる 中村草 田男はこの句で

,わ

が国で初めて「万緑」 を用いた。成長するわが子の抑 えがたい生命力 の背景 を

,見

渡す限 り緑のみ とい う意味の「万緑」 と捉 えた点 において

,こ

れは強烈な父性愛 を感 じさせ る語である。新語 といえるだけに父親の熱い感動 は一層強烈 に伝 わって くる。 新語は

,俳

句 においてはこの ように

,新

しい感性 を表現す る

,効

果の大 きいことばである。 しか し

,俳

句 は 日本固有の もので

,そ

れはあ くまで17音を基本形 とす る短詩である。 そのなかで

,3音

や4音か らなるこれ らの語は

,た

とえ新語でなかった として も重要な働 きをす るのではないか,つF 句では1音か らなる切れ字で さえ重要ではないのか, とい う疑問 もないわけではない。 では

,イ

ギ リスの詩 (俳句 に比べ ると

,は

るかに長詩が多いが

)に

ついて発 言 したC.デイ・ ル ーイスの ことばに耳をかたむけてみ よう。

(2)

もしもみなさんが浜辺 に来て

,一

枚の銅貨一古ばけた

,つ

やのない

,赤

ちゃけた銅貨 をひろっ た とします。それを一分間か三分間

,ひ

と握 りのぬれ砂で (乾いた砂ではだめです

)き

つ くこ す ってみた とします。す るとその銅貨 はたちまち黄金色 にピカ ピカ光 って きて

,そ

の銅貨が鋳 造 されたその 日のような きれいな

,ま

っさらな姿 をあ らわ します。 さて詩 とい うものは

,ち

よ うどぬれ砂が銅貨 に及ぼす ような効 さめ とおな じ効 きめを単語の うえに及ぼす ものなのです。 まるで奇弥 としか思われないような仕かたで

,あ

じもそっけ もない ものに見 えた単語 にピカピ カ光 るつや をあたえるのです。 このように して詩はたえまな く「言語 を再 びつ くりなお しつつ ある

Jの

です。その仕かたにはいろいろあ ります。詩 はあた らしい単語 を鋳造することもで き ます。以前 には専 門家だけに使用 されていた単語一 た とえば技術用語

,科

学用語― をひろ くい っぱんに通用 させ る手助 けをすることがで きます。 また

,い

っばんに通用 していた単語 を以前 とはちがったあた らしい文脈 のなかに取 りいれて

,そ

の単語がかって顔 を合わせたことのない べつの平凡な単語たちに紹介することもで きます。それはちょうど親切な一家の主人がお客の 席でたがいに見知 らぬお客 さんをおたがいに紹介 して

,お

たがいに仲 よ くさせ るような もので す。つ ま り詩 はいろんな単語 をあたらしく交際 させ ることによつてそれ らの単語の価値 という ものをゆたかにす ることがで きます。(c.デイ・ ルーイス

,深

瀬基寛訳 『詩 をよむ若 き人 々 のために』(島ιり ヵγ乃%)筑摩書房

,1978年 ,20-21頁

)。 (下線 は筆者 による) 私たちが 日常使 っている言葉 は

,情

報は伝達するが

,浜

辺 におちている「古 ぼけた

,つ

やのない, 赤 ちゃけた銅貨」ではないだろ うか。詩人がそのまま使 えば

,そ

れは陳腐 な月並 みな表現 となる。 生 きた詩 を作 るために詩人は,「あた らしい単語 を鋳造」(新語 に相当する

)し

た り,「 い っぱんに 通用 していた単語 を以前 とはちがったあたらしい文脈 のなか に取 りいれる」(新語義 に相 当す る) 必要がある。 この ように して詩人は

,た

えず「言語 を再 びつ くりなお し」 ている。 こうい う作業 を通 じて

,こ

とばに輝 きをそえてこそ

,詩

作 をす るといえるのではなかろうか。最初に, 日本の俳句 を通 じて, 新語の もつ意味の重要性 を考 えて きたが

,こ

れはイギ リスの詩 において も同 じことになる。そ して 詩 には, ここで指摘 されているように

,新

語 と同 じく

,加

え られた新 しい語義

,即

ち新語義 も重要 であることになる。詩人はこのように して

,こ

れまでのことばに

,新

語 を加 えた り

,既

存の語 に新 語義 を加 えなが ら

,生

き生 きとした詩 を作 ってい くのである。

2)詩

人 シ ェイ ク ス ピア の 誕 生 では

,ウ

イリアム・ シェイクス ピア(15641616)に ついて考 えてみたい。 ウイ リアムは

,父

ジ ョン・シェイクス ピア

,母

メア リの第三子 として

,1564年

イングラン ド中部 のウォリック州ス トラ トフォー ド・ オン・エーボンに生 まれた。 4月

23日

が誕生 日とされている。 その 日は

,聖

ジ ョージの 日として

,1222年

以来国民的祝祭 として祝 われて きた 日である。1582年に アン・ハサ ウエ イと結婚。翌年長子スザ ンナが誕生 し

,1585年

には双子ハ ムネ ッ トとジュデ ィスが 誕生 した。 シェイクス ピアは20歳にして三児の父 となったのである。 こうい うシェイクス ピアの伝記 は

, S.シ

ェー ンボームの『シェイクス ピアの生涯一記録 を中心 とする』(sヵα″ο″α″∫A Dοε%ηιη勉ク L披

)(オ

ックス フォー ド大学出版局

,1975年

)に

譲 る こ とに しよう。

(3)

1585年か ら90年は

,シ

ェイクス ピアにとって,「失 われた年月

Jと

いわれてい る。 恐 ら くシェイ クス ピァは

,ロ

ン ドンに出て

,

どこかの劇団に身を寄せ

,劇

団の下積み生活 を送 った もの と思 われ る。そ して

,1590年

か ら92年の間に

,史

劇 『ヘ ンリー六世』三部作 を書 き上 げ

,

またた くまに

,他

の劇作家の羨望 を買 うほどになった。 この間の事情は

,同

時代作家 ロバー ト・ グリー ンの次の言及 (1592年)から理解で きるだろう。 彼 らを信用 してはならない。 とい うの も

,一

羽の成 り上が り者のか らすがいるのだ。われわ れの羽根で美 しく身を飾 り

,虎

の心 を役者の皮で包み

,他

のだれにも劣 らずみごとに無韻詩 を どな りちらせ るもの と思 っている。また

,文

字通 りの「何で も屋」で, 自分 こそ国中でただひ とり舞台 をゆ り動かす者だ とうぬばれている。ああ

,諸

君のすば らしい知恵が もっと益 ある仕 事 に向けられるようお願い したい ものだ。(『グリーンの三文の知恵』

(4G℃

αλ切″ヵげ

Vめ

) これは二つの意味で シェイクス ピアに言及 したものだと言われている。一つは

,グ

リー ンがいっ

ている,「虎の心 を役者の皮で包み」(Tiger's heart wrapped in a player's hide)は

,

シェイクス ピ

ア作 Fヘンリー六世』第三部のことば (シェイクスピアか らの引用は

,原

則 として

,ス

タンリー・

ウエ ルズ とゲー リー・ テ ー ラー編 『 オ ックス フ ォー ド・ シェ イ クス ピア全 集』 ●ル

0"瘤

S力αル睦 α/al(オ ックスフォー ド大学出版局

,1988年

)に

よる。ただ し

,新

,新

語義 は

,

αの に

依 り

,同

辞典使用テキス トとなっている『グローブ版』(TヵθG】οうι EJttοの (マク ミラ ン社 , 1961

)に

よる),

O tiger's heart wraptin a wOman's hidel(1,4.138)

虎の心 を女の皮で包んだ者 よ! に

,明

らかに言及 した もので あ るこ と

,

もう一つ は,「 舞台 をゆ り動 かす者」(shake―scene)は Shakespeareに 言及 した ものである。 しか し

,シ

ェイクス ピアが この ように劇 を書 き始めたときに

,ペ

ス トの流行が彼が住 んでいたロ ン ドンを襲 うことになる。記録により異なるが

,ロ

ン ドンの人口 (当時は約16万人

)の

6分のとか ら 10分の1の人々が死亡 した といわれるほどの猛威 をふるった。このペス トの大流行が

,劇

作家 と し てス ター トしたばか りのシェイクス ピアの生涯を大 きくかえることとなる。彼の関心 を劇か ら詩に 向けさせたのである。換言すれば

,ペ

ス トの流行が詩人シェイクス ピアを誕生 させたのである。 当時

,ペ

ス トの流行 を防 ぐ有効 な医学は発達 してお らず

,せ

いぜ い

,ペ

ス トに感染 した人の家の 出入 りを差 し止めるとか

,大

勢の人々が集 まることを禁止 した りした。そのため

,1592年

の春 か ら 94年の夏 まで

,短

い期 間・を除いては

,ロ

ン ドンにおける演劇の上演は禁止 となった。 ロン ドンで劇の上演は禁止 されたため

,役

者達 は仕方 な く地方巡業 に出たが

,地

方巡業 とて も彼 らにとってはきび しい ものであった。シェイクスピアは

,こ

の時

,ス

トレンジ卿一座, またはペ ン ブルック伯一座 に所属 していた と思われるが

,ペ

ンブル ック伯一座の地方巡業の事情 を示 している ものが次の一文である。 きみがその所在 を知 りたがっている

<ペ

ンブル ック伯一座

>に

ついて言 えば

,彼

らはみんな家 にいる。 この

5,6週

間ほどず っとそ うだ。 とい うの も

,聞

くところでは旅 に出ように もそのか

(4)

か りがまかなえない (つまり

,出

費が支払えない

)の

だそうで

,か

か りのために衣装を質に入 れたがっているらしい。 (M.C,ブ ラッドブルック

,岩

崎宗治・稲生幹雄訳 『歴史のなかのシェ イクスピア』(Sttα膨睦 α惚

:Tル

島分,η Frts 7,石ογJ,)研 究社出版

,1992年 ,111頁

) では

,役

者達が地方巡業に出ていた とき

,シ

ェイクス ピアは どこにお り

,何

を していたのか。 シェイクス ピアの所在 をはっきり示 した記録はない。彼 はこの時期 に

, 1年

2作

とい うペース で劇 も書いたが (劇創作のペースは他の時期 と比べて見劣 りす るものではな く

,こ

の期 の代表作 は [リチ ヤー ド三世』『 じゃじゃ馬 ならし』等である

),主

な関心は詩作 に向かい

,そ

の出版 に関 わっ ていた と考 えられる。 シェイクス ピアは詩 を書 き

,そ

して出版 した。

E.K.チ

エ ンバ ーズ (『ウイ リアム・ シェイクス ピア』(1/T/tlJぢαη S力α″ιψια托,2vOls,)オ ツクスフオー ド大学 出版 局

,1930年

) の推定 による

,詩

の創作年代 と出版年代 を簡単 に示せば

,次

の通 りである。 作 品 名 創 作 年 代 出 版 年 代 ヴ イーナス とア ドウエス 15924F 1593とF ル ー ク リー ス 1593年 1594上F ソネ ッ ト詩集 1593-6とF 16094F シェイクス ピアは

,1590年

か ら1613年の間に

,37編

の戯曲を書 き, またこれ らの約23年間の創作 時期 に

,他

の詩一 『恋人の嘆 き』(1609年出版),『悲 しむ巡礼者』(1599年出版),『不死鳥 と山鳩』 (1601年出版

)は

,

どれ も短詩― も書 いたが

,長

詩は上 にあげた時期 だけであ り

,

かつ これ らの三 編のみである。 この時期 に限って

,本

格的な詩 を書いたことの意味が シェイクス ピアにとつて重要 である。 本の出版が比較的容易 とな り, また出版物は きわめて広範囲に行 き渡 っている現代 にあつて も, 詩作のみで生活で きる人は限 られている。一般大衆 をも引 きつけた演劇 と異 な り

,詩

は限 られた知 的読者層 に しか支 えられていないが

,こ

の構造 は今 も昔 も大 きく変わつているものでなはい。 では, この ような困難な時代 を, シェイクス ピアは詩 を書 くことによつて, どの ように乗 り切 つ ていったのだろうか。 シェイクス ピアは詩 を貴族であるパ トロンに献呈することによ り

,報

酬 を受 け取 った もの と思わ れる。 シェイクス ピアは

,演

劇ではあま り報酬 を期待で きな くなったこの時期 に

,生

活のために詩 を書いたのである。 シェイクス ピアは

,Fヴ

イーナス とア ドウエス』 をサ ウサ ンプ トン伯 に捧 げたが, その献辞 を次 に示 して

,こ

の間の事情 について考 えてみ よう。 わが拙 い詩 を閣下 に献上することによつていかにご不興 をこうむることか, また

,か

くもとり とめ もない荷 を支 えるためにか くも強大 なる支柱 を選んだことを世人がいかに咎めだてす るこ とか

,私

にはわか りませんが, もし閣下が これをお納め くださるならば

,お

ほめをいただいた もの と考 え

,す

べての閑暇 を用いてさらに品位 ある作品をもの し

,閣

下 に敬意 を表す ことを誓 い ます。 しか し, もし私の詩想の第一子が出来損いであ ります場合 には

,か

か る高貴 な名づけ 親 をわず らわせ ましたことを恥 じ

,か

くも悪い実 りをもた らさぬ よう

,こ

んご一切か くも不毛

(5)

の地 を耕 さぬ覚′悟で ございます。 この詩 を閣下のご披見 に供 し

,御

意の ままに御覧いただ きた く

,ま

,そ

れが閣下のお考 えに添い

,世

人の期待 に添 うものであることを念願いた します。 義務 に忠実 なる閣下の下僕 ウイ リアム・シェイクス ピア (岩崎 。稲生訳

,113頁

) その献辞 にはオヴイデ ィウスの 『アモーレス』 のラテ ン語が添 えられている。 愚かな群衆 は劣悪 なものを感嘆するがいい。わがために

,美

わ しい 日の神 よ

,詩

歌の霊泉へお 導 きください。 一般 に

,貴

族 に対す る献辞 というものは

,詩

人 による阿訣

,追

従 と詩人 自身の卑下か らなる もの であるが

,そ

してこれ も一つの例ではあるが

,こ

の献辞 は

,過

度の追従 と卑下でない とい うことで あろう。なによ りも私 たちが見落 としてな らない ものは

,シ

ェイクス ピアが『ヴイーナス とア ドウ エス』 とその後に書 く詩 (『ルクリース

J)に

対す る強い決意 と自信のほどを示 していることである。 シェイクス ピアは,「万の心 を持つ」 とか

,変

化 自在 な「 カメレオン詩人」 とかいわれてい る よ う に

,多

くの劇作品においては容易 に彼の真相 を見せず

,

また

,彼

の個人的意見 を示す文書 を殆 ど残 していないが

,こ

の献辞か らは

,意

外なところか ら

,シ

ェイクス ピアの姿が にじみ出ているのでは なかろうか。 また

,シ

ェイクス ピアは,「愚かな群衆」が感嘆す る愚劣 な芸術 と違い

,こ

の時期 に詩歌 の霊 泉 に分け入ろうと決意 している, といってよかろ う。サ ウサ ンプ トン伯が この献辞 に応 えたためであ ろうか, シェイクス ピアは第二の長詩 『ルクリース』 を

,同

じサ ウサ ンプ トン伯 に捧 げる。 エコラス・ ロウ(16741718)に よれば

,シ

ェイクス ピアは二つの詩の献呈 によ り

,サ

ウサ ンプ ト ン伯か ら1000ポ ン ド下賜 されたという。当時の貨幣価値 についてだが, ピーター・ トムソンによれ ば,「年収200ポン ドの収入は

,エ

リザベス朝の基準ではよい ものであった一待遇の よい学校教 師の 約10倍である。」(『職業作家 としてのシェイクス ピアの生 涯』(s力αヵοψοα惚

`身

″ddttι

,J働

脅珍つ ケ ンブリッジ大学出版局

,1992年 ,25頁

)。 この貨幣価値 を準用すれば

,100oポ

ン ドの収 入 は学校教 師の年収の約50倍とい うことになる。 そうなれば

,下

賜 された金額 は多す ぎは しないか とも思われるが, ともか く

,シ

ェイクスピアは, ペス トのために

,演

劇 によ り多 くの収入を望めな くなった 日々にあって も

,詩

を書 くことによ りそ れにかわる生活のための1又入 を得たとい うことだけは

,い

って もよかろう。 しか しシェイクス ピア が獲得 したのは

,報

酬 ばか りでなかった。 1598年に フラ ンシス・ ミアズ (15651647)は 『パ ラデ イス・ タ ミア』

(乃

JJ,ヵs ttTP施 :1/79ん T77αd夕

(1598年 )を

出版したが,そ の中で彼は

, エウポルボスの魂がピタゴラスの中に住むと考えられたように

,オ

ヴイデイウスの甘美な機知 にとむ魂は

,甘

美なひびきの

,密

の舌をもつシェイクスピアの中に住む。彼の『ヴイーナス』 [ルクリース』そして親 しい友人の間で読まれている砂糖のように甘い『ソネット詩集』 を見 るがいい。

(E.K.チ

ェンバーズ『ウイリアム・シェイクスピア』 オックスフォー ド大学出版 局

,1930年

,第

二巻

,194頁

)

(6)

と述べている。彼はシェイクスピアの詩を「甘美 なひび きの

,密

の舌 をもつ」 ぐmellMluous and honey tonguedつ ,「砂糖のように甘い『ソネット詩集』J(`sugared Sonnetsつ と表現 しているが

,

シ ェイクスピアは『ヴィーナスとア ドゥエス』『ルクリース』 と『ソネット詩集』(『ソネッ ト詩集』 の出版は1609年であるが

,そ

れ以前に書かれ

,友

人たちのあいだで

,読

まれていた

)の

三作品で, サウサ ンプ トン伯からの推測の域 を出ない額の幸R酬ばか りでな く

,劇

作家の地位 より高い詩人 とし ての地位 も獲得 したといってよい。 劇作家にとって困難な時代に

,シ

ェイクスピアは詩人としての実利 と名声を得ることによつて, じつにしたたかな生 き方 をした。 しかもそれ以外に

,詩

を書 くことは

,創

作家 としてのシェイクス ピアにより大 きい意味を与えた。その時のシェイクスピアが理解できた以上の意味を与えたといっ てよい。 シェイクス ピアにとって詩 を書 くことは第一 に

,規

則的な律動 と脚韻 を持つ

,劇

よりはるかに厳 格 な形式 を持つ詩 において

,こ

とばを一語一語探 し出 し

,ま

た練 り上げる訓練 をしたことであつた。 シェイクス ピアはそうい う詩作の時期 を経験 した後 に

,ブ

ランク・ ヴァース (無韻詩∼脚韻 を踏 ま ない弱強5歩格の詩

)や

散文 を使 って劇 を書 けば

,は

るかに柔軟で

,

しなやか な律動 とこ とば を持 つ ことがで きるだろう。 シェイクス ピアは

,登

場人物 の性格

,そ

れぞれの効果

,場

面 に応 じて

,荘

,あ

るいは軽快 な

,ス

ピーデ ィあるいは緩慢 な効果 を

,

自在 に表現す ることがで きるだろう。 型の きび しい訓練 をつんだ後の

,詩

よ り柔軟 な形式 をもつ劇の創作 は

,た

とえ型 を くず してい く に して も

,そ

れがなかった ときの創作 とは違 った ものである。 このパ ター ンは優れた芸術家が経験 する基本パ ター ンではなかろうか。 では

,シ

ェイクス ピアにとつて

,律

動 とは何 を意味 していたのか。英語 には

,固

有で

,受

け継が れている律動があ り

,シ

ェイクス ピアはそれを使 うことか ら始めたが

,ま

ず 日本語 について考 えて み よう。 どの言語 にも

,そ

れにふ さわ しい律動がある。それは長い年月にわたって受け継がれ

,そ

して磨 かれてい くものである。わが国の交通標語 に「 ち ょっと待て車は急 に止 まれない」というのがある。 調子 よ くリズムが整え られ

,一

語の無駄 もない この標語 は

,お

ぼえやすい ものである。数 えてみ る と

,こ

れは五.七 .五の17音か ら成 っていることがわかる。す るとこれは俳句 と同 じ音数 とい うこと になる。 詩の一つのジャンルであるつF句は

,

日本語 に合 った律動 を持 ってお り

,こ

の律動 を日本人はそれ と知るまえにおぼえている。いわば日本人の肉体がそれに自然 に反応するまでになっている律動 で ある。 この律動の基本 は F古事記』 に見 られる。 神 の命 は 妻枕 きかねて 高志の國に 有 りと聞か して 有 りと聞 こして (『古事記』 第二歌第一連) これは五・七調の律動か ら成 り立 っている。長詩 を作 るときの 日本語 に合 ったリズムであろう。 本語の もう一つの律動 の基本は

,謡

曲に見 られる。 の         を を

一ゅ︺蜘

韓説

さ力ヽめ

中簸

(7)

河原面 を過 ざ行 けば, 急 ぐ心 の程 もな く 車大路 や六波 羅 の じぞ うど う 地蔵堂 よと伏 し拝 む (謡

曲『熊野

J) これは七・五調の律動である。土居光知 (F文学序説』岩波書店

,1977年

, 167頁

)に

よる と, 「五七が力 にとみ

,七

五がなだ らかな落着 きを有する」 といえよう。 これ ら五・七 または七・五調 は

,私

たちが無理 な く

,調

子 よ く発声で き

,

しか も記憶 しやすい律 動 といえる。そ して

,わ

が国の短歌 と俳句 は

,五

・七調及び七・五調 を基本 として成立 しているこ とになる。 では

,英

語の律動の基本的な ものは何 だろうか。 その一つは弱強

5歩

格の律動 であろう。 これはジェフリー・チ ョーサー(1343?-1400)に よつて初 めて使 われ

,そ

の後500年間にわたって多 くの詩人たちに使 われて きた律動である。チ ョーサーは, これを2行づつ押韻 して用いたが, シェイクス ピアは

,劇

においては脚韻 を踏 まない弱強5歩格 (ブ ランク・ヴァース

)を

主に用 いたが

,詩

作品 [ヴィーナス とア ドゥエス』 層ルークリース』 属ソネッ

ト詩集』 においては

,そ

れぞれababcc(6行連

),ababbcc(7行

連),ababcdcdefef8g(14行連

)と

う脚韻形式 を用いることになった。同 じ弱強5歩格で も脚韻の有無

,種

類 によつて

,劇

と詩

,詩

なかで も作品によって

,シ

ェイクス ピアは使 い分けている。

その例 を『ヴィーナス とア ドウエス」 か ら引用 してみ よう。

Bid ttelこsc∴rse‖FwillttchれtrhIIle eれ;││

o r like Fttir匠ltripllpも nliFe grとen;‖

6r l(kelTnttmphll予 ith iもng,1訴shと

led hhir,‖

Dance流

e slnds‖

dyとttto foもrng Sとen.‖

LもveXttshi品

11脇mpムct瞼

e,││ Nち

gross、

sttk‖

tlをht‖

d w l澳 ptte.‖(145-50 私 に話せ といってお くれ

,そ

うすれば私はあなたの耳 をうっと りさせ ましょう。 あるいは妖精のように

,緑

の野 を軽やかに通 りす ぎましょう。 あるいはニ ンフの ように

,長

い髪 を振 り乱 して, 足跡 も見せず に

,砂

原で踊 りま しょう。 愛はすべて火 よ り作 られた精霊, 鈍重 に沈み もせず

,軽

やかに昇 ろうとするもの。 ′ は弱勢

,Vは

強勢の記号であ り

, │は

歩格 (強音節は弱音節 と結びついて一つの律 動 を作 るが, その律動の単位 をい う

)の

切れ 目を示 している。そ うすると

,こ

の詩 は弱強五歩格 (1行

,4行

と5 行 日の第一歩格 は強弱 となってお り

,こ

れは行頭 によく見 られる

)と

なっている。 この1行を

,途

中に休止 ‖を入れて読 む (行末で も休止 とする

)と

,何

10行

,何

100行ある長詩 (『ヴイーナス

Jは

1194行 ,『ルクリース』 は1855行

)で

,楽

々 と読める。詩の抑揚 と中間休止 と行末休止 は

,英

詩 を読む人間の呼吸の リズムで もある。 これはチ ョーサーを始め として

,イ

ギ リスの詩人達が長い時 間をかけて

,受

け継 ぎ

,受

け継 ざしなが ら

,磨

き上げた もので あ った。 シェイクス ピアは この律

(8)

動 を

,長

詩では脚韻 を踏みなが ら

,練

り上げてい く。上の詩の行末の語が持 っている発音 を示せば 次の通 りである。 ….ear[br] ...green[grin] ...hair[h8or] ...seen[si:n] .・ .fire[faiЭ r] ...aspire[aspaiЭr]

1行

日のearと

3行

日のhair, 2行日のgreenと

4行

日のseen, 5行 日のireと

6行

日のaspireの,

それぞれの語の最後の音節の

,強

勢ある母音 とそれに続 く子音が同一であるか又は類似 している。

即 ち

,脚

韻 を踏んでいることになる。 こうい う脚韻の形式 を示せば,ababccの脚韻 をもつ とい う。

ここで脚韻 とは

,行

と行 をつな ぐ役 をはた し

,押

韻の形式 は

,詩

の模様 を意味するもの となろう。

ここで問題 なのは

,詩

人にとつて, シェイクス ピアにとって

,脚

韻 を踏む弱強

5歩

格の詩形が ど

うい う意味があるか とい うことである。

とい うのは

,シ

ェイクス ピアが`enchant thine ear'と 1行日を終えれば

,3行

目には,`ear'と 同一音

又は類似する音 を考 えなければな らない。あるいは

,逆

,3行

日の行末が`hair'と決 まれば

,1行

日の行末はそれ と同 じ母音でなければな らない。要するに

,1行

日と3行目は同一 または類似 してい る母音でなければならない。 同様 に

,シ

ェイクス ピアが2行日と5行目を`green'ま たは`ire'と 終 えれば

,そ

れぞ れ同 じ音 が , 4行日または6行日の終わ りに来 なければならない。 シェイクス ピアはこの ような形式で

,1000行

以 上 も続 けて書 くわけである。 こうい う脚韻探 しは苦労であったが

,こ

の作業 を完全な もの とす るためには

,こ

とばの省略 と語

順の倒置が必要であつた。上の詩の1行目の`Bid me dttcourse,I win enchant thine ear'(私 に話せ

といってお くれ

,そ

うすれば私 はあなたの耳 をうっとりさせ ましょう

)に

あつては

,こ

の行の前半

と後半 を`and'で補 えば (命令形 プラス

and),論

理的には

,無

理な く結 びつけ られる

,

とい つて も

よかろう。 しか しそれに続 く

2行

日`Or like a fairy,tAp upon the green'(あ るい は妖精 の よう

,緑

の野 を軽やかに通 りす ぎましょう

)は ,1行

目との続 きで考 えると

,論

理 的 に矛盾す る。例

えば,`or bid me wЛ k,and l win trip upOn the green like a fairy'(私 に歩け といつてお くれ,

そ うすれば私 は妖精の ように緑の野 を軽やかに通 りす ぎま しょう

)と

で もする しかない。 しか しこ

の ように書けば

,単

調 になるばか りでな く, リズムが くずれ

,ま

た脚韻 を踏 まな くなる。そのため

に`bid me walk'の省略 と`like a iary'の語順の倒置が必要 とされる。3行日も4行日の前半 も同 じ

ことがいえる。4行日後半 には`and yet nO footing seen'(足跡 も見せず に

)と

あるが

,こ

れは`and

yet no fooing will be seen'の省略であろう。

ブランク・ ヴァースで劇 を書 くの と違い

,詩

人にとつて脚韻探 しは省略 と語順の倒置の作業 を含

む大変 な苦労であった。詩人はこのためにことばを練 り上げて

,語

彙数 を豊富 に しなければな らな

かった。そればか りではな く

,そ

れまでに存在 しなかった語は新語 を作 るとい うことで対応 し

,ま

たは今 まで とは違 った語義で既存の語 を使 うとい うこともしなければな らなかった。詩人は

,新

語,

(9)

シェイクスピアにとって詩を書 くことは第二に, ば

,こ

とばで書かれた絵 とでもいえるものであ り, がら絵 をみることになる。 最初に『ルクリース』から引用 してみよう。 絵画的描写 に努めたことである。それは

,い

わ 読者はシェイクス ピアの詩 を読み

,そ

こにさな

Her lily hand her rosy cheek lies under, Coz'ning the pillow of a lawful kiss,

Who therefore angry seems to part in sunder,

Swelling on either side to Mrant his blissi

Between whose hills her head entombed is, Vhere like a virtuous monument she lies To be admired oflewd unhallowed eyes.

ヽVithOut the bed her other fair hand襦 「as,

On the green coverlet,whose perfect、vhite

Showed like an April daisy on the grass,

With pearly sweat resembling dew of night.

Her eyes like marigolds had sheathed their light,

And canopied in darkness sweetly lay

Till they might open to adorn the day.

彼女の百合の手は

,バ

ラの頬の したに横 たわ り, 当然受けるべ き接吻 を枕 か ら奪 っていた。 枕 はそのために怒 り

,二

つに裂けた と見 え, 祝福 を奪われて

,両

側 にふ くれあが った。 その二つの丘の間に彼女の頭は埋め られ, 貞女の記念像のように横たわっていた。 渥 らな

,不

浄な目があがめるのにまかせて。 もうひとつの美 しい手は

,寝

床 のそ との, 緑の掛け布団の うえに置かれていた。その純 白の色は 若車の上 に咲いた 4月 のひなぎくの ように見 え, そこには夜露 を思わせる真珠の汗 も浮かんでいた。 彼女の目はキ ンセ ンカの ように光 をさや にお さめて, 暗闇の天蓋の下に静かに横 たわっていた。 ふたたび見開かれて, 日を飾 るその ときまで。 (38699) 読者は詩 を読みなが ら

,こ

とばが紡 ぎだ した絵 を見ていることになる。『ルクリース』 の詩 には, 対照的に描かれた豊かな色彩がある。白百合の ような片方の手 とバ ラ色の頬

,

もう一方の白い手 と 緑色のベ ッ ドの上掛 け

,ひ

なぎくの白と若草の緑

,真

珠の白と夜の間

,光

と闇。

(10)

では

,寝

ている魅力的な女性

,あ

るいは絵 になる女性 とは

,ど

うい う姿なのだろうか。両手 を揃 えて布団に入れ

,

きりっと上 を向いて

,口

を閉ざ して眠っている姿一 これは魅力的な美人でな く, 死人にふ さわ しい。か といって

,あ

らわにみせた寝姿 なのか。 シェイクス ピアは

,心

持 ち横向 きになって

,片

方の手 を頬 に当て

,

もう一方の手 をベ ッ ドの上掛 けにお き

,柔

らかい枕 のなかに頭 を埋め

,閉

じられた目に も明か りを宿 しているルークリースの寝 姿 を描 いた。 このルークリースが′とヽ持 ち横向 きになつているか らこそ

,こ

の寝室 に入って きた ター クイー ンも

,読

者 もともに彼女の寝顔 をよ く見 ることがで き

,

しか も下品に流れない。描 く角度 も 意味があるといえよう。 しか もこのルクリースは

,丘

や天蓋 とい う広 くて

,大

きい背景のなかに, 咲 き誇 る百合

,バ

,ひ

な ぎくそ してキンセ ンカを配 して

,貞

女の記念像のように横たわっている。 これが色彩 と構図を持 ったことばによる絵 とい うゆえんであが

,こ

の絵画的な描写が劇作家 シェイ クス ピアにとって重要な意味 を持 って くる。

But iook,the morn in russet mantle clad

ヽヽ「alks o'er the dew of yon high eastern hill.

おお

,見

たまえ

,朝

があかね色の衣 をまとい, あの高い東の丘の露 を踏み しめなが らやって くる。(『ハム レッ ト』

1.114748)

これは

,円

熟期の劇 の絵画的描写である。 シェイクス ピアは

,大

道具 も小 道具 もない に等 しい 「裸の舞台」 を想定 して劇 を書いてい く際

,こ

の ような絵画的描写 を必要 とした。 登場 人物 の この ような科 白が

,観

客 に背景 を想像 させた。言い換 えれば, これ らは大道具

,小

道具 などの舞台装置 の役割 を担 っていた。 シェイクス ピアは

,所

作がな く

,登

場人物やヤマ場の少ない詩のジヤンル と い う厳 しい創作の場で

,こ

の ような描写の鍛錬 をつんだことになるが

,こ

のことがす ぐれた劇作家 シェイクス ピアを作 ったことになる。 シェイクス ピアにとつて詩 を書 くことは第三に

,色

彩の配合 もよ く

,密

に織 りなされた織物 と同 じように, ことばが互いに呼応 して調和が とれている

,い

わば有機的統一 をもった作品を書 くこと であった。詩

,特

,14行

か らなるソネッ トこそは

,こ

とばによる作品の

,有

機的統一体 のための 格好の場 となった。 シェイクス ピアがそれ までに書 いた『ヘ ンリー六世』三部作 は

,筋

の統一や こ とばの含蓄 に欠けるところがあったが,『ソネ ッ ト詩集』 は

,密

に織 りなされ た含 蓄 あ る表現 を持 っている。 ここでは60呑を取 り上げてみ よう。

Like as the Mraves make towards the pebbled shore,

So do our minutes hasten to their end,

Each changing place、vith that、vhich goes beforei ln sequent toil all forwards do contend.

Nativity,once in the main oflight,

Crawls to maturity,wherewith being crowned

Crooked eclipses'gainst his glory fight,

And time that gave doth now his gift confound.

Tilne doth transfix the flourish set on youth, And delves the parallels in beauty's brow;

(11)

Feeds on the rarities of nature's truth,

And nothing stands but for his scythe to mow.

And yet to times in hope nly verse shaH stand, Praising thy lllorth despite his cruel hand. 波 が 小 石 の 浜 辺 に 寄 せ る の と 同 じ よ う に, 私の生の一瞬

,一

瞬 もその終局へ と急いでい く。 つ ぎつ ぎに前へ行 くものに取 って代わって, すべてが苦 しみなが ら先へ先へ と進む。 光の海の中に生 まれた赤ん坊 も, 這 うように して成熟 に達 し

,冠

をいただいた と見 るや, 曲がった衰微 に栄光 を くもらされる。 生誕の恵物 を与 えた「時」は今やそれを破壊する。 「時」は青春の飾 りをつ きさし, 「美」の額 に しわ を掘 り, 真実なる自然の美 を食いつ くす。 「時」の大鎌 に刈 りたお されない ものはない。 しか し

,私

の詩 は希望の未来 に至 るまで, きみの価値 を賛美 し,「時

Jの

残酷な手 に反抗するだろう。

これは14行か ら成 る詩で

,1行

は10音節

,押

韻は1行日`shore'と 3行 日`befOre',2行 `end'と 4

行 日`cOntend'と い うように続いてい く。即 ちabab l cdcd l efef l ggと い う脚韻 の形式 である。 こ

の ソネ ッ トには

, 4行

連三つ

, 2行

連一つがあるが

,詩

人は起承転結の四つの連 を用いて

,想

いを

のべることがで きる。

この14行を使 ってシェイクス ピアは

,実

に込み入 ってはいるが

,緊

密 な関係 を持 ち

,統

一 された

詩―いわば有機的統一体― を作 り出 している。

第一連の1行日の`pebbled shore'1/1ヽ石の岸辺

)は

,`rocky'(岩 の

)で

ない こ とに意味があ る。

波が岸 に打 ち寄せ

,岸

の小石が どっとくずれる。その小石の一粒一粒が

,私

たちの一分一分(`min utesつ とな り

,人

生 とな り

,そ

れが終わ リヘ と急いでい く。3行と4行はそれをもっと具体的に表現 したもの となっている。従 って`each'は

,波

を指 し

,同

時 に時間を指す ことになる。4行日の `cOn― tend'は ,「前へ前へ と急 ぐ」 とい う意味のほかに

,戦

うとい う原義があるが

,こ

れが同 じ行の`tЫl' (争い

)と

も呼応 している。 第二連の始めの`naivity'は

,生

誕 とい う抽象語であるが

,同

時に赤 ん坊 を具象的に示 している。 ではなぜ`baby'と しないのか。`baby'とすれば

,指

示する ものがあ ま りにも明確 となって しまい , 他の語 との結 びつ きが希薄 となるか らである。

W.G.イ

ングラム とT,レ ッ ドパース ([シェイクス ピアの ソネ ッ ト詩集』(Sヵα″οψια惚 `Sο吻ぬ) ロン ドン大学出版局

,1967年

,140-41頁

)に

よれば

,抽

象語のInadvtty'は

,赤

ん坊 とい う意以外 に,`main'(海

)と

関係 していると考 えると

,海

の`nativity'は小 さな波 ととれる, としている。 ま た光 (1lightう に力点が置かれれば,`naivity'1よ 昇ったばか りの太陽 とい うことになろ う。 この よ うに`nati ty'は

,抽

象的に書かれているか らこそ

,三

つの意味 を表す ことになる。 この三層 の意 味は`cravls'(赤ん坊が腹這 う ;波 が進んでい く ,太 陽が天空 を進 んでい く

),Imatunty'(赤

ん坊

(12)

が大人 となる ;小 さな波が大 きくなる;太陽が天空 を駈け昇 り

,朝

が昼 となる

)と

つなが り, さら に 'crowned'(王 冠 をかぶ る

)で

,人

間だ と大人

,太

陽な ら天頂

,波

な ら波頭 とな り,IcrOoked' (曲がった

)で

は人間では背が曲がる

,波

で は崩 れ落 ちる

,太

陽で は光 を失 うとなる。 なお この Icrawls',`crown'd',`crooked'の rの 音のぶつか り合いの効果 も面 白い。 次 に,「時間」('time')の役割が書かれている。それは「青春の飾 りを射抜 く」射手 としての役 割 や

,ま

た鎌 を持 った死 に神 としての役害Jがある。

H行

日の

,自

然 によつて作 られた「真実なる自然 の美」 は

,■

ourish'(飾 り

)と

`beauty'(美

)の

両方 を意味 し

,そ

れこそ「時」の`gl■

'(恵

)で

ある。 最後 に

,2行

連句が くるが

,こ

れが この詩全体の結論 となっている。13行日の「私 の詩 は (反抗

して

)も

ちこたえよう」 ぐmy verse shall standり は

,前

行 の `nothing stands'(「 持 ちこたえる も

のは何 もない (倒されない ものは何 もない)」

)と

呼応 し

,か

つそれを否定 してい る。「時の残酷 な

手 に対抗 して」(`despite his crud hand')の `despite'1ま

,辟

↓抗 して」の意 を持 ち

,そ

れ は

4行

の よtOil'(骨折 り

)と

`contend'(奮聞する

)と

,意

味 において呼応 してい る。 詩 人 は

,減

びる もろ もろの ものを見や りなが ら,「時」 に耐 えうる詩 を作 つて,「時

Jに

一生懸命対抗 してみせ よう

,

と いっている。 この ように

,複

雑ではあるけれ ど

,意

味は互いに呼応 し

,あ

る語が別な語 を引 き寄せ

,そ

れが ま た別な語 を生み出 してい きなが ら

,14行

全体 は

,深

みのある

,緊

密 に織 りなされた有機的統一 をも っている詩 となっているといえよう。

実は

,こ

の中の新語は,`pebbled'1/1ヽ石の

),新

語義 はIsequenど (連続的な),`cOntend'(前進 の

ために

,奮

聞す る

),Im

n'(海

),`ddve'(穴

を掘 る

)で

ある。 新語 `pebbttd'は ,`rOcky'と は異

な り

,小

石が ちらばって

,そ

れが人生の 1コ マ 1コ マ となるとい う意味で, このソネットの中では,

大切な語であるといえよう。そ して,Im n'と `delvejは

,シ

ェイクス ピアが比H微的に語義 を拡大 し

て使 った語である。特 に,`mttn'は「広が り」 とい う意味のほかに

,原

義 としての「海」の意 を持

つてお り

,こ

れがあるために

,第

二連全体 は緊密 に結 び合わされているといえよう。他 に面 白いの

は`cOntend'であ り

,こ

れは『オ ックス フォー ド英語大辞典』(OED2)に よる と,`tO prOceed with effort'(努力 して前進す る

)で

あるが

,や

は り原義の「戦 う」 を持 つているか らこそ

,既

述 した よ うに

,最

終連で効果的な呼応関係 を持つ ことになる。 この ような複雑 なものが

,こ

の ソネッ トの主題「時」 を中心 に して

,

きわめて効果的

,有

機的に 織 りなされてお り

,有

機的統一 を持 った作品を形成 している。 シェイクスピアは14行とい う短詩で

,換

言すれば

,緊

密 な構造体 を作 る格好の場 において

,繰

り 返 し

,繰

り返 し (154編の ソネッ トを書いている

)練

習 をすることになった。そのため に

,散

混 に 流れかねない劇 において も

,有

機的統一 を持 つた劇 を書 くことになる。即 ち

,音

楽 におけるフーガ ー と同 じように

,主

題 を提起 し

,発

展 させ

,維

持 し

,繰

り返 しなが ら

,有

機的統一 を作 ってい くこ とが可能 となった。例 えば, シェイクス ピアは『ロ ミオとジュリエ ッ ト』 においては

,若

者の強烈 な恋 を

,暗

闇のなかの光 に例 えて

,光

(太陽

,月

,星 ,火,稲

,火

薬の さらめ き

,美

と愛の光等) と暗闇 (夜

,雲,雨 ,霧 ,煙

)の

多 くのイメージを作 り上げ

,そ

れ らを繰 り返 した り発展 させた りしなが ら

,主

題の もとに密接 に織 りあげてい くのである。 シェイクス ピアにとって詩 を書 くことは第四に

,事

物 をよく観察 し

,異

なった事物のなかに

,類

似点 を見つけるとい う物の見方 を鍛錬す ることとなった。 これ らの物の見方は

,そ

れ 自体 として意 味があるばか りでな く

,新

しい比喩表現 を作 ることに通 じてお り, これは詩 においては特 に重要 と

(13)

な った。 比 Ⅱ謙とは

,ア

リス トテ レス に よれ ば,「 それ に もま して最 も重 要 な もの は

,語

の転 用 (比F誡

)の

能力 を もつ とい うこ とであ る。 た だ この能力 だけは

,他

人 か ら学 んで得 られ る とい うものでなな く, それ は まこ とに天賦 の才の しる しとい うべ きであ る。 なぜ な らば

,語

のす ぐれた転用 (比喩

)を

な しうる とい うこ とは

,事

物 のあい だ に類似 を洞 察す る こ とにほか な らないか ら」(藤沢 令 夫 訳 『詩 学』筑摩書房

,1966年 ,45頁

)で

あ る。 ここでいう転用 (比喩

)と

,憤

例的に使用 されている比喩ではなくて

,詩

人が初めて使 った比 「論のことではなかろうか。そうだとすれば

,そ

ういう比喩表現の多 くは

,比

喩的または転用的に作 られた新語あるいは新語義であることにな り, シェイクスピアがそれまでに書いた『ヘンリー六世』 三部作 と違って

,詩

において

,新

,新

語義数は格段 に多 くなる。 最初に

,比

I識的に作 られた新語 を例示 しなが ら考えてみよう。

O comfOrt killing Night,… .

Bhnd muffled bawdI(LUC 768) おお

,慰

めを殺す夜 よ, 顔 をおおった盲の女街 よ。 `bawd'(女 衡

)と

,夜

の比Ⅱ誡として使 われたことばである。 シェイクス ピアは,「 顔 をおお った 盲 目の女街」のなかに

,真

っ暗闇の夜 との類似点 を見つけ,`mufHed'(マ フラー等で顔 を覆 ってい る

)と

い う新語 を作 った。 これは新 しい比喩であるだけに生 き生 きとしている。 これ と同 じことが次の比喩的な新語 について もいえる。

For,by this black faced night,desire's foul■ urse,(VEN 773) なぜ な ら, この黒 い顔 を した夜

,情

欲 の醜 い乳 母 にか けて … 。lofty trees,...erst from heat did canopy the herd,(SON 12)

高 い樹 林 は

,つ

い先 頃 まで

,羊

の群 を暑 さか ら守 る天蓋 となっていた。 So you o'er green my bad,my good a1low?(SON l12)

君 が私 の善 を是認 し

,悪

には緑 の草 をかぶせ るな ら これ らは

,そ

れぞれ「黒 い顔 を した乳母 の ような暗い夜 」「天蓋 でおお うよ うに

,高

い樹 林 が羊 の群 をおお う」「緑 の車が何 もか も隠す ように

,君

は私 の欠点 を隠 して くれる」 とな っ て い る。 そ れ ぞ れの異 な った事 物 の なか に類 似 点 が見 つ け られ て

,

比 世論的 新 語 `black―faced'1'canopy', lo'ergreen'が作 られ るてい る こ とになる。 新語義 と して は

,次

の例 がある。

Her eyes like marigolds had sheathed their light, LUC 397 彼 女 の 目はキ ンセ ンカの ように光 を さや にお さめた。

シェイクス ピアは,「 刀剣類 の刃 を鞘 にお さめ る」 の なか に「光 を瞼の中に閉 じこめ る (目 を閉

(14)

こ うい う比喩 的新語義 は次 の例 で も同 じであ る。

Desire my pilot is,beauty my prize.(LUC 279) 欲望 が お れの水先案 内だ

,美

が お れ の獲物 だ。 Thine eye darts forth the fire that burneth me,(VEN 196) あ なたの 目は火 の矢 を放 ち私 を焼 く尽 くす。

Whose vulture thought doth pitch the price so high(VEN 551) 彼 女 の禿鷹 の欲望 は身代 金 の値段 をこれ ほ ど高 くつ り上 げ る。 And summer's green all girded up in sheaves (SON 12)

また夏 のみ ど りの麦がみ な刈 られ

,束

ね られ て _.age's steepy night,(SON 63)

老年 の険 しい暗夜へ と

Beggared of blood to blush through lively veins,(SON 67) 生 きた血 管 を流れ る赤 い血 に事 欠 き これ らはそれぞれ,「 水先案 内人が私 を案 内す る ように

,欲

望 が私 を案 内す る」「矢 をなげ る よう に

,あ

なたの 日ははげ しい視線 を放 つJ「 がつがつす る禿鷹 の ような彼女 の欲望」 剛要な どを帯 で し め る よ うに

,麦

を麦 わ らで束 ね る」「険 しい坂道 の ような老年 とい うきび しい年齢」「金 品の不足 す る乞食 と同 じように

,血

管 を流 れ る血 が不 足 す る

Jと

な ってい る。 この種 の比喩 的新語

,新

語義 は

,劇

にお いて も

,長

詩 の創作後

,即

ち,『恋 の骨 折 損 』 以 降

,多

く作 られ る こ ととなった。 先 にあ げた「語 のす ぐれた転用 (比喩

)を

な しうる とい うこ とは

,事

物 のあい だ に類似点 を洞察 す る こ とにほか な らない

Jと

い うア リス トテ レスの比Ⅱ誡論 は

,す

ぐれた もので あ り

,現

在 で も十分 に通用 す るが

,欠

落 した部分 があ る, と思 われ る。 とい うのは

,詩

人が事物 のあい だ に類似 点 を洞 察 して も

,そ

れ らを結合す る力 が なければ

,比

Ⅱ誡表現 には な らないので は ないか。類似 点 を洞察す る こ とが往 々に して結合す るこ とになる と して も

,は

た して

,そ

れ らを結合す る力 とは一体何 なの か。 ウイ リアム・ワーズヮース(1770-1850)1ま ,「異 なった観念 を結合するものは

,高

まった感情であ る」(『抒情歌謡集』(り河θα′Bα,ια,s)再版の序文

-1800年

)と

いっている。 ワーズ ワー スは異 なっ た事物ではな くて

,異

なった観念 としているが

,そ

れ らはほぼ同 じ意味 を持つ といって よい。そ し てそれ らを結合する力は

,高

まった感情であるといっているが

,シ

ェイクス ピアの場合 は どうなの か。それを考 えるために

,シ

ェイクス ピアの ソネ ッ ト113番の一部 を引用 しよう。

For if it see the rud'st Or gentlest sight,

The most sweet favour or deformed'st creature,

The nlountain or the sea,the day or night,

The crolll or dOVe,it shapes thenl to your feature. Incapable of more,replete、 vith you,

(15)

日は どん なに粗野 な

,あ

るい はや さ しい もの を見 て も, どれほ ど美 しい もの

,あ

るい は奇形 を, 山で も海 で も

,昼

で も夜 で も, 鳥 で も鳩 で も, 日は どれ も君 の姿 に変 えて しまう。 これ以上 は見 るこ とはで きな くて

,君

へ の思 い に満 た されて, 私 の真心 は私 の 目をこの ように虚偽 にす る。 詩人の 日は

,

さまざまな外的事物 を見て も

,そ

れを「君の姿」 に変 えて しまう。 とい うことは, その目が

,例

えば

,烏

のなかに「君」 との類似点 を認めるばか りでな く

,鳥

を君 に変容 させ るので ある。そ してこの変容のなかに

,鳥

の類似点が溶け込 んでいる。 したがって

,変

容の作業 とは

,異

なった事物の間に類似点 を認める作業 を一歩押 し進めた ものであ り

,結

合の別な形態である。そ し

,こ

の変容あるいは結合 を促す ものは

,詩

人の「君への思い」(replete witt you),換 言す れば,

強い感情である。 これ と同 じことをシェイクス ピアは

,ソ

ネ ッ ト114番で「君へ の愛」 が錬金術 の 働 きを して

,さ

まざまに異 なった ものを変容 させ

,結

合 させている, といっている。 強い感情

,愛

情か ら発 した

,こ

の種の錬金術 にも似 ている働 きがあるか らこそ

,

シェイクス ピ アはきわめて多 くの比H論的新語

,新

語義 を作 り出す ことになる。 この ように, まず何 よりも, シェ イクス ピアは愛の詩人である。 娼壕 をきわめたペス トの流行 も

,1594年

になると衰 えを見せ

,同

じ年の6月 になる と

,

ロ ン ドン において劇の奥行が再 び正常 にかえった。記録 に残 っているロン ドンでの奥行は『タイタス・アン ドロニカス』が1594年1月 に,『じゃじゃ馬ならし』が同 じ年の6月に,『間違いの喜劇』が12月に上 演 されている。 そ してシェイクス ピアは1594年には

,新

作三編 『ヴェローナの二紳士』『恋の骨折 り損』『ロ ミオ とジュリエ ッ ト』 を立 て続けに書 いて

,本

格的劇作家 になろうとする。

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参照

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