就職支援プログラムの試行
Trial of the Support Program to Get a Job
伊東 久美子、福良 博史、大天 健一、鈴木 寧々注) ITO Kumiko, FUKURA Hirofumi, DAITEN Kenicho, SUZUKI Nene 1�はじめに リーマンショック以降景気の後退により就職 は非常に厳しく、昨年 10 月時点で大卒の就職内 定率が 50~60%と報道されている。企業側は生 き残りをかけ少しでも優秀な人材を採用しよう と、書類選考・適性検査・一般常識・小論文・ グループディスカッション・集団面接・個別面 接といった多様な採用プロセスを準備して学生 を篩にかけてくる。さらに応募者が多い企業で は、事前に提出するエントリーシートでも相当 数の学生を選別する状況である。 このような背景から、職務経験をもたない学 生が、何の準備もなく就職試験を突破すること は困難である。特に最近はコミュニケーション 能力が重視されており、成績は優秀なのに真面 目で口べたな学生が何カ月も就職が決まらず苦 労している例が何件もある。これまでのように 就職活動時に対策を行うのでは遅く、入学と同 時に始め、日常生活の中でも意識的にトレーニ ングしていく必要がある。さらに、労働市場で 困難局面に遭遇してもキャリア形成する基礎力 を育み培うキャリア教育の重要性を指摘する報 告もある1)。 そこで、東京校の就職支援の授業について、 学生が就職活動で自分の言いたいことをきちん と主張できるなど、潜在的能力を充分に発揮し てスムーズに社会人に移行できるように、新た な内容を組み入れて実施したので報告する。 2�就職支援授業について 従来から、専門課程については「キャリア形 成論」や「職業社会論」、応用課程については「生 注)東京センター:就職支援アドバイザー 涯職業能力開発体系論」といった就職支援の授 業が行われている。しかし、これらの授業は、 面接練習や SPI 検査などの一部の時間を除いて 各科に任せられており、共通の枠組みで実施し ていたわけではなく、他科の学生とグループワ ークを行うような交流授業はなかった。そこで 今年度は、就職活動に必要な要素を整理してこ れらの授業に加味し、共通の枠組みで行えるよ うにする。また、それぞれの授業の役割をより 明確化し、体系づけて横断的に実施できるよう にする。このようなキャリア・就職支援センタ ーミーティングでの決定を受け、平成22年度 のカリキュラムにおいて、科を超えたワークガ イダンスなどのグループワークを用いた授業や ジョブ・カードを活用して科目の連携をはかる などの試みを行うことになった。 その流れは次のとおりである。自己分析から ビジネススキルの基本、就職試験対策につなが る支援講座の実施を「学内企業面談会」を目標 として、「ジョブ・カード面談会」を実施するな ど、学生自らが就職活動の準備から実践につな げる思考と行動を具現化する取り組みを行って いる。 ① 「キャリア形成論」 (1年生前期)学生自身が主体性をもって 自分の能力や特性に合わせたキャリア形成 を行うことの必要性について課題を通じて 学習する。 「自己分析」を中心として実施し、その結 果を「ジョブ・カード」様式5(新様式3) にまとめる作業を行う。 ② 「職業社会論」(1年生後期) 仕事に就くことの意味や取り組む姿勢を考え 社会的通念を理解して、社会人として必要なス
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キルや就職等に必要な素養について学習する。 「ビジネススキル」の習得と、自己分析の結 果を踏まえての「決意表明」や「ジョブ・カー ド面談会」の実施などがあげられる。 ③ 「生涯職業能力開発体系論」(3年生後期) 職業能力開発促進法の基本理念に基づき、職 業能力開発の段階的体系的な展開法および生涯 を通じたキャリア形成について学習する。 「会社が求める人材」や「自己アピール」の ワークガイダンスを実施し、グループディスカ ッションや面接の対策を行う。 ④ その他 「職業社会論」「生涯職業能力開発体系論」の 共通講座として「学内企業説明会」を実施し、 さらに「就職対策特別講座」として、面接対策 のポイント解説やプレゼンテーション演習など を実施する。 3�実施体� 3�1 キャリア形成論 1 年生前期の「キャリア形成論」は、7科を 3人で分担し、科ごと(一部2科合同)に実施 した。 対象者が入学間もない一年生であるため、ま ず意識づけを行うためにキャリアのとらえ方や 自律的なキャリア形成が求められるようになっ た時代背景などをふまえた上で、プランドハプ ンスタンス理論2)を含めたキャリア形成の考え 方について紹介した。キャリアは社会人になっ てから始まるものではなく、過去から現在に至 る積み重ねの中ですでに形成されているという 意識を共有し、キャリア形成の 6 ステップのう ちの最初のステップである自己理解支援を主に 演習形式で行った。具体的には、自己イメージ を明確にするためにエドガー・シャインがあげ た3つの観点―「動機・欲求」「才能・能力」「価 値観・意味」3)を踏まえて実施した。 最近多用されているコンピテンシー面接などで は、表面的なやり取りではなく、人間の行動を 掘り下げて確認し潜在能力を評価する。そのた め、具体的な経験に基づいて自己理解を深めら れるような演習を多く取り入れた。おおまかな 実施内容を以下に示す。 ① 自分に大きな影響を与えた出来事や人物な どを振り返るために「自分史」を作成する。 いくつかの質問の視点を提供し、書かれた 内容についてペアでインタビューを行う。 ② 過去に困難を乗り越えた体験を取り上げて PAR(Problem-Action-Result)メソッドに よる行動分析を行う。そこから確認できた 保有コンピテンシーを踏まえて「社会人に 求められる能力」の確認をする。 ③ 行動面からの職業志向性を確認する。 ④ 職業人生に求めることを考える。 などを、ワークシート(図1)やチェックシー トなどを用いながら意識化・明確化することで 自己理解のためのきっかけづくりをした。 図1 キャリア形成論ワークシート 次に、それらをふまえ、夏休み直前の講座で 「キャリア・マトリックス」などの職業理解の 方法を伝えて、興味がある職業について各自調 べてくることを夏休みの課題とした。希望職種 が比較的共通していたため、調べてきた情報を クラス内で共有した上で、各自目標設定をし、 現状分析やその達成のための具体的アクション について、ペアでインタビューし合うことによ り考える機会を提供した。さらに講座を通じて 発見したことをすべて統合し文章化することを 目指し、キャリア形成論のレポートとしてジョ
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ブ・カードの様式5(新様式3)の提出を求め た。講座の中では支障のない範囲内での自己開 示を促したところ、「自分史の発表」などの場面 で、かなり素直に自己開示をする姿が見られた。 インタビューや発表の機会を時間の許す限り多 く取り入れることで主体的に取り組むことがで きたと思われる。また、同時に活発なコミュニ ケーションによりクラスの雰囲気が和み、人前 で話すことに慣れていない学生も、そのような 雰囲気の中で少しずつではあるが発表すること の抵抗が少なくなってきたように見受けられた。 さらに、演習形式を多く取り入れたことで、巡 回しながら学生の様子を観察したり話をする機 会を得ることができ、個別支援が必要な対象者 の早期発見に役立った。 3�2 職業社会論 1年後期の「職業社会論」は初回の授業で、 ①の自己分析を踏まえてワークガイダンス「訓 練受講に向けた決意表明」4)を実施した。1年 生全員を科の壁を越えてグループ分けし、ディ スカッションと「決意表明シート」の作成を行 った。前期のキャリア形成論でのグループワー クの成果もあり、大きな混乱なく実施できたと 思う。学生一人一人のネームカードを作って出 欠をとりやすくしたり、スーツを着用させて緊 張感をもたせるといった工夫も、スムーズに実 施できた一因になっていると思う。 2回目以降は1年生を6チームに分けて実施 し、6つのテーマを4人の講師が各自1テーマ ないしは2テーマずつを担当した。6つのテー マと実施方法は図2の通りである。企業説明会 に参加するときの電話のかけ方や敬語の使い方 などのビジネススキル5)や、面接や履歴書での 自己アピールの仕方など就職活動がつつがなく できるように組まれている。キャリア形成論で 自己理解を行い、自分の能力を把握していても、 単に「○○がある」というだけでは自己アピー ルにならない。そこで、具体的なエピソードを 引用し、そこから何を読み取らせるかを考えて 自己アピールできるように、演習を行う。テー マごとに担当者が異なるため、全体の流れが不 自然にならないように、事前に何回か会議を行 いテーマ間の内容調整を図った。ビジネスマナ ーでは、外部講師に話力総合研究所の西田先生、 面接練習では長年人事経験をされ当校の学生も お世話になった中島先生においで頂いた。実施 してみて、企業の新人研修を担当されたり、面 接の業務経験をお持ちの先生方に接することで、 学生のモチベーションが高まっているのを感じ た。また、ひとりの担当者が同じテーマを繰り 返す方式だったため、担当者が一回ごとに内容 を見直し、改善させることができてよかったと 図2 テーマと実施方法 図3 ビジネスマナーの授業�� 思う。図3はビジネスマナーの講義で、学生が 真剣に取り組んでいる様子が伺われる。 6つのテーマ ① ビジネスマナー ② コミュニケーションの基本 A ③ 組織とコミュニケーション ④ プレゼンテーション ⑤ 履歴書の作成と自己アピール B ⑥ 面接対策 チーム Ⅰ時限目:機械系1、機械系2、電子情報系 Ⅱ時限目:建築系、産業デザイン、環境化学 *Ⅰ時限目、Ⅱ時限目とも、A を3回繰り返 した後、B を3回繰り返して実施する。
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一連の講座を終了した後、「ジョブ・カード」 面談会を実施した。「キャリア形成論」の自己分 析に始まり、「職業社会論」のビジネススキルや 就職試験対策を経て、「学内企業説明会」の前段 階としてジョブ・カード面談会を実施すること で、学生自らが、就職活動の準備から実践につ なげる思考と行動を具現化できるように考えて いる。面接会は、東京センターの協力を得て実 施した。さらに、学内の登録キャリアコンサル タントにも協力を呼びかけ、数名の協力を得た。 対象者は、提出された決意表明シートとジョ ブ・カードの内容をもとに抽出した学生70名 で、面談の主眼は、採用企業に通じる内容にな っているかを確認し、就業の目標を明確にする ことである。一人45分の面接時間をとって実 施した結果、終了後のアンケートではほぼ全員 が役に立ったと答えている。 3�3 生涯職業開発体系論等 3年後期の「生涯職業能力開発体系論」では、 生産系の学生を一緒にしてグループ分けを行い、 「企業が求める人材」と「自己アピール」4)の 2回のワークガイダンスを実施した。前者は K-J 法を用いて情報を整理し、企業が求める人 材の能力等をグループディスカッションを行い 導き出した(図4)。後者は自己の持ち味を想定 する企業の人材ニーズに合わせて自己アピール する演習を行った。 図 � ��J 法の�(「会社が求める人材」) 「学内企業説明会」では、学生が各自1社を 選定して履歴書を作成した上で面接会に臨むよ うにした。履歴書の作成にあたっては、学生が インターネットや企業パンフレットを自ら入手 し、作成する。学生が疑問点を解決したり、新 しい発見をもとに履歴書を修正する場になった と思う。 以上の授業を経て作成した「ジョブ・カード」 や「履歴書」をもとに、希望者に対し個別のキ ャリアコンサルティングや面接演習を実施した。 また、就職対策講座の希望調査を行い、要望の 高かった「面接のポイント解説」や「プレゼン テーション」などを実施した。 4�終りに プレゼンやグループワークを行うことによっ て、初めは話すのが苦手だった学生が次第に自 然に発言できるようになったり、グループでの 役割をこなしながらグループワークがスムーズ に行えるようになったことは、一連の授業の成 果であると思う。今回の取り組みが、今後の学 生生活や職業生活を通してキャリア形成し、成 長し続けていくための布石となることを願って いる。 謝� 「キャリア形成論」を担当され、ご指導いた だいた鈴木和男先生に感謝いたします。 �考�� 17) 独立行政法労働政策・研修研究機構,“学校 時代のキャリア教育と若者の職業生活”, 労働政策研究報告書 No.125(2010). 18) J.D.クランボルツ,花田光世他訳,“その幸 運は偶然じゃないんです!”,ダイヤモンド 社(2005). 19) エドガー・シャイン,“キャリア・アンカー ―自分のほんとうの価値を発見しよう”, 白桃書房(2003). 20) ワークガイダンス第二分冊,“訓練受講,就 職に向けた決意表明”,“自己アピール”等. 21) 富士通エフ・オー・エム株式会社,“内定を 勝ち取る10のステップ”,FOM 出版(2010).