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オンライン体育プロジェクトから見えてきた学校体育の現代的課題と新たな可能性: 体育と社会との関係をめぐって

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オンライン体育プロジェクトから見えてきた学校体育の

現代的課題と新たな可能性:

体育と社会との関係をめぐって

木原 慎介

Shinsuke Kihara: Current Issues and Future Possibilities in Physical Education Through Online Physical Educa-tion Project: The RelaEduca-tionship Between Physical EducaEduca-tion and Society. Annu. Rev. Sociol. Phys. Educ. Sport. Abstract: The COVID-19 pandemic is forced to introduce online physical education (OLPE) rap-idly and has brought a great opportunity to rethink the future Physical Education (PE). This paper aims to discuss the new relationship between PE and society over the digitalization in PE lesson based on the theories related school structure and PE teacher through some outcomes in our OLPE project.  Subjects were two classes: one is 3rd grader striking/fielding game unit with 48 junior high school students

while another is 3rd grader handball game unit with 45 students. These units were implemented as blended

unit with OLPE lessons and face-to-face lessons in using student-centered approach with cooperative learn-ing model for promotlearn-ing social skills. Outcomes of the lessons were analyzed in uslearn-ing both quantitative and qualitative data with questionnaire and teacher reflection.

 A potential gap between PE and society 〈teacher-centered teaching and student-centered learning〉 was found through this OLPE project. In other words, teacher was unable to teach in face-to-face as before, there-fore the limitation of teacher-centered teaching which had been difficult to recognize by oneself in the closed school structure has exposed. At the same time, OLPE which was able to student-centered learning may be-come one of the tools to correct that gap.

 On the other hand, a dilemma which is difficult to progress the digitalization of PE was also confirmed. There are many reasons to hinder the rapid introduction of digitalization to PE such as teachers’ competencies to use digital tool and expected role of PE teacher in school and the school structure that is difficult to accept new changes. Also, PE has its indispensable role as the medium to interact in each other through physical. This way of learning is specific in PE.

 It was suggested the possibility to solve current issues in PE through blended learning style in using OLPE lessons and face-to-face lessons. In addition, PE teacher should participate in teachers’ network for their wish fulfillment actively as one independent subject and they should be encouraged by evidence-based support. Key words: physical education and society, physical education teacher, ICT, online physical education,

blended learning キーワード:体育と社会,体育教師,ICT,オンライン体育,ブレンディッド・ラーニング  東京国際大学人間社会学部 〒 350-1198 埼玉県川越市的場 2509 連絡先 木原慎介

Faculty of Human and Social Sciences, Tokyo International University

2509, Matoba, Kawagoe-shi, Saitama 350-1198 Corresponding author [email protected]

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Ⅰ.コロナ危機による転機

 COVID-19パンデミックは,私たちの日常 生活にきわめて大きな変化をもたらしている. いわゆる第1波に全国民へ不要不急の外出自 粛が要求されたことは,感染症の原理に基づく 予防の原則からすれば人々の健康を確保する上 で必然であった.その反面,長引く在宅生活で はスポーツ活動が制限されるという身体的側面 だけでなく,さまざまな我慢を強いられ不安を 募らせるといった精神的側面,そして地域,学 校,仕事などにおけるさまざまなつながりが制 限されるという社会的側面からすれば,それら の諸条件によって成立しているひとの健康とい うものが逆に脅かされてしまうというパラドッ クスに陥ったようにもみえる.また,スポーツ の経済的側面からみた場合も同様に,それらを 促進させることと感染拡大を抑制することとい う矛盾が生じている.こういったダブルバイン ドのある中で,私たちの日常生活はどのように したら豊かにしていくことが可能となるのだろ うか――折しもStay Home期間中に,地域の 公園等では自発的にスポーツを実践する人々が 増加したように見受けられたが,その現象は 人々にとってスポーツが不要なものではなく, むしろ必要な文化であることを表しているよう にも思えるのだが――.その最適解の模索は今 もなお続いている.  周知のように教育界では全国一斉休校という 歴史的出来事が起こり,学校というものが常に ある空間ではないというこれまでに疑うことす らなかった事実を私たちは受け入れなければな らないことになった.そして子供たちの心身の 健康面が懸念され,学校とは異なる場における 子供たちの自発的なスポーツへの取り組みが求 められたのである.同時に,子供たちの学習を 保障するためオンライン学習(Online Learning, 以下OL)の急速な推進が求められた.しかし ながら,その一方で実際にはほとんどOLが進 んでないという現状があり,文部科学省(以下, 文科省)はICTを最大限に活用することを強 調するとともに,同年度内に児童生徒1人1 台端末を実現させるGIGAスクール構想を前 倒すこととなった.また,各自治体においても OL導入に向けた動きがみられるようになって いる.  体育では個々の教師レベルによるオンライン 体育(Online Physical Education,以下OLPE) の試みがみられた.例えば,動画を作成して YouTubeに ア ッ プ し 運 動 実 践 を 促 し た り, Zoomを使って運動指導をしたりするなどの取 り組みが新聞等で紹介された.しかしながら, OLPEはどの体育教師にとっても経験がなく未 知の世界での手探り状態が続き,逆に多くの問 題が浮かんできた.例えば,ある体育教師らか らは「とりあえず動画はアップしたがあまり視 聴してくれいている様子がない」,「このまま一 方的に動画配信するままでいいのだろうか 」, 「集団での活動ができない」,「評価はどうした らいいか 」注1)といった戸惑いの声があがり, どう進めていけばよいのかが分からない状況が うかがえた注2).つまり,OLPEを試みてはみ たもののその中身は体操やトレーニングといっ た運動動画の一方的な配信であり,体育授業と しての具体的な指導方法が不明なことや,運動 機会だけでなく生徒同士の関わり合いの消失と いった新たな問題が明らかになったのである. 学校再開後も当初は分散登校や短縮授業で,全 面的な再開までにはさらに時間を要した.加え て文科省通知により学習活動の重点化(学校の 授業以外の場でも学習活動を行うこと,ほか) が求められる中で学習の遅れをいかに取り戻す のか,授業時数をいかに確保していくのか,と いったことも問題になった.先の体育教師らか らは「対面になっても今までやれていたこと (集団種目や教え合う活動)ができない」,「結 局

OL

はどう活用したらいいのかわからない」 といった現実的な声が聞かれ,学校が再開され たとはいえ体育教師自身のこれまでの指導に対 しても新たな迷いや不安が生じることとなった.  ところで,21世紀以降,世界的に体育に対し て問われてきたことは身体的幸福,対人関係能 力,非認知能力などといった多様な資質・能力 の育成である(UNESCO,2015;独立行政法人 国際協力機構,2018;SHAPE America,2019).

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しかしながら,今日のコロナ禍で「制約される 条件下での活動が,個人的なフィットネス運動 しかないという認識を生み出すことや,その結 果,人との関わりを保障するといった可能性を 制約してしまうリスクがある」注3)との議論も あるように,仮に今後もこのような状況が続く ようであれば,それは社会における体育の存在 意義そのものを脅かすことにもつながる可能性 が出てくるのではなかろうか.  このように,COVID-19パンデミックはミ クロ的視点ではOLの急速な推進と同時にその 学習指導に関する新たな問題を,マクロ的視点 では学校教育そのもののあり方に関する新たな 問題を引き起こしたのである.今回のコロナ危 機によって一層大きな社会変化がもたらされて いるまさに今,体育はどのような可能性をもち どこに向かっていこうとしているのか,あるい は向かっていくべきなのであろうか.そのこと を考えるためには,あわせてこれまでに体育が 社会の中で何を志向し,どのような課題を残し てきたのかということを問い直す必要も出てこ よう.なぜなら,体育は常に社会との関係の中 でその立ち位置が規定されてきたし,体育が学 校というシステムの中に位置づく以上,その機 能的側面から考えればそれはこれからも変わら ないことであろうと考えられるからである.そ して,何よりも現場で最前線に立つ当の体育教 師たちはこの状況をどのように捉え,どのよう に体育授業に向き合っているのだろうか.エビ デンスに基づく新たな課題への継続的な挑戦と ともにその方法や成果,課題などについての具 体的な論議と共有が必要なのである(岡出, 2020).さらに,このコロナ危機を「次への一 歩」へとつなげるべく,確保されるべき体育の 学びというものを社会が求める価値と共有する 形で見つめ直すこと(松田,2020)も重要で あろう.  以上のような問いのもと本稿ではOLPEに 着目し,ある公立中学校の体育教師らがその実 践に挑む新たなプロジェクトを通して見出され た成果や課題に基づき,学校それ自体の構造論 (学校構造論)や体育教師論を手掛かりにしな がら,体育授業におけるデジタル化をめぐる体 育と社会との新たな関係性について論じてみた い.そのことで,これまでの学校体育が抱えて きた課題への問い直しやこれからの学校体育の あり方(可能性)を考える上での何らかの示唆 が得られるのではないかと考える.

Ⅱ.OLPE プロジェクトの始動

 こうした状況を鑑みて,筆者は2020年5月 よりOLPEプロトタイプ開発プロジェクトを 進めている.本プロジェクトは,複数の体育教 師と筆者とによる協働的なアクションリサーチ によって各学校や教師の現状に対応したOLPE のプロトタイプを開発し,今後の体育授業へつ なげていこうとするものである.なお,本プロ ジェクトでは既に対面授業が再開されている状 況を踏まえて,インターネットを用いた完全な 遠隔でのOLに限定するのではなく,対面授業 とOLを組み合わせるブレンディッド・ラーニ ング注4)のスタイルを用いた.  OLPEを実践したのは東京都公立中学校保健 体育科教師2名(以下,A教師,B教師)で ある.両教師の属性および授業概要をそれぞれ 表1∼3に示した.いずれも,対面授業(A 教師:体育館,B教師:校庭)とOL(オンデ マンド型)注5)を組み合わせたブレンド型の授 業である(図1).本実践における成果や課題 は教師リフレクションおよび生徒質問紙によっ て定性的・定量的に分析した.

Ⅲ.体育―社会間の潜在的なズレ

3. 1 可視化される体育授業のズレ  本プロジェクトを通してまず見えてきたのは A,B両教師の双方向的で子供中心の授業観で あった.それは彼らの次のような語りからうか がえる.  「運動楽しいな,スポーツ楽しいじゃん,って 伝えたいのは(以前と)変わらなかった」「

OL

をうまくやりたいという以上に

OL

と対面をう まく統合させていくことでベースボール型を楽 しむことにつなげていきたかった」「

OL

では一

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表1 教師の属性,休校中のOLPEおよびネット環境 教師 ①性別,②職位,③教職年数,④専門種目,⑤研究歴,⑥ICT活用頻度(用途) 一斉休校中のOLPE インターネット環境 A ①男性,②主幹,③道府県レベル,⑥2016回/年(動きの撮影・年,④バスケ,⑤都 分析,ブレインストーミング) 学 校 ブ ロ グ で 動 画 配 信, その後G Suite注6)導入 1人1台端末:未配備,家 庭:100%(Wi-Fi貸出含む), 体育館:複数台の接続不可 B ①女性,②主任,③道府県レベル,⑥3回/月(動画撮影,ゲー11年,④バスケ,⑤都 ム分析,練習方法の選択) 学 校 独 自 に 導 入 し たG Suiteで動画配信 1人1台端末:未配備,家 庭:100%(Wi-Fi貸出含む), 校庭:一部のエリアで2,3 台接続可 表2 A教師の授業概要 OL 3コマ 1 2 3 走投打の基本技能を高めよう! ・動画視聴 ・得点入力/共有 チームの守備課題を見つけよう! ・動画視聴 ・課題入力/共有 継続して楽しめる方法を考え よう! ・コメント入力/共有 対面 (体育館) 6コマ 1 2 3 4 5 6 基本技能を身に付けてゲームを楽しもう! 守備の動きを工夫してゲームを楽しもう! 単元:中学校3年生女子ソフトボール(n=48,2020/7/29∼8/7実施) 図1 本実践におけるブレンド型授業のイメージ 表3 B教師の授業概要 OL 3コマ 1 2 3 特性,成り立ち,基 本技能を確認しよ う! ・動画視聴 チ ー ム で 協 力 し て 課 題 を 分 析 し, 個人やチームの目標を立てよう! ・動画視聴 ・課題およびコメント入力/共有 個人やチームの成果や課題について, プラスのコメントをし合おう! ・成果,課題,コメント入力/共有 対面 (校庭) 10コマ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 基本的な知識・ 技能を身に付け よう! チームの課題を発見し,解決に向けて工夫しよう! ゲームを楽しも う! 単元:中学校3年生女子ハンドボール(n=45,2020/8/8∼10/29実施 ※夏季休業,運動会をはさむ)

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方的なエクササイズしかできないよ,というの があったんだけど,そうじゃないこともできそ う」(A教師)  「一人じゃできないことをみんなとやること が楽しいとか,自分だけじゃ分かんないことが 仲間がいて分かるとか,できた喜びを分かち合 うとかっていう部分は

OL

が入ろうが入るまい が変わらず,むしろ

OL

が入ることで(関わり 合ったことが)形に残るものとしてずっと継続 してあったのはすごく面白かった」「一方的に送 るだけじゃないってことはこれで分かった 」 (B教師)  子供にとっての楽しさや関わり合いを重視す る教師がOLPEを実践したことで自身の授業 観を改めて自覚させられ,OLPE自体が目的な のではなくその授業観を支え拡張してくれる ツールになったことを示している.  片やこうした授業観と対称的なのが一方的な 教授中心の授業であろう.体育と社会との関係 を歴史的にたどると,かつて戦前の権威主義的 な産業社会では「身体の教育」を目標に,規律 訓練,集団秩序化,兵力・労働力としての体力 向上という役割を体育は担っていた.その場合, 出自の多様な個々をある一定のレベルにまで標 準化していく必要があり,そのような体育授業 になるのは必然であった.その後,民主主義的 な産業社会から脱産業社会へと変化し,生涯学 習社会や高度情報化社会とよばれる時代にある 今,体育はその変化に十分に応えてきたといえ るだろうか.確かに,そうした社会の変化にと もなって「運動による教育」,「運動・スポーツ の教育」へと目標も変化はしてきた.そして, 子供自身が主体となり,生涯にわたって健康に 生活するための体力の必要性や,生活の満足や 喜びとしてのスポーツの楽しさを享受するとい う文化としての可能性を学習することが求めら れるようになり,生涯スポーツや豊かなスポー ツライフの実現が志向されるようにはなった. しかしながら実際の授業はどう変化してきたの だろうか.たとえ理念としては分かっているつ もりでも,かつてのような授業スタイルが旧態 依然として続けられてきているということはな いだろうか.  佐伯(2006a)は,教師中心の一斉指導から脱 却すべく生徒同士の横関係を重視するグループ 学習などのスタイルも形としては工夫されてき たが,体育の手段的特性論は根強く残ったまま であり,多くは教師中心の一斉指導型のままで あると指摘している.また,子供たちが体育教 師に対してもつ権力的なイメージは,命令,号 令,指示,時に罰が授業を秩序づけてきたこと によるものであるとも論じており(佐伯,2006b), 子供の主体性や自発性を中心とした授業への転 換が果たされなければならないと主張している. このように,体育と社会との関係は従来から指 摘されてはきているが,子供の立場から運動・ スポーツとのかかわりをとらえて生涯スポーツ の実現につなげていく体育授業の実現は未だ道 半ば(菊,2008)なのである.  こうした状況をふまえると,本プロジェクト を通して子供中心の授業観への自覚化や,双方 向的な指導方略への新たな気づきがあったこと には大きな意義があるといえる.これらの成果 に関連した出来事として,教材研究や教授行動 における視点の変化があったこと,即時的な授 業改善につながったこと,自分(教師)自身の 自発的な学びにつながったこと,といったこれ までの対面授業のみの指導では得られなかった 新たな気づきが生まれている注7).また,生徒 質問紙の結果からもOLPEにおいて生徒自身 が自己選択的に活動する取り組みが促進された ことが読みとれる注8).歴史的に変化を続ける 社会に対してほとんど変化しない体育授業とい う両者の間に生まれたこのズレが,従来通りの 対面授業ができなくなったことではっきりと見 えてきたのである.したがって,いかにしてこ の潜在的なズレを是正していくのかということ が学校体育の現代的課題の1つといえよう. 3. 2 OLPE によって推進される学校の脱蛸壺化  それではなぜこれまで体育授業はほとんど変 化しなかったのだろうか,あるいは変わること ができなかったのだろうか.そして,なぜ対面 授業ができなくなったことで<体育―学校―社 会>間に生じたズレが可視化されたのだろうか.

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このことについて,学校構造論における時間 的・空間的概念という視座から考えてみたい.  近代学校モデルの特徴は産業社会モデルや工 場モデルともよばれるように,「国家が発展し 都市化が進むことで直面した一連の問題を,非 常に効率的かつ効果的な方法で解決」(コリンズ, 2020,p.71)するために構造化,制度化され ているところにある.つまり,多様な民衆をい かに標準化していくのかという社会的課題に対 して,産業社会における効率的な工場システム から着想をえた「大勢の生徒をまとめて大量の 教材で一括して教える」(クリステンセンら, 2008,p.36)学校システムが生まれたのである. その学校は校舎,教室,体育館などという物理 的な塀に囲まれた限られた空間構造と,制度に よって定められた授業時間,時数,時程,時間 割などという限られた時間構造とで成り立って いる.したがって,ある意味でそこは社会と隔 離された時空間であり,それがゆえに 壺化し やすいという構造上の特性があるのだが,近代 学校ではむしろその構造が必要であったし,そ の方が好都合だったと考えられる.  前述の通り体育と社会との関係は従来から指 摘されてはきた.だけれども,そういった閉鎖 的かつ拘束的な時空間の中にあっては,どれだ け外の社会が変化しようともその現実的な問題 が見えにくかったのではなかろうか.要するに 近代産業社会に求められた学校という構造上, 社会変化に対して盲目的にならざるをえなく, あるいはその変化が耳目に触れていたとしても 対岸の火事状態に陥ってしまい塀の中の体育は 変化することがなかったのかもしれない.それ でも何ら特段の問題が生じることがなければ, 従来通りの授業を続けられるという具合である. 体育と社会との間にある潜在的なズレは,こう した時間的・空間的な学校構造上の特性にその 因が帰され,多様な個を同じ場所・同じ時間に 集めて,同じ教材をもって一括的に標準化しよ うとする一方的な教授中心の授業が続けられて きた結果,生じたのではないかと考えることが できる.  しかしながら,今回のコロナ危機による社会 変化に対しては,もはや見て見ぬふりはできな かった.なぜなら,常に存在すると思って疑わ なかった学校という時空間そのものが閉ざされ てしまい,従来通りの体育授業がまったくでき なくなったからである.それでも授業を継続す るのであれば,教師自身のICT活用の得手・ 不得手や経験の有無を問わず,半ば強制的に OLPEという新たな授業スタイルに変化せざる をえない状況となった.OLPEで問われるのは, まさに学校から解き放たれた子供たちがどう主 体的に取り組んでくれるのかであるから,それ はこれまでの対面では教える側にとってあまり 問題視されず見えにくかった部分なのである. これまでベールにつつまれていた「教師(教え る側)の立場からみた体育授業の目的やねらい に基づく一方的な教授方法の限界」(菊,2020, p.9)が露わになったともいえる.このような 状況が対岸ではなくわが領地において発生し, まさに自分ごととして理性的に受け止めなけれ ばならなくなった.そして,冒頭で述べたよう にOLPEを試みる動きは各地でみられたもの の結果としてはうまくいかず,逆に新たな戸惑 いや不安を招くことになったといえよう.つま り,単に対面授業ができなくなったという形だ けの問題ではなく,体育教師がこれまでの対面 授業の中でほとんど疑うことのなかった自身の 授業観や指導方略に対してまでも,改めて問い 直さざるをえない状況に陥ったのである.この ようにして,体育と社会との間に生まれた潜在 的なズレは,今OLPEの実践の中でこれまで の教授法の限界という形を伴ってはっきりと可 視化されることになったと考えられる.

Ⅳ.学校体育の現代的課題解決に向けて

4. 1 OLPE の主体的学習可能性  この潜在的なズレはいかにして是正できるの か.この体育の現代的課題を解決するには,ま さにそのOLPE自体がその可能性をもってい ると考えられる.なぜなら,OLは私たちを学 校という塀の外に導き,「いつでも,どこでも, 何度でも」学習できるという時空間的な自由と その選択権(学習する/しないという選択さえ も自分で決定できる自由)を子供たちに与える

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からである.  本プロジェクトにおいても,OLPEという新 たなスタイルが学校構造の特徴ともいえる時空 間的制限を取り除いたことによる成果事例が あった.例えばA教師は「(チームの話し合い の)場では声を発さないとか発せない子がいて, 言われるがままに進んでしまうということが起 きる.もうちょっとそういう子達が主体的に参 加できれば」「ただね,その子たちの声が

OL

上 では反映されるんですよ.だからそれは今まで になかったことだと思う」と語っている.同様 にB教師も「本当は言いたかったとか,言え たけど言わなかった子たちもいるかもしれない じゃないですか,対面だけだと.今までは.で もそれが,私も後で見て『あー,そうなん だ』って思えたのは,今までだったら知り得な かったことだと思う 」と語っている.さらに, B教師は「(いつでも見れるように)校庭にも タブレットを持って行った」「そこに戻れるベー スがあって,そのベースは自分たちで作ってる じゃないですか.入力するだの何だので.こっ ちで『こんなことやってたよね』って言うより 現実味があるというか」「今まで対面で動画を見 せるにしてもそれがどこにも残らなかった(一 度きりだった)じゃないですか.だけどそれが 子供たちも見れる状態で(

OL

上に)残って るっていうのはでかい」と続けている.これら の語りからうかがえるのは,「いつでも,どこ でも,何度でも」アクセスできることであった り,そこには外(教師)から与えられたもので はなく生徒達自身が築いたコンテンツがあった り,より多くの生徒達がアウトプットできたり と,主体的な取り組みにつながる要素が多分に 含まれているということである.このように, OLPEは対面授業時の時間的・空間的な制約を こえて個に応じた学習機会を保障すること,す なわち子供中心の授業展開を可能にするツール として機能したといえるのである.  OLPEによる成果は教師側においても見られ た.「即時的な個別のフィードバックで言うと, (私が)

OL

上でパパパッとコメントを打つくら い大した労力じゃないんですよね」「手書きで返 すより

120

倍くらい楽だと思います.画面開 いてパパパパって一言二言返してあげる」とい うA教師の語りや「進 状況の確認やトラブ ルに対処できた 」「たぶん,

PC

作業オンリー だったら即日の対応はできなかった.だから私 自身もアクセスできる端末が手軽にあるってい うのは楽でしたね」「毎日一応(課題)チェック はして,スマホでも確認できたのでリカバリー は早かった 」というB教師の語りからは,教 師側の課題管理などに要する時間的・空間的な 自由度も大きくなったことで,従来の対面授業 ほどの制約や負担感が軽減したことがうかがえ る.つまり,オンラインの機能により教師に とっても「いつでも,どこでも」 間時間に作 業できる手軽さや効率性が産出され,その結果 として主体的に子供たちと関わることができた といえる.  これらの成果からは,オンラインが両教師に 共通する双方向的で子供中心という授業観を支 え拡張してくれるツールとして機能したことが より鮮明に見えてくる.そもそも体育授業では 個に応じた学習活動や学習機会を保障すること が難しい.1人の教師が1クラスにいる多様な 体力・運動能力差,技能差,関心度のある子供 たちに対して,生涯スポーツの実現に向けた多 様な楽しさや関わり方といった学習を保障する ためには,物理的に手や目や時間が足りないの である――その結果,教師主導の一斉指導に陥 りがちになるということもあるだろう――.し かしながら,ここで見られたいくつかの成果は OLPEがそういった現代体育が抱えるプラグマ ティックな課題を解決するための糸口になるか もしれないことを示唆している. 4. 2 オンラインによる主体化メカニズム  それでは,なぜオンラインというツールが主 体的な学習を可能にするのだろうか.この現象 についてもう少し詳しく掘り下げてみたい.  ギデンズ(1993)は,私たちが生きていく モダニティという時代は時間と空間を分離する ことを可能にし,その結果「脱埋め込み」メカ ニズムが作動して認識対象を再認識化していく 再帰性があるとその特徴を論じている.そのな かで社会システムの「脱埋め込み」とは「社会

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関係を相互行為のローカルな脈絡から『引き離 し』,時空間の無限の広がりのなかに再構築す る」(p.35)という概念であり,その類型の1つ に象徴的通標(相互交換の媒体)があるとして いる.そして,その象徴的通標は時空間を拡大 させる手段となり,「時間や空間の面でかけ離 れて存在する行為者間の取り引き遂行を可能に していく」(p.39)と論じている.  これを学校という社会システムにおきかえて みると,(今回の場合はコロナ危機がきっかけ となり)<生徒―生徒>や<生徒―教師>との 関係を学校という限られた時空間から引き離し, ICTというメディアによってオンライン上と いう時空間の無限の広がりの中で再びその関係 性や認識性を構築することが可能になったと考 えられる.つまり,学校においても「脱埋め込 み」メカニズムが作動したということである. その様相は本実践におけるブレンド型OLPE のイメージ(図1)にも示されており,学校の 体育館や校庭といった限定的な空間かつ限定的 な時間(オンタイム)における対面学習での関 係性や認識性と,その枠から離脱して「いつで も,どこでも,何度でも」学習できるという OL(オンデマンド)の時空間において相互の 関係性や認識性が再構築されるという構図が見 てとれる.こうした「脱埋め込み」がもつその 教育的意義は,ICTというツールがもたらす 移動可能な社会,すなわち脱コミュニティによ る自己の相対化や客観化がもたらす主体性の発 動というところにあるだろう.「本当の意味で の学習者が主体の学び」(杉本,2020,p.15) を実現させるためには,近代の時空間を超えて 「いつでも,どこでも,何度でも」学べる環境 を提供することも必要条件の1つになると考 えられるのである.  本プロジェクトで得られたOLPEの成果に は生徒の認知能力の向上(例:従来の対面では なかった技能の高まり――オフザボールの動き, 思考力・判断力――がみられた,など)や生徒 間相互作用の促進(例:

OL

上でも友達と関 わっている感じがした,

OL

上にコメントが あって「がんばろう」と思えた,コミュニケー ションが自然に広がった,対面では見られな かった見学者へのコメントが生まれた,など) に関する事例もあった.また,教師においては 教授行動(例:子供が混乱しないよう言葉の選 択や分かりやすい説明を心がけた,

OL

と対面 でのインストラクションの一貫性を意識するよ うになった,

OL

があることで生まれた対面で のゆとりを個別指導に使えた,など)や授業改 善(例:従来にないほど教材研究して解釈が深 まった,教材研究の視点が子供主体に変わった, 学習課題が洗練された,

OL

で子供から反応が あることで即授業改善できた,など)に関する 成果事例もあった.これらはいずれも,子供の 主体的学習につながる部分であり,子供中心の 授業観につながる部分である.他方で,1人の 体育教師がおよそ40人の生徒を担うような従 来の対面・一斉指導型の授業では課題として認 識されてきた部分も含まれている.そういう意 味において,コロナ危機によって従来の対面授 業ができなくなったことで向き合わざるをえな くなったOLPEは,それ自体が社会との関係 における体育の現代的諸課題を解決する可能性 を秘めているといえよう.

Ⅴ.体育のデジタル化をめぐる諸問題

5. 1 体育のデジタル化に対する躊躇い  コロナ危機により,いま学校現場ではOL導 入にみられるデジタル化の流れが急速に進んで いるが,そもそも高度情報化する社会に対応し た教育の情報化という潮流の中,各教科でICT 活用指導が求められ続けて久しい.すでに 1998年告示の学習指導要領総則には「情報通 信機器を活用して学習活動の充実を」とある (文科省,1998).以後,約20年間で情報化は ますます進展し,関連施策もさまざま打たれて きた.この間,体育におけるICT活用に関して は知識・技能の習得,対話的学習の促進,学習 意欲の向上などへの有効性が示唆されてきたが (高 ら,2014;秀島ら,2014;木原,2016; 鈴木ら,2019),未だ多くの課題が残されたま まである.例えば,体育授業におけるICT活 用率は現在なお26%に止まっている(スポー ツ庁,2019).また,ICT活用指導力のある体

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育教師は63%であり他教科の教師と比較して 低調であることや,84%の体育教師がICT活 用に対して課題感を抱いており(木原,2019), 環境的要因(例:機器やアプリの不足,ネット 環境の未整備など),教師の力量的要因(例: 授業デザイン,指導方法など),教科の特性的 要因(例:校庭やプールでの使用,運動量の減 少など)が障壁になっていることといった現状 や指摘がある(Marianne, L. et al., 2008;Ana et al., 2017;木原,2019).  先行研究で指摘されているこれらの問題は, 今回のコロナ危機でOLPEを試みようとした 際に起こった問題とも重なる部分がある.しか しながら,OLPEを含め体育授業におけるICT 活用が進まない要因は,はたしてそれだけだろ うか.改めて学校構造論や体育教師論に依拠し ながら,ここでは学校がいかなる教育成果をあ げるのかという機能的側面に着目して,先行研 究とは別の角度から深掘りしてみたい.  図2は佐伯(2006c,p.261)による学校シス テムの教育成果(機能)の4類型を表したも のである.横軸にみられるように,学校は知識 や技能といった功利主義的成果を産出する一方 で,人格の完成や人間的成長といった人格主義 的成果を産出する機能を併せもつ.前者は実用 的で具体的な成果であるのに対して,後者は理 念的で抽象的な成果である.他方で,この二分 される成果には縦軸にみられるように体制的・ 教育的要求と人間的・学習的要求とを伴ってお り,ここから導出されるのが「期待される人 間」「個性的人間」「企業人的能力」「生活者的能 力」の4つのモデルである.これらのモデル 間には,時に相互補完的で,時に相互排他的な 緊張関係があるとしている.例えば,かつての 産業社会においては企業人的能力という成果が 最も重視されたが,その成果は本質的に不平等 に配分されるものであるから,その帰結として 学校はもう一方で人格主義的成果を求めこの不 平等を補完することになる,という具合である. つまり成果の不平等な配分によって生じた分裂 に対して統制機能が働くということである.佐 伯は,学校システムはそういった「モデル間の 緊張状況として展開し,その中で微妙なバラン スシートを維持するように作動する」(p.262) と同時に,この緊張関係があるがゆえに体育教 師が社会的に求められる役割(ステレオタイ プ)というものが形成されていくという.それ こそが,分裂の統制を担う人格者かつ権威者と しての役割であり,このことを佐伯は「ジャー ジと警官服を身にまとう」(p.260)体育教師と 表現している.体育教師がもつアメとムチ的な 気安さと脅威は学校システムを維持するために 形成された役割であり,個人が志向するという よりもむしろ社会によって求められた役割なの 図2 学校システムの教育成果(機能)(佐伯,2006c)をもとに筆者加筆

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である.  しかしながら,前述の通り社会が生涯学習社 会へと変化し,個性的人間や主体的生活者とし ての能力重視へパラダイムシフトしているにも かかわらず,閉鎖的な時空間構造をもつ学校の 中においては,また多様な個を一括的に標準化 しようとする近代学校システムにあっては,企 業人的能力への傾倒がなお続くという現象が盲 目的に起こりうる.つまり,体育教師のステレ オタイプとして分裂を統制する役割期待(集団 秩序,規律訓練,ユートピア的な体力向上など による心身的統制など)が今なお根強く残った ままの可能性があるということである.もしそ うであれば,今眼前にはっきりと見える学校の デジタル化という要求は,今度は逆に体育教師 にとっての脅威と捉えられかねない.なぜなら, オンラインを含むICTは子供たちの時空間的 拘束からの解放を可能にし,個々の自発的学習 を促すといった意味においての自由を保障する ツールだからである.自由が保障されればより 強烈な分裂(不平等や格差)を生むかもしれず, これまでその分裂を統制するべく果たしてきた 役割が逆に一気に崩壊しかねないという従来の パラダイムから見る不安が惹起されるというこ とである.  確かに,体育教師自身の授業観や仕事観など の信念(子供中心―指示命令中心,授業中心― 部活中心,教科指導中心―生活指導中心など) はさまざまであり,またテクノロジーに対する 関心度やリテラシーもさまざまである.そのた め,学校のデジタル化にどう応えるかはそう いった教師個人の資質能力に依る部分も当然あ るだろう.例えば,本プロジェクトにおける両 教師はテクノロジーが「子供中心の授業観」を 支え拡張してくれるツールになったとの実感を 得ている.他方で,とある体育教師は「

ICT

活 用推進事業の一環で

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を使った研究授業を しなくてはならなくなった.生徒らは最初は興 味持って使ってくれたが,ある時からこちらが 用意していても使ってくれなくなった.どうし たら使ってくれるのか」と悩んでいた.その研 究授業のまとめでは「本時は積極的にタブレッ トを使っていてよかった」と生徒達にフィード バックがなされた.後に担当指導主事からは 「

ICT

を活用していることを上に説明しなきゃ いけないんですよ.結構なお金をかけるので」 とその内実を聞かされた.この事例からは行政 側に立った施策中心の論理を表面的な形式とし てのみ受け止めることによって,教師側の一方 的な教授中心の論理を無意識に崩そうとしない 様相が見えてくる.このような場合は,いくら ICTを導入したとしてもそれは中身を伴わな い形式的なものとなり,なるほどうまくはいか ない結果となるだろう.ICTがかえって授業 を停滞させるのである.  しかしながら,そうした個人の資質能力に依 る部分のほかにも,体育のデジタル化を遠ざけ る要因が存在するのではないかということが本 稿での論点である.このように考えてみると, もし体育教師が体育のデジタル化にネガティブ であったとしても,それは教師個人の問題だけ ではなく,学校システム全体の問題としても見 えてくるのではなかろうか.つまり,テクノロ ジーがもつ「拘束からの解放」という特長は, 逆に体育教師が潜在的に担っている役割構造を 脅かす存在として無自覚に作動しているのでは ないかということである. 5. 2 体育教師のジレンマ  今回のプロジェクトに参加した教師は両者と もICTに長けているわけではないという自覚 がありつつも,子供中心の授業観に基づき OLPEに対してはポジティブに取り組んだ.そ してその成果や新たな気づきがみられたのはこ れまでに述べてきた通りである.その一方で A教師は次のように語っている.  「だからね,いま楽しいんですよ.楽しいん だけど辛いんですよ.時間的なものとか.夏休 み前で,担任やってて教務主任で中体連の役員 もやってて,そういうのが結構この時期重なっ てあれもこれもってなってて.あー,今これに 没頭してこういう準備をしたらもっといいもの ができそうなんだけど,この程度にしておかな いとこっちが終わらない,みたいな」「おチビ ちゃん達との時間はないし,この

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ヶ月くら

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いは家庭を顧みないでやってるので.そういう 意味での辛さです.だから可能性を感じてこれ だけに没頭できたらもっといけるかなっていう. 分かんないですけどね.いろいろ忙しい方がい いアイデア生まれてるのかもしれないけど」  B教師の方も,「他のことの量がもうちょっ とバランスが取れてれば,この取り組みに対し てももう少し心と時間を割けたかもしれない」 「こっちもいっぱいいっぱいだったので,やめ ようと思ってバッサリやめた」と,当初の計画 では生徒が個々に取り組める選択課題をOL上 に準備する予定ではあったが,通常の対面授業 に加え,他にも学級担任業務,体育主任として の体育的行事運営業務,部活指導や大会引率な どの職務的負担が大きく十分に準備することが できなかった――しかもそれらは全て感染対策 を考慮した新たな対応が必要であった――とい う.また,OLPEへの取り組みがみられない生 徒への手立てを講じる計画も立ててはいたもの の,同様の理由により結局は当該生徒に対して 状況を確認する余裕はなかったという.  このような事実や教師の 藤から見えてきた のは,そもそも多様な職務を抱える学校現場の 忙しさと,さらにそこに入り込んでくる新たな 諸改革の受け入れにくさである.OECDの調 査によれば,わが国の教師は諸外国に比べても きわめて多忙であり,授業以外の職務(例:一 般事務,学校運営,課外活動の指導など)に割 く時間がきわめて長く,逆に自身の職能開発に 割く時間はきわめて短い(国立教育政策研究所, 2019).また,かつて近代の学校モデルが移動 可能な社会による都市化をめぐる諸問題を解決 するために,すなわち多様な人々を画一化・標 準化するために開発され,その後長い時間をか けて熟成されてきたそのシステムは,すでにあ らゆる側面においてきわめて複雑な相互依存的 アーキテクチャー(クリステンセン,2008)の 様相を呈している.それはまるでジグソーパズ ルのように,個々のピースが周囲のピースでガ チガチに構造化されているかのようだというこ とである.今日再び個性化・多様化に向かおう としている社会への対応は,どうしても従来の システムでは限界なのであり,それがさまざま な面で問題化し,教師自身に顕在化してきてい るのではないか.だから,すでに硬直化したシ ステムを変革することは容易ではない.した がって,社会が急速にデジタル化しているから といって,学校のデジタル化は一筋縄にはいか ないのである.  こうしてみると,「不謹慎だけどもう一回休 校になればやれる 」というA教師の発言も無 理はない.体育に置き換えれば,権威主義的な 必要性の論理から民主主義的で文化的な必要性 や可能性の論理へと変化しているまだ道半ばで, 硬直化した体育授業というフレームに新たなデ ジタル化というピースを加えることがこの20 年間ではまだ十分に果たせていないように思わ れる.すなわち,そのピースを加えるためには それを取り巻くさまざまなピースをまた取り替 えなければならず,それにはやはり長い時間と 労力を要するということである.それでも,少 なくとも本プロジェクトにおいては子供たちの 変容がみられ,それが教師たち自身の学びや指 導改善の動機付けにもつながったことは確かで ある.定着するまでにはまだ多くの障壁はある が,実践を積み重ね,方法,成果,課題などに ついての継続的な議論や共有が必要である.

Ⅵ.ブレンド型 OLPE の可能性

 ここまで,筆者が進めているOLPEプロジェ クトを通して見えてきた成果や課題に基づいて 述べてきた.そのなかでも特に,社会変化に伴 う体育授業のデジタル化に対するネガティブな 側面としては,先行研究で指摘されているよう な表層的な問題だけではなく,そもそも学校構 造上に潜在するさまざまな本質的問題があり, 体育教師にとってのジレンマが起きている可能 性も否定できなかった.しかしながら,もしこ のような諸問題がすべてクリアされて学校体育 がテクノロジー化を受け入れ,新たな体育授業 に変化できたとして,それで問題は全て解決さ れることになるのだろうか.つまり,体育にお いてOLPEが進むことに何ら問題はないのだ ろうか,はたしてそこで体育固有の学びは可能

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となるのだろうか,ということも同時に問わね ばならないだろう.  体育という教科が他教科とその特性を異にす るところは,運動・スポーツというまさに身体 を介して多様な個と直接的に関わり合うという ところにある.本プロジェクトを通して生徒か らは,OLでも友達とつながることができて楽 しかったという声がある一方で,「でも一人だ とつまんない」「やっぱりみんなでやった方がい い」という声も聞かれた.また,教師の方から も「(話し合いとかは)こちらが意図的に設定 しなければ発生しないものだと思っていたが (対面では)結構勝手にそうなる.子供たちが そこ(運動・スポーツ)に没頭していけばいく ほど自然発生的に起こるんだな」という発見が みられている.また両教師は次のようにも語っ ている.  「同時双方向だとまた違うのかもしれないけ ど,そうは言っても,生身の子供の動きとか, そういうのは

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では見えないので,そこは決 定的に対面とは違うところだと思う」(A教師)  「やらなきゃ,体験してみないと分かんない 部分ってあるから,一人で黙々とやってても分 かんない部分とか,相手がいるからこっちは引 き出しから何出そうって工夫するわけだから, それはやっぱ対面じゃなきゃ無理だなって.想 像にしかならないから,

OL

で語ってても 」 (B教師)  これらのことは,体育では対面的・直接的な 状況(同じ時間,同じ空間)でしか得られない 学習があるという事実を物語っている.シュッ ツ(2015,p.148)は「出 い(対面状況)は, 時間的な直接性と空間的な直接性とによって特 徴づけられる唯一の社会関係である」と述べて いる.シュッツがここでいう「われわれ感覚」 や「双方向的な汝思考」というものが身体を介 して対面で行う体育授業には存在するというこ とである.また,パフォーマンス芸術家は「他 者の現前(現れの空間)」でのみその行為が可 能になるとアーレント(1994)はいう.運動・ スポーツをある種のパフォーマンス芸術として 捉えれば,それは運動・スポーツ行為をする自 分という主体の目の前に,他者という客体がい ることでその行為は可能になると考えることが できる.  こうしてみると,体育固有の特性をふまえた 学習は逆にOLのみでは不可能であり,生徒や 教師の身体という客体を前にしてこそ主体的に 身体を介した学習行為が可能になるものと考え ることができる.つまり,対面式での授業が必 要不可欠であるということである.そういう意 味において,今回のOLPEプロジェクトで露 わになった従来の対面授業のみでは限界であっ た部分への対応としてテクノロジーに頼る部分 (多様性や個々の自発的な学びを保障するもの) と,対面して共に関わり合うなかでしか得られ ない部分(身体を介した「われわれ感覚」など を保障するもの)を融合したブレンド型スタイ ルが,これからの体育の新たな可能性として考 えられるのではなかろうか.

Ⅶ.一体育教師としての希望

 本稿ではOLPEプロジェクトを通して見出 された成果や課題に基づき,社会における学校 構造論や体育教師論に依拠しながら学校体育が 抱える現代的課題とこれからの可能性を考察し てきた.これらを包括してみると,新たな方向 性への芽吹きが見える一方で,その芽吹きの成 長を阻む障壁も同時に見られる.今回のコロナ 危機が過ぎ去れば再び体育は 壺に戻るのか. そうすれば,それらの障壁は消えていくが,し かし,体育と社会との間にあるズレはますます 拡大していくだろう.では,どうすればそれを 回避し発展につなげることができるのか.  さまざまな要素や条件が複雑に絡み合ってい る中で学校体育が進んでいくためには,現場の 最前線に立つ体育教師自身が1人の自立した 主体として希望的ネットワークへ参加(佐伯, 2006c, p.261)することをより積極的に意識す る必要があるだろう.つまり,学校構造の中で これまで体育教師が無意識のうちに過度に拘束 されてきた役割から一度離れ,願望充足に基づ く教師自身の学びというものを意識化していく

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ということである.例えば,教員研修も半ば強 制的に参加しなくてはならない形式的・表層的 なものではなく,教師自身の自発的な学びを叶 えるものでなければならない.そして,教師自 身が直面する多様でプラグマティックな問題に 基づかなければならない.コロナ危機により体 育指導に対して現実的な問題に直面せざるを得 なくなったまさに今こそ,当事者意識をもった 理性的で内発的な学びへシフトする好機とみる. 当の子供たち自身はどうしたいと思っているの か.その子供たちの学びのために自分自身はど う役割を果たしたいのか.このことを強く主張 できるのは現場の教師でしかない.と同時に, こうありたいという希望的観測をもつ体育教師 の豊かなワークライフをサポートしていく研究 者もまたそのような視座に立つ必要があろう. 注1)本稿における斜体の部分は,教師による語り の内容を表したものである. 注2)筆者は一斉休校期間中に都内公立中学校体育 教師9名からOLPEの現況についてヒアリン グ を 実 施 し た(2020年5月13日 ∼5月27 日実施).また,そのうち6名から学校再開直 後の体育の状況についてヒアリングを実施し た(2020年6月9日実施).

注3) AISEP(International Association for Physical Education in Higher Education)は,2020年 5月29日に体育教師教育関係者を対象とした 国際的なオンラインミーティング「PETE and the Pandemic: The Legacy」を開催した.そ の中で交わされた議論の一部である. 注4)ブ レ ン デ ィ ッ ド・ ラ ー ニ ン グ(Blended Learning)とは,従来の対面学習とOLのハ イブリッド型学習のことであり,ある科目の 教育プログラムのなかに一部だけでもOLの 要素(ビデオ配信,教材配布,掲示板,確認 テストなど)を取り入れる形式をとる(船守, 2014;ホーンら,2017). 注5) OLは同時双方向型(教師と生徒がリアルタ イムで行う同期型)とオンデマンド型(生徒 の任意の時間や場所にて行う非同期型)とに 大別されるが,本プロジェクトにおいては後 者を用いた.

注6) G Suite for Educationは,Googleによる教 育機関向けのグループウェアサービスであり, メール,Meet(ビデオ会議),チャット,ド キュメント,スプレッドシート,Forms(アン ケート)などの機能が無料で使用できる.特 に,ClassroomはOLツールであり,授業資 料の配布・ダウンロードや課題の設定・提出, 採点・コメントなどが可能であり,クラス全 体での情報提供や共有ができる. 注7)次のような両教師の語りによる. 「こんなに教材研究したことない.ベースボー ル型の特性からもう一回考え直して,結局ど こに面白さがあるのかを洗い出して,あまり 運動が得意ではない子供達に対してどこに ゴールを持っていくのかとか」「動画なんか長 くなったら子供達見ないし,伝えたいことを シンプルに分かりやすくっていう.それは対 面の授業でもそうなんですけど,そういう部 分での変化はあった」(A教師) 「動画を作るにあたっては(OL上に)残っ ちゃうものだから,言葉を選ぶとか子供が混 乱しないような説明にしなきゃいけないなっ ていうのは考えた」「(今までと)また違う視点 で動画教材を探した.プレイの動きが明確に 分かるとか,子供たちがそれを見てやるって なった時に説明できるとか」「ある意味授業改 善だと思う.それは(OL上で)子供からの 反応があったからできたことで,それは学び だった.」「対面の中でもそういう状況とか環境 とかが確保されてればきっとやれてたのかな, という過去への振り返りというか」(B教師) 注8)単元後に実施した生徒質問紙調査によると, A教師によるOLPEにおいて「自分にあった 練習や場を自分なりに選んで活動することを 行なっている」という項目の得点は2.93点 (4点満点)であり,一斉休校中のOLPEの得 点(2.09点)と比較して有意に高い値を示し た.なお,B教師によるOLPEにおいては生 徒による選択的な活動は結果的に実施されな かった.参考までに,全国平均値は2.86点と なっている(スポーツ庁,2019)が,ただし, これは対面授業における数値である. 文 献

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 (2021年 2 月 9日受理)

Advanced Publication by J-STAGE Published online 2021/3/31

表 1  教師の属性,休校中の OLPE およびネット環境 教師 ①性別,②職位,③教職年数,④専門種目, ⑤研究歴,⑥ ICT 活用頻度(用途) 一斉休校中の OLPE インターネット環境 A ①男性,②主幹,③ 16 年,④バスケ,⑤都 道府県レベル,⑥ 20 回/年(動きの撮影・ 分析,ブレインストーミング) 学 校 ブ ロ グ で 動 画 配 信,その後G Suite注6)導入 1 人 1 台端末:未配備,家庭:100%(Wi-Fi 貸出含む),体育館:複数台の接続不可 B ①女性,②主任,③ 11

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