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死体遺棄罪と不作為犯

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(1)

死体遺棄罪と不作為犯

著者

松尾 誠紀

雑誌名

法と政治

68

1

ページ

75-104

発行年

2017-05-30

URL

http://hdl.handle.net/10236/00025849

(2)

Ⅰ. 検 討 課 題 本稿で検討対象とする死体遺棄罪は, 刑法190条に規定されている。 同 条の罪は, 死体, 遺骨, 遺髪又は棺に納めてある物を, 損壊, 遺棄又は領 得した場合に成立し, その法定刑は3年以下の懲役である。 また, 公訴時 効の期間は3年である。 死体遺棄罪は, 不真正不作為犯として不作為による場合にも成立すると される (1) 。 これについては, 埋葬義務者 (葬祭義務者) が死体を放置した場 合に, 不作為による死体遺棄罪が成立するという判断枠組みが確立してい るため (2) , 例えば, 被告人が, 妻子の死体が他人宅の押入れに隠匿されてい 論 説

(1) 大塚仁ほか編 大コンメンタール刑法 (9) (第3版, 2013年) 246頁 以下 岩村修二 参照 (以下, 同書を 「岩村・大コンメ」 とする)。 (2) すでに大判大正 6・11・24刑録23輯1302頁は, 母親が出産した嬰児を 砂中に埋めて窒息死させた上, その死体をそのまま放置した事案について, 「葬祭を為すべき責務を有する者が葬祭の意思なくして死体を放置し其所 在の場所より離去する如きも亦死体遺棄罪を構成するものとす」 としてい た (旧字・カタカナを改めた)。 同判決を解説するものとして, 牧野英一

死体遺棄罪と不作為犯

Ⅰ. 検討課題 Ⅱ. 不作為による死体遺棄の主体となりうる者 Ⅲ. 不作為による死体の遺棄 Ⅳ. おわりに

(3)

るのを知りながら放置して立ち去った場合には, 不作為による死体遺棄罪 が成立するとされる (3) 。 もっとも, その周辺には未解明な点も残されている。 第一に, 不作為に よる死体遺棄罪の主体については, 大審院大正13年3月14日判決 (4) 以来, 埋葬義務者による場合だけでなく, 死体を監護すべき者による場合もある とされているが, 死体監護義務者が, 埋葬義務者ではない者のうち, いか なる範囲で認められるのかは未だ定かではない。 第二に, 死体の遺棄が不 作為による場合には, 犯罪の終了時期が不明確である。 死体の遺棄行為と して, 例えば, 作為による死体の隠匿があるが, 死体が隠匿されることで 犯行が発覚しにくくなる一方, その公訴時効の期間が3年と短いため, 当 該事案にある不作為の部分に着目をして公訴時効の未完成が主張されるこ とがある (5) 。 確かに, 近時は, 不作為による場合の死体遺棄罪の終了時期に ついて, 埋葬義務者が埋葬義務を果たさない限り継続して成立するとする 見解もある (6) 。 しかし判例が必ずしもそのような見解を採用しているともい えないため (7) , 検討の必要がある。 第三に, 同様に公訴時効と関連して, 例 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯 「殺人の結果たる死体遺棄」 同 刑法研究 (2) (第3版, 1924年) 159頁。 葬祭義務に関し, 大場茂馬 刑法各論 (下) (1913年) 523頁は, 大正6 年 (1917年) の同判決以前に, 「本罪は葬祭に関する良俗に反する行為を 罰するを以て其性質なりと解す可きもの」 との理解から, 「行為者中此等 の物 死体, 遺骨, 遺髪又は棺に納めてある物 を他に遷して之を棄てた る場合は勿論葬祭を為さずして放置する行為も尚ほ法文の所謂遺棄と解す 可きなり」 としていた (旧字・カタカナを改めた)。 (3) 東京高判昭和40・7・19高刑集18巻5号506頁。 (4) 大判大正13・3・14刑集3巻285頁。 (5) 例えば, 大阪地判平成25・3・22判タ1413号386頁。 同判決については 後に詳しく検討する。 (6) 橋爪隆 「不作為の死体遺棄罪をめぐる問題」 椎橋隆幸先生古稀記念 新時代の刑事法学 (下) (2016年) 267頁以下参照 (以下, 同論文を 「橋 爪・死体遺棄罪」 とする)。 こうした見解については後に詳しく検討する。

(4)

えば, 自宅の押入れに隠匿した死体を置き去りにして転居した場合に (8) , そ の置き去り (不作為) について, 死体の新たな遺棄が認められるのかとい う点についても検討の必要がある。 埋葬義務者が死体を隠匿した場合に, 隠匿による作為の死体遺棄罪とは別に, 埋葬義務違反に基づく不作為犯が 死体遺棄罪として継続して成立するとするならば, 公訴時効との関係で死 体の新たな遺棄の有無について考える必要もない。 しかし, 先述のとおり, 従来の判例は必ずしもそうした理解を採用しているとはいえず, 公訴時効 完成の有無の判断と関連して, いかなる場合に死体の新たな遺棄が認めら れるのかが検討されてきた。 死体の新たな遺棄は作為による場合もあるが, 本稿の問題意識からは特に, 死体を置き去りにするという不作為について, 死体の新たな遺棄が認められるのかが問題となる。 本稿では, 上記3つの問題を, 不作為による死体遺棄の主体に関する問 題とその行為に関する問題に分けて検討することとする。 なお, 死体遺棄罪が不作為による場合, その作為義務は葬祭義務と呼ば れることが多い。 ただ, 判例においても葬儀を行う義務はないとされてい るから (9) , その義務内容は, 死体を葬るためにそれを埋葬または火葬するこ とである (10) 。 そこで, 本稿では, 死体を葬ることを意味して 「埋葬」 とし (11) , 論 説 (7) 埋葬義務者が自宅に死体を隠匿した事案として, 例えば, 名古屋地岡 崎支判平成23・3・24 LEX / DB 25470969がある。 同判決を評釈するもの として, 冨彩 「判批」 季刊刑事弁護67号 (2011年) 97頁。 (8) 例えば, 秋田地判平成 5・1・27公刊物未登載 (園部典生 「判批」 研 修541号 (1993年) 13頁参照)。 同判決については後に詳しく検討する。 (9) 大判大正13・3・4 刑集3巻175頁。 木亮忠 死体並遺骨に関する研 究 (司法研究報告書第20輯9) (1935年) 99頁も参照。 (10) 墓地, 埋葬等に関する法律2条は, 「埋葬」 を 「死体……を土中に葬 ること」 (同条1項) とし, 「火葬」 を 「死体を葬るために, これを焼くこ と」 (同条2項) と規定する。 (11) 葬るとは, 死体を埋葬することとされる (大辞泉)。

(5)

判例を紹介するとき以外は, 葬祭義務と呼ばれるものを 「埋葬義務」 と呼 ぶこととする (12) 。 Ⅱ. 不作為による死体遺棄の主体となりうる者 1. 埋葬義務と埋葬義務者 死体の遺棄とは, 埋葬等の方法によらないで死体を放棄することである (13) (死体の遺棄行為については後に改めて検討する)。 そして, 埋葬義務者が死 体を放置する場合にも, 不真正不作為犯として死体遺棄罪が成立するとさ れる。 死体を埋葬するためには, 死亡届に基づいて埋葬の許可を市町村長から 得る必要があるが (墓地, 埋葬等に関する法律5条), 通常, 死亡の届出と 埋葬許可申請は同時に行われる (14) 。 死亡の届出は, 届出義務者が死亡を知っ た日から7日以内に行う必要があり (戸籍法86条1項 (15) ), 届出の際には, 医 師による死亡診断書ないし死体検案書の添付が必要である (16) (同条2項)。 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯 (12) 戦前には, 木・前掲註(9)101頁以下が, 近時では, 例えば, 山中 敬一 刑法各論 (第3版, 2015年) 721頁, 大谷實 刑法講義各論 (新 版第4版補訂版, 2015年) 540頁が 「埋葬義務」 とする。 判例では, 富山 地判平成24・2・17公刊物未登載が 「埋葬義務」 とする (同判決は名古屋 高金沢支判平成24・7・12公刊物未登載の第1審である 同高裁判決につ いては後掲註(50)も参照 )。 (13) 岩村・大コンメ (前掲註(1)) 245頁参照。 (14) 生活衛生法規研究会監修 新訂逐条解説墓地, 埋葬等に関する法律 (第3版, 2017年) 25頁参照。 (15) 正当な理由なく, 期間内に死亡の届出をしなかった届出義務者は5万 円以下の過料となる (戸籍法135条)。 (16) 死亡の 「診断書」 とは, 死亡者を診察した医師の作成するものであり, 死亡の 「検案書」 とは, 死亡者を診断しなかった医師が死亡後に死体を検 案して作成するものである (木村三男監修 改訂説題解説戸籍実務の処理 (7) 死亡・失踪・復氏・姻族関係終了・推定相続人廃除編 (改

(6)

死亡届出義務者は, 同居の親族, その他の同居者, 家主等の順序とされて おり, 同居の親族以外の親族等も届出をすることができる (戸籍法87条)。 他方, 死体の所有という観点から見れば, 死体に対しては, 埋葬・葬儀等 を行う目的に限定された所有権が近親者に認められる (17) 。 もっとも, これは 権利とは呼ばれるものの, 学説において, 「遺体への支配権は, ……腐敗 等による客体それ自体の有害化を防ぐ強度の社会的要請に迅速に応え, 葬 送等の慣習法的義務を負った権能という性質を持つのは不可避であって, この権能は権利というより義務に対応する権限に近 い (18) 」 とされるよう に, 実質的には義務的側面を持つ。 実際にも, 死体は速やかに埋葬される 必要がある一方, 埋葬に関し, 死亡届出義務者の特定が図られ, その死亡 の届出に基づく埋葬の許可制が採られているもとでは, 埋葬権者が死体を 埋葬しなければ, 死体は埋葬されないままになるのであるから, 埋葬権者 は死体を適切に埋葬しなければならないというべきである。 したがって, 埋葬義務とは, こうした一連の手続きをとって死体の埋葬 を実施する義務である。 そして, 埋葬を実施できるのは同居の親族等の近 親者に限られるから, 埋葬義務者は基本的にそのような近親者となる。 不 作為による死体遺棄は不真正不作為犯であるけれども, その作為義務は, 事実的な支配状況や危険の創出によって生じるものではなく, 法令等の解 釈に基づいて埋葬義務者が特定され (19) , その者が埋葬の義務を負うこととな 論 説 訂版, 2014年) 90頁以下。 (17) 谷口知平ほか編 新版注釈民法 (27) 相続 (2) (補訂版, 2013年) 88 頁 小脇一海, 二宮周平 参照。 宮井忠夫 「遺骸に関する所有権」 我妻栄 編 宗教判例百選 (1972年) 163頁, 窪田充見 家族法 (第2版, 2013 年) 352頁以下, 米村滋人 医事法講義 (2016) 284頁以下も参照。 (18) 鈴木龍也編著 宗教法と民事法の交錯 (2008年) 234頁 池田恒男 参照。 (19) 濱克彦 「判批」 研修776号 (2013年) 30頁は, 「葬祭義務については,

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る (20) 。 2. 死体監護義務と死体監護義務者 (1) 以上のような埋葬義務者だけでなく, 死体の監護義務が認めら れる者も不作為による死体遺棄罪の主体になるとされる。 そこで次に, 死 体監護義務の意義, またそれはいかなる者に認められるのかについて検討 する。 死体監護義務というものを初めに示したのは大審院大正13年3月14日 判決 (21) である。 事案は, 木炭を製造する被告人が, 燃焼中の炭焼竈に落ちて 焼死している被害者を発見したにもかかわらず, そのまま放置したという 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯 民法の親族法や戸籍法等の法令に加え, 社会一般の習俗・慣習等をも踏ま えつつ判断する」 とする。 松下裕子 「判批」 警察学論集66巻5号 (2013年) 175頁, 橋爪・死体遺棄罪 (前掲註(6)) 256頁も参照。 (20) 従来は, 埋葬義務が支配等の事実的要素によって認められるものでは ないということが意識されなかったためか, 殺人犯人が被害者を殺害した 後に, その死体を放置した場合の不作為による死体遺棄罪の成否が論じら れてきた。 もちろんそこでは, 殺人罪に死体遺棄罪が包括的に評価されて いることなどを理由にその成立が否定される (伊藤渉ほか アクチュアル 刑法各論 (2007年) 429頁以下 島田聡一郎 , 大谷・前掲註(12)540頁な ど)。 しかし, 殺人犯人が被害者の近親者でなければ犯人自身は埋葬義務 を持たないため, その死体の放置に不作為による死体遺棄罪は成立しえな い。 また, 死体監護義務違反に基づくことも考えられるが, 後述のとおり, 死体監護義務が認められるためには, 遺族等との間に委託関係が必要と考 えられるから, それが認められる範囲も限定的である。 他方, 伊東研祐 現代社会と刑法各論 (第2版, 2002年) 420頁は, 殺 人 (傷害致死) 後に死体を放置した場合に死体遺棄罪が成立しないことを, 死体遺棄罪にいう 「死体」 を死体一般ではなく, すでに自己または他人に より葬祭の対象として, あるいは対象とすべく占有・管理されている死体 と限定的に解することで説明する。 (21) 前掲註(4)の大審院大正13年3月14日判決。

(8)

ものであり, 被告人と被害者との間には親族関係も雇用関係もない。 控訴 審は死体遺棄罪の成立を認めた。 これに対し, 同大審院判決は, 葬祭義務・ 死体監護義務の可能性を指摘しつつも, 被告人はそれらを持たないとして, 死体遺棄罪の成立を否定した。 すなわち, 「法令又は慣習に依り葬祭を為 すべき責務ある者若は死体を監護すべき責務ある者が擅に死体を放置し其 の所在の場所より離去するが如きも亦死体遺棄罪を構成する」 としつつ, しかし被告人には被害者の死体を葬祭・監護する義務はないので, 「法律 上該死体を竈中より搬出し葬祭を行ふに適すべき状態に置くべき責務」 を 持たないとした (22) (旧字・カタカナを改めた)。 (2) この判断枠組みに従って, 後の判例は不作為による死体遺棄を 肯定していく (23) 。 そして, 実際に死体監護義務違反に基づいて不作為による 死体遺棄罪の成立を認めたのが, 加江田塾事件に関する福岡高裁宮崎支部 平成14年12月19日判決 (24) である (25) 。 事案は, 病気を治すとして被害者を預かっ た被告人が, 必要な医療措置を施さずに祈祷類似行為を繰り返した結果, 被害者を死亡させたが, 被告人は死体を親に引き渡すことなく, 引き続き 論 説 (22) 同大審院判決はさらに, 被告人が鉄板で穴を塞ぎ, その上に土砂を積 んだ行為があっても, 「竈の穴を塞ぐは竈内の火勢を強大ならしむるもの に非ずして寧ろ火勢を弱むる効果を来すに過ぎざる」 (旧字・カタカナを 改めた) として, それが死体損壊罪にあたることもないとした。 (23) 例えば, 前掲註(3)の東京高裁昭和40年7月19日判決。 (24) 福岡高宮崎支判平成14・12・19判タ1185号338頁。 (25) 仙台高判昭和27・4・26高刑判特22号123頁も, 被害者の孫である被告 人が, 被害者の自殺を阻止するために被害者の頸部にかかっていた紐を強 く引っ張ったところ, 誤って窒息死させたが, 被告人の父 (被害者の息子) が自宅内で寝ていたにもかかわらず, 何も告げることなく, 死体を放置し た事案において, 被告人に死体監護義務とその違反を認める。 もっとも, その義務は, 被害者の近親者としてより高順位にあたる父親にその対処を 促すというものであって, 死体監護義務というよりは埋葬義務の範囲内に あるといえる。

(9)

それを支配下に置いたというものである。 同じ行為形態で被害者 A に対 するものと B に対するものの2つの犯罪事実がある。 第1審 (26) は, 埋葬義 務者・死体監護義務者による死体の放置は死体遺棄罪になるが, それ以外 の者には, 死亡結果を有責に招いてもその後の死体の放置に死体遺棄罪は 成立しないとして, 被告人については不作為による死体遺棄罪の成立を否 定した。 その上で, 被害者 A に対する事実については, A の親に対し死 体の引き渡しを拒むために, 死亡の事実を否定する旨を述べた行為, 親が 死体の置かれた部屋に立ち入ることを拒否した行為, 死体を置いた部屋に 施錠をした行為などをもって死体領得罪の成立を認め, 被害者 B に対す る事実については, 死体を別の部屋に移動させたことをもって死体遺棄罪 を認めた。 これに対し, 控訴審 (同福岡高裁宮崎支部判決) は, 先の大審 院大正13年判決を引用の上, 被告人は被害者の 「保護責任者としての立 場にあったと認められる者である。 したがって, 被害者 の死亡後も, 同人の監護を 親 から託されていた者として, 慣習ないし社会通念上, その死体についても監護義務を負い, その…… 親 に対し, 被害者 の死亡の事実を告げ, 同人の死体の引取りが速やかに行われるよう努める とともに, その引渡しが完了するまでの間は, その死体を適切に保管しな ければならなかった」 として, 死体監護義務の違反に基づく死体遺棄罪の 成立を認めた。 以上のように, 第1審は, 死亡結果を有責に招いたとしても死体の監護 義務が認められるわけではないとしたのに対し, 控訴審は, 一般的にはそ うだとしても, 当該事案では被告人が保護責任者であったのだから一般の 場合とは違うとして, 死体の監護義務とその違反を認めた。 (3) 結論において, 死亡結果を有責に招いた者が死体を放置しても 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯 (26) 宮崎地判平成14・3・26判タ1115号284頁。

(10)

死体監護義務者にはならないのだとしても, 当該不作為者が保護責任者で あった場合には死体監護義務者になりうるとする控訴審の理解は妥当であ る。 死体監護義務は, 遺族たる近親者に対する義務であって, その義務内 容は, 控訴審のいうように, 死体が遺族に引き取られるよう取り計らい, 引き渡しまでの間は適切に保管するというものである。 これは, 自分では 死体を埋葬できないけれども, 遺族が埋葬できるように積極的に取り計ら う義務であるから, 不作為者が遺族に対して責任を有している場合にしか 認められるべきではない。 例えば, 死亡原因を創出する先行行為, あるい は生前の身体ないし死体に対する支配状況があるだけでは, 死者との関係 は基礎づけられても, 死者の遺族との関係は基礎づけられない (27) 。 遺族に対 して責任を負うためには, 遺族たる近親者からの委託関係, 具体的には死 者の生前に, その生命・身体の保護に関する委託関係・保護の引受けがあっ たことが必要である (28) 。 これに従えば, 控訴審は被告人が被害者の 「保護責 任者」 であったとしたけれども, それは, 保護責任者遺棄罪に関し判例で 広く認められる保護責任者一般を含むものではなく, 当該被告人が委託関 係に基づく保護責任者であったからこそ, 死体監護義務が認められるとす る趣旨と理解できる。 論 説 (27) 山下裕樹 「判批」 法学論集 (関西大学) 66巻2号 (2016年) 114頁は, 死体監護義務を死体との一定の関係に基づくものとし, 橋爪・死体遺棄罪 (前掲註(6)) 256頁は, 死者との特別な関係に基づくものとするが, 死体 監護義務については埋葬権者たる遺族との関係を問題にすべきと思われる。 (28) 西田典之ほか編 注釈刑法 (2) 各論 (1) (2016年) 679頁 嶋矢貴 之 (以下, 同書を 「嶋矢・注釈刑法」 とする), 仲戸川武人 「判批」 警察 公論68巻6号 (2013年) 91頁も, 生前の監護の引受けに基づく義務を認め る。

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Ⅲ. 不作為による死体の遺棄 1. 死体の遺棄という実行行為の内容 刑法190条の罪の保護法益は, 死者に対する敬虔感情とされる (29) 。 感情と いっても特定人の感情ではなく, 多数の人々の期待によって形成されてい る秩序・社会風俗が保護されたものである (30) 。 こうした保護法益理解に基づ いて死体遺棄罪の行為内容が特定される。 人が死亡した場合にはその死体を埋葬するのが社会風俗である。 そのた め, 死体を埋葬する行為はもちろん死体の遺棄にあたらないから, 埋葬と みられる方法によらないで死体を放棄すること, いわば死体を不適切に扱 う行為 (31) が, 死者に対する敬虔感情を害する行為とされ, 死体の遺棄にあた る。 死体遺棄罪は, 死者に対する敬虔感情を保護するものであって, 保健 衛生上の観点における死体の腐敗の防止を直接的な目的とするものではな い。 死体の不適切な扱いの典型は, 死体の投棄, 隠匿などの作為である。 他 方, 死体の不適切な扱いの中には, それと並んで, 埋葬義務者・死体監護 義務者が死体を埋葬しないことが含まれる。 死体の不適切な扱いの中に, 投棄・隠匿の作為と, 埋葬義務者等による死体を埋葬しないという不作為 が含まれるから, 埋葬義務者が死体の投棄・隠匿を行う場合には, 投棄・ 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯 (29) 岩村・大コンメ (前掲註(1)) 238頁, 嶋矢・注釈刑法 (前掲註(28)) 674頁参照。 (30) 原田保 刑法における超個人的法益の保護 (1991年) 252頁以下, 井 田良 講義刑法学・各論 (2016年) 488頁参照。 町野朔 刑法各論の現在 (1996年) 90頁以下も参照。 (31) 富山地裁平成24年2月17日判決 (前掲註(12)) は, 「社会通念上是認 されない態様で遺体を取り扱った」 として不作為による死体遺棄罪の成立 を認める。

(12)

隠匿による作為犯と, 死体を埋葬しないという不作為犯が併存することと なる。 なお, 学説には, 埋葬義務者以外の者による死体の投棄・隠匿を, 埋葬 義務者による埋葬義務の履行を阻害するものとして捉える見解がある (32) 。 し かし, 殺害後の死体を直ちに遺族宅の前に投棄しても死体遺棄罪は成立す ると思われるから, 死体遺棄罪の成否は埋葬義務の履行阻害とは関係がな い。 埋葬義務者ではない者に死体を埋葬しないことは問題とならないから, 埋葬義務の履行阻害という要素を介在させなくても, 端的に死体に対する 粗末な扱いが死者への敬虔感情を害したとして捉えれば足りると思われる。 2. 死体遺棄罪が不作為犯による場合の犯罪終了時期 (1) 以上のような死体遺棄行為の内容理解を前提に, まず死体遺棄 罪が不作為による場合の犯罪終了時期について検討する。 検討の題材とな る判例として, 大阪地裁平成25年3月22日判決 (33) (以下, 同判決を 「25年判 決」 とする) が挙げられる。 事案は次のものである。 平成19年2月頃に被 告人が交際相手の自宅で女児を出産, 殺害後, ①死体をスポーツバッグに 入れて, 交際相手宅の押入れに隠匿し, ②その3日後, 被告人宅に死体の 入ったスポーツバッグを運搬し, クローゼット内に隠匿し, ③平成19年 6月頃, 転居に際し, 死体をキャリーバッグに入れて転居先に運搬し, そ れを室内に放置し, ④平成21年2月頃, 転居に際し, そのキャリーバッ 論 説 (32) 川端博 「死体遺棄罪における遺棄」 芦部信喜ほか編 宗教判例百選 (第2版, 1991年) 215頁, 大谷實・前掲註(12)540頁, 山下・前掲註(27) 117頁以下, 嶋矢・注釈刑法 (前掲註(28)) 678頁参照。 (33) 大阪地裁平成25年 3 月22日判決 (前掲註(5))。 同判決を評釈するも のとして, 江藤隆之 「判批」 刑事法ジャーナル47号 (2016年) 71頁, 山下・ 前掲註(27)107頁。 また, 内田優 「免訴判決を得て」 刑弁情報44号 (2013 年) 58頁も参照。

(13)

グを転居先に運搬し, クローゼット内に隠匿した。 死体は平成24年7月16 日に発見された。 そして, 死体の最後の隠匿から3年以上が経過した時点 である平成24年8月6日に起訴されたのであるが, その内容は, 平成19 年2月上旬頃から平成24年7月16日までの間, 埋葬義務を果たさないま ま死体を放置したという不作為による死体遺棄に基づくものであった。 こ れについて, 25年判決は, 公訴提起時点での公訴時効の完成を認め, 死 体遺棄罪については免訴を言い渡した。 その要旨は次のとおりである。 作 為による形態と不作為による形態の死体遺棄行為が認められる場合には, 端的に作為犯を認定すればよく, 作為による形態の行為により当該事象の 違法性が評価し尽くされていない場合に限り, 例外的・補充的に不作為犯 が検討される。 本件では, ①から④の作為による形態の死体遺棄と, 埋葬 義務を果たさない不作為による形態の死体遺棄が同時的に存在しているが, 作為による形態の死体遺棄行為により本件事象の違法性は評価し尽くされ ているため, 本件では, 実体法上, 作為による形態の死体遺棄罪が成立し, 不作為による形態の死体遺棄罪は成立しない。 本件では, ②の隠匿行為は ①の隠匿行為とは別に死体遺棄罪が成立し, 両者は包括一罪の関係にある が, ③④の隠匿行為は新たな死体遺棄罪を構成するものではない (死体の 新たな遺棄に関するこの点は後に検討する)。 したがって本件での公訴時効 の起算点は②の遺棄行為の終了時となることで, 公訴提起の時点では公訴 時効の完成が認められるとした。 (2) 25年判決の検討に際して確認しておくべきことは, 死体の隠匿 による作為犯と埋葬義務違反に基づく不作為犯の関係は, 先行の作為犯と 後行の不作為犯という関係ではないということである。 埋葬義務違反に基 づく不作為は, 死体の隠匿の後に必然的に伴うその放置という意味での不 作為ではないし (34) , また, 先行の作為により生じた危険を解消すべきとする 義務に違反する不作為でもない (死体を隠匿したのだから取り出して埋葬し 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯

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なさい, ということではない (35) )。 埋葬義務は, 先行の作為の有無にかかわら ず存在しうるから, 埋葬義務違反に基づく不作為犯は, 死体の隠匿という 作為犯に併存しているものとして理解すべきである。 25年判決もこのよ うに理解しているし (36) , これは先の死体遺棄行為に関する本稿の整理にも合 論 説 (34) 例えば, 死体を投棄する場合, 投棄をするのだから, その後死体を放 置することは投棄という行為に必然的に伴うことである。 しかし, 埋葬義 務違反に基づく不作為は, この意味での不作為ではない。 (35) 橋爪・死体遺棄罪 (前掲註(6)) 259頁以下は, 「作為の実行行為が先 行した後, さらに不作為の実行行為が認められる場合」 の後行の不作為犯 を検討し, 例えば, 殺人の故意で先行の殺人行為を行った場合に, 救命措 置義務違反に基づく不作為犯を肯定することは十分可能であるが, その後 行の不作為犯は, 先行の作為による殺人に吸収して評価されるため, 共罰 的事後行為であるとする。 そして, 死体遺棄罪における死体の隠匿と放置 もそれと同様に, 先行の作為犯と後行の不作為犯として捉え, 隠匿後の死 体の放置を共罰的事後行為とする。 しかし, 本文で示すとおり, 埋葬義務 違反に基づく不作為犯は, 死体の隠匿による作為犯と併存しているのであっ て, それを後行の不作為犯と位置づけ, 共罰的事後行為として捉えるのは 適切ではない。 同様の指摘として, 山下・前掲註(27)124頁。 付言すれば, 殺人行為後の不救助は独立した不作為犯 、 ではない。 そこで の不作為は, 救助しなければ (当初の作為に関して) 既遂犯が成立する, つまり, 既遂犯を成立させたくなければ, 救助しなければならないという, 先行の作為犯の成立に伴って生じる反射的な 「義務」 にすぎないから, そ の 「義務」 に反したからといって独立した不作為犯 、 が成立するわけではな いからである。 逆にいえば, そこでの生命保護は既遂犯の成立可能性によっ て担保されており, それ以上に, 先行の作為犯とは別に不作為犯を成立さ せることで生命保護の強化を図るべき場面でもないといえる (こうした理 解の一端を示すものとして, 松尾誠紀 「作為犯に対して介在する不作為犯 (5)」 北大法学論集57巻4号 (2006年) 98頁以下, 121頁以下参照)。 (36) 25年判決は, 検察官への求釈明に際しては, 「作為を伴う死体遺棄行 為のうち, 作為後の放置行為のみを切り取 る 」 ことの相当性を問うけ れども, 死体遺棄罪の成否に関する検討に際しては, ①から④の作為犯と 不作為犯が 「同時的に存在している」 とする。

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致する。 (3) 25年判決は, 死体の隠匿による作為犯と埋葬義務違反に基づく 不作為犯が併存した場合, 作為により当該事象の違法性が評価し尽くされ ているのなら, その作為による行為が死体遺棄罪にあたる行為となること を示した。 もちろん, 25年判決のいう違法性評価に関する判断が介在す るため, 作為犯と不作為犯が併存すれば常に作為犯が当該罪に該当する行 為とされるわけではない。 例えば, 先の加江田塾事件の控訴審判決では, (第1審が認めた) 作為による死体の領得・遺棄と並んで死体監護義務違反 に基づく不作為の死体遺棄が併存することとなるが, そこでは不作為犯が 死体遺棄罪に該当する行為とされている。 それは, 単なる第三者がなした 死体の領得・遺棄ではなく, 被告人が死体監護義務者であったことを重視 した結果, そのような理解が採られたのだと思われる (37) 。 これに対して, 25 年判決の事案では, 加江田塾事件で見られたような不作為犯を優先させる 理由がないため, 隠匿による作為が死体遺棄罪にあたる行為とされたので ある。 25年判決が隠匿による作為を死体遺棄罪にあたる行為とした判断の背 後には, 死体遺棄罪に該当する行為を埋葬義務違反に基づく不作為犯と構 成した場合には, 犯罪が継続し, その結果として, 隠匿による作為が死体 遺棄罪にあたる行為とした場合とは異なり, 公訴時効が半永久的に完成し なくなることへの問題意識があった。 だからこそ, 隠匿による作為を死体 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯 (37) 加江田塾事件の控訴審に関する匿名解説 (判タ1185号338頁以下) は, 死体領得罪と死体遺棄罪の区別が問題とされて死体遺棄罪の成立が認めら れた点について, 主位的訴因が死体遺棄罪であったため, 死体遺棄罪が認 められれば死体領得罪の成否を判断する必要がなかったからであるとの見 方を示す。 それはそうだとして, 実質的に考えたとき, 作為による死体領 得・遺棄と不作為による死体遺棄が併存した場合には, 本文のように理解 して, 不作為による死体遺棄罪が成立すると解することも可能と思われる。

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遺棄罪にあたる行為とすることで, その問題が生じるのを回避したのであ る (38) 。 従来の判例においても, 埋葬義務者が死体を隠匿した場合には, 作為 による隠匿を死体遺棄罪にあたる行為としつつ, 埋葬義務違反に基づく不 作為犯を独立して取り上げることはしてこなかった。 だからこそ, 公訴時 効完成の有無の判断に際し, 後述する死体の新たな遺棄の有無という問題 が扱われたのである (39) 。 (4) これに対して, 近時の学説では, 死体の遺棄が埋葬義務違反に 基づく不作為による場合に, その犯罪の継続性を積極的に肯定する見解が 有力に主張されている。 その代表的な見解は, 「死体がきちんと弔われる ことなく, 放置されている状態が継続する限り, その間, 葬祭義務者の義 務の不履行は継続する (40) 」, 「作為の死体遺棄行為の存否にかかわらず, 葬祭 義務者については, 葬祭義務の不履行というかたちで本罪は継続的に成立 する (41) 」 とする (42) 。 論 説 (38) 25年判決は, 「検察官の主張に従うと, 作為犯としては公訴時効が完 成しているにもかかわらず, 同じ死体遺棄行為をもっぱら不作為犯として 構成することにより, 葬祭義務を果たすか, 葬祭義務を果たすことができ ない状態にならない限り, 半永久的に公訴時効が完成しないことになるた め, バランスを著しく欠く」 とする。 (39) 例えば, 埋葬義務者が自宅内に死体を隠匿した事案である, 秋田地裁 平成5年1月27日判決 (前掲註(8)) や名古屋地裁岡崎支部平成23年3月 24日判決 (前掲註(7)) では, 埋葬義務違反に基づく不作為犯を取り出せ ば公訴時効の未完成が認められるのに, それが取り上げられることもなく, 死体の新たな遺棄の有無が検討されている。 (40) 橋爪・死体遺棄罪 (前掲註(6)) 267頁。 (41) 橋爪・死体遺棄罪 (前掲註(6)) 269頁。 橋爪教授の見解については, 橋爪隆 「不真正不作為犯における作為義務」 警察学論集69巻2号 (2016年) 124頁以下も参照 (以下, 同論文を 「橋爪・不真正不作為犯」 とする)。 (42) 嶋矢・注釈刑法 (前掲註(28)) 680頁も, 埋葬義務違反に基づく不作 為による場合, 「死体遺棄行為の終了時期は, 埋葬が履行されるまで継続

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判例においても, 大阪地裁平成28年11月8日判決 (43) (以下, 同判決を 「28 年判決」 とする) は, 埋葬義務者が死体を隠匿した事案において, 埋葬義 務違反に基づく不作為については死体遺棄罪が継続して成立することを認 める。 事案は次のものである。 被告人は平成24年5月12日に死亡したわ が子の死体を, その子の父親と共謀の上, ①死亡の翌日に, 死体をプラス チックケースに入れた上, それを自宅とは別の場所にあるシャッター付き ガレージの2階に隠匿し, ②平成26年1月頃, 自宅を転居する際, 死体 の入ったプラスチックケースを段ボール箱に入れて転居先に運搬し, それ をベッドの下に置き, ③同年10月8日頃, さらに, ④同年12月1日頃に 転居をして, その都度, 死体の入った段ボール箱を転居先に運搬し, それ を転居先の室内に放置した。 平成28年5月12日に死体が発見され, 最初 の隠匿から3年以上が経過した時点となる平成28年6月3日に死体遺棄 罪で起訴された。 これに関し, 28年判決は, いったん 「遺棄」 と評価さ れる行為が行われれば, その行為終了時点で犯罪は終了するとしても, 新 たに 「遺棄」 と評価される行為が行われれば, その後でも死体遺棄罪は成 立しうるから, 「当初の遺棄行為後も死体を葬祭すべき作為義務が消滅せ ず, その義務違反行為が続いていると解されるような場合には, 不作為に よる遺棄が継続して行われていると認めることができる」 として, 当該事 案でも, 死体の発見時点まで不作為による死体遺棄罪が継続していたと認 めた。 そして, 公訴時効が未完成であるとして, 死体遺棄罪による有罪判 決を言い渡した (44) 。 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯 していると理解すべき」 とし, 丸橋昌太郎 「死体遺棄罪の終了時期」 信州 大学法学論集 (2011年) 183頁以下も, 「埋葬をしない状態が継続する限り, その法益侵害は継続している」 とする。 (43) 大阪地判平成28・11・8 D1-Law.com 判例体系 28244597。 (44) 28年判決は, ②の死体の移動について, 死体の新たな遺棄を認めるこ とはできないとする。 そのため, 公訴時効の未完成を認めるにあたって,

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(5) しかし, 埋葬義務違反に基づく不作為犯であれば死体遺棄罪が 継続して成立するという理解は果たして妥当であろうか。 第一の疑問点と して, 従来, 母親がわが子の死体を山中に埋めた場合には, その埋めた行 為でもって犯罪が終了する, いわば状態犯と捉えていたと思われる。 これ に対して, 有力説や28年判決の理解に従えば, そのような場合にも埋葬 義務違反に基づく死体遺棄罪が継続して成立することになるのであろうか。 もっとも, 28年判決は 「義務違反行為が続いていると解されるような場 合」 としているから, その継続性が認められる事例の範囲を限定的に理解 しているのかもしれない。 しかしそうした限定が説得的に実現しうるとは 思われない。 28年判決では, 死体を被告人らが支配管理する場所に運ん だという排他的支配があったこと, 埋葬されるか否かが被告人らに委ねら れていたという依存性があったことが強調されるけれども, 母親が山中に 死体を埋めた事例でも, 埋めた場所を母親のみが知っていた場合には, 同 様の排他性・依存性が肯定できると思われる。 あるいは, 28年判決では, 死体との場所的離隔がなく, 死体をそばに置いていた点が重視されたのか もしれない。 しかし, 場所的離隔があっても埋葬義務の履行が可能な場合 は多いと思われるし, 埋葬義務者であれば離れていても埋葬義務を果たす べきことになるはずである (仮に場所的離隔により埋葬義務が果たせない場 合があったとしても, 行為者が自らの意思で離れた場合に, その作為可能性の 不存在を行為者に有利に解すべきではない)。 離隔の有無では義務継続の存 否の違いを基礎づけられないと思われる。 有力説および28年判決は, お そらく死体を自宅内に保管しているような, だから埋葬すべきだ, といい やすい事例をイメージしていると思われるが, そうした場合に限って継続 論 説 不作為による死体の遺棄に着目したのだと思われる。 ②の行為について死 体の新たな遺棄を認めなかった点については, 後の検討箇所において改め て確認する (後掲註(54)参照)。

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した不作為犯の成立を認めることに説得的な理由を見出すことは難しい。 むしろ, 従来の判例が, 埋葬義務者が死体を自宅内に隠匿した場合でも (そこで公訴時効完成の有無が問題となっていた場合でも), 埋葬義務違反に 基づく不作為犯を取り出してその継続性を打ち出さなかったこと (45) は妥当な 取扱いであったと思われる。 第二の疑問点として, 果たして死体遺棄罪において, 常に作為義務を課 してでも解消すべき法益侵害が継続しているのであろうか。 学説において は, 犯罪が継続する場合を, ①実行行為が継続する場合, ②結果が継続的 に発生する場合, ③法益状態の悪化という変化が継続して発生する場合の 3つに分類し, 不作為犯の場合, 作為義務を履行しない不作為が構成要件 に該当する限り実行行為が継続するものとして (①), 犯罪が継続すると する見解が主張されている (46) 。 しかし, 埋葬義務違反に基づく不作為の死体 遺棄罪は継続して成立するものであろうか。 不作為犯において実行行為が 継続していると理解すべきかどうかは, 個々の不作為犯ごとに慎重に判断 をする必要がある。 不作為犯の場合, 作為義務のある限り, その不履行に 犯罪が継続するとされるが, それは個人的な利益に関する結果犯・危険犯 の不作為犯だからそうなるにすぎず, すべての不作為犯が継続犯とは限ら ない。 例えば, 保護責任者不保護罪は不保護の続く限り犯罪が継続すると 思われるが, しかしそれは, 義務の履行によって解消すべき生命・身体の 危険が継続して存在しているからである。 つまり, 不作為犯が継続するの は, 作為義務を課してでも解消すべき法益の侵害ないし危険があるからこ そ, 作為義務を継続して存在させ, それに対し義務の不履行が続くことで 不作為犯が継続するといえる。 これに対し, 死体遺棄罪の保護法益とされ る死者に対する敬虔感情というものは, 生命のような法益とは異なる。 死 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯 (45) そのような判例については, 前掲註(39)参照。 (46) 橋爪・死体遺棄罪 (前掲註(6)) 266頁。

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者に対する敬虔感情というものが, 当初死体を隠匿し, あるいは当初埋葬 義務を履行しないとしたときを超えて, 当初それが侵害された後にも継続 的に作為義務を課してまでその回復を強制するほどの強固な保護を備える べき利益とは思われない。 もちろん死体遺棄罪は, 死体の腐敗が進行しな いよう死体の状態を保護する罪でもない。 埋葬義務と呼ばれているからと いって, 死体が埋葬されない限り継続して埋葬義務が存在するといわなけ ればならないものではないのである (47) 。 そうだとすれば, 埋葬義務違反に基づく不作為の死体遺棄罪も, 埋葬し ない限り継続して成立するものではなく, むしろ, 埋葬すべきときに埋葬 しないこととした態度を処罰の対象とする状態犯として理解するのが妥当 と思われる。 すなわち, 埋葬義務違反に基づく不作為の死体遺棄罪は, 埋 葬義務者が埋葬義務を履行すべき相当の期間内に義務を履行しなかった場 合に成立する (48) 。 埋葬にはその前提に死亡の届出が必要であるが, 戸籍法上 の死亡届出義務について義務の履行期間が7日とされていることからすれ ば, 埋葬義務違反に基づく不作為の死体遺棄罪は, それを考慮した相当の 期間内に埋葬義務を履行しなかったことについて1回だけ成立するものと 理解できる。 相当の期間は義務の履行期間であるから, 義務違反がその期 間継続するわけではない。 こうした理解に基づけば, 母親がわが子を殺害 論 説 (47) 法益の性質の相違に着目して不作為による死体遺棄罪が状態犯である とする見解として, 牧耕太郎 「不作為による死体遺棄罪とその終了時期」 上智法学論集59巻3号 (2016年) 205頁以下。 また, 山下・前掲註(27)126 頁以下も不作為による死体遺棄罪を状態犯と解する。 しかし, その理由と して, 死体遺棄罪が保護責任者遺棄罪と同じく抽象的危険犯であるから, 義務違反的行為を行った時点で犯罪行為が終了する状態犯といえるとする 点は妥当ではない。 抽象的危険犯であっても, 状態犯といえる場合もあれ ば, 継続犯と解される場合もあると思われる。 (48) 岸洋介 「不作為による死体遺棄罪について検討した事例」 研修798号 (2014年) 80頁参照。

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してその死体を放置して立ち去ったとしても (49) , 立ち去りにより直ちに埋葬 義務違反に基づく不作為の死体遺棄罪が成立するわけではない。 もちろん こうした理解は, 継続した埋葬義務を認めないだけであって, 埋葬義務の 不存在, すなわち不可罰を意味するものではない。 例えば, 死体の放置か ら2年後に犯行が発覚した場合には, 当初, 埋葬義務を履行しないとした ことについて死体遺棄罪の成立が認められる。 公訴時効が完成すれば公訴 が提起されても免訴となるけれども, それは公訴時効制度に基づく帰結で ある。 また, 死体が継続して放置されていてもよいのかという批判もある かもしれないが, 死体の放置 (放置が継続する場合も含めて) は, 死体遺 棄罪としての処罰の告知により予防されていることであるし, また, 死体 の放置期間が長くなれば, その分, 犯情も重くなるから, 継続する死体の 放置に対しても抑止が図られているといえる。 抑止機能は義務違反の罪を 継続して成立させなければ確保できないものではない。 25年判決は, 隠匿による作為と埋葬義務違反に基づく不作為が併存し た場合に, 隠匿による作為を死体遺棄罪にあたる行為とすることで, 公訴 時効が半永久的に未完成となる問題を回避した。 しかし, それでもなお, 埋葬義務者が死体を放置するのみで隠匿等の作為が併存しない場合には (50) , やはり公訴時効が半永久的に未完成となるのかという問題が残されていた (51) 。 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯 (49) 例えば, 前掲註(2)の大審院大正6年11月24日判決。 (50) 例えば, 実母と同居していた被告人が, 実母の死亡後も, 実母に支給 されていた年金等を継続して受給するために, その死体を自宅内に放置に して共に生活していたという名古屋高金沢支判平成24・7・12公刊物未登 載の事案。 同判決では, 場所的離隔を伴わなくても死体の遺棄にあたると 判示した点が注目された。 同判決を評釈するものとして, 濱・前掲註(19) 21頁, 松下・前掲註(19)169頁, 仲戸川・前掲註(28)86頁。 (51) 橋爪・不真正不作為犯 (前掲註(41)) 126頁は, 「葬祭義務者がいった ん死体を作為によって隠匿した後, 不作為の死体遺棄を継続した場合と, 何らかの作為が認定できず, 死体を放置し続けた場合とでは, 実行行為の

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これに対して, 本稿の理解に従えば, 埋葬義務違反に基づく不作為犯は, 作為による死体の遺棄と同じく, 犯罪が継続して成立するものではないと 理解することが可能となる。 3. 死体の置き去り (不作為) と死体の新たな遺棄 (1) 埋葬義務者が死体を隠匿するなどの作為による死体遺棄を行い, その時点で死体遺棄罪が終了したとしても, その死体に対してさらに遺棄 行為を行えば, 新たに死体遺棄罪が成立する。 そして, その時点が公訴時 効の新たな起算点となることで, 結果的に公訴時効の完成を免れることが ある。 確かに, 埋葬義務違反に基づく不作為犯の死体遺棄罪は継続して成 立するという近時の有力説や先の28年判決のような理解を採れば, 公訴 時効完成の有無の判断に関連して死体の新たな遺棄を考える必要もない。 しかし, 従来の判例は, 埋葬義務者が死体を隠匿した場合についても, 必 ずしもそのような理解を採用してこなかったし, それは後に挙げる判例に おいても同様である。 だからこそ死体の新たな遺棄の有無が扱われたので ある。 そこで, まず死体の新たな遺棄がいかなる要素に基づいて判断されるの かに関し, 作為による死体遺棄の事例を2つ挙げる。 第一に, 先の25年判決が挙げられる。 25年判決の事案では, 当初死体 を交際相手宅にて隠匿した後, 転居等に伴って死体を3回移動させている ところ (以下の丸数字は先の紹介時のものに同じ), 25年判決は, 「①の隠匿 行為に次いで, ②の隠匿行為では, 当時の交際相手の居室から被告人方で の隠匿という状況の変化があり, 完全に被告人の支配下に死体が移動して 論 説 認定や公訴時効の起算点に関して, 大きな相違が生ずることになるが, 両 者の事例の取扱いを異にすることについても, 必ずしも合理的な根拠があ るとは思われない」 と指摘する。

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放置されているところ, このような死体の保管状況の変化に応じて, 葬祭 されなくなる可能性が格段に高まり, 新たに死者に対する社会習俗として の宗教感情を害するに至ったといえるため, ②の隠匿行為も, 別途, 死体 遺棄罪が成立し, ①及び②の罪は, 包括一罪の関係にあたる。 しかしなが ら, ③及び④の隠匿行為は, ②の隠匿行為により発生した違法状態を結果 的に維持するものに過ぎないといえることから, 別途, 死体遺棄罪を構成 するものではない」 とし, 管理の状況の変化に応じて, ②の隠匿には死体 の新たな遺棄を認めたのに対し, ③④の隠匿についてはその成立を否定し た。 第二に, 東京地裁平成8年10月25日判決 (52) が挙げられる。 事案は次のも のである。 ①被告人は, 昭和53年から平成元年までの間に8人の子を出 産したが, その都度, 殺害し, 死体をビニール袋に入れて自宅の押入れの 天袋等に隠匿保管した。 ②平成3年2月, 転居に際し, 8体の死体のうち 2体を紙袋に入れて, 被告人の勤め先であった託児所に運搬し, 同所の洋 服ダンスに隠匿する一方, 残りの6体を転居先に運搬し, 押入れの天袋等 に隠匿した。 ③その後, 被告人はさらに2人の子を出産したが, その都度, 殺害し, 死体をビニール袋に入れて自宅にある先の6体とともに隠匿した。 ④平成6年9月25日頃, 転居に際し, 自宅にあった8体の死体のうち6 体を紙袋に入れて同託児所に運搬し, 先の2体と併せた8体を5個の紙袋 に入れ直し, 同所の洋服ダンスや押入れの天袋に隠匿した。 残りの2体は 転居先に運び込まれた。 平成7年10月24日, 8体の死体が託児所の保育 士により発見された。 弁護人は, 被告人が最後に嬰児を出産, 殺害しその 死体を隠匿した平成4年2月4日の時点で死体遺棄罪が終了し, その後の 移動については新たな死体遺棄罪は成立しないから, 公訴提起の時点にお 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯 (52) 東京地判平成 8・10・25 D1-Law.com 判例体系 28167606。

(24)

いては公訴時効が完成していると主張した。 これに対し, 同判決はその主 張を否定した。 すなわち, 「一旦死体を隠匿して遺棄行為を行った後, 死 体を移転してその隠匿場所を変えた場合, 後の隠匿場所の変更が死体遺棄 罪にあたるか否かは, 後の隠匿場所の変更が, 新たに死体の尊厳を傷つけ, 再び死者に対する社会の一般的宗教感情を害することになるか否かによっ て判断される」 とした上で, 「自己の管理の全く及ばない他人の住居内に 移転すれば, 遺体の管理はほとんど望むことができず, 結局は遺体を腐敗 の進行するがままにまかせることになるほか, 遺体を置かれた住居の関係 者によって, 遺体がゴミなどと間違われ処分されるおそれが生じてくるの であって, このような事態を新たに将 マ 来 マ させる本件行為が, 新たに死体の 尊厳を傷つけ, 死者に対する社会の一般的宗教的感情を害することは明ら かである」 として, 管理の状況の変化に基づき, 6体の死体を同託児所に 運搬, 隠匿した④の行為に新たな死体遺棄罪の成立を認めた (53) 。 このようにして, 死体の新たな遺棄の有無は, 死体の移動自体ではなく, 管理状況の変化に基づいて判断がなされている (54) 。 なお, この際, 後の死体 の移動について管理状況に変化がなければ, その移動について元より死体 遺棄罪が成立しないとされているのであって, 後の移動にも死体遺棄罪は 成立しうるがそれが先行の死体遺棄罪に包括して評価される, ということ 論 説 (53) 「罪となるべき事実」 とされたのは, 6体の死体を同託児所に運搬, 隠匿した行為 (④) のみである。 (54) 先の28年判決の事案では, ①当初自宅とは別の場所にあるガレージ内 に死体を隠匿し, その後, ②転居に伴い, 転居先に死体を運搬, 隠匿して いるが, 28年判決は, ②の移動について死体の新たな遺棄を認めない。 そ れについて, 28年判決は, 「G 号室への死体の移動 ② は, ……死体自 体の状況としては土を詰めたプラスチック製ケースに埋められたままの状 態であり, かつ, 被告人 による管理自体には実質的な変化がないので あるから, 当初の隠匿行為の結果が継続しているにすぎず, 作為としては 別途の遺棄とみることはできない」 と判示する。

(25)

ではない。 両者が包括一罪として扱われていないことは, 25年判決が, 死体の新たな遺棄を認めなかった③④の時点ではなく, 新たな遺棄を認め た②の時点から公訴時効の進行を認めていることからも明らかである (55) 。 (2) それでは, 埋葬義務者が死体を自宅に隠匿していたが, 転居に 伴ってそれを置き去りにした場合に, その不作為 (置き去り) について, 管理状況の変化に基づいた死体の新たな遺棄が認められるだろうか。 これ に対しては, すでに東京高裁昭和40年7月19日判決 (56) が, 妻子の死体が他 人宅の押入れに隠匿されているのを知りながら放置して立ち去った被告人 について死体遺棄罪の成立を認めているのだから, 提起された問題につい ても当然新たな死体遺棄罪が成立するとする見解もありうる。 しかし, 東 京高裁の事案における死体遺棄罪は, 少なくともその判示だけを見れば, 置き去り自体に基づいて認められたのではなく, 埋葬義務の不履行に基づ いて認められたものである。 置き去りは埋葬義務の不履行を徴表するもの にすぎない。 仮に当該被告人がその場にとどまり続けて死体を放置してい たとしても成立するのである。 この意味で, 死体を置き去りにするという 不作為によって, 管理状況の変化に基づいた死体の新たな遺棄が認められ るのかについては改めて検討する必要がある。 検討の題材として, 秋田地裁平成5年1月27日判決 (57) (以下, 同判決を 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯 (55) 包括一罪であれば, 最終行為の終了時点が公訴時効の起算点となる (河上和雄ほか編 大コンメンタール刑事訴訟法 (5) (第2版, 2013年) 125頁 吉田博 , 松本時夫ほか編著 条解刑事訴訟法 (第4版増補版, 2016年) 503頁参照)。 これに対して, 園部・前掲註(8)16頁以下が, 「そ の後の遺棄行為が当初の死体遺棄行為をもって包括的に評価される限りに おいては, 当初の死体遺棄罪とは別個に新たな死体遺棄罪は成立しない」 とした上で, いかなる場合に併合罪となるかを検討している。 しかし, 死 体の新たな遺棄は, 包括一罪か併合罪かという問題ではないと思われる。 (56) 前掲註(3)の東京高裁昭和40年7月19日判決。 (57) 前掲註(8)の秋田地裁平成5年1月27日判決。

(26)

「秋田地裁判決」 とする) が挙げられる。 事案は次のものである。 被告人は, 昭和55年9月頃に自宅で嬰児を出産, 死亡させた後, ①その死体を段ボー ル箱に入れてベランダに隠匿し, ②その後2度の転居をし, その都度, 死 体の入った段ボール箱を転居先に運搬し, ベランダに隠匿し, ③昭和57 年10月頃にはもう一人を出産, 死亡させ, その死体を一人目の死体の入っ た段ボール箱に入れてベランダに隠匿し (後に押入れに隠匿し), ④昭和58 年8月頃, 昭和61年12月頃, 昭和63年9月頃, 平成2年7月頃に転居し, その都度, 死体の入った段ボール箱を転居先に運搬し, ベランダないし押 入れに隠匿し, ⑤平成2年10月10日頃, 転居に際し, 死体の入った段ボー ル箱を転居先に運搬し, それを押入れに隠匿し, ⑥平成3年11月23日頃, 死体を押入れに隠匿した状態のまま放置して, 出稼ぎのため東京に出奔し た。 検察官は, 平成4年4月22日に, 第一に, ⑤平成2年10月10日頃の 死体の隠匿が作為による死体遺棄罪にあたるとして, 第二に, ⑥平成3年 11月23日頃に死体を置き去りにして東京方面に出奔したことが不作為に よる死体遺棄罪にあたるとして起訴した (58) 。 これについて, 秋田地裁判決は, ⑤の作為による死体遺棄罪の成立を否 定し, ⑥の不作為による死体遺棄罪の成立のみを認めた。 その要旨は次の とおりである。 まず一般論として, 「同じ死体に対するものであっても新 たな遺棄行為があれば, 新たな遺棄罪が成立するが, 遺棄とは死者を冒 し, 社会的風俗としての宗教感情を害する行為であるところ, 一度遺棄行 為がなされれば, 習俗上の埋葬がなされるまで, 死者を冒し, 社会的宗 論 説 (58) 弁護人は, ⑤での死体の運搬は引越しに伴いなされたものだから遺棄 にあたらず, ⑥に際し東京方面に行ったのは出稼ぎのためであり, 立ち去っ たものとはいえず不作為の遺棄にあたらない, 仮にあたるとしても不作為 の遺棄は以前の作為の遺棄によって評価し尽くされており別罪を構成する ものではないとして無罪を主張した。

(27)

教感情を害するという違法な状態が継続するわけであり, たとえ死体の場 所的移転があったとしても, その行為によって生じた死体の状況と従前の 遺棄行為によって生じた状況との間に特段の変化がないときは, 前の遺棄 行為によって生じた状態が継続しているに過ぎないものであって, 新たな 法益侵害があったものと評価しえず, 右場所的移転行為は遺棄行為にあた るものではない。 新たな遺棄行為と認めるには, 従前の遺棄によって生じ た違法状態と対比して, 更に死者を冒し社会的宗教感情を害する状態が 新たに作り出されることが必要」 であるとの理解を示す。 その上で, ⑤の 作為による死体遺棄については, 場所的に違いはあっても, 死体は段ボー ルに入れられて被告人宅のベランダないし押入れに隠匿されており, ⑤の 移転によってもその状態に変化はなく, 被告人の管理下に置かれていると いう状況は依然続いているため, 死者をさらに冒し社会的宗教感情を害 する等の新たな法益侵害がないとして, その成立を否定する。 これに対し て, ⑥の不作為による死体遺棄については, 「従前の状態との関係で状況 変化が認められる」 として, その成立を認めた。 すなわち, 「なるほど, 死体の隠匿状況そのものには変りはないが, これまで被告人の管理下に置 かれていたものが, 右行為によりその管理から離れることになり, 葬祭義 務者の平穏な管理下においていわば埋葬を期待しうる状況から, 管理外へ 放置される状況ないしは, 死体の保管状況の変化 (例えば収納場所の汚損 や異臭の発生など) に即応して死者の尊厳若しくは社会的宗教感情を一層 害する事態の発生を防止する措置を取り得ない状況へと変化しており, そ の法益侵害の程度は, 従前のそれに比し著しく増大したことが明らかであ る」 として, ⑥の不作為による死体遺棄については新たな死体遺棄罪の成 立を認めた。 (3) 同事案では, 埋葬義務者であることが置き去りの不作為犯成立 の前提になっていると思われるが, 埋葬義務違反自体に基づいて不作為犯 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯

(28)

の成立が認められたものではない。 あくまで置き去りによって生じた管理 状況の変化に基づいて死体の新たな遺棄が認められたのである。 なぜなら, 秋田地裁判決の理解を前提とすれば, 置き去りが問題とされた時点で仮に 死体を埋葬することなく同住居にとどまっていたとしても, その時点での 埋葬義務違反に基づいて不作為犯が認められたわけではないから, そこで の処罰を基礎づけたのは, まさにその時点で死体を置き去りにして出奔し た行為であったといえるからである。 そこで, 置き去りの不作為によって 死体の新たな遺棄が成立するのかについて検討する。 死体の新たな遺棄の成否判断の基準として, 管理状況の変化が取り上げ られる。 死体の管理の意味について, 秋田地裁判決は, 管理していれば, 死体の保管状況の変化に即応して, 死者の尊厳等を害する事態の発生を防 止する措置をとることができるとする。 しかし, 死体の管理の意味を, 同 判決のいうような, 死体の状況に応じてそのケアができるという意味で捉 えるべきではない。 なぜなら, そもそも死体をケアしたところで埋葬した ことにはならないのだから, その意味での管理が失われたからといって死 体遺棄罪が成立すると解するのは妥当ではないからである。 しかも, 秋田 地裁判決の事案において, 死体を管理下に置いていた被告人が行ったのは, 死体を収納した段ボール箱に汚水が染み出てきたため, その段ボール箱を 別の段ボール箱に入れたというものにすぎない。 死体に対してそのような 措置ができたとしても, それは犯行の発覚を防ぐ行為でしかない。 置き去 りによってその程度の措置を行う機会が失われたとしても, それが死体の 新たな遺棄を基礎づける要素にはならないと思われる。 もっとも, 死体を管理していたことで事実上死体が人目に触れることが 避けられていたのに, 置き去りによりその機能が失われたことに基づいて 死体の新たな遺棄を認めることはできるように思われる。 すなわち, 一般 に, 人は死体を見ることを忌み嫌い, それゆえに, 死者が忌み嫌われるこ 論 説

(29)

とのないように, その死者のために死体を人目に触れないようにする, だ から死体を葬る, というのが死者に対する敬虔感情だと思われる。 そうだ とすれば, 死体を置き去りにすることで, 死体に対する直接的な支配を失 い, 死体が人目に触れることのないようにコントロールすることができな くなったのであれば, それにより死体が人目に触れる可能性を高めたもの として, 死者に対する敬虔感情を新たに害する行為と見ることができると 思われる。 秋田地裁判決の事案は, 被告人の自宅に死体を置き去りにして 出奔したというものであるが, 家賃を滞納したため家主から立ち退きを請 求されている中で, 家主に何も告げずに出奔したという状況を前提にすれ ば, その死体の置き去りは, 死体が人目に触れる可能性を高めたものとい え, その意味で死体の新たな遺棄が認められる事案であったと思われる (59) 。 Ⅳ. お わ り に 以上, 死体遺棄罪が不作為による場合に, 埋葬義務者の埋葬義務違反と いう典型的事例の周辺にある3つの問題について検討してきた。 日本刑法学会第94回大会 (2016年5月) の共同研究・分科会Ⅰでは, 「 作為義務 の各論的検討」 がテーマとして扱われた (60) 。 その目的は, 従来 の不真正不作為犯論が, 故意の結果犯を中心に扱ってきたことに対して, 死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯 (59) 本稿では, 置き去りの不作為により死体の新たな遺棄が成立するのか について検討した。 先の25年判決のように, 交際相手宅で隠匿していた死 体を行為者の自宅に運搬し隠匿した事案については, 死体の新たな遺棄が 認められるのだとしても, 本稿で示したものとは別の理由に基づくと思わ れる。 (60) 筆者も報告者の一人として 「真正不作為犯における 作為義務 」 と 題する報告を行った。 同報告の原稿に加筆・修正したものを, 松尾誠紀 「真正不作為犯における 作為義務 」 刑法雑誌56巻2号 (近刊) として発 表する予定である。

(30)

そうした従来の不真正不作為犯論の判断枠組みでは直ちに捉えきれない不 作為犯 (作為義務) に焦点をあてることにあった。 不真正不作為犯として の死体遺棄罪では, まずその主体に関し, 埋葬義務の発生根拠が, 従来の 不真正不作為犯論が作為義務の発生根拠としてきた危険の創出や排他的支 配などの事実的要素に基づくものではない。 また, その保護法益も, 従来 の不真正不作為犯論が検討の対象としてきた個人的な利益とは異なる。 そ の意味で, 不真正不作為犯としての死体遺棄罪を検討することは, 従来の 不真正不作為犯論に対して新たな視座を提供することに資するものである。 本稿の検討対象として不作為による死体遺棄罪を取り上げたのは, このよ うな問題意識に基づく。 他方, 死体の隠匿 (作為) と放置 (不作為) が併存した場合の扱いが問 題となった先の25年判決や, 死亡した母親が得ていた年金等の受給継続 を目的に息子がその死体を自宅に放置した事案に関する名古屋高裁金沢支 部平成24年7月12日判決 (61) が示されて以来, 不作為による死体遺棄罪に関 する研究が俄かに活性化している。 本稿の検討がその研究の深化の一助に なれば幸いである。 ※本研究は JSPS 科研費 JP15K03186の助成を受けたものである。 論 説 (61) 前掲註(12)の名古屋高裁金沢支部平成24年7月12日判決。

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死 体 遺 棄 罪 と 不 作 為 犯

Die Aussetzung einer Leiche durch Unterlassung

Motonori MATSUO

Im Sinne des japanischen Strafrechtes ist das Aussetzen“ einer Leiche strafbar (vgl.190 jStGB). Diese Vorschrift dient dem Schutz des allgemeinen Gedanken der Totenehre. Klassischer Weise legt der  die Leiche im Fluss ab, nachdem er das Opfer   

Nach herrschender Meinung ist es auch strafbar, wenn man die Leiche liegenlassen, obwohl man die Pflicht hat, den zu begraben oder den Hinterbliebenen die Leiche zu     Dies ist ein unechtes Unterlassungsdelikt.

Ich untersuche in diesem Aufsatz die folgenden Probleme : Zum Ersten, wer diese Pflicht hat. Zweites, ob dieses Unterlassungsdelikt fortdauernd ist. Drittes, nach welchen  das Liegenlassen der Leiche ein erneutes Unterlassungsdelikt wird, wenn zum Beispiel der Garant schon einmal in seiner Wohnung die Leiche versteckt hat. Das dritte Problem wird in Abgrenzung zum dem zweiten Problem, also dem nicht fortdauernden Unterlassungsdelikt, beleuchtet.

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