─研究論文─
中国における日本企業X社社員の対日意識
─統計的手法を用いて─
横田 葉子 要 旨 本稿は、2010年から2011年にかけて、中国の日本企業現地法人の新入社員日本語研修 に参加した中国人社員の対日意識を分析したものであるSDプロファイル・因子分析によ る統計的手法により分析を行った。補助調査として参与観察を行い、意識の内容をより具 体的に知ることを試みた。同年齢の属性の異なる集団の対日意識との異同を見ることによ っても、より特徴を明らかにできた。1)目的集団における組織力としての日本人の持つ「勤 勉性」への高い評価、2)社会人としての生活への不安・不満はあるが、徐々に会社への 帰属意識が高まること、3)「上下関係」「形式主義」については、否定的イメージというよ りは、日本の文化・習慣と理解していること、4)会社組織の中で求められる社員として の資質と対日意識(イメージ)が重なっていくことなど、興味深い結果が得られた。学習 者の意識に心を向けることは、一方的な価値や考えの押しつけ、教師の教育に対する思い 込みを避け、さらなる学習効果を得るために必要なことであると考える。 【キーワード】 大卒新入社員 日本語研修 SDプロファイル分析 勤勉性 帰属意識 言葉の説明 (1) 日本企業X社現地法人は、日本に本社を置くメーカーである。X社は、毎年、幹部候 補生を中国各地大卒者から採用する。稿者が、X社日本語教育に関った時期において は、彼らは、入社後、約 8ヶ月間、日本語学習を義務付けられていた。1日 8 時間、 週5日、実務にはほとんど就かず、日本語学習のみを行い、その後、日本での技術研 修を行う。本稿で調査対象となるのは、うち技術職幹部候補生である。 (2) 意識とは、「思考、感覚、感情、意志などを含む精神的、心的なものの総体。客観的 なものに対する主観。(三省堂大辞林)」である。本稿では、加えて「イメージ」も含 み、対象に対する認識の総体として用いる。 (3) 統計的手法とは、統計ソフトを使用し、アンケートによる量的調査を分析し結果を出 す科学的手法のことである。本稿では、SD プロファイル分析と因子分析を用いる。 SDプロファイル分析とは、従来から心理学などでつかわれてきた統計的手法であり、 イメージ調査などアンケート調査分野において評価手法として用いられている。定性 的な情報を定量化できるメリットがある。属性ごとの評価をグラフによって比較する ことができ、同一属性間の評価の集中度や分散度も読み取ることができる。本稿で行 ったSDプロファイル分析は、「真面目なー不真面目な」等40組の形容詞対を用いた。因子分析は多変量解析の一種であり、心理尺度の研究手法として用いられる。情報の 要約を目的としたものであり、複雑なデータを隠れた因子(共通性)を見つけ出すこ とによって単純化し、現象をよりわかりやすく説明することができる。 (4) 帰属意識とは「ある集団に自分が属している、その集団の一員であるという意識。(実 用日本語表現辞典)」である。企業や民族など様々な規模・単位について用いられる。 1.はじめに ─研究背景と動機─ 日本と中国の関係は「政冷経熱」と表現されるように、政治外交的関係が複雑微妙にあ っても、経済的つながりは深いといわれる。2011年の東日本大震災後1年経った。日本は 円高、震災復興と福島原発処理など国内に多くの経済的課題をかかえ、国内企業は生産拠 点を今まで以上に海外に求める傾向にある。経産省の統計によると、2007 年時点におい ても、海外の現地法人数、現地従業員数は、中国が他国を大きく引き離していずれも1位 である(表1)。稿者の勤務する日本語学校の中国提携校においても、日本企業現地法人の 社員日本語教育の需要は高まっている。ただし、X社のような時間をかけた徹底した日本 語教育から、社員への福利厚生として希望者のみに実施しているものまで、内容は様々で ある。 表1 日本企業現地法人数・現地従業員数(経済産業省2010年統計資料) 地域 2004年 2007年 日本企業数 現地従業員数 日本企業数 現地従業員数 世界全域(100%) 14,384 4,138,595 14,857 4,746,145 アジア 8,306 2,773,222 9,323 3,371,786 中国 (全体に占める%) 3,498 (24.3%) 1,188,080 (28.7%) 4,428 (29.8%) 1,614,836 (34.0%) 2011 年2 月 3 月、稿者は中国江蘇省のX社研修センターで、大卒技術職新入社員(全員 男性22歳~24歳)の日本語教育を担当した。 本稿は、2010年、2011年X社入社の技術職24名を対象とした対日意識調査である。日 本語学習の過程でのX社新入社員の対日意識を詳しく分析することにより、異文化コミュ ニケーションを意識しなければならない環境で働く社員心理を知ろうとするものである。 現地法人で動く中国人の対日意識の一般化や普遍的な結論を導き出すことを目的とするも のではないが、中国で増加している職場研修の日本語教育の場において、教師に何ができ るか、学習者の求めるものにどう応えればよいのかについての考察に繋げたい。
2.先行研究 李洋陽(2007)『中国人の日本人イメージとその形成要因』では、SDプロファイル分析 を用いて、一般中国大学生の対日イメージを調査している。調査対象者は、一般大学生で あり、日本語・日本との関りはない。本稿は、李のデータとの比較を考えて、SDプロフ ァイル項目を李と同一のものを用いた。 西本志乃(2005)『何のために働くのか?日本語中国で異なる価値観』では、調査対象者 は中国で働いている日本人、日本で働いている中国人である。異文化組織の中で働くとい う環境の中での「価値観」の違いに焦点を絞り、マネジメントという視点から、日本企業 が中国人従業員を雇用する際にどのような点に注意すればよいのかを研究したものであ る。本稿は、中国人社員の対日意識を知ることによって、日本語教育が、どのような形で、 彼らの異文化適応をサポートできるかを考えるものである。 図1は、李(2007)のイメージの形成要因を参考に、対日イメージ、対日感情、対日意 識がどのように形成されていくかを図で表したものである。(作成:横田)図の中で、中 央にある「イメージ」「感情」「意識」を明確に区別することはしていない。対象に対する3 概念の形成における構造には大きな違いはないと考えるからである。本稿で使う「感情」、 「イメージ」も「意識」と明確な区別はしないが、意識をイメージ、感情より、具体的認 識と考える。図の直接接触経験の対象としては、本稿では、日本企業であり、先輩社員、 日本語教師、さらには日本語学習そのものをも含めて考えらえるであろう。 図1 対日イメージ・感情・意識の形成図(作成:横田) 歴史的社会的 要因 ODA 両国の政治的関係 国際的事件 性格 価値観 職業 年齢 経済力 個人的な関り 日本語力 個人的要因 文化的要因 日本製のモノ 日本の生活スタイル 日本の教育・文化 直接接触経験 (個人的接触) イメージ・感情 意識 社会 メディア 学校教育 家庭 経済的要因
3.SDプロファイル分析・因子分析 3.1 調査概要 調査は、表2のように、対象者を属性によりグループに分けて行う。本研究対象者であ るGAだけでなく、日本語専攻大学生(GB)、在日留学生(GC)、先行研究のデータより一 般大学生(GO)と他3集団の中で、比較分析を行うものである。 量的調査のデメリットは、調査者による規範の中での調査分析となり、イメージの多様 性や具体的な内容を明らかにするには不十分であるということである。このデメリットを 補う為に属性の異なる集団との比較を行い特徴を明らかにし、さらに参与観察を行った。 量的調査により対日意識を可視化し、質的調査により対日意識を含めて対象者の異文化接 触と適応過程の心理を追究する。 表2 調査対象者 集団名 人数 所 属 日本語学習歴 年 齢 GA-1 15名 GA-2 9名 新入社員・技術職 1ヶ月8ヶ月 22~25歳 GB 30名 在中国日本語専攻大学生 1~3年 19~22歳 GC 90名 在日留学生 1ヶ月~10年 18~20代 GO 399名 先行研究・李(2007) 在中国一般大学生 ─── 平均年齢21歳 (1) SDプロファイル分析(図2参照) 調査対象者集団……… GA・GB・GO 調査時期……… GA :2011/3 GB: 2010/8 SDプロファイル分析では、3集団の比較を行う。GBは、大学で日本語を専攻してい る大学生である。GOは日本語を専攻していない一般の大学生の大学生である。GBは、 稿者が 2010 年、中国国内大学で調査したものを使い、GO は、李(2007)のデータを参 考にする。GOとの比較のため李(2007)が用いたSD40項目を使うことにした。40項目は、 ほとんどが、「真面目な─不真面目な」のように「肯定的─否定的」という対になって いる。しかし、「集団主義─個人主義」「能力主義─年功序列」のような、どちらが肯定 的かとは言えない対もある。本調査では、図2に示された左側項目に対してどう考える かということで「肯定的」 「否定的」という表現を使うこととする。評価は7段階に分け、 「1」が左側(肯定的)となる。自分のイメージがどちらに近いかを直感的に判断し、記 入する。記入は2~3分で終え、即回収する。調査は、語学力による誤差を避けるため、 中国語・日本語の両言語併用で行った。
図2 SDプロファイル 項目別平均値比較 GA/GB/GO 評価対象 全体 属性 全て 代表尺度 平均値 1 2 3 4 5 6 7 評価対象 全体 社会人 大学生 先行研究 社会人 大学生 先行研究 属性 全て 代表尺度 平均値 1 2 3 4 5 6 7 : GA(X社社員) : GB(日本語専攻学生) : GO(先行研究一般大学生) 不真面目な 規律を守らない 怠惰な 清潔感のない 忍耐力のない 向上心のない 個人主義 享受的な 貧乏な 失礼な 俊敏でない 狡猾な 信頼できない 怖い 義理人情軽視 心の狭い 傲慢な 攻撃的 冷淡な 責任感のない 真面目な 規律を守る 勤勉な 清潔感のある 忍耐力のある 向上心のある 集団主義 創造的な 裕福な 礼儀正しい 俊敏な 誠実な 信頼できる 優しい 義理人情重視 心の広い 謙虚な 温和な 親切な 責任感のある こそこそした 教養の低い 後進的 静かな 暗い ストレスの多い ユーモアのない 形式に拘る 模倣的な 年功序列 男女不平等な 途上国差別する 排他的 曖昧な けちな おしゃれでない 考えの古い 感情のがさつな 知的でない 上下関係の厳し Q1 Q2 Q3 Q4 Q5 Q6 Q7 Q8 Q9 Q10 Q11 Q12 Q13 Q14 Q15 Q16 Q17 Q18 Q19 Q20 Q21 Q22 Q23 Q24 Q25 Q26 Q27 Q28 Q29 Q30 Q31 Q32 Q33 Q34 Q35 Q36 Q37 Q38 Q39 Q40 堂々とした 教養の高い 先進的 賑やかな 陽気な ストレスの少な ユーモアのある 形式に拘らない 独創的な 能力主義 男女平等な 途上国差別無し 非排他的 ストレートな 気前のよい おしゃれな 考えの新しい 感情の繊細な 知的な 上下関係の厳し
表3 因子分析結果(調査Ⅰ結果) 因子負荷量の高いものより、40項目中38項目を7つの因子に分類した。 第1因子 第2因子 第3因子 第4因子 第5因子 第6因子 第7因子 目的集団 勤勉性 開放性 社交性 感性 誠実性 進歩的 近代的 平等性 知性 上下関係 真面目な 規律を守る 勤勉な 清潔感のある 忍耐力のある 向上心のある 集団主義 礼儀正しい 誠実な 責任感のある 教養の高い 先進的な 俊敏な 陽気な ストレスの少ない ユーモアのある 形式に拘らない 独創的な 能力主義 男女平等 ストレートな 気前のよい 信頼できる 優しい 義理人情 心の広い 謙虚な 温和な 親切な 創造的な 裕福な 途上国差別無 非排他的 考えの新しい 繊細な 知的な 賑やかな 上下関係 (2) 因子分析(表3参照) 因子分析対象……… GA・GB・GC 調査時期……… 2010/8~2011/3 本来であれば、対象者集団GAのみの因子分析が望ましい。しかしながら、量的にサ ンプル数が限られている為、40 に及ぶ項目の因子分析には統計処理上問題がある。そ のため、GB、GCを加えて日本語学習者144名を因子分析した。総合的に分析可能であ るとする根拠は、(1)10代から20代の若い中国人日本語学習者という限定された共通性 を持つ。(2)SD プロファイルにおいて、3集団のグラフの形状が極めて似通ったライン を示している。つまり、評価の傾向が類似しているということは、個々の項目の相関関 係も類似しているということである。SDプロファイル分析に加えて、現象を説明する データとして有効であると考えられる。以上の理由により、3集団の因子分析データを 加えた。
表4 第1因子における評価の集中度の比較(40項目中一部) ★ 80%以上の標本の評価が1つのレベルに集中している。 ◎ 「1」から「7」までの2レベルに、標本の個々の評価の50%以上が集中している。 〇 「1」から「7」までの3レベルに、標本の個々の評価の50%以上が集中している。 項 目 因子 GA 社会人 GB 大学生 平均値 中央値 集中 分散 平均値 中央値 集中 分散 1 真面目な 1 1.3 1 ★ 2 2 ◎ 2 規律を守る 1 1.4 1 ★ 1.9 1 ◎ 3 勤勉な 1 1.4 1 ◎ 2.1 2 ◎ 4 清潔感のある 1 1.7 1 ◎ 2.2 2 5 忍耐力のある 1 1.3 1 ◎ 2.2 2 ○ 6 向上心のある 1 1.3 1 ◎ 2.4 2 7 集団主義 1 1.5 1 ◎ 2.3 2 10 礼儀正しい 1 1.3 1 ★ 1.8 1 ◎ 12 誠実な 1 1.6 1 ◎ 2.1 2 20 責任感のある 1 1.3 1 ★ 1.9 2 ○ 22 教養の高い 1 1.4 1 ◎ 2.1 2 23 先進的な 1 1.6 2 ◎ 2.8 3 ◎ 26 ストレスの少ない 2 5 6 3.4 3 ◎ 28 形式に拘らない 2 4 4.5 ○ 2.6 3 13 信頼できる 3 1.8 1 ◎ 2.3 2 14 優しい 3 2.2 2 ○ 2.2 1 40 上下関係の厳しい 7 5.3 6 ○ 4 4 ◎ 表4は、GAとGBにおける、同一集団中の評価の集中度である。第1因子の評価の集中 度が読み取れる。中でも、GAの集中度は、★に示されているが、極めて高いものがある。 集団内の80%以上が「1」を示すという結果である。 3.2 分析結果 図 2 は、SD プロファイル分析の結果の比較グラフである。それぞれの項目の評価の集 団の平均値を示したものである。3集団の違いが可視化できる。特に、一般中国人学生(GO) と比べると、日本語専攻学生(GB)と本稿の調査対象者である日本企業社員(GA)の対日 イメージが肯定的(グラフでは左寄り)であり、さらに、GAが最も肯定的な対日イメージ を持っていることが分かる。そして、GA と GB のグラフは似た形状を示していており、 GO の形状と比較すると、より、形状の共通性がわかる。しかし、3 集団が一定の項目に おいては、極めて共通性の高い評価を示している部分がある。(項目1~10)
因子分析(表 3)と比較すると、第 1 因子、第 3 因子における GA の評価が極めて肯定的 であることがわかる。しかしながら、グラフのラインから、3集団に共通性が見られる評 価もある。表4は、集団内での評価の集中度を表している。中央値で見ると、特に、評価 の集中度が明らかである。 SDプロファイル分析及び、因子分析、両調査からの分析結果を以下に述べる。 (1)GA、GB、GOが唯一、評価が共通しているのは第1因子である(図2)。勤勉性は、 岩男・萩原(1991)『日本で学ぶ留学生』の1975年、1985年両調査においても、留学生全 体の共通イメージとして挙げられている。御堂岡潔(1992)『文化集団のイメージ』におい ても、戦後の日本人のイメージとして、李(2007)も勤勉性を対日イメージとして挙げて いる。日本人イメージとしての勤勉性の堅固性、共通性を示しているといえる。 本稿では、第1因子を構成する項目から特に「目的集団・勤勉性」という表現で、高い 目的を持った集団の組織力をイメージさせる因子と特徴付けた。(表3参照)GA集団内部 においても、勤勉性因子の肯定的評価の集中度が極めて強い。第1因子を構成する12項目 中4項目が★である。8項目が◎となる。中央値を見ても、GBの大学生集団との違いが明 らかである(表4参照)。本稿で、組織力とも言い換えることができる目的集団・勤勉性は、 日本企業に属しているGA集団の意識する強固なイメージといえよう。 勤勉性は、2011 年東日本大震災後、国内はもとより海外のメディアでも流された日本 人イメージと重なる。図1の大地震などの「国際的事件」がメディアを介してイメージ形 成要因と成り得るということである。 (2)第2因子は、パーソナルな人間関係が展開する過程において、形成されていくイメ ージと考えられる。第3因子は、より感性を意識するものとして「感性・誠実性」因子と する。全体的には第1因子と同じく平均値が肯定的評価を示す。しかし、各項目の評価に 第 1 因子ほどの集中度はない。集団内の評価には第 2 因子同様ばらつきがある。この第 2 因子、第 3 因子と第 1 因子の違いは明確で、第 1 因子の独立性は高く、他因子との相関は ほとんどなく、堅固性が強い。時間の経過や、個人的経験にさえも、影響されにくい因子 といえる。第 2、3 因子は、日本人との個人的接触、パーソナルな人間関係が発展するに つれて個人差、多様性が現れるイメージと考えられる。 (3)GAが中央値において4以上の否定的評価を示すのは、「ストレス」 「形式的」 「上下 関係」であるが、いずれも、会社という組織の中で学生時代の開放的な人間関係とは異な る人間関係を構築しなければいけないという現実認識とも考えられる。「対会社意識」が、 「対日意識」と重なるところが、会社内異文化接触の特徴であろう。 (4)横田(2011)は、来日後1ヶ月(①)、8ヶ月(②)、1年以上(③)の留学生3集団の対 日イメージ調査を行い、横断的調査ではあるものの、異文化適応におけるU字型曲線を検 証している。イメージは、②は①と比較して40項目中34項目が否定的評価を示している。 より肯定的であるのは4項目のみである。③になると、再び肯定的評価を示すという典型 的な U 字型曲線を示す。GA においては、「来日」と「入社」という違いはあるが、異文
化接触、適応の過程と状況は似ている。両者の意識の比較をすると表5のようになる。カ イ2乗検定において、自由度= 1、カイ2乗値= 3.80 となる。0.01 < P である。しかし、 有意水準を5%にとると、P<0.05となり、偶然の誤差であるとは言いきれない。 表5 8ヶ月経過(GA:入社後 横田(2011):来日後)の意識比較 →否定的評価 →肯定的評価 計 社員集団:GA 34 4 38 留学生集団:横田(2011) 27 11 38 計 61 15 76 GAは、留学生の適応過程に似ているが、明らかな違いも見られる。GA‒2がGA‒1より 肯定的評価を示す項目の内容を分析することにより、特徴を明らかにできると考える。留 学生集団の「裕福な」 「おしゃれな」 「知的な」 「先進的な」に対して、GA では、「裕福な」 「おしゃれな」に加えて、「向上心」 「集団主義」 「責任感」 「男女平等」 「義理人情」 「上下関 係」「親切な」等が挙げられる。自国習慣とのギャップから様々な問題が生じ、生活その ものに慣れないことから、肯定的イメージが漠然と低下する留学生に比べて、GAは、会 社という限られた環境での異文化接触で、具体的な活動を通して、イメージの変化が起こ ると考えられる。実際の職場から感じ取ったイメージといえるが、縦断的調査ではないの で、完全にイメージの変容とは言い切れない部分が残る。しかし、会社の中で何を感じ取 っているかということは読み取れる。 (5)第4因子は「創造的な」「裕福な」は、関係のない項目のようであるが、若い世代に ある日本のライフスタイルへのイメージではないか。類似項目を増やして調査を展開すれ ばさらに詳しく解明できるであろう。 (6)第5因子「途上国差別」と「非排他的」は、「平等性」「差別」「偏見」といった言葉 が連想できる項目であるが、関連性が予想される「男女平等」や「上下関係」とは相関を 持たない。第 5 因子は、国、民族などに関わる「平等性」であり、「男女平等」はジェン ダーの問題と考えらえるのではないか。因子分析結果は、3集団全体の意識であるが、集 団ごとに見ると、GAは、「上下関係」においては文化と捉えていることがわかる。(参与 観察より)また「途上国差別」 「非排他的」は、GA‒1からGA‒2になると、否定的になるが、 「男女平等」「上下関係」は肯定的評価になる。国、民族としての平等性は否定的評価へ向 かうが、ジェンダー、文化としての男女平等、上下関係は逆に肯定的評価に向かう。評価 の変容と、日本企業組織内に対するイメージとがどう関係するかは、「上下関係」に関る 内容以外は、十分な分析はできなかった。 留学生集団GBの場合は、いずれも、時間の経過とともに否定的評価になり、U字型曲 線の最初の2時期の変化として典型的な変化であり、漠然と全体のイメージが否定的傾向 に流れていると読み取れる。対して、明らかに異なる変化を見せるGAの評価は興味深い。
4.質的調査─参与観察 参与観察調査対象者は、実際に授業を担当した GA‒2 の 9 名である。9 名の日本語レベ ルは、調査時において、N1 レベルである。聞き取りとコメントシートに記述されたも のは、全て日本語であるが、いずれも、内容重視のため、文法的間違いは、支障のない限 りにおいて修正してある。 参与観察においては、対日意識はもとより、「学生から社会人になったこと─環境の変化」 「日本の企業にはいったこと─異文化接触」という視点で日本企業に入社した9名の心理 面に着目した。組織に対する意識、文化習慣に対する意識、プライベート、コミュニケー ションなど、キーワードごとに分類した。 調査対象者……… GA‒2 : 9名 調査期間……… 2011/3 場所……… 中国X社 研修センター内 (1)日本への興味・会社への帰属意識 「会社に入った時、日本への研修の為、日本語を勉強しなくてはいけないと言われた。日 本語は勉強したくない。会社をやめたくなった。でも、日本語の先生から、日本の習慣や 食べ物、電気製品のことなど、日本についていろいろな話をきいて、おもしろくなってき た。今は、日本と日本語にとても興味がある。」 ─1 「日本の会社が、インターネットで社員を募集していることを知り、就職試験を受けたら、 合格した。どうしても、この会社に入りたかったわけではない。でも、今は、日本へ行く ことに興奮している。興奮して、夜眠れないこともある。」 ─2 「日本企業に就職したのは偶然だ。求人と自分の大学での専門が一致したためだ。給料は 他の外国企業と比べて安いと思う。ボーナスも安いと思う。不満はある。でも、今は、日 本へ行くことばかり考えている。」 ─3 必ずしも、強い動機でX社へ入ったわけではないという社員が多い。日本文化、日本語 に興味を持っていた、日本語を勉強したことがあるという者は9名中1名のみであった。 「転職」というテーマで話し合った時、半数が条件によっては転職してもいいかもしれ ないということだった。しかしながら、入社後時間の経過とともに、日本への興味が芽生 えてきたことは、読み取れる。 東日本大震災で、日本出発が遅れた時は、彼ら自身は、行けなくなるのではないかとい うことで不安に思っていた。この時期、まだ、地震・津波・原発に関する詳細な情報を得 ることはできなかったが、行きたくないという意見は聞かなかった。家族の中には、不安 に思う者もいたようであるが、彼ら自身は、逆に、どうしても行きたいという気持ちが募 っていた時期でもある。 「仕事を覚えて、りっぱな技術者になりたい。日本で資格を取りたい。先輩の話を聞くと、
厳しいが。先輩に、組織力とは、仕事に対する責任、チームワークだと教えられた。中国 人は個人では日本人に負けないと思うが、組織力では負ける。チームワークで力を出すと いうことを先輩から教えられた。」 ─4 「先輩の話を聞くと、仕事は厳しいようだ。先輩とのミーティングでは、日本でのプライ ベートな話、遊びの話はなく、仕事の話ばかりだった。心配な気持ちがあるが、今は仕事 を覚えたい。りっぱな技術者になりたい。」 ─5 「給料は安い。もっと給料のいい仕事と考えるが、今は仕事を見つけるのは簡単ではない。 ここで頑張る方がいいと思う。ここで、自分の好きなことが活かせると思う。 ─6 「自分は、日本語が他の仲間に比べると上手ではない。テストの成績も悪い。不安がある。 でも、がんばる。」 ─7 「配属先が発表された。それぞれ違う課へ行く。自分の行く課で、どのような仕事がある のか不安だが、仲間には負けたくない。」 ─8 不満や不安を抱えながらも、社会人として現実を見据えようとする姿勢もうかがえる。 「給料が安い」を「中国人社員は給料が低い」と考えると、「途上国差別」という意識につ ながる可能性も考えられる。GA‒2がGA‒1と比べて、「途上国差別」評価が否定的になる には、何か原因が考えられる。一つの理由として、「給料の安さ」が考えられなくはないが、 確証には至らなかった。給料の安さはほぼ全員の共通した意見であるが、「他の外国企業 と比べると安い。」という発言は多かった。 日本研修を終えた先輩からのアドバイスや研修の感想は、大きな影響を与えるようであ る。直接日本社会を経験した先輩の話を聞くことで、日本社会との間接接触経験をしたと 考えられるであろう。非常に大きなインパクトを受けていることがわかる。日本での研修 で何をしなければいけないか詳しい内容を先輩から聞くことにより、技術職の資格をとる ことなど具体的目標が見えてくる。客観的に自分の置かれている立場、会社と自分の関係 などを意識していくようになるのではないかと考える。 組織力を「チームワーク」という言葉で理解するように、組織の中で求められる資質を 意識するようになる。ほぼ合宿状態で、日本語学習を長期に続けてきたわけであるが、同 期に仲間意識を持つ反面、ライバル意識も感じてはいる。配属先が決まって、仕事内容が 明確になってきたことも理由の一つであろう。 日本語学習修了時期に、日本から来る本社技術者の前で、ひとりずつ、日本語のスピー チをすることになり、発表原稿の作成と練習に時間を割いた。配属先と、配属先での仕事、 抱負などをまとめて発表するものである。日本語学習の集大成として、教師・学習者一体 となって、発表会の練習に取り組んだ。日本語学習が、将来の自分の仕事にどのような形 で結びつくのかということも、具体的に見えてきたのではないだろうか。組織の中での自 分の将来を具体的に描くことができるということも、帰属意識につながるのではないかと 考える。 「今、あなたの人生の中で、最優先するものは何ですか?」という問いには、全員、「仕
事」ということであったが、特に、配属先でどのような仕事をするかが具体的に決まると、 「がんばる」「技術を身につける」「早く仕事を覚える」などという言葉が聞かれるようにな ってきた。 (2)「ストレス」─プライベート・結婚 「朝起きると、さあストレスの始まりだ、と思う。学生の時、長い休みは退屈だった。今、 休日はすぐ時間が過ぎる。ストレスだ。学生の時、いい大学に入れて、成績もよく、彼女 もでき、自分は世界一幸せな男だと思っていた。でも、日本に長く行くと言うと、彼女に ふられた。辛くて、ストレスのかたまりだ。」 ─9 9 は、社会人になったストレスであろう。彼の SD プロファイルにおける「ストレス」 項目の評価は「7」であった。会社の中でのストレスが、そのまま対日意識となっている ことが読み取れる。彼はテストの成績もよく、成績は良かった。しかし、自信を失くして いた。9は、自由題の発表のクラスで、皆の前で発表した内容である。クラスの9人のうち、 彼女がいないのは 9 ともうひとりのふたりだけであった。クラスは、休み時間、時には、 授業中も、話題は彼女や、恋愛、結婚になることが多かった。「彼女がほしい」という願 望は非常に強く、「彼女がいない」というストレスも大きいようであった。お見合い、紹 介も盛んなようである。9の発表があった時、稿者に次のように説明してくれる者がいた。 「私たちは、皆田舎出身です。田舎では、結婚が早いのです。特に、女の子は大学へ行か ないと、10 代で結婚する。だから、彼女がいると、女性と女性の親ができるだけ早い結 婚を望むので、働きだしたばかりの私たちの気持ちとギャップがあるのです。」 ─10 彼らは、中国の優秀な大学の工学部を卒業して、X社に入社した。高校の時は、受験の 為、必死で勉強したと言う。大学卒業後、入社試験を経て、実力でX社へ入社した。留学 経験のある者はいない。経済的に特に恵まれている者はない。大学時代のアルバイトの話 をしてくれたが、2008 年、四川省地震の時、被災民のための大きなテントを作る仕事が あり、大学が休みの時、その仕事をするために、片道2時間歩いて職場まで通ったという 者もいた。彼は、経済的には恵まれている方ではなく、以下のようなコメントをしている。 「日本へ行ったら、土日は休みだ。その時、アルバイトができるだろうか? 働いてお金 を貯めたい。そんなこと、できないって?建設現場ではお金になると聞いた。少しでも、 お金を稼ぎたいのだが。」 ─11 「私が、日本へ行く間、彼女は私の両親と暮らして待っている。(*結婚はまだしていない。) 彼女はそれが不満だ。私は、彼女は待っていてくれるし、日本へ行けるし、すごく幸せな だが、自分と彼女の気持ちには、多分ギャップがある。」 ─12 「春節に彼女の家に行った。1週間泊まった。彼女の両親と話した。毎日、御馳走を作っ
てもてなしてくれた。家を買って自分たち(彼女の両親)と同居してくれと言われた。と ても疲れて、自分の家に帰ると、熱を出して寝込んだ。上海では、結婚する年齢が高い。 女性も独身で働いている。自分はまだ結婚したくないが、彼女は早く結婚したがっている。 彼女の親は孫を欲しがっている。」 ─13 日本へ行って、アルバイトをしたいという11は、かなり、本気で考えていた。彼女がい る者のほとんどが、結婚資金を貯めたいという願望がある。中国では、結婚する時男が家 を用意する。つまり、住む家を買って用意しなければならない。しかし、中国の不動産の 価格は地域により高騰している。社会人になったばかりの彼らに家を買う資金はない。彼 らの中に「給料が安い」という不満がかなりあるが、その背景には、金を貯めて家を買わ なければ結婚できないという気持ちがあることは否定できない。大学卒業とともに結婚を 考えることは、彼らにとっては自然なことのようだであり、結婚年齢も若い。恋愛―結婚 の話題は、非常に盛り上がる。「結婚についてどう考えるか?」という質問には、調査対 象者の半数は、彼女は欲しいが、結婚という現実は今は重荷である。できれば、結婚は 30 代までしたくないということだった。結婚年齢が日本の若者のライフスタイルについ ての質問も多かった。結婚したら、親と同居するのか?」 「何歳くらいで結婚するのか?」 「彼女はどうやって見つけるのか?」 「日本の女性も、結婚するときに家を欲しがるのか?」 「日本では、彼女の親は男性に何を望むのか?」といった質問を受けた。上海のような大 都会では、日本の若者と似て、男性も女性も結婚年齢が高いが、上海などの若者のライフ スタイルに憧れているような発言もあった。 (3)「上下関係」─日本の文化・習慣 「会社では、上下関係が厳しい。挨拶や礼儀も厳しいと思う。でも、日本の文化習慣なの だと思う。先輩もそう言う。」 ─14 「敬語は難しい。会議の時、『意見はありませんか?』ではなく『御意見はありませんか?』 と言う。面倒くさい。でも、敬語は、日本の職場の中で、大事だという。人間関係を作る。 敬語は日本の文化だと思う。」 ─15 「上下関係」に関しては、SDプロファイルでは平均5.3という評価である。しかし、「厳 しい」という評価ではあるが、否定的とは捉えていない。11,12 では、文化の違いという ように理解していることがわかる。時間の経過でみると、GA‒1 と比べると GA‒2 のほう が肯定的評価(厳しくない)となっている。挨拶、礼儀、敬語などに慣れたということで はないかと考える。 授業の初めと終わりに、当番が「起立、礼。」の号令をかける。朝は、「おはようござい ます」の挨拶とお辞儀をする。午前の授業が終わるときも、「有難うございました。」で締 めくくる。その他、「失礼します。」 「お願いします。」などの挨拶も授業の中で学習したが、 すぐ使うようになった。日本語学習が始まった当初、教師チームの中の礼儀作法に厳しい
年配の男性教師が組織内で必要な日本的習慣として、彼らに徹底的に教えたのである。彼 らはこれに反発することなく、素直に受け入れていた。お辞儀をすることをおもしろがっ ているようにも見えた。礼儀挨拶学習に対しては、教師の方から異議があった。20 代の 男性教師が、「日本同化の強制である。」と言い出した。実際には、学習者がそれを嫌がっ てはいないということから、起立・礼・お辞儀は続けられた。しかし、教師間での意見の 一致はみられなかった。日本語教育とは何をするべきかという、教師側の理念は様々であ り、一致することはない、また、一致する必要もないと考える。会社側から要求される具 体的なミッションは大きな共通目標であり、加えて教師の理念も必要ではあるが、視点を 置き、注意しなければならないのは、学習者側の心理であろう。 (4)「コミュニケーション」─日本人の考え方 「日本の文化や生活や物価などを先生にくわしく説明していただいた。皆はその話をとて も楽しみにしている。興味がある。日本人の先生はとても勤勉で、私が間違っても何回客 観的に自分の置かれている立場、会社と自分の関係などを意識していくようになるのでは ないかと考える。」 ─16 「先生の授業の中で思ったことは、日本人の考え方を習得することが最も重要だというこ とだ。仕事は、日本人とコミュニケーションの時、考え方、習慣を重視したほうがいいと いうことだ。先生は、日本文化と歴史を教えてくれた。日本語を学習する興味が増えた。 今は、目にしたものを日本語に訳してみる練習をしている。」 ─17 漫画を使った教材で日本の歴史を扱っていたが、教師側が思うよりはるかに学習者側が 興味を持ったようである。日本語学習は、語学のみならず、文化・生活・考え方を学ぶ時 間でもある。「考え方を習得することが最も重要」(17)とあるが、 学習者自身も、日本語 学習の時間に、日本語以外のことを学び、情報を得ることを望んでいる。学習者の求める 現代日本事情を授業にとり入れなかったことに対する反省がある。 「光陰矢のごとし。8ヶ月過ぎた。先生のおかげで自信を持つことができた。」 ─18 「会社に入った時、日本人の上司とコミュニケーションがとれなかった。緊張した。上司 と交流するとき、今は余裕が持てる。他社でのトレーニングで日本語で話を聞くので、腕 試しと思っている。」 ─19 「自分の仕事には日本語はとても重要な関係がある。技師として日本語で専門知識を身に 付けなければいけない。日本へもうすぐ行くが、コミュニケーションがとれないととても つらいと思う。先生とは話ができるようになった。でも、他の日本人とはどうだろうか。 もっと頑張らなければ。」 ─20 「先生たちと一緒にゲームやおしゃべりをした。バスケットボールもした。楽しい交流が できたと思う。いつの間にか、日本語が上手になった。大学の時の教え方に比べて、非常 に効率的だと思った。日本語を学習する途中で悩んだことがある。文法や語彙を覚えるこ とが難しかった。学習の方法を探した。今は、中国語の文章や物を見て日本語に訳すよう
にしている。練習をすることによって、日本語がだんだん上手になってきた。」 ─21 コミュニケーションに対する意識が強く、発言、コメントの中に、コミュニケーション、 交流という言葉をよく聞く。コミュニケーションができた時の楽しさ、満足感が現れてい る。図 1 のイメージの形成図における「直接接触経験」要因として、先輩社員に加えて、 日本語教師、日本語教育そのものも含まれるということが読み取れる。 5.考察 分析の総合的考察に加えて、日本語教師側の課題を考える。今後の企業内日本語教育、 社会人教育、留学生教育に関る共通した問題があると考える。 日本企業に入社希望ではなかったとする者もいるが、日本及び会社に対する意識は、他 集団の中国人と比べても極めて肯定的である。留学生の異文化適応の意識の変化に比べる と、会社という目的集団に関る項目への評価がさらに肯定的なものになっている。文化習 慣の違いを認識し、さらには、違いになじもうとする様子が見られる。属する集団が大き な社会ではなく、会社という小さな集団であり、しかも将来、会社の中心となる役割を持 っているという自覚が帰属意識を高めているのではないか。会社の中で求められる資質と、 対日意識とが重なる部分があることが読み取れる。文化・歴史・考え方を知ろうとする意 識が強いこともこの帰属意識の現れではないかと考える。入社直後「会社をやめたくなっ た」(1)に、研修最後に「日本へ行って何をしたいか?」と聞くと、「日本の歴史にとても 興味がある。京都に行って、日本の古い建物を見たい。」と述べていた。文化・歴史教育 への期待以上の興味については、参与観察をして初めてわかったことであった。学習者の ニーズに応えることの重要性を感じる。 日本には、中国の孔子学院に代表されるような明確な言語政策・戦略というものがない といわれるが、中国で日本語教育に携わる多くの日本語教師は、自分の理念に頼って日々 教育に関っている。教師の個人的理念が違うため、「挨拶は同化の強要か」という見解の 相違が出てくる。理念も必要だが、視点を学習者自体に置き、何が彼らの求めるもので、 役に立つものかという視点で考えれば、自ずと解決できる問題である。 企業が日本語教育を日本語教師に依頼する場合、コミュニケーション能力の向上を求め ることが多いが、内容について細かく要求される場合は極めて少ない。X社も、従来の日 本語教育では上達できなかったのでと、稿者の勤務する日本語学校に依頼してきたもので ある。X社側は、特にN1レベルまでに、というような要求はなかったが、教師側が目標 設定した方が動機づけになるということで、N1を目標にシラバスを作った。結果、8ヶ月 で全員N1レベルまで到達した。しかし、実際に、業務上N1資格が必要な場面はない。彼 らが求めているのは、コミュニケーション能力と日本事情であった。N1目標の文法・語 彙を学習するだけではなく、学習者の希望に沿った内容をより多く取り入れてもよかった のではないかと考える。 「平等性」に関る興味深い意識の分析結果に関しては、日本人あるいは、日本社会のど
ういう点に疑問を感じるかということについて、教師自身が学習者自身をより深く知るべ きであったと考える。 X社のような長期間、長時間にわたる日本語学習の場合、常にプログラムの見直しは必 要である。学習者の習得速度、理解度、個々の能力の格差など、プログラムスタート時点 の予想とは異なる部分が生じてくる。学習者に自身の状況把握(situation Appraisal)と問 題分析(problem analysis)を求め、教師が学習者自身を知ることによって、プログラム調 整を綿密に行う必要があったのではないかという反省が残る。今後の課題である。 6.おわりに 中国に進出する日本企業は多いが、現地法人の継続率の低さは異文化環境の中でビジネ スを続けていくことの困難さを示しているといえる。企業側も現地社員側も、背景文化、 規範の違いを乗り越え、理解し、共存していくことは容易いことではない。しかし、グロ ーバル社会の中で、今後企業内異文化コミュニケーションは増えていくに違いない。本稿 における社員の意識調査から、異文化コミュニケーションに関るX社の若い社員の意識の 変容、悩み、喜びを知ることができたことは、教師として大きな意味があったと考える。 東日本大震災のため、彼らは日本研修への出発が遅れたが、その後、全員無事日本研修 へと旅立った。2011年夏、日本本社で、元気に研修を続けているという便りを聞いた。 彼らの対日意識を今後継続的に調査できれば、非常に興味ある研究ができるであろうと 考える。しかし、外部の人間が継続的に企業の社員の意識調査をすることはほぼ不可能で ある。調査に協力いただいたX社のみなさんに、心よりお礼申し上げたい。謝謝! 引用文献 岩男寿美子・萩原滋(1991)『日本で学ぶ留学生』勁草書房 西本志乃(2005)『何のために働くか?日本と中国で異なる価値観─組織と個人についての 概念の違い』日本現代中国学会 御堂岡潔(1992)「文化集団のイメージ」大坊郁夫編『社会心理学パースペクティブ』誠信 書房 横田葉子(2011)『中国人日本語学習者の対日イメージ』桜美林大学 李洋陽(2007)「中国人の日本人イメージとその形成要因」 『東京大学大学院情報学環紀要』