量子力学系における集団運動
(分子科学研究所総合研究大学院大学) 安池智一
Tomokazu
YasuikeInstitute
forMolecular Science
Graduate
University for
Advanced Studies
(SOKENDAI)
1
集団運動を示す量子多体系
原子核は,集団運動を示す量子多体系の典型であり,双極型および四極型の振動や変形 核の回転など,様々なタイプの集団運動が観測されてきた.N. Bohrが 1937 年に提唱し た液滴モデルは,1950
年代に M. G. Mayer, H. Jensenが独立粒子モデルの幅広い有用性 を示すまで,原子核の構造論・反応論のイメージの中心にあった [1]. 原子核とは対照的 に,原子や分子では原子核のクーロン場によって形成される電子の殻構造に基づく独立粒 子モデルが系の電子状態の特徴を正しく捉えることが知られている.しかしながら,原子 集団からなる系においても,電子が集団運動を示す例がある.気体プラズマの密度ゆらぎ が示すプラズマ振動はその代表例であり,その対応物がバルク金属や金属微粒子,さらに は金属クラスターにおいてプラズモンとして存在する.本稿では,小さな
Na クラスターが示すプラズモン [2]を例にとり,第一原理的な集団
運動モードの数値計算の実際を紹介し,集団性を特徴づけるのに有用な指標や集団運動 モードの形成要因について議論する.また最後に,大振幅集団運動理論への展開について の私見を述べる.2
運動方程式の方法
2.1気体プラズマに対する古典論
まず古典論に従って,気体プラズマが示すプラズマ振動について見てみよう.これらの 系は,一様な陽電荷を背景とする電子気体とみることができ,以下のハミルトニアンで特徴づけられる.
$H= \sum_{i=1}^{N}\frac{1}{2m}(\vec{p_{i}})^{2}+\sum_{i,j>i}\frac{e^{2}}{|\vec{x}_{i}-\vec{x}_{j}|}+$ const. (1)
電子の密度分布のFourier成分
$\rho_{\vec{k}}=\frac{1}{V}\int d\vec{x}(\sum_{i}^{N}\delta(\vec{x}-\vec{x}_{i}))e^{-i\vec{k}\cdot\vec{x}}=\frac{1}{V}\sum_{i}^{N}e^{-i\vec{k}\cdot\vec{x}_{\mathfrak{i}}}$ (2)
の運動方程式を考えると,式(1) を使つて
$\ddot{\rho}_{\vec{k}}=-\frac{1}{V}\sum_{i}^{N}(\vec{k} .\vec{x}_{i})^{2}e^{-i\vec{k}\cdot\vec{x}_{i}}-\frac{4\pi e^{2}}{mV^{2}}\sum_{i,j,\vec{k}’}\frac{\vec{k}\cdot\vec{k}’}{\vec{k’}2}e^{i(k^{\vec{\prime}}-\vec{k})\cdot\vec{x}_{i}}e^{-ik^{\tilde{\prime}}\cdot\vec{x}_{j}}$ (3)
が得られる.右辺第一項は長波長成分を考えることで無視でき,第二項の$\vec{k}’\neq\vec{k}$の和は 乱雑位相の観点から消える.第二項のん’ $=\vec{k}$ のみが残って, $\ddot{\rho}_{\vec{k}}=-\frac{4\pi e^{2}}{mV}\rho_{k}\equiv-\omega_{p}\rho_{k}$ (4) を得る.これにより,電子密度は $k$ によらず (つまり集団的に) 角振動数$\omega_{p}$ (プラズマ 振動数) で調和振動をすることが分かる.これは古典論だが,量子論でも結果は変わら ない. 2.2
量子多体系に対する運動方程式の方法
上記の場合には,集団座標に $\rho_{k}$ を仮定しその運動方程式から振動運動を抽出すること ができた.アプリオリに集団座標を仮定することなく,量子多体系の調和振動を探す枠組みとして,運動方程式の方法
[1]がある.この方法では,多体ハミルトニアン
$H$ と以下の 交換関係を満たすような演算子 $\hat{O}_{\lambda}^{\dagger},\hat{O}_{\lambda}$を探すものである. $[\hat{H},\hat{O}_{\lambda}^{\dagger}]=hx_{\lambda}\hat{O}_{\lambda}^{\dagger}, [\hat{H},\hat{O}_{\lambda}]=-\hslash\omega_{\lambda}\hat{O}_{\lambda}$ (5) 上記の交換関係は,調和振動子のハミルトニアンと対応する生成消滅演算子の間に成立するものであり,
$\hat{O}_{\lambda}^{\dagger},\hat{O}_{\lambda}$が見つかれば,量子多体系における集団運動を求めることができ
る (運動の角振動数は $\omega_{\lambda}$) 通常はこの集団振動の生成演算子が一体の生成消滅演算子 $\hat{a}_{i}^{\dagger},\hat{a}_{j}$の線形結合 $\hat{O}_{\lambda}^{\dagger}=\sum_{ia}(X_{ia}\hat{a}_{a}\hat{a}_{i}-Y_{ia}^{\lambda}\hat{a}_{i}^{\dagger}\hat{a}_{a})$ (6)で書けると仮定する.一体の生成消滅演算子
の基底は,Kohn-Sham方程式$(- \frac{1}{2}\nabla^{2}+v(r)+\int\frac{\rho(r’)}{|r-r|}dr’+v_{XC}(r))\phi_{i}(r)=\epsilon_{i}\phi_{i}(r)$ (7)
が定めるKohn-Sham軌道$\phi_{i}(r)$
である.ここで,
$v(r),$ $\rho(r)$,vxc
$(r)$ はそれぞれ原子核から受けるポテンシャル,全電子密度,交換相関汎関数である.(5) 式の交換関係を計算す ると一般に多体の演算子が出てくるが,これを無視して方程式を閉じさせることにより, 以下の形の固有値問題に帰着する. $(\begin{array}{ll}A B-B^{*} -A^{*}\end{array})(\begin{array}{l}X^{\lambda}Y^{\lambda}\end{array})=\omega_{\lambda}(\begin{array}{l}X^{\lambda}Y^{\lambda}\end{array})$ (8) 行列要素は $A_{ia,jb}=(\epsilon_{a}-\epsilon_{i})\delta_{ij}\delta_{ab}+2K_{ia,jb}$, (9) $B_{ia,jb}=2K_{ia,jb}$, (10) であり,$K_{ia,jb}$ は
$K_{ia,jb}= \int drdr’\phi_{i}^{*}(r)\phi_{a}(r)[\frac{1}{|r-r’|}+\frac{\delta v_{XC}(\rho)}{\delta\rho}\delta(r-r’)]\phi_{b}^{*}(r’)\phi_{j}(r’)$. (11)
で与えられる (以上,詳しくは [3] を参照).
3
Na
クラスターにおけるプラズモン励起
3.1 Naクラスターの光吸収スペクトル 直線状の$Na_{n}$ クラスターについて,上述の運動方程式の方法を適用した.得られた光 吸収スペクトルと灰色で示されたピークに対応する遷移密度 $\rho_{on}(r)$ $\rho_{0\lambda}(r)=\sqrt{2}\sum_{ia}(X_{ia}^{\lambda}\phi_{i}^{*}(r)\phi_{a}(r)+Y_{ia}^{\lambda}\phi_{a}^{*}(r)\phi_{i}(r))$ (12) を図1に示す.電子密度の時間発展は遷移密度を使って $\rho(r, t)=\rho_{0}(r)+\sum_{\lambda}c_{\lambda}\rho_{0\lambda}(r)e^{-i(E_{\lambda}-E_{0})t/\hslash}+c.c$ (13) と書かれるため,遷移密度分布の形状は直接電子運動の形態を反映する.図示したエネル ギー領域には$n=6,10,14$に対してそれぞれ40, 63, 84の双極子許容状態が存在するが,実 際に光吸収に関与する状態はごく少数に留まっていることが分かる.また,クラスターの構成原子数を増やすと,灰色で示したクラ スター全体に非局在化した双極子的な遷移 密度を持つ $\Sigma,$ $\Pi$励起の吸収強度 (遷移双 極子モーメント) が原子数に比例して大き くなることが見て取れる.クラスターサイ ズをさらに大きくするとこの傾向はより顕 著になり,$\Sigma,$ $\Pi$励起は連続的にバルクプラ ズモンへと繋がると考えられる.このよう な特定の励起状態への遷移モーメントの集 中現象は,対応する励起における電子運動 の集団性を示唆する. 遷移密度と関係する励起振幅$X_{ia},$ $Y_{ia}$か
3.2
移励起の集団性指標幅か
$25020050 \frac{\ovalbox{\tt\small REJECT}^{Na_{6}}\prime\prime}{01234}$ 150 ら励起の集団性を定量化する指標を以下の 100 ように定義する.各励起空間における遷移 密度行列をExcitation Energy $(eV)$
$T_{i,a}^{x}=\frac{X_{ia}}{\sum_{ia}X_{ia}^{2}},$ $T_{i,a}^{y}=\frac{Y_{ia}}{\sum_{ia}Y_{ia}^{2}}$ (14)
図 1: 吸収スペクトルと遷移密度
と定義すると,$T$行列の非ゼロ特異値$\gamma$、を (図中の数字は集団性指標
$n^{*)}$
並べたベクトル$\Gamma$は励起演算子ベクトルの
最適な表示 (自然軌道表示) となる [4]. このため,$\Gamma$に於ける逆関与率 (inverse
partici-pation ratio)
$n^{*}= \frac{1}{\sum_{i}|\gamma_{i}|^{4}}$ (15)
は有効励起の数を反映し,励起の集団性指標として用いることができる.$Na_{l0}$ の $\Sigma,$ $\Pi$励
起に対する $n^{*}$ は (2つの励起空間での重み平均として) それぞれ1.01, 4.25であった.こ れらの状態は双極型の電子運動に対応し,大きな遷移モーメントを持つという点で共通し ているが,集団性の観点からは大きく異なることが分かった.$\Sigma$励起の大きな遷移モーメ ントは集団運動の結果ではなく,一つの電子対が分子軸に沿った長距離に渡る双極型運動 をすることにその原因がある.一方で $\Pi$励起においては,電子対の大部分 $(n=10$ の場 合,全電子対数5に対し4.25) が関与した集団的な励起によって大きな遷移モーメントを 生み出している.
3.3 集団性の起源
$\Pi$
励起の集団性は,縮重した複数の素励起が同程度の強さで結合することに起因する.
これを (8) 式において比較的寄与の小さいB行列を無視して得られる固有値問題
$AX=\omega X$ (16)
を用いて詳しく見てみよう.$Na_{10}$ において $\Pi$励起の形成は,部分行列$A^{\Pi}$が近似的に
$(\begin{array}{lllll}a b b b bb a b b bb b a b bb b b a bb b b b a\end{array})$ (17) の構造を取ることによる.行列の対角要素を各励起の個別励起エネルギー,非対角要素を それらの間の相互作用と考える常法にしたがうと,$A^{\Pi}$ は,等しい励起エネルギーを持つ 5 つの個別励起が互 いに同じ強さで相互作用している状況を表している.こ の行列に対して,ベクトル$X_{\Pi}=(1,1,1,1,1)/\sqrt{5}$が固
$*$
有値$a+4b$の固有ベクトルになっていることは明らかで$a$
あろう.行列要素の値から見積もった $a+4b=3.075$$eV$ に対し,(8) 式を解いて得られる値は3.070 $eV$ で $\sim\sim\infty$
よく一致する.$X_{\Pi}$ は全ての個別励起のコヒーレント
な重ね合わせになっていて,理想的な集団運動を表現
$e^{\alpha^{1}}$ する励起ベクトルである.$X_{\Pi}$ に対する集団性指標は $\bullet$ $n^{*}=5.0$と最大値を与える.
$\circ e$ (17)式の背景にある物理を理解するには,個別励起
$\bullet\bullet\bullet$ の遷移密度を見るのがよい.図2に示すように,いず れの励起もクラスター全体に非局在化しており,分子 図 2: 個別励起の遷移密度 軸に垂直方向の電子運動を与えることが分かる.このことから,これらの励起が共通の励 起エネルギーを持ち,いずれの励起のペアを考えても相互作用が共通であることは明らか であろう.$\underline{>})$ $.-$ $.\underline{\succ}$ $rightarrow$ $=$ $\circ O$
Excitation
energy
図3: 環状$Na_{10}$ クラスターにおける様々な集団運動3.4
双極型以外の集団運動 以上見てきた集団運動は光に応答する双極型の遷移密度を持つ形態であったが,光吸収 スペクトルに現れない集団運動も存在するはずである.(8)式の解から,集団性指標を元 にそのような状態を環状の$Na_{10}$ クラスターについて探索すると,高い集団性指標を持つ 運動形態として,双極子型に加えて単極子型や四極子型などの様々な集団運動を抽出する ことができる (図3).4
より一般的な電子の集団運動に
$\Pi$pけて
その導出からも明らかなように運動方程式の方法は,古典力学でいえば微小振動を仮定 した基準振動を求める方法である.その適用範囲は狭いようにも思えるが,多くの原子分子系の光学応答に対しては,電子相関を正確に取り込んだ基底状態さえ求めておけば,
励起状態は微小振動としても十分正確であることが知られてきた.しかしながら,(1) $\nearrow\backslash$図4: ヘリウム原子の2電子励起状態 ミルトニアンの非調和性が顕在化する高エネルギーの電子励起状態や (2) 強い外場にょっ
て平衡点近傍から大きく外れた大振幅運動が誘起される場合には,基準振動解析を超えた
取り扱いが必要となるであろう.4.1
高い電子励起状態 比較的低エネルギーの電子励起状態については,電子運動の振幅は微小であると考えら れるから,まさにその定義通り運動方程式の方法は実態に則した有用な方法論である.し かしながら,多電子励起が重要となってくる高い励起エネルギーの電子状態については, ハミルトニアンの非調和性が顕在化し,運動方程式の方法における前提条件が成り立たな くなると考えられる.例えば,ヘリウム原子の2電子励起状態には,図4のように2つの 電子が避け合って $e-He^{2+}-e$のような配置を保って運動していると考えられる状態群が 存在し,それらのスペクトルは $CO$2分子のような3原子系の振動回転ハミルトニアンと 同型のハミルトニアンで定性的に理解することができる [5]. このような電子状態の記述 には,基準振動間のカップリングによる非線形共鳴の効果を考慮する必要がある.もちろ ん一般的な配置間相互作用法によれば,正しい電子励起エネルギーと多数の配置関数の重 ね合わせとしての正しい波動関数を得ることができるが,波動関数が表現する運動のイ メージを得ることは極めて困難である.より物理的なイメージを得るためには,時々刻々 変化する平均場を直接追跡する時間依存平均場法が適している.これは,上述の運動方程式の方法において問題を線形化することなくそのまま解くというものであり,ある種の古
典系ヘマップすることが可能であるから,非線形共鳴の知識を用いて量子多体系の集団運
動の本質へと迫る可能性を秘めていると考えられる.4.2
強い光の照射下にある分子の電子状態
運動方程式の方法の大きな成功の背景には,通常の分光学では光と原子分子の相互作 用が弱く,摂動論で事足りるという事実があった.光による観測にかかるのは通常,励起状態の波動関数のうち,基底状態の波動関数と空間的に重なる領域に限られる.その意味
で,近年盛んとなった強い光の照射下における原子分子の問題においては,一般の集団運
動を議論する必要が大いにある.この問題においては,外場がよいオーダーパラメータと
なるから,外場
(光) と電子のダイナミクスの時間スケールの差を利用した断熱近似を用い,瞬間瞬間の外場に対して平均場とその停留点回りの基準振動を求めて得られる電子状
態群の外場パラメータに対する依存性から一般の集団運動を構成するという戦略が有効
であると考えられる.参考文献
[1] P. Ring, P. Schuck, The Nuclear Many-Body Problem, 3rd edition, Springer, 2004.
[2] T. Yasuike, K. Nobusada, M. Hayashi, Phys. Rev. $A$ 83 (2011) 013201.
[3] R. A. Broglia, G. Col\‘o, G. Onida, H. E. Roman, Solid StatePhysics ofFinite Systems:
Metal Clusters, Fullerenes, Atomic Wires, Springer, 2010.
[4] I. Mayer, Chem. Phys. Lett. 437 (2007) 284.