鉄化合物が糸状性細菌の呼吸に及ぼす影響
風間ふたば
加藤健司(昭和60年8月31日受理)
Inhibitory Effects of Iron Compounds on
Respiration of a Filamentous Bacrerium
FutabaKAZAMA KenjiKATO Abstract Inhibitory effects of FeCl3, K2 FeO4 and such organic complexes as Fe−citrate, Fe−gallic acid and Fe−cysteine were respectively examined on the respiration of an isolate of Sphaerotilzes by measuring the respiration rate. The exogenous respiration of the isolate was surely inhibited by the above compounds except FeCl3 and Fe−citrate at pH 6.2 and 7.0. Of K2 FeO4 and Fe−cysteine, the inhibitory effects were also examined on, both exogenous and endogenous respiration of the isolate. These experimental results indicated that K2FeO4 ノinhibited these respiration but Fe−cysteine acted only as an inhibitor for exogenous respiration. Concequently it might be suggested that K2 FeO4 would directly affected the enzymic system relating to endogenous respiration.
1.はじめに
活性汚泥の糸状性バルキングの対症療法的な対策と しては,塩素や過酸化水素のような酸化剤の添加とと もに,塩化鉄や硫酸鉄も用いられている1)2)。一般には, これらの鉄塩の添加は,生成した水酸化鉄の凝集効果 とそれに伴うフロックの重量増加とによってバルキン グを抑制するといわれている2)。しかしWaitzと Lacky3)は,塩化第二鉄がSPhaerotilusの増殖を阻害 することを指摘し,また,pfefferら4)は,クエン酸鉄 (Fe−citrate),システイン鉄(Fe−cysteine),没食子 酸鉄(Fe−gallic acid)のような可溶性の有機鉄錯体 が,糸状性細菌SPhaerotilusの呼吸を著しく阻害する ことを報告している。 一方,著者らは,これまで鉄(VI)酸カリウム(K2 FeO4)の殺菌効果について,大腸菌を主な対象とした 検討を進め,殺菌剤としての特異的な挙動を指摘して いる5)6)。そこで,今回は,FeCl3, Fe 一 citrate, Fe一 cysteine, Fe−gallic acidおよびK2 FeO4の5種の化合 形態の異なる鉄化合物が糸状性細菌に及ぼす影響を比 較検討するために,これらがSPhaero tilUSの呼吸に及 ぼす影響を測定した。 2.実験材料と実験方法 1)供試菌株:SPhaerotilus natansは河野の単離 したSY−1株を使用した。これをTable 1に示した GCY培地で25℃,24時間の静置培養を行ったのち,約 10mlを三角フラスコ内の別のGCY培地に接種し,マ グネチックスターラーでゆるやかに撹はんしながら, 25°Cで50∼100ml/minの通気速度で培養を行った。 また,SY−1株はTable 1のGCY培地を1/10に希釈 した1%の寒天濃度の希釈GCY寒天平板上でもよく 増殖したので,これを用いて室温で保存した。 Table 1 Composition of GCY medium * 1984年3月 第19回水質汚濁学会にて発表 ** ツ境整備工学科,Department of Environmental Engineering Glucose Casitone Yeast expract Na2HPO, ・ 12H20 Tap water 1。5 9 0.5 0.25 0.22 1 1菌体は培養開始後,24時間までは指数関数的に増殖 するが,60時間以降は増殖速度は急速に低下するの で,60時間培養後の菌体を実験に供することにした。 60時間培養後の菌体量は通気量の増加とともに増加 し,800mg/1∼1500 mg/1の範囲内にあり,また,菌体 には,多量のPHB(Poly一β一hydroxybutyrate)の果 粒が観察された。 これらの菌体はBOD希釈水を用いて2回遠心洗浄 後,pH 6.2,または, pH 7.0のM/30 Sφrensenリン 酸塩緩衝溶液に懸濁して,実験に供した。 2)鉄化合物溶液の調整:K2 FeO、溶液はSchreyer ら7)の方法に従って合成した純度94.5%のK2 FeO、粉 末を使用直前に溶解して198mg/1(56 mg−Fe/1)溶液 を作成した。FeC13溶液はFeCl3・6H20(特級試薬)を 270mg/1(56 mg−Fe/1)となるよう純水に溶かし,実 験に供した。また,有機鉄錯体溶液は使用のつど,そ れぞれクエン酸,システイン塩酸塩,没食子酸の1× 10−2M溶液に同モル濃度のFeC13溶液を同量添加して 1:1錯体を作成した。没食子酸の場合は,混合直後は 濃い紺色を呈し1時間程経過するとわずかながら沈殿 の生成も認められたので,実験には混合直後の溶液を 使用した。 3)呼吸速度の測定:pH 6.2またはpH 7.0のM/ 30リン酸塩緩衝溶液の菌体懸濁液に,所定の濃度とな るよう鉄化合物溶液を添加し,全量を緩衝溶液で50 mlとした。これらの操作にあたっては,菌体がからま ないように注意して分散させた。これを25℃の水浴中 に所定時間放置した後,25℃の水浴中に浸した20m1 容量の呼吸速度測定セルに移し,以下の手順で呼吸速 度を測定した。 空気ポンプで十分通気後,測定セルに気泡が残らな いように酸素電極を挿入し,一定時間ごとに酸素濃度 を測定して,まず内生呼吸速度を求め,つぎに,この
測定セル内にGCY培地と同組成の基質溶液を
CODc,≒500 mg/1となるよう注入した後,同様に酸素 濃度を測定してみかけの呼吸速度を求めた。このみか けの呼吸速度と内生呼吸速度の差より,外生呼吸速度 を求めた。なお,基質濃度と呼吸速度との関係より, 500mg−CODc,/1の基質濃度は呼吸速度に影響を及ぼ さないことは確かめてある。 また,鉄化合物を添加しない時の呼吸速度を繰り返 し測定して,その平均を対照値とした。 溶存酸素濃度はYSI社のYSI−57型酸素分析計を 用い,溶存酸素濃度のキャリブレーションはウィンク ラーアジ化ナトリウム変法8)によった。3.実験結果
pH 6.2のリン酸塩緩衝溶液中に,500 mg−cell/1に なるよう菌体を懸濁させた後,鉄化合物溶液をそれぞ れ10 mg−Fe/1の濃度で添加した時の,外生呼吸速度 と接触時間の関係をFig.1に示した。 FeCl3は呼吸速度にほとんど影響を及ぼさなかった が,Fe−cysteine, Fe−gallic acid,および, K2 FeO4 20 2 ご 159ミ
ニミ10
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〇 0 10 20 30 Contact tlme {mln} 口,K2FeO4;△, Fe−cysteine:▲, Fe−gallic acid:○, Fecl3 Fig. l Contact time and oxygen uptake rate of 三 E こ E9
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the isolate15−−
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0 0 O一 K2FeO4 {1!;…ie−4_ 5 10 15 20 {mg−Fe/り pH 6.2 ,・10
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10 15 20 {mg−Fe川 pH 7.O Fig.2 Added concentration of iron compound and oxygen uptake rate of the isolate一103一
は,10分程度の接触で呼吸速度を著しく低下させた。 鉄化合物の濃度を2∼20mg−Fe/1の範囲にとり, pH 6.2とpH 7.0で,30分間接触後の外生呼吸速度を 測定した結果(Fig.2), FeCl3は,いずれのpHでも20 mg−Fe/1の多量を添加しても外生呼吸への影響はほ とんど見られなかった。またFe−gallic acidとFe− citrateは,それぞれpH6.2とpH7.0とで測定しただ けなので,pHの違いによる差は分からないが, Fe− gallic acidはpH 6.2で阻害効果を示したのに対し, Fe−citrateはpH 7.0で著しい効果は示さなかった。一 方,5∼10mg−Fe/1を添加したとき,K2 FeO4は, pH6. 2でも,pH 7.0でもほぼ同様の強い阻害効果を示した。 Fe−cysteineは, pH 6.2ではK2 FeO4とほぼ同じ程度 の阻害を示すものの,pH 7.0では20 mg−Fe/1と添加 濃度を増しても呼吸速度は50%程度低下するにすぎ ず,pHによって明らかに阻害効果が異なっていた。 そこで,K2 FeO4とFe−cysteineがSY−1株の呼吸に 及ぼす阻害効果の差を明らかにするために,菌体濃度 を増して1600mg−cell/1にした懸濁液に, K2FeO4と Fe−cysteineとをそれぞれ5∼20 mg−Fe/1の濃度に添 加したときの外生呼吸と内生呼吸速度を測定した (Fig.3)。なお,図中の阻害率は,次式によって算出 した。 100 ま 蔓
50
三 { 0 10 100 50 蓮 ξ 三 三 0 pH 6.220
{mg・Fe/1) 0 0 10 20 {mg・Fe/1) pH7.0 呼吸阻害率一= 1・・(%) R。:鉄化合物を添加しない時の呼吸速度(mg−02/1/ hr) R:鉄化合物を添加した時の呼吸速度(mg−02/1/hr) K2FeO4の場合は, pH 6.2とpH 7.0のいずれにおい ても添加量の増加とともに,外生呼吸も内生呼吸もそ の阻害率は増加し,20mg−Fe/1の添加量では外生呼吸 と内生呼吸の阻害率はそれぞれ90%と70%に達した。 しかし,Fe−cysteineでは, pH条件によって幾分異 なった結果が観察された。すなわち,pH 6.2では,20 mg−Fe/1濃度で,外生呼吸は阻害率80%と,著しい阻 害効果を示したが,内生呼吸の阻害率は30%以下と外 生呼吸に比べ著しく小さかった。一方,pH 7.0では, 外生呼吸,内生呼吸とも阻害率は20∼30%以下であっ た。 K2FeO4 100 0 10 20 0 10 20 {mgfe/1) {mg・Fq/1} pH6.2 pH7,0 Fe−cysteine Fig・3 1nhibitory effect on respiration, exogenous(●)and endogenous(○), of the isolate by adding respectively K2FeO4 and Fe−cysteine at pH 6.2 and 7.04.考
察 Carterら9)は硫酸第一鉄アンモニウムを活性汚泥へ添加すると汚泥のMLVSSの増加が抑制されること
を指摘し,これは生成した水酸化鉄が菌体表面へ沈着 し菌体内への基質の移行を妨げるため汚泥の生物活性 が低下したことによると考えている。Pefferら4)は, SPhaerotilZtSの単離株を用いて,水酸化鉄の他, Fe− cysteine, Fe−gallic acid, Fe−citrateの可溶性有機鉄 錯の影響を調べるために,菌体一基質一鉄化合物が共存 する条件下で,ワールブルグ検圧計を用いて24時間に わたって酸素吸収量を測定した。これより最大呼吸速 度を求め,この最大呼吸速度の低下の度合を以て鉄化 合物の呼吸阻害効果とした。また,菌体への鉄の吸着 量をも測定して呼吸阻害効果との関連性について考察 した。その結果,生成直後の水酸化鉄ゲルは,50∼100 mg/1の添加でも高々20%程度の阻害率であったのに 対し,Fe−cysteineと, Fe−citrateでは20 mg−Fe/1の 添加でさえ90%程度の阻害を示したこと,とくにFe− cysteineは菌体への鉄の吸着量のわりに強力な阻害を 示すことを指摘し,可溶性鉄錯体の呼吸阻害機構につ いてつぎのように推論している。i)可溶性鉄錯体の場 合には,菌体の鞘皮表面に一様に強く吸着された鉄の 薄層が形成されるため,粒状の水酸化鉄ゲルが鞘皮下 に沈着する場合にくらべて,より強い影響を及ぼし, また,ii)Fe(II)錯体であるFe−cysteineは, Fe(III) 錯体であるFe−citrateより菌体内部に侵入しやすく, 鞘皮を通過し細胞壁の近傍にも鉄が沈着するためによ り強い阻害を示す。 本実験では鉄化合物が糸状性細菌に及ぼす影響を比較するため,鉄化合物を添加後,30分以内の比較的短 時間のうちに現れる呼吸阻害効果を検討した。その結 果,FeCl3により生成した水酸化鉄は, SY−1株の外生 呼吸にはほとんど影響を及ぼさず,また,Fe−citrateと FeCl3とでは大きな差は認められなかった。これは, Fe −citrateが中性付近で水酸化鉄より強い呼吸阻害を示 したPfefferら4)の報告とは異なっていたが,このこと は,Fe−citrateによる呼吸阻害は徐々に現れるため, 本実験のような短時間での実験ではその効果が明瞭に 測定されなかったためであろう。 Fe−cysteineは本実験においても最も強い影響を及 ぼすことは明らかだが,内生呼吸と外生呼吸とに分け てそれぞれに及ぼす影響を調べてみると,SPhaero tilzas の菌体内物質の酸化に関わる内生呼吸にはほとんど影 響を及ぼしていないことが明らかとなった。したがっ て,今回の実験でも,菌体表面に鉄の吸着層が形成さ れて,外部からの基質の移行が阻止されたために外生 呼吸は著しく阻害されたが,内生呼吸はほとんど影響 を受けなかったと考えられる。 また,pH 6.2とpH 7.0での呼吸の阻害状況を比較 した結果,pH 7.0では外生呼吸の阻害効果が低下する ことも明らかになった。CysteineやGallic acidは還 元性が強く,鉄錯化合物中の鉄もFe(II)として存在 する割合が大きく,pHが微酸性から中性へと高くな るにつれてFe(II)からFe(III)への酸化速度は速く なり,Fe(II)錯体として存在する割合が急速に減少 するという報告がある1°)。本実験ではとくにFe(II) 錯体の存在量を測定してはいないが,本実験の結果は, Fe−cysteineによる外生呼吸の阻害効果がFe(II)錯 体の安定性と深い関連を持っていることを示唆してい る。 ところが,K2 FeO4の場合には,本実験の結果より, 外生呼吸の阻害のみならず,内生呼吸も著しく阻害さ れていることが明らかである以上,呼吸酵素系に対し て直接的に作用していると考えざるをえない。したが って,K2 FeO4の場合,糸状性細菌に対して, Fe− cysteineその他の鉄化合物とはかなり異なったメカニ ズムで呼吸を阻害していることは明らかである。
5.要
約 活性汚泥の糸状性バルキングの原因微生物となる SPhaerotilusの一菌株を用いて,化合形態を異にする 各種の鉄化合物が呼吸に及ぼす影響を外生呼吸と内生 呼吸にわけて比較検討した。鉄化合物としては, FeC13, K2FeO4の他, Fe−cysoeine, Fe−gallic acid, Fe−citrateの各有機鉄錯体をとりあげた。つぎに,そ れらの実験結果を要約する。 1)500mg−cell/1の懸濁液に5∼20 mg−Fe/1の濃 度範囲で鉄化合物を添加すると,FeCl3, Fe−citrateで は外生呼吸にほとんど阻害は起こらないが,Fe− cysteineや, Fe−gallic acidではpH 6.2において, K2 FeO、の場合にはpH 6.2でもpH 7.0でも,いずれも5 ∼10mg−Fe/1程度の小量の添加によっても,添加後5 ∼10分以内の短時間でほぼ完全に外生呼吸が阻害さ れた。 2)外生呼吸については同様に強い阻害効果を示し た,Fe−cysteineとK2 FeO4とでも,内生呼吸について は,その阻害効果にかなり明瞭な差異が認められた。 すなわち,K2 FeO4は外生呼吸とほぼ同程度に阻害し たのに対して,Fe℃ysteineは内生呼吸をほとんど阻 害しなかった。 以上の結果は,Fe−cysteineの場合には鞘皮表面,あ るいは,鞘皮内部に沈着した鉄によって外部からの基 質の移行を物理化学的に妨げ,外生呼吸のみを強く阻 害するが,K2 FeO4は細胞内の呼吸酵素系に対して直 接的に作用するため,外生呼吸,内生呼吸ともに阻害 することを示唆しており,K2 FeO4による呼吸阻害は Fe−cysteineその他とは明らかに異なった機構による ものと考えられる。 謝 辞 本研究を行うにあたり,快く菌株を提供いただき, かつ懇切なご助言をいただいた河野哲郎助教授に深く 感謝する。また,呼吸速度の測定に際し便宜をはかっ ていただいた,本学,発酵生産学科の田中健太郎教授, 兎東保之助教授,ならびに長沼孝文技官に謝意を表す る。 なお,本研究は昭和58年度文部省科学研究費補助金 奨励研究Aの補助を受けたことを付記する。参考文献
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