本日は「急性大動脈解離の診断と治療における集学的 アプローチ」というテーマでお話しいたします.
●
概念
まず,急性大動脈解離という疾患の概念についてお話 しいたします. 急性大動脈解離は,急性心筋梗塞とともに,緊急処置 を要する循環器急性疾患の代表格といえます. 東京都監察医務院では,突然死した方で,死因が不明 な方については,行政解剖を行い,その死因を明らかに しています.その行政解剖の結果によると,突然死をき たした循環器疾患の中で最も多い疾患は,急性心筋梗塞 を中心とする虚血性心疾患で,循環器疾患による突然死 例の約 70%を占めていました.虚血性心疾患に次いで多 い疾患が,本日のテーマとなっている大動脈解離です. 続いて多い順に,くも膜下出血,肺血栓塞栓症と続きま す(図 1). 急性大動脈解離は,心筋梗塞に次いで,突然死の 2 番 目に多い死因となっていて,くも膜下出血による死亡よ りも多いという結果でした.したがって,循環器疾患を 扱う臨床医にとっては,大動脈解離に関する知識と対処 方法を知っていることは,日常診療上,欠かすことがで きない重要なポイントと言えます.●
病理
大動脈解離は病理学的には,大動脈壁が内膜と外膜の 二層に剝離される状態で,内膜と外膜の間の中膜部分に 血流が流入して二腔構造になっています.その中膜の血 液が流れている部分を偽腔といい,本来の血管内腔は真 腔と呼ばれます.真腔と偽腔との間には交通している部 分があり,エントリーと呼びます.急性解離の場合は, エントリーから大動脈全長に解離が波及するのに要する 時間は,私の経験からするとわずか数秒です(図 2). 大動脈壁に解離が発生すると,薄くなった外膜から血●
心臓財団虚血性心疾患セミナー
安達秀雄
(自治医科大学附属さいたま医療センター 心臓血管外科)急性大動脈解離の診断と治療における集学的アプローチ
大動脈瘤破裂 42例 虚血性心疾患 1100例 大動脈解離 160例 くも膜下出血 123例 肺動脈血栓塞栓症 95例 図 1 突然死に占める急性大動脈解離の割合 (循環器系疾患の剖検数:東京都監察医務院 2003〜2004)液が血管外へ出血する危険性が高くなります.外膜が破 綻し,大出血となれば,短時間で大量の循環血液が失わ れてしまいますので,突然死となります. 染み出すような出血,あるいは外膜の血腫形成により, 大量出血が回避されている場合は,循環動態が保たれ, 医療機関に患者さんが到達できます.この場合,大動脈 解離の発生場所によって,治療方針が異なります. 上行大動脈に解離が発生した場合は,スタンフォード 分類の A 型といわれ,出血した場合は血液が心嚢内に 貯留するために,心タンポナーデの状態となり,容易に 心停止を引き起こします.スタンフォード A 型大動脈 解離は,経過をみていると,急死する確率が高く,外科 的処置が必要です.心タンポナーデによって心停止に なってしまった場合は,心嚢内に血液が充満しているた めに,心臓マッサージによる蘇生処置は無効です.した がって,スタンフォード A 型の外科治療は,心停止に陥 る前に実施される必要があります. 上行大動脈に解離のないスタンフォード B 型大動脈 解離は,原則として血圧を低下させる保存的治療が選択 されます(図 3). また,大動脈の解離により,大動脈の分枝が閉塞され ることがあり,脳梗塞,心筋梗塞,腎梗塞,腸管虚血, 下肢虚血などをきたすこともあります(図 4).
●
発症時の特徴
急性解離が発症する時の特徴は,前触れなく,突然に 発症することです.通常,予兆はありません.車の運転 中,ジムでの筋トレ中や水泳中,あるいは仕事中に発症 しています.ジムで腹筋のトレーニング中に発症し,搬 送されてきた方もいました.解離発症の好発年齢は 60 歳代,70 歳代,そして 50 歳代ですので,中年以上の方 エントリーが発生 真腔と偽腔に解離 図 2 急性大動脈解離(動脈の壁が急にはがれる) Stanford Classification Type A Type B 図 3 スタンフォード分類(A 型,B 型)は,ジムで適度な運動は良いのですが,急激な血圧上昇 をきたすようなトレーニングは避けていただきたいと思 います. 急性解離を発症した例の検討では,70%の例に発症前 から高血圧症を合併していました. 急性解離の典型的な症状は,前胸部,背部の激痛です. バットで殴られたようだと表現した方もいました. しかし,注意が必要なのは,意識消失で発症する例が 意外に多いことです.心タンポナーデによる一時的な血 圧低下や,頸動脈の解離による一時的な脳虚血が失神の 原因です.失神のために健忘症状となり,自分が倒れた ことを覚えていないことも稀ではありません.私の経験 でも,家の人は,突然本人が倒れたので重症と考え,救 急車を呼んで搬送してきましたが,本人は救急車の中で 気がつき,救急外来に到着したときは,倒れたことを全 く記憶していませんでした.救急担当医は,本人だけを 診ていると重症感に乏しく,そのまま帰宅させてしまう ことがあります.帰宅後に突然死し,家族から訴えられ た事例が全国で散見されています.失神発作で倒れたと きは,急性大動脈解離を鑑別診断の 1 つにぜひ入れてほ しいと思います.大動脈解離の症状は,一時的に寛解す ることがある,という点も注意すべき特徴です.
●
診断
大動脈解離の診断は,造影 CT 検査が最も有効です(図 5).腎機能が悪くても,ぜひ造影 CT 検査を実施してく ださい.造影なしでは解離の存在を見逃す可能があり, 致死的となります.ベッドサイドでは,心エコー検査が 有用です.心タンポナーデの有無が診断できます.心タ ンポナーデの所見が得られれば,ただちに心臓血管外科 医に連絡してください.エコー検査では,頸部血管エ コー,腹部血管エコーもチェックしていただけると,大 動脈解離の診断に役立ちます.腹部血管が解離している ことも,よくあります.●
治療
治療は,スタンフォード分類に基づき,A 型の場合は, 緊急手術により,上行大動脈を人工血管で置換すること が基本です.上行大動脈からの出血による心タンポナー デからの心停止を回避することが手術治療の目的です. 手術治療による救命率は,およそ 80%です(図 6). 上行大動脈に解離のないスタンフォード B 型では,上 行大動脈に解離がないために,心タンポナーデになる危 険性はありません.しかし,外膜が破綻して大出血をき たすことや,解離によって腹部血管や下肢血管が閉塞し, a b 図 4 大動脈解離時の大動脈分枝の虚血機序腸管壊死や下肢虚血になって死亡することもあり,油断 できません.B 型でも,20%は救命のために,何らかの 外科的治療が必要になります.最近は,血管内からステ ントグラフトという折りたたまれた人工血管を真腔内に 挿入して拡張し,エントリーを閉鎖して偽腔内への血流 の流入を防ぎ,外膜の破綻や腹部血管や下肢血管の閉塞 を解除する方法が実施できます. スタンフォードの A 型であっても,B 型であっても, 急性解離の発症直後は,集中治療室に収容し,動脈圧モ ニターを行い,厳重な血圧管理が必要です.ペルジピン などの薬剤を輸液ポンプなどを使用して静脈内に投与 し,高血圧を回避します.安静も重要です. 退院後の外来診療でも ARB やカルシウムブロッカー などの降圧治療が重要です. 図 5 急性 A 型大動脈解離の造影 CT 所見