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赤門マネジメント・レビュー 12(1),

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赤門マネジメント・レビュー 12 巻 1 号 (2013 年 1 月)

ケース・スタディ方法論:どのアプローチを選ぶか*

―経営学輪講 Glaser and Strauss (1967), Yin (1984), Eisenhardt

(1989a) の比較分析―

Glaser, B. G., & Strauss, A. L. (1967). The discovery of grounded theory: Strategies for

qualitative research. Mill Valley CA: Sociology Press.

Yin, R. K. (1984). Case study research: Design and methods. Thousand Oaks, CA: Sage.

Eisenhardt, K. M. (1989a). Building theories from case study research. Academy of

Management Review, 14(4), 532–550.

横澤 公道

・辺 成祐

・向井 悠一朗

§

1 はじめに

研究方法としてのケース・スタディは経営学のさまざまな領域において活用されてき た。例えばケース・スタディを使った代表的な論文は組織ネットワーク (Uzzi, 1997)、内 部組織 (Weick, 1993)、そして戦略 (Eisenhardt, 1989b) がある。多岐にわたる研究領域で 研究方法のひとつとして使われてきた研究方法ではあるのだが、経営学の主要なジャーナ ルにおいてケース・スタディを使っている論文の採択率は決して高くない (Gibbert, Ruigrok, & Wicki, 2008)。主な理由として、経営学全般における研究パラダイムは北米を 中心にいまだ実証主義が主流であり、その視点からみたケース・スタディは、一般化や客

* この経営学輪講は Glaser and Strauss (1967)、Yin (1984)、Eisenhardt (1989a) の解説と評論を横 澤・辺・向井が行ったものです。当該論文の忠実な要約ではありませんのでご注意ください。本 稿を引用される場合には、「横澤・辺・向井 (2013) によれば、Glaser and Strauss (1967)、Yin (1984)、Eisenhardt (1989a) は…」あるいは「Glaser and Strauss (1967)、Yin (1984)、Eisenhardt (1989a) は (横澤, 辺, 向井, 2013)」のように明記されることを推奨いたします。 † 東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター [email protected] 東京大学大学院経済学研究科 [email protected] § 東京大学大学院経済学研究科 [email protected] 印刷版 ISSN 1348-5504

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観性の問題、データ収集・分析過程における厳密性の欠如などの課題が多いことが挙げら れる (Bengtsson, Elg, & Lind, 1997)。

一方で Bartunek, Rynes, and Ireland (2006) が「経営学の興味深い論文」というテーマで Academy of Management Journal の編集委員を対象にアンケート調査を行った結果、最も興 味深い論文として選出されたのは、ケース・スタディを使った Dutton and Dukerich (1991) の論文であった。また Sutton and Raphaeli (1988) などその他の多くの論文もケース・ス タディを使っていた。さらに国際ビジネス(IB)と国際経営(IM)の研究領域における 国際ジャーナルトップ 4 の中で過去 10 年間におけるケース・スタディは最も人気のある 定性的研究方法であった (Piekkari, Welch, & Paavilainen, 2009)。

今日にいたるまでケース・スタディの著書や論文は数多く執筆されてきたが、その中で も引用される文献は限定される傾向にある。Larsson and Löwendahl (1996) は、豊富に存 在する定性研究のどの方法や手法が組織研究者にとって支持、そして実際に使用されてい るかを調査した。彼らは Academy of Management Journal、Journal of Administrative Science Quarterly、Organization Science、Strategic Management Journal を経営学におけるトップ ジャーナルと定義し、その中から 1984 年から 1994 年の間に出版された 12 の定性研究論 文のメタ分析レビュー調査を行った。その結果、これらの研究は、Glaser and Strauss (1967) の The Discovery of Grounded Theory: Strategies for Qualitative Research、Yin (1984) の Case Study Research: Design and Methods そして Eisenhardt (1989a) の Building Theories from Case Study Research の三つの文献を引用することでケース・スタディ研究の正当化 を図っていることが確認された。またこれらの文献の Google Scholar における 2013 年 1 月現在の被引用数も Glaser and Strauss が 47,952 回、Yin が 65,809 回、Eisenhardt 19,646 回 であり、現在も定性的ケース・スタディの文献の中で被引用数が他の代表的なケース・ス タディ方法論を取り扱った文献の被引用数を圧倒している。

実際にこれらの文献を読み比べてみると、それぞれが独立したものではなく相互に関連 していることがわかる。Eisenhardt (1989a)は Glaser and Strauss (1967) や Yin (1984) に依 拠している概念や手法を取り入れており、類似している点が多い。一方で著者が立ってい る研究パラダイム、研究志向、調査の手順などそれぞれ異なっている部分もある。多くの 相違点がある 3 文献だが、ケース・スタディを研究方法として採用している国内外の論文 を読んでいると、3 文献を著者の意図するところと異なった形で引用をしている筆者が多 いことに気付く。例えば、数あるケース・スタディ方法からどのアプローチを基軸として

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選ぶか、またはどの方法論同士を統合して引用するかという基準は研究の志向や調査者の 研究パラダイムにそったものを選ぶべきであるはずであるのに、それを理解せずにか、ま たは単にトップジャーナル論文において頻繁に引用されているという理由からか、これら 3 アプローチを引用することで自らの方法論を正当化しようとしている著者が少なくな い。本稿では 3 文献の相違点を厳密に洗い出し、より深く理解することにより、こういっ た混乱を将来的に防ぐことが目的である。

本稿では、まず定性的ケース・スタディ方法論でも対照的な Glaser and Strauss (1967) と Yin (1984)を紹介、比較分析する。その後、両者の立っている研究パラダイムと研究志 向の違いを説明する。そしてこれら二つの文献を踏まえて執筆された Eisenhardt (1989a) を紹介し、Glaser and Strauss (1967) と Yin (1984) を比較する。3 文献の相違を表にまと め、最後にケース・スタディを行う際、どのアプローチを基軸として選択すればいいのか を議論する。

2 Glaser and Strauss (1967) と Yin (1984) の紹介

2.1 Glaser and Strauss (1967)1

本書は 1967 年に Barney G. Glaser と Anselm L. Strauss によって執筆された。2 人はサン フランシスコにあるカルフォルニア大学で出会い、カルフォルニアの病院で調査を行い、 初めて出版したものに Awareness of Dying (1965) がある。その調査の間に判明した、既存 の方法論の疑問に応える形で執筆したのが The Discovery of Grounded Theory であった。こ の著書が出版された当時は今日にも増して、実証主義が社会科学における主流の研究パラ ダイムであった。このパラダイムにおける方法論としては、先行文献から既存理論の問題 や空白から仮説を設定し、それを実証することで理論を構築するというものである。 Glaser and Strauss (1967) は、この仮説検証型のプロセスは社会学においての基本である といって肯定はしているものの、理論を産出するというもうひとつの側面が二次的になっ ていることへの問題を提起した。彼らは、仮説検証型理論は一方で理論への貢献は大き く、また厳格な調査過程を経ているので追試が可能であるが、他方、理論の実践への適合 性という面でまだ多くの課題を残していることを問題視した。そこで実際に使える理論を 1 翻訳するにあたって、グレイザー・ストラウス (1996) を参考にした。

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どのように産出するかというその過程・方法を提示したのである。 2.2 Yin (1984)2 筆者である Robert K. Yin は、ハーバード大学から歴史学において文学士の学位を、そ して MIT では脳と認知科学で実験心理学の博士号を取得し、現在は社会政策問題を専門 とするコスモス社の社長を務めている。彼はこのケース・スタディの方法論を 1 冊の本 (1984 年 の 著 書 、 現 在 は 第 4 版 (2009) ま で 改 訂 ) に ま と め る 前 の 1981 年 に 、 Administrative Science Quarterly にケース・スタディに関する論文を掲載している。この論 文は、社会心理学者の Matthew B. Miles が 1979 年に同誌に載せた論文に対しての批判と 考察をもとに、ケース・スタディが持つ体系的な研究手法としての価値を再確認してい る。Miles 自身も、長年にわたって主にケース・スタディを行ってきた研究者ではある が、彼の論文では、自ら研究に対する反省も含めて、ケース・スタディの重要な問題点を 指摘した。これに対して、Yin (1984) はノート取りと物語作成の注意点や、表を作成す る際にカテゴリー数に注意が必要なこと、ケース・スタディの結果に対する回答者の反応 などについても触れ非常に細かい指摘まで行っている。この論文が Yin (1984) を 1 冊に まとめるためのきっかけになっている。

3 Glaser and Strauss (1967) と Yin (1984) のコンテンツ比較

本節では 2 著書の内容を 5 側面に焦点をあてて比較する。これらは、①データ収集前の 文献調査と先行理論の必要性、②ケース選択、③データ収集と分析、④調査を完了させる 時期、⑤研究の判断基準である。これは Eisenhardt (1989a) の調査手順 (p. 533) から比 較可能な点を選んだ。⑤の研究の判断基準については、重要な比較点だと思われるので追 加した。 3.1 データ収集前の文献調査と先行理論の必要性 Glaser and Strauss (1967)

グランデッド理論アプローチにおいては、データ収集前に研究問題 (リサーチ・クエス チョン)、仮説、命題を一切設定するべきではないとしている。研究問題は実地調査で

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データを収集している間に必ず出現することになるし、さらに探索していく過程で、命題 や仮説も出現してくるからである。普通の会話から自然と浮かび上がってくる問題こそが グランデッド理論を構築するための重要な情報であり、したがって実地調査の間、情報提 供者にある特定の問題意識や理論や仮説を押し付けてはいけない。 グランデッド理論アプローチを実行するにあたって、読むべき文献が 3 種類ある。それ は、①非専門的な、大衆向けの民俗学の文献、②調査対象に関する専門的な文献、③調査 対象に関連のない専門的な文献である。これらの文献は調査過程において読まれる時期が 異なる。第 1 のタイプの文献は人類学、伝記文学、日記、論評、原稿、記録、レポート、 カタログ等の全く、またはあまり概念等が含まれない、現象がそのまま記述されたもので ある。これらの資料は、継続的に産出されるカテゴリーとカテゴリー属性と比較される データとみなされるべきである。これらの文献はすべての研究過程において読むことが推 奨される。グランデッド理論アプローチにおいて、実地調査前にすべての文献を読んでい けないというわけではない。調査対象に関連のない専門的な文献に関しては、調査者が調 査現場でデータを収集する過程で新しい発見をする感受性 (理論的感受性) を高めること ができるので研究の前に読むべきである。調査対象と関連する文献については実地調査前 には一切読むべきではない。グランデッド理論アプローチの目的は、新しい概念や仮説の 発見であり、研究に関連する既存の理論を読むことで、理論的感受性を鈍らせてしまうか らである。この点について筆者は、「実地調査の最中に問題が発見できるという確固とし た自信がない場合、前もって調査の内容についていろいろと事前に調査してしまおうとい う強い欲求が生じるが、研究者はこの欲求と戦い、何も知らないようにすることを学ぶべ きである」と強調している。グランデッド理論アプローチの目的は、新しい概念や仮説の 発見であり、それらの試験や追試ではないためそれは既存の理論を読むことによって、理 論的感受性を鈍らせてしまうからである。こういった研究に関連する専門書はむしろ産出 された理論が継続的なデータ集め、そして分析を通じて産出された理論が十分に理論的飽 和状態に近づいてきた過程において初めて読み始める。 またデータ収集に関しても、前もってどのようなデータを集めるのか決定しておかない で、収集過程において研究問題が出現したら、それに関連するデータを集めればよい。定 量データか定性データのどちらをまたはその両方を集めるかなどといったことも明確にし ない。

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Yin (1984) データ収集の実施に先立ち理論を開発するべきだと主張している。ここでいう理論は、 アカデミックなものを意味するのではなく、ケース・スタディの中心となる研究者の考 え、や試験される命題やリサーチモデルである。またデータ収集前には厳密な研究設計必 要であるとする立場である。研究設計は研究問題、命題、分析単位、データを命題に結び 付ける論理、そして調査結果の解釈基準から構成される。また Yin (1984) は理論開発の ために研究しようとする対象に関する文献をレビューし、指導教官と研究の意義について 議論するべきとし、さらに研究にかかわる理論の範囲を十分に知っておくべきであるとし ている。 また現地調査の前にケース・スタディ・プロトコルを準備することの重要性を主張して いる。このプロトコルはケース・スタディの信頼性を高めるために重要であり、研究者が ケース・スタディを実施する際の道筋になる。プロトコルには、①ケース・スタディ・プ ロジェクトの概略 (目的と課題、関連文献)、②フィールド手続き (現場へのアプローチ 方法、情報源など)、③ケース・スタディ問題 (データ収集の際に留意しなければならな い問題、データ配列のための表の外形など)、④ケース・スタディ・レポートの指針 (概 要、叙述形式、および文献目録情報とその他の文書の特定) が含まれる。 3.2 ケースの選択

Glaser and Strauss (1967)

理論を発見するための比較集団 (ケース) を選択する際の基準は、論理的関連性であ る。これを Glaser and Strauss (1967) は理論的サンプリングと呼んでいる。これはすでに 調査されたケースとの関連性をもとに次のケースを選択するというものである。理論的サ ンプリングは確率抽出法とは異なり、ケースを深く理解し、そこから理論を産出するのが 目的である。このサンプリング方法ではカテゴリーとカテゴリー属性をできるだけ広範囲 に見つけられるように、またカテゴリー同士やカテゴリーとカテゴリー属性を関連付けら れるようにケースを選ぶ。このケースの選び方は最初のケースの結果をもとに次のケース を選ぶために、データ収集前に計画を立てデータ収集のもとになるケースの数や種類を特 定することはできない。

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Yin (1984) データ収集前の準備段階の最後で行うのがパイロット・ケース・スタディである。その 目的は、演繹された命題群を事前に試験するのではなく、データ収集計画の修正や、調査 設計のための概念を明確化するためである。パイロット・ケースは、利便さ、接近の容易 さ、地理的な近さなどを主な基準として選択する。しかし、データ収集本番において複数 ケースを扱う場合、ケースは追試の論理に従って選ぶ。追試の論理は複数実験で用いられ る論理に類似している。各ケースは、①同じような結果を予測するか (事実の追試) ある いは、②予測できる理由ではあるが対立する結果を生むか (理論の追試)、のいずれかで あるように慎重に選択しなければならない。 3.3 データ収集と分析

Glaser and Strauss (1967)

グランデッド理論アプローチは、実地調査中に〈継続的比較分析法〉を行うことを提示 している。この継続的比較分析法において、オープンコーディングと理論的コーディング の二つの分析が基本になっている。オープンコーディングは継続的比較分析法において始 めに行う分析である。その目的は分析者が実際にデータと適合し (fit)、実際に使える (work)、そして理論へと統合できるカテゴリーとその属性を産出することである。オー プンコーディングにおいて分析者は既存の概念等をまったく考えないところから始める。 調査者が調査の現場に入り、調査対象者に対して自由回答形式のインタビュー、観察等を 行っていく過程で、複数の事象 (インシデント) を発見するに至る。それらの事象同士を 比較することによって、いくつかの事象をひとまとまりのカテゴリーで括ることができる ことに気づく。またある事象は特定のカテゴリーの属性 (諸特性) に分類される。オープ ンコーディングを行う過程でデータの類似点や相違点を比較していきながら、同時に「こ の事象はどのようなカテゴリーやその属性を示しているのであろうか」、という類の質問 を自分に問い続けることが重要である。オープンコーディングは鍵となるカテゴリーを生 み出した時に終わる。次に行うのが理論的コーディングで、その目的はカテゴリー同士 を、またカテゴリーの属性同士を関係付けることである。理論産出の過程においての重要 な手順として理論的メモを書くことがある。メモとは分析者がコーディングの最中にひら めいたコードとその関係性についての考えをまとめた詳細なケース・スタディの記述のこ とである。メモは抽象化や理念化を自然に誘導するのを促す。

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Yin (1984) Yin (1984) は、ケース・スタディの証拠のタイプとして、文章、資料記録、インタ ビュー、直接観察、参与観察、物理的人工物の六つを示し、その収集方法やデータの利用 方法に関する重要な三つの原則を提示した。最初の原則として、複数の証拠源を利用する ことである。つまり二つ以上の源泉から、同じ事実あるいは現象を立証する (三角測量 法)。第 2 の原則は、さまざまな形でデータベースを作成することによってデータを体系 化し管理することである。例えばノート、文章、表資料、叙述などのデータが含まれるが それらを体系化、分類、インデックス化し、後日、研究者が効率よく利用できるようにし なければならない。第 3 の原則として、証拠の連鎖を維持しなければいけない。要する に、ケースレポートにおいて研究の問題からどのような過程を経て結論が導き出されたの かということを、データベースを駆使し、ある記述に対して関連する文章、面接、観察な どの証拠を引用しそれを鎖のように最初から最後の結論の導出までつないでいく。証拠で 示すことで、読者が結論は研究者の主観で導き出されたのではなく、客観的なデータに基 づいて導き出されたと判断できるのである。Yin (1984) は、こうした原則をケース・ス タディ調査に取り入れれば、その質は向上すると強調した。 データ収集を終えたのち、分析に移行する。Yin (1984) はいくつかの主要な (パター ン適合、説明構築、時系列分析)、そして補助的な分析方法 (部分分析単位の分析、反復 観察の実施、ケース・サーベイの実施) を紹介している。調査の過程において、必要に応 じて、手続きや事前に作った計画を変更しても構わない。しかし計画を変更した場合、す でに分析を終わらせたケースによってはじめから再び立証しなくてはいけない。 3.4 実地調査を完了させる時期 Glaser and Strauss (1967)

調査をどのように完了させるかということは、データ収集と分析の継続的な往来をどこ で打ち切るかということともいえる。Glaser and Strauss (1967) は、自分の概念枠組みが 体系的理論を形成し、その理論により研究対象を正確に記述でき、その理論が類似領域を 研究中の他の研究者にとっても利用可能な形で表現されていること。それに加えて自分の 研究成果を自信を持って出版できることへの確信が持てた時、初めて完了したと言って良 いと主張する。調査者が 1 人の場合、自分で研究し体験したことについて自分自身何を 知っているかを理解しているはずである。調査者はフィールドに居続け、慎重に仮説を発

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見、産出しただけでなく、自分が最後に行った分析の価値を骨身にしみて......感じているので ある。 一方で、自分で苦労して獲得した結果を信頼することのできないフィールドワーカーは いやおうなしに科学主義へと向かう誘惑に駆られてしまう。自分を、そして自分の理解力 や論理的能力も信頼していないために、付加的に、質問票やその他、客観的な量的データ 収集・分析の方法に頼ろうとしてしまう。 Yin (1984) ケースの数、及びどのようなケースを選ぶかについては、データ収集前に調査設計のな かに組み込んでしまう。Yin (1984) は、事実の追試、理論の追試の両方を達成するのに ケースの数は 6–10 が妥当な数であると主張している。仮にすべてのケースが予測通り理 論を追試できるとしたら当初の命題群を支持することになる。一方でケースが事前の命題 と対立するようなことがあったならばその命題を調整し、再度最初のケースまたは他の ケースを使って試験しなければいけない。 3.5 研究の判断基準

Glaser and Strauss (1967)

グ ラ ン デ ッ ド 理 論 を 判 断 す る の に は 適 合 性 (fit) 、 有 効 性 (work) 、 関 連 性 (relevance)、修正可能性 (modifiability)、及び節約性 (parsimony) が基準になっている (Glaser, 1992)。適合性とは、カテゴリーが研究されているデータによって示され、容易 にデータが当てはまることを意味している。要するにグランデッド理論アプローチから生 み出された概念が実際に現実に適合するかという判断基準である。有効性は、生み出され たカテゴリー同士の従属関係が説明できることを意味している。関連性は学術的な関心の みではなく、調査参加者 (実務家など) の現実的な関心事を扱うという意味である。修正 可能性とは新しいデータと理論とを比較した際仮に新しい事象を発見した場合に、理論の 修正が可能であるということである。節約性はある事象を説明する際に、使われる概念が 少なければ少ないほど、よい説明であるとする指針からきている。 Yin (1984) 研究を判断する基準として構成概念妥当性、内的妥当性、外的妥当性、信頼性の四つで

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ある。構成概念妥当性は複数の証拠源の利用、証拠の連鎖の確立、また主要な情報提供者 によるケース・スタディ・レポートのレビューによって高める。内的妥当性はパターン適 合の実施、説明構築の実施、または時系列分析を行い高める。外的妥当性は複数ケース・ スタディでの追試の論理の利用で高め、信頼性は調査プロトコルの利用とデータベースを 開発することによって得ることができる。

4 考察

4.1 コンテンツ分析

Glaser and Strauss (1967) と Yin (1984) の大きな違いのひとつとしてデータ収集前の 〈文献の役割〉が挙げられる。グランデッド理論アプローチの場合、データ収集前に理論 的感受性を高めるために研究対象とは関係のない文献のみ読むことを推奨しているが、他 の関連文献調査をほとんど行うべきではないとしている。Yin (1984) の方法において、 データ収集前の関連文献の精読は必須で、その目的は試験される理論を構築することにあ る。彼は実地調査前に理論を勉強したり、命題を特定したりすることを避けるグランデッ ド理論アプローチを「指針がないことはさらに人を惑わせる」、「現地で関連する人とコン タクトを取るには研究領域や理論を理解しないとできない」(Yin, 1984, p. 28) といって批 判しており、ケース・スタディの結果的な目的が理論の開発であれ試験であれ、ケース・ スタディの場合、理論開発は設計段階において不可欠としている。 ケース選択に関して 2 著書は理論的サンプリングを使うといっている点で共通してい る。この抽出法は母集団から無作為に標本を抽出する仮説的検証型の調査と違い、理論的 関連性からサンプルが選ばれる。グランデッド理論アプローチにおいてデータ収集前に試 験される理論、モデル、仮説等は設定しない。最初のケースは研究者のアクセスの良さ、 地理的条件等から集団が選ばれることになる。データ収集の最中に行う探索的な質問や、 観察を行うことで漠然とした仮説が生まれ、さらに調査を継続していくことによってその 仮説は明確なものになっていく。次のケースを選ぶにあたって、その仮説をさらに延長す るように選ぶ。それは新しい概念、そして関係性を探索するようにケースを選ぶことでも ある。第 2 のケースでデータを集める際に、第 1 のケースと同様な概念やパターンを発見 したらそれは仮説の一般化を高めることになるし、新しい事象を発見した場合、仮説をさ らに延長することになる。Yin (1984) においても同じ論理でケースを選択する。Yin

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(1984) は仮説を延長することを理論の追試とし、また同じような結果を予測する場合、 事実の追試とラベル付けを行っている。しかしケースの選択は、データを集める前にすで に決定しておくべきと主張しており、この点は、ひとつ目のケースを行った後に、その分 析結果をもとに次のケースを雪だるま式に選択していくというグランデッド理論アプロー チとは大きく異なっている。

データ収集と分析に関して、Glaser and Strauss (1967) はそれを同時に行う、継続的比 較分析法を主張している。一方で Yin (1984) の場合、最初にデータを集めたのちに分析 を行うという点で、二つの調査の工程は分離しているという点が大きく異なる。またデー タ収集の過程の中で定性データ、定量データのいずれかまたは両方を収集することを確定 していくグランデッド理論とは違い、Yin (1984) のアプローチはそういったことはデー タ収集前に決めておくべきと主張している点も異なっている。しかしフィールドノートを 活用することや、複数のデータ源を使いひとつの現象を複数の側面から実証するという手 法は共通している。

実地調査を終了する時期に関して、Glaser and Strauss (1967) の場合、理論的飽和に達 したことを確信した時に、実地調査を終了させると主張し、ケース数を明確に示していな い。Yin (1984) の場合は、最少 6 ケース、最多 10 ケースが適当だとしている。Yin (1984) のアプローチは、理論的飽和に至るまでデータを集めるのではなく、追試論理に 従い、研究設計の中にケース数を事前に設定しておく。Glaser and Strauss (1967) は理論 的飽和は必ず起こるといっているが、それがいつ起こるとは明示していない。多くの研究 プロジェクトや修士課程や博士課程の学生は論文執筆のための期限が設けられており、研 究範囲が確定しない場合は、その期間中に理論的飽和点に達する確証はないので注意が必 要である。 最期に調査の質に関する判断基準であるが、Yin (1984) は、信頼性と妥当性の確保と いう従来の実証主義の判断基準を適用している。Glaser (1992) は、理論産出型アプロー チに対して既存の実証主義の理論試験型の判断基準を適用することを批判し、独自の判断 基準を打ち出している。 4.2 研究パラダイムの違い 同じケース・スタディという枠組みにおいても、内容には大きな違いがある。これと大 きく関連しているのが、研究パラダイムである。Guba and Lincoln (1994) は、現代の社会

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科学において、主に実証主義、ポスト実証主義 (現実批判主義)、批判理論、構成主義の 四つのパラダイムが競合していることを論じた (ポスト実証主義および批判理論にもとづ くケース・スタディは、本稿では紙幅の都合から扱いきれない。この点に興味がある読者 は、Welch, Piekkari, Plakoyiannaki, and Paavilainen-Mäntymäki (2011) を参照のこと)。Guba and Lincoln はパラダイムを「究極的な、あるいは第一義的な原理を扱う基本的な信念体 系 (Guba & Lincoln, 1994, p. 107)」として位置づけている。実証主義は、数学、物理、化 学等の公式な言説の中で 400 年近く支配していたパラダイムで、演繹的に導かれた仮説を 実証することに重点が置かれてきた。しかし、近年この視座は、特に社会科学の領域にお いて強い批判を受けることとなる。例えば、一般化された、つまり統計的に有意な理論 は、個別のケースに当てはまらないことが往々にしてあるといった批判や、また人間の行 為は、物理的な物体と違い、行為者によって与えられた行為者の活動への意味と目的への 言及なしには理解することができず、定量的なデータからそういった人間の行為の深い洞 察を得ることができないといった批判。あるいは、特定の、そしてアプリオリな仮説を実 証することに焦点があてられているために、新しい理論の発見という重要な側面が見過ご されているといったものである。ポスト実証主義は基本的な信念体系は実証主義において いるものの、こういった限界を議論しつつ批判してきた信念体系である。また Guba and Lincoln のいう批判理論とはネオ・マルキシズム、フェミニズム、唯物論や参加型研究な どを包括し、ポスト構築主義、ポスト近代主義とその混合である。このパラダイムと実証 主義との違いは、主に調査する人の価値観が調査される対象に影響することは避けられな いという認識論的視点にある。最後に構成主義と実証主義との違いは、存在論的視点で、 リアリズムから相対主義への移行にある。

Guba and Lincoln (1994) はこの四つの競合するパラダイムを存在論、認識論、方法論に 関連する根本的な質問をなげかけることによって分類可能であるとしている。存在論に関 する質問は「現実というものの形と本質は何か」そこから、「そこにあるものの何を知る ことができるのか」が含まれる。認識論に関する質問は、「主体と客体の関係の本質はな にか」である。また方法論に関する質問は、「調査者が信じている調査対象をどのように 見つけることができるのか」である。 • 実証主義の存在論的仮定は、素朴存在論 (naïve realism) である。不変の自然の法則 や、メカニズムなどを捉えることができる現実は存在し、物事の在り方に関する知識 は、時間や環境に縛られない一般化された形をとる。またそれは因果関係という形を

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とることもある。 • 認識論的仮定に関しては、実証主義者は二元論者、または客観主義者であり、つまり 調査者と調査される対象は独立している。両者はお互いに影響されることなく、調査 を進めることができる。そして、追試可能な調査結果は、「真実」である。 • 方法論的仮定は、実験と操作が基軸で、研究の質問や、仮説は命題という形で提示さ れ、実証されなければいけない。また交絡条件は結果に影響するのを防ぐために慎重 に操作されなければいけない。 • ポスト実証主義の存在論的仮定は、現実は存在しているが、それは人間の知的メカニ ズムの欠陥と現象の根本の相互作用により、不完全にのみ理解可能というものであ る。このパラダイムにおける存在論は、現実をより強固にとらえるために、現実はで きるだけ広く批判される対象でなければいけないという支持者の主張から批判実在主 義 (critical realism) と呼ばれる。 • 認識論的仮定は、客観性は追究すべき理想であるが、それを維持するのは困難である というものである。追試可能な調査結果は常に反証、論破される対象で、論破される までは真実であるという意味で「おそらく真実」である。 • 方法論的仮定は、批判的多面評価方法に重点が置かれる。これは仮説を実証するので はなく、むしろ既存理論を論破することに焦点が置かれている。実証主義への批判を 受けたこのパラダイムの支持者は、状況データを集めたり、理論の発見をしたりとい う側面も時には再導入し、それには定性技術が使われることが多い。 • 批判理論の存在論的仮定は、現実は捉えることができるという考えである。しかしそ れは可塑的で、時とともに、社会、政治、文化、経済、民族、そしてジェンダー要因 の集合体によって形作られ、結晶化した一連の構造物を現時点において、(不適当で はあるが) 現実 .. とする。それを実用的な目的から、それらの構造物を現実といってい るだけであって仮想の、または歴史的な現実である。 • 認識論的仮定は、調査者と調査対象は、調査者の価値観によって影響されることによ り相互に関連しあい、調査結果に影響することは避けられない。従って調査の結果は 価値観を仲介している。

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• 方法論的仮定は、相互作用が特徴であるために調査者と調査対象との間にダイアロー グが必要になる。 • 構成主義の存在論的仮定は、相対主義であり、現実は複数あり、目に見えない精神的 構成物で、社会的、経験主義的、局所的、具体的であり、そして個人や集団の内容や 形に依存した構成物である。構成物は絶対的な「真実」ということではないが、実に 詳しい情報に基づいており、そして精巧なものである。 • 認識論的仮定は相互作用的で主観主義である。調査者と研究対象は相互に関連してい るので結果は調査が進むにつれて構築されていく。 • 方法論的仮定は、解釈的で対話型である。社会構成物は変化しやすく、精神的な特性 のために、構成物は調査者と回答者の相互作用によってのみ表面化し、精緻化してい くことを示唆する。これらのさまざまな構成物は従来の解釈学的技術を使って解釈さ れ、弁証法的交換によって比較される。

Glaser and Strauss (1967) のグランデッド理論アプローチは、アプリオリな仮説を提示 しないことや、厳密な調査手順を追っていないことから追試が不可能な点、また対話型の データ収集方法を取ることから構成主義と認識されることが多い (Mills, Bonner, & Francis, 2006)。 一方で Yin (1984) の場合、従来の仮説検証型の手順、つまり調査領域の文献を精読 し、既存の理論の問題や研究の不足部分を探索し、それを埋めるような試験可能な仮説や その集合体である研究モデルを設定する。その後、データ収集と分析を行い、結果と他の 先行研究との比較と考察、そして新しい理論や強化された仮説を提示するというものであ る。調査の質の評価も、伝統的な信頼性と妥当性の確保を目指しており、そのために厳密 な調査プロトコルを準備し、そのあと追試が可能になるといった複数実験の方法を取り入 れている。こういった面から Yin は実証主義者であることが読み取れる。事実 Platt (1992) は、ケース・スタディ方法が単なる参与観察と同義語ではなくなったと実証主義 の厳密さをケース・スタディに取り入れた Yin (1984) の功績を讃えている。 4.3 理論検証と理論産出型研究 2 文献は研究パラダイム以外に研究志向にも大きな違いがある。研究には主に理論検証

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志 向 と 理 論 産 出 志 向 の 二 つ が あ る (Colquitt & Zapata-Phelan, 2007; Verschuren & Doorewaard, 1999)。理論検証志向の調査は、仮説構築を行い、それからその仮説を観察に よって試験するという仮説演繹法のプロセスである (Popper, 1965)。もうひとつに理論産 出志向があり、これは観察から入り、帰納的推理を行い理論を産出するというプロセスに なる (Chalmers, 1999)。二つの志向の違いは理論検証型の調査の場合、仮説を採択するか 棄却するかに焦点がおかれ、そうすることで現象を説明する、または予測することに役立 つ。理論産出の場合、観察から得られた事実から新規性のある理論や仮説を導出すること に焦点がおかれる (Ghauri, Gronhaug, & Kristianslund, 1995)。この分類から二つのアプ ローチを見てみると、Yin (1984) は、理論構築についても語っているが、議論の重点は 理論検証に向けられている。一方でグランデッド理論はデータ収集と分析を反復するプロ セスを経て、行為者が解釈している現実についての理論を産出する理論産出型志向であ る。コンテンツ分析で判明したグランデッド理論と Yin (1984) のアプローチの違いはこ ういった研究志向の違いから生じている。

5 Eisenhardt (1989a) の紹介

この項において三つ目のアプローチである Eisenhardt (1989a) のアプローチを紹介し、 その後の節で Glaser and Strauss (1967) と Yin (1984) との比較を行う。

5.1 Eisenhardt (1989a).

“Building theories from case study research” は、Eisenhardt (1989a) の方法論の端緒となる 論文であり、1989 年 10 月に Academy of Management Review に掲載された。この直前に は、Eisenhardt and Bourgeois (1988) や Eisenhardt (1989b) を書いている。これらの研究 は、Yin (1984) が提唱した追試の論理にもとづく複数ケースの研究デザインと、Glaser and Strauss (1967) が提唱した理論的サンプリングにもとづくケース選択という二つのア プローチを採用していた。その上で、複数のケースから仮説を導出し、それを各ケースに 立ち返って現実と適合性を確かめることを繰り返し、既存研究と比較することにより、構 築する仮説を精緻化させるという手法をとっていた。この研究手法を説明したものが、 Eisenhardt (1989a) であるといえる。そのため、方法論の系譜の中で捉えると、Eisenhardt (1989a) は、Glaser and Strauss (1967) と Yin (1984) が提唱した概念を取り入れたものと

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なっていた。 Eisenhardt (1989a) は、既存の方法論が質的データ、論理の演繹、ケース・スタディを 混同していることが問題であると考えた。加えて、ケースから論理を導出するプロセスと 先行研究の役割について、ケースからの理論構築のプロセスの中で明確にされていないと 主張した。それは以下の違いである。 第 1 に、ケース・スタディにもとづいた理論構築を行うための具体的なプロセスを示す こととした。従来の質的手法、ケース・スタディの設計、グラウンデッド理論構築を統合 し、アプリオリな構成概念の特定、複数の研究者による単一ケースないし複数のケース間 の分析と三角測量法、既存研究の役割を拡張することを提唱した。 第 2 に、社会科学の研究という広い領域の中にケース・スタディにもとづく理論構築を 位置付けた。そこでは、ケース・スタディにもとづく理論構築の長所と短所、代替的なア プローチが可能になる条件、ケース・スタディによる理論構築という研究を評価するため のガイドラインを提示した。

6 Eisenhardt (1989a) のコンテンツ分析

6.1 データ収集前の文献調査と先行理論の必要性 データ収集に入る前に大まかな研究問題を明確にしておくべきである。ある程度調査の 焦点を絞っておかないと、膨大な定性データに埋もれてしまい、そのなかから理論を発見 することが困難になってしまうからである。データ収集前に特定のいくつかの構成概念を 限定しておくことは理論産出研究において、理論の初期設計をするのに役に立つ。理論産 出研究においてこうして特定のいくつかの構成概念を実地調査前に準備しておくことは今 までの理論創造研究においてはあまりなじみがない。しかし、このように事前に研究問題 を明確にすることによって、どんな構成概念を測定するのか、あるいはどのようなデータ を集めるのかをはっきりさせることができる。 調査の早い段階で研究問題や、構成概念を特定しておくことは理論産出に向けて有効で あるが、このタイプの研究においては、こうした研究問題や構成概念は常に仮のものであ り、調査の最中に変化していくこともあることを常に念頭に置いておく。 もっとも重要なことは、理論産出研究は模索する理論や試験する仮説を限りなく考えな いようにすることである。もちろん我々は頭の中に蓄積された理論がすでに存在してお

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り、真っ白な状態を作るのは不可能ではあるが、理想的にはこの状態を目指すべきであ る。それはそういった状態を目指すことで、実地調査中の発見が既存理論や命題に汚染 .. さ れることを避けることができるからである。研究者は研究問題といくつかの重要な変数を 文献から特定することは重要だが、変数同士の関係性を考えることは特に調査過程の初期 段階においてはできるだけ避ける。 6.2 ケースの選択 ケースの選択はケース・スタディから理論産出を行うのに重要なポイントである。仮説 検証型の研究であれば、ケースは統計的な理由から選ばれる。この場合、無関係の要因を 排除したり、一般化可能性の限界を認識したりするために、サンプル数は重要となる。し かし、理論産出型研究においてケースは統計的な理由ではなく理論的な理由から選択され る (理論的サンプリング)。ケースは意図的に、データから出現した理論を発展させるよ うに、そして前のケースを再現するように選ばれる。 6.3 データ収集と分析 理論産出を行う研究の場合、インタビュー、観察、史料など複数の方法を組み合わせて 使うことが一般的である。ただし、帰納的アプローチによって研究する場合は、ひとつの 方法に依拠することもある。ここで特筆すべきは、定性データと定量データを合わせて利 用できる点である。これにはいくつかのメリットが見いだせる。例えば、定性データと定 量データを組み合わせることによる相乗効果が期待できる。また定量データによって、研 究者が明確でなかった相関関係を示すことができたり、定量データによって、研究者が鮮 明な情報に惑わされて、誤った印象を持ってしまうことを避けることができる。定量デー タは、定性データと組み合わせることによってさらに結果を補強することになる。定性 データは、定量データの中で出現した論理的根拠、ないし理論が背後にある関係を理解す るのに役に立つ。あるいは、定性データは、定量データによって強化される理論を直接的 に示唆することもある。 複数の研究者が調査に参加することは特筆すべき点である。複数の研究者が参加するこ とには二つの利点があり、まず研究の創造力を高めることができる。チーム構成員は洞察 力を補完しあうことができ、それはデータを豊かにする。そして、それぞれの異なる視点 があることにより、データに埋もれている新しい発見を文章化する可能性を高めることが

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できる。次に、複数の研究者による観察をまとめることは、発見物の信頼性を高める。研 究チームを複数作ることができれば、例えば現場に行くチームと、行かないチームに分け る研究戦略が考えられる。それにより、現場に行かなかったチームの研究者は、情報提供 者や、現場の詳細な情報を知らないため、証拠に対してより抽象的な考察を行うことがで きる。このように、複数の研究者がいることによって、より客観的な分析を行なうことが 可能になる。 ケース・スタディによる理論産出研究の特徴的な点は、データ分析とデータ収集がオー バーラップし、また反復されることである。そのためには、フィールドノートが重要な役 割を果たす。フィールドノートは、調査における観察と分析を同時に進めた上で、何が起 こっているのかを記述したコメントの流れである。フィールドノートのポイントは、第 1 に目前の出来事をすぐに書き留めておくことである。その現象が重要かどうかを判断する 前に書くことが重要である。第 2 に、自分自身に対する問いを書いておくことである。 「自分は何を学んでいるのだろうか」、「このケースは、前のケースと比べて何が違うの か」といったことを自分に問うことによって、考察を促すことができる。 ケース・スタディには、上記のようにしてデータ収集とデータ分析を同時に進めること により、途中で新しいアイデアが生まれたら、データ収集方針を変えられるという柔軟性 がある。この柔軟性は、ケースの特殊性や、理論を改善できる新たなテーマを活かすため である。あるいは、途中で追加的な調整も可能となる。すなわち、追加の質問をインタ ビュープロトコルやアンケートに加えることができる。これにより、新しく出現してきた テーマの探求や、新しいデータ源の追加を可能にする。 調査の途中でデータ収集の方法を変えたり、追加したりすることも可能である。なぜな ら、研究者は各ケースの理解を深めようとするものであり、理論産出の目的は、観察を ベースとした統計的要約を作ることではないからである。ただし、調査をシステマチック に行う必要がないというわけではない。ここで言う柔軟性は、特定のケースの特殊性を活 かしたり、新しいテーマの出現により結果的に生み出される理論をより良くしたりするた めのものである。したがって、この柔軟性は、統制された機会主義であると言える。 Eisenhardt (1989a) では、この後のステップとして、個別ケース内の分析と複数のケー ス間の比較から理論を導出し、その理論を既存研究とくり返し比較することを述べてい る。これにより、生み出される理論の内的妥当性、一般化可能性を高めることができると している。

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6.4 実地調査を完了させる時期 Eisenhardt (1989a) は、研究を終えるにあたり、二つ考慮すべきことがあると指摘して いる。ひとつは、いつケースの追加をやめるのかということである。これは、理想的には 理論的な飽和状態に達したらやめるべきである。理論的な飽和状態とは、調査済みのもの とは異なるバリエーションの事象がなくなり、いくら新しい調査をしても新しい発見がな くなる状態である。しかし、現実的には、時間やコストによってケースの追加をやめるこ ともある。事前にケース数を決めることは一般的に困難だが、通常 4–10 ケース程度が妥 当である。 もうひとつ考慮すべきことは、理論とデータの間の反復をいつやめるかということであ る。これもやはり、理論的な飽和状態になったらやめるべきである。新たに理論とデータ の間の繰り返しをしても、新しい発見がなくなったらやめる。 6.5 研究の判断基準 研究の判断基準は構成概念妥当性、内的妥当性、および外的妥当性である。一方で信頼 性に関しては、仮説検証型の調査には適しているが、理論産出型の調査には適さない。こ れに代わる判断基準として、新しい理論か、フレームブレーキングな洞察を提示すること が良い理論創造の研究としている。構成概念妥当性を高めるには各構成概念の証拠の集計 を反復することによって行う。また内的妥当性はなぜ概念と概念は関係があるのかという 関係性の背後にある理由を探すことで高められる。外的妥当性は特定の比較集団を選択す ること、理論と関連する文献と比較することによって高めることができる。 それ以外にケース・スタディによる理論構築を行う研究は、以下によって評価される。 • 良い理論を生み出せたか。良い理論とは、節約的であり、検証可能で、論理的に首尾 一貫した理論である。強力な理論構築研究によって、良い理論が生み出されるとすれ ば、それは研究の初期ではなく、最後の段階である。 • 手法が強力であるか。証拠が理論を裏付けているか。慎重に分析手順を踏んだか。証 拠は理論を支持するものであるか。対抗する説明を棄却できたか。こうしたことか ら、サンプルやデータ収集手順、分析に関する情報を示す必要がある。 • その研究が、新しい見方をもたらしているか。理論構築のためのケース・スタディ

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が、単に既存の理論の追試に終わってしまってはならない。ケース・スタディによる 理論構築の強みは、生み出された理論が新規性、検証可能性、実証的妥当性を持つ可 能性があることだが、それは、実証的な証拠との密接な結びつきがあることによる。 そうした強みと、既存研究ないし過去の実証的な観察からの独立性があるため、特に 新しい研究分野や既存理論では不十分な研究分野にこのアプローチは適している。多 くの実証研究は、理論からデータへと (単線的に) つながっているが、知識の蓄積は データと理論の連続的な繰り返しを伴うものである。

7 考察

グランデッド理論アプローチは、先行文献調査もせず、空白の状態でデータ収集を始め るというが、頻繁にある批判は、すべての調査者は既存の考えや仮説を持ってしまってお り、頭の中を真っ白な状態にするのは現実的に不可能であるという点である。また企業研 究の場合、基礎知識なしで企業への調査依頼をすることや、回答者から重要な問題を聞き 出すことは困難であろうし、指針もなく、闇雲にデータを集めた結果、大量の情報に埋も れてその中からパターンを見つけられないリスクもある。こういった欠点を指摘したうえ で、Yin (1984) は、データ収集前に理論的枠組みを作り、また厳密な研究を設計するこ とによってそういったリスクを回避できると主張した。しかしこの場合、グランデッド理 論アプローチの短所が補われる一方で、長所である、新しい理論の発見や、既存の理論の ブレークスルーが起こる確率は低くなってしまう。ここで両アプローチの良いところをバ ランスよく取り入れたのが Eisenhardt (1989a) である。このアプローチは、グランデッド 理論アプローチのように真っ白な状態が望ましいが、それは現実的でないことを認識し、 文献をデータ収集前に多少は読むべきであり、概念同士の関係性は考えないものの、関連 する変数のリストくらいは作成しておくべきであると主張している。 ケースの選び方に関して、Eisenhardt (1989a) においても理論的サンプリングを採用し ている。しかし Yin (1984) とは異なり、ケースはデータ収集前に決定しておくのではな く、ケースの分析結果を踏まえて次に続くケースを選んでいく。この点では Glaser and Strauss (1967) のケース選択の手法と共通しているといってよい。またフィールドノート の活用と、三角測量法で構成概念妥当性を高めることは、Yin (1984) と Glaser and Strauss (1967) と共通している。

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Eisenhardt (1989a) は、Glaser and Strauss (1967) 及び Yin (1984) と同じく理論的飽和 の概念を使っているが、その数に関して 4–10 ケースが適当な数だとしている。Eisenhardt はこれ以下だと理論の一般化に乏しかったり、飽和が起こりにくかったりするし、これ以 上だと、データ分析が困難になるといっている。しかし、この数は飽和が起こるであろう という目安でしかなく、理論的飽和に至るまでケースを増やし続けるのがいいことなのは 言うまでもない。しかしあえて Eisenhardt (1989a) がケースの数を限定したのは、大体そ の範囲で理論的飽和が起こるように調査の範囲を限定するべきという示唆であるとも解釈 できる。さらにデータ収集の最中に、試験される命題、調査の方向性、手順などの調整に 関して、Yin (1984) と Eisenhardt (1989a) の両アプローチともすることは可能だが、3

若 干の違いがある。Eisenhardt (1989a) の場合、調査の途中でプロトコルを変更し、そこか ら理論的飽和に達するまで、ケースの数を増やしていく。しかし Yin (1984) も調査の途 中で状況に応じて命題や、研究手順や計画を変更してもよいが、その際、変更した命題を それまでに終わらせたケースで再度立証しなおさなければならない。 研究の質を図る基準として Eisenhardt (1989a) は実証主義の判断基準を取り入れている が、一方で信頼性に関しては理論産出型の調査においては適しないと主張し、Glaser and Strauss (1967) は適合性や、節約性に加えて一貫性や新規性などを理論の質をはかる基準 として取り入れている。

8 Eisenhardt (1989a) の研究パラダイム

Eisenhardt (1989a) は、Glaser and Strauss (1967) の調査手順に非常に類似しているもの の、最初の手順で先行文献調査をし、研究問題と関連変数のリストを実地調査前に用意し ておくことの必要性を主張している。それ以降の手順は、Glaser and Strauss (1967) を踏 襲している。構成主義者の Glaser and Strauss (1967) の手法と実証主義者の Yin (1984) の 論理の両方を受け入れている Eisenhardt (1989a) であるが、自分は実証主義者であると明 確に提示している。Eisenhardt (1989a) は、ケース・スタディの結果は飽くまでも将来よ り大きなサンプルでさらに試験されるべきである命題もしくは仮説であるといっており、 3 複数ケースによる研究を主眼に置いた Eisenhardt (1989b) に反論する形で、単一ケースによる研 究の優位性を主張する Dyer and Wilkins (1991) がある。この反論に対して、Eisenhardt (1991) はさらに反論を行っている。詳しくは佐藤 (2009) を参照。

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この点は、調査から産出されたものは理論であるとする Glaser and Strauss (1967) とは違 う実証主義らしい立場であるといえる。また、従来の妥当性の確保を目指しているという 点からも実証主義者的である。Yin (1984) と Eisenhardt (1989a) の 2 人は実証主義のパラ ダ イ ム に 立 っ て い な が ら 定 性 的 な デ ー タ を 重 要 視 し て い る 点 で 定 性 的 実 証 主 義 (qualitative positivist) と呼ばれている (Prasad & Prasad, 2002)。

9 Eisenhardt (1989a) の研究志向

Eisenhardt (1989a) の研究志向は論文のタイトルにもあるように、理論産出型である。調 査の手順を見ても、先行文献調査から変数のリストを作るが、検証するべき仮説やモデル は事前に用意しておかないことで、新しい理論を産出するための余地を残している。一方 で同じ理論産出型のグランデット理論アプローチと異なるのは、グランデッド理論は調査 結果は仮説検証型の調査結果と同じような理論であるとしているが、Eisenhardt (1989a) の場合、経験的観察とケース・スタディから産出された結果は飽くまでも将来さらに大き なサンプルで検証されるべき仮説としているという点である。Eisenhardt (1989a) のアプ ローチは検証された仮説は、その後さらに経験的観察からさらに修正され新たな仮説とし てさらに試験されるというサイクルによって理論が精緻化されていくプロセスをたどる (図 1 参照)。 図 1 Eisenhardt の実証主義サイクル 理論 経験的観察 仮説検証 ケース・スタディ 帰納的理論構築 理論検証

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表 1 3 アプローチ比較のまとめ

Glaser and Strauss (1967) Yin (1984) Eisenhardt (1989a) 研 究 パ ラ ダイム 構成主義 定性的実証主義 定性的実証主義 研究志向 理論産出 理論構築についても語って いるが、議論の重点は理論 検証に向けられている。 理論産出 デ ー タ 収 集 前 の 文 献 調 査 と 先 行 理 論 の必要性  調 査 の 内 容 に 関 す る 文献は理論的感受性 を鈍らせてしまうために 読まないほうが良い。し かし、調査と関係のな い文献は理論的感受 性を高めるため読む。  研究問題・命題。仮説 等は実地調査の最中 にデータを集め継続的 に分析することから出 現する。これらはデー タ 収 集 の 前 に 一 切 設 定するべきではない。  既存文献調査から理論 をもってデータ収集を始 める。そのための綿密な 関連分野の文献調査を する必要がある。  データ収集前には研究 設計(研究問題、命題、 分析単位、データを命題 に結び付ける論理、そし て発見物の解釈基準)を 用意しておかなければい けない。  構成概念を特定するため に関連分野の文献を調査 する  研究問題と構成概念のリス トを作成するが、概念同士 の関係を考えるのは避ける べきである。 ケ ー ス 選 択 カテゴリーまたは、カテゴ リー属性を可能な限り多 く、広範囲にわたって産 出 す る よ う に ケ ー ス を 選 ぶ。 データ収集前に設定した理 論を支持するか否かの結 果を得られるようにケース 選ぶ(追試の論理)。  前のケースを再現するため に、またデータから現出し つつある理論を延長させる ように、あるいは理論的カ テゴリーを埋めるために対 極にある例になるように選 ぶ。 デ ー タ 収 集と分析 継続的比較分析法  データ収集と分析は分離  複数の情報源の利用  調査の過程において、不 測な事象が起こった場合 に、手続きや事前に作っ た計画を変更しても構わ ない。しかし計画を変更 した場合、すでに分析を 終わらせたケースを再度 立 証 し な く て は い け な い。  継続的比較分析法  フィールドノートの活用  実地調査中にデータ収集 方法やインタビュープロト コルを変えたりすることは 可能。  複数の情報源の利用  定性・定量データの併用  複数の研究員の利用 調 査 を 終 える時期 理論的飽和を達成するま で継続的比較法をつづけ る。 6–10 ケースが適当。ケース の数はデータ収集前に先 立ち調査設計で決める。 4–10 ケースが適当な数だが ケースの数はデータ収集前 に定めず基本的には、理論 的飽和状態に至るまで続け る。 研 究 の 判 断基準 適 合 性 , 有 効 性 , 関 連 性, 修正可能性、節約性 構成概念妥当性、内的妥 当性、外的妥当性、信頼性 構成概念妥当性、内的妥当 性、外的妥当性、新規性、検 証可能性、節約性、適合性 出所) 筆者作成

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10 どのアプローチを選ぶか

研究者がどのケース・スタディアプローチを基軸として選ぶかという問いに関して、研 究パラダイムとは第一義的な信念体系であることから、まず自分の立ち位置を考えたうえ で、それに即したアプローチを選ぶのが自然といえる。毎回の調査のたびに恣意的にアプ ローチを変えているのであれば研究者としての自分の立ち位置が定まっていないというこ とになるので注意が必要である。研究パラダイムに加えてアプローチ選択のもうひとつの 大きな判断基準は、調査者が理論産出を目的にするのか、あるいは検証を目的にするかの 違いである。本稿が焦点にしている三つのアプローチに限定していうと、理論産出が目的 だと Eisenhardt (1989a) か Glaser and Strauss (1967) のアプローチで、理論検証を目的に するならば Yin (1984) のアプローチになる。 さらに、どのアプローチを選ぶかという問いに対して、3 文献の長所と短所を比較し検 討することも重要である。グランデッド理論アプローチは、あえて先行文献調査を行わな いで、理論的感受性を高めた状態で現地調査を開始する。そのために、データから産出さ れた理論は、現実に適合し、また有効な新しい理論を産出、または既存理論を大きくブ レークスルーできる可能性も高い。しかし先行文献調査を行わず、基礎知識もなく調査に 入るというその手法は、研究者、特に経験のない修士や博士課程の学生などは、実地調査 を終えた後、あまりに膨大な定性データを処理できずに溺れてしまうリスクが付きまと う。グランデッド理論アプローチは、斬新な理論の発見ができるという大きな長所がある 一方で、集めた膨大な情報の処理が困難であるという短所があり、ハイリスク・ハイリ ターンなアプローチであることを理解しなければいけない。またグランデッド理論アプ ローチは、一見容易そうに見えるが、データを解釈していくプロセスにおいてデータの中 の暗黙的な要素や意味を読みとる必要があり、それは調査者の経験や、感受性への依存度 が大きく非常に難しいプロセスであることも忘れてはいけない (Suddaby, 2006)。 それと対照的なのは、Yin (1984) である。文献調査をデータ収集前に求められ、仮説を 立て、調査プロトコルを使ってデータを集め分析、そして検証していくという手法は、あ る程度の計画性に基づいて研究を進めていくため、グランデッド理論アプローチのように 研究者が情報の海におぼれてしまうリスクは低いといえるであろう。しかし既存理論から 実証される理論や命題群を演繹するために、既存の枠組みを大きくブレークスルーしたり

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する理論を発見する確率は低い。

研究関連領域の文献を読み、変数のリストを作り、調査プロトコルも作ってからデータ 集めを開始する Eisenhardt (1989a) のアプローチは、Glaser and Strauss (1967) よりも計画 性が高く、またある程度範囲を決めてから手順に沿ってデータを集めていくために情報の 海におぼれてしまうリスクも少ない。研究領域に関する文献を調査してしまっているため に、Glaser and Strauss (1967) の言うところの新しい理論を発見するための理論的感受性 はある程度汚染されてしまっているが、因果関係まで特定した命題群とは違い、用意する のは変数のリスト程度なので、何か新しい理論を発見する余地は十分に残されていると いってよい。 三つのアプローチに関してどのアプローチが良いまたは悪いということではない。しか し調査経験が少なく、自分がどのパラダイムに立っているかまだ理解していない、そして 理論的感受性がまだ十分に育っていない研究初級者、例えば修士課程、または博士課程の 学生等に限っていうと、厳密な調査計画を組んでからデータ収集を行う Yin (1984) のア プローチを選択するのが無難かと思われる。また調査プロジェクトの期間が限られている ものに関して、データ収集と分析を終了する時期の基準に理論的飽和の概念を使用してい るグランデッド理論や Eisenhardt (1989a) アプローチの場合、期間内に十分な飽和が起こ るとは限らないという点も理解しておくほうがいいであろう。この点においても、事前に ケースの数を決めておく Yin (1984) のアプローチのほうが確かである。さらに、北米の 経営学系トップジャーナルは、実証主義の研究パラダイムに傾いているので (Bengtsson et al., 1997)、そういったジャーナルでの出版を目指しているのであれば、やはり実証主義 的な厳密な調査プロセスを追う Yin (1984) のアプローチが良いのかと思われる。非常に 高度なスキルや高い感受性が必要とされるグランデッド理論や、Eisenhardt (1989a) の理 論産出型のアプローチは、例えば学位を取得した論文の副産物として出現した仮説を、そ の後、期限を設けずにさらにケースを使って精緻化していくのが良いのではないだろうか。

11 結論

本稿はケース・スタディ方法論の文献から被引用数が多く、また類似点も多い Glaser and Strauss (1967)、Yin (1984)、Eisenhardt (1989a) の比較を行った。これらの論文は類似 点が多い一方で根本的に異なる点も多いが、それにもかかわらず頻繁に間違った引用をさ

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れていることが、本稿における問題意識であった。本稿において 3 文献の内容を①データ 収集前の文献調査と先行理論の必要性、②ケース選択、③データ収集と分析、④実地調査 を完了させる時期、⑤研究の判断基準という側面に焦点を当てて比較した。その中でデー タ収集前の文献の役割の違いや、理論的サンプリングによるケースの選択、データ収集と 分析を並行して行う継続的比較分析法とデータ収集と分析を分離させる手法の違い、さら には理論的飽和の概念を使ったデータ収集を終わらせる時期、そして研究の質を測るため の判断基準の違いなどを考察した。その後、これらの違いを生じさせた理由として著者た ちがそれぞれ異なる研究パラダイムに立っていることを示し、調査者は自らのパラダイム を明確にし、そこから方法論を選ぶことが自然であることを議論した。また三つのアプ ローチが理論産出を目的にしているかまたは理論検証を目的にしているか分類し、さらに 長所と短所を比較したうえで、研究初級者に限っては厳密な調査計画にのっとり調査を進 めていく Yin のアプローチが一番リスクが少ないことを議論した。Glaser and Strauss (1967)、Yin (1984)、Eisenhardt (1989a) の各アプローチを深く掘り下げた著書、または 論文は数多くあるものの、この著名な 3 文献の細かい比較分析はまだなく、さらにケー ス・スタディ方法論を深く理解するのに役立つものである。 謝辞 本稿を執筆するにあたり、東京大学大学院経済学研究科 新宅純二郎先生、秋池篤氏、カーディ フ大学ビジネススクール 遠藤貴宏先生からは、ご指導とご助言を賜りまし た。また、一橋大学商 学部大学院商学研究科 坪山雄樹先生からは最新のケーススタディに関する貴重な情報と資料の提 供をいただきました。お名前をここに記して、心から感謝の意を表します。 参考文献

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Bengtsson, L., Elg, U., & Lind, J. -I. (1997). Bridging the transatlantic publishing gap: How North American reviewers evaluate European idiographic research. Scandinavian Journal of Management, 13(4), 473–492. Chalmers, A. F. (1999). What is this thing called science? (3rd ed.). St. Lucia, Austraria: University of

表 1  3 アプローチ比較のまとめ

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