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総 説 オレオサイエンス第 17 巻第 3 号 (2017) 117 Copyright C2017 by Japan Oil Chemists Society 酵母リポミセスによるバイオディーゼル燃料用脂質生産を行う意義と研究の現状および微生物脂質生産研究の動向 Meaning and Resea

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酵母リポミセスによるバイオディーゼル燃料用脂質生産を

行う意義と研究の現状および微生物脂質生産研究の動向

Meaning and Research on Lipid Production for Biodiesel Fuel by

Yeast Lipomyces and Trends in Microbial Lipid Production Research

連絡者 :長沼 孝文 E-mail :tnaganuma@yamanashi.ac.jp 論文要旨:化石燃料の使用により二酸化炭素が蓄積され地球温暖化が引き起こされている。二酸化炭素蓄 積抑制の一つとして,植物脂質をエステル化したバイオディーゼル燃料を用いるのが良い。しかし,地球温 暖化が農業に悪影響をおよぼすことから,植物とは異なった培養環境が使える微生物を用いての脂質生産が 必要であると考えた。その研究の主幹をなす,多くの酵母リポミセス菌株と再生可能炭素源を組み合わせた 多数の系から脂質蓄積能力の高い菌株を選抜するスクリーニング実験を,プレート培養した菌の顕微鏡写真 を撮り本菌の形態的特徴である脂肪球の体積を測定して脂質生産能力を調べる簡便・低コストの新たな方法 を用いて行った。選抜された脂質蓄積能力の高い菌は炭素源からの中性脂質変換効率が高く,また弱い破砕 でも脂肪球内の中性脂質の漏出割合が高かった。脂肪球内の脂質の効率良い回収には,脂肪球膜と細胞膜を 破壊する必要があると判断し方法の検討を行った。また,微生物による脂質生産研究の動向についても解説 をする。

長沼 孝文

山梨大学大学院総合研究部・生命環境 (生命工学) 〒 400-8510 山梨県甲府市武田 4-4-37 Takafumi NAGANUMA Graduate School of research

Interdisciplinary, Division of Engineering Faculty of Life and Environmental Sciences (Biotechnology), Yamanashi University

4-4-37 Takeda Kofu, Yamanashi, 400-8510 Japan

柳場 まな

山梨大学大学院医工総合教育部・ 人間環境医工・生命工学 〒 400-8510 山梨県甲府市武田 4-4-37 Mana YANAGIBA

Biotechnology, Human Environment Medical Engineering, Department of education Interdisciplinary Graduate school of Medicine and Engineering, Yamanashi University

4-4-37 Takeda Kofu, Yamanashi, 400-8510 Japan

正木 和夫

岐阜県産業技術センター 〒 501-6064 岐阜県羽島郡笠松町北及 47 Kazuo MASAKI

Industrial Technology Center, Gifu Prefectural Government 47 Kitaoyobi Hashimagun

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1 バイオディーゼル燃料生産の意義 1・1 なぜ我々はバイオ燃料に関する研究を行ってい るのか(Fig.1) 石油が姿を消すのではないのかと危惧されてから結構 な期間が経つが,一向にその気配はみられない。更に石 油代替の化石燃料が次々と名乗りを上げ,化石燃料は潤 沢に供給され続けて止まることを知らない状態である。 しかし,この状況がこれからも続いていく保証は何処に もなく,2050 年に 96 億を突破すると試算されている世 界人口の急激な増加は,石油の潤沢な供給へのマイナス 要因となる。 一方でこの世界人口の急激な増加による化石燃料使用 の増大は,二酸化炭素濃度の上昇を引き起こし地球温暖 化は加速される。COP21 パリ協定では「2 度目標」を 掲げ,温暖化抑制を全世界的に行う条約を定め,批准さ れた。そして,COP22 ではその目標の具体化を目指し た話し合いが行われた。しかし,既にこの時点で 2 度目 標のうちの 1 度は上昇してしまっている。もし,このペー スで二酸化炭素が増え続けると石油は十分供給できる状 態であっても,2 度目標を達成するためには 30 年後に 石油を使うことができなくなってしまうことになる1) このようなツケを次世代に残さないようにするために は,石油では不可能な二酸化炭素回収ができる燃料を作 り出す必要がある。 1・2 ディーゼル燃料に着目した理由 化石資源の中でも内燃機関の燃料として利用できる石 油は重要で,ここから得られる軽油はディーゼルエンジ ンの燃料として使われている。ディーゼルエンジンは構 造上耐用走行距離が 30 万〜100 万 km とガソリン車の 3 倍近くも多く,また点火プラグを持たないことなどの構 造特性からトラブルが少ない。更に燃焼時に発生する熱 量に対して,動力に換算された熱量の比率である熱変換 率(熱効率)が高いので燃費が良く,CO2の発生量もガ ソリンエンジンと比べてかなり少ない2) バイオディーゼル燃料は各種油糧作物から得られる植 物脂質(中性脂質)が利用でき,軽油に含まれてしまう 硫黄や鉛を含まないことは利点である3)。なお,EU で は乗用車にもこの燃料を入れてディーゼルエンジンを動 かし,発生した二酸化炭素を油糧作物経由で植物脂質と して回収するカーボンニュートラルシステムにより,低 炭素社会による地球温暖化抑制に積極的である。 1・3 バイオディーゼル燃料生産をリポミセス酵母で 行う理由 リポミセス酵母は菌体内に脂肪球を形成し,この中に 植物と同じ中性脂質を蓄積する(Fig. 2)。この脂肪球は 生体膜で囲まれていることから細胞内小器官の一種であ ると考えられる。脂肪球膜は比較的強固であり,そのこ とが脂肪球内に蓄積された中性脂質の回収に問題となる ことに関しては後述したい。 中性脂質(主体は triacylglycerol)の脂肪酸組成を Table 1に示した。パルミチン酸とオレイン酸が多く,

Abstract: Accumulation of carbon dioxide by fossil fuel has caused global warming. Biodiesel fuel

by plant lipid esterification is used for inhibiting the carbon dioxide increased. It is necessar y that plant lipid can be obtained with microorganism on different environment from plant, because global warming has a bad influence upon agriculture. A new method for Lipomyces screening of neutral lipid high accumulating ability was performed with many number combinations of renewable carbon sourc-es and strains. The new method for sourc-estimating lipid accumulation ability consists of plate cultursourc-es, mi-crographs and measurements of the volume of lipid globule, which is a morphological feature of

Lipo-myces. Yeast strain of the high accumulating ability has high neutral lipid conversion efficiency and has

leakage ratio of neutral lipid from lipid globule. Methods for breakdown of lipid globule membrane and cell membrane for efficient recovery of lipid globule neutral lipid were examined. Trends in microbial lipid production research are also reviewed.

Key words: biodiesel fuel, screening of Lipomyces, lipid accumulating ability,

neutral lipid in lipid globule, microbial lipid production

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パルミトレイン酸,ステアリン酸,リノール酸が少量含 まれている。この組成は菌株や培養条件によって変化す るが,高度不飽和脂肪酸の存在は通常の脂肪酸分析では 殆ど確認できない程度である。 Table 2に油糧作物とリポミセス酵母の脂質生産性4) を示した。植物はオートトロフであり光合成により有機 物(炭素源)を自給できるが,藻類を除きヘテロトロフ である微生物は生命維持や増殖のための炭素源の供給は 植物に依存する。通常微生物はタンク培養が可能なので, 気候風土の影響を受けないので物質の安定生産ができ, 容積として使えるため植物のように広い面積は必要な い。例えば 1 ha の土地に 1 cm の培地を張った状態を容 積に見立てれば 10 kL となる。実際の培養時にはワーキ ングボリューム 60%程度とするので,発酵タンク容積 は 17 kL が必要であり,これは直径 3.3 m,高さ 2 m と なる。そのタンクで最もベーシックな培養条件でグル コース 3%を炭素源としてリポミセスを培養すると 1 週 間で中性脂質 3 g/1 L 培養液となる。この条件で 2 週間 に 1 回,年 24 回の培養を行えば,大豆や菜種の年間収 穫量と同等の脂質生産量を得ることができる。この様に 微生物ではタンク培養が可能であるので,これから益々 増えていく異常気象5)に対しても効果的である。 1・4 油糧作物と脂質酵母リポミセスの光と影 油糧作物にとっての生命線は光合成であり,そのため には広い平面が必要である。通常の場合は光合成にとっ て必要な太陽光は地球上どこでも降り注ぎ,それにより グルコースが生合成されそこから脂質が作られる。但し, 光合成・エネルギー・タンパク質・核酸などの各種代謝 経路上の酵素には無機イオンが必要であり,窒素・リン・ 加里は生体物質構成成分として必要である。そのため, 栽培に際しては肥料を投与するがこの肥料は植物が吸収 するより遙かに多くの量が土壌に残留,流失する。近頃 はメディアの勝手で注目されなくなったが,流出窒素の 環境への悪影響やリン肥料の枯渇問題6)などは解決さ れたわけではない。 作物栽培においては温暖化による気温上昇が急激に なってきたため栽培適地の変動を余儀なくされたり,異 常気象の影響で水不足や日照不足になったり,頻繁にお こる大型台風やハリケーンなどで壊滅的被害を受けるな どのマイナス要因が多い。 一方,リポミセスによる脂質生産においてはその能力 の見極めや取り扱いに関しては専門的な技術が必要であ るが,方法が完成されてしまえば,大きな発酵タンクの 運転や付随する各種操作が少人数でも可能である。一方, 植物に比べ微生物の方が能力発揮に多様性があることや 環境制御によって能力が大きく変動するため,生産と研 究とを並行させることは微生物による脂質生産にとって は重要である。 微生物による植物脂質の生産は,Table 2 に示したよ うなメリットを有していて将来有望であると考えられる が,確かに生産の部分だけを切り取ればそれは問題な い。しかし,太陽光と二酸化炭素から糖がつくられる植 物が持つ機能はリポミセス酵母にはないので,脂質に変 換するための炭素源を供給しなければならないのは,油 糧作物と比べデメリットである。

Fig. 2 Lipomyces starkeyi(中の球が脂肪球)

Table 1 リポミセスの平均的脂肪酸組成(%) パルミチン酸 C16:0 パルミトレイン酸C16:1 ステアリン酸 C18:0 オレイン酸C18:1 リノール酸C18:2 Others 36 5 3 53 2 1 Table 2 油糧作物と酵母(リポミセス)の脂質生産性の比較 脂質収量 油糧作物 大豆 30〜50 (g/m2/年) 出典:バイオマスハンドブック(第 2 版) 菜種 50〜90 ひまわり 50〜80 酵母 リポミセス 72 [g/1 L(m2×水深 0.1 cm)/年] (基礎実験での数値使用)脂質生産量= 3 g/L、培養回数= 2 回 /1 ヶ月

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植物脂質のエステル化で得られた FAME(fatty acid methyl ester)がバイオディーゼル燃料として利用でき るが,この反応ではグリセロールが副生成物として発生 する。廃グリセロールは処理・精製を経てから各種原料 に利用される。一方,脂質生産酵母リポミセスは基質原 料としてグリセロールを利用して脂質を生産できること から,再生可能炭素源の一つとして利用が可能である7) この反応は植物では行われないため再生可能エネルギー 生産におけるリポミセス利用の大きなメリットとなる。 リポミセス酵母培養液から菌体を回収した残りの液に は保水性に富む粘性多糖が含まれているので,土壌改質 材として利用ができる。この酵母は土壌棲息酵母である ので,回収しきれなかった菌体が土壌に混入しても問題 が無く,むしろミミズの餌としての利用価値がある。 リポミセスの菌体(Fig. 2)から脂質を取り出すため には,数 μm しかない脂肪球を相手にしなければならず, 油糧作物の種子から取り出す様なわけにはいかないのは 大きなデメリットである。 2 リポミセス酵母を利用した再可能炭素源からのバイオ ディーゼル燃料用植物脂質取得に関する研究の現状 2・1 実験をどのように進めようとしたか Fig. 3に研究の全体像を示した。目標を達成するため 4 つのパートを設定した。①炭素源は低価値な再生可能 資源を使用する8)。②この炭素源から脂質を活発に生合 成し大量に蓄積する菌株や炭素源を脂質へ変換する効率 が高い菌株を獲得する。③目的とする菌株が得られたな らば,脂質生産にとって最適な培地組成や培養条件を定 める。④菌体が蓄積した中性脂質を低コストで効率良く 回収する。 私達の研究室は,少人数で資金にも縛りがあり遺伝子 改変の技術も皆無であるが,技術的・設備的では微生物 培養に対応できると思っていた。従って今回のテーマに 関しても,①の再生可能資源のうち天然物を対象にして リポミセスの炭素源として利用するための破砕や搾汁な どの処置や保存法の開発と,③の最適な脂質生産のため の培養方法(培地組成,培養条件)に関しては,大きな 問題もなく諸条件の開発ができると考えた。④の菌体中 脂肪球内の蓄積脂質の回収に関しては,ラボレベル実験 で利用できる方法は実証試験における多量の菌体には適 応できないことが,研究後半になって分かった。現在も 決定的方法は見付かっていないが,これまでに得られた 成果を後述する。②の菌株スクリーニングは,リポミセ ス酵母を利用してのバイオディーゼル燃料用脂質生産の 主幹となるテーマであり,脂質蓄積能力の高い菌株の取 得をどのように行うかは極めて重要である。そして,再 生可能資源に対応して脂質を高蓄積する菌株を探すには その資源に適応でき,その状態で脂質生成代謝経路が活 性化されることが必要であるとした。即ちこれは特定の 代謝経路の問題ではなく,菌全体の代謝として捉える必 要があると考えた。このような条件を満足するには地道 ではあるが古くから用いられているスクリーニングとい う手段を使うのが良いと判断した。 2・2 脂質蓄積能力の高い菌株のスクリーニング 2・2・1 プレート培養法の開発 私達の研究室には有り難いことにこれまで先輩諸氏が 集めた 428 菌株(分譲菌:46 株,野外菌:376 株,変異 処理菌:6 株)がストックされている。これに再生可能 資源 12 種類を組み合わせ,さらに 3 段階の培養温度を 組み合わせると約 15,000 通りの実験系列となる。これ Fig. 3 リポミセス酵母を利用した再生可能資源からのバイオディーゼル燃料の生産

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までにも脂質蓄積能力を正確に判定出来る「液体培養- 菌体破壊・脂質漏出-定量」法でスクリーニングを行っ てきたが,労力,時間,経費が掛かる割に少数の菌株し かできなかった。 リポミセス酵母の特徴は菌体内脂肪球を形成すること である。この特徴を活かし Fig. 4 に示すようなスクリー ニング法を開発した。脂質蓄積能力は脂肪球の体積を顕 微鏡観察によって判定すれば良いと考え,顕微鏡観察を 行うだけなら少量の菌体が有れば良いので,再生可能資 源を入れたプレート培地に形成されたコロニーからサン プリングすれば十分である。再生可能資源を入れてプ レート培地を作ると表面がラフになり画線接種が困難な ものがあるため,スポット接種を行うことにした。この 方法を用いれば,1 枚のプレート培地を 6 分割でき 6 菌 株が同時に培養できるため省力化が可能になった。 2・2・2 脂肪球体積の測定 多数のサンプルを顕微鏡下で直接ミクロメーターを用 いて測定するのは,試料数が多くなるとかなり困難な作 業となる。顕微鏡写真を撮影しておき一般的な物差しを 用いて脂肪球直径を測定し,脂肪球体積を算出した。1 枚の写真の中から大きいものと小さいもの同数の菌体を 選びその平均値を算出した。測定個数は 30 個ずつから 順次減らしたところ 6 個ずつで信頼できる数値が得られ た。 この方式は厳密性には欠けるが,多数のサンプルの脂 肪球体積値を簡便に得るには有効であった。プレート培 養法と顕微鏡写真による判定法を用いることで,全ての 保有菌株と 12 種類の再生可能資源および 3 段階の培養 温度を組み合わせた 15,000 系列の実験を完了すること ができた。 脂肪球体積値(μm3)は見かけの脂質蓄積能力であっ て,「液体培養-菌体破壊・脂質漏出-定量」法で得ら れる菌体脂質蓄積量(mg/108cells)で示される真の脂 質蓄積能力への読み替えが必要である。この方法では脂 肪球体積測定より遙かに多い菌体を使うため,液体培養 が必要となる。一定量の菌体をガラスビーズで摩砕して 脂肪球から漏出した中性脂質を TG キット(和光純薬) で測定9)して求めた。 2・2・3 プレート培養と液体培養での環境要因影響の 相違 プレート培養に用いた培地から寒天を除いて液体培養 を行ったが,脂肪球はプレート培養ほど大きくならな かった。実用生産にはタンクを用いた液体培養法を使用 することから,原因の究明を行った。 検討と推察の結果から,Fig. 5 に示すようにプレート 培養と液体培養では菌体を取り巻く環境要因の影響が大 きく異なっていることが考えられた8)。リポミセスは脂 質生合成代謝を得意としているが,その代謝の活性化に は培地構成成分の濃度は低い方が良い10-12)。液体培養 での菌体は設定濃度での培地成分と接触するが,プレー ト培養でのコロニー中の菌体は寒天から浸出してくる設 定より低い濃度の培地成分と接触する。これが,プレー ト培地では脂肪球(菌体脂質蓄積)が大きいのに液体培 地では小さいことの要因であると考えた。 プレート培養 35℃で生育した菌を液体培養する際, 培養温度を下げないと生育しなかった。低い培養温度に おいても温度を上げないと生育しなかった。プレート培 養と液体培養では条件設定を同じにしても,菌体が受け る環境要因からの影響は大きく異なることが分かった。 スクリーニング実験の過程で得られたこれらの知見 は,生物の代謝が環境要因の影響を強く受けることを明 示している。 Fig. 4 プレート培養法による脂肪球の大きさ(見かけの脂 質生産能力)の測定 Fig. 5 プレート培養と液体培養における環境要因の影響の 相違

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2・2・4 見かけの脂質蓄積能力(脂肪球体積)と真の 脂質蓄積能力(菌体脂質蓄積量)との関係 見かけの脂質蓄積能力である脂肪球体積が 46 μm3 上であれば,真の脂質蓄積能力である菌体脂質蓄積量 (mg/108cells)との相関が得られた。これをもとに,脂 質蓄積能力の高い菌株を選抜した。 2・2・5 選抜された脂質蓄積能力の高い菌株 Table 3に各再生可能資源(炭素源)に対応して高い 脂質蓄積能力を発揮する菌株数を示した。スクリーニン グにかけた菌株数は 428 であるので,最も多く選抜され た資源で 5%,少ないもので 0.2%であった。ジャガイ モは米糠の 2.5 倍の菌株数が選抜されたことから,デン プンの性質が影響していることが推定された。一方,ジャ ガイモは食品原料用としてある程度精製されたものを用 いていたが米糠は天然物を使用していたことから,夾雑 物の影響も推定された。セロビオースやキシロースは夾 雑物が殆どない試薬を用いたために選抜株数が多かった が,これらの資源では実際に木材糖化液を使う際に更に 絞り込む必要がある。グリセロールにおいても同様で, 試薬に比べ粗グリセロールを用いると製品によっては選 抜される菌株が極めて少なくなる場合があり,夾雑物の 影響が強く示唆された。キシロオリゴ糖にインデュー サーとしてキシロースを添加したが,木質糖化液中には 両者が混在していることから,実用に際しては問題な い。モモ果汁中にはサッカロースが多く,フルクトース, グルコースも存在する。菌ではカタボライトリプレッ ションが起こり,サッカロースの資化に影響が生じるこ とが考えられるが,ここで選抜された菌株ではこれの影 響が少ないことを予想させる。 2・2・6 選抜された脂質蓄積能力の高い菌株の特性 選抜菌株の一部を用いて液体培養を行い,消費した炭 素源からの中性脂質への変換効率を調べた。脂質蓄積能 力の高い菌株の方が脂質変換効率は高い傾向にあること が分かり,消費された炭素源が脂質生合成代謝経路に多 く流れていることを推定させた。 2・3 菌体中脂肪球内脂質の回収 2・3・1 問題点の把握 Fig. 6にリポミセス酵母の透過型電子顕微鏡写真と, 単離した脂肪球を走査型電子顕微鏡で撮影した写真13) を示した。透過電顕写真から分かることは,脂肪球内の 中性脂質はしっかりとした生体膜中に蓄積されている。 また,走査電顕写真では脂肪球膜が層になって存在して いるように見える。 リン脂質を含む細胞膜や脂肪球膜が存在する状態で有 機溶媒抽出をするとリン脂質も回収されてしまい,エス テル化の際に悪影響をおよぼすことが懸念される。それ を防ぐには,細胞膜と脂肪球膜が破壊され脂肪球内の中 性脂質が漏出されることが求められる。 2・3・2 破壊され易い菌株のスクリーニング Fig. 7は,弱いビーズ摩砕条件での中性脂質漏出と脂 肪球体積の関係を調べたものである。脂肪球体積値(菌 体脂質蓄積量)が高い方が弱い摩砕でも漏出し易いこと が分かった。この結果は,菌体中脂肪球内中性脂質の回 収に苦慮している私達にとって大きな朗報となった。 2・3・3 物理的破壊法 膜破壊方法の検討はランニングコストが安い物理的方 Table 3 脂質生産能力(脂肪球体積値)の高い菌株 炭素源 再生可能資源 菌株数 でんぷん ジャガイモ 10 タピオカ 6 米糠 4 糖(単糖・二糖) セロビオース 23 キシロース 20 モモ果汁 9 (オリゴ糖) キシロオリゴ糖 * 7 ヤーコン 5 グリセロール グリセロール 14 粗グリセロール (A 社) 12 (B 社) 6 (C 社) 1 * インデューサーとしてキシロース 0.05%を添加 Fig. 6 リポミセス酵母とその脂肪球の電子顕微鏡写真 Fig. 7 脂肪球体積の大きさと中性脂質漏出の関係(中性脂 質漏出割合:弱いビーズ摩砕における中性脂質漏出 量/完全なビーズ摩砕における中性脂質漏出量)

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法である高圧ホモジナイザーとガラスビーズ摩砕法につ いて検討した。これらの方法では Fig. 6 に示したような 脂質が詰まった脂肪球が破壊できると想定したが,ホモ ジナイザーではノズルから吐出する際に脂肪球が柔軟性 をもってしまい,多数回処理しても脂肪球膜が破壊され なかった。ガラスビーズ法では漏出した脂質が潤滑油と して働いてしまい,摩砕破壊効率を上げるには薄い濃度 の菌液を使う必要があり,多量の菌体の処理には不向き であることが分かった。 2・3・4 新規破壊装置の開発 Fig. 8にプレパラートのカバーグラスを指で圧迫した 時に菌体から漏出した脂質の状態を示した。圧迫により 明らかな脂質漏出が認められるが,これでは多量の菌体 の取り扱いはできない。この圧迫法と餅つきの杵と臼に ヒントを得た菌体打破装置を考案し開発を試みている。 3 微生物による油脂生産研究の動向 本稿でも示したとおり,近年,酵母をプラットフォー ムとした油脂生産が注目を浴びている。酵母の培養や油 脂を蓄積した細胞の分離の容易さが魅力の一つであろ う。酵母と一言で言っても現在では 1,000 種類以上が知 られており,油脂を蓄積する酵母も本稿で紹介した Lipomyces 属の酵母以外にも複数の酵母が知られてい る。まず,Lipomyces 属酵母であるが,L. starkeyi 以外 にも,L. tetrasporus,L. spencermartinsiae,L. lipofer, L. doorenjongii,L. kononenkoae などが油脂を蓄積す ることが知られている。この中で,どの種が油脂を生産 するかという検討は,我々も過去に行い,油脂生産と種 の関係はある程度見られたが,酵母の培養条件によって その関係性は異なる14)。同種内でも株間の油脂生産能 力の違いは大きいことから,油脂生産に適した菌株の選 定には,まずは,油脂を蓄積する条件を決めることが好 ましいと考えている。油脂生産の原料となる糖類の選定, 培地のその他成分,温度,pH など,培養条件によりそ れぞれ得意とする酵母の株が異なるためである。目的に 合致した菌株のスクリーニングの重要性は本稿でも示し たとおりである。酵母による油脂生産の研究の歴史は, 100 年以上あり,Lipomyces 属酵母についても 1946 年に, L. starkeyi が報告されて以来,油脂生産の研究が行われ ている。とはいえ,油脂酵母を産業利用するための研究 については,まだまだ発展途上の感は否めない。今後の 知識のさらなる蓄積が期待される。ここ数年の間にも, これら Lipomyces 属酵母内での油脂生産能力の比較が 試みられていたり15),さらに広範囲の酵母から高生産 に適した酵母のスクリーニングも報告されており16) 酵母の多様性に潜む産業化の可能性を模索している時代 を反映しているのであろう。さらに,酵母探索に加え, 油脂生産のための酵母育種ということからも,さらなる 飛躍の可能性は十分存在しており,これまでの経験では, 紫外線照射による変異処理により菌体外の粘性の高い菌 体外多糖の生産を抑えることで油脂生産に効果があるこ とを示している17)。厳しい培養環境条件への適応性など, 今後の工業利用についても,これら酵母が持つ潜在能力 をさらに引き出すための育種技術が重要となるだろう。 Lipomyces 属酵母が子嚢菌酵母であるのに対して,担 子菌酵母である Rhodosporidium 属酵母が大量の油脂を 生産することも以前から知られている。中国のグループ は,12.96 g/L/day といった生産速度で油脂の生産が可 能であることを示している18)。これら酵母は,まだ, 遺伝子改変などの研究実績が少なく,思い通りの酵母に 改変するには,まだ少し時間がかかりそうである。しか し,遺伝子組換え技術についても確実に進展しており, これら酵母育種の強力なツールとなりつつある。Single cell protein の時代から,油脂を資化する酵母として知 られている Yarrowia 属酵母もまた,その菌体内に大量 の油脂を生産することが知られている。この酵母は,遺 伝子改変ツールもそろっており代謝経路の改変など,前 述の酵母同様に,今後の進歩が期待される。 本稿の後半でも触れたが,細胞内に蓄積した油脂の回 収については,今後の課題である。最近では,その課題 を克服すべく細胞内の脂肪酸 CoA を細胞内に異種発現 させた fatty acyl-CoA reductase により,脂肪族アルコー ルに変換し,そのまま菌体外に排出させる試みも行われ ており,R. toruloides や Y. lipolytica,L. starkeyi での

成果について報告されている19,20)。糸状菌 Mortierella

alpina や酵母 Saccharomyces cerevisiae が生産する脂質 や藻類の Botryococcus braunii が生産する炭化水素が細 胞外に分泌されている現象は報告されているが,その詳 細は明らかとなっていない。酵母を Cell factory として, 原料を連続的に供給し,細胞外に連続的に排出する仕組 みができれば,油脂生産にとって魅力的なプロセスとな り得る。しかし,油脂の生産能力を合わせて考えると, 現状では,油脂を大量に内在した酵母を回収することを 前提に可能なプロセスを考える必要がありそうで,その 際,油脂以外の酵母成分の有効利用をセットで考えるこ Fig. 8 圧迫によって脂質が漏出した状態(光学顕微鏡, ×1,000)

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とも重要であろう。 要約 (1)化石燃料代替のバイオ燃料,特に内燃機関用のエ ネルギー密度の高い液体燃料の一つであるバイオディー ゼル燃料の原料用脂質供給源として油糧植物がある。化 石燃料使用で増えた二酸化炭素による地球温暖化は植物 栽培に悪影響をおよぼす。更に世界人口の増大は,食糧 用の脂質の需要増を引き起こし,燃料用への潤沢な供給 が懸念される。 (2)このような脂質供給問題には,植物脂質の微生物 生産を行うことで対応可能である。植物と微生物という 親戚同士のような生物であっても、色々な部分で異なる ところが多い。これを上手く利用することで,化石燃料 代替のバイオ燃料の安定供給が可能になる。 (3)微生物の一つリポミセス酵母の餌(炭素源)とし て再生可能資源を与え,植物脂質を生産して貰い,これ を回収してバイオディーゼル燃料として利用する研究を 続けている。この研究のキーポイントとして,再生可能 炭素源に対応して脂質を高効率で高蓄積する菌株のスク リーニングを設定し検討した。 (4)人的にも資金的にも乏しい状況下で多数の系列を 処理するための実験方法として,この酵母の形態的特徴 を利用した「プレート培養-顕微鏡写真-脂肪球の物差 し計測」法を開発した。この方法で得た脂肪球体積値(見 かけの脂質蓄積能力)と,煩雑・高コストの「液体培養 -菌体破壊・脂質漏出-定量」法で得られる菌体脂質蓄 積量(真の脂質蓄積能力)との相関関係を調べることで, 脂肪球体積法から得た値がスクリーニング結果として利 用可能な範囲を決定した。 (5)プレート培養と液体培養では,菌体が生育する環 境条件が大きく異なり,菌体が受ける培地成分濃度の影 響はプレート培地ではかなり設定濃度よりも低いことが 分かった。 (6)脂肪球体積値(脂質蓄積能力)で選抜された菌株 数は供試 428 菌株中再生可能炭素源毎に多いもので 5% 少ないもので 0.2%程度であった。炭素源の純度が高い ものでは得られる菌株数が多く,天然物を精製していな いものでは菌株数が少なかった。一方,夾雑物の影響が 大きい精製していないもので得られた菌株は,直ちに利 用可能である。 (7)選抜された脂質蓄積能力の高い菌は,消費した炭 素源を効率良く脂質に変換する能力(脂質変換効率)が 高く,脂質生合成代謝活性が高い菌である。 (8)菌体中脂肪球内中性脂質の漏出に関して,菌の性 質の面から検討を行った。脂肪球体積の大きいものは, 弱い摩砕で中性脂質が菌体外に漏出しやすい性質を持つ ことが分かった。 (9)中性脂質を蓄積している脂肪球は層になった膜に 覆われていて,この膜の存在下で脂質を有機溶媒抽出す ると膜中のリン脂質も抽出され,エステル化に悪影響を およぼす。そのため,膜を破壊し脂肪球内の中性脂質を 漏出させることが必要であると考えた。指圧迫による脂 質漏出と杵と臼にヒントを得,菌体打破装置を考案・開 発している。 (10)現在でも,油脂生産に最適な酵母の探索は行わ れているが,酵母育種では,遺伝子組換え技術を適応し た研究成果も報告されるようになってきた。その中には, 細胞外への油脂排出の取り組みも報告されている。油脂 生産のみならず,油脂回収についても技術的課題がある ことなど,最近の論文報告をもとに研究動向を紹介した。 謝辞 本研究を遂行するにあたり,実証試験施設および諸々 のご支援を頂いています山梨県南アルプス市と菌体打破 装置開発に御協力を頂いています南アルプス市甲斐ダイ アログシステム(株)に御礼申し上げます。また,黒川 博史様(ライオン(株)研究開発本部),松本美穂さん(元 山梨大学大学院),田邉聡君(元 山梨大学大学院),家 藤治幸先生(元 酒総研),飯村穰先生(元 山梨大学), NEDO,JST の御協力と御支援に深謝致します。 文 献 1) 朝日新聞,2016 年 2 月 17 日. 2) 松村正利,サンケファーフューエルス(株)編,バイ オディーゼル最前線,工業調査会,p.17(2006). 3) 松村正利,サンケファーフューエルス(株)編,バイ オディーゼル最前線,工業調査会,p.28(2006). 4) 正木和夫,家藤治幸,長沼孝文,クリーンエネルギー, 19,7(2010). 5) 別冊日経サイエンス(No. 214),p.42(2016.8.17). 6) 別冊日経サイエンス ,(No. 171),p.112(2010.5.19). 7) 長沼孝文,油脂,11,68(2011). 8) 長沼孝文,柳場まな,生物工学会誌,94,324(2016). 9) T. Naganuma, Y. Uzuka, K. Tanaka, Agric. Biol.

Chem., 46, 1213(1982).

10) T. Naganuma, Y. Uzuka, K. Tanaka, J. Gen. Appl. Mi-crobiol., 31, 129(1985). 11) 長 沼 孝 文, 兎 束 保 之, 田 中 健 太 郎,Nippon Nogei-kagaku Kaishi, 59, 1263(1985). 12) T. Naganuma, Y. Uzuka, K. Tanaka, H. Iizuka, J. Basic. microbial., 27, 35(1987). 13) Y. Uzuka, T. Kanamiri, T. Koga, K. Tanaka, T. Na-ganuma, J. Gen. Appl. Microbiol., 21, 157(1975). 14) E. Oguri, K. Masaki, T. Naganuma, H. Iefuji, Antonie

(9)

15) B. Dien, P. Slininger, C. Kurtzman, B. Moser, P. O'Bryan, AIMS Environmental Science, 3, 1(2016). 16) D. Lamers, N. van Biezen, D. Martens, et al., BMC

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17) 正木和夫,バイオサイエンスとインダストリー,72, 29(2014).

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19) W. Wang, H. Wei, E. Knoshaug, S. Van Wychen, Q.Xu, M. Himmel, M. Zhang, Biotechnol. Biofuels, 9, 227 (2016).

20) S. Fillet, J. Gibert, B. Suárez, A. Lara, C. Ronchel, J. Adrio, J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 42, 1463(2015).

Fig. 2 Lipomyces starkeyi(中の球が脂肪球)

参照

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