緒 言 公益社団法人日本理学療法士協会理学療法白書委員会がまと めている 1990(平成 2)∼ 2010(平成 22)年までの理学療法 実態調査報告1‒5)をみると,関節可動域(range of motion; 以下,ROM)の障害は常に理学療法の対象障害の上位 3 位以 内にあがっている。つまり,この結果は臨床において ROM 制 限の発生頻度が高く,しかも理学療法士が ROM 制限の治療に 多くの時間と労力を費やし,また,治療そのものにも難渋して いることを物語っているといえる。事実,臨床における ROM 制限の発生状況の実態調査の結果6)によれば,対象となった 144 名のすべての症例になんらかの ROM 制限を認め,しかも それは多関節におよび,平均すると四肢・体幹の 16 関節中 11 関節(約 7 割)に ROM 制限が認められている。したがって, 理学療法の対象者には必ずといっていいほど ROM 制限が存在 し,しかもそれは多関節におよんでいるといえよう。 では,なぜこのように ROM 制限が頻発するのであろうか。 その要因のひとつとしてはやはり ROM 制限の発生メカニズム があきらかになっていない点が挙げられ,そのことによって効 果的な治療戦略の開発も進んでいないことなどが影響している ように思われる。ただ,最近は動物実験を中心とした基礎研究 によって ROM 制限,特にその原因となることの多い拘縮の発 生メカニズムの解明が進んでおり,このような最新知見を臨床 にフィードバックすることが上記の課題解決の糸口につながる と思われる。そこで,本稿では自験例における動物実験の結果 に基づいて ROM 制限,特に拘縮の発生メカニズムとそれに基 づいた新たな治療戦略の可能性について概説する。 ROM 制限の原因 1.ROM 制限の臨床病態 臨床において ROM 制限は,皮膚や骨格筋,関節包などの関 節周囲軟部組織にその原因がある場合と骨・軟骨といった関節 構成体そのものに原因がある場合があり,その他としては関節 内遊離体や脱臼に伴う骨の偏位,強直などが原因となることが ある。しかし,これらの中で理学療法によって改善が期待でき るものは関節周囲軟部組織に原因がある場合であり,その器質 的変化によって生じた ROM 制限が拘縮と定義されており,い うまでもなくこれが理学療法の治療対象となる。ただ,実際の 症例の ROM 制限の原因はどうであろうか。 たとえば,症例のいずれかの関節の他動 ROM を測定したと ころ参考可動域に満たないという評価結果を得たとする。この 場合,当該関節の運動方向に ROM 制限が存在し,拘縮が発生 していると考えてしまうことが多いのではないだろうか。で は,このことは正しい判断であろうか。現在の拘縮の定義は, 関節周囲軟部組織の器質的変化に由来した ROM 制限と整理さ れており,これは筋収縮が惹起されていないことが前提となっ ている。しかし,症例が完全に睡眠している状態ではない限り, 骨格筋が弛緩している状態は設定しにくいのが事実で,いくら 慎重に他動 ROM を測定したとしてもその結果には筋収縮の影 響が少なからず含まれている可能性がある。つまり,実際の症 例の ROM 制限の多くは,関節周囲軟部組織の器質的変化であ る拘縮の病態に筋収縮の影響が加味された結果と捉えるべきで あり,拘縮が存在するか否かを評価するためにも治療戦略の第 一段階としては筋収縮を緩和させる必要がある。なお,筋収縮 に関しては理学療法の様々な治療戦略によって即時に軽減させ ることが可能で,これに由来した ROM 制限に難渋することは それほど多くない。 2.拘縮の責任病巣 拘縮は皮膚,骨格筋,関節包,靱帯などの関節周囲軟部組織 が器質的に変化し,その柔軟性や伸張性が低下したことで生じ た ROM 制限であり,このことからもあきらかなように拘縮に 関与する病巣部位は多岐にわたるため,治療に難渋することが 多い。ただ,先行研究を概観すると関節周囲軟部組織の中でも 骨格筋と関節包は関節運動の生理的制限として寄与が高いこと があきらかとなっており,これらの組織が拘縮の責任病巣の中 心となっている可能性は高い。実際,ラットの実験では膝関節 を屈曲位で不動化すると 2 週後まで8),足関節を底屈位で不動 化すると 4 週後まで9),骨格筋が拘縮の責任病巣の中心である ことがあきらかとなっており,それ以上の不動期間になると, 関節包が拘縮の責任病巣の中心になるとされている。また,上 記のいずれの実験モデルにおいても各不動期間の ROM 制限 の約 1 割は皮膚の変化に由来することもあきらかになってい *
Mechanisms of the Limited Range of Joint Motion and Therapeutic Strategy
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長崎大学大学院医歯薬学総合研究科リハビリテーション科学講座運動 障害リハビリテーション学分野
(〒 852‒8520 長崎市坂本 1‒7‒1)
Minoru Okita, PT: Department of Locomotive Rehabilitation Science, Unit of Rehabilitation Sciences, Nagasaki University Graduate School of Biomedical Sciences
理学療法学 第 41 巻第 8 号 524 る9)10)。一方,靱帯に関しては,不動に曝すことで力学的に 脆弱になることから,拘縮の責任病巣としての関与については 否定的である。 3.拘縮の発生・促進要因 拘縮の発生・促進要因に関する先行研究を概観すると,加齢 といった生物学的影響に加え,痛みや痙縮などといった他の症 候あるいは罹病期間などが関与するとされており,これらは 身体の不活動を惹起するという点においては共通している11)。 つまり,拘縮を引き起こす直接的な要因は関節の不動というこ とができ,その期間が長くなるほど拘縮が著しくなることは経 験的にもよく知られている。そして,この点に関しては実験動 物モデルを用いた縦断的な観察結果でもあきらかになっている ことであり,具体的には,ラット足関節を最大底屈位で不動化 することでヒトの尖足拘縮をシミュレーションした自験例の結 果では,1 週間で拘縮が発生し,しかも不動期間を延長すると, それに準拠して拘縮も進行することがあきらかになっている (図 1)。 ではなぜ不動期間の延長に伴って拘縮が進行するのであろう か。一例として,骨格筋を検索材料としてこの点について考え ていく。まず,臨床の中でよく耳にする表現として骨格筋の短 縮があり,ある意味,骨格筋の変化に由来した拘縮,すなわち 筋性拘縮と同義語のように使われている感がある。しかし,前 述したラット足関節尖足拘縮モデルのヒラメ筋においては不動 1 週で無処置の対照群より有意な筋長の短縮が認められるもの の,その後は不動期間を延長しても有意な変化は認められてい ない13)(図 2a)。つまり,骨格筋の短縮は拘縮発生の誘因になっ ている可能性はあるものの,その進行とは関連がないといえ る。一方,骨格筋の伸張性低下の指標となる長さ−張力曲線は 不動 1 週で対照群より上方に偏位し,これは骨格筋を他動的に 伸張した際の張力の増加,すなわち抵抗の増加を意味し,不動 に伴って骨格筋の伸張性低下が惹起されるといえる。そして, 自験例の結果では不動 4 週まで不動期間依存的に骨格筋の伸張 性低下が顕著になることもあきらかになっており(図 2b),こ のような変化が拘縮の進行と関連があると推察される。そし て,骨格筋の伸張性はコラーゲンが主要構成成分となっている 筋膜によって発揮されるところが大きいため,不動に伴う骨格 筋内のコラーゲンの変化を探ることで筋性拘縮の病態や発生メ カニズムがあきらかになってくると思われる。一方,不動に伴 う皮膚や関節包の伸張性低下に関しては,これまで明確なデー タは示されていないが,その構造特性などから考えると骨格筋 と同様の変化を呈すると推察される。 拘縮の病態 前述したように,骨格筋と関節包が拘縮の責任病巣の中心で はあるが,皮膚もその一部として関与している可能性がある。 そこで,筆者らはラットの膝関節あるいは足関節を不動化した 実験モデルを用いて,これらの組織の網羅的解析を進め,皮膚 や骨格筋,関節包においては共通してコラーゲンの増生に伴う 線維化の発生が認められること,ならびにこの病態が拘縮の発 生メカニズに深く寄与することをあきらかにしてきた。そこ 図 1 不動期間の延長に伴う拘縮の推移 この実験では,ラット足関節尖足拘縮モデルにおける背屈可 動域の推移を縦断的に調査した.なお,背屈可動域の測定は 麻酔下で行っており,この結果には筋収縮の影響は含まれて おらず,純粋に拘縮の程度を表している.結果として,不動 1 週より拘縮が発生し,しかも不動期間の延長に伴ってその 進行が認められた. 図 2 不動期間の延長に伴う筋長ならびに伸張性の変化 この実験では,ラット足関節尖足拘縮モデルから採取したヒ ラメ筋を材料とし,筋長(a)ならびに長さ−張力曲線(b) の変化を検索した.筋長に関しては,不動 1 週で対照群より 約 11%短縮するものの,その後は不動期間を延長しても変化 は認められなかった(a).一方,伸張性低下の指標となる長 さ−張力曲線は不動 1 週で対照群より上方に偏位し,これは 不動 4 週まで不動期間依存的に顕著となった(b)(文献 13) より引用,改変).
で,ここからは皮膚,骨格筋,関節包それぞれの検索結果を紹 介する。 1.皮膚性拘縮の病態 皮膚の変化に由来した拘縮,すなわち皮膚性拘縮の病態の検 索にあたっては,ラット膝関節を屈曲位で不動化した,いわゆ る膝関節屈曲拘縮モデルから採取した膝窩周辺の皮膚組織を材 料とし,以下の組織学的検索を行った14)。周知のように正常 な皮膚組織は表皮,真皮,皮下組織からなり,その中で真皮と 皮下組織が結合組織に区分される。そして,真皮はコラーゲン が非常に密なのに対し,皮下組織は脂肪細胞を多く含み,その 間隙にコラーゲンが存在する。しかし,不動に曝されると皮下 組織の脂肪細胞が萎縮・消失し,その間隙を埋めるようにコ ラーゲンの増生が認められ,これは線維化の発生を意味してお り,しかも不動期間の延長に伴って顕著になる傾向にあった (図 3a)。そこで,この点をあきらかにする目的で皮膚組織の 検鏡像の画像解析を行い,真皮から皮下組織における脂肪細胞 の占める割合ならびにコラーゲンを中心とした線維性結合組織 の占める割合を算出し,線維化の発生・進行状況について検討 した。その結果,脂肪細胞の占める割合は不動 1 週で対照群よ り有意に低値を示し,不動 2 週以降は不動 1 週より有意に低値 を示した(図 3b)。一方,線維性結合組織の占める割合は不動 1 週で対照群より有意に高値を示し,不動 4 週以降は不動 1,2 週より有意に高値を示した(図 3c)。つまり,以上のような結 果から皮膚性拘縮の病態には皮下組織における線維化の発生・ 進行が関与することが示唆されている。 2.筋性拘縮の病態 骨格筋の変化に由来した拘縮,すなわち筋性拘縮の病態の検 索にあたっては,ラット足関節を底屈位で不動化した,いわゆ る足関節尖足拘縮モデルから採取したヒラメ筋を材料とし,以 下の組織学的・生化学的検索を行った15)。骨格筋においては 図 3 不動に伴う皮膚の変化 この実験では,ラット膝関節屈曲拘縮モデルから採取した膝窩周辺の皮膚組 織を材料とし,組織学的検索を行った.組織像の検鏡結果では,不動群の皮 下組織において脂肪細胞が萎縮・消失し,その間隙を埋めるようにコラーゲ ンの増生が認められ,これは不動期間の延長に伴って顕著になる傾向にあっ た(a).そして,この検鏡像の画像解析によって脂肪細胞の占める割合(b) ならびにコラーゲンを中心とした線維性結合組織の占める割合(c)を算出し た結果,前者では不動 1 週で対照群より有意に低値を示し,不動 2 週以降は 不動 1 週より有意に低値を示した(b).また,後者では不動 1 週で対照群よ り有意に高値を示し,不動 4 週以降は不動 1 週より有意に高値を示した(c). なお,検鏡像内のスケールバーは 200 μm を表し,図内の * は対照群との有意差, #は不動群(1 週)との有意差を表している(文献 14)より引用,改変).
理学療法学 第 41 巻第 8 号 526 その最外層の筋上膜やその内部においていくつかの筋線維を束 ね,筋束を形成している筋周膜ならびに個々の筋線維を直接包 む筋内膜といった筋膜にコラーゲンが存在する。そして,不動 に曝されたヒラメ筋の組織学的検索では筋周膜や筋内膜に肥 厚が認められ(図 4a),これはコラーゲンの増生に起因した変 化と推測される。また,生化学的検索によってヒラメ筋内のコ ラーゲン含有量を定量した結果,不動 1 週で対照群より有意に 高値を示し,不動 4 週は不動 1 週より有意に高値を示した(図 4b)。つまり,以上のような結果から筋性拘縮の病態にも骨格 筋の線維化の発生・進行が関与することが示唆されている。加 えて,筆者は重篤な拘縮症例の骨格筋標本の組織観察の経験が あるが,その所見においても本来筋線維が存在する部位に緻密 なコラーゲンの増生,すなわち顕著な線維化の発生が認められ ている15)。 3.関節性拘縮の病態 関節包の変化に由来した拘縮,すなわち関節性拘縮の病態の 検索にあたっては,ラット膝関節屈曲拘縮モデルから採取した 膝関節組織を材料とし,以下の組織学的検索を行った16)。ま ず,低倍率で膝関節矢状断切片の全体像を検鏡したところ,不 動によって後方関節包に肥厚が認められ,特にこの所見は大 骨付着部付近で顕著であったため,同部位を高倍率で検鏡し た。周知のように,正常な関節包においてはその外層にあたる 線維膜と内層にあたる滑膜が確認でき,線維膜のコラーゲンは 非常に密で,その線維束は関節包の長軸方向にほぼ平行な配列 をなしていることから伸張性は乏しいといわれている。これに 対し,滑膜には脂肪細胞が存在し,コラーゲンはその間隙に認 められる程度で,関節包の中でも伸張性に富んでいる部位であ る。しかし,不動に曝すと滑膜における脂肪細胞の萎縮・消失 が認められ,その間隙を埋めるようにコラーゲンの増生が認め られ,これは線維化の発生を意味しており,しかも不動期間の 延長に伴って顕著になる傾向にあった(図 5a)。そこで,この 点をあきらかにする目的で以下の方法で検鏡像の画像解析を行 い,関節包の線維化の発生・進行状況について検討した。具 体的には,後方関節包の組織像を 40 倍の拡大像でコンピュー タに取りこんだ後,画像上に縦・横 50 μm 間隔に格子を描き, コラーゲン線維束上に存在する格子線の交点の総数を計測する ことで線維化の発生状況を半定量化した。その結果,不動 1 週 で対照群より有意に高値を示し,不動 4 週以降は不動 1,2 週 より有意に高値を示した(図 5b)。つまり,関節包においても コラーゲンの増生に起因した線維化の発生・進行が関節性拘縮 の病態に関与することが示唆されている。加えて,関節包にお ける線維化の進行状況をさらに明確にする目的で,以下の画像 解析を行った。具体的には,後方関節包の組織像を 400 倍の拡 大像でコンピュータに取りこんだ後,単位面積あたりのコラー ゲン線維束の占有率を算出することでその密生化の発生状況を 半定量化した。その結果,不動 1 週では対照群との有意差は認 められないものの,不動 2 週以降は対照群より有意に高値を示 し,不動 4 週以降は不動 1,2 週より有意に高値を示した(図 5c)。つまり,関節包における線維化の進行はコラーゲンの増 生に加え,その密生化も影響していることが示唆されている。 図 4 不動に伴う骨格筋の変化 この実験では,ラット足関節尖足拘縮モデルから採取したヒラメ筋を材料と し,組織学的・生化学的検索を行った.組織像の検鏡結果では,不動群にお いて筋周膜(矢頭)や筋内膜(矢印)に肥厚が認められた(a).また,生化 学的検索によってヒラメ筋内のコラーゲン含有量を定量した結果,不動 1 週 で対照群より有意に高値を示し,不動 4 週は不動 1 週より有意に高値を示し た(b).なお,検鏡像内のスケールバーは 50 μm を表し,図内の * は対照群 との有意差,# は不動群(1 週)との有意差を表している(文献 15)より引用, 改変).
拘縮の発生・進行に関わる分子メカニズム 1.他臓器における線維化の分子メカニズム;レビュー 拘縮発生時には皮膚,骨格筋,関節包といった関節周囲軟部 組織に共通してコラーゲンの増生に伴う線維化の発生が認めら れており,この病態が拘縮の発生・進行に深く寄与しているこ とは間違いないと思われる。しかし,これまでのところ関節周 囲軟部組織に認められる線維化の分子メカニズムに関してはあ きらかになっていない。 一方,線維化という病態は拘縮に限らず,肺線維症や肝硬変, 強皮症などの病態に深く関わっていることが知られており,こ れらの臓器の線維化の分子メカニズムに関してはすでに詳細な 解明が進んでいる17‒19)。具体的には,その上流においてマク ロファージの増加と炎症性サイトカインである interleukin-1β (以下,IL-1β)の生成によって線維芽細胞が活性化され,強 力 な 線 維 化 促 進 作 用 を 有 す る サ イ ト カ イ ン の transforming growth factor-β(以下,TGF-β)の発現が促されるといったマ クロファージを介した IL-1β / TGF-β シグナリングが強く関与 していると考えられている。そして,TGF-β が線維芽細胞に 作用し,コラーゲン生成能が高い筋線維芽細胞への分化を促す ことで,線維芽細胞ならびに筋線維芽細胞でのコラーゲン生成 が進み,線維化が発生するといわれている。また,最近の先行 研究では組織が低酸素状態に曝されることで線維芽細胞から筋 線維芽細胞への分化が促されると報告されており20)21),この こともコラーゲン生成に関与し,線維化を促進する要因と考え られる。したがって,不動によって惹起される関節周囲軟部組 織の線維化においても上記と類似するような分子メカニズムが 関与している可能性が推測され,筆者らは現在,骨格筋に焦点 をあて線維化の分子メカニズムの解明を進めている。そこで, ここからはその検索結果について紹介する15)。 2.不動に伴う骨格筋の線維化の分子メカニズム 検索材料には前述と同様のラット足関節尖足拘縮モデルから 採取したヒラメ筋を用い,まずは分子メカニズムの上流での関 図 5 不動に伴う関節包の変化 この実験では,ラット膝関節屈曲拘縮モデルから採取した膝関節組織を材料とし,組織学的検索を行った.左 列の写真は膝関節の全体像を示す矢状断切片の検鏡像で,右列の写真は左列の検鏡像の破線で囲んだ後方関節 包の大 骨付着部付近の拡大像である(a).全体像をみると不動によって後方関節包(矢印)に肥厚が認められ, これは不動期間の延長に伴って顕著になる傾向にあった.また,拡大像をみると対照群に認められる滑膜の脂 肪細胞が不動群では萎縮・消失し,その間隙を埋めるようにコラーゲンの増生が認められ,これは不動期間の 延長に伴って顕著になる傾向にあった.次に,検鏡像の画像解析を行い,コラーゲン増生に起因する線維化の 発生状況を半定量化した結果,不動 1 週で対照群より有意に高値を示し,不動 4 週以降は不動 1,2 週より有 意に高値を示した(b).加えて,コラーゲンの密生化の発生状況を半定量化した結果,不動 2 週以降は対照 群より有意に高値を示し,不動 4 週以降は不動 1,2 週より有意に高値を示した(c).なお,左列の検鏡像内 のスケールバーは 1 mm を,右列の検鏡像内のそれは 100 μm を表し,図内の * は対照群との有意差,# は不 動群(1 週)との有意差,† は不動群(2 週)との有意差を表している(文献 16)より引用,改変).
理学療法学 第 41 巻第 8 号 528 与が予想されるマクロファージの動態を検索した。具体的に は,CD-11b をマクロファージのマーカーに用い,組織切片の 免疫組織化学染色によってその陽性細胞を検出した後,筋線 維 100 本あたりの CD-11b 陽性細胞を定量した。その結果,不 動 1 週で対照群より有意な増加が認められ,この傾向は不動期 間を延長しても同様であったが,不動期間の違いでは有意差は 認められなかった。次に,reverse transcription polymerase chain reaction( 以 下,RT-PCR) 法 を 用 い て IL-1β,TGF-β ならびに組織が低酸素状態に惹起された際に発現する転写因 子 の hypoxia inducible factor-1α(以下,HIF-1α)それぞれ の mRNA の 動 態 を 検 索 し た。 そ の 結 果,IL-1β と TGF-β の mRNA は不動 1 週で対照群より有意な発現増加を認め,この 傾向は不動期間を延長しても同様であったが,不動期間の違い では有意差は認められなかった。一方,HIF-1α mRNA に関し ては不動 1,2 週では対照群と有意差を認めなかったが,不動 4 週以降は対照群より有意な発現増加が認められた。さらに, α -smooth muscle actin(以下,α -SMA)をマーカーに用いた
組織切片の免疫組織化学染色によって筋線維芽細胞を検出した 後,筋線維 100 本あたりのα -SMA 陽性細胞数(筋線維芽細胞 数)を定量した。その結果,不動 1 週で対照群より有意な増加 を認め,この傾向は不動期間を延長しても同様で,しかも不動 4 週以降は不動 1,2 週より有意に増加していた。最後に分子 メカニズムのもっとも下流,すなわち outcome となるコラー ゲンについては筋膜を構成する主要なコラーゲンタイプである タイプⅠ・Ⅲコラーゲンに分けて検索を行った。まず,タイプ Ⅰコラーゲンの発現がどの筋膜で顕著なのか,その局在を検索 するため組織切片の蛍光免疫染色を実施した結果,筋内膜にお いては不動期間の延長に伴う発現増加が認められた。そこで, 画像解析によって筋周膜,筋内膜それぞれの単位面積あたりの 発光輝度を求め,タイプⅠコラーゲンの発現状況の半定量化を 行った。その結果,筋周膜においては不動 1 週で対照群より有 意な発現増加を認め,この傾向は不動期間を延長しても同様で あったが,不動期間の違いでは有意差は認められなかった。ま た,筋内膜においても不動 1 週で対照群より有意な発現増加を 認め,この傾向は不動期間を延長しても同様で,しかも不動 4 週まで不動期間依存的に有意な発現増加が認められた。加え て,RT-PCR 法にてタイプⅠコラーゲン mRNA の動態を検索 した結果,不動 1 週で対照群より有意な発現増加を認め,しか も不動 4 週以降は不動 1,2 週より有意な発現増加が認められ た。次に,タイプⅢコラーゲンについても同様の検索を行った ところ筋周膜,筋内膜のいずれも不動 1 週で対照群より有意な 発現増加を認めたものの,不動期間の違いでは有意差は認めら れなかった。また,タイプⅢコラーゲン mRNA の動態に関し ても不動 1 週で対照群より有意な発現増加を認めたが,不動期 間の違いでは有意差は認められなかった。つまり,これらの結 果から骨格筋の線維化は筋周膜,筋内膜いずれでも起こるもの の,特に筋内膜で著しく,その本態は硬度が要求される組織で 含有率が高いとされるタイプⅠコラーゲンの増生に由来するこ とが示唆されている。 以上をまとめると,1,2 週という短期間の不動によって生 じる骨格筋の線維化には,マクロファージを介した IL-1β / TGF-β シグナリングならびに TGF-β の作用による線維芽細胞 から筋線維芽細胞への分化が関与していると推察される。そし て,4 週以上の長期間の不動では,これらの変化に加え,骨格 筋の低酸素状態が惹起されることで線維芽細胞から筋線維芽細 胞への分化が進み,線維化が助長されることで筋性拘縮も進行 すると推察される(図 6)。ただ,今回紹介した検索結果は筋 性拘縮の発生・進行に関わる分子メカニズムの一端を示してい るに過ぎず,その全容解明ならびに皮膚や関節包といった他の 関節周囲軟部組織の線維化の分子メカニズムに関しては今後さ 図 6 自験例の結果に基づいて考案した筋性拘縮の発生・進行に関わる分子メカニズムの概略図
らなる検討が必要である。 ROM 制限に対する治療戦略 1.既存の治療戦略の考え方 前述したように,臨床で治療対象としている ROM 制限の多 くは,関節周囲軟部組織の器質的変化である拘縮に筋収縮の影 響が加味された結果と捉えるのが妥当と考えられるため,治療 戦略の第一段階では筋収縮の影響を取り除く必要がある。筋収 縮に関しては筋弛緩剤や神経ブロック,最近ではボツリヌス毒 素の筋注など,効果的な薬物療法の開発も進んでいる。そし て,ストレッチをはじめとした運動療法や温熱・寒冷療法を主 体とした物理療法といった理学療法の様々な治療戦略でも即時 に筋収縮を軽減させることは可能で,これに由来した ROM 制 限に難渋することはそれほど多くないと思われる。一方,拘縮 に対してはその病巣が関節周囲軟部組織のいずれであってもそ の病態には線維化の発生が関与しており,治療ターゲットとな るのはコラーゲンということになる。しかし,線維化の発生に よって増生したコラーゲンを即時に改善できる理学療法の治療 戦略は開発されておらず,先行研究で拘縮の予防・改善効果の エビデンスが示されているストレッチや温熱療法,超音波療法 などといった治療戦略においても頻回な治療の継続が必要とな る22‒24)。 加えて,これまでは骨折などの治療としてギプス固定や創外 固定が施されている時期は不動状態に曝されている関節周囲軟 部組織,特に拘縮の責任病巣としての関与が大きい骨格筋に対 して理学療法の治療介入を行うことは難しく,結果的に長期の 不動状態を招くことで線維化が惹起され,筋性拘縮の発生を許 してしまうことも多かったように思われる。しかし,前述した ように,不動に伴う骨格筋の線維化には低酸素状態の惹起が関 与していることがあきらかとなりつつあり,たとえギプス固定 中であっても理学療法の治療戦略によって骨格筋の低酸素状態 を緩和することができれば,筋性拘縮の発生を軽減できる可能 性がある。そこで,ここからはこの点を検証した自験例を紹介 する。 2.新たな治療戦略の可能性 骨格筋の低酸素状態を緩和する理学療法の治療戦略として は,第一に温熱療法による血流促進が挙げられるが,骨折後な ど炎症が強い時期では適用することは難しい。一方,頻回な筋 収縮の誘発による筋ポンプ作用によって血流促進を促すことが できれば,低酸素状態が緩和する可能性があり,痛みなどに よって対象者自身で随意収縮を行うことが難しくても,その代 替手段として電気刺激療法が適用できると思われる。そこで, 現在筆者らはラット足関節尖足拘縮モデルを用いて,4 週間の 不動の過程における電気刺激を用いた周期的な筋収縮の誘発が ヒラメ筋の線維化に及ぼす影響を検討している。具体的には, ラット下 後面にリード線付電極を貼付した状態でギプス固定 を行い,ギプスを装着したまま 1 日 30 分,週 6 日の頻度で延 べ 4 週間電気刺激による治療介入を行う実験を進めている。な お,刺激周波数は 10 Hz と 50 Hz としており,前者は単収縮を, 後者は強縮を誘発する目的で設定している。そして,実験終了 後はヒラメ筋を採取し,線維化関連分子を real time RT-PCR 法で検索した。結果,電気刺激を行っていない不動群に比べ 10 Hz での刺激群は HIF-1α,TGF-β,α -SMA,タイプⅠ・Ⅲ コラーゲンといったすべての線維化関連分子の mRNA 発現が 抑制されており,線維化の発生が軽減される可能性が示唆され ている。一方,50 Hz の刺激群の HIF-1α mRNA 発現量は不動 群と有意差を認めず,他の線維化関連分子に関しては不動群よ り低値を示すものの,10 Hz の刺激群ほど効果的ではないこと も示唆されている(図 7)。つまり,不動によって惹起される 骨格筋の線維化を抑制する目的で電気刺激療法を適用する場合 は,強縮よりも単収縮を誘発できる刺激周波数が適している可 能性があり,今後さらに詳細な検討を行うとともに,臨床応用 とその効果検証を進めていきたいと考えている。 図 7 不動の過程における電気刺激を用いた周期的な筋収縮の誘発がラットヒラメ筋の線維化に及ぼす影響 この実験では,ラット足関節尖足拘縮モデルを用いて,4 週間の不動の過程における電気刺激を用いた周期的な筋収縮の誘発がヒラ メ筋の線維化に及ぼす影響を検討した.刺激周波数は 10 Hz と 50 Hz を設定し,いずれも週 6 日の頻度で延べ 4 週間行い,実験終了 後は採取したヒラメ筋を検索材料に用い,real time RT-PCR 法にて線維化関連分子を検索した.結果,不動群に比べ 10 Hz 刺激群 は HIF-1α,TGF-β,α-SMA,タイプⅠ・Ⅲコラーゲンといったすべての線維化関連分子の mRNA 発現が有意に低値を示した.一方, 50 Hz 刺激群の HIF-1α mRNA 発現量は不動群と有意差を認めず,他の線維化関連分子に関しては不動群より有意に低値を示すもの の,10 Hz 刺激群ほど効果的ではなかった.なお,図内の * は対照群との有意差,# は不動群との有意差,† は 10 Hz 刺激群との有 意差を表している.
理学療法学 第 41 巻第 8 号 530 おわりに その発生頻度の高さと治療の難しさなどを考慮すると,拘縮 が起因となる ROM 制限は今後も理学療法の重要な対象障害に 位置づけられることは疑いないと思われる。ただ,自験例も含 んだ先行研究によってこれまであきらかにされていなかった拘 縮の病態やその発生メカニズムの解明が進んできているのも事 実である。つまり,理学療法士にはそのような最新知見を定期 的に update する必要があり,経験則だけでなく,エビデンス に基づいて治療戦略を選択・実施すべきであろう。加えて,分 子レベルにまで掘り下げて拘縮の発生メカニズムの解明が進め ば,拘縮に対する既存の理学療法の生物学的効果を検証できる だけでなく,薬物療法も含んだ新たな治療戦略の開発につなが る可能性があり,そのような意味で基礎研究の意義は大きいと いえよう。 文 献 1) 調査資料部付理学療法白書委員会:理学療法士実態調査報告─平 成 2 年 3 月実施─.理学療法学.1990; 17: 569‒592. 2) 理学療法白書委員会:理学療法士実態調査報告─ 1995 年 4 月実 施─.理学療法学.1995; 22: 222‒252. 3) 白書委員会:理学療法士実態調査報告─ 2000 年 4 月実施─.理学 療法学.2000; 27: 253‒267. 4) 白書委員会:理学療法士実態調査報告─ 2005 年 6 月実施─.理学 療法学.2006; 33: 338‒352. 5) 白書委員会:理学療法士実態調査報告─ 2010 年 1 月実施─.理学 療法学.2010; 37: 188‒217. 6) 小泉幸毅,小川 彰,他:拘縮の実態,拘縮の予防と治療(第 2 版). 奈良 勲,浜村明徳(編).医学書院,東京,2008,pp. 1‒17. 7) Zachazewski JE: Improving Flexibility. In: Scully RM (eds):
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