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“共に歩む誰か”の存在を含むデザイン

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Academic year: 2021

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(1)78. 特集:「QOL+(プラス)」を考える. 赤井 愛 Akai Ai. 白髪 誠一. “共に歩む誰か”の存在を含むデザイン Design Considered from the Existence of“Someone Important”. Shiraga Seiichi 大阪工業大学. Osaka Institute of Technology. 1.はじめに 「Quality of life(QOL)」は当人の身体面、心理面、周囲の環境や社会との. 関わりなど、複数の要素によって構成されている。プロダクトデザインによ る課題解決を通して QOL 向上を目指す際には、これらの要素を注意深く見 る必要がある。また、QOL は「生活の質、人生の質」とも表現され、日々. の生活の積み重ねが人生であり、長期的視点も重要となる。. 筆者らは2013年より盲導犬ユーザーの、2014年より視覚障害を持つ子ども たちの為のプロダクトデザイン創出を試みている。様々な取り組みを通して 見えてくることのひとつに、当事者を支え、共に歩み続ける存在がある。 盲導犬ユーザーにとっての盲導犬は、自らの目として支えてくれる存在で あるだけでなく、我が子のように愛情を注ぐ家族であり、彼らは長い年月に わたり盲導犬が健やかに過ごせるよう、その心身の状態に常に気を配って いる。また現在、視覚障害児の自立活動を支援する様々な施設やシステムが 存在するが、手探りでこれらを繋ぎ、関係性を構築し、成長を喜び合いなが ら、自立に向けた長い年月を共に歩み続けるのは、多くの場合その保護者で ある。 盲導犬ユーザーにとっては盲導犬の、視覚障害児にとってはその保護者の 存在は、支える側、支えられる側と単純に分けられるものではなく、長い 年月にわたり共に回り続ける車の両輪のような存在であると考える。障害 を持つ誰かのためのデザインは、同時に彼らと共に歩む誰かのためのデザイ ンでもある。本稿では、当事者にとって重要な“共に歩む誰か”の存在を 含んだ2つのデザイン提案の事例を通して、「QOL+(プラス)」について 考える。. 2.ユーザーと盲導犬の快適な歩行のためのハーネス 2.1. 盲導犬とユーザーとハーネス. 現在、国内では約1,000頭の盲導犬が活躍しており1)、盲導犬ユーザー(以. 下ユーザーとする)が盲導犬と共に外出する際には、必ずハーネスを装着す る。このハーネスは「胴輪」と「ハンドル」から成り、国内において最も多 く使用されているのは U 字型をしたハンドル(以下従来型ハンドル)(図1). である。. 歩行時にはこのハンドルで盲導犬を操作していると誤解されることが多い が、ユーザーから盲導犬への指示は基本的に口頭によって行われ、ハンドル.

(2) デザイン学研究特集号  Vol.26-1 No.99. は盲導犬からのサインを察知し、速やかに周囲の状況を把握するためのツー ルである。ヒアリング調査時に、ユーザーから「この子(盲導犬)はね、猫 が気になって仕方なくて、チラッと見ちゃうんですよね。わかるんです。 あ、今猫を見たなって」という話を聞き、驚いたことがある。ユーザーと盲 導犬の間には革製の胴輪と金属製のハンドル、更にそれらをつなぐ金具があ る。にもかかわらず、チラッと猫を見る盲導犬の微かな挙動が感じ取れるほ どに、彼らのコミュニケーションは密接である。一般的にユーザーと盲導犬 図1 従来型ハンドル. の関係は約8年間に及び、ユーザーの多くはこの期間、盲導犬の健やかな状 態を維持するために心を砕いている。より快適な歩行の実現により、盲導犬 にかかる負担が軽減されることは、盲導犬の心身の健康維持につながり、ひ いてはユーザーの QOL の維持向上につながると言える。. 従来型ハンドルを使用するユーザーは、盲導犬の体幹上でコの字の水平部. 分を持ち、その状態を正しく維持することで盲導犬の微かな挙動もユーザー に伝達され、安全な歩行が可能となる。しかしこの姿勢は常に左肘を張った 状態になるため、肩、肘、手首への負担が大きく、長時間の保持が困難な ユーザーも多い(図2左)。一方、腕を体側におろした負担の少ない姿勢を とると、ハーネスが傾き、盲導犬がユーザー側に引き寄せられるかたちにな る(図2右)。この状態は盲導犬の身体にかかる負荷が偏り、長時間の安定 した歩行が困難になるとされている。かねてより兵庫盲導犬協会では、特に 高齢や重複障害などにより筋力が低いユーザーにとって、従来型ハンドルは 図2 左:正しい歩行姿勢 右:楽な歩行 姿勢. 正しい姿勢を維持するのが難しく、その苦痛からハンドルではなくリード のみを使用したり、自己流の持ち方になってしまったりする状況を懸念して いた。 現在日本国内で最も広く用いられているのは先述の従来型ハンドルである が、他に身体的負担を軽減する目的でこれを改良したものとして、従来型ハ ンドルを少しねじって角度をつけた“ねじり型ハンドル” (図3)、また日本 盲導犬協会が開発を進めている“バー型ハンドル型ハーネス”2)などがある。 いずれもユーザーにとっての利便性や快適性を追求し改良が加えられたもの ではあるが、盲導犬にかかる負荷の軽減を念頭において開発し、かつその負 荷について検証が行われたものは見当たらない。 そこで筆者らは、①“ユーザー”が左肘を張らない自然な姿勢で歩行でき. 図3 ねじり型ハンドル. ること、②“盲導犬”の身体に偏った負荷がかからないこと、の2点を目標 とし、ユーザーが楽に持つと犬がつらい、犬に負担がかかりにくい姿勢は ユーザーがつらい、という現状から、ユーザーと盲導犬双方にとって快適な 歩行を実現しうるハーネスハンドルの創出を目指すこととした3)。. 2.2. ユーザーの“快適な歩行”をつくる. 盲導犬とユーザー双方にとって快適な歩行を実現するため、まずユーザー. にとって快適な歩行状態をつくるための形状を検討する。肘を張らず、体側 におろした腕を前後に振る自然な歩行状態を実現できる形の一つとして、ハ ンドルのグリップ部分はユーザーの左体側、盲導犬の右体側となり、ハンド ル形状はアルファベット小文字の“y”に似た非対称形状を考案した。y字 の長い線にあたる部分を「メインアーム」、短い線にあたる部分を「サブ アーム」とし、メインアーム部分が直線である GH2013-ST(以下直線型) と、楕円の円弧の一部を用いた GH2013-OV(以下楕円型)の2種類のプロ. トタイプを制作した(図4)。これらの歩行のしやすさや使用感について、. 79.

(3) 80. 特集:「QOL+(プラス)」を考える. 兵庫盲導犬協会の所長及び盲導犬訓練士1名に対し、歩行実験及びヒアリン グ調査を実施した。直線型、楕円型いずれのプロトタイプに対しても「ユー ザーの姿勢が楽で、腕に疲労感が無い」「どちらも障害物を回避する左右の 動きがよく分かり、階段の昇降時も特に違和感はない」といった、歩行の快 適性や盲導犬の挙動の伝達性に対する前向きな感想が得られた。一方で「楕 円型はグリップに伝わる揺れが少なくスムーズに感じられ、対して直線型は 揺れが大きく感じられる」「ユーザーがハーネスから手を離した状態での待 機時の姿勢の際に、楕円型のアームは盲導犬の背に沿うような形状なので良 さそうに思われる」といった点において、楕円型のアーム形状に対する評価 がより高い結果となった。. 2.3. 盲導犬の“快適な歩行”をつくる. 次に、前項の楕円型プロトタイプをベースに、盲導犬の“快適な歩行”を. 実現するには、取付時の盲導犬の両肩にかかる負荷に偏りがない状態を実現 する必要がある。そこで、楕円型の形状をベースに、盲導犬の両肩への負荷 図4 上:GH2013-ST 下:GH2013-OV. が均等になるハーネス形状を、KARAMBA(ver.1.05)を用い応力解析によ. り算定した。通常歩行時の標準的立ち位置である「正ポジション」で保持し た姿勢を「標準位置モデル」とし、ハンドルと胴輪の左右取付金具位置A、 B点をピン支点として、グリップ部分に対しY方向に集中荷重をかける。 A、B点の反力の絶対値の差が0になる時、左右の反力は均等となると言え る。メインアームの形態が直線から楕円円弧に移行する中に、左右の反力が 均等になる最適解があると考え、この形態移行を示す係数を設計変数αと設 定し、直線型の形態をα=0 、楕円型をα=1とした。解析の結果、標準 位置モデルにおいて設計変数α=0.717の時、目的変数 W=0、すなわち A、. B 点にかかる力が均等となる最適解が得られた(図5)。より身長の高いユー. ザーがハンドルを保持することを想定した「高位置モデル」、より身長の低. いユーザーによる「低位置モデル」においても同様にα=0.717で最適解を 得た(図5)。これにより、ユーザーが肘を張らず自然な歩行姿勢を保つこ. とができ、かつ盲導犬の左右肩への負荷の偏りが少ない『y字型ハンドル』 の基本形状を決定した。. 図5 応力解析結果. 2.4. 盲導犬模型による負荷の検証. 主観評価やモーションキャプチャによる歩行姿勢計測などが可能なユー. ザーと異なり、言葉を発することができない盲導犬の身体にかかる負荷を把 握することはなかなかに困難である。応力解析によって算定された形態が、 実際に盲導犬の両肩にに対し均等な負荷を実現しているのかを検証するた.

(4) デザイン学研究特集号  Vol.26-1 No.99. め、盲導犬型模型を作成し、『y字型ハンドル』のプロトタイプを装着、盲 4) 、5) 導犬の歩行時の両肩にかかる負荷を計測することとした(図6) 。盲導. 犬模型はキャスターを取り付けた H 形鋼の上にスタイロフォームで背中部. 分を作り、標準的な盲導犬体型を再現したものである。左右肩付近のハン. ドル取付位置には計測治具を設置、台車のように引いて移動させることで歩 図6 盲導犬模型 (『y字型ハンドル』装着時 ). 行状態を再現し、前後方向に作用する負荷を圧縮超小型荷重計(注1)で計測 する。 実験には、「y字型」に加え、現在広く活用されている「従来型」「ねじり 型」の3タイプのハンドルを用いることとした。実験参加者は5名、うち3 名が学生、1名がy字ハンドルを日常的に使用しているユーザー、残る1名 が盲導犬訓練士である(表1)。実験参加者は盲導犬模型の右側に立ち、. 表1 歩行実験協力者. ハーネスを持つ。手引者が盲導犬模型のハンドルを引くのに合わせ、20mあ るいは25mの距離を直進歩行して停止する。(実験参加者のうち、大学生は アイマスク着用) ・従来型及びねじり型:①左手グリップ部分を盲導犬の体幹上で保持する 「正しい持ち方」を意識しての歩行、②正しい持ち方を意識せず自然な状 態での歩行を各4回実施。 ・y字型:正しい持ち方を意識せず、自然な状態での歩行を各4回実施。 歩行実験の結果、盲導犬のハンドル取付位置にかかる負荷の合力は2∼ 15N で移行し、実験参加者の属性(大学生、ユーザー、訓練士)およびハン ドルの種類によって大きな差異は認められなかった。 . 平均負荷は学生に比べ、ユーザーと訓練士の方が低くなる傾向が見られた が、負荷の左右バランスはすべての属性において同様の傾向を示している。 このことから、平均負荷は盲導犬との歩行経験の有無が、左右バランスはハ ンドルの形態が大きく影響すると考えられる(図7)。 ハンドルの種類ごとの傾向として、従来型は「正しい姿勢」を意識的に保 持した状態でも負荷が犬の左側に偏り、ねじり型では「正しい姿勢」での歩 行時には偏りが改善されるものの、楽な姿勢での歩行時には従来型と同様に 左側に偏っている。y字型は、正しい姿勢を意識しない状態でも左右差が小 さく、バランスの良い状態が維持されていることがわかる。. (注1)圧縮超小型荷重計:CLS-10NA(㈱東測器研究所製). 図7 平均負荷を左右バランスの関係. 81.

(5) 82. 特集:「QOL+(プラス)」を考える. この結果から、平均負荷は盲導犬との歩行経験を重ねることにより、ある 程度軽減することが出来るが、ユーザーが楽な姿勢で、かつ盲導犬の左右肩 への負荷の偏りが小さい状態で歩行するには、やはりハンドルの選定が重要 になると言える。y字型ハンドルはユーザーの意識や努力だけでは実現が難 しい部分を補う役割を担っており、「ユーザーと盲導犬双方の快適な歩行」 という当初の目的達成に近いところにあると考える。 y字型ハンドルは様々なユーザーに対し、プロトタイプによる歩行実験、 モーションキャプチャによる歩行姿勢の計測などを通して、挙動の伝達性や 歩行姿勢の快適性について検証を重ねており、現在は3組のユーザーと盲導 犬がy字型ハンドルの長期試用を継続している。そのうち1名からは腕・ 肩の痛みにより従来型、ねじり型のハンドルを正しく保持することが困難 であったが、y字型ハンドルにより快適な歩行がやっと可能になったとの感 想が得られている。一方で盲導犬自身の快適性を定量的に検証するという 点ではまだこれからという状態であり、歩行時の心拍や筋電などの生理計測 による身体状態の把握、また長期的な影響の有無についての検討が課題で ある。. 3.視覚障害児の生活動作習得支援 3.1. 視覚障害児支援の取り組み. 2014年より「社会福祉法人 京都ライトハウス 視覚支援あいあい教室」 (以. 下あいあい教室)の協力を得て、学生と共に、視覚障害児のためのプロダク ト創出に取り組んでいる。あいあい教室は全国でも有数規模の視覚障害乳幼 図8  『海・空・山・川に触る図鑑』. 児支援施設であり、視覚に障害を持つ0歳∼小学1年生の子ども達が通って いる。“盲”“弱視”と言ってもその状態は実に様々であり、また重複障害を 持つ子どもも少なくない。晴眼児と比較して発達が緩やかな傾向にあること もふまえ、乳幼児ひとりひとりに合わせた療育を通して発達支援を行ってい る。筆者らはこれを助けるプロダクトを創出することを目的とし、これまで 『海・空・山・川に触る図鑑』(図8)6)、『自分ひとりで食べられる食器セッ ト』 (図9)7)などを制作してきた。視覚経験がない、あるいは少ない乳幼 児に対しては、単に「視覚情報の代わりに立体や音声などでガイドすればよ. 図9  『自分ひとりで食べられる食器セット』 (注2)五十嵐 他(1972)の乳幼児身辺処理能力発達基準 図や千田 他(1986)の視覚障害幼児用手指運動訓 練プログラムを参考に設定したもの. (注3)設定した生活動作は下記の24種類である. ・2:0歳∼2:6歳 マジックテープの付外し/紙をちぎる/リモコン 等のスイッチを押す/引き出しの開閉/引き戸を 開ける/カーテンを引く ・2:6歳∼3:0歳 ちょうちょ結びをほどく/巾着を引っ張る/蛇口 を回す/ドアノブを回す/端が閉じたファスナー の上げ下げ/端の開いたファスナーの上げ下げ/ タオルで机をふく/スナップボタンをはずす/セ ロテープを切る/ペンのキャップをはめる ・3:0歳∼3:6歳 スナップボタンをとめる/セロハンテープを貼る/ ボタンをはずす/はさみで紙を切る ・3:6歳∼4:0歳 トイレットペーパーを引き出す/タオルをしぼる/ ボタンをとめる/ひもを丸結びする. い」ということではなく、彼らの認知特性を理解し、それに沿った提案を行 う必要がある。療育者の意見を求め、あいあい教室にプロトタイプを持参す ると、しばしば保護者からも声をかけてもらう機会がある。我が子ならこん な風に使うと思う、もっとこうなっていたら自宅でも使いやすいかも、と いった率直な声が、プロトタイプ改良のきっかけになることも多い。このよ うな対話の中で見えてくるのは、 「就学」という大きな節目に対する様々な思 いである。視覚障害児は、ボタンを留める、蛇口を回すなどの生活動作につ いて、視覚的模倣や空間把握を伴う動作が困難であることなどから、「押す」 や「回す」といった手指の操作機能の習得に時間がかかる傾向にあるが8)、 就学期には規則的な生活への対応や身辺処理などのレディネス形成が求めら れ、そこに不安を覚える保護者は少なくない。また、療育時だけでなく自宅 でも可能な取り組みを知りたいという要望もしばしば寄せられる。 そこで2016年より、就学レディネスを意識した、生活動作習得に関する研 究を開始した。手指の巧緻性を有する生活動作を抽出し、習得難易度が低い 動作から高い動作、練習開始目安時期(注2)、9)、10)が早い動作から遅い動作ま で幅広く、計24項目を設定し(注3)、各生活動作習得の難易度や経験の有無11)、.

(6) デザイン学研究特集号  Vol.26-1 No.99. 習得のために療育で活用されるツール・手法について調査を実施した12)。 ツールには、市販玩具、手作り玩具、市販の製品及びそれに手を加えたもの を含む。 それらの結果をもとに、①子どものために:現時点で不足していると考え られる生活動作習得ツールの制作 ②大人のために:保護者や療育者が生活 動作習得に関する情報を共有できるデータベース作成、を併せて進めること とした。. 3.2.「知る」「わかる」「できる」─生活動作練習プログラム. 療育観察の場では、ひとつの生活動作習得にあたり、複数の療育ツールが. 使用されるケースが多く見られる。また、動作=手指の操作と考えがちであ るが、その前段階として“視覚情報に依らない概念形成”が重要であり、動 作に関わるもの(ドアを開ける=ドアノブなど)の存在を“知る”こと、そ の構造や因果関係の“理解”を促すことにも多くの時間が割かれる。その上 で、動作習得に向けた手指の“操作”の訓練を重ねていく。晴眼児が「いつ のまにか、なんとなく」習得可能な動作も、療育の場においては細分化され たステップで、かつ各ステップに明確な意図をもって子どもたちの「でき た!」に繋げている。 これらの流れは W 3 C の WCAG (注4)で示される「知覚可能」「理解可能」. 「操作可能」という要件とも呼応しており、視覚障害が時に情報障害とも表 現されることを考えると、この要件はウェブに限らず、療育においても適用 可能な内容であると考えられる。これらのことから、生活動作習得のステッ プを『1.知る(知覚)』『2.わかる(理解)』『3.できる(操作)』と設 定、24種類の生活動作をそれぞれのステップごとに分解し、各ステップの達 成項目を設定した。加えて各ステップで療育に用いられるツールや手法を整 理した。これらを一望できるよう『視覚障がい乳幼児の生活動作練習プログ ラム』(以下生活動作練習プログラムとする)として一覧表を作成している (図10)。. 図10 『視覚障がい乳幼児の生活動作練習プログラム』(一部抜粋) . (注4)W 3 C の Web Content Accessibility Guidelines 2 . 0. (WCAG)において,障害を持つ人々が正しくか. つわかりやすくウェブコンテンツにアクセスしや すくする重要なポイントとして「知覚可能」「理解 可能」「操作可能」という項目が示されている.. 3.3. 生活動作習得をたすけるツールの制作. 先述の調査結果より、生活動作習得難易度調査において難易度が高く、か. つ療育施設での観察調査において有効な習得支援ツールが見当たらない生活. 83.

(7) 84. 特集:「QOL+(プラス)」を考える. 動作をステップごとに抽出し、そのうち「はさみで紙を切る(できる)」「ひ (注5) もを丸結びする(できる)」「端の開いたファスナーの上下(わかる)」. の3つの動作の円滑な習得を助けるツールを制作した。 いずれのツールも1)療育者による事前評価、2)療育の場での使用観察 (ワンゼロサンプリング法による発話抽出、3)療育者による事後評価、の 3つの視点からプロトタイプの評価・検証を行い、複数回の改良を重ねた。 ・プロトタイプ A:『ワニさんパクパク』(図11) 図11 『わにさんパクパク』. 「はさみで紙を切る」ためのツールである。はさみで紙を切るという動作. は、異なる動きをする左右の手の関係性(右利きの場合は左手で紙を支え、 右手ではさみを操作する)、紙に対し垂直にはさみの刃を当てて切るという 巧緻性が求められる。そこで、ワニの口に見立てたツールで紙を挟み左手で 持ち、左右の手の距離感やはさみの角度を安全に学ぶことを目指す。 ・プロトタイプ B:『郵便屋さんのカバン』(図12). 「ひもを丸結びする」ためのツールである。ひもを左右に交差させ、この. 動作には、片方のひもを輪にくぐらせるという空間認知と、左右のひもを しっかり握って均等に引くという力の加減が求められる。ひもの位置関係や 図12 『郵便屋さんのカバン』. 動きがわかるよう、左右で色やテクスチャを変え、軸となる側のひもに脱着 可能な芯材を入れている。一連の動きを安定して行えるよう、バッグには弁 当箱サイズのプラスチック容器を入れ、その中に手紙を入れて運ぶ“郵便屋 さんごっこ”のアイテムとした。 ・プロトタイプ C:『郵便屋さんのチョッキ』(図13). 「端の開いたファスナーの上下」は、まず構造の理解(習得ステップにお. ける「わかる」)が重要とされる。しかしながら一般的に衣類についている ファスナー(線ファスナー)は部材が細かく、「スライダーを上下させるこ とでエレメントが噛み合い開閉する」という構造の理解が、ボタンなど他の 開閉機構に比べ困難である。そこで、大きいサイズのファスナーを用いて開 閉構造をイメージしやすくした。まず左右端部同士がきちんと併せられてい るかがわかるよう印をつけたり、ファスナーの左右の色を分けて弱視児にエ 図13 左:従来ファスナーと大型ファスナー 右:『郵便屋さんのチョッキ』. レメントの噛み合う様子がわかるようにしたりと動作のステップを細かく確 認できるようにしている。プロトタイプ B での「郵便屋さんごっこ」が好評. であったことから、見立て遊びを連動させてこちらも「郵便屋さんのチョッ キ」とした。 プロトタイプの制作および検証のポイントは、 ①提案したツールが生活動作習得に対して効果的か ②意欲的に楽しみながら生活動作習得の為に取り組むことができるか の2点とした。視覚障害児の生活動作は繰り返し練習することによって習得 されていく。そのため積極的に訓練に取り組む姿勢が重要であり13)、子ども 自身が楽しみながら取り組めるツールであることは、学習全般への能動性に つながる重要な要素であると言える。 検証を進める中で、能動性を育み円滑な習得へつなげるポイントとして見 えてくるのは“物語”の重要性である。モノに付与された“物語”は子ども とツールをつなぎ、療育者との対話を生み、意欲的な取り組みに発展させる 役割を担う。本研究では、療育者へのプロトタイプ事前評価を通して、物語 を想定した修正を行った。当初『郵便屋さんのカバン』は動物の顔をモチー. (注5)カッコ内は『1.知る(知覚)』『2.わかる(理 解)』『3.できる(操作)』のうち,主として目標 とするステップを示す  . フにした袋の紐を丸結びして耳にするというものであったが、療育者から 「手紙を届ける」物語の提案を受け、郵便屋さんごっこを想定した仕様を加.

(8) デザイン学研究特集号  Vol.26-1 No.99. えた。実際の療育では、語りかけ(手紙を〇〇先生に届けてくれる?)→練 習(手紙の入った容器をバッグに入れて丸結び)→他者との関わり(先生や お友達に配達)、といった一連の『物語』は、紐を丸結びするという動作に 対する意欲を高め、能動的な発話が多く見られる結果となった。. 3.4. 生活動作習得に関するデータベース. 視覚障害乳幼児に対する、生活動作習得を含む自立活動支援の取り組み. は、各特別支援学校や療育施設、家庭において日々様々な工夫を積み重ねな がら実施されている。しかし、これらの膨大な蓄積のうち、広く一般に公開 されているものはごく一部であり、情報交換の機会や範囲も限られることか ら、必要な情報にアクセスできずにいる保護者も多数いることが推測され る。特に先述の『物語』を含んだ手法の部分はわかりにくい。そこで、生活 動作習得の一助となるよう、これまでの調査内容を編集し、ウェブサイトで 公開することとした。 『生活動作練習プログラム』は24種類の生活動作について、ステップごと に習得に役立つツールや手法を一望できるよう一覧表の形にまとめたが、そ のままでは詳細がわからない。施設や家庭においてこれらの手法を取り入れ るためには『物語』に加え、市販品の場合はその製品名や仕様、手作り品の 場合はその作り方に関する情報なども必要となる。『生活動作練習プログラ ム』の一覧表と併せ、24種類の生活動作×3つのステップについて、習得を 目的として用いられるツールやその使い方のポイントなどを盛り込んだ、 カード型データベースを作成した14)。 データベースの検索項目は「生活動作」「ステップ」「練習開始目安時期」 「習得難易度」「入手方法」の5項目のプルダウン選択式であり、結果として 表示されるのは表2に示す11項目とした。 表2 データベースの項目. 3.5. 療育者と保護者への調査. このデータベースの有用性について、療育者と保護者各6名に対し、デー. タベース画面を提示の上、質問紙調査を実施し、併せて画面操作中の発話 を抽出した。「知る」「わかる」「できる」の3つのステップによる習得方法 の提示については双方好評であったが、「動画などで使用方法をもっと詳し く」と習得に向け、より具体的で充実した内容を求める声が共通して得ら れた。加えて、回答者数が限られていることから、必ずしも属性による有意. 85.

(9) 86. 特集:「QOL+(プラス)」を考える. な傾向の差異であるとは言えないが、自由記述や発話も含め、保護者と療育 者で評価が異なり、立ち位置や視点の違いが感じられる点がいくつか見ら れた。 「生活動作の種類(全24種類)は足りていますか?」という問いについて は、療育者は「概ね足りている」という評価であったのに対し、保護者は 「もっと必要である」という評価が多く(図14)、「一つ一つの動作ではなく、 図14  「生活動作の種類は足りていますか?」. “食事”“入浴”のようなシーンごとにわかると良い」と言った意見も得ら れた。療育者が、生活動作を手指の掌握機能と操作機能といった「基本機 15) 能」 とその組み合わせと捉え療育を行うのに対し、保護者は日常の生活. シーンにおける様々な困難などから生活動作を捉えることによると推測さ れる。 また、データベースでは検索条件および結果表示において示している「練 習開始目安時期」について、療育者は対象児ごとの発達段階に応じて療育を 行うため特に必要がないという意見が大半を占めたが、保護者からは「必要 である」という回答が多く見られた。一方で自由記述や口頭によるコメント 図15 「検索画面で得たい情報は?」. では「具体的な年齢が書かれているとプレッシャーになるのでは」といった 意見も見られ、一般的な習得のタイミングを把握しておきたいという意識 と、それをそのまま我が子に当てはめて考えることへの逡巡を垣間見ること ができる。 これらの結果から、①データベースの検索結果に動画を埋め込めるように するなど使い方に関する情報量を増やす、②個々の生活動作に加え、シーン ごとの検索を可能とする、③現在、年齢(月齢)で示している練習開始目安 時期については別の形での表現を試みる、といった点を含め、現在データ ベースの改善を進めている(2019年2月現在)。. 4.まとめ QOL すなわち生活・人生の質はあくまでその当人のものであるが、それ. 単体で存在するわけではなく、身近で重要な他者の QOL とも密接に関りな. がら構成されている。本稿における盲導犬ユーザーと盲導犬、障害をもつ子 どもとその保護者はまさにその関係にあり、デザイン提案においては、両者 を車の両輪のような関係と捉え、一方の QOL 向上のために他方の QOL が損 なわれることのないよう、この両輪が長く滑らかに回り続けることができる よう、その一助となることを意識することが重要である。盲導犬のハーネス のように1つのプロダクトで双方の快適性向上の実現を目指すケース、視覚 障害児の生活動作習得支援のようにそれぞれに向けた提案を行うケースな ど、そのアプローチは様々であるが、課題解決の視点をほんの少し拡げる、 ということが、QOL+における『+』の一つではないかと考える。. 【謝辞】 本稿で紹介した研究の一部は JSPS 科研費(基盤(C)課題番号16K00728:. 代表:白髪誠一 及び 基盤(C)課題番号:16K01896 研究代表者 : 赤井愛)の 助成を受けたものです。また調査に協力してくださった方々、社会福祉法人 兵庫盲導犬協会及び社会福祉法人京都ライトハウスあいあい教室の皆様、そ して意欲的に研究を進めてくれた学生諸君に、この場を借りて感謝の意を表 します。.

(10) デザイン学研究特集号  Vol.26-1 No.99. 参考文献 1)厚生労働省:身体障害者補助犬実働頭数,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/ 0000165273.html(参照日 2019年1月30日). 2)日本盲導犬協会:New Harness Handle,https://www.moudouken.net/knowledge/pdf/new_harness_. handle.pdf(参照日 2019年1月29日). 3)白髪誠一,坂田紘一,赤井 愛,他:楕円型ハーネスの形態最適化─盲導犬とユーザーの快適 な歩行の実現に関する研究(その1),日本デザイン学会第62回春季研究発表会梗概集,2015 4)白髪誠一,多田琴絵,赤井 愛,田上貴久美:楕円型ハーネスの形態最適化─盲導犬とユー ザーの快適な歩行の実現に関する研究(その3),日本デザイン学会,第63回春季研究発表会 梗概集,208-209,2016. 5)井上泰孝,白髪誠一,赤井 愛,田上貴久美:y字型ハンドルを用いた歩行実験─盲導犬と ユーザーの快適な歩行の実現に関する研究(その5),日本デザイン学会,第64回春季研究発 表会梗概集,330-331,2017. 6)赤井 愛,時實 茜,古川千鶴:盲児の知的好奇心を育む「空・山・川・海に触るおもちゃ」 の提案,日本デザイン学会,第63回春季研究発表会梗概集,178-179,2016. 7)宮前貴行,赤井 愛,古川千鶴:視覚に障がいを持つ子どものための食器セットの提案,日 本デザイン学会,第64回春季研究発表会梗概集,498-499,2017. 8)五十嵐信敬:視覚障害幼児の発達と指導,コレール社,17-18,1993. 9)五十嵐信敬:視覚障害幼児の発達と指導,コレール社,110-111,1993 10)五十嵐信敬:視覚障害幼児の発達と指導,コレール社,146-147,1993. 11)倉田晃希,赤井 愛,古川千鶴,谷本尚子:視覚障がい児の生活動作の習得難易度に関する 調査─視覚障がい児の生活動作習得を円滑にするための玩具の研究1,日本デザイン学会, 第64回春季研究発表会梗概集,334-335,2017. 12)宮前貴行,赤井 愛,倉田晃希,他:視覚障がい児の生活動作習得に関するツール及び手法 の調査─視覚障がい児の生活動作習得を円滑にするための玩具の研究2,日本デザイン学会, 第65回春季研究発表会梗概集,170-171,2018. 13)長崎 麻:視覚障害生活訓練の指導方法─盲学校における歩行訓練と日常生活動作訓練─, 高知県立盲学校,2006 14)倉田晃希,赤井 愛,宮前貴行,古川千鶴,谷本尚子:視覚障がい児の生活動作習得のため のツール及び手法のデータベース構築─視覚障がい児の生活動作習得を円滑にするための玩 具の研究3,日本デザイン学会,第65回春季研究発表会梗概集,172-173,2018. 87.

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