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19世紀英国のコスチューム・ブック

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(1)

19

The

 

Costume

 

Book

 of the Victorian Age

山 本 麻子

京都女子 大学短期大学 部

YAMAMOTO

 

Asako

Kyoto Women

s Junior College

は じ め に  

19

世 紀 初 頭の イ ギリスにおいて庶民に関 する本が相次 い で出 版 され た (注 1)。 その多 くが

それ まで見 過ごさ れ て きた田舎の風 景 や階 級の 生 活に目 を 向 け た も の で

特に服 飾 を 主 題にし た もの が 目 立っ た 。 本 論で は こ の よ う な 書物の 出 版が こ の時 期に重なっ た背 景と

著 者た ちの視 点

ま たこ れ らの が服飾研究に与 えた影響 につ い て検討してい く。 庶 民へ の興 味  1800 以 前の服 飾に 関する本の 多く は

各時 代の 王侯 貴 族の 衣類

ま り流に よっ て形が頻 繁に変 化 する フ ァ ッ ショ ナ ブ ルな 衣 類に つ い て述べ た もの が 主 流 だっ た。 そ れに対 してこれ らの 新 しい 本は

変 化の少ない庶 民の衣類にを とりあ げ記 録をは じ め た。  最 初 に 現れ たの は

J ・

ス トラ ッ トに よる 『イ ギリス

人の 衣 服 と習慣の 全容 』 (A ごo〃lptete  VieiV of  the O,

ess and  Habits of the People of Engiand1796)で ある。 本 書

は全

2

巻か らな り

第 1巻は原 始 時 代 から

9

世 紀 ご ろま で の イ ギ リス

イス ラエ ル

ギリ シャ

アジア諸国につ い て

ま た第

2

巻で は17世紀 末まで の イ ギ リス の生活 風 景と市民

軍人

聖職 者 等の衣 類につ い て

各時 代の 文 献や物語の 記 述の 引 用お よ び遺 物か らの模 写 など143枚 の図版をあ げなが ら説 明 して い る (注

2

 第 倦 の 序 文によ る と

当 時 すで に衣 類や軍 服に関す る書物 は 出 版 さ れてい た が 「私た ちの祖先の広 く行 き渡 っ た流 行を示し

整理 し た書物は こ れまでなか っ た 」と し

ま た 「鑑 識 力の発 達 と並 ん で

イ ギ リスの作 家、 画 家

彫刻家

俳 優な どの こ の に対 する不安は増 加 し

先人 たちの不名誉な失 敗を避け る た め にも

さ ら なる服 装につ い ての充 分な知 識を求めて い る」と本 書の 出 版の 目 的を述べ て い る (注

3

)。 主 な 対 象は軍 人や市 民 階 級が 中 心 だ が

2

巻で は チ ョ

著 「カン タベ リ

語 』 の 登 場 人 物 として 「木こ りの妻 」や 「農 夫 」な ど

田舎 の風俗 も取 り上げてい る (注4 )。  こ れ 以 前に服 飾史を 体系づける研 究は少なく

本 書が 同時 代の 服飾研究の発 展に与 えた影 響は大 きい

ま たス トラ ッ トの 著 作の 中で も最 も 資 料 的 価値が高い とさ れ て い

5

。 コ ス チュ

クの 出 版ラッ シュ   19世 紀に入る と さら に庶民 や労働 者階級 を 主 題 とし た 書 物 が 現 れて くる 。 『職業につ い て』 (rhe Book  of Trades

1804 )

コ ンブ著

 T

ラン ドソ ン画 『シン

タッ クス 博 士の 田舎調 査』(

TOUt’

 of 

Dt’

 

Syntax

 in seat

ch of

the Picturesque

,1813)

 W

・H ・

パ イン 「マ イクロ コズム』 (Microcosm

1806 )

『下層階級の ス ケ ッチ(Character

Sketches{of ’he Lo)ver Orders

1820 )

 T

バ ス ビ

著 『ロ ン

ドン の下 層 社会の 服 装 』 (Costume of the Loiver 

Orders

 of

London,1820

ス ミ ス画 『放 浪者達 ;ロ ン ド ン の路

上 をさまよ う乞 食 達の逸 話 集 (Vagabondiana ;or

4necdotes of Mendicant JVanderers 

Through

 the 

Streets

(ゾ

London,

1817 お よび 『ロ ン ドンのび売り』(The Cries

of Lon don

1839 )な ど が あ げ ら れ る。 こ の よう な 書 物の 出版が相次い だ理由と して

フ ラ ン ス革 命の 影 響に より

フ ラ ン ス をは じめ各 国で 市 民や労 働 者 階 級に関 心が集ま っ た 結 果 だ とい わ れてい る (注

6

)。   1800 年 代 後 半か ら1830 年代に かけて 『コ ス チュ

オ ブ

』とい う題名の が 目立 ち は じ め る。 こ れらは 人物 像の 着色図版プレ

ト を中 心 として

服 飾や持 ち 物 につ い て詳 し く描い てい るの が 特 徴で あ る。 本 論で は 厂コ ス チュ

と 名の つ いた書 物

および題 名は異な るが服飾を中心に描い てい る絵入 りの書物 を 「コ スチュ

ブッ ク」と呼ぶ こ とにす る。

 

ンは 『マ イクロ コズムに続い て 『大英 帝国の服 装』 (

The

 

Costume

(ofGt

ear Britain

,1808 )を出 版し た。 こ

れ は60 枚の ア クア テ ィ ン ト版に彩 色がされ た プレ

ト か ら なっ て お り

素 描

銅 版 画

解 説のすべ てをパ

が行っ た。 対 象として は市 長 や 裁 判 長 か ら旅 芸 人

漁 師

小 作 農

畜 殺 人 など実に 岐に渡っ た 階層が取り上げら

(2)

Japanese Society for the Science of Design Japanese  Sooiety  for  the  Soienoe  of  Design

年表

 

本 論でとりあ げ た 庶 民に関 する書 物の出版 年

        

1

1796   亅ohn  Strutt

 

Complete

 P/iew ofthe  D「ess ’Vabits Peoole

      of Engtand

180418061808181318141818

t827

183818511897

The Book(}

fTrades

W

H

 Pyne

 M’c’oω 胴

W

H

 Pyne

 The Cos’ume 〔G厂eat Britain

Comb

 Tour〔)

fDr

 

Syn

’ax in search (’heρ’c’uresque

George Walker

 Costume of 

YorkShi

厂θ

W

Johnston White

 Working Cla∬

Co

∫’翩 θ

W

Cobbet

 Rura’Ride

W

H

 Pyne

rhe Costume【)

fEng

’σ嘱 ∫co ”and  and

〃 e ’andW

Howitt

 The Ru厂a ’る qズEng’and

Henry Meyhew

 Ltfe and  Laわ側 厂’加 London Poor

Cou〃ノLtfe れ

そ れ ぞ れの 職 業の歴 史 を簡潔にま とめ てい る。 た と えば 「煉 瓦 造 り」で は各地方の煉 瓦の 比 較

「バ タ

絞 り」 (図

D

で は 「チ ャ

と よ ば れる道具の 遷につ い て取 り上 げて い る。 服 装に つ い ての 文章は少 ないが

イ ラス トレ

ショ ン によっ て 服 装 や道具な

どが詳 細に描 かれ てい る。  同 じ出 版 社からは

すで に トル コ

中 国

ロ シ ア

ス ペ な どの 諸 外 国の 服 装につ い て の 本が 出版さ れ てお り

パ イン の 著作 本は外 国と イ ギ リス (自国)との 比較と して出 版 され た

この シ リ

ズ の書 物は いずれ も

4 〜 8

ギニ

と高価 だっ たの に も 関わ ら ず

さ らに

1827

年に はパ ンに よ る 『イング ラン ド

ス コ ッ ト ラン ド、 アイル ラン ドの 服 装 』(The Cosiume  of

England,

 Scotiand and  lreland)も出 版 され

外 国で もこ

れ らの模 写や 模 倣が 出回る ほ どの 人気 だっ た

こ の シ リ

ズ に向 け

出 版 社 文 明 (生 活と 精 神 的 な 発 達は各地です すん で お り

素 晴ら しい 好 奇心は研 究 心 を 目覚め させ

精 通させ

外観やマ ナ

ー、

外国へ 見 解 を 深 め 」こ の好 奇心

満たすのが

ま さに こ れ らの 本で ある と序文で明し

この分 野に対 する読 者の 興 味の 高 さを示し てい る (注

7

)。 田舎へ 関心  

1810

年 代 を過 ぎる と

地 方や農村の生活が 取 り上 げ ら れ は じ め る。

1814

年に出版され たG

ウォ

著 『ヨ

ク シ

服 装 』 (

The

 

Costttme

 of YorkSh’re)は

すで

図1 パイン画 「バ タ

絞リ」1808年 に画 家と し て有 名だったウt

ク シャ

の 本 屋 が ドロ

イン グの シ リ

ズを 出 す よ うに勧め て制作 さ れ た た。

40

枚の 絵と説 明文の両方をウォ

自 身 が 手が け てい る。 主に取 り上 げ られ てい るの は

漁 師や ク ラ ンベ

り な どの ヨ

ク シ ャ

地 方の 労 働 者 だが

ほか に貴族の 鷹 狩 り や軍隊 な ども 含 まれ る

また夏至の 夜の 食 事 風 景や

台 所で オ

ト麦の ケ

キ を 焼 く様 子 も あ り

服 装 だ けで な く

当 時の 生活風景を 生 き生 き と伝 えてい る。 また背 景に蒸気 機 関 車 等 も描か れ るな ど

地 方にお け る 産 業 革命の 影 響も見て と れる。

 

本 書も衣 類につ い て説 明 して い る文章は ほ とん ど無い が

ク シャ

の 中で 労 働 する人々 の服 装

持 ち物

仕 草が 丁寧に描か れ てい る

男 性の服 装は

ほ と ん どの労 働 者 がシ ャ ツ

ベ ス ト

上着の 組み合 わせ にス カ

フを 胸 元に結ん で い る。 ひ どい ポロ着はない が

ど れ も質素で

中にはほつ 継 ぎ当ての ある衣 服もみ ら れる。 またム

アガ イ ドや鯨の ひげ 加工業 など

常に 足 下 を覆うこ と が必 要な職 業は長ズボン を 穿い て い る が

そ れ以 外の 男 性は膝丈 までの ニ

ブ リ

チ と脚絆を 穿い て い るの に対して

裕 福 そ う な 馬商人は長ズボン によ く 磨か れ た歯 車付きのブ

ツを 履 き

こ ぎれい なフ ロ ッ ク コ

トを 羽 織っ た姿で描かれてい る。 当時

長 ズボンは フ ラ ンス革 命 後の重 要 な 市 民 服と しての立場を確立 しつ つ あ り

イギ リス では19世 紀 初 頭に都市部のい世 代 を 中 心と し た流行の衣 類で ある。 本書か ら1810 年代 には

すで に地方 都 市の

部の 人々 に

流 行の 長 ズボンが取 り

(3)

図2 ウ ォ

画 「ディ レリ

渓 谷のニ ッ タ

た ち」 (1814) 入れ られて い たこ と が わ かる。   女 性の 服 装は

短い 上 着 と く るぶ し まで の長い ス カ

エ プロ ン

元 にはショ

ル をたす きが けに し

に は布 製の ボンッ トまた は ス トロ

素材の ボ ンネッ ト を 被っ 。 農 作 業 を 行 う女 性は手の保 護の ため に手 絆をつ けて おり

前時代 まで の服 装と大 き な変化はない

新 しく立 派 な 衣 服 会 館での地 売 買の様 子が描か れ

繊 維 産 業が ヨ

ク シャ

地 方の重 要な産業だっ たこと を伝 えてい る。 衣類関 連の職 業と し て は衣類 商人

洋 服 職 人

ウェ ンズ イ渓 谷の ニ ッ タ

た ち (図

2

)が 取 り上 げい る。 ま たウォ

少年た ち と くたびれ た衣 類 を描 くこ とで

労働 者の健 康状態や 工 場の排 気 汚染など

地方の 生活に 現 れ てきた新しい 問 題 を と りあ げ警 告した。  

1818

年に は

W ・J ・

ホ ワイ トによ る 『全 身 像によ る 人

物スケッ チ』 (

Sketches

 of 

Characters

 

Consisting

(ゾ晩 o,θ

Lengrh Portraits)出 版さ れ た8) 。 これ は ノ

フ ォ

ク 地

ブ リ ジ 地

ミ ド な ど民の姿 28 点をホ ワ イ ト自身が描い た もの である。 当 初は イ ギ リス土 を網 羅する17の シ リ

ズ が予 定さ れ て い たが

ホワ イ トの 家 庭 事 情 や 環 境の 変 化 など で計 画は 中 断 して し ま う。 その

部をまと め た もの が本 書で ある (注9 >。  こ の本の最 も特 徴 的 な 部 分は

描か れて い る 人 物 が す 図3 ホワ イ ト画 「フェ ン周辺 の女 性た ち」 (1818) べ て 実 在の人 物 をモ デ ル に して い る ことで ある

ホ ワイ トは編 者に

すべ ての 人 物につ い ての メ モ書 き を添 えて い る。 たと え ば 『フ ェ ン周辺 の女性た ち』 (図3 )で は

左側の女 性は アン

マ ニ ング とい う 「ニセ医 者」で

村 の 貧 し く信 じやすい 々 の 病 気 を 治 してい た。 ま た 右 側 はエ リ ザベ ス とい う市 場で 働 く女 性で

こ のに描か れ たす ぐ後に亡 くな っ たとい う。 この他にも賭博 好きの男 性や

片 足を失っ た男 性な ど も描か れ てい る。 ス ケ ッチ は彩 色こそさ れ てい い が

鋭い観 察をもと に詳細に描 か れてお り

顔 立 ちや体つ き も そ れ ぞ れ 個 性 的あ る。   男 性は や は りニ

ブ リ

が 大

下 に短 靴

上着 また はフ ロ ッ

トを 着用 し てい る。 また どん な 人物でも帽 子を被り

その ほとんどが トッ プハ ッ ト であ る。 また男性や子供が シ ンプルなスモ ッ クを着てい る姿 も 見 ら れ る。 ま た 中に は裾 が ボロボロ の コ

トやポロ着

義 足の男 性も描か れてい る。 し か しこれ まで見て きたコ ス チュ

ブッ ク と異な り

人々 を職業で分 類 する こ と は な く

ま た 職業 も数 名 し か 明記 さ れて い ない 。 だ が 職 業な どで は分 類しきれない

当時の 生活風景お よび衣 服の本 当の姿が その ま ま描か れ てい る とい えよう。 例 え ば

ベ ル トに ハ サ ミぶ らさ げて歩 く女 性の姿や

エ プ ロ ン の たく し上 げ 方 など

当 時に実 際に行わ れて い た着 装方 法を伝えるもの で

庶民の服飾を研究 する上で資 料 価 値 が 高い とい えるだろう。

(4)

Japanese Society for the Science of Design Japanese  Sooiety  for  the  Soienoe  of  Design

  こ う した 地 方や村 な ど 地 域に限 定 したコ スチュ

ブ ッ ク が 出版 さ れ た背 景とし て は 「田舎信 仰 」がげ ら れ る。 都 市部で は急 速に失わ れ てい く

方で

「古 き良 きイ ギ リス」の姿 を懐か しみ 田舎や 田園 地 帯へ の憧れ は 強まっ てい く。 やがて 「自然へ 帰れ (Back to Nature )」 を キ イ ワ

ド とした若者を中 心と した流行とな り

出 版 社や画家た ち はこの新しい ブ

ム に応 えて い っ た (注 10>。 しかし実際に は

新しい 農 業政策の 導入と交 通 機 関の発 達 によ る都 市 部 との交 流の影 響によっ て

農 村 部 の 暮 ら し は急 速に近 代 化してい っ た 。 これ を嘆く 人々 に よっ て

失わ れ て ゆ く田園 風生活の観 察と記 録が は じ ま り

や が て1830 年代か ら地方 文学 (カン ト リ

ラ イテ ィ ン グ)と呼ば れ る新しい 小 説 形 態に結びつ い て い っ た (注

11

)。   W

コ ベ ッ トは 『農 村 紀 行 』 (Rurat Ride

1818 >の で サ リ

州フ ァ

ナム周辺 の 生活風景を綴り

囲い み に よっ て もた ら さ れ た農業 労働者の苦しい 生活につ い て 厳 しい意 見 を 投 げ か け た 観察者の

人であ る

興味 深い の は

彼がそ の村の暮ら し ぶ りを農 村で働 く若い女 性の 服 装の 状 態で 判 断 してい るとい うこ と だ。 た と え ば 「

    通り すが りに眺め た とこ ろ

労働 者の住居は結 構なもの と見 えた。 服 装 も健 康状 態 もかな り良 好。 野 良 で 働い て い る娘たち (わ たしの判 断 基 準はい つ もこれ は ポ ロを 着てい ない

小 さな 靴 をは き

足首に布 を巻 き つ けてい る。 ウ ィル トシャ の 娘たちの やっ て い たの と同 じ。」と述べ

服 装を詳しく観 察し てい る (注12>。 つ ま リコ ベ ッ トに とっ て

服 装は単 なる衣 類でな く

生 活の 程 度 をあ らわす 重要な 指 標で あっ た わけで あ る

 

W ・

ウィ ッ トは 『英 国の 田園 生 活』(Ritrat Life qf Engtand

1838 >で

1830

40 年代の イギ リス を旅 行し

見 聞し た村の様子を はじめ

貴 族 生 活

農 業に携わ る労 働 者の生 活

辺 境の 村 と 旧 跡 巡 り

さ らに クリスマ スや

5

月祭な どの伝統行 事や祭りの様 子や

リゾ

ト風 景

スポ

そ して農民たちの娯 楽と趣味まで伝えてい る。 こ こには古 くか らの イ ギ リス の伝 統 や 自 然 を敬いえ た 牧 歌 的 な 雰 囲 気が漂 う。 またM

ミ ッ トフ ォ

ド やF

トン プソ ン等の 著 作 も

失わ れ てい く村の風 景と文 化 を 懐 か しみ

都 市 部の 田園 信 仰の 読 者 た ちの郷 愁 を誘 う も の で あっ た 写 真 技 術の影 響   1850 年 代に 入 る と

写真技術の発 達が書 物の挿 絵に影 響を及ぼ し は じ め る。 初 期の写 真は高 価で 大が か りな 機 材 とフ ィ ル ム の準 備 が 必 要 だっ た ため に

家の手 を 借りな け ればな らず

また撮 影は写真 館な どの屋内に限 られ て いた

その ためt860年 代 まで は労 働 者 階 級 を 主 役 に据え た写 真はほ とん ど無かっ た (注 13 >。 し か しH

メ イヒュ

に よ る 「ロ ン ドン の 労 働とロ ン ドン の貧 民』

(乙旋 and  

LabOttt

of the 

London

 

Poor ,1851

では

ロ ン ド

ン に暮らす下層民 た ちの イン タ ビュ

と共

か ら 描き起こ さ れ た大 量の挿 絵が掲 載 され

都 市 部の 下 町に お け る現 状を伝 えた

さ らに 1861年 版で は写 真から 直 接 版 を作 っ た 図 版 も加 え られい る。  以前まで の挿絵は

画家 自身が現地に出 向い て簡単 な ス ケッ チ を行い

に修正

加筆 する た め に

画家の主 観や記 憶の正確さ が影 響す るの は や む を得 なかっ た。 だ が写 真 技 術の 導 入に よっ て

挿 絵の客 観 的 な描 写が可 能 と な り

ま た高性能フ ラッ 開発よっ て

下水 道 な ど暗い場 所で働 く労働者の 姿も

IE

確に記 録できる よう になっ た (

1

5

)。   t888 年に は コ ダッ ク社が 「ス ナ ップシ ョ ッ ト」を発売 した。 これ は固 定 式 ピン トレ ンズを 付 きの カメラで セル ロ イ ドの ロ

ル状フ ィ ル ム を使用 し て お り

屋外での 影を手軽に し た。 写真家た ち は被 写 体を求め て郊 外に赴 き

その結果

田園 風 景の最 後の 姿が数多く写 真に残 さ れ るこ とに なる (注14>。 F

サッ トク リフ は

19世 紀 後 半の 漁 港の風 景や人々 の姿を 撮影したこ とで知ら れ てい る。 彼は人々 を整 列させずに

漁港で路 店を 覗き込む漁 師たちの姿や子供達が家計の 足 し に な る ように編み物に い し ん で い る様子 な ど

自然な漁 港の生活風 景 を撮影 して い る (図

6

彼の 写 真は1897 年に創 刊 さ れ た雑誌 『カン トリ

ー ・

ライフ』 (

Country

脾 )にも掲 載さ れ

都市 部の読 者たち も目に し た。 同誌は田舎の風 物各地方 での 出 来事などの写 真 を 掲 載 す る な ど

写真をい ち 早 く 取り 入れた雑誌で も あっ た (注

15

) 。 出 版 当 初か ら 「失 われ て い く昔の風景」や 「昔ので働い てい た老人」 な ど

読 者 が田舎の 風 俗 をテ

マ に撮影し た読投 稿写真 も掲載さ れ

こ の 期に は カメラ が

般に広まっ てい た こ とが わ か る。  1890年 代に は本 物の 田園 風 景は失わ れて し まっ たに も

(5)

図5 H

メイ ヒュ

「排 水 溝の ネ ズ ミ捕獲 人」 1860年 頃 図6 サッ ト ク リ フ 「コ

スの横でた た ず む漁 業 関 係 者 たち 」1890年 代 関わ らず

牧 歌 的 な 風 景 画や写 真は減 る どころ か む しろ 増 加し、 こ れ ら の写 真がい ま は現存し ない 当時の庶民階 級の服 装に関 する貴 重 な資料となっ た (注16) 著 者の視 点  19世 紀 初 頭 か らはじ まっ た これ らの 書 物に

環 し て共 通し てい る のは

服 装に対 する関 心の深 さであ る。 こ れ らは単 なる衣 服の記録に は留まらず

生活 文 化を知るた め の重要な指 標と して捉 え られてい る。 ま たコ ベ ッ トや メ イヒュ

飾を主題に し てい ない 書 物で も

衣 類 に 対 する記 述が非 常に多く

服装 が労働 者の 生 活 をより 深 く知る ため の有 益 な 資 料で ある こ と を

記 録者た ち が 明確に意 識 した 顕 れであろ う。  し か し著 者た ちの庶民た ちへ の視 点は

定で はな く

時 代 と ともに変化 してい る。 初 期の代 表 作であるパ イン の 作お よ び同 出 版 社の シ リ

ズ は

イ ギ リス 土 や諸 外国 までの広い 範 囲 を対 象とし

衣 服や習慣な ども含め た 国民の 生 活 を 全 体 的に捉 え

その歴 史 的 背 景から産業 や職業な ど労 働 者の社 会 的 地 位 を 理 解 し よ う と す る 立 場 を取っ てい た。 ま た彼ら の服装の描 写は本来の姿よ り も

見 栄 え よ く描 かれ てい る ように見え

労 働 者たちの生活 は諸外国の文 化と同 様に物 珍 しい事 柄と し て扱わ れ てい た 印象を受 ける

それに対 し

ウ t

や ホワ イ トの 視点 は

よ り庶 民に近い。 た とえば ウ ォ

自身が イ ギ リス南東部のヨ

ク で教 育を受け、

33

歳の時に本 書を 出 版 し

その 後 も生

の ほとん ど を ヨ

ク シャ

地 方で 過ご した。 その視 点は土 地に暮ら してい る 生活 者と し て の もの である

ホ ワ イ トが 実 在の 人 物を人 名

職業

経 歴

趣味な どの個 人 的 な 情 報 と共に記 したの は

彼 ら を 自分の 隣人とし て捉えてい た ため で あろう

ま たコ ベ ッ トは庶 民の視 点に立っ た新しい 政策へ の批判と村の記 録 を

ウ ィッ トは地 方で の文 化 だ けでな く

ジ プ シ

など階 級や職業で割り切れ ない 人々 にも目を向けてい る。 これ らの視 点の 変 化は

田舎 信 仰をきっ か け と し て

そこ に暮 らす 人々 の暮 ら しへ の理 解が深 まっ た結果であ っ た。 さ ら に1850 年代 以 降は メ イヒュ

代 表 され る よ うに都市部の 下層階級の観 察や ド キュ メ ン タ リ

な ど 生 活に深 く入 り込んだ報 告が増加 し

都 市 部

農 村 部の 別な く庶民に関 する研 究が進ん でい っ た。  またコ スチュ

ブッ ク のくは

、19

世 紀 を通 して 再 版を 重 ねてい る。 ウォ

初 版 人 気 た め 品薄で高 価で取 引さ れ」 1885 年に フ ラ ン ス語 訳 も 加 えて 再 版 され た。 序 文で は 「その州へ の関心

田舎の歴史、 絵 入 り本は最 近 ま す ます 高 ま り

再版の価 値があるだろ う」と 述べ ら れい る (注17 )。 また ド イツ

オ ラン ダ な どの 諸 外国 で も民俗 服に関 する 書 物 が 数

く現れ

1890年代には 庶 民の服 飾に関 す る 分 野 が 確 立 した こ と を 示し てい る (注 18 )。

(6)

Japanese Society for the Science of Design Japanese  Sooiety  for  the  Soienoe  of  Design

お わ りに   18世紀 末から19世紀初頭かけてあらわ れ たス トラッ ト などの服 飾に 関 する書 物に よっ て 当 時の服 飾 研 究の 活 性 化さ れた

ま た 同 時 期の 庶 民に関 する書 物の 登 場は

読 者の 下 層 階級に対 する興味を高めて い く。 その 中で もコ スチュ

ブッ クの出版は

それまで見 過ご され てき た 庶 民 階 級の 生 活

風 習

衣 装にも焦 点 を あて た だ けで な く

彼らの服 飾 が 重 要 な 資 料 と して認 識 さ れるこ とに つ な が っ た 当初は職業などで 整理

分類 する に と どま っ てい た著 者の姿勢 も

田 園信仰などの影 響を受け徐々 に 生活 者の視 点に近づ い てい っ た。 また写真技 術の発 展 は

よ り正 確で鮮 明 な 記 録 を 可 能とし

さ らに保 存 が 難 しい 庶民階 級の 服 装につ い ての 重 な 資 料の蓄積 さ せ た。 コ スチュ

ブ ック お よ び服飾に関する書物は世 紀 後 半に 入っ て も再 版 を繰 り返 し

こ の 分 野の確立 と

読 者の 興 味 が 定 着 したこ とを示 して い る

19世 紀 を 通 し て行わ れ たコ スチュ

ブッ ク の出 版 は

労 働 者お よ び 田舎へ 視 線を変 化

さ ら20紀 初に お 庶 民 階 級の服 飾 研 究へ の重 要 な 足 がか りとなっ た。 注

1)de Marly

 Working 1)ress

1986

 p

79

2) 亅oseph Strutt

4 Comp/ete  Fieu

 of  the Dress and  Habits of  the People

OfEng

’and

1842

 p

256

3)本 書の初 版は1796

1799年だ が

多くの誤 りが あっ た た めに

1842年に改 訂さ れ た

『文 化女子大学 図 書 館 図 録 西洋 服 飾 関 係欧 文 文 献 解題

目 録 』 4) Strutt

 op

 cit

 pp

118

162

5) 「その着 想の新 奇さ か らも

世界に先 駆 けて発 刊さ れ た本書は

真の意 味での体 系化さ れ た初期の西 洋 服 装史研究書と さ れ た」『西 洋 服 飾 関 係 欧 文 文 献 解 題

目録 』1980

1990年

26頁

6)de Mar[y

 op

 ei’

 p

79

7) 『西 洋 服 飾 関 係 欧 文 文 献 解 題

目録』1980

]990年

32頁

8) 本 害は 1971年に英国の服 飾学 会で解説

再編 さ れ てい る。 Pamela Clabburn ed

 Orerking Ctass Costutneンo川 Sketches of

Characters by WiUiam Johnstone White

ノ8/8

 the Costume Society

1971

9) ’bid

 PP

1

4

10)Alma Oakes and Marget Hamilton Hill

 Rural Cosrume

1970

 p

]4

お よびde marly

 op

 cit

p

76

8

両 者とも当 時の田園信 仰 を取 り上げ

てい る

11)レ イモ ン ド

ウ ィリア ムズ著 『田舎 と都 会 』1973年

149

−−

155頁

12)日本語訳を 引 用し た。 ウィリ ア ム ズ前 掲書

150頁。

13)Madeleine Ginsburg

 Vitorian l)ress  in Photographs

1982

 pp

19

23

14) ’b’d

p

21

15) 創 刊 時から 毎 号の紙は人物 写 真が飾っ た

John S

 Creasey

Victorian and Edivardian Coun’,乙丿冫oPηoidphotogra ρh

1977

 P

11

16)デ ビッ ド

デ ン著 『図 説 イ ギ リス の田 園 生活 誌 』

1991 年

IlO頁

17)Walker

 rhe Costume of γorkshire

1814

1978

 PP

5

7

またフ ェ ア ホル ト著 『英 国の服 装』第 2巻の グロ ッサ リ

に は700もの図 版 が

収 集さ れ

1846年の 初版 か ら1860年

1885年

L896年

 L909

版 を重 ねてお り

服飾 全 般に関 する分 野の確 立 も伺える

18)Alma Oakes and Margot Hamilton Hi]]

 op

 cit

 p

14

参 考 文 献

Oakes

 Alma

 and Hil1

Margot Hamilton

1“urat  Costu’ne

〃s  Origin and

Development in Western Europe and  Brilish lsles

 Batsford

1970

Clabburn

 Pamela ed

 Working  Class Costume ?om  Sketches of

Characters by eVjihatn Johnstone White

1818

The Costume  Society

]971

Creasey

 John S

 Yicto厂ian and  Edwardian Country Ltfe}om  Oid

Photograph

 B

 T

 Batsferd

1977

Combe

 Wil且iam

∠)OCIor  Syntax 

s Three Tours 

tt

’n Seareh of The Picturesque

 ofConsotation

 and  cゾA eWtfe

188

−.

Counto

Life

1897

Ginsburg

 Madeleine

Victorian t)厂e∬ in Photographs

 B! 「

 Batsford

1982

Fairholt

 F

 W

 Cost”me  in Engiand

 A History(lf∠)ress io the End (

ifthe

Eighteenth CentUt

 George Be【1 d

 nd Sons

1885

Pyne

 William H

 Pyne 

s British Cos’1tmes

 Wordsworth Edi【ions

1989

Strutt

 joscph

 A Complete厂’ew (

ifthe

 Dress and  Habits ofthe  People of

England

Yem the Es’abtishmen ’of the Sexons in Britain to the Present

Tinte

〃iustrated by Engravings

 R

 Planche

 ESQ

 F

 S

 A

 vol

1

2

1842

The↑abard  Prcss Limited

1970

Shaw

 Eg]on

 Frank Meadoiv Stttchffe 

s  Second Selection

 Th¢ Sutcliffe

Gallery

1978

Howi賦

 WilEiam

 The Rurat Lffe(of Engtand

]rish Univ¢ rsity Press

1838

1971

Wa [ker

 G¢orge

 The Cos’ume  of γorkshire

 Caliban Books

]814

1978

レイモ ン ド

ウ ィ リ ア ム ズ著 『田舎と都 会 亅 山 本 和 平

増田秀 男

小川雅 魚 訳

晶 文 社

1973年

1985年

デ ビッ ド

デン

r

図 説 イ ギリス の田園 生 活 誌』山 森 芳 郎

山森喜 久子訳

東洋書 林

1991年

1997年o 文 化女子大学図書 館編 集 『文 化女 子大学図書 館所蔵西洋 服 飾 関 係 欧 文 文 献 解 題

目録 』 全2巻

1980

1990年。 ヘ

ー・

メ イヒュ

著ジョ ン

キャニ グ編 『ヴィ ク トリア時 代  ロ ン ドン路 地 裏の生活 誌 』 植 松 靖 夫 訳

全2巻

原 書 房

1986 年

1992年

図 2   ウ ォ ー カ ー 画 「 デ ィ レ リ ー 渓 谷 の ニ ッ タ ー た ち 」 ( 1814 ) 入 れ ら れ て い た こ と が わ か る 。   女 性 の 服 装 は 、 短 い 上 着 と く る ぶ し ま で の 長 い ス カ ー ト 、 エ プ ロ ン 、 胸 元 に は シ ョ ー ル を た す き が け に し 、 頭 に は 布 製 の ボ ン ネ ッ ト ま た は ス ト ロ ー 素材 の ボ ン ネ ッ ト を 被 っ て い る 。 農 作 業
図 5   H ・ メ イ ヒ ュ ー 「 排 水 溝 の ネ ズ ミ 捕 獲 人 」 1860 年 頃 図 6   サ ッ ト ク リ フ 「 コ ー ヒ ー ハ ウ ス の 横 で た た ず む漁 業 関 係 者 たち 」 1890 年 代 関 わ らず 、 牧 歌 的 な 風 景 画 や 写 真 は 減 る ど こ ろ か む し ろ 増 加 し 、 こ れ ら の 写 真 が い ま は 現存 し な い 当 時 の 庶 民 階 級 の 服 装 に 関 す る 貴 重 な 資料 と な っ た (

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