タカアシガニを飼育・展示していた外国の7つの水族館

(1)

タカアシガニを飼育・展示していた外国の

7 つの水族館

安原健允

はじめに籠者はタカアシガニ

(Macrocheira kaempferi)

の研究を続ける中で，外国の博物館や水族館におけるタカアシガニの展示の実情を知る目的も加えて，旅行や出張などの機会に多くの施設を見学してきたその際，生きているタカアシガニの飼育展示は水族館に限られ博物館では見あたらなかった．外国の博物館におけるタカアシガニの展示については，先に本誌（安原， 2000) にタカアシガニの標本が展示されている 5 館を報告し，タカアシガニと並んで全節足動物中最大の甲殻類で，オーストラリアの沿海に生息する，タスマニアキングクラブ（オーストラリアオオガニ）

Pseudoca

ガ

nus

gigas

についても，我が国に生きた状態で輸入され，東京の中華料理店の水槽に入っていたことなどの報告をした（安原， 1995). オーストラリアなど南半球から生きたまま巨大な力二の輸入が可能になったのは搬送技術の向上によるところが大きい．我が国の水族館でこのタスマニアキングクラブを飼育展示していたことの報告（日動水誌，別冊1998) によれば，マリンピア松島水族館(2個体），大洗水族館(6個体），八景島シーパラダイス(3個体），志摩マリンランド(2個体）の4館 13個体であるが，最近になって和歌山県すさみ町立エピとカニの水族館でも職員が，オーストラリアのシドニーから機内手荷物として持ち帰ったタスマニアキングクラブを飼育展示していることが報告された（水上，2004). タカアシガニはわが国では，多くの自然史博

Takenobu

Y AS UHARA:

Seven aquariums of the

for-eign country which bred and displayed the giant

spider crab (takaashigani)

物館や海洋・漁業資料博物館，水族館などで展示されており特別な存在ではない．しかし，タカアシガニが諸外国の博物館などで生きた状態で飼育展示されていることの報告はみあたらないので，箪者が直接訪問した水族館のうち，タカアシガニが飼育展示されていた外国の

7

つの水族館における，タカアシガニの飼育展示環挽，個体数，および，水族館の概要などについて述べる．タカアシガニの空輸近年，物流の形態が大きく変化し，港湾機能の合理化に伴い，沿岸域や港湾の再開発用地に巨大な水族館などが建設された．これらの水族館では，飼育用水の管理・水処理技術や冷水装置の大型化，自動制御や機械化が進み，観魏水槽にアクリルガラスを使用する水族館が多くなった．これらの館では観覧面の広い大きな展示水槽を所有し，ジンベイザメ，マンタ（オニイトマキエイ）などの大形の動物を飼育展示する館も見られる．我が国の水族館でタカアシガニが飼育展示されていた報告（日動水誌，別冊1998) は，日本動物園水族館協会加入館のうち45館688個体にもおよんでいる．冷蔵庫や冷水水槽を備えたトラックも多くなり，冷水装置の普及によって，冷水性の水産動物や商業用の活魚の輸送も一般化した．これらは冷水性生物や深海生物などの長距離輸送や水族館における長期間の飼育展示を可能にした．生きたタカアシガニを空輸した記録は，須磨水族館が1960年和歌山県白浜から大阪空港へ3個体空輸した．この時の条件は現在ほど恵まれたものではなかったが，成功したと報告している（塩見ら， 1961). 外国，特にアメリカ本土の水族館に飼育展示するためにタカアシガニが輸送されたのは，歴史的にもそう古いことではない．アメリカ合衆国の東

(2)

飼育展示されていた外国の水族館7例 7 つの水族館で飼育展示されていたタカアシガニの個体数，および，大きさを各館の記載事項として記したが，大きさについては，目測で，甲幅がほぽ2 0 c mを基準としてこれを中， 1 5 c m 以下を小， 25 c m以上を大として標記した．すなわち，中は2 4 c mから1 6 c m程度のものとして扱抱卵する大きさ（生物学的最小形）は，甲幅が1 5 c m程度からである．この大きさの雌の個体を小として扱うのには問題があるかもしれないが，便宜上区別せず，表記上雌雄を同じ基準で示した．タカアシガニを飼育展示していた水族館アメリカ a ) ロングビーチ水族館（図3 , 4 )

A Q U A R I U M O F

T H E PACIFIC

所在地ロングビーチ，カリフォルニア開館年月日 1998年竣工訪問年月日 2005年8月26日タカアシガニの飼育展示個体数雄：大型個体

2 .

中型個体

1

雌：大型個体

2

合計

5

採集地および取扱業者不明水族館の概要飼育水槽および標本展示の状況飼育展示されている生物は， 550種12,000匹，南カリフォルニア・バハカリフォルニア地区，北太平洋，熱帯太平洋の

3

地域に分けられている．北太平洋ギャラリーは，亜北極域とベーリング海として，この中に日本クモガニの名で，タカアシガニが飼育展示されていた．他に，ディスカバ箪者のゼミの学生が，卒業論文作成のためにこの水族館を訪問した2000年9月にタカアシガニが飼育展示されていた．ロングビーチは，砂浜海岸を掘削して港を造成し，大型船舶が停泊できる岸壁も備えている．ウオーターフロントとして整備され，複合型の新しい観光地になっている．港湾には秘華客船のクインメリー号が観光用に停泊・係留しており，多数のヨットやクルーザーが係留している．コンベンションセンターなどの建物も集まっている． b ) グアム水族館（図5 , 6 )

U N D E R

W A T E R

W O R L D

所在地グアムタモン街開館年月日不明近年リニューアルされた模様訪問年月日 2002年4月6 日タカアシガニの飼育展示個体数雄：大型個体

2,

中型個体

1

雌：大型個体2, 中型個体2 合計7 採集地および取扱業者不明水族館の概要，飼育水槽および標本展示の状況タモン湾に面した市内の中心部，ホテルが建ち並び，土産物店や飲食店が立ち並ぶ繁華街の中の総合的なレジャーセンタービル：

C O M E T E

I N T E R T A I N M E N T G U A M

の

1

階と

2

階が水族館になっている．水族館は，教育 (Education)・娯楽 (Entertainment)・環境 (Environment) の三つの E をキーワードにしている. 1階には3,000トンの海水を湛えるプールの中を巡る100

m

の海底トンネルを通って魚類を見た後，エスカレーターで

(3)

図1 C O E X A Q U A R I U M のタカアシガニ展示標本図2 S I A M O C E A N W O R L D のタカアシガニ展示標本

図3 ロングビーチ水族館図4 同3 タカアシガニの展示

C O E X

水族館（図

9 , 10)

C O

E X

(6)

（図12). 生きていると思われる個体が水槽に入っていたが，この個体も網状の側面の壁に爪をかけたまま動く様子は見られなかった．水族館は地上階に入り口があり，館にはいると全長155

m

のエスカレーターで4階まで上がってから，回廊になっているスロープを 1階へ，その両側にある様々な水槽に入っている生物を見ながら下りる. 1階は土産物コーナーとレストランになっている．飼育展示されている生物は300種， 10,000匹以上である．シンガポールの企業との合弁（由保利集団，星雅投資有限公社，シンガポール勝科工業，共同投敷地面積12,903 m 2, 建物面積20,538 m 2という巨大な水族館である（安原， 2002). 台湾 f) 台北海洋館（図13, 14) Taipei Sea World

所在地台北市土林区基河路開館年月日不明訪問年月日 2001年9月5日タカアシガニの飼育展示個体数雄：大型個体1 合計1 タカアシガニの雌雄の大型標本が展示してある．雄の標本は水槽の上に吊してある．採集地または取扱業者不明飼育水槽および標本展示の状況タカアシガニについて研究員に聞いたところ，採集地は北海道沖，入手経路は不明とのことであった．訪問時に特別企画展をしており，このポタイ g ) オーシャンワールド水族館（図15, 16)

SIAM O C E A N W O R L D (B A N G K O K)

所在地バンコック

(Pathumwan, Bangkok)

開館年月日 2005年11月9 日開館訪問年月日 2007年1月5 日タカアシガニの飼育展示個体数雄：中型個体

1

雌：大型個体1 ' 中型個体1 合計3 タカアシガニの中型の雌雄各1個体の乾燥標本が円形水槽の外壁上部に展示されている．（図 2 ) 採集地または取扱業者詳細不明水族館および飼育水槽の状況巨大ショッピングモールのサイアム・パラゴン (Siam

Paragon)

の地下1階と 2階が水族館である．この総合的な商業ビルは， 2005年11月にバンコックの中心街， E T S (モノレール）のサヤーム駅前にオープンした東南アジア最大とも言われる．デパートとショッピング街，映画館やボウリング場などが集まった総売り場面積50万m 2, 地上

8

階・地下

2

階のピルで，

1

階は飲食店街・フードコートと食料品街である．水族館の総面積は10,000 m 2, 400種類，タイ近海の生物を中心に30,000匹が飼育展示されている．入り口は地下1階，館内は12のゾーンに分かれ，アマゾンを模した熱帯雨林域，クラゲの展示コーナーなどのあるスロープを通りながら，海底トンネルのドーム，地下

2

階は南極や北極圏の生物と人間のコーナーになっている．地下2階からエスカレーターで地下1階に上が

(7)

ると水族館グッズを売る売店の入り口で，ここからは後戻りが出来ない．館の出口のロピーから階段を上がるとそこは広大なフードコート，各種の飲食店が壁に沿って配置され，中央にテーブルが並べられている．地下2階までの巨大な水槽には，船底がガラス張りになっている 8 人乗りのボートを浮かべ，乗客は150B (約450円）を支払って地下1階の展示室の途中にある入り口から水槽室の中に入って，この大水槽の水面をボートで

1

周出来る．また，冷蔵庫やオープン，洗濯機などの家電製品，自動車の内部を水槽にして魚類を泳がせている．環境を考えての展示とも思われるが，既にロンドン水族館で自動車を水槽にした展示があり，アムステルダム動物園の水族館では，都市下水の環境として，水中に自転車や車のタイヤ，大型の電気製品を沈めた展示水槽がある．スポンサーとして， S A N Y O, N estle, T A G H E U E R, F U J I F I L M , C H E V O L E T, B A N G .& O L O F S E N BOc. mares Just add wated. などの企業の名前がある．おわりにタカアシガニの輸送は，水温管理技術の進歩からアメリカにも空輸されている条件さえ整えばさらに諸外国の水族館でも飼育展示される事が考えられる．本報の7つの水族館以外にもタカアシガニの飼育展示がなされている館があることと思う．今後タカアシガニが諸外国の水族館で飼育展示されている実情について，直接訪問することが出来ればその結果を報告したいと考えている．先に報告した外国の博物館に展示されているタカアシガニについて，その後，本学会の馬場敬次会長は，ドイツやフランスの幾つかの博物館にもタカアシガニが展示されていることをお話しくだされ，山口隆男博士からはライデンに新しく作られたシーボルト博物館に静岡県戸田村（現沼津市戸田）から寄贈された雌雄のタカアシガニが展示されたことを，現地の新聞を添えてお知らせいただいた．日本海甲殻類研究会本尾洋会長からも同様にバルセロナ市立博物館に展示されているタカアシガニについてお話し頂いた．台湾省高雄水産研究所の林俊辰博士には， 1989年5月に台湾の東方沖で国立台湾海洋大学 (Fishery D epartment of National Taiwan O cean university) の調査船が漁獲したタカアシガニの標本を見せていただきた< , 2001年9月6 日同研究所に伺って所在をお聞きした際に，関係機関に問い合わせをしてくださって，この標本はシンガポール博物館にいっている．また，同博物館もタカアシガニを展示している旨のお話をお聞きした．本報告に記載していない水族館でタカアシガニの飼育展示がなされたり，現在飼育展示がなされている水族館の情報をお持ちの方がいらっしゃったら，何分のご教示をお願いできれば幸いである．謝辞博物館で展示されていたタカアシガニについて，ご教示を頂いた馬場敬次会長，山口隆男博士，本尾洋会長，林俊辰博士，および，訪問した水族館で応対してくださった多くの方々に感謝いたします．

文献

水上雅晴， 2004. エピと力ニの水族館におけるジャイアント・タスマニアン・クラプ（Pseudocarcinus gigas)の飼育についてすさみ町立エビと力ニの水族館年報， 3: 54-58. 鹿島幸男， 1961. タカアシガニの空輸．日本動物園水族館年報（本文中では，日動水誌と略記する），3: 79. 安原健允， 1995. タスマニアキングクラプについて Cancer, 4: 27-29. （財）日本動物園水族館協会， 1998. 日動水誌年報別冊．安原健允， 2000. 博物館のタカアシガニ外国の博物館・展示5例. Cancer, 9: 45-49. 安原健允， 2002. 港湾・沿岸域の活性化と博物館・水族館ー東南アジアの水族館ー．港湾経済研究， 40: 223-234. すさみ町立エピと力ニの水族館年報. 3, 2004. （パンフレット・ガイドプック等は省略した）（日本大学名登教授）

タカアシガニを飼育・展示していた外国の7つの水族館