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ハロッドの「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均衡-香川大学学術情報リポジトリ

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(1)

ハロッドの「望まれる貯蓄率」

の概念と生産物市場の均衡

篠 崎 敏 雄

I 序 R.

F

ハロッドは,その経済動学の基礎的な概念のーっとして r望まれる貯蓄 率」‘

t

h

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e

s

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r

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d

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t

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'

を用いている。他方,彼は不安定性原理の分析 において,生産物市場の需給の不一致の問題を明示的な形では取り扱っていな い。ところが,これら双方を結びつけようとする研究もある。それで,この「望 まれる貯蓄率」の概念と,生産物市場の不均衡の問題との関係を明らかにし, より一層の不安定性原理の研究の発展に役立てたいと思う。 そこで第II節においては r望まれる貯蓄率」につL、て書かれたハロッドの諸 文献を詳細に考察し,その概念を十分に明らかにしたい。第III節においては, この「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均衡や不均衡の問題との関係を 解明したいと思う。また第

I

V

節においては r望まれる貯蓄率」の概念と生産物 市場の均衡や不均衡の問題との関係についての諸説を検討したし、。ここでは, 置塩信雄教授の最近の説と,和田貞夫教授の説について考察したい。さらに第 V節では結びの言葉を述べたいと思う。 11 ハロッドの「望まれる貯蓄率」の概念について ここでは,ハロッドがその経済動学の体系の中で用いた重要な概念の一つで ある

r

望まれる貯蓄率」“

t

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ed

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g

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i

o

"

について,詳細に検討し (1) R.Harrod, Eωnomic pynamics, 1973, p..30(宮崎義一訳ノ、ロッド経済動学J,46 ベーシ。

(2)

-2- 第58巻 第1号 2 てみたい。そこで,ハロッドが,彼の経済動学の文献の中でこの概念をどのよ うに扱って来たかを, 1I債を追って簡単に考察してみよう。 ハロッドは,その経済動学の体系を一応作り上げた,“AnEssay in Dynamic Theory"

(

1

9

3

9

)

とL、う論文においてすでに,事実上この概念を用いている。ま た “Whatis a Model ?"

(

1

9

6

8

)

とし、う論文では Sdとし、う表現で, この概念 を明示的に使用している。さらに,MonsY (1969)やEconomicpynamics (1973) という書物では,次第にその概念を洗練させ,彼の経済動学の中心的な概念の ーっとして取り扱っている。

まず,“AnEssay in Dynamic Theory"

(

1

9

3

9

)

において,ハロッドは「事前 的貯蓄」‘e

.

x

ante saving'と言う概念について述べている。そして,事前的貯蓄 からの事後的貯蓄の霜離と「不安定性原理」との関係について論じている。と ころがこの事前的貯蓄は,ハロッドが後にEconomicDynamics (1973)等で取 り扱っている「望まれる貯蓄率」のその「望まれる貯蓄」に当たるものである。 ハロッドは,“AnEssay"で「事前的J 'e:xante'という言葉を,特殊な意味 に使っている。たとえば,彼がここで「事前的投資J'e:xante investment'と呼 んでいるものは r必要資本産出比率〈または必要資本係数)J の分子を構成す る投資概念である。これは r事前に意図し計画された」投資という,普通の意 味のものとは違うのである。 これに対応して,ここで「事前的貯蓄」と呼んでいるものも r事前に意図し 計画された」貯蓄ではないのである。ハロッドはこの「事前的貯蓄」について 次のように言っている。「事前的 'ex;ante'は,ここでは,事前的投資と言う表 現で定義したものと類似の意味で,貯蓄について使用されているということに ¥ ( 2) R F..Harrod, ‘'An Essay in Dynamic Theory", Economic ]ournal, March 1939, pp.14-33 / ( 3) R. F..Harrod,“What is a Model?" inValue, Capital and Growth.. Paμ,rs in Honour

0

/

Sir ]ohn Hicks, ed, J N..Wolfe, 1968, pp.173-191. (4) R F Harr吋,M仰の¥

1969 (5 )“An Essay", p山20 (6) ここでハロッドが「事前的投資」と呼んだものは,後に「正当化された投資」‘justified investment'とも呼ばれ,普通の意味の「事前的投資」とは,はっきりと区別されている。

(3)

3 ハログドの「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均衡 -3-注目されたい。それは,もし貯蓄者達がある期間の諸状況の変化と同時に支出 を適合させることが出来たならば,彼らがその期間になすことを選ぶであろう 貯蓄である。」そこで,ある期間に予想された所得に対して「事前に意図し計画 された」貯蓄が普通の意味の事前的貯蓄であるのに対して,ハロッドがここで 言う事前的貯蓄は,その期間が終わって後に実際に生じた所得に対して望まれ る貯蓄なのである。 ところでハロッドは,この事前的貯蓄の所得に対する比率,すなわち,事前 的貯蓄率と事後的貯蓄率の議離は,成長に対して,必要資本係数からの現実資 本係数の議離と,同じ効果を持っと考えている。たとえば,現実資本係数が必 要資本係数より小さくなれば,それは投資不足を意味し,投資が刺激されるこ とを通じて成長を促進する。他方,事後的貯蓄率が事前的貯蓄率より大きくな れば,それは貯蓄のし過ぎということである。個人(家計〉の場合であれば消 費が刺激されることを通じて,成長を促進する。しかし,ハロッドは,ここで 言う事前l的貯蓄率からの事後的貯蓄率の霜離が,不安定性原理にとって重要な 関係を持つことを認識していながら,必要資本係数と現実資本係数との霜離に 比べれば,第二義的なものとしている。そこで,不安定性原理の説明において 明示的に取り扱っているのは後者の講離のみであり,前者の議離の問題は後者 の需離の問題に含めたものとして取り扱っている。 この“

AnE

a

y

.

"

の内容を拡充発展させたハロァドの著書

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α

y

n

-a

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E

c

o

n

o

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c

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(

1

9

4

8

)

では r望まれる貯蓄率」に当たる概念についても,ま たそれからの現実貯蓄率の議離と不安定性との関係についても,何も述べてい ない。これは,貯蓄の不均衡の問題の取り扱いについては,“

AnEssay"

での 取り扱いをそのまま踏襲するということと解することが出来る。 ハロッドはその後,“Whatis a Model ?" (1968)とし、う論文で r望まれる貯 蓄率JSdを,保証成長率を含む基本方程式の中で、明示的に用い,それからの現 (7) この諸状況は,所得の水準と物価の水準を意味している。 cfibid, p..21 ( 8) Ibid, p 20, n 1 ( 9) Cf ibid, p..21 (0) Cf ibid , p.21

(4)

-4ー 第 58巻 第 l号 4 実貯蓄率 Sの需離の問題についても論じている。 ハ ロ グ ド は ね を r人々が貯蓄することを望む所得の割合」を表すものと 言っている。そして,人々(個人や法人企業〉が明確なある一定の望まれる貯 蓄額というものを持っかどうかにはまだ研究の余地があり, また望まれる貯蓄 率にもある一定の幅があるかも知れないとしている。その上で彼は次のように 言う。「人は暫定的に,次のように仮定したいだろう。人々はある確定した貯蓄 性向を持ち,もし現実のSがSdから議離するならば,行為の調整を引き起こす であろう。その調整たるや人々の消費する額による調整であり, また配当の分 配における,または資本支出における,法人企業による調整である。」すなわち, 貯蓄主体にとっての貯蓄過剰で‘ある S

>

Sdの時には,個人は消費支出を拡大 し,法人企業は配当や投資支出を増やそうとすると考えるのである。もちろん この場合,配当の増大はそれを受け取った者の消費支出の増大を伴う。そして これらのことは有効需要の増大を通じて,所得の成長率を高めるものと考えら れる。また逆に貯蓄主体にとっての貯蓄不足 S

<

Sdの場合には,以上に述べた ことの逆が生じ,成長率は抑制されるであろう。このようにして,ハロッドの この論文以後は,貯蓄の不均衡は,明示的に「不安定性原理」で一つの役割を 演じることになる。 また,望まれる貯蓄率むを明示的に基本方程式に導入した結果,保証成長率 の定義が変わって来た。今や保証成長率

G

却の一つの概念は S Sdと

C =

C

r

とのこつの条件を同時に満たす成長率である。(ここで

C

は現実資本係数,

C

r

は必要資本係数である。〉そこでハロッドは次のように言う。

rcw

は,もし それが生じれば, 人々が貯蓄することを望んだものを貯蓄することと両立し, また必要な額に一致して供給される追加の資本と両立するであろうところの, 成長率として定義されるであろう。」すなわち,保証成長率は,貯蓄者について (11)“What is a Model?",p.185 (2) Ibid, p..186 (13) もう一つの概念については,次のように言う。

r

c

w

は,もし達せられれば企業者達に とって満足であると判明するが故に,自己維持的self-sustainingな成長率である。Jibi副d., p.187. (14) Ibid, p.. 186

(5)

5 ハロッドの「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均衡 -5-の均衡と投資者についての均衡とが同時に成立するような成長率なのである。 ハロッドは,この論文を発表した翌年に,

Money (

1

9

6

9

)

とL、う書物を出版し ている。ここでは,望まれる貯蓄率 Sdについて若干進歩した説明をしている。 そして,望まれる貯蓄率ねからの現実貯蓄率Sの講離の問題について,より改 善された見解を述べている。またさらに,そのことを明示的に考慮に入れた「不 安定性原理」の展開も行っているが,これは以前には無かった事である。 またハロッドはここで, 自分の「望まれる貯蓄率」や「必要な投資」‘

r

e

q

u

i

r

e

d

i

n

v

e

s

t

m

e

n

t'と, ミュルダールの定義する事前的貯蓄と事前的投資との関係に ついて,見解を述べている。まず次のように言う。「前述したところで,私は必 要資本産出比率に対応して,望まれる貯蓄と必要投資‘

r

e

q

u

i

r

e

di

n

v

e

s

t

m

e

n

t'の 諸概念を用いた。これらは双方とも,時々,事後的貯蓄や事後的投資と異なる であろう。私の概念は, ミュルダールが定義した事前的貯蓄や事前的投資の概 念と同じではなL、。」貯蓄について言えば,ハロッドの「望まれる貯蓄率」は, 事後的な所得に対して望まれる貯蓄の比率であり,この貯蓄は必ずしも事後的 貯蓄と等しくはなし、。また,予想された所得に対して望まれるミュルダールの 「事前的貯蓄」とも異なるのである。さらに,ハロッドがミコルダーノレの定義 するような「事前的」とし、う概念を使わなかったことについては,次のように 釈明している。「事前的概念はきわめて貴重な概念であって,私はそれらが完成 された動態経済学の理論の中で演じるべき重要な役割をもっていることに疑い をもってはいなL、。しかし,それらは私の中心的な命題には関係がないので ある。」 最後に,

Economic Dynamics (

1

9

7

3

)

におけるハログドの所説について考えて みよう。この書物には,経済動学全体についても,不安定性原理についても, 彼の最終的な見解が述べられている。 (15) ハロット、自身が他のところで r正当化された投資」と呼んだものに当たる。 (16) R F. Hanod,

M

o

n

e

y

, p..194 (17) このことを裏付けるハロッドの説明については,次のところを参照されたし。 Harr.od,

M

o

n

e

y

, p引192(塩野谷九十九訳貨幣ー歴史・理論・政策J,229ベージ。 (18) Ibid, pp. 194-5(邦訳, 232-3ページ〕

(6)

-6- 第58巻 第1号 6 'ここで用いられている「望まれる貯蓄率」の概念は,前述の“

What i

s

a

M

o

d

e

l

?" (

1

9

6

8

)

以来,基本的には,変わっていない。しかし今回は,個人

p

e

r

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o

n

や法人企業

c

o

m

p

a

n

i

e

s

の貯蓄だけでなく,政府の貯蓄の一部もこの中に含める ようになり,より精密化されている。すなわち,ハロッドはねに含まれる貯蓄 の主体として政府も考えているが,政府の行う貯蓄も二つの部分に分けている。 一つは,経済を統御するためになされる正負の貯蓄であり,もう一つは,それ とは無関係に政府が行うことを望む貯蓄部分である。そして後者のみをねの 中に含めるのである。 またこのEconomicDynamics (1973)での不安定性原理の説明で注意すべき 点は,貯蓄や投資についての不均衡のみが問題とされ,生産についての不均衡 がとくに問題とされていないということである。雷いかえれば,生産物市場の 不均衡が明示的には取り扱われていないと言うことである。したがって,不均 衡に対処する行動も,貯蓄者や投資者による貯蓄や投資の調整のみが行われ, それを通じて需要の面から現実成長率 Gが影響を受けるということだけを考 えている。生産物市場での不均衡から生産の調整が行われ,供給の面から現実 成長率 Gが影響を受けることについては, とくに論じていないのである。 III r望まれる貯蓄率」と生産物市場の均衡および不均衡 ところで,以上で考察したハロッドの「望まれる貯蓄率」の概念と,生産物 市場の均衡との関係が論じられることがある。ここではこの問題を取り上げて みよう。問題の本質的な部分を明らかにするために,初めに若干の単純化の仮 定を行う。また,使用する記号についても説明を行う。 まず,次のように仮定する。 (1) 経済の政府セクターと海外セクターは無いものとする。 (2) 生産物は一種類であるとし,消費財と資本財との区別はしない。 (19) 置塩信雄, rR Harrodの動学再考J,国民経済雑誌,第150巻第6号,昭和59年12月, 1-20ベージ。和田貞夫 r不安定性原理と景気循環J,大阪府立大学経済研究, 24巻2号, 昭和54年1月, 1-16ベージ。『経済成長理論J,昭和54年9月,東洋経済新報社, 88-93 へージ。

(7)

7 ハロッドの「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均衡 (3) 生産要素は資本と労働のみから成る。 (4) 資本は一種類であるとし,設備と在庫品の区別はしない。 (5) 投資は加速度誘発投資のみである。 (6) 労働の不足は無いものとする。 (7) 資本の過不足の無い状態から出発して考える。 (8) 所得と,消費および貯蓄との聞には時の遅れが無いものとする。

(

9

)

産出高の増加と誘発投資との聞にも時の遅れは無いものとする。 (10) 諸量は純額ではかる。 また,記号を次のように定める。 Y一一一一一一一一一一産出高(または所得〉 Y*--一一一一一一一一一一一一一一予想された産出高

L

1Y-

ーーーーーーー....ーーーーーーー-_.._-ーーーーーーー産出高の増加分

L

1

Y*ーー一一一ー…ー一一---ーー予想された産出高の増加分

K-

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー--~ --ーーー-資本

L

1

K

・---ーー一一一事後の投資(現実の投資〉

1

-

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー--ー事前の投資 lr---一一一一一一一一一一ー必要な投資(正当化された投資〉

c

-

-

一一一一一一一一一現実の資本係数

C

r

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

ー一一一一一一必要資本係数(必要資本産出比率〉

S

一一一一一一ー一一一ー事後の貯蓄(現実の貯蓄〉 S*ーーーーーーーーーーーーーーーー・ーー・ーーーー----ーー事前の貯蓄

S

r

-

-

-

-

-

-

ー一一一一一一一望まれる貯蓄 s-ーーー---ーー日ー---ーー・ーーーー・ーーーーーー事後的貯蓄率 Sd---一一一一一一一望まれる貯蓄率 -7-次に,事後的貯蓄率に対応する「事後的消費率」または「事後的(平均〉消 費性向」という概念を考えてみよう。また,ハロッドの「望まれる貯蓄率」に 対応して「望まれる消費率」または「望まれる(平均〉消費性向」という概念

(8)

-8ー 第58巻 第1号 8 を考えてみよう。記号は次のとおりとする。

c

一一 一一一一一一一一一一一一事後的消費性向 Cd一一一 一一一守 一望まれる消費性向 ここで,上記の記号で表された主要な概念の聞の関係について考えてみよう。 三種類の投資についてみると次のようになる。

L

1

K

=

C

L

1

Y

1

=

Cr

L

1

Y* (1) (2) lr

=

C

r

L

1

Y (3) 事後の投資

L

1

K

については自明である。事前的投資

I

は,予想された産出高の 増 分

L

1

Y*に必要資本係数を乗じたものとなる。たとえばt期の事前的投資は, lt

=

C

r

(yt*-Yt-1)である。また ,

t

期の必要な投資は,lrt

=

Cr( Yr-'-Yt-l)と なる。したがって,産出高の増加についての予想が正しければ1

=

lrとなる。 しかし,事後的投資がこれに一致するとは限らない。ハロッドが言っているよ うに,これらの値が一致するのは,保証成長経路上においてのみでhある。 三種類の貯蓄概念については,次のようになる。

5

=

sY

(4)

5*

=

SdY* (5) 5d

=

SdY (6) 事後的貯蓄

S

については自明である。事前的な貯蓄

S

つま,予想された所得に 望まれる貯蓄率を乗じたものと考えることが出来る。これだけの貯蓄額を事前 に意図し計画することになろう。望まれる貯蓄

5

dは,事後的な所得に望まれる 貯蓄率を乗じたものである。もし,所得についての予想が正しければ,

5*

=

5

d

となる。しかし,現実の貯蓄

S

がこれに一致するとは限らなし、。 それでは,二種類の(平均〉消費性向についてはどうであろうか。事後的な 消費額はcYである。事前的な消費額は cdY事であると考えられる。すなわち, (20) Cf.R F..Harrod, Economic Essays, 1952, p..278 (21) 投資者の予想する産出高と消費(または貯蓄者〉の予想する所得は,予想する主体が違 うので,一致する保証はない。

(9)

9 ハログドの「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均衡 -9-予想された所得に対して,望まれる比率

C

d

を乗じた額だけ,消費を事前に意図 し計画すmると考えるのである。これに対して,望まれる消費額は

cdY

である。 ここで次の諸関係があると考えられる。

CdY*+SdY*

=

Y* (7) (8)

(

9

)

dY+SdY=Y

cY+sY= Y

(7)式は予想された所得 Y*に対して,それぞれ事前的な消費と事前的な貯蓄が 定まるとし、う関係を示している。

(

8

)

式は,事後的な所得

Y

に対して,それぞれ 望まれる消費と望まれる貯蓄が定まるとしづ関係を示している。そして, (9)式 は,事後的な所得に対して,それぞれ事後的な消費と事後的な貯蓄が定まると いう関係を示している。また, (7)(8)(9)式より,次の諸関係が得られる。

C

d

S

d

=

1

j ) 1 1 1 1 ( (

C+S

=

1

したがって C

d

~言 c Vこ応じて

S

d

~重 S (12) 続いて,これらの諸関係を考慮して,生産物市場の均衡や不均衡の問題を考 えてみよう。周知のように,政府セクターと海外セクターを捨象した,圏内民 間経済では,生産物市場の需給一致の均衡は,事前的投資と事前的貯蓄の一致 ということに現れている。もし事前的貯蓄と事後的貯蓄が等しいと仮定すると, それは事前的投資と事後的貯蓄の一致ということに現れると言ってもよじでそ こで,事後的投資と事後的貯蓄は恒等的に等しいから,生産物市場の均衡は, 事前的投資と事後的投資の一致ということに現れると言ってもよい。すなわち, 1 = 5三

L

1

K

(1

)

3

このことを上記の諸関係を使って表せば,次のようになる。 Cr

L

1

Y*

=

s Y

=

C

L

1

Y

) a n ヨ l ( したがって,産出高の増加についての予想が正しく,また現実の資本係数が必 (22) たとえば,置溢信雄『現代経済学J,筑摩書房, 1977, 74ベージを参照。ここでは,事 前的投資に当たるものは r新投資」と表現されている。

(10)

-10- 第58巻 第1号 10 要資本係数に等しい(すなわち事後的投資が必要な投資に等しし、〕時に,生産 物市場の均衡が生じるのである。記号で表せば,それは

L

1

Y

=

L

1

Y*

C

=

C

r という二つの条件がみたされる時に生じる。それゆえ,生産物市場の均衡が生 じている時には次の関係がある。

C

r

L

1

Y*

=

C

r

L

1

Y

=

CL

1

Y

(15)

1

*

=

I

r

=

L

1

K

(16) 前に述べたように,ハロッドは,必要な投資(正当化された投資〉と事前的投 資と事後的投資は保証成長経路の上を除いて異なる値を持っと言っている。そ こで,ここでのモデ、ルで、は,生産物市場の均衡は,保証成長経路上においての み生ずると言うことが出来る。 また,仮定により,資本が完全利用(正常稼動〉の状態から出発して考えて いるので,生産物市場の均衡が成立している時

C

=

C

r

であり,資本の完全利 用が同時に維持されることになる。しかし,資本の完全利用は必ずしも生産物 市場の均衡を意味しないことに注意すべきである。ハロッドは,投資について は事後的投資 C

L

1

Yと必要な投資

C

r

L

1

Yとの均等や不均等の問題のみを明示 的に取り扱っている。事前的投資の問題はあまり重視していない。 今度は,貯蓄の側の問題について考えてみよう。前述のように,貯蓄には事 前的貯蓄

SdY*

と望まれる貯蓄

SdY

と,事後的貯蓄

sY

とが考えられる。直ち に分かるように,所得の予想、が正しく,また事後的貯蓄率 Sが望まれる貯蓄率

S

d

に等しければ,三種類の貯蓄の額が同じ値を持つ。また ,

C

d

を望まれる消費 性向

c

を事後的な消費性向とすると,前に述べたように次の諸関係が得られ る。

cdY

+SdY.

=

Y*

) ) ) 。 7 8 9 K ( ( ( (

CdY+SdY

=

Y

cY+sY

=

Y

Cd+Sd

=

1

C+S

=

1 (11) ところで,仮定

(

2

)

により,このモデルで、は,消費財と資本財との区別は存在し

(11)

11 ノ、ロッドの「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均衡 -11-ない。そこで,消費需要となって現れる事前的消費 CdY*は,事後的産出高 Y より大きくない限り,充足される可能性がある。仮にもし,消費需要が投資需 要より優先されるなら,消費需要は完全に充たされ,事前的消費は事後的消費 に一致し,次のようになる。 cdY*=cY

したがって, この場合には,消費に関しては生産物の需給の不均衡の問題は生 じない。そして生産物市場の需給の均衡や不均衡の問題は, もっぱら投資需要 を表す事前的投資 Cr

L

1

Y*と事後的貯蓄

sYC

したがって事後的投資

L

1

K)との 聞の関係に現れることになる。そこで,望まれる消費性向 Cdと事後的消費性向

c

との関係,ひいては望まれる貯蓄率 Sdと事後的貯蓄率Sとの関係は,生産物 市場の均衡や不均衡の問題とは関係が無いことになる。 ところで, (17)式から分かるように,次のようになる。 Y*這 Yに応、じて Cd~重 C (18) また前述のように次の関係がある。 Cd ~芸 C に応じて Sd ~重 S (12) このようにして,ここでの諸仮定の下では,予想所得と事後的所得の不一致に よる望まれる貯蓄率と事後的貯蓄率の不一致(したがって望まれる消費性向と 事後的消費性向との不一致〉は, もっぱら,貯蓄主体(したがって消費主体〉 の行動についての均衡や不均衡の問題となる。そして,ハロッドの書いた諸文 献の考察からは,この考え方がノ、ロッドの基本的な考え方であったと解される。 しかし,仮定を変えて,消資財と資本財とを区別しない場合でも,消費需要 が投資需要に対して優先されないとすると,事情は変わって来る。特に生産物 市場に需要超過があれば,事前的消費に現れる消費需要は必ずしも充たされず, 望まれる消費性向と事後的消費性向の関係,したがって望まれる貯蓄率と事後 的貯蓄率の関係は,生産物市場の均衡や不均衡に何らかの関係を持って来ると 考えられる。 このこと t, 次節で取り上げる置塩信雄教授の最近の論文で取りま 扱われている。 (23) C,.fHarrod, Money, p.192(邦訳, 229ベージ〉

(12)

-12- 第58巻 第1号 12 さらに,消費財と資本財との区別をするモデルにおいては,望まれる貯蓄率 と事後的貯蓄率との関係は,生産物市場の需給の均衡や不均衡と密接な関係を 持っと考えられる。

I

V

諸説の検討 前節で述べたような,ハロッドの「望まれる貯蓄率」と生産物市場の均衡や 不均衡との関係の考察を基にして, この問題についての他の研究者の所説につ いて検討したい。ここでは,置塩信雄教授の説と和田貞夫教授の説について取 り扱うが,公表された順序に従い,まず和田教授の説について述べる。 和田教授は r不安定性原理と景気循環-1(1979)としづ論文やその他で,こ の問題を取り扱っている。和田教授は,投資の均衡や不均衡と消費の均衡や不 均衡とを総合的に不安定性原理の中で取り扱うために r事後的にみて米充足 の需要」という概念を工夫しておられる。それは次のようなものである。「これ は事後的にみてみたされなかった投資需要(I-L1K)と同様の貯蓄者の需要 (S-Sd)とからなっている。前者が正(負〉であるとき,結果的に,企業は求 めた大きさより小さい(大きL、〉資本ストックを保有することになり投資需要 を増そう(減じよう〉とするであろう。後者が正(負〉であれば,ひとびとは 所望の大きさより大きい(小さL、〉貯蓄をしたことになり,前述のように,そ れが個人貯蓄であれ,法人貯蓄であれ,財の購入の増加(減少〉をひきおこす。 そこで,企業がこのような事後的にみて未充足の需要の総計が正(負〉である とき,生産の成長率を高める(低める〉ような行動をとるとしよう。この場合, (11)式によって明らかなように,事後的にみて未充足の需要は (1) (I-L1K)+(S-Sd)

=

I-Sd である…"'''oJただし,この引用文中の(1.1)式とは,事後の貯蓄と投資とが等 しいとする ,

5

=

L1

K

である。 この和田教授の「事後的にみて未充足の需要」という概念の使用は,ハロッ (24) 和田貞夫 r不安定性原理と景気循環J,5-6ページ。『経済成長理論J,93ベージ参照。 (25) 和田 r不安定性原理と景気循環J,5-6ベージ。

(13)

-13-ハログドの「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均衡 13 ドの貯蓄の不均衡をも含む不安定性原理のより一般的な再定式化のーっとし ここにはこつの問題点が含まれているように思 一つは i事後的にみてみたされなかった投資需要(J

-L1

K)と同様の貯蓄者 の需要(S-Sd)Jという概念についてである。和田教授は問じ論文で,1を

C

1

=

I

/

L

1Y

,すなわち ,

1

=

C

1

L

1Y

と定義している。しかもこの

I

を純投資需要 しかし, て,非常に興味深い。 われる。 また,たとえば同教授の著書『経済成長理論~ (1

9

7

9

)

において 同じ内容のIを「企業の投資についての計画量」と呼んでいる。このこと と呼んでいる。 この

I

を事前的投資と考えていると解される。 必要資本産出比率(必要資 前述の「必要な投資」または「正当化され

I

は事後的に生じた産出高の増分

L

1

Y

に対 t,工 しかしこのI から和田教授は, 上に掲げた式による定義から明らかなように, 本係数)の分子となるものであり, た投資」である。 このようにして, して定まる必要な投資額である。そういう意味では事後的な概念である。そこ でI-

L

1

Kは,事後における投資の必要額と現実額との差であり,和田教授が 「企業の投資についての計画量と実現量 このようにして,和田教授の「事後的にみて未 充足の需要」とし、う概念は,含まれているIを,計画投資と区別された必要な 投資(正当化された投資〉と解しさえすれば全く筋の通った概念であり, 『経済成長理論』で述べているような, との差異」ではないのである。 また 生 t土, ハロッドの考えている投資と貯蓄についての不均衡を, 産物市場の不均衡と,中途半端な形で混同しているのではないかと考えられる。 る は あ 授 で 教 八 中 山 ' 回 概 和 な 局 用 結 有 あくまでもハロッドが

E

c

o

n

o

m

i

c

均mam

ω(1973)

で考えているのは,投資者 生産物市場の均衡や の行動と貯蓄者の行動についての均衡や不均衡であって, 不均衡とは別の事である。 和田教授の「事後的にみて未充足の需要」の説明についての第二の問題点は, 向上論文 2ベ ー ジ 。 和 田 経 済 成 長 理 論J,89ベージ。 和田,上掲書, 91ベージ。 和田,上掲書, 91ベージ。 (26) (27) (28)

(14)

-14- 第58巻 第1号 14 現実の成長率Gの調整の仕方にある。和田教授は前に掲げた引用文において, 「そこでは,企業がこのような事後的にみて未充足の需要の総計が正(負〉で あるとき,生産の成長率を高める(低める〉ような行動をとるとしよう」と言っ ておられる。このことは前後の関係から判断すると,生産物市場で需要超過(ま たは供給に対しての需要不足〉がある時,企業が生産(すなわち供給〉の成長 率を調整すると仮定することと解することが出来る。しかし,来充足の需要の 総計というのは,その期間には顕在的には現れなし、。だから生産者がそれに気 付くのは,次の期間において投資者や貯蓄者が投資や貯蓄の調節を行う時であ ろう。したがって,事後的にみて未充足の需要があるということは,その期間 における生産物市場の不均衡を必ずしも意味するのではない。 すなわち,正または負の「事後的にみて来充足の需要」があるということは, 不均衡が投資や貯蓄について起こっていることを示す。そしてそれに対する調 整は投資者や貯蓄者によって行われ,それがGに間接的に影響を与えるという ことである。生産物市場における不均衡に対して,生産者が生産を調節すると いうようなことではないのである。 次に置塩教授は,最近

r

R,

H

a

r

r

o

d

の動学再考J

(

1

9

8

4

)

とし、う論文を書き, 特に不安定性原理について,新しい諸見解を示しておられる。ここでは,それ らの中でハロッドの「望まれる貯蓄率」と商品市場〈ここで言う生産物市場と 等しいものと解される〉の均衡や不均衡との関係についての取り扱いを考察し てみたい。とくに,商品市場の均衡の条件や,商品の超過需要があった場合, 消費需要と投資需要とどちらが先に充足されるかという問題等について,ハ ロッドの考え方との違いなどについて考察してみたし、。 まず,商品市場の均衡の条件に関する,置塩教授の見解について考察する。 置塩教授は,たとえば r現代経済学~ (1

9

7

7

)

において,商品市場の需給一致の 条件を次のように示しておられる。 sY

=

1 (19) (29) 置塩信雄.rR. Harrodの動学再考J.国民経済雑誌,第150巻第6号,昭和59年 12月, 1-20ベージ。 (30) 置 塩 信 雄 現 代 経 済 学J.74ページ。

(15)

15 ハロッドの「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均衡 --15-すなわち事後の貯蓄と新投資額(新投資需要〉とが等しいという条件である。 ここには,事前の貯蓄と事後の貯蓄とが等しいという暗黙の仮定があるとする と,この条件は,事前の貯蓄と事前の投資(新投資需要〉とが等しいというこ とを表していると解することが出来る。 ところが,置塩教授が最近書かれた'R.

Harrod

の動学再考.J

(984)

におい ては,商品市場の需給一致の条件は,次のようになっている。 St Sd )))) l n U 2 ' 1 3 2 3 2 (((( lt=sdYt これらの意味について,まず側式の場合から考えてみよう。前に説明したよう に,Sdに対応する望まれる消費性向 Cdとし、う概念を考える。この概念を使って (20)式を変形すると次のようになる。 lt

=

(l-cd)Yt 人 lt+cdYtYt(または lt+(1-Sd) Yt

=

Yt) (22)

2)式の形にすると,左辺が t期の投資需要と消費需要との和,すなわち商品に 対する t期の需要の総額を表している形になっている。それに対して右辺は t 期の商品の供給総額である。 しかし,ここに一つの問題がある。それは ltは t期の生産物に対する需要と して

t

期に顕在的に現れるが,cdYtも同じく

t

期の生産物に対する需要とし て,

t

期に顕在的に現れるかどうかということである。れは事後的な所得であ り,

t

期が終わらなければその値は定まらないし,また分からなし、。 cdYtは, もし消費者(家計〉が

t

期の所得額を始めから正確に知っていれば消費した筈 の額である。しかし ,

t

期の期首においては,

t

期の貨幣所得を正確に予想する ことは難しし、。また ,

t

期の期間中の物価の変動を正確に予想することも難し い。そこで,

t

期の事後的な実質所得

Y

tの大きさは,その期の始めから正確に とらえることは出来なし、。だから予想所得と事後的所得とは一致しないのが普 通である。 (31) 置塩.rR Harrodの動学再考J. 6ベージ。 (32) 置塩,同上論文.6-7ベージ。

(16)

-16- 第58巻 第1号 16 そこでもし事後的所得が予想所得を上回れば(すなわち, Yt

>

Y*t),望ま れる消費CdYtは事前的な消費 CdY*tを上回ることになる。この時には,

t

期に 顕在的に現れる商品の需要は1t+cdY*tであって ,1t+cdYtより小さい。逆の 場合には逆となる。要するに,

t

期中に顕在的に現れる消費需要は cdY勺で あって

ω

れではない。 cdYtは事後的にみて消費すべきであった額である。そ こで,もし t期の消費需要 cdY*tが充足されたとするならば,CdY*t cYtと なる。 cYtは t期の事後的な消費である。その場合には,Cd( Yt-Y円)または (cd-C)Yt I主,未充足の消費需要と言うことが出来よれこの値が正であれば,

t+1

期においては,それだけ余分に消費が増加させられる。またその値が負の 場合には,それだけ消費が抑制されると考えられる。 同じことは,t 期の事前的な貯蓄 SdYt~ 望まれる貯蓄 SdYt および事後的な貯 蓄 sYtの聞の関係についても言える。以上が,ハロッドの諸文献から理解され るハロッドの考え方に沿った議論である。 このようにして ,cdYtまたは(1-Sd)Ytは,

t

期のある意味で潜在的な消費 需要ではあっても,顕在的な消費需要ではない。したがって ,

1

t+cd

Y

tまたは 1t十(l-sd)Ytは,少なくとも ,

t

期の顕在的な商品需要ではない。もし顕在的 な商品需要とするためには,そのための特殊な仮定が必要である。そこで置塩 教授の論文には,そのような暗黙の仮定が含まれていると考えられる。もちろ んこのことによって,商品市場の均衡や不均衡と不安定性原理の関係の分析が 容易になることは明らかであると思われる。 次に,商品市場の均衡の条件を表すもう一つの式について考えてみよう。そ れは次式であった。 S t Sd

これを変形すると次のようになる。 StYt

=

SdYt したがってこれは,1t

=

StYtとし、う条件または仮定のもとにのみ,側式と同じ ことになる。 また置塩教授は,商品市場の需給不一致と不安定性の関係について,新しい

(17)

17 ハロッドの「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均衡 -17-説を述べておられる。 ここUこ

v

i

,ハロッドには欠けていた新しい分析が含まれ ていると思われるので,考察を行ってみたい。 置塩教授は,商品市場で需給が一致していないにもかかわらず行われる,取 引について考察する。まず,1

>

SdYで表される,商品市場に超過需要が生じ ている場合から考える。 この場合には,新投資需要か消費需要のどちらかが充 足されないが, どちらが充足されないかについて,次のような見解を述べてお られる。「われわれは新投資需要は充足され,消費需要が充足されず,貯蓄率S がSdより大となると想定する。

i

f

1

>

SdY

t

h

e

n

1

=

L

l

K

4) 企業が新投資需要を決定し, そのための資金調達においても, 消費者より, よ り強力であると考えるからである(おこれはハロッドの説の中にはとくに無い 考え方であるが,妥当なものであると思われる。また1

<

SdYで,商品市場に 超過供給がある場合には,新投資需要も消費需要も充足されるが, その後に意 図しない在庫増が生じることについても述べておられる。その時には次のよう になる。

i

f

1

<

SdY

t

h

e

n

SdY

=

L

1

K

また,置塩教授は, 不安定性原理における商品市場の需給不一致の問題のハ ロッドの取り扱いについて,次のように批判をしておられる。「ハロッドは現実 成長率Gの運動を論じる際に,明確に投資関数を明示せず,既にみたように G がG即から議離したとき, Gが変化すると述べ, その理由として企業の注文 (order)の変化をいうにとどまっていた。商品市場の需給不一致を考慮に入れる 際にも, それを現実の貯蓄率SとSdの需離として取り扱い, SとSdが議離す ると消費者の需要が変化するという理由で Gが変化すると述べるにとどまっ ている。」たしかに,不安定性原理における商品市場の需給不一致の問題につい ての,ハログドの取り扱いは不十分である。しかしハロッドは,ねからの Sの (33) (34) (35) (36) この小論の式の番号に合わせた。 置塩,向上論文, 18ページ。 置塩,向上論文, 18ページ。 置塩,向上論文, 19ベージ。

(18)

-18- 第58巻 第l号 18 議離は貯蓄者の行動についての不均衡の問題であって,商品市場の不均衡の問 題としては取り扱っていないのではなし、かと思われる。しかしやはり,商品市 場の需給不一致の問題の取り扱いが,欠けているかまたは不十分であることに は間違いない。 さらに置塩教授は,商品市場の需給不一致がある場合に,企業の産出高に関 する決定態度も考慮しなければならないことについて,次のように批判してお られる。「だが,商品市場の需給不均衡をも考慮に入れると ,1宇 SdYで

l

1

K

=

sY

だけが成立するから,新投資需要

I

の動きを知っても,それから直ちに

Y

の動 きを言うことはできない。したがって,商品市場の需給不一致をも考慮に入れ て考える場合には,企業の新投資需要に関する決定態度のみならず,企業の産 出高に関する決定態度をも考えなければならないのである。」置塩教授の指摘 されるこの点は,たしかにノ、ロッドの分析において,少なくとも明示的な形で は欠けている点である。 このようにして置塩教授は,商品市場の需給不一致をも考慮に入れた,投資 関数と産出高に関する行動方程式を示しておられる。そして,結論として,正 常稼動率と保証成長率から成る均衡点は,不安定であることを証明しておられ る。これは新しい試みとして評価されると思う。 V 結 び 以上のようにして,ハロッドの「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均 衡や不均衡との関係を明らかにし,それの不安定性原理における取り扱いにつ いて考察して来た。 まず,ハロッドの「望まれる貯蓄率」の概念について考察した。この概念は, ハロッドが経済動学体系の基礎を築いた,“AnEssay in Dynamic Theory" (1939)において r事前的貯蓄」‘

e

.

xa

n

t

e

saving'とL、う形で現れていた。もち ろんこの「事前的」というのは,今日の普通の意味のものとは異なっていた。 (37)置塩,向上論文, 19ベージ。

(19)

19 ハログドの「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均衡 -19ー それは,-もし貯蓄者達がある期間の諸状況の変化と同時に支出を適合させるこ とが出来たならば,彼らがその期間になすことを選ぶであろう貯蓄」なのであ る。そして,これの所得に対する比率と事後的貯蓄率との関係で,不安定性原 理の問題を考えている。その後,“

Whati

s

a

Model?" (

1

9

6

8

)

では,-望まれる 貯蓄率J5dとし、う概念を明示的に用いている。そして ,Money (1969)や Econ-omic Dynamics (1973)では,次第にその概念を洗練させ,ハロッドの経済動学, とくに不安定性原理の基礎概念として,使用している。この概念と普通の意味 の事前的貯蓄の率との違いは,後者が「事前に意図し計画された」貯蓄の率で あるのに対して,前者は,事後的な所得に対して望まれる貯蓄の率なのである。 したがって,必要資本産出比率(必要資本係数〉の分子を構成する「正当化さ れた投資」が,ある意味で事後的な概念であるのと同じく,-望まれる貯蓄率」 は事後的な概念で、ある。 次には,ハロッドの「望まれる貯蓄率」の概念と,生産物市場の均衡および 不均衡の問題との関係について考察した。ところで,政府セクターと海外セク ターを捨象した国内民間経済では,生産物市場の需給一致の均衡は,事前的投 資と事前的貯蓄の一致ということに現れる。もし,事前的貯蓄と事後的貯蓄が 等しいと仮定すると,それは事前的投資と事後的貯蓄の一致に現れると言える。 また,事後的投資と事後的貯蓄は恒等的に等しい。そこで,生産物市場の均衡 は,事前的投資と事後的投資が等しい時に生ずる。また,第III節のモデルで、は, この時,正当化された投資もこれらの投資に等しくなる。また,貯蓄には,事 前的貯蓄と望まれる貯蓄と事後的貯蓄(現実の貯蓄〉とがある。もし,所得の 予想、が正しく,また事後的貯蓄率が望まれる貯蓄率に等しければ,三種の貯蓄 概念の個は等しい。ところで,生産物市場に需要超過がある時,もし消費需要 が優先され常に充足されるとすれば,望まれる貯蓄率と事後的貯蓄率(現実の 貯蓄率〉との関係は,生産物市場の需給の均衡とは関係がない。ハロッドは, 不安定性原理を展開する際,投資者の均衡や不均衡および貯蓄者の均衡や不均 衡を問題とし,生産物市場の均衡や不均衡を明示的には扱わなかった。その背 景には上記のような考え方が基本的にはあったのではなかろうか。しかし,生

(20)

-20ー 第58巻 第1号 20 産物市場に超過需要がある時,消費需要が優先されないとすると事情は異なり, 望まれる貯蓄率と事後的な貯蓄率との関係は,生産物市場の均衡や不均衡に関 係を持って来る。 続いて,ハロッドの「望まれる貯蓄率」の概念を使って,生産物市場の均衡 や不均衡を考慮した,不安定性原理について論じた諸説を検討した。まず和田 貞夫教授は r望まれる貯蓄」の概念を使って r事後的にみて未充足の需要」 とし、う概念を工夫しておられる。これは,事後的にみて来充足の投資需要と消 費需要の和である。これは有用な概念である。しかし和田教授は,諸文献で見 る限り r正当化された投資〈必要な投資)Jを事前的投資と混同しておられる。 そして,ハロッドの正当化された投資と事後的投資との関係や,望まれる貯蓄 と事後的貯蓄との関係を,そのまま生産物市場の需給の均衡や不均衡の問題と 混同されている疑いが持たれる。 次に置塩教授は,

r

R.,

Harrod

の動学再考J(1

9

8

4

)

で,不安定性原理について 新しい見解を示しておられる。その中で r望まれる貯蓄率」と商品市場(生産 物市場〉の均衡や不均衡との関係についても論じておられる。まず,商品市場 の均衡の条件を次のように示しておられる。 lt

=

SdYt (20) これは,新投資需要が望まれる貯蓄に等しいということである。これを変形す ると次のようになる。 lt

+

(1 -S d ) Yt

=

Yt すなわち,左辺は投資需要と消費需要の和であり,右辺は商品の供給である。 ただ,ハロッドの考え方から言えば,ltは t期の投資需要であるが,(l-sd)れ は t期の潜在的消費需要であっても,顕在的な消費需要ではない。この点は, ハロッドと置塩教授との聞に考え方の違いがある。また置塩教授は,商品市場 の均衡を表す二者択一的条件として,次式を示しておられる。 St Sd 。1) これはlt

=

StYtとしみ仮定のもとに,側式と同じことになる。 続いて置塩教授は,商品市場の需給が不一致の場合,ハロッドが投資関数や

(21)

21 ノ、ロッドの「望まれる貯蓄率」の概念と生産物市場の均衡 -21ー 産出高に関する行動方程式について何も示していないとして,批判をしておら れる。そして独自に,これらの定式化を行い,それに基づいて,保証成長の不 安定性の論証を行っておられる。これは新しい試みであり,評価されるものと 思う。 私見によれば r望まれる貯蓄率」と「事後的(現実の〉貯蓄率」との関係に よる,不安定性原理についてのハロッドの説明は,生産物市場の不均衡による 不安定性原理の説明とは一応別のことであると思う。しかし,双方は無関係で はない。そこで,ハロッドにおいては明示的な形では欠けている後者の問題を, 諸説を参考として, さらに私なりに考察してみたいと思う。 参 考 文 献 C 1) Harrod, R F, ‘An E' ssay in Dynamic Theory" (2J 一一一一一,Towards a [)ynamic E.ωnomκs, 1948 ( 31 一一一一一,Economic Essays, 1952.

C4J ー一一一一,“Whatis a Model?", inValue, Capital and Growth Papers in Honour of Sir fohn Hicks, ed, J N. W olfe, 1968 C5J 一一一一一,Money, 1969 C6J 一一一一一,Economicかnamics,1973 C7J 一一一一一, Economic Dynamics and Economic Policy, inEconomi正sin the Future Towards a New Paradigm, ed, K.Dopfer, 1976 C8J 置 場 信 雄 現 代 経 済 学J,筑摩書房, 1977。 C9J 一一一一一, rR Harrodの動学再考j,国民経済雑誌,第150巻第6号,昭和59年12月。 OOJ 篠崎敏雄 r貯蓄の不均衡と不安定性原理j,香川大学経済論叢,第55巻3・4号, 1983 年1月。 OlJ 和田貞夫 r不安定性原理と景気循環j,大阪府立大学経済研究, 24巻2号,昭和54年 1月。 02J一 一 一 一 一 経 済 成 長 理 論J,昭和54年9月,東洋経済新報社。

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