平成 14 年度研究報告
男子更年期の内分泌学的研究-日本人における
実 態 調 査 お よ び androgen replacement therapy
(ART) の基礎的研究
- 男子更年期の内分泌学的研究 -
研究テーマ
札幌医科大学医学部泌尿器科学講座
助教授 伊藤 直樹
現所属:札幌医科大学泌尿器科学
✻ サマリー ✻
最近男性更年期が注目を集め、late-onset hypogonadism (LOH) が提唱された。LOH は 「加 齢に伴う生化学的症候群であり、androgen に対する感受性低下の有無にかかわらず androgen の低下を特徴とする。その結果、QOL の明らかな変化をきたしたり、多臓器機 能に悪影響をもたらす」 と定義されている。本研究ではわが国における LOH の頻度を検 討した。
20 歳から 77 歳の健康診断受診者 200 名を対象とした。LOH 自覚症状は Heinemann’s aging male symptoms (AMS) rating scale を用いて評価した。血中男性ホルモンとして、total testosterone, free testosterone を radioimmunoassay にて測定した。さらに sex-hormone binding globulin, albumin を測定し、Vermeulen らの換算式から calculated free testosterone (CFT) を 算出した。本研究は札幌医科大学倫理委員会の承認を得た上で行われた。
加齢とともに LOH 症状は強くなる傾向が認められた。中等度あるいは重度を LOH 症状 ありと判断すると、20 歳代:0%、30 歳代:19.4%、40 歳代 17.6%、50 歳代:30.4%、 60 歳代:46.5%、70 歳代:60%であった。血中 free testosterone のみが AMS 総得点、身 体的要素、性機能と有意に相関したことから、LOH 症状は血中 testosterone が低下すると 強くなり、血中 free testosterone はマーカーとして有用性が期待された。LOH を健康成人 男子 20 歳代における血中 free testosterone 値の mean – 2SD 値である 8.5 pg/ml 未満、かつ AMS 総得点で中等度あるいは重度の症状を有する場合と定義すると、20 歳代:0%、30 歳代:2.8%、40 歳代 5.9%、50 歳代:13%、60 歳代:25.6%、70 歳代:26.6%という結 果であった。
本研究の結果、日本人男性における LOH 症状を有する割合、さらに男性ホルモン低下を伴 い LOH と定義されたものの割合、すなわち LOH 症候群の有病率が初めて推計された。LOH 症状は血中 free testosterone 値と相関することも明らかとなり、マーカーとしての可能性も 期待された。
今後、男性ホルモン補充療法により症状の改善、QOL 向上を検討する必要があると考え られた。
✻ 研究報告 ✻
1.背景と目的 我が国における 70 歳以上の高齢者は 1000 万人を越え、世界有数の高齢国家への道を 突き進んでいる。世界で最高の長寿国であることは望ましいことではあるが、寝たき り、痴呆、身体的不自由などの障害を抱えて長生きするのは不幸である。高齢者の quality of life (QOL) を高いレベルで維持させることが今後の医学的、社会的命題である。 その中で最近男性更年期が世界的に注目を集めている。男性に更年期はあるのか?女 性の場合と異なり、男性における androgen の低下は緩やかなものであり急速な内分泌 学的環境の変化は認められないとされている。しかし性機能障害に代表されるような androgen 低下に伴う諸症状が加齢に伴い出現することが明らかとされている。2000 年 に米国内分泌学会は testosterone 低下に起因する生化学的異常とそれに基づく症状・所 見 か ら な る 症 候 群 と し て partial (progressive) androgen decline in the aging male (PADAM) を提言した。その後、androgen 低下に伴う症状を示す用語として late-onset hypogonadism (LOH) が提唱された。LOH は International Society for the Study of the Aging Male (ISSAM) により、「加齢に伴う生化学的症候群であり、androgen に対する 感受性低下の有無にかかわらず androgen の低下を特徴とする。その結果、QOL の明ら かな変化をきたしたり、多臓器機能に悪影響をもたらす」 と定義されている。我が国において LOH 症状を有する男性はどのくらい存在するのか?彼らに androgen replacement therapy (ART) を行うことで筋力の増強や骨折予防といった生理機能の改 善や QOL 向上が得られるのか?本研究の最終的な end-point はここにあるが、今回は近 接的な目標として日本人における LOH の実態に関して、質問紙を用いた自覚症状の面 と生物学的活性 testosterone を測定する他覚的な面の両面から検討を行った。すでに preliminary study として LOH スクリーニングの代表的質問紙である Morley’s ADAM questionnaire を日本語訳し、Morley と共同で linguistic validation を行ったものを用いて、 札幌医科大学倫理委員会の承認を得て、外来受診者を対象とし約 100 例に質問紙調査 を行った。その結果、加齢に伴い更年期症状は増強することが明らかとなったが、Morley の判定基準に従うと 40 歳未満でも 55.6%、40 歳以上ではほぼ全例が男性更年期と判定 される結果であった。高い有更年期症状率は外来受診者という bias がかかった集団で あるためと考えられ、今回検診受診者を対象とした調査を行い、自覚症状の実態と生 物学的活性 testosterone との関連性を検討した。 2.対象と方法 対象は健康診断受診者 200 名である。年齢は 20 歳から 77 歳であった。参加者には本 研究の目的・内容・危険性 (採血) を文書にて説明した上で文書による同意を取得し
LOH 自覚症状を評価する質問紙は、すでに日本語版 validation を終えた Heinemann’s aging male symptoms (AMS) rating scale を用いた。血中男性ホルモンの測定は午前中に 採血し、血中 total testosterone, free testosterone を radioimmunoassay にて測定した。理想 的には bioavailable testosterone 測定が望ましいが測定が難しいため、sex-hormone binding globulin, albumin を測定し、Vermeulen らの換算式から calculated free testosterone (CFT) を算出した。
3.結 果
AMS rating scale はその総得点から LOH 重症度を 「なし」「軽度」「中等度」「重度」 の 4 段 階に分類できる。図 1 に年代毎の重症度の割合を示した。加齢とともに重症度が強く なる傾向が示されている。中等度あるいは重度を LOH 症状ありと判断すると、20 歳代: 0%、30 歳代:19.4%、40 歳代 17.6%、50 歳代:30.4%、60 歳代:46.5%、70 歳代: 60%で、30~40 歳代でもすでに約 2 割が、60 歳代以上では約半数が中等度以上の LOH 症状を自覚している結果であった。
AMS rating scale による自覚症状と血中 testosterone 値との関係を検討した。表 1 に示す ように、血中 free testosterone のみが AMS 総得点、身体的要素、性機能と有意に相関し た。この結果から、LOH 症状は血中 testosterone が低下すると強くなること、しかし心 理的要素は血中 testosterone と関係しないこと、血中 free testosterone がマーカーとして 症状と相関することが明らかとなった。
前述したように LOH の定義は自覚症状を有し、血中 testosterone が低下しているもので ある。そこで、健康成人男子 20 歳代における血中 free testosterone 値の mean – 2SD 値 である 8.5 pg/ml 未満、かつ AMS 総得点で中等度あるいは重度の症状を有する場合を LOH と定義し、その頻度を検討した。20 歳代:0%、30 歳代:2.8%、40 歳代 5.9%、 50 歳代:13%、60 歳代:25.6%、70 歳代:26.6%という結果であった。この全例に男 性ホルモン補充療法が必要になるとは考えられないが、LOH の定義に当てはまる例が 少なからず存在することが明らかとなった。 4.結 論 本研究の結果、日本人男性における LOH 症状を有する割合、さらに男性ホルモン低下 を伴い LOH と定義されたものの割合、すなわち LOH 症候群の有病率が初めて推計さ れた。LOH 症状は血中 free testosterone 値と相関することも明らかとなり、マーカーと しての可能性も期待された。
今後、男性ホルモン補充療法により症状の改善、QOL 向上を検討する必要があると考えら れた。
本研究に関する投稿論文 1 伊藤直樹、塚本泰司 男性更年期の概念 医学のあゆみ 2003, 205: 380-384. 2 伊藤直樹、久末伸一、加藤隆一、高橋 敦、舛森直哉、塚本泰司 男性更年期:その 診断と治療の動向-泌尿器科医は何をすべきか- 泌尿器外科 2003, 16 (臨増): 313-315. 3 伊藤直樹、塚本泰司 男性の更年期 検査と技術 2003, 31: 540-542. 4 伊藤直樹、久末伸一 男性更年期で用いる質問紙:その有用性と限界 Urology View 2004, 2: 56-62. 5 伊藤直樹、久末伸一、塚本泰司 男性更年期障害の臨床 判定のための問診表. Modern Physician 2004, 24: 275-281. 6 伊藤直樹、久末伸一 男性更年期障害の概念と社会的問題 Pharma Media 2005, 23: 17-20.
7 伊藤直樹、久末伸一、塚本泰司 LOH (late-onset hypogonadism: 男性更年期障害) 日 本臨床 2006, 4 (増): 499-503.
8 伊藤直樹 総説 男性更年期障害-Late-onset hypogonadism (LOH)– 臨泌 2006、 60:78