本邦において先行的腎移植(preemptive kidney transplan-tation:PEKT)の急速な普及は近年注目されている。この PEKT については,移植医の側からみると術後経過の観点 からは歓迎すべき移植であり,腎臓内科医の側からは,と きとしてその早すぎる手術タイミングを疑問視してしまう 移植である。しかし,この腎移植形式が世界的に普及して いるのは事実であり,本邦でも PEKT に関する認識が変化 しつつある。 本稿では,PEKT の歴史から現在の状況までを解説し, この腎移植に関する客観的かつ科学的認識を深めるために 必要な問題点は何かを提起したい。 PEKT は,透析療法を経ずして末期腎不全期に受ける腎 移植を指す。しかし実情では,一度も透析療法を受けずに 腎移植を受ける場合のみならず,数回の血液透析を受けて から腎移植を受ける場合も含めて PEKT と称している。移 植施設によっては,PEKT と言っても,必ず血液透析によ る術前コンディショニングを要するとしている場合もあ る。したがって,どのような条件で PEKT と称しているか を見極める必要がある。術前透析が必要な理由も,コンディ ショニングのみではなく,アシドーシス,高カリウム血症, 心不全など尿毒症の進行という場合もある。 本邦の腎移植臨床登録集計(2009 年統計データ)による と1),生体腎移植 1,041 例のうち,未透析で腎移植を受けて いる症例が 99 例(9.5 %),移植直前のみ透析を受けている はじめに PEKT の定義と現況 症例が 80 例(7.7 %)であり,両者を併せると約 16 %にな る。近年の腎移植においては,20 %弱が PEKT を意識して 腎移植を施行していることになる。 PEKT が論文紙上に登場するのは,PubMed で検索する限 り 1990 年代初頭からであり2),その報告数は年ごとに増加 してきた。わが国の腎移植臨床登録集計のデータからみる と3),初回腎移植において未透析で行われる PEKT は, 1990 年代は全国で年間 10 例前後までであり,それほど普 及していなかった。ところが,2000 年以降年間 20 例を超 すようになり,2010 年には生体腎移植 1,111 例中 113 例 (10.2 %)に到達した(図 1)。すなわち,近年では初回生体 腎移植の 10 %前後を占めるまでに至った。ABO 不適合の 場合はややその頻度が低下するが,それでも約 6 %の症例 で PEKT が行われている。 世 界 の 潮 流 に 10 年 程 度 遅 れ た と は 言 え, 本 邦 で も PEKT が急速に 2000 年代に増加していることがわかる。施 設によっては,この比率を遥かに超え,20∼50 %までが PEKT 形式で腎移植が行われているのが現状のようであ る。この急速な増加の背景には,2000 年前後から代謝拮抗 薬としてミコフェノール酸モフェチルが使用可能となり, 急性拒絶反応が激減したことも関与していると推測され る。PEKT での腎移植を紹介する立場にある医師は,主に 腎臓内科医である。徐々にではあるが,この形式の腎移植 が腎臓内科医にも知られるようになったことも一因と考え られる。また,患者自身も情報を得て,積極的に PEKT で の腎移植を希望するケースも増加しているためではないだ ろうか。 成人年齢層の解析では3),PEKT は 20 代から 60 代まで PEKT の時代的推移 神戸大学大学院腎臓内科
先行的腎移植
Preemptive kidney transplantation
西
慎
一
Shinichi NISHI
ほぼ同率に行われている。腎原疾患に関しては,成人では 特に偏った腎原疾患があるわけではないが,小児では低形 成腎,逆流性腎症などの腎尿路系疾患が PKET 症例で多 い。 海外においては,小児で PEKT の適応が積極的に進めら れてきたが,本邦でも小児では成人よりより積極的に PEKT が適応されている現状がある。本邦の小児腎移植で は,初回生体腎移植の 20∼25 %が PEKT で行われている実 情である4)。小児では透析療法による長期的な腎不全治療 は,技術的に多くの難しい問題点を抱え,また,医学的に も成長や知能・精神発達に大きな影響が出現することか ら,早期の腎移植の実現が望まれる。このような実情から PEKT が積極的に実施されてきたと考えられる。 海外,特に移植先進国である米国では,積極的に PEKT で の 腎 移 植 が 行 わ れ て い る。 UNOS(United Network for Organ Sharing)の年次報告によると5),PEKT の比率は 2001 年では生体腎移植のうち 21.2 %であったが,2011 年には 27.3 %と上昇している(図 2)。本邦の実情と比較すると, 成人においては,米国では本邦の 2∼3 倍程度の比率で PKET が行われていることになる。小児ではさらに積極的 に PEKT が選択されている。UNOS のデータによると(図 3),1999∼2001 年の小児での PEKT 型式の生体腎移植比率 は 33.2 %であるが,2009∼2011 年の集計では 36.7 %と なっている。生体腎移植の 40 %弱が PEKT 形式での腎移植 米国の PEKT の現状 311368 355 414465 475 474 453 323385 365 351 360 377 351 451 438487459 562 622 621680 771 851 795 803 907 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 4 8 12 10 9 10 16 23 27 10 25 33 48 49 62 62 70 91 0 0 0 0 0 1 0 1 0 2 13 9 9 14 18 3 12 18 21 27 31 35 55 61 74 83 95 113 0 200 400 600 800 1,000 1,200 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 (人) 未透析例 手術直前透析例 維持透析例 図 1 本邦の移植直前透析療法の有無 日本臨床腎移植登録集計からみた移植前未透析症例,直前透析症例,維持透析症例の比率推移(文献 3 より引用)
である。 興味深い事実は,この PEKT が献腎移植のなかでも積極 的に行われている点である。成人のデータでは,2001 年に は 5.4 %が,2011 年には 7.8 %が PEKT で献腎移植が実施 されている(図 2)。小児の献腎移植では,1999∼2001 年は 12.9 %,2009∼2011 年においては 19.3 %が PEKT で献腎移 植が行われている。本邦の小児生体腎移植での PEKT の比 率と同程度の比率で,献腎移植形式で PEKT が実施されて いるのである。 このような大きな差が出現する背景には,移植待機年数 と移植ドナー数に大きな違いがあることは言うまでもな い。本邦の献腎移植までの平均待機年数は,成人で 17 年 という驚くべき長時間である実情に対し,米国では小児で は 1 年程度であり,成人でも 3∼5 年程度である。PEKT 形 式の腎移植を望んで献腎登録する意味が米国では現実にあ るのである6)。 本邦の腎移植においては,献腎移植の臓器移植ネット ワークへの登録は透析導入後に行うことが原則となってい た。しかし,生体腎移植での PEKT の普及,海外での献腎 移植での PEKT の実積などが知られるようになり7∼8),本 邦でも PEKT 形式で献腎移植を希望する患者が出現して きた。そこで,一定のルールの基に,PEKT を希望する場 合のみ献腎移植登録が透析導入前に可能である制度の確立 が急務となった。2011 年 11 月に腎移植に関連する 5 学会, 日本移植学会,日本臨床腎移植学会,日本腎臓学会,日本 本邦における献腎移植での PEKT 透析医学会,日本小児科学会の代表による合議が行われた。 その結果として,献腎移植での先行的腎移植登録に関する 基準案が提示された(表 1)9)。この会議には日本臓器移植 ネットワーク,日本透析医会,厚生労働省の代表もオブザー バーとして参加していた。 またこの会議で,早すぎる登録などがないか検証するこ とも必要と判断され,登録評価委員会が設置され,登録症 例のデータが基準に合致しているかどうか判定することと なった。2012 年 7 月からこの登録システムと登録評価委員 会がスタートしている。2012 年度内だけでも約 30 例が献 腎移植での PEKT を希望して登録を済ませている現状で ある。 ただし,米国と異なり待機時間が長いこと,ドナー数が 少ないことから,小児においてはある程度可能性があると 思われるが,どの程度本邦で献腎移植における PEKT が実 施できるか未知数である。とは言え,患者からの切なる希 望がある現実も認識する必要がある。 表 1 献腎移植における先行的腎移植登録 基準 成人:腎機能 eGFR 15 mL/min/1.73 m2未満 小児:腎機能 eGFR 20 mL/min/1.73 m2未満 *成人は日本腎臓学会の 194 式による eGFR, 小児は Schwartz 式による eGFR *1 年以内に腎代替療法が必要と予測される 症例 移植前透析期間 5年以上/不明 5<年 <3年 <1年 なし(PEKT) 献腎移植 生体腎移植 献腎移植 生体腎移植 119 (12.9%) 393(33.2%) 279(19.3%) 333(36.1%) 212 433 370 245 362 258 499 201 93 33 121 137 66 180 109 (人) 1999∼2001年 2009∼2011年 1,600 1,400 1,200 1,000 800 600 400 200 0 34 図 3 UNOS における小児 PEKT 症例の比率(献腎) (文献 5 の年次報告データを引用して作図) 献腎移植 生体腎移植 献腎移植 生体腎移植 404717(5.4%) 1,190(21.2%) 821 (7.8%) 1,493(27.3%) 1,706 554 1,212 2,647 1,597 2,434 1,378 1,355 411 2,607 404 2,319 704 4,073 979 0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 2001 2001 2011 2011(年) (人) 移植前透析期間 5年以上/不明 5<年 <3年 <1年 なし(PEKT) 図 2 UNOS における成人 PEKT 症例の比率(献腎) (文献 5 の年次報告データを引用して作図)
PEKT の利点と欠点を表 2 にまとめた。成人においても PKET が普及してきた背景には,幾つかのメリットがある。 その一つに,心血管系合併症進行の抑制と死亡率改善があ げられる10,11)。慢性腎臓病保存期に腎機能低下とともにす でに進行しつつある心血管系合併症は,透析導入後にさら に悪化すると考えられている。PEKT により,この心血管 系合併症が軽度であるうちに腎移植を受けることは,その 後の心血管系疾患の発症抑制につながると期待される。特 にこのような効果がより献腎移植の PEKT でみられるこ とは注目に値する11)。透析期間が長くなると,その他の透 析合併症である二次性副甲状腺機能亢進症,透析アミロイ ドーシスも悪化してくる。やはり,これらの合併症の重篤 化がみられないうちに腎移植を受けることにはメリットが あると考えられる12)。また,生殖能力の保持も利点と言え る。長期透析により,女性の妊孕率は低下してしまう。よ り早期に腎移植を受けることで,妊孕力の保持が期待され る。小児では先述したように,より早期の腎移植は身体お よび精神・知的能力の発育・成長に大きなメリットを与え る。また,透析療法より移植医療のほうが経済的に負担は 少なく,医療経済的にも利点があるとされている13)。 一方,デメリットも指摘されている。最も初期の論文で ある Katz らのまとめでは14),85 例の先行的生体腎移植例 と半年以上の透析経験後生体腎移植例が比較されている が,生存率,生着率に有意差はなかったとしている。また, 術前のドナー特異的輸血,HLA のミスマッチなどの差も両 群の移植後結果に影響を与えなかったとしている。ただし, 薬剤アドヒアランスが悪かった先行的生体腎移植例により 多くの拒絶反応がみられ,ここに有意差があったとしてい る。この薬剤アドヒアランス低下が,PEKT 症例に比較的 多くみられ,これがデメリットであると指摘される。その 理由として,透析療法の不便さを体験していないことに依 存するのではないかという推測がある。その他,予定手術 PEKT のメリットとデメリット として日程を組み込んでも,腎機能低化が予想より速い場 合は透析療法が必要となり,手術予定日を変更せざるをえ ないという事態も生じやすい。この点も PEKT の問題点で ある。 PEKT の利点の一つは,良好なレシピエント生命予後と グラフト予後にあるといわれる。透析医療を受けることで, その日から透析患者の生命予後は一般人と比較して時間経 過とともに有意に低下していくといわれる。Yoo らは15), 1990 年から 2007 年までに腎移植を受けた 499 例の術後経 過を 3 群に分けて観察している。81 例が PEKT の腎移植患 者で,343 例が血液透析,75 例が腹膜透析を受けてからの 腎移植患者である。3 群それぞれのグラフト予後は,1 年 後で 92.4 %,78.2 %,69.2 %,5 年後で 98.8 %,89.5 %, 79.4 %,10 年後で 85.3 %,74.5 %,68.2 %(p=0.03)となっ ていた。どの段階でも PEKT 群のグラフト予後が最も優れ ていた。腹膜透析と血液透析との間には有意差はなかった としている。Rigo らは16),移植後の潜在的急性拒絶反応, 慢性拒絶反応,そして移植後無機能腎の比率も PEKT 群が 低かったとしている。つまり,かれらの解析では,拒絶反 応も PEKT が少ないことを強調している。 しかし,本邦の PEKT のグラフト予後に関する解析で は,拒絶反応発症が減少した 2000∼2009 年の症例で比較 する限りでは,PEKT 群と透析後移植群で有意差がなかっ たと報告されている3)。本邦の近年のグラフト予後成績は きわめて良く,この点に関しては差が出てこないものと思 われる。 PEKT に関しては一定の基準で実施することが望まれて いる。特に早すぎる腎移植の実施は望ましいとは言えない。 日本臨床腎移植学会のなかに PEKT ガイドラインワーキ ンググループが設立されている。現在,この委員会が多施 設の PEKT 症例の実態を調査し,実施基準案を検討してい る。 10 施設 196 例の症例調査の分析では17),未透析での PEKT が 111 例(56.6 %),透析後の PEKT が 85 例(43.4 %) であり,移植直前の血清クレアチニンは 7.1±2.1 mg/dL, eGFR は 8.4±3.7 mL/min/1.73 m2であった。また,移植施 設 へ の 紹 介 時 の 血 清 ク レ ア チ ニ ン は 6.2±2.5 mg/dL, PEKT の成績 本邦における PEKT ガイドライン案 表 2 先行的腎移植のメリットとデメリット メリット:良好な生命予後・グラフト予後 心血管系合併症の進行阻止 小児における良好な成長・発育 妊孕性の確保 透析合併症の進行阻止 医療経済の負担軽減 デメリット:術後薬剤アドヒアランスの低下 予定手術日の不確定性
eGFR は 9.8±6.5 mL/min/1.73 m2であった(表 3)。移植時 の腎機能は,透析導入症例と比較してわずかに高めである が,決して腎移植を早すぎる時期に行っている状態ではな いと考えられる。本邦の透析患者の導入時平均 eGFR はお よそ 5∼8 mL/min/1.73 m2 であり,これと比較するとやや 高めではあるが,PEKT では高度の尿毒症症状が出現する 前に移植手術をする必要があり,この点からすると妥当な 解析結果ではないかと思われる。むしろ,紹介時の腎機能 がやや低下しすぎているなかで PEKT が行われている感 がある。移植施設に紹介されてから移植手術が予定される までには,術前検査などを行う必要性から,数カ月から半 年程度の準備時間は必要である。あまりにも遅い紹介では, 未透析での PEKT は不可能となる。透析導入を経ての場合 は,透析カテーテルの挿入が必要であり,この操作による 感染などのリスクも考慮しなければならない。 現在のところ,PEKT ガイドラインワーキンググループ としては,PEKT 実施時期は成人では eGFR 15 mL/min/ 1.73 m2未満かつ臨床症状,小児では 20∼30 mL/min/1.73 m2未満かつ臨床症状という目安を示している(表 4)。 手術までに多数の術前検査が必要な腎移植である。安全 まとめ にかつ適切に腎移植が PEKT で実施できるように,腎臓内 科と移植外科医が共にさらに学んでいくことが必要であ る。また,この PEKT の成績を解析し,どこに優れている 点があるのか,また,どこに問題点があるのか,今後もさ らに検証を続けていく必要がある。 利益相反自己申告:申告すべきものなし 文 献 1.日本臨床腎移植学会,日本移植学会.腎移植臨床登録集計 報告(2010)−3.2009 年経過調査結果.移植 2010;45:608− 620,19−27.
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6.http://optn.transplant.hrsa.gov/latestData/step2.asp
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