印 度 學 佛 教 學 研 究 第 四 十 九 巻 第 二 号 平 成 十 三 年 三 月 一 九 八
﹃
観
念
法
門
﹄
に
於
け
る
懺
悔
思
想
に
つ
い
て
上
野
成
観
﹃ 観 念 法 門 ﹄ は ﹁ 三 昧 行 相 分 ﹂ 、 ﹁五 縁 功 徳 分 ﹂ 、 ﹁結 勧 修 行 分 ﹂ の 三 段 か ら な る が ﹁ 五 縁 功 徳 分 ﹂ 別 撰 説 も 提 出 さ れ て い る 。 そ こ で 以 下 、 各 段 の 懺 悔 思 想 の 教 学 的 特 色 を 窺 い 、 そ の 相 互 の 関 連 性 を 検 討 す る こ と で こ の 別 撰 説 問 題 を 考 え て み た い 。 ま た 本 疏 や 他 の 具 疏 所 説 の 懺 悔 思 想 と の 関 係 に つ い て も 最 後 に 瞥 見 し て お き た い 。 先 ず 迦 才 ﹃ 浄 土 論 ﹄ 上 所 説 の 中 下 の 機 根 者 を 対 象 に し た 往 生 業 と 、 ﹁ 三 昧 行 相 分 ﹂ 中 の 具 体 的 懺 悔 実 修 法 で あ る ﹁道 場 内 懺 悔 発 願 法 ﹂ の 内 容 と が 酷 似 し て い る こ と が 既 に 成 瀬 氏 に よ り 指 摘 さ れ て い る 。 氏 は ﹁ ﹃ 観 念 法 門 ﹄ に は 右 に 引 用 し た 前 後 に ﹃ 浄 土 論 ﹄ が あ げ る 、 懺 悔 ・ 発 菩 提 心 ・ 観 察 ・ 廻 向 等 の 必 要 性 も 説 か れ て 、 両 書 に は 多 く の 共 通 点 が 見 出 せ る ﹂ と す る が 、(1) ﹁五 縁 功 徳 分 ﹂ で は 、 更 に ﹃ 浄 土 論 ﹄ で 上 根 者 を 対 象 に し た 往 生 因 と し て 説 く 別 念 阿 彌 陀 佛 名 號 ・ 禮 拝 ・ 讃 歎 ・ 發 願 ・ 觀 察 ・ 廻 向 の 行 業 も 、 読 誦 を 加 え た 形 で 繰 り 返 し 説 か れ て お り 、 ﹁ 五 縁 功 徳 分 ﹂ と ﹃ 浄 土 論 ﹄ と の 関 係 も 注 目 さ れ る 。 若 し 両 段 が ﹃ 浄 土 論 ﹄ と い う 共 通 の 思 想 基 盤 を 持 つ な ら ば 、 そ の 懺 悔 思 想 に も 自 ら 類 似 性 が 見 ら れ る と 考 え ら れ 、 そ れ は 次 の 道 教 と の 関 係 か ら も 傍 証 さ れ る で あ ろ う 。 尚 、 ﹃ 浄 土 論 ﹄ で は 如 上 の 中 下 の 機 根 者 を 対 象 に し た 五 行 に つ い て ﹁具 前 五 種 行 者 必 得 往 生 ﹂ と 一 連 の 行 道 と 見 徹 し 、 懺 悔 、 發 菩 提 心 と 順 々 に 手 順 を 踏 ん で ゆ き 、 念 仏 行 に 至 っ て 初 め て 業 障 が 消 除 さ れ る と 説 く 。 ﹁五 縁 功 徳 分 ﹂ で も 念 仏 (称 名 ) 滅 罪 が 説 か れ る が 、 も し ﹃浄 土 論 ﹄ の 影 響 が 濃 厚 で あ る な ら ば 、 本 疏 ﹁散 善 義 ﹂ が 懺 悔 を 滅 罪 の た め の 方 法 と し て 直 接 的 に 介 在 さ せ て い な い の と は 対 蹠 的 に 、 こ こ で は 懺 悔 を 念 仏 の 為 の 必 然 的 前 提 条 件 と し て 要 請 し て い る と も 思 考 さ れ る 。 次 に 、 ﹁懺 悔 発 願 法 ﹂ の 最 初 に ﹁天 曹 ・ 地 府 、 一 切 の 業 道 ﹂ 等 へ の ﹁表 白 ﹂ が 説 か れ る が 、 こ れ と ﹁五 縁 功 徳 分 ﹂ 護 念 縁 所 引 の ﹃ 浄 度 三 昧 経 ﹄ 引 文 中 の ﹁天 曹 ・ 地 府 、 一 切 の 業 道 に 向 か ひ て ﹂ と が ほ ぼ 同 一 表 現 で あ る こ と に 注 目 し て み た い 。 同 引 文 中 で は 更 に ﹁首 過 ﹂ に つ い て も 触 れ ら れ て い る が 、 ﹁天-704-曹 ・ 地 府 ・ 首 過 ﹂ は 道 教 の 用 語 で 、 例 え ば 最 古 の 道 教 経 典 ﹃ 太 平 経 ﹄ に も 此 等 の 語 が 見 ら れ る 。 こ の う ち 首 過 と は 自 分 の 道 教 の 神 格 に 罪 を 告 白 す る 懺 悔 法 で 、 道 教 の 懺 法 の 中 で 最 も 古 く 、 儀 式 の 中 で 最 も 重 要 な 作 法 で あ る 。 ﹃ 太 平 経 ﹄ で は 瀕 死 の 病 人 が 首 過 に よ る 罪 の 懺 悔 と 家 族 の 求 哀 に よ り 一 度 だ け 蘇 生 出 来 る と 説 く が 、 ﹁懺 悔 発 願 法 ﹂ 中 の 臨 終 行 儀 も 、 実 は こ の よ う な 道 教 の 、 懺 悔 に よ る 蘇 生 も し く は 死 後 上 天 と い う 思 想 の 影 響 を 如 実 に 受 け つ つ 、 そ の 目 的 を 浄 土 願 生 と い う 新 た な モ チ ー フ と し て 脚 色 し 直 し た も の だ と は 考 え ら れ な い だ ろ う か 。 尚 、 善 導 の 師 、 道 綽 は 呪 能 者 と し て の 評 価 を 当 時 受 け て お り 、 素 朴 な 現 世 利 益 を 求 め る 中 国 人 の 宗 教 感 情 に 応 え る 形 で 、 ﹃ 安 楽 集 ﹄ に 敢 え て 道 教 色 等 の 濃 厚 な 疑 偽 経 典 を 多 用 し て い る 。 つ ま り 道 綽 は 道 教 等 の 用 語 や 定 型 句 を 大 胆 に 採 り 入 れ な が ら も 、 飽 く ま で そ れ を 仏 教 的 な 文 脈 に 置 き 換 え る こ と で 民 衆 教 化 に 当 た る な ど 、 道 教 思 想 の 構 造 を 意 図 的 に 利 用 し て お り 、 そ の こ と を 併 せ 考 え る 時 、 或 い は 道 綽 の 強 い 影 響 下 で ﹃ 観 念 法 門 ﹄ の 懺 悔 思 想 が 形 成 さ れ た の か と も 推 測 さ れ る 。 と も か く 、 も し ﹁懺 悔 発 願 法 ﹂ 及 び 疑 偽 経 で あ る ﹃ 浄 度 三 昧 経 ﹄ 引 文 が 道 教 と い う 共 通 の 思 想 基 盤 の 上 に 成 立 し て い る と 仮 定 し 得 る な ら ば 、 こ れ は そ の ま ま ﹁ 三 昧 行 相 分 ﹂ と ﹁五 縁 功 徳 分 ﹂ の 類 似 性 の 第 二 の 指 摘 に つ な が る 。 尚 、 相 違 点 と し て は ﹁五 縁 功 徳 分 ﹂ で は 弥 陀 の 願 力 が 非 常 に 重 視 さ れ 、 願 力 往 生 や 願 力 見 仏 が 全 体 に 亘 り 非 常 に 全 面 に 押 し 出 さ れ て い る こ と で あ る 。 ﹁懺 悔 発 願 法 ﹂ で も 本 願 思 想 の 片 鱗 は 窺 え る が ﹁ 五 縁 功 徳 分 ﹂ の 比 で は な い 。 ﹁ 五 縁 功 徳 分 ﹂ で は 願 力 に 基 づ く 一 切 罪 悪 の 凡 夫 の 滅 罪 が 高 調 さ れ る の で あ る 。 し か し ﹁三 昧 行 相 分 ﹂ 、 ﹁ 五 縁 功 徳 分 ﹂ で は 概 し て そ れ 程 過 酷 な 懺 悔 儀 礼 は 要 請 さ れ て お ら ず 、 相 違 点 よ り も 共 通 点 の 方 が 多 く 挙 げ ら れ 、 こ こ か ら 一 連 の 内 容 を 持 つ も の と 捉 え て も 問 題 な い と 考 え ら れ る 。 ﹁ 結 勧 修 行 分 ﹂ の 懺 悔 思 想 に つ い て は そ の 第 三 問 答 の 答 の 部 分 に 引 か れ る 諸 引 文 に 於 い て 詳 述 さ れ て い る 。 そ こ で は ﹃ 観 仏 三 昧 海 経 ﹄ 巻 第 九 ・ 本 行 品 、 ﹃ 同 ﹄ 巻 第 二 ・ 観 相 品 第 三 之 二 、 ﹃ 同 ﹄ 巻 第 三 ・観 相 品 第 三 、 ﹃ 大 方 等 大 集 経 ﹄ 巻 第 四 四 ・ 日 蔵 分 中 三 帰 済 龍 品 、 ﹃ 木 患 経 ﹄ が 巻 数 ・ 品 名 も 殆 ど 明 記 さ れ ず 、 原 文 を 抄 出 、 も し く は 増 加 し た 形 で 引 用 さ れ て い る 。 こ の 原 文 の 引 用 の 仕 方 に 善 導 の 懺 悔 観 の 一 端 が 垣 間 見 え る 。 例 え ば 原 文 に 於 い て 見 ら れ る 、 懺 悔 に よ る 十 方 見 仏 、 も し く は 諸 仏 現 前 授 記 の 功 徳 (本 行 品 等 ) 、 懺 悔 後 の 羯 磨 法 に よ る 戒 体 発 得 (觀 相 品 第 三 之 二 ) 等 が 引 文 で は 意 図 的 に 省 略 さ れ 、 懺 悔 の 目 的 が 飽 く ま で 浄 土 往 生 に 絞 ら れ て い る こ と に 気 付 く 。 一 方 、 本 行 品 引 文 で は 、 逆 に 原 文 に は な い ﹁ 自 撲 懺 悔 ﹂ の 語 が 追 加 さ れ て い る が 、 こ れ は ﹁自 抜 頭 髪 、 號 哭 如 前 、 碗 轉 自 撲 ﹂ と い う 原 文 を ほ ぼ 忠 実 に 引 用 し た 觀 相 品 第 三 引 文 の ﹁自 ﹃観 念 法 門 ﹄ に 於 け る 懺 悔 思 想 に つ い て (上 野 ) 一 九 九
-705-﹃ 観 念 法 門 ﹄ に 於 け る 懺 悔 思 想 に つ い て (上 野 ) 二 〇 〇 抜 頭 髪 、 舉 身 投 地 、 啼 泣 雨 涙 、 自 撲 碗 轉 ﹂ の 影 響 を 受 け た も の で あ る こ と は 明 白 で あ る 。 こ こ か ら 善 導 は 五 登 (舉 身 ) 投 地= 自 撲 婉 轉 (懺 悔 ) と 考 え 、 血 ・ 汗 (自 抜 頭 髪 ・ 舉 身 投 地 ・ 自 撲 婉 轉 ) 、 涙 ( 暗 泣 雨 涙 ) を 伴 う 肉 体 的 ・ 精 神 的 に 相 当 厳 し い 懺 悔 を そ の 内 実 と し て い た と 思 わ れ 、 そ の 思 想 が 前 述 の 諸 引 文 ( ﹃ 木 患 経 ﹄ を 除 く ) 全 体 に ほ ぼ 窺 わ れ る の で あ る 。 こ の よ う な 激 し い 懺 悔 は ﹁ 三 昧 行 相 分 ﹂ ﹁ 五 縁 功 徳 分 ﹂ に は 殆 ど 見 ら れ な か っ た も の で 、 そ の 意 味 で は 前 二 段 と 趣 を か な り 異 に し て い る と 言 え る 。 ち な み に ﹁ 三 昧 行 相 分 ﹂ の ﹁観 仏 三 昧 法 ﹂ の 白 毫 想 の 箇 所 に は ﹁結 勧 修 行 分 ﹂ の 觀 相 品 第 三 之 二 引 文 の す ぐ 上 の 原 文 箇 所 が 引 用 さ れ て い る が 、 に も 拘 わ ら ず ﹁ 結 勧 修 行 分 ﹂ 所 引 の 文 の 懺 悔 思 想 の 内 容 は ﹁道 場 内 懺 悔 発 願 法 ﹂ に は 殆 ど と 言 っ て い い ほ ど 反 映 さ れ て お ら ず 、 こ れ も 如 上 の 推 測 を 裏 付 け る 一 証 左 と な る も の と 思 わ れ る 。 以 上 を ま と め る と 、 ﹁ 三 昧 行 相 分 ﹂ と ﹁五 縁 功 徳 分 ﹂ 所 説 の 懺 悔 思 想 は 、 迦 才 ﹃ 浄 土 論 ﹄ 、 方 等 経 ・ 佛 名 経 所 説 の 懺 悔 法 、 及 び 道 教 の 懺 過 等 を 共 通 の 思 想 基 盤 と し て 持 ち 、 そ の 内 容 も さ ほ ど 困 難 な も の で は な く 、 飽 く ま で 弥 陀 の 願 力 を 根 底 に 据 え た 在 家 相 応 の 易 行 で あ る 、 と い う 共 通 性 が 見 ら れ た 。 一 方 、 ﹁結 勧 修 行 分 ﹂ 所 説 の 懺 悔 思 想 は 、 血 ・ 汗 ・ 涙 を 伴 う 大 変 厳 し い も の で 、 あ る 意 味 ﹃ 観 仏 三 昧 海 経 ﹄ 等 の 原 文 所 説 の 懺 悔 方 法 に 忠 実 に 依 っ た も の と も 考 え ら れ 、 前 二 段 と は 異 色 で あ る 。 従 っ て 小 論 で は 、 ﹁三 昧 行 相 分 ﹂ ﹁ 五 縁 功 徳 分 ﹂ こ そ が 本 来 の ﹃ 観 念 法 門 ﹄ な の で あ り 、 ﹁結 勧 修 行 分 ﹂ は 善 導 自 身 が ﹃ 観 仏 三 昧 海 経 ﹄ 等 の 経典 の 読 み 込 み や 塗 炭 斎 等 の 道 教 儀 礼 の 更 な る 受 容 等 の 中 で 、 懺 悔 の 実 践 を 深 化 さ せ て ゆ き 、 そ れ を 後 に 結 晶 化 さ せ た も の で あ っ て 、 ﹃ 観 念 法 門 ﹄ と は 飽 く ま で 別 部 で あ っ た と 結 論 付 け た い 。 少 な く と も 撰 述 時 期 は 異 な っ て い た だ ろ う 。 し か し 両 部 に は ﹁懺 悔 ﹂ と い う 共 通 テ ー マ が 説 か れ て い た 為 、 最 終 的 に は 一 つ に 合 綴 さ れ 、 現 在 の 体 裁 と な っ た の で あ ろ う 。 そ し て ﹁結 勧 修 行 分 ﹂ 所 説 の 激 し い 懺 悔 思 想 が 後 に ﹃ 往 生 礼 讃 ﹄ ﹁ 日 中 礼 讃 ﹂ 広 懺 悔 の 血 ・ 涙 ・ 汗 の 懺 悔 三 品 へ と 組 織 化 さ れ て ゆ き 、 逆 に 一 方 で 、 本 願 思 想 の 昂 揚 と 共 に 、 ﹃ 観 念 法 門 ﹄ 前 半 の 本 願 力 に 基 づ く 念 仏 懺 悔 滅 罪 思 想 が よ り 一 層 強 調 さ れ て ゆ き 、 ﹃ 般 舟 讃 ﹄ の ﹁ 一 切 善 業 廻 生 利 不 如 専 念 彌 陀 號 念 念 構 名 常 懺 悔 ﹂ へ と 展 開 さ れ 、 最 終 的 に は 懺 悔 と い う 儀 礼 ・ 実 践 を 要 求 し な い 本 疏 ﹁ 散 善 義 ﹂ の 聞 名 滅 罪 ・ 称 名 滅 罪 往 生 へ と 昇 華 さ れ て い っ た と 付 度 さ れ る の で あ る 。 1 成 瀬 隆 純 ﹁善 導 ﹃観 念 法 門 ﹄ の 位 置 づ け ﹂ (﹃ 印 仏 研 ﹄ 四 八 -一 ) 参 照 。 ︿ キ ー ワ ー ド ﹀ 懺 悔 、 迦 才 ﹃ 浄 土 論 ﹄ 、 道 教 、 ﹃観 仏 三 昧 海 経 ﹄ (龍 谷 大 学 大 学 院 )