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株式の市場性価値の大いさ
理論たるに止まらず実証的にも証明されるという点である︒ 大いさ論に入るに先立ち︑ 私は先に本誌に︑凡て証券の価値は収益価値と市場性価値
Va
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o f
M a r k
e t i b
i l i t
y の複合したものであり︑後者は証券の市 湯性に甚いて生じ︑当該証券が株式なら株式一般︑公債社債なら公債社債一般の平均的な市場性より大なる時は︒フラスの大いさ︑
平均より小なる市場性の時はマイナスの大いさとなることを述べた︵拙稲﹁証券価値の本質﹂本誌第一巻第一ー一号︑昭和三十一年九 月刊︶︒而して世間にもこの証券の市場性価値の存在を肯定する人はあるが︑その存在を肯定するのみで︑その大いさほ如何にし て定まるかその大いさの確定について述べている人は皆無に近い︒が︑価値の存在を肯定する以上その大いさの決定を述べなけれ ば充分だと云えない︒純理的でない︒即ち︑武は市場性価値肯定論者として︑武なりにその大いさの決定について論じてみようと
思うのである︒
株 式 の 市 場 性 価 値 の 大 い さ 一寸触れて置こうと思うのは︑市場性価値にプラスとマイナスがあることは演繹的な 既に別の機会に厘々述べた如く︑株式の市価は其の価値と一致しないものである︒そのそれ
De
vi
at
io
n は︑株式
によりては需給関係其他により稚々持続することありとしても︑余り長期に亘るものでない︒従て︑可成り多数の
は し
が
き
株 式 の 市 場 性 価 値 の 大 い さ
1一 九
今 西 庄 次 郎
株式銘柄を選びー収益価値の計算し易いものを選ぶ方が都合のよいこと云う迄もないー相当期間に亘り︑時々
の収益価値を計算し︑之等と夫々の市価とを比較すれば︑市場性価値の正体が判るわけである︒乃ち︑株式価格は
大休株式価値を現すとみられ︑株式価値は収益価値のほか市場性価値との複合たるがゆえ︑普通ならば株価は収益
価値以上となる筈である︒処が︑或る種の銘柄︑
性価値の複合がその収益価値より小なるを発見し得る筈であるのだ︒これは市場性価値にはマイナスもあることを
扱︑市場性価値の大いさであるが︑勿論株式の市場性の大小による︒市場性とほ売買移転し易い︑特に売れ易い
性質と︑併せて金融の担保︵質物︶として通用する性質である︒市場性を構成する之等二つの間には︑売買市揚性
だけで担保市揚性は出来上らないが︑売買市揚性のないものは担保市場性を有たないし又売買市場性が大であれば
担保市揚性も大となる︑ つまり市揚性の小なる銘柄にありては︑株価即ち収益価値と市場
つまり売買市揚性は担保市場性の基礎となる関係がある︒で︑先ず売買市揚性であるが︑
これの大小を規定するファクターとして何より挙げられるのは︑その株式が具体的市場を有つや否やである︒具体
的市場を有つものは市場を有たぬ株式よりも市揚性は大となり︑それも実物市場を有つ銘柄よりも清算市揚即ち取
引所を有つ銘柄の方が市場性は大となるところだ︒時として︑市場性の大小を規定するファククーとして株式の数
量︑その分散度等を挙げへ具体的市場を有つや否やを挙げない者がある︒確に︑実物市揚︑取引所等の具体的市揚
は︑株式の数量が多く分散度が大なるによって生成の可能性を有ち︑それらの小なる株式に就いては生成する力が
ない︒併し仮りに数量が多く分散度が大であっても︑具体的市場を有たなけねば駄目で︑具体的市場を有ってよく
市場性は備わるに至るのである︒此点具体的市揚の成立は諸多の抽象的な市揚性のファククーを現実化するもので 認めざるを得ない証拠となる︒ 株式の市場性価値の大いさ
゜
5
株式の市湯性価値の大いさ ある︒加之︑更に注意してよいことは︑具体的市場︑就中取引所を有つに至れば︑投機︑就中薄資投機需給がわき起り之等が実需給に参加しー所謂持続的市場
g n t i n e o u s
Marketの拡大ー~売買市場性を一層増進するという
作用である︒素より︑実物市場なり取引所なりを有つものは凡て同じ程度の市場性を有つというものでなく︑当該
銘柄の数量︑分散度等により市場性に大小のあるのは否定し得ないところである︒結局︑具体的市場を有たないこ
と︑実物市場を有つこと︑清算市場を有つことを基盤とし︑更に株式の数量︑その分散度︑株式の人気度等のファ
ククーが働き︑大小様々の市場性が生ずるのである︒株式の数量︑その分散度に就いてほ殆ど説明を要しないが︑
人気度というファククーに就いては説明を要するでもあろう︒人気度とは一般取引者の人気を集める度合であり︑
それは会社収益が良好であること︑然も業績が固定的でなく相当に変動性を有つことの二つによって与えられると
云ってよい︒以上述べた市場性のファククーは市場性の中心たる売買市場性の方であり︑市場性が金融担保性をも
包擁する以上︑後者の性質を規定する事情をも附加しなくてはならない︒先に一言した如く︑金融担保性ほ売買市
場性を基とするものであり︑売買移転性が充分であるほど大となるところであるが︑又それとしての条件を有つも
のである︒これとしてほ︑当該株式の会社の存在が一般に周知されている度合︑会社業績の専ら良好なことである︒
会社の存在が周知されているためには会社歴史の古いこと︑宜伝︵︒^プリック・リレイシ三ンズ︶の行届いている
こと等が必要とされること云う迄もない︒会社業績が専ら良好なこととは︑業績がよいと共にその状態が変動しな
い情勢にあることである︒先に述べた如く売買移転性を大いに規定する人気度は業績良好なると共に相当変動的な
ことを内容とするのであり︑今金融担保性が専ら業績の良好なるを内容とすれば︑市場性全体としては相剌するも
のを有っているとも一云われよう︒が︑この点は︑金融担保性が重視せられる場合には︑業績が鹿めて良好で︑業績
改めて一云う迄もなく︑株式価格はその収益価値と市場性価値の複合したものであるがゆえ︑その価格と収益価値
の開きは市場性価値に相当するものとみられるのである︒而して市場性価値は株式の市場性の大小に依存すること
は疑なく︑今その市場性の同じきものを取上げたのであるがゆえ︑右の価格と収益価値の開きは同じ大いさとなる
(1)
A B C D
柄銘
収益価値 150円 110
95 80
価 格
170円 125 106 95
開 円き
0 5 1 5 2 1 1 1
変動するもその最低が依然良好と云われる範囲に止まるものが取上げられるによって︑両立せしめられるところと
なる
︒
拙著﹁証券市場論﹂
E F G
70 60 55
78 66 65
8 6 0
ー 昭和二十八年一月
上述したところにより如何なる株式が市場性大︑如何なる株式が市場性小であるかを知り得たと思うので︑愈々
市場性価値の大いさの定まり方に入ろう︒今︑市場性の大体似ている︑然も相当市場性の大なる株式で︑収益価値
の異る多数の銘柄を集める︒そして夫等の収益価値を夫々の価格と比較してみる︒ 株式の市場性価値の大いさ
九OI
九四 頁
ムム7
株式の市場性価値の大いさ
一体︑市場性というのは株式の具える有用な性質であり︑謂わば株式を元気付けるものである︒そうだとすれば 市場性の発揮するところは︑株式の本来有している価値
l
これは収益価値に外ならぬーを拡大するものと見な ければならない︒上記実証的研究に於ける市場性価値は大体に於て収益価値に比例するという決論は恰もこれを裏
書きするわけである︒
而してこれを他の方向から理論的に追求するも︑株式の市場性ほ当該株式に価値を齋すとして︑直接︑市場性が
一定の大いさの価値をつくるという根拠は見出せないのだ︒
り︑又これだけの市揚性は三十円の価値ありというが如き絶対的な数値は与え得ないのである︒
結局、市場性の価値造成は一・一とか一・ニというが如き倍数の形式をとり、市揚性価値は
0•一とかO•二の
以上述べた︑市場性による価値造成は市場性が大で価値がプラスとなる場合だけを取上げたのであるが︑
スとなる場合も事情は同様である︒即ち一般平均より小なる市揚性で︑然も大体同じ程度とみられる市場性を有つ 如き割増率を以て与えられることを確認し得たわけである︒ で
ある
︒
マイナ
ことが一応考えられるところである︒処が︑上の実証的研究の例が示す事実は︑それが等一でなく︑銘柄によって 可成り差のあることである︒然もよく検討してみれば︑それらの開き︑
つまり市場性価値に相当する大いさは収益
価値の大なる銘柄ほど大であるという事実を掴み得るのである︒勿論︑株式価格は需給関係などで価値を無視した 大いさに定まることもあるもので︑右の実証例の
D
銘柄
︑
G銘柄が一般と異った結果を示すのはこの為めと認めら
れる︒斯くて︑斯る実証的研究から決論されるところは︑株式の市場性価値はその収益価値に比例するという理論
つまり一般的にこれだけの市場性は十五円の価値があ
幾つかの株式銘柄を集め︑夫々の市価と比較してみれば︑例外もあるが一般的に︑価格は収益価値よりも小である
と共に︑収益価値の大なる諸株式の価格と収益価値の開きが収益価値の小なる諸株式の開きよりも大である事実を
知るのである︒結局︑一般平均よりも小なる株式市場性はその収益価値の発揮を妨げるのであるが︑それは等しい
市場性は等しい絶対値を以てする方式でなく、割引率の方式[マイナス0•一とかマイナス0・ニの如しー|を
以てし︑市場性価値は率で与えられることが︑又知られるのである︒
扱︑株式の市場性が齋す市場性価値の大いさは収益価値に対する割増率︑割引率の形式をとるとして︑どの程度
の市場性が如何ほどの率を発揮するであろうか︒これが市場性価値の大いさ論の重要な事項であること云う迄もな
い︒処が︑これを数字的に明確に把握することは仲々容易でないのである︒その把握には︑先ず各株式につき︑夫
夫有っている具体的市場の種類︑株式の数量︑分布の程度︑人気度等から構成される市場性の大小を確定しなけれ
ばならないが︑この判定は必ずしも簡単でない︒たゞ︑市場性は本来千差万別であるとしても︑それが齋す価値と
の関係に於て社会の人々はそれを千差万別的に取上げることをなさず︑寧ろ数個の段階別に纏めるところである︒
この事は︑会社の利益の適当な配当を決定する企業実力が︑本来千差万別であるが︑大体︑優秀︑可良︑普通︑劣
等、劣悪の五階級に纏められるのと似ている。多くの国の実際を見るに、平均普通以上を二段階!~市場性柩大、市場性大ー—平均普遥以下を二段階|—市場性小、市場性稀薄||に分たれるところである。斯くて、今、取引所
に上場され︑株式数巨額で多数株主に分散され︑人気度大なるが如き株式であればその市場性は極大︑取引所に上
場されているが︑株式数も分散度も前者に次ぐ租度で︑人気度それほどでない株式であればその市場性は大となし
実物市場に上場されているが辛うじてその資格を有っている程度の株式数︑分散度の株式なればその市場性は小︑ 株式の市場性価値の大いさ
四
9
共に
︑
株式の市場性価値の大いさ ど六カしくないように思わすが︑決してそうでないのである︒
一 五
時 8 0 P 3 x o . 2 1 1 1 6 P 3
実物市場にも上場されていないような株式なればその市場性は稀薄と判定してよいとなる︒
市場性の決定は上の如くとして︑次に各段階の市場性が発揮する収益価値割増乃至割引率即ち市場性価値である
が︑これは先天的に決まった大いさがあるのでない︒その大いさは一定の経済社会が現実に与えるものである︒従
てその大いさは実証的研究によってのみ把握せられ︑各階段の市場性を有つ銘柄グループ毎に収益価値と市価を調
べて得られる︒右の方法により市場性柩大の市場性価値としてプラス0・ニが得られたとせば︑その後はこの
0.
ニを用うればよく︑例えば収益価値八0円︑市場性極大とみられる株式の市場性価値は︑
従ってこの株式の全体の価値は九六円となるわけである︒このように説くと︑市場性価値の数字的な把握はそれほ
蓋し市場性価値たる率は固定的なものでなく︑
期によって変動するからである︒即ち一定の時に或る社会で知られた率はそのま4何時迄も応用することは許され
ず︑時々計算し直さなければならないのである︒而して何が故に率が変化するのであろうかであるが︑これは経済
界︑就中金融界が時につれ緊縮或は緩漫化し︑それに伴い市揚性の放能が増減するからに外ならぬ︒従て市場性価
値の測定し直しは︑少くとも︑経済情勢が相当推移したと思われる毎に之を行わねばならないわけである︒
市 場 性 価 値 の 限 界
株式の市場性価値は収益価値を拡大或は縮少するものとして率で現われ︑その大いさは国によって同じでないと
一定の社会にありても時々に変動することを述べたが︑その大いさには一定の限度のあることを知らねばな
ある
︒
らないのである。例えば或る社会で何らかの粛情で市場性梃大なものの市場性価値が大とせられても、割増率
O•
一五
0
円となるが如きことはあり得ないのである︒この事は︑多数の市場性極大なる株式銘柄を集め実証的に研究 すれば自ら証明せられ︑別に問題とならないようにも考えられる︒併し必ずしもそうでないのだ︒株式界の人気が 高まり︑株式価格が収益価値は勿論︑それに市場性価値を加えた大いさよりも逝かに大ならんとすることが往々あ るものであるが︑斯る場合︑動もすれば市場性価値を過度に大きく計算し︑株式価格の投資価値からの背離を寛大 に見逃さんとするに至るのである︒今若し︑市場性価値には一定の賑界のあることを知っておれば︑その株式の投 資価値の正確なる大いさを見誤らず︑株式価格の価値からの逸脱振りを的確に指摘し得るのである︒
右は市場性価値の最高限の問題であったが︑同様なことは最低限についてもあり得る︒但し最低限が問題となる︑
つまり株式価格が収益価値に稀薄市場性価値の従来の割引率を加えた大いさよりも逝かに以下となることは稀では 然らばその限度は如何にして確定せられるかであるが︑先ず最高限から入れば︑これは当該株式の配当力即ち適
正配当を当該社会の一流公社債の対価歩合を以て資本化した大いさにまで拡大する率である︒この根拠は︑株式の 市場性が鹿めて大で︑収益価値が非常に高められるとしても︑それは公社債の対価並みとなる以上に出で得ないと いうところにある︒改めて一云う迄もなく︑投資証券として株式は公社債に比べ収益の確実性が幾分劣り︑延いて対 価歩合も或る程度は大でなければならず︑若し株式の対価歩合が公社債並みとならんとせば株式投資の資金は最早
1 0
0 P
3 x
( 1
+ 0
. 5
) 1
1 1
5 0
P 3
五︑つまり収益価値一
00
円の株式の価値が
株式の市場性価値の大いさ
一 六
‑451
礎が見出されるのだ︒ の絶対額は市場性が齋す市場性価値の最大限ほ0・ニ五というわけである︒
的確に確定出来ない︒併し︑理論的に計算出来ないものでもない︒
七
それを去って他に移つてしまう筈であるのである︒而して株式資金の引上げ線を一流公社債としたのは︑公社債に
も種々の格があり︑その最高格の対価歩合に相当するまで引上げを我慢することあるを取入れたものに外ならな
い︒今︑上の理論を計算例によって示さんに︑
この社会に於けるその時の 一定の社会に於て或る会社株式の配当カ一株当り年六円︑株式の一
6 般対価歩合年一〇︒^ーセントとせば︑収益価値は
11
16
0F
9
である︒而してその全体としての投資価値は之に
0.
1
市場性価値が加わらねばならないが︑その市場性梱めて大であるとしたときその価値は可成り大となるが︑今公社
1 1 7 5
F 9
6
0.
08
債の一流物の対価歩合が年八ノセントなれば︑
これが収益価値六0円に最大の市場性価値たる割増率の加えられた価値大いさとなる︒即ちこの場合の市揚性価値
1 5
‑=0.25
60
次に市場性価値の最低限︑即ち市場性が稀薄なため収益価値を割引くその最大限であるが︑この方は最高限ほど
不利益としては︑売買︑就中売却換金が不自由であり︑担保に入れて金融をうけるに融資掛目などに虐待されるか
らであるが︑この担保金融は株式所有者が何等か資金の入用が起ったとき利用するという揚合のほかに︑それによ
り調達した資金で株式を取得するのに利用せられる場合がある︒売買市揚性︑並びに前半の担保金融性の開きが齋
す収益価値伸縮の作用は理論的に評価出来ず︑結局︑社会が実際に与える所を測定する外ないのであるが︑後半の
担保金融利用度の開きに基く伸縮作用は理論的に評価出来るのである︒今︑市場性価値の最低限もこ4に計算の基
株式の市場性価値の大いさ
75
P3
│6
08
21
11
5P
3
一体︑株式が市場性の不充分なるために受ける であるがゆえ︑その収益価値割増率は
60
P3
X
(0
.1
│0
.0
7)
11
1.
8P
3
なるがゆえ︑市場性稀薄のも 株式の市場性の良否によりて齋される担保金融の融資掛目の開きは︑勿論︑国によりて同じでないが︑仮りに市場性極大のもの八〇︒^ーセソト︑市場性大のもの七0バーセント︑市場性普通のもの六0
︒ハ
ーセ
ント
︑市
場性
小の
もの五
o ・
ハーセント︑市場性稀薄のもの0︵金融担保にとられない︶とする︒既に知れる如く︑市場性平均普通の
ものは市場性価値0であり︑市場性小のものは或る程度の割引率となり︑稀薄のものはより大なる割引率となるの
であるが︑市場性稀薄の株式の︑担保金融によりそれを取得せんとする立揚からみてのハンディキャップは︑六〇
︒^ーセントの金融をうけての株式取得による支払銀行利子と株式配当収入の差額となるわけである︒数字例を挙げ
て計算してみよう︒今︑或る社会の株式対価歩合年一〇︒^ーセント︑株式担保金融の貸付金利年七︒^ーセントとす
れば︑収益価値一
00
円の株式につき平均普通市場性のものは六0円の融資をうけ得︵現実には時価に対して融資
されるが︑正当なる価値計算には収益価値を用うべきである︶それを以てその株式を所有すれば︑
年一・八円だけ利益を獲得出来るわけで︑この一・八円の資本価値ほ字
11
18
田
のは右の利益が得られず︑この価値だけ収益価値を縮少さすとならざるを得ないのである︒結局︑この社会のこの
0.
18
0•一八であるわけである。 18
" " "
1 0 0
時期に於ける市場性価値の割引率の限界は
或は︑右の割引率は︑稀薄市場性はこれだけは当然割引いたものにならねばならぬという大いさであり︑如何に
ひどくてもこれ以上にならぬという率でないと云われるかも知れない︒併し割引率がそれ以上に大となり収益価値
が甚しく縮少せられるときは︵現実には価格となって現れるが︑今価格は価値通りになるとする︶市場性を余り要
請しない一部の投資者︵例えば当該会社の経営担当者など︶が敢えてそれを所有せんとするに至り︑価格︑延いて 株式の市場性価値の大いさ
ノ
453
株式の市場性価値の大いさ それ以上に余り大きくならぬ率即ち市場性価値の最低限でもあるのである︒ 価値が支えられるのである︒
九
従て︑上記の割引率は︑それ位の大いさを当然有たねばならぬ率であると同時に︑又