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合衆国における南北戦争以降の「農業機械革命」の 意義

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(1)

合衆国における南北戦争以降の「農業機械革命」の 意義

その他のタイトル Agricultural Mechanization in America, 1860‑1910

著者 東井 正美

雑誌名 關西大學經済論集

巻 5

号 2

ページ 165‑194

発行年 1955‑05‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/15766

(2)

165 

す れ

ば ︑

ところが︑この広大な未占有地の存在ということは︑ ﹁農業発展の制動機となる土地所有﹂という限界を一応別と アメリカ農業における資本主義は︑ ﹁南北戦争﹂以後︑急速に発達したのである︒そしてこれは﹁農業革命﹂とも

呼ばれている︒この急速な農業資本主義発達に︑いわゆる﹁アメリカ型径路﹂の本質的特色をなす﹁広大な未占有地

の存在﹂ということが大きな役割を果したことは︑周知の通りである︒

﹁多くの労仇者が大人として現われるので絶対的人口は母国でよりも遥かに急速に増加するが︑しかも労佑

合衆国における南北戦争以降の﹁農業機械革命﹂の意拳︵東井︶

'  し が

は し が き

一︑合衆国の産業革命と農業革命

二︑合衆国農業機械の発達

三︑農業機械発達の素因とその特殊性

四︑農業楓械発達の社会経済的意義

南北戦争以降の﹁農業機械革命﹂の意義

合 衆 國 に お け る

(3)

166 

合 衆 国 に お け る 南 北 戦 争 以 降 の

﹁ 農 業 楓 械 革 命 ﹂ の 意 箋 ︵ 東 井

︑ ︑

︑ ︑

市場はつねに供給不足である﹂という植民地固有の﹁反資本制的癌種﹂と論理的に抵触する︒というのは︑

る︒広大な未占有地の存在は︑今日の賃労仇者を明日の独立自営の農民または手工業者に転ぜしめる︒﹁資本のため

ではなく自分自身のために労佑し︑主人資本家でなく自分自身を富ませる独立生産者への賃労佑者のかかる不断の転

化は︑また︑労佑市場状態にまった<有害な反作用をする﹂︵マルクス﹁賓本論﹂︑﹃近代的植民論﹄︶と︑いうことにな

るからである︒従って︑この﹁抵触﹂を廃除するためには︑広大な未占有地の存在ということが︑より大きな労佑力

の創出によって裏付けられていなければならない︒

以上の観点に焦点をあてて︑

以下考察しようと思う︒

一︑合衆国の

アメリカ資本主義は︑

﹁南北戦争に於ける南部に対する北部の勝利は工業プルジョアジーの ﹁産業革命﹂と﹁農業革命﹂ こうであ

アメリカ﹁農業革命﹂の展開過程での︑農業機械発達の社会的経済的意義について︑

﹁ 南

北 戦

争 ﹂

︵一八六一ー五年︶以後︑それ以前に既に﹁成熟﹂をなし︑急速に﹁熟爛﹂して

いったことは︑周知の通りである︒橋本勝彦氏は︑ この資本主義の発達を述べて︑ ﹁アメリカ合衆国に於て︑近代的

工場制度がその基礎を据えられた一八 0 七ー︱二年頃から南北戦争に至る迄の時期こそ︑その資本主義の成熟の期間

︵ 原︶

であった︒諸機械の発明︑改良は相継いで行はれ︑産業革命は継続せられて︑近代的工業を市場から次第に駆逐し始

︵ 原︶

め︑工業︑農業︑交通等の生産部門は長足の進歩を示し乍ら︑南北戦争以後に於ける工業は家内一段の発展の準備はこ

( 1 )  

の期間に為されつ 4 あったのである﹂といい︑

勝利を意味し︑'それ以後に於ける躍進を齋らした︒南北戦争より一九一四年の欧州大戦に到る迄の時期こそ︑アメリ

三 四

(4)

167 

( 2 J  

カ資本主義の熟爛期であった﹂と︑

限﹂を転機として︑

い つ て い る ︒ か く

. し て ︑

アメリカにおける産業革命は低ゞ一八八 0 年の﹁貿易制

ニュイングランドを中核として︑木棉工業を基軸となし急速に展開しつつあって︑南北戦争後飛

躍的な発達を示し︑はやくも一八七三ー七九年恐慌以後の時期にアメリカにおける産業集中︑すなわち独占資本の形

成が姶るのであった︒

南北戦争以後においては︑農業部門においても︑資本主義は急速に発達した︒そしてこのことは︑通常﹁農業革命﹂

︵ 庄

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e v o l 且

o n )

と呼ばれている︒そしてそれは︑英国での平行革命乃至雙生革命とは異なって︑産業革

命に一世紀跛行して現れたのである︒もっとも︑南北戦争以後︑資本制的生産の巨大な進歩とこの﹁農業革命﹂の過

.程とは︑平行するのみならず︑それとの間に密接なる関連を有することは︑いうまでもない︒そしてこの状態は︑ア

ラン・ネェヴィンズと︑

︶ の 共 著

﹁ 合

ヘンリー・スティール・カメーガー︵と百

1

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衆国小史﹂のなかで︑最も素朴な言葉でいきいきと描かれている︒

﹁産業革命は︑これまでながい間︑近代史上基本的事象と見看され来ったのである︒けれども︑農業革命もそれに比肩して重

要であった︒製造業者︑鉄道建設者︑機関士︑産業の狩師︑金融支配者は二代に亘る米国人の血を沸かしたが農業者並びに﹃飢 餓の斗士﹄の勝利は︑花々しくないとしてもなお︑顕者であった︒勿論二つの革命ー産業革命と農業革命ーは︑相互に関連を有 する︒楓械と鉄道なくしては︑農業革命は起らなかったであろう︒そして大都市の倉庫にあふれる豊富な穀枷なくしては産業革

( 3 )  

命は起らなかったであろうに︒﹂

年の四 0 年間には︑合衆国の農場反別︵庄 e

f a r m

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e a g e

) は 二 倍 に な り

この農業革命の展開過程において生産力は顕著なる増大をもたらしたのである︒例えば︑

現実の耕作面積は三倍になった●別言すれ

合衆国における南北戦争以降の﹁農業機械革命﹂の意職︵東井︶

﹁ 一

八 六

0 ーー一九 00

(5)

168 

ば︑この一世代には︑

百万の農場では︑二百万プッツェル弱の小麦の若千と︑

アメリカ史上それに先行する二百年間における土地の二倍が耕作地となった︒

侭ゞ一 0

億プッツェルのとうもろこしと︑.約四百万ペールの 一 九

0

0 年

の 六 百 万 の 農 場 で は

︑ 六 五 五 百 万 プ ッ ツ ェ ル 余 の 小 麦

︑ 二 五 億 プ ッ ツ ェ ル を 優

( 4 )  

に勝るとうもろこし︑及び侭ゞ一

0

百万ペー・ルの棉を生産した︒﹂そして農産物の販売価額は︑

( 5 )  

九 五 八 百 万 ド ル か ら 一

九 0

0 年の約四︑七一七百万ドルヘ増大したのであった︒

かくの如く生産力は顕著に増大したのである︒

産 関 係 は 大 き く 変 動 し た の で あ る

︒ こ の

﹁ 農 業 革 命

﹂ を も た ら し た 諸 要 因 は

︑ ゃ︑農業領域の拡大︵西漸運卿︶や︑農業機械・農学の農業生産への適用やらに求められることが︑

て︑それらを次に掲げておこう︒

﹁ そ の 時 代 ︵ 筆 者 註 ゜ 一 八

六 0 ー一九二 0 年︶は︑また︑農業の技術的方法にも︑農業の謳済的組織にも影春を及ぼした重大な

発握によって特徽.つけられた︒その前牛期においてその主要な変化は︑鉄道もしくは他の運轍手段の拡張︑その餡率の増大︑並 ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ びにより改良された農業楓械の使用の噌大によって︑起った︒農業の経済的組織の変動の結果は一八六 0 年以前に現れてはいた ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ が︑それらは︑それ以後において特に顕著となり︑そして商業的農業への顕著なすう勢において現れ︑主としてトランス・ミッ・

ツッピー地城︵庄 e

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器 i 席

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region)~

おける一作制大規模農業の成長に現れた︒約一八九 0 年以後︑最も重大な発達

は︑集約的農業へのすう勢を伴った一層科学的方法に重点を置くことと︑農業者の経済的地位の改善の努力︵その両方において

( 6 )  

政府側の一暦広範な活動が含まれていた︶とに結びついていた﹂︵ライト︑傍点筆者︶

﹁南北戦争後牛世紀間には︑製造業︑輸送︑ピジネスは互人の如きかつ歩をもつて躍進していたが︑農業は︑やはり依然とし

て基礎産業

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たるに止り︑ぼう大な人民の労働が従事し︑工業の発達が著しくその基礎となしているもので

棉とが生産されていたが︑

そ し て 農 業 資 本 の 形 成 は ま す ま す 急 テ ソ ポ と な り

合衆国における南北戦争以降の﹁農業機械革命﹂の意義︵東井︶

一八七 0 年の約一︑

ここに農業生

常である︒ そし

近 代 的 運 輸 手 段 の 革 命 的 技 術 的 進 歩

一八六 0 年の 六

(6)

169 

﹁資本の蓄積に比例してつねに賃労仇者の相対的過剰人口を生産﹂

︑ ︑

殊な任務を遂行した︱つの重要なてこは︑農業部門において相対的な労佑力の不足を解決し︑あわせて賃労仇者を大

量に創出したところの︑農業機械であった︒だから︑ かかる意味において︑農業革命の特徴づけに︑農業機械の広範

な採用と農学の農業への適用をもつてしたフォークナーの思惟は︑全く妥当であると思われる︒ 産

し ︑

合衆国における南北戦争以降の﹁農業楓械革命﹂の意義︵東井︶

︵マルクス︶しなければならない︒

こ の 特

(*ヴィンズとカメーガー︶ ﹁この異常なる成就を︑二つの基本的な要因が著しく説明する︒先ず第一には西部への農業領地の拡大︑第二には農業過租へ

( 8 )  

機械と科学の適用︑これである︒﹂

アメリカ経済史家たちの以上の綾述から︑農業革命の諸要因は近代的運輸手段の技術的進歩や農業領域の拡大や農

これらの諸要因をせんじっめると︑ 業機械・農学の農業への適用等であることが明らかであるが︑ ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑

U•

F a u l k n e r )

のいう如くに︑新農業機械の広範な採用と科学的農業の発達とになり︑これが農業革命を特徴づけるもの

( 9 )  

である︒就中︑農業機械の広範な採用は︑科学的農業の発達の現れでもあり︑アメリカ農業資本主義発達の特殊性を フォークナー

( H ・

表現するものである︒木下彰氏に従えば︑アメリカに於ける﹁農用機械の発明及びこれが利用は南北戦争以後絶えざる

発展を続けてゐる︒ このことは農業の西部発展期に於ける労力の欠乏と必然的関係を有するものであり︑又成立期に

( 1 0 )  

於けるアメリカ農業資本主義の特殊性を表現するものである︒﹂すなわち︑相対的な労佑力の不足という合衆国植民

地での﹁反資本制的癌種﹂を﹁治療﹂するには︑ 単に﹁移民﹂によるだけではなく︑ 合衆国体内で賃労佑者を再生 ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ あった︒しかし農業自体は︑次の基礎的三要因によってもたらされた︱つの革命を体験しつつあった︒農業領地の拡大︑農業過 ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ 桓への楓械及び生物学の適用・応用︑農産物を世界市湯へ運搬する近代的轍送の利用等が︑これらである︒この.革命には︑農耕

︑︑︑︑︑︑︑

( 7 )

から機械化農業への転移及び自絵自足的農業から商業的農業への移行が含まれてゐる︒﹂︵モリスンとカメーガー︑傍点筆者︶

(7)

170 

( 1 )

慶応蓑塾各国華済研究会編﹁アメリカ糎済及蓋済政策﹂

の特殊性は農業機械によって表現されているのである︒

か く

し て

る も の で あ り

達を特徴づけるものとして看過してならないものがある︒それは︑資本主義における中世紀関係と私的土地有所から

の比較的大きな自由としてかいしやされている﹁アメリカ型径路﹂ということである︒前述した農業資本主義のこの

発達は︑アメリカ全部の地方にとつての特徴ではなく︑かつては奴隷制下にあり︑奴隷制度の残滓の特に弧力な南部

地方では︑資本主義の発達が北部地方特に西部にくらべて緩漫に行われた︒リュポジッツは︑こうのべている︒

﹁奴隷制度の残存物が資本主蓑の癸達と植民過桓を阻止した南部とそれ等の廓害なしに癸達した北部および西部とを比較すれ ばアメリカにつくりだされた農業発達のための内部的前提条件の意議は容易に評価することができる︒しかしながら︑内戦争後 におけるアメリカの移民の急激な展開とこれを基礎としたアメリカ農業の急速な発達を︑内部的前提条件の好都合な作用だけに

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

. ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ よって︑説明することはできない︒内部的前提条件の作用は世界査本主蓑の歴史的発達の合則的産物であった︒より発達したヨ ーロッパの資本主萎諸国における資本主議的蓄積の全被的法則の作用は︑ヨーロッ︒^資本のアメリカ轍出と︑ヨーッロバ労働者 のアメリカ移住の継えざる流れによってのみその様なテンポで行われたところの︑アメリカの急速な移民とアメリカ農業の急速 な発達に対して︑最も直接な関係をもつていた︒ヨーロッパ喪本の轍

l f l と﹃あり余った﹄労働者の強制移民は︑査本主蓑ヨーロ

C 3

)  

ッパにおける費本蓄積の矛盾の結果に外かならなかった︒﹂

一 八

六 0 年以降のアメリカ農業資本主義の発達は︑世界資本主義の歴史的発達の合則的産物であり︑資

本主義下における中世紀関係と私的土地所有からの比較的大きな自由として特徴づけられ︑そして成立期におけるそ

か く

し て

︑ 一 八 六

0 以降のアメリカ農業機械の発達は成立期におけるアメリカ農業資本主義発達の特殊性を表現す

この限りにおいてそれを本稿の直接の対象としてとりあげたのではあるが︑

︵改造祉版︑昭和一〇刊︶一三頁︒

合衆国における南北戦争以降の﹁農業機械革命﹂の意睾︵東井︶

アメリカ農業資本主義発

(8)

二︑合衆国における農業機械の発達

ア メ リ カ に お け る 農 機 具 の 発 達 過 程 は

︑ 細 野 重 雄 氏 に よ れ ば

︑ 通 常 次 の 三 期 に 分 か た れ る

( 2 )

﹁ 同 書 ﹂ 一 六 頁 ︒

(3)A 臣 n

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5 0 ,  

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6 2

  . 

• ︵1 0 )

木下彰﹁アメリカ農業資本主装の転換期ー一九

0

0 年前後に於ける農業集約化の研究ー﹂社会経済史学会﹁社会経済史学﹂

第一巻︑第三号︑昭和六刊︑三ノ九八ー一三一頁︒

( 1 1 )

リュポツッツ﹁農業恐慌理論の諸問題﹂農業恐慌理論研究会訳︑昭和二七刊︑八八ー八九頁︒

﹁農業機械化の発展過程は︑通常三期に分たれる︒

( B o g

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9 . )

第 一 期

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臨 究 諏 ル

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結 の 時 代 で ︑ 一 八 1 1 1 0 年から六

0 年に至る

1

1 一十年間である︒農業機械の発明の時期

であって︑当時の機械は﹃農具の性質と能率﹄をもつものであった︒第二期は南北戦争から第一次世界大戦の終期に至る一八六〇

年から一九一七年までの約六十年の間である︒畜力によって牽引あるいは回転させられる作業機の発展︑普及時代である︒第三

期は第一次世界大戦の直後から今日に至る四半世紀の間であって︑前代の中期から漸く用いられるようになった動力機が畜刀を

代替し︑代替に終らず農場装備エネルギーを強化しあわせて作業機の精巧化と特殊化の発展した時代である︒しかしその主要な

合衆国における南北戦争以降の﹁農業機械革命﹂の意装︵東井︶

(9)

172 

械化が実際に展開されるのは︑

一 八

( 1 )  

特徴は動力機であって︑就中トラクター及びトラックで代表されるトラクタリゼ r

ジ ョ ン で あ る と い え よ う ︒

﹂ .

︑︑︑︑︑︑

この発展過程を画する第二期における農業機械化は︑通常﹁農業機械革命﹂と呼称され︑この期の科学的農業の発

達をあわせて︑

代は︑次の二点で農業革命を特徴づけるといわれるであろう︒すなわち︑ m

ヽヽ

( 2 )

農業の発達が︑その二点である︒﹂と︑いつている︒そして︑

ケェイ・ホウムズ

( G 8 r g e

K•  

H o l m e s

) の言をまつま

アメリカ農業発達に顕著な影響を与えたことは︑次のジョージ

でもなく︑明らかである︒ホゥムズは︑次の如くいつている︒

﹁アメリカ農業発達における最も主要な特徴は︑農業方法並びに農業機械の巨大な改善が実現されたことである︒ー実に︑改

善という語は︑この国で実現された農業方法を表現するに舌足らずである︒蓋し︑その道具と機械とは改善というよりは寧ろ創

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

造であり︑それらの使命は徹底的にして広範囲的であったからである︒それらは︑↓定の作物量の生産並びに一定の土地面積の ︑︑︑︑︑︑︑ 耕作に要する人間労佑量を減じた︒そしてそれらは︑主要穀類︑棉︑煙草︑畜産物

( a n i m a l a n d   d a i r y   p r o d u c t s )

の 地 方 市 場 を

( 3 )  

︑︑︑︑︑︑ 世界市場へ転換さすに︑主ではないとしても︑大いに役立ったのである﹂︵傍点筆者︶

と︒そして︑

その農業機械の発達は︑成立期におけるアメリカ農業資本主義発達の特殊性を表現することは︑前述の

通りである︒アメリカにおいて原始的農具を駆逐する過程︵従ってまた資本主拳が原始的経常形態を駆遂する過桓︶は︑南

( 4 )  

北戦争またはそれ以後(‑八六 0 年以降︶に現れる︒機械の農業への適用は一世紀跛行してなされたのである︒

( 5 )  

0 1

六 0

年間には︑﹁実際の真の革命が農業機械において起った﹂と︑ロス

( R o b e r t C .   R o s s )

は い う ︒

事実︑農業機

ハッツー

( O b e d H u s s e y )

やマコミック

( C y r u s M c C o r m i c k )

がリーパー︵ r 怠

p e r )

に関 とかいしやされている︒

蓋 し

この農業機械革命が︑農業組織の科学化と相まつて︑

﹁ 農 業 革 命 ﹂

フォークナーは︑

前述した如ぐ︑﹁一八六

0 年以降の時

̀ 新 農 場 機 械 の 広 範 な 採 用

② 科 学 的

合衆国における南北戦争以降の﹁農業機械革命﹂の意義︵東井︶

四 〇

(10)

173 

合 衆 国 に お け る 南 北 戦 争 以 降 の ﹁ 農 業 機 械 革 命 ﹂ の 意 議 ︵ 東 井 ︶

三 0 年間には絵画は急速に変化した︒ .  0 与

e r )

が彼の冷鋼鉄のプラウ

( c 圧

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' s 苔

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を作った年︑

( 1 1 ). 

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︑特にプラウーから始った﹂と述べている︒

次 に

ライトも︑・﹁手農具の使用を排除する傾向を有するところ 農業機械の革命化は︑ して、チャーチ (A•

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やウェストイングハウス

( G 8 r g e e s   W t i n g h o u s e )

がスレッツヤー

( t h r e s h e r ) に 関 し て

︑ レ ー ン ( J o h n

L a

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)

やデーヤ

( J o h n D e e r e )

がチルドプラウ

( c h i l l e d p l o w ) に 関 し て

( 6 )  

三 0

ー 四

0 年代からである︒

( 7 )  

このように農業機械の発明・実験の時代は三

0

年代に既に開始されていたが︑相対的にいえば農業機械は︑中西部

( 8 )  

︵ 庄

e 呂

d d l e

W e

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)

を除いて依然重要ではなく︑原始的道具の域を脱却するものではなかった︒例えば︑

れていた︒とうもろこしの植産はホー

( h 8 )

でなされ︑小穀物

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日 巴

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の播種・耕作は裸手労佑によってなさ

裸手でかき集められた︒ で刈られており︑

( 9 )  

からざお︵日

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に よ る か 或 は 牛 馬 に 踏 ま せ て 穀 粒 を 取 る か の 何 れ か の 方 法 で 脱 穀 さ れ て い た の で あ る

︒ こういった原始的農用具を駆逐する過程は︑実に市民戦争以後に現れるのである︒このことは︑次のフォークナー

やライト

( C h e s t e r

W h

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の言から明白である︒すなわち︑

における最初の大なる改善が南北戦争以前になされたが︑それが完成されて広範に採用されたのは︑その戦乱の年か

( 1 0 )  

それ以後になってからであった﹂といい︑また他の書物で︑ ﹁農業用道具のきわめて多数の改善並びに科学的輪作や

家畜飼養におけるおびたゞしい改善がなされていたとはいえども︑

原始的であった︒その年に次ぐ二︑

一 八

六 年ほども近世において農業は本質的には 0 それぞれ実験を試みつつあった

小穀物はクレードル

( g a 臣

一 八

0

年 の フォークナーは﹁プラウーやリーパーや脱穀機

オリヴァー

( J

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一八六九年迄に完成されたところの植産道具︵ n

目 昔

g れ、乾草は草がりかま(男 ytJie) で刈られ• 近世においてすら︑土地はたいてい木製すきですかれ︑

土地の下ごしらえはたいてい木製のハロー

日 ( h

r o w )

でなさ

(11)

174 

第三表 法

1

一 表

第一表 合衆国における南北戦争以降の﹁農業機械革命﹂の意義︵東井︶

の︑農業機械の最大変革︵をもたらす発明︶の多くは︑

一 八 六 0

年以前になされていたけれども︑この機械を一般的

( 1 2 )  

に普及せしめた迅速な進歩がなされるに至ったのは︑市民戦争およびそれ以後のことであった﹂という︒フォークナ ーやライトの言によれぽ︑原始的農具を駆逐する過程の現れは︑実に市民戦争以後においてであったのである︒

機械が原始的農具を駆逐する過程の綾述を例証する具体的な統計数字を次に掲げよう︒

マッコーミック刈取機の販売台数統計

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5) .

二 て 八 六 四 年 六

0 九

〇 一 八 四

1

一 八 四 四 年 五

0

て 八 七 四 年

1 0

︑一一四

一 八 五 四 年 一

︑ 五 五 八 て 八 八 四 年 五 四

︑ 八 四 一

農機具の製造統計

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  l~plements·(1922),

P .  

4 ) .   国 勢 調 査 年 次 会 社 数 労 佑 者 数

. 製 造 価 額 一 八

五 0

年 一

︑ 一

1

1 1 1

︱ 七

︑ 二

1 1 0

六 ︑ 八 四 一

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六 0

年 一

︑ 九 八

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︱ 一 四

︑ 八 一 四 一 七

︑ 五 九 八

草刈機および刈取機の輸出︵各年度の

u.s•

D e p a

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一 八

七 0 年

一 八

八 0 年

一 八

九 0 年

一 九

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年 ︑ 0

七 六

︑ 九 四 一

1 1

九 一 〇

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五 二五︑二四九 三九︑五八 0

三八︑八二七 四六︑五八二

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六 七

六八︑六四〇

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︑ 二 七 ︱

1 0 1 ︑

二 0 七

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1 0

一 四 五 ︑ 三 一 四 一 五 七 ︑

七 0 八

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および

資 本

1 11

︑五六四千 F ル

︱ 一

︑ 四

七 七 四

(12)

り︑またそれらには西部への拡張の期間も含まれている﹂から︑

四 ﹁その資料は︑大体においてその国の農業 ﹁上に示された資料は完全には比較され難いもので 万ドルに達している︒ 八六 0 年には二四六百万ドル︑

一 八

マコミック刈取機の販売台数は︑

一 八 六 四 年 の 六 ︑

0 九 0 から一八八四年の

年 度 価

一 八

0 年

六 六 一 八 七 四 年 一

︑ 七 九 七 一 八 八 一 年 六 五 四 一 八 八 五 年 一

︑ 三 四 八

一 八

九 0

年 二

0 九

1 11

一 九 00

年 二

︑ 二 四 四

(註)以上の統計数字は、

N.s.B

・グラース「アメリカ農業史」三橋時雄•本岡武共訳 (1 入一ー 1 八二頁)から参着。

右の統計数字の示すところによれば︑

五四︑八四一へと九倍の激増を示している︵第一表︶︒農機具の製造販売額も一八五 0 年の六︑八四三千ドルから一

九 00

年 の 一

0 1

︑ 二

0 七千ドルヘと六・七疹の増加を示し︑草刈機および刈取機の輸出においても︑

六六千ドルから一九

00

年の一︱二四四千ドルヘ驚異的な激増を示している︒農具機械費用の増加をみれば︑

五 0 ー九 0 年間の農機具の価額は︑

一 八

五 0 年には一五二百万ドルであったが︑

八七 0 年には二七一百万ドルヘそれぞれ増となり︑

一 八

0 年の四 0 七百万ドルヘ激増し︑

.C 13 ) 

一 八

八 年間には︑匠ゞ三倍強の増加率をしめしている︒以上の数字は︑ 0 ー九 0

の上に牧集され広範に相異なれる価格水準やそれに伴う投資価額をもつ期間に亘るより古いセンサスからのものであ

ある︒﹂けれども︑

合 衆 国 に お け る 南 北 戦 争 以 降 の

﹁ 農 業 楓 械 革 命 ﹂ の 意 秦 ︵ 東 井

一 八

九 0 年には四九四百

﹁ 色 々 な 資 料

そのセンサスのソォース︵庄 e ぜ

U

1 )

の 云 う 如 く に ︑

( u )  

進歩を示すに十分足るものである︒﹂そして一八六 0 年以降の農機具の発達が︑右の統計数字のなかに読みとられる

千 ド

一 八

七 0

年 の

(13)

176 

で あ ろ う

︒ か く の 如 く し て ︑ た の で あ る ︒

﹁同期間において一エーカーのとうもろこしの所要労仇時 ﹁一エーカーの小麦生産に要する平均労佑時間は一八〇 合衆国における南北戦争以降の﹁農業楓械革命﹂の意雖︵東井︶

アメリカにおける農機具は︑その製造においてその普及において︑

﹁ 農

これらの農機具の種類及びその普及状態に関するここでの詳細なる叙述は︑本稲の考察の直接の対象ではないから割愛し︑こ

(15) 

の点に関しかくの如く﹁詳細なる研究を知らない﹂と東畑精一氏を嘆ぜせしめた︑細野重維著﹁アメリカ農業の楓械化﹂に膿る

ことにする︒そして考察を次にすすめよう︒

ところが︑この発達は︑アメリカ全部の地方にとつての特徴たりえなかった︒かつては奴隷制下にあり奴隷制度の

残滓の特に強力な南部地方では︑この発達が︑北部地方︑特に西部地方にくらぺて︑緩漫的であった︒この発達の地

方差は︑既に︑前述の﹁機械化端緒の時代﹂に現れている︒

﹁最初の重要なアメリカの発明﹂と迄いわれるエリー・ホイットニーの繰綿機

( E i i W h i t n e y ' s

C o  

t t o n

  g i n )

は ︑

業に深遠な影響を与え︑南部の全経済に一革命をもたらしたとはいえども︑繰棉機は棉の栽培よりも寧ろその工程に

関するものであった︒だから︑現実には︑プラウイングやカルチペィーティングやプレエィング

(P

LO

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品 こ

c u l ︑ g a 牙 昔

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a n

d  

s p r a y i n g )

の如き作業を別とすれば︑棉は相対的に依然として機械には免疫的であった︒﹂これに反して︑北部地

方では︑一八六 0 年以前において︑農業機械は可なり発達していたことは︑先に少し触れておいたが︑それは﹁北部

農業にどお目すべき影響を与えていた﹂のである︒例えば︑

0 年の五六時間から.一八四 0 年の約三五時間へと短縮﹂︑

間も八六時間から六九時間へと短縮していた︒﹂﹁機械及び畜力の使用によって可能となった生産の大規模化は︑輸

一 八

六 0 年以降急速に発達し

四 四

(14)

177 

る ︒

自給的農業生産から商業的農業生産形態へ移行せしめたがこの移行は同一に現れなかつ

( 1 7 )  

た︒フロンティアーにおいては︑資本の不足および市場や物資からの距離によってその発達は停退的であった︒﹂が

この事情は︑著しく異なってくる︒

一 八

六 0 以降︑・アメリカ農業機械の発達は︑南部においては︑依然として停滞的であったが︑西部においては急速

そ し

て ︑

な発達がみられるのである︒すなわち︑﹁リーパーやモウアー(Mower)やトラクターやハーヴェスターやスレッシ

( 1 8 )  

ヤーが工場で製造され次第に︑迅速に吸牧されたのは︑中央西部並びに極西部︵已 e

F a

r w

e s

t )

で あ

っ た

の で

あ る

︒ ﹂

この時代に発達・普及した﹁農機具の大部分は西部及び北部の穀物地帯に使用されていたのであって︑

農業機械の五 0 バーセント以上は︑主要穀物州︑即ちオハイオ河の以北︑ アーカンソー及びオクラホ

( 1 9 )  

ーマ以北︑西はコロラド及びワイオミングから東はペンツルヴェニャに至る地域において使用されていた︒﹂このよ

ひとり南部はその発達から取り残されたのであ

1 0

年 に

は ︑

うにして︑農機具の発達は︑北部及び西部において急速に展開され︑

( 1 )

網野重雄著﹁アメリカ農業の楓械化﹂農業綜合研究所研究叢書第六号六頁︒

( 2 )  

H a r o

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19 49 ,  P.   26 2.   ( 3 )

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35 6.  

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( 5 )

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19 51 ,  P.

 15 

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( 6

) 租

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S t e e

l e   C o m m a g e r ,  

p .  

c i t .

P . ,  

 

1 92 . 

( 7 )

﹁この時代に関するいかなる考察も︑冷衆国では大抵の現代の機械の根本原珊に対する特許が一八六

0

年以前に既に下附 さ れ て い た こ と を 着 過 す べ き で は な い

︒ そ れ ら に は

︑ 鋼 鉄 プ ラ ウ や 冷 鋼 鉄

( g 白

e d ‑ i

r o n )

のプラウやデイスク・ハロー

し か

し ︑

送手段の改善と相まつて︑

一 八

六 0

年 以

降 ︑

合衆国における南北戦争以降の﹁農業楓械革命﹂の意箋︵東井︶

四 五

一 九

(15)

178 

アメリカ農業機械の発達の素因は︑前述した如くに︑

︑ 農 業 機 械 の 発 達 の 素 因 と 其 の 特 殊 性

合衆国における南北戦争以降の﹁農業楓械革命﹂の意蓑︵東井︶

︵ 全

h a r r o w s ) や グ レ エ イ ン

・ ド リ ル ( g r a i n d r i l l s )

︑プランターや︑リーパー.︑他の^ 1

. ヘ ス タ ー や

︑ グ V 1

ェイン・パイソ

1(a

g r a i n   b i n d e r )

や︑ストラアドル・・ロウー・︑カルチペータ

1 (

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l e ,  r o w   c u l t i v a t o r s ) や

︑ 多 数 の

I J 農具等が︑

含まれている︒﹂︵ツヤノン︶

F r

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1 8 6   0│ 

1 8 9 7

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1 9 4 5 P P ,   .   1 2

8   , 

1 2 9 .  

( 8 )

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S t e e l e   C o m m a g e r ,   o p .   c i t . ,   P .   1 9 2 .  

• ( 9 )   R o b e r t   C .   R

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50

p .   c i t . ,   P .   1 5 .  

(10)

o l d l . J n d e r w

d    8 

F a u l k n e r

E  ,   8 

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c   H i s t o r y   o f   t h e   U n i t e d   S t a t e s ,   1 9 5 0 ,   P P .  

2 6

2 ‑

2 6

3 .

 

( 1 1 )

H a

 

r o l d   U n d e r w

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F a u l k n e r A ,  

m e

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c a

n   P o l i t i c a l   a n d .   S o c i a l   H i s t o r y ,   1 9 5 2 ,   P .   4 6 7 .  

(12) 

C h e s t e r .

W  

h i

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r   W i g ぽ

し ゞ る

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c H i s t o r

y  

f  t h

e   U n i t e d   S t a t e s ,   1 9 4 9 ,   P P .   5 0 0 ‑

5 0

1 .••

( l s . u ‑

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Se

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. 1 0 5   , 1

1 6 .  

│ 

G e n e r a l   S t a t i s t i

c s   , ‑

F a r m   M a

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n   a d   F e r t i l i z e r   C o n

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  " 

1 8 5 0   t o   1 9 4 5 .   H i s t o r i c a l   S t a t i s t i c s   o f   t h e   U n i t e d   S t a t e s :   1 7 8 9

  ,  1

9 4 5 ,

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b y h e   t

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  w i t h   t h e   C o o p e r a t i o n   o f   t h e   S o c i a l   S c i e n c e   R e s e a r c h   C o u n c i l ,   1 9 4 9

̀   

P ; 8 2 1 0 ,   0 .  

思u佳こ•

F o

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1 8

5 0

  , 1 9 1 0 ,   s e . B e   u r e a u   o f   t h e   C e n s u s ,   T h i r t e e n t h  

C e

n s

u s

  o f   t h e   U n i t e d   S t a t e s ,   A g r i c u l t u r e ,   y o 1 .

V ,  

  P .   5 1 ;   f o r   1 9 1 1

1 9 4 5 , s e e   . B u r e a u   o f   A g r i c u l t u r a l   E c o n o m i c s ,   P r o g r e s s   o f   F a r m   M e c h a n i . 2 . a t i o n ,   M i s c .   P u b .   6 3 0 , O c   t o b e r   1 9 4 7 P . ,     8 3 .   ( 1 5 )

東畑精一著﹁日本農業のすがた﹂︵日評︑昭和二八刊︶三一三頁︒

( 1 6

)

と l

N e

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a n d   H e n r y   S t e e l e   C

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S h o r t   H i s t o r o f y     t h e   U

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d   S t a t e s ,   1 9 4 5 P .   ,   3 6 1 .   ( 1 7 )   R o b e r t   C .   R o s s

・ o p ,   .   c i t ,   P .   1 7 .   ( 1 8 )

m u e l E l i o t   M

o r

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n   a d   H e n r y   S t e e l e   C o m m a g e r ,

 

p .   c i t . ,   P .   1 9 4 .  

(19)

小原敬士著﹁アメリカ喪本主義の形成﹂︵時潮社︑昭和二三刊︶一六三頁︒

﹁労佑力の不足﹂に必然的に関聯する︒すなわち南北戦争以 ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ 後の農用機械の絶えざる発展は﹁農業の西部発展期に於ける労力の欠乏と必然的関係を有するものであり︑又成立期

四 六

(16)

179 

︑ ︑

( 1 )

に於けるアメリカ農業資本主義の特殊性を表現するものである︒﹂︵傍点筆者︶

︑ ︑

︑ ︑

でもなく︑労佑力の相対的な不足ということである︒蓋し︑

交通手段の発達していない比較的に人口の多い地方よりも稲密な人口を有するのであって︑

( 2 )  

えばアメリカ連邦の北部諸州はイソドよりも入口が稲密である﹂︵マルクス︶からである︒

労仇力の相対的な不足︵以下労仇力の不足という︶は︑アメリカ農業における機械を発達せしめた素因である︒も

っとも︑こういった労佑力不足に対する評価の仕方に︑次の異なれるものがある︒すなわち︑﹁急速に発展しつつあ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ る国家における一般的な労佑力の不足は疑いもなく主なる刺激となったとはいえども︑機械の改良は個人の創意から

( 8 )  

なる﹂︵傍点筆者︶といったアール・ペーーヂクト

( M

u r

r a

y R .  

B e n e

d i  

g )

の言は別として︑イー・クロース

( H

e r

m a

n E .   C r o o

器︶は︑﹁漫性的な労佑不足の理由から常に︑機械の増加に対する︱つの要求はあったが︑必要はしばしば発明

の母ではない︒仮に生産物が市場へ積送されないとしたら︑生産物の増大も殆んど徒労である︒かように︑農業機械

の漸時的採用の促進的な原因は︑市場設備の発達である︒フロンティーア農業者が農業機械を採用し始めたのは︑輸

( 4 )  

送動脈がフロンティーアに侵入するに至ってからのことであった﹂と︑述べている︒クロースは︑農業機械採用の促

事 実

進的な原因は市場の発達であると述べ︑特に運輸手段をあげていることは︑至極当然である︒蓋し﹁農業の市場的お

よび運輸的諸条件︑後にはまたその生産的諸条件における変革は︑運輸および市場の発達によって促進される全国民

( 5 )  

経済の一層の変革にとつて第一の段階となる﹂︵リャッチェンコ︶からである︒

アメリカでは︑本稿の対象たる時代には鉄道は飛躍的に拡張している︒

達はまさに睦目的であった︒ ﹁戦時中並に戦後における鉄道の発

一 八

六 0 ー六七年の間には︑鉄道建設は年平均一︑三︱︱哩の割合であったが︑

合 衆 国 に お け る 南 北 戦 争 以 降 の

﹁ 農 業 楓 械 革 命 ﹂ の 意 蓑 ︵ 東 井

四 七

一 八

ここに労佑力の不足というのはいうま

こ う し た 意 味 で は ︑

た と

﹁交通手段の発達している比較的に人口稀薄な地方は︑

(17)

180 

よって最初の大陸横断鉄道が建設されたことは︑

合 衆 国 に お け る 南 北 戦 争 以 降 の

﹁ 農 業 機 械 革 命 ﹂ の 意 箋 ︵ 東 井

九年には四︑九五三哩︑

一 八

七 年には五︑六九〇哩というようにますます急速なテンポとなり︑ 0

以前の四年間には合計二五︑ 000 哩以上の鉄道が建設された︒中でも一八六九年︑

アメリカ農業資本主義の急速な発達︑ アメリカ資本主義発達史上︑

﹁農業革命﹂をもたらした一要因である︒

達 は

︑ 農 業 機 械 の 採 用 を 促 進 せ し め る

︒ 蓋 し

︑ レ ー ニ ン は 次 の 如 く い つ て い る

︒ す な わ ち

︑ 匠 か な ら ぬ

資本主義こそ農業における機械の使用をよびおこして普及させている要因であるということ︑他方では︑農業への機

械の応用は︑資本主義的性格をもつており︑すなわち︑資本主義的関係の形成とそれらのよりいつそうの発展にみち

( 7 )  

びくということである︒﹂

だがしかし︑︑以上の綾述は︑アメリカ農業機械発達の原因の一般的説明にはなるとしても︑その特殊性をなんら

︑ ︑

説明するものではない︒そしてこの特殊性は︑機械発達の素因を労仇力の不足ということに求めることによって︑説

︑ ︑

明される︒結論的にいえば︑労佑力の不足という植民地での﹁反資本制的癌種﹂の治療には︑機械が必要であったの

である︒先ずこのことの理論的把握を次に試みよう︒

マルクスは︑彼の著﹁資本論﹂第七篇︑第二五章近代的植民論のなかで次の如く述べている︒

ヽ ヽ ヽ ヽ

﹁ 賓 本 制 的 生 産 の 大 き な 長 所 は

︑ 賃 労 働 者 を 賃 労 働 者 と し て 継 え ず 再 生 産 す る ば か り で な く ︑ 賓 本 の 蓄 積 に 比 例 し て つ ね に 賃

し か

し て

一 八

七 ︱

H

年の恐慌

ユニオン︑パッフィック鉄道に

( 6 )  

︱つの劃期的な出来事であった︒﹂

︵小原敬士氏︶この輸送手段における革命的な技術の躍進は︑アメリカ農産物を︑地方市場から国民市場へ︑国民市場

から世界市場へと︑急速に従属せしめ︑相対的に稀薄な人口を稲密にする︒

このように︑確に農業の市場的および運輸的諸条件︑後にはまたその生産的諸条件のこの変革は︑

この農業資本主義の発

﹁ 一

方 で

は ︑ 四八 . 

一 八

六 0 年以降

(18)

合衆国における南北戦争以降の﹁農業機械革命﹂の意義.︵東井︶

四 九

労働者の相対的過剰人口を生産するという点にある︒﹂﹁だが︑植民地︵ここではマルクスが植民地として取扱っているのは︑﹁現実

の植民地︑すなわち自由な移民によって拓植される処女地である︒合衆国は︑細演的にいえば︑いまなおヨーロッパの植民地で ある︒そのほか︑奴隷制度の止揚によって事補が一変した薔植栽池もここで取扱われ﹂ている︒筆者註︶ではこの美しい妄想が 破れてしまう︒そこでは︑多くの労働者が大人として現われるので継対的人日は母国でよりも蓬かに急速に噌加するが︑しかも

︑ ︑ ︑ ︑

労働市場はつねに供給不足である︒労働の需要供給の法則は木葉みじんとなる︒一方では︑薔世界が搾取に飢え禁慾を求める賓

︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑

本をたえず投げこむ︒他方では︑賃労働者としての賃労働者の規則正しい再生産が︑梯めて厄介で一部は克服したがたい麻碍にぷ

︑︑︑︑︑︑

つつかる︒いわんや︑資本の蓄積に比例しての過剰賃労働者の生産などとは!今日の賃労働者は明日は独立自営の農民または手

H 業者となる︒彼は労働市場から消える︑だがー救貧院へではない︒資本のためにでなく自分自身のために労働し︑主人資本家で

・ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

︑ なく自分自身を富ませる独立生産者への賃労働者のかかる不断の轄化は︑また労働市場の状態にまった<有害な反作用をする︒

賃労働者の搾取租度が不握栽なほど低いばかりではない︒そのうえに賃労働者は︑禁慾的資本家への従属関係とともに従属感悔

をも失つてしまう︒﹂では﹁反賓本制的癌種はどうして治療するか?すべての土地を一挙に人民所有から私的所有に転化しようと

︑ ︑

︑ すれば︑なるほど禍源を紹滅することにはなるが︑しかしまた︑ー植民地をも継滅することになろう︒一本の颯叩きで二匹の颯

︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑

をうつのが腕前というものだ︒政府の力で︑需要供給の法則から独立する人為的価格ー移住者が土地を買つて自ら独立農民とな

るに足る貨幣を稼ぎうるまでに比較的長期間の賃労働をすることを余儀なくさせるような人為的価格—を処女地に附けるとし

︑ ︑

︑ よう︒他方では政府が︑貨労働者にとつて相対的に禁止的な価格で土地を売ることから生ずる基金︑つまり神理な需要供給の法 則の侵害によって努賃から搾り出されるこの基金を︑それが噌加すればするだけ︑ヨーロッバから植民地へ素痰貧を輸入して主

9

︑︑︑︑︑︑︑

人喪本家のためにその賃労働市場を充たしてやるために利用するとしよう︒こうした事愉のもとでは︑万事は有りうべき世界の

︑︑︑︑︑

( 8 )

うちの最善の世界における最蒋の状態となるであろう︒これこそ﹃組織的植民﹄の大きな秘密である︒﹂

ファランド

( M a x F a r r a n d ) が

﹁ 移 民 が 合 衆 国 の 発 展 上 い か に 重 要 な 役 割 を も っ た か は

参照

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