• 検索結果がありません。

修士学位論文

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "修士学位論文"

Copied!
53
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

修士学位論文

題名

価値共創とブランド・コミュニティの役割期待

頁       1〜50

指導教授  森本博行教授 平成24年12月22目提出

首都大学東京大学院

社会科学研究科経営学専攻   学修番号  11877230

         なかだ   ひろし

  氏ふりがな名中禺寛

(2)

論文要旨

経営学専攻11877230中岡寛  論文題名:価値共創とブランド・コミュニティの役割期待

 商品のコモディティ化が進むなか、差異化を図るための情報として付加され連想される機能的、

情緒的な意味づけであるブランドの新たな価値の創造と、ブランドに共通の関心と問題意識をもつ 消費者が自立的に相互作用する社会ネットワークであるブランド・1コミュニティの役割期待を考察す る。そして、ブランド・コミュニティにおける企薬と消費者の協働に着目して、製品やサービスに関わ るブランド価値を共創する可鯉性を検討する。

 これまでのユーザー・イノベーション研究は、コミュニティにおけるユーザーとの協働により製品 やサービスの開発、改良に関わる機能的価値の実現を主たる対象とし、またブランド・コミュニティ 研究の多くは、ブランド情報の媒介を通じた関係性の構築とロイヤルティの醸成を対象としているこ とから、犀研究では、ブランド・コミュニティにおけるブランド価値を共創するメカニズムとプロセスを 明らかにすることを目的とする。

 企業を取り巻く市場環境と価値創造の次元が変化するなか、日本企業の業績は1990年代から 伸び悩む。背景に、情報通信技術をはじめとする技術の進化とそれに伴う国際輸送インフラの革 新があり、グローバルな価値の連鎖が重層的に、急速に進む状況がある。同時に、部材の標準化・

モジュール化・デジタル化が進展し、製品やサービスの機能面、品質面における差別化は難しくな る。そして、技術革新に関わる競争激化に伴い、企業は優位性を長期間維持することが極めて困 難になった。一方で、多くの製品やサービスは消費者の求める基本的な機能や品質を満たす水準 にあり、有意義で素晴らしい経験を味わいたいとする期待感と、信頼と安心感を享受できるブランド ヘの愛着を増幅するごく一部の商品に、人気とブランドプレミアムが集中する。

 こうした状況の下、サービスはより安定的な売上高や利益獲得の源泉になり、重要性が増す。そ れは製品とサービスの融合を促し、顧客価値の高い複合的なサービスの提供が進む。しかし、サ ービスは状況次第で受け取る印象や評価が異なり、多元的で不均質な属性を併せもっことから、

購入前と後で消費者の知覚に電離を引き起こすことがある。それに伴う不満や後悔を回避しようと する動きが、サービス経験者の主観的な情報である口:コミとコミュニティの活性化に繋がる。消費者 が集うコミュニティは、企業にとり価値観を共有し商品の継続的な消費や使用を促す最高の代弁者 になり、顧客基盤を拡大する媒介者になり得る。

 同時に、消費者は、企業が一方的に提供する製品とサービスg価値を享受する受動的な客体 から、その価値に飽き足らず自ら希求する価値の実現を企図する能動的な主体に変貌する。一ソー シャルメディア等の普及で、企業と消費者は従来の上下関係からフラットで対等な関係に変わりつ つある。誰もが情報とツールを利用して、日々の暮らしなかのアイデアをすぐに具体化し個人が豊 かさと満足を生み出せる状況にあり、イノベーションに参加できる創造機会の「民主化」が拡大する。

企業にとり、消費者が参加するコミュニティにおける価値創造機能を通じ、斬新な製品やサービス を的確に、継続的に提案し商晶化を目指す意義は大きい。

(3)

 そこで、ブランドの価値共創の可能性とブランド・コミュニティの役割期待の変化を読み解くため、

価値創造の次元の転換に関わる先行研究であるリード・ユーザーと情報の粘着性、そして価値共 創を中核概念とするサービス・ドミナント・ロジックを取り上げる。そして、仮説①機能的価値の創造 を目指すリード・ユーザーとブランド価値の創造を目指すリード・ユーザーの主体は異なる、仮説② 機能的価値の創造を目指すリード・ユーザーとブランド価値の創造を目指すリード・ユーザーの行 動は異なる、仮説③ブランド・コミュニティはブランド価値を共創する場になり得る、を定立する。

 サービス化の進展と主体的で能動的な消費者の台頭による消費者行動の変化に鑑み、本研究 への拡張を図るため、サービス・ドミナント・ロジックの価値共創の概念を再定義する。また、価値共 創をブランドの価値共創に置き換え、ブランド・コミュニティにおける消費者の行動とブランド価値を 共創するメカニズムとプロセスを考察する。そして、価値共創に関わる4つの事例を通じ、消費者の プロジェクトに対する参画価値の喚起とブランド・コミュニティに内在する情報の発散と統合、情報 の解釈の有効性を探る。

 企業がブランド情報を発信して消費者と関係性を構築しロイヤルティの深化を図る、という従来 のブランド権ミュニティに対する役割期待に加え、価値の創造と伝播、浸透に資する場としてブラ ンド権ミュニティが機能する市場環境にあるとき、ブランドの価値共創に向けた企業の取組みの方 向性と今後の課題を提示する。

以上

(4)

第1章はじめに 1.1間題意識

 企業を取り巻く市場環境と価値創造の次元が変化するなか、価値創造の指標の一つである日 本の付加価値額はエ990年代から270兆円を挟んで増減を繰り返し伸び悩む。1潜在成長率も、

長年にわたり生産性の低い分野を温存してきた結果、90年代前後の2.5%から0.7%まで下がり、

新産業が衰退産業に取って代わる新陳代謝が進まない。2そして、上場企業の平均PBR(株価純 資産倍率)は現在、1.0前後で自己資本にプレミアムが付かず3、企業に対する株式市場の評価 は低い状況が続く。

 長期に及ぶ低迷の背景に、情報通信技術をはじめ、さまざまな分野における技術の進化とそれ により実現した国際輸送インフラの革新がある。製品やサービスの設計から原材料、部品の調達、

製造、物流、販売・マーケティング、サービス活動におけるグローバルな価値の連鎖が重層的に、

急速に進んだ。同時に、パソコンに代表される部材の標準化・モジュール化・デジタル化が進展し、

製品やサービスの機能面、品質面における差別化が難しくなった。こうした技術革新に関わる競争 激化に伴い、企業は優位性を長期間維持することが極めて困難になった。

 こうしたなか、ほとんどすべての商品が消費者の求める基本的な機能や品質を満たす水準にあ る。さらなる性能向上に追加の支払いをしてまで、時間や距離の壁を超えてまで手に入れたいと考 える商品はごく僅かである。低価格や多機能といった次元ではなく、ストレスのないスムースな操作 感や斬新なデザインなどが注目され、有意義で素晴らしい経験を味わいたいとする期待感と、信 頼と安心感を享受できるブランドヘの愛着が増幅する。そして、消費者一人ひとりの主観的な価値 基準4に適合し潜在的な想いを具現化する製品やサービスに、人気とブランドプレミアムが集中す

る。5

 製品やサービスに関わる機能と価値の相関が以前に比べ低下し、価格のみが差別化の手段と

I財務省法人企業統計調査結果第(金融業,保険業を除く)によれば,平成23年度の付加価値は  275兆円,前年を3兆円上回った。

 付加価値二人件費十支払利息等十動産・不動産賃借料十租税公課十営業純益

22012年8月14目付け日本経済新聞。因みに,米国は今なお2%の潜在成長率を維持する。

3PBR1倍の水準は現在,日経平均株価が9,500円程度といわれる。

4ここでは,価値基準を商品に対して顧客が支払ってもよいと考える価格を象徴するものとする。

 顧客価値とは「顧客の視点から判断した製品やサ}ビスの本質であり,購入し使用するかどうか  を決める要因とし,このように捉えた価値こそが顧客満足をもたらす」(Heskett et a1.(1997),邦訳  16頁)ものである。顧客が価値の大きさを評価することから,プロダクト・アウトからマーケット・イン  ヘの発想の転換に繋がる。

5代表的な例が米アップルである。2012年9月発売の新型スマートフォン(高機能携帯電話)

 iPhone5は,予約受け付け開始から1時間程度で初回出荷分200万台を完売,これまで最高だ  ったiPhone4の発売時の2倍に達する。iPh㎝eはスマートフォン販売台数の基本ソフト(OS)

 別シェアで3割前後にもかかわらず,端末市場で生じる利益の73%はアップルが稼ぐといわ  れる。(日本経済新聞9月17目付け)また,米インターブランドのブランド価値評価ランキング  BestG1oba1Brands2012では,前年の8位から1BMを抜きC㏄a−Co1aに次ぐ2位に躍進した。

 そして,同社の株式時価総額は昨年後半より上場来高値の更新を続け,2012年9月に米マイ  クロソフトの世界最高記録を塗り替え6,600億ドルを超えた。

      1

(5)

ならざるを得ない商品のコモディティ化が加速するなか、サービスはより安定的な売上高や利益獲 得の源泉になりつつある。多様化する市場が個客化6と即応性を求めれば求めるほど、情報技術 とネットワークを基盤に製品とサービスの融合が進む。それはハードウェアとソフトウェアの境界が 曖昧になることでもある。単に商品の販売に注カするばかりなく、その使い方に関するソリューショ ンやメンテナンス、補修部品、消耗品に付随する顧客価値の高い複合的なサービスの提供を必要 とする。一しかし、サービスは、状況次第で受け取る印象や評価が異なり、多元的で不均質な属性を 併せもっことから、購入前の期待品質と消費・使用を通じた知覚品質に大きな離離を引き起こす可 能性がある。それによる不満や後悔7をできるだけ回避しようとする動きが、コミュニティにおける価 値媒介機能である口1コミの隆盛に繋がる。製品は購入前に品質の客観的な評価が可能だが、サ ービスは実際に経験した後でないと評価が難しく、サービス経験者の主観的な情報であるロコミを 重視せざるを得ない。消費者は、自らの視点で潤沢すぎる膨大な情報をスクリーニングして消化不 良の解消に努める必要がある。企業は、サービスを消費するその場、その時の個人的経験を通じ て、消費者に品質の高さとその価値を印象付け満足させリピーターになってもらい、また知人、友 人にロコミ推奨してもらう循環をいかに発生させるかが、価値創造の鍵になる。8そのとき、消費者 が参加するコミュニティは、企業にとり価値観を共有し商品の継続的な消費、使用を促す最高の代 弁者になり、顧客基盤を拡大する価値ある媒介者になり得る。

 同時に、消費者は、企業が一方的に提供する価値を享受する受動的な客体から、自ら希求する 価値の実現を企図する能動的な主体に変貌しつつある。誰もが情報やヅーノレを平等に、且つ容 易に利用し、員々の暮らしの中のアイデアをすぐに具体化し、豊かさと満足を個人が生み出せる状 況にある。そしてイノベーションに参加できる創造機会の「民主化」が拡大する。9企業にとり、消費

6製品やサービスが市場に流れ,消費者は製品やサービスの内容を吟味し選択するようにな  る一方,企業は一人ひとりの顧客(個客)に関心を向け必要とされる製品やサービスの提供  に努める。大規模物流を前提としてきた流通システムは個別配送に転換,消費者との接  点も容易に形成できるようになった。

7Festinger(1957)は,高額商品に対する複雑な顧客心理や行動を認知的不協和理論(cognitive  diSSOnanCe theOW)で説明する。

82011年10月25目付け(株)電通の 電通ソーシャルメディアラボがソ}シャルメディアの企業ブラ  ンド・消費に与える影響を調査〜友達の評価が企業ブランドや消費に影響するrソーシャル型消  費」が浸透〜 によれば,①ネット上の書込みや投稿など具体的に情報発信している人は1割に  満たないのに対し,ネット利用者の約3割がソーシャル・ネットワーク・サービス(以下,SNS)上で  繋がっている知人・友人にソーシャルボタンを押しでゆるやかな情報発信をしている,②ネット和  用者の約4割がSNS上のロコミによって購買活動に影響を受けており,知人・友人の発言といっ  た友達評価は専門化の発信と同等の影響力を持ち,有名人の発信を上回る,③SNSで接触す  るポジティブな発言がネガティブな発言よりブランドイメージや購買行動に影響を及ぼす。

 調査概要は以下の通り:

  対象者:!5〜59歳の男女を調査パネルから抽出 サンプル数:1,035

  調査エリア:全国       調査手法:インターネット調査   調査実施期間:2011年6月・9月

gデジタル技術の革新により,講でも速く安く試作品を制作できる環境が出現する。自宅のパソコ  ンで設計図を作り,インクジェットで樹脂を塗り重ねて自動的に立体の模型を作り出す3次元(3

      2

(6)

者が参加するコミュニティにおける価値創造機能を通じ、斬新な製品やサービスを的確に、継続的 に提案し商品化を目指す意義は大きい。

 一方、これまでのユーザー・イノベーション研究は、企業がユーザーとの協働を目指す中で製品 開発に関わる機能的価値の創造を取扱い、ブランド価値の創造に着目した研究はほとんど蓄積さ れていない。また、既存のブランド・コミュニティ研究は、ブランドに関する価値情報の媒介による企 業、ブランドと消費者の関係性の構築10とロイヤルティの醸成を主たる対象としてきたが、企業と消 費者の協働による価値の創造については充分、議論されていない。

 そこで、本研究では、企業がブランドの新たな価値を創造し持続的な成長を企図するとき、消費 者と価値を共創するメカニズムとプロセスを明らかにすることを目的とする。

ユ.2本研究の構成

 本研究では、「ブランド」を製品やサービスに情報として付加され連想される機能的、情緒的な 意味づけとする。また、「ブランド・コミュニティ」をブランドに共通の関心や問題意識をもつ消費者 が自発的に集まり、比較的対等な立場で自立的に相互作用する社会ネットワーク1であり、場12と 定義する。

 第1章の問題意識に続き、第2章で価値創造の次元の転換に関わる先行研究であるリード・ユ ーザーと情報の粘着性、そして価値共創を中核概念の つとするサービス・ドミナント・ロジック(以 下、S−Dロジック)に対し批判的見解を示し、仮説①機能的価値の創造を目指すリード・ユーザーと ブランド価値の創造を目指すリード・ユーザーの主体は異なる、仮説②機能的価値の創造を目指 すリード・ユーザーとブランド価値の創造を目指すリード・ユーザーの行動は異なる、仮説③ブラン ド・コミュニティはブランド価値を共創する場になり得る、を定立する。S−Dロジックの価値共創をブ ランドの価値共創に置き換え検討するため、第3章でブランドに対するS−Dロジックの適用可能性 を、第4章でブランド・コミュニティの役割期待を考察する。第5章でブランド・コミュニティにおける4 つの事例を分析し、第6章で事例を通じた仮説検証と含意を、第7章で結論と今後の課題を述べ

る。

 尚、価値を共創するプロセスの下で、一方の主体である消費者はすでに特定され、抽象的な消 費者というより具体的な顧客、あるいはユーザーという表現が適切な場合もあり、適宜、使い分ける

ことにする。

 D)プリンタ』やレーザーカッターを使い,多品種少量生産が可能になった。

10友好的で持続的,且つ安定的な縞びつき,それに関わる当事者の意識あるいは態度。

11ここでは,人,集団などの相互間で形成される網の目状の関係性の広がりの総体と定義する。

I2野中ほか(2010)によれば,場とはr共有された動的文脈(asharedc㎝textinmoti㎝)」(106頁)

 であり,知識が共有され,創造され,活用されるダイナミックな時空間である。そこでは,顧客との  関係が築かれ相互作用が生まれる文脈がある。相互作用とは,当事者間で相手の行動や思考  に影響を与え,自らもその反応に刺激され継続的に変化する状況。

      3

(7)

第2章先行研究と批判的検討

 主体的な消費者、顧客との協働による価値創造の次元の転換に関する先行研究を概括し、ブラ ンドの新たな価値の創造、伝援と浸透の観点から価値共創を考える。

2.ユリード・ユーザーと情報の粘着性

(1)機能的価値に関わる情報の収集と解釈

 von刷ppe1(2005)は、ユーザーが自らイノベーションを起こす能力と環境が向上し二一ズの識別 から研究開発、プロトタイプの試作、そして製品化まで携わる状況にあると主張する。ユーザーによ るイノベーションが、不確実性の高い市場で製品やサービスを製造、提供するメーカーにとり重要 な補完機能になり、売上高の増加や開発、生産の効率性の向上に貢献する。そして、企業とユー ザーの双方による製品開発と改良が頻繁に起こり、大きく広がり、しかも重要性を増していると指摘

する。

 ユーザー集団の中で、実際にイノベーションを起こすユーザーをvon Hippe1(2005)はリード・ユ ーザー13として、以下のように定義する。

 ①重要な市場動向に関して大多数のユーザーに先行する二一ズを有し、明確に表現できる、

 ②自分の二一ズを充足させる解決策の提案から試作品までの知識を持ち、製品化により高い    効用を得ることができる、という2つの特徴を持つ消費者

つまり、イノベーションを起こす二一ズをもち、実際にイノベーションを起こすことが合理的である消 費者がユーザー・イノベーションを起こすと考えているのである。

 vonHippe1(2005)は、リード・ユーザーによるイノベーションの具体例として、プリント配線基板の 設計用ソフトウエア、図書館のオンライン・パブリックアクセス・システム(OPAC)、スポーツコミュニテ ィ、病院外科医の事例を取り上げる。例えば、配線基板上に配置される電子回路の高密度化という 最先端の分野において、ユーザーが自らソフトウェアを開発、改良していることを知り、メーカーが その特徴を含む商品を販売したところ、通常の2倍の価格でも圧倒的な支持を獲得し、商業的な 魅力は大きかった事実を報告する。また、いくつかの図書館では、地域の二一ズに応じOPACに 多種多様な機能の改良を自ら行っており、それぞれのイノベーションの間に重複はほとんどなかっ たという。その背景には、各図書館には改良しようとする高い動機づけがある。技術的な手腕に優 れる一方、自分たちが望む修正に対応できる外部ベンダーを見つけるのが難しい点がある。また、

ある特定の二一ズに関しては、一地域のリード・ユーザーが全体のリード・ユーザーになるのかもし れないと示唆する。スポーツ愛好者で構成されるコミュニティは、スポーツとコミュニティに関連する 活動に携わる時間が多く、既存商品に対する不満を解消するため自ら開発、改良を目指すユーザ ーがいる。イノベーションのレベル自体は高くなくとも、自分でイノベーションを起すことで安く、速く、

そしてその行為を楽しみにするユーザーがいる。大学病院に勤務する外科医には、日常の診察行 為の中で遭遇した問題解決のため自ら医療器具を開発、改良する外科医がおり、そのアイデアに 基づき医療機器メーカーにより販売されている商品があると指摘する。

13von Hippel(2005)は,世の中で起きているイノベーションの多くがリード・ユーザー,あるいはリー  ド樹一ザーが集まったオープンなネットワークにより実現していると主張する。

      4

(8)

 ところで、ユーザー・イノベーションの発生には二つの諭理がある。その一つは、イノベーション の実現により便益を享受できる可能性の高いプレイヤーが起こすという期待利益仮説は、ユーザ ー側が便益を享受できる可能性が最も高い場合のとき、ユーザーがイノベーションの発生の源泉と なり得るとする。これは、上記のリード・ユーザーの定義と合致する。もう一つの情報の粘着性仮説

14 ヘ、イノベーションに必要な問題解決の活動を情報の特性とザう視点から考察し、情報の粘着 性がイノベーションの起きる場所に影響を与えるとしている。市場における新たな変化に関する二 一ズ情報や急激に変化する技術等のソリューション情報は、他者に形式知化して簡単に伝達する ことができない。従い、そうした粘着性の高い情報を保有する主体が必然的にイノベーションに関

わるようになる。

 いずれにせよ、企業はリード・ユーザーを見出すことができれば、そのアイデアの共有を通じて 継続的な技術開発や改良を実現することが可能になる。さらに、その予期せぬ発見に内在する粘 着性の高い情報や意味を汲み取ることで、競合化杜が容易に模倣できない成果を挙げることがで きる。そして、問題そのものの解決ではなく、より上位の問題となった状況をなくす新たなモデルや コンセプトを探り、システム全体のリ。デザインを試行することもできるかもしれない。こうした環境の 変化に柔軟に対応し、事前に想定されていない創発的な価値を見出そうとする行為は、Mintzberg

(1987)が主張する戦略クラフティングに通じる。

 一方で、von Hippe1モデルに対して、いくつかの批判もなされている。そのうちの一つはリード・

ユーザーの利用可能性である。製品やサービスに関わるリード・ユーザーを積極的に活用すべきと 主張するも、リード・ユーザーを発見すること自体、容易ではない。さらに、その資質を測定し見極 め協働に向けた可能性を探るには、相応の費用と時間を要する。こうした問題に対し、v㎝Hippe1 はターゲットとする市場内でリード・ユーザーを特定することを提案する。その発展形として、小川

(2006.2007)は、製品アイデアの創造や製晶化の可否の決定をユーザー起点で行う仕組みとし てユーザー起動法を提案する。企業がリード・ユーザーを探すのではなく、ユーザーが企業(掲示 板)を探す。ユーザーであれば講でも自由に参加できるとともに、企業はリード・ユーザー的な人材 を手軽に発掘する場を設定することができる。

 もう一つの批判は、ユーザー・イノベーションを利用し粘着性の高い情報を収集した後の解釈に ついてである。外部からの情報だけに、自社内の研究開発部門や生産部門、取引先などの調整 に多大な時間と費用を要することに加え、既存のビジネスモデルの枠組みに適合するかどうかを出 発点とすると、効率性を優先して漸進的で平凡な対応策になってしまうことが多い。社内で保有す るソリューション情報に基づき、「長所の次元」15に沿った既存製品やサービスの改善に注力する と、短期的には効率的な作業が可能になる。しかし、長期的には組織運営が保守的になり柔軟性

14v㎝Hippe1(1994)は,情報の粘着性を「ある所与の単位の情報をその情報の探し手に利用可能  な形で移転するのに必要とされる費用であり,移転される情報量が増加するとき,それ自身も増

加するという性格をもつ」と定義する。その費用は単に情報を移転するためだけの費用ではなく,

 情報の受け手にとりその情報が何らかの形で利用できるようになるための一切の費用を含む。

15vonHippe1(2005)邦訳188頁。ユーザーが長所と捉えている製品の特徴およびその延長線  上に想定する特徴のイメージ。

      5

(9)

を失い、競争を一変させるアイデアに対抗できなくなる。

 これに関連して、Christensen(1997)は、顧客の声に耳を傾け細心の注意を払うほど、急進的で 破壊的なイノベーションを見逃しやすいと指摘する。CbristensenがvonHippe1の研究では新製品 のアイデアの大部分が顧客を源泉とすると主張するのに対し、v㎝Hippe1(2005)は、それは「基本 的な誤解を含んで」おり、「研究成果はリード・ユーザーによるイノベーションについてのものであり、

顧客によるイノベーションについてのものではない。リード・ユーザーという概念は、ある特定の会 社の顧客より、はるかに広範囲な領域を包含する。」「メーカーが興味を抱くようなイノベーションを 生み出すリード・ユーザーは、ターゲット市場の最先端にも、先進類似市場のいずれにも存在し得 る」16と反論する。企業が収益性の高いロイヤル・カスタマーの満足に焦点を合わせ連続的で持続 的なイノベーションを追求し、それに適応すべく経営資源の再配分を行う。一方、多くの顧客は多 機能で高晶質の既存製品に何ら不満や疑問をもたない。確かに、こうした傾向はよく見られる。ま た、先端ユーザーの突出した二一ズとオタク的な過剰晶質を追いかけるが故に従来の延長線上の イノベーションに陥る可能性がある。そして、価値基準の変化を見逃し後発のより簡易な破壊的な イノベーションに新規の市場を奪われることもあるだろう。しかし、von Hipp⑧1(2005)は、リード・ユ ーザーには消費、使用の文脈を通じ問題を発見し、「何のために」という目的と「何をどうするか」と いう目標を掲げて創意工夫して自ら問題解決を図る独立性がある。それが、企業に顧客リストとは 別に、新たな機能的価値の所在と発展可能性を求めてリード・ ユーザーを探し当てようとする協働 の動機づけになると主張する。

 以上のように、ユーザー集団におけるユーザーの製品やサービスに対する二一ズが多様である のであれば、企業は粘着性の高い情報を収集し解釈するために、単にリード・ユーザーを探すだ けではなく、ユーザー・コミュニティのあり方や、そこにおけるユーザー間の相互作用を対象に含め る必要があるだろう。これに関して、v㎝Hippe1(2005)は、ユーザー・イノベーションの発生原理を充 たすコミュニティまたはネットワークには、「①一般には知られていない情報をもった人々がいる、②

自分が知っていることを無料公開してもよいと考える人がいる、③情報公開者の手から離れて、公 開された情報を利用する人々がいる」17としている。

 さらに、Ba1dwin and v㎝Hippe1(2009)は、イノベーションにより想定される便益とイノベーション を具体化するための費用の観点から、イノベーションの実現可能性を分析する。イノベーションは ユーザーやイノベーション・コミュニティとの協業を前提とし、イノベーション・コミュニティはオープン で機能を分散した相互補完的な構造とする。費用は、デザイン、コミュニケーション、生産、取引

(知的財産権の取扱い)に関わる4つとする。情報通信技術の進展によりコミュニケーションをはじ めとする費用の低減を追い風に、協業によるイノベーションの重要性はますます増大しており、そ れは社会福祉や公共政策の効率的な選択にも寄与すると指摘する。

 また、Boudreau and Lakh㎝i(2009)は、企業が外部で起こるイノベーションを活用する際にコミ ュニティとの協業に基づくべきか、市場内の競争を挺子にすべきか、どちらを選択するかについて

16von Hippe1(2005)邦訳186−7頁 17v㎝Hippe1(2005)邦訳212頁

6

(10)

3つの課題を提示する。それは、①どんなタイプのイノベーションを外部に期待するか、②参加する 人々に対する動機づけ一例えば、金銭的なものか、参加に対する喜びや楽しみか一をいかに設 定するか、③講が講に販売するのか、どんなビジネスモデルの下で協業のプラットフォームの仕組 みを構築するか、に依存する。そして、ハードウェア、ソフトウエアといった機能、要素毎に外部のイ ノベーション・パートナーを使い分ける場合が次第に多くなり、コミュニティと市場という2者選択を 明確に実施する必要もなくなってきていると説明する。

(2)批判的検討

 本節では、上記のv㎝目ippe1のリード・ユーザー論について、本研究と関わる問題点を指摘し拡 張を図る。

 まず、リード・ユーザーを発掘し、製品やサ}ビスの機能的価値を実現する「ものづくり」情報を 取り込み圧倒的な技術優位を基に商品化すれば、商業的な成功に繋がるというv㎝一Hippe1(2005)

の論理展開は、限定された一部のユーザーと企業の協働による先端情報の収集と解釈に特化す るものであり、ニコミュニティに期待する参加者相互の対話を通じた価値の創造とその価値の市場へ の伝播と浸透の視点を見出すのは難しい。確かに、von目ippe1(2005)やBoudreau and Lakhani

(2009)はコミュニティを取り上げているが、それはリード・ユーザーとその他のユーザーという二分 法や、ユーザー・コミュニティ自体を比較分析したものであり、コミュニティの内部構造を分析したも のではなかった。

 市場や技術に対するトレンドを特定し主導するリード・ユーザーの二一ズとそれに基づく製品や サービスの開発や改良が、市場を構成する多数の消費者の二一ズと合致するとは限らない。18リ ード・ユーザーのイノベーションを利用した商品が、結果として想定するほどの売上げや利益を獲 得できないこともあり、その要因の一つに市場を構成するコミュニティとの連携の欠如を挙げること

ができる。

 本研究で取り上げるブランドの新たな価値の創造には、製品やサービスの機能・特性と関連す る「機能的な」意味づけとして認知され、次第に発展、拡散する場合に加え、デザインあるいは消 費・使用プロセスにおける経験と関連する「情緒的な」意味づけとして製品やサービスに付加される 場合、あるいは二つの意味づけを同時に実現する場合がある。von Hippe1(2005)が取り上げてい たのは前者のみである。最先端の突出した機能的価値を製品やサービスに付加し具現化すれば、

ブランド価値の創造に繁がるということには必ずしもならない。ブランド価値の構成次元である「機 能的価値」とr情緒的価値」には、ブランドの世界観と合致し相乗効果を喚起する価値要素が求め られる。それはブランドを容易に連想させる、ブランドに求められる「そのブランドらしい」機能的価 値であり、情緒的価値である。局時に、それはブランドの物語性を拡張し再生産させるドラインビン

18例えば,キャズム(深い溝)理論がある。ハイテク業界における新製品,新技術が浸透していく際  に,顧客の要求する目的や内容(変革,あるいは業務効率の改善)の違いにより初期市場からメ インストリーム市場への移行を阻害することがあり,普及に向け異なるマーケティング手法を検討  する必要があるとする。

      7

(11)

グ・フォースの役割を担う。

 こうしたブランド価値の創造にも、von Hippe1がいうリード・ユーザーのような存在があるのではな いかというのが、本研究の前提である。以下では、その方向でvon Hippe1モデノレを拡張することを

試みる。

 ブランドという情報的資源は、企業がさまざまな媒体を通じてブランド情報を発信する申で企業 が思い描くブランド像の想定する範囲に留まるわけではなく、消費者一人ひとりの知識内に形作ら れていく。(Ke11er1998)「ブランドの法的所有者である企業は、顧客に働きかけるという間接的な 方法でしかブランド価値の増減に関与」できず、「ブランドの所在は消費者の心のなかにある」19と いうブランドの特殊性の一つ、「間接性」でもある。ブランドは、製品やサービスに包含され顕在化 する記号である。同時に、知覚する意味がそのときどきの感情や状況により移ろいゆく心象風景を 象徴する。消費者は、暮らしの申でブランドと情緒的な絆を形成しブランドに自己投影することで、

自分なりの解釈と意味づけを深化させる。また、ブランドと消費者の関係性は、製品カテゴリーが象 徴的か機能的か、あるいは製品カテゴリ}への関与が高いか低いかにより規定されるものではなく、

ブランドに対する知覚された自我関与20一価値観やアイデンティティ、目標との結び付きの程度 一によって規定される。自己との結び付きがブランドに対する愛着とこだわりを生み、ブランドは消 費者の生活を支えるパートナーに変容する。そして、消費者はブランドを擬人化してそこにパーソ ナリティを見出し語りかける。消費、使用する生活空間と時間の経過とともに、ブランドは個人的な 意味づけが生成され新たに付加され分散化された属性情報となり、ブランドを発信する企業に思 わぬ情報の非対称性をもたらす。そこには、それ自身に内在する独自の情報の粘着性と、発信す る内容の意味を理解するのに時間が掛かり、ときにはなかなか真意が伝わらず関係者間で発信さ れる意味のやりとりに誤解を生みかねないなど、もう一つの情報の粘着性がある。

 ブランドの世界観が、企業が発信した当初のものから消費者固有のものに日々、変化し発展す るとき、製品やサ㎞ビスの消費・使用プロセスにおけるユーザーの歓心や受容の確認が不可欠で ある。ブランド価値にとり何が適切なイノベーションであるか、ユ㎞ザーの課題を解決しているか、

企業は新たなブランド価値の創造に向けユーザー側まで協働の対象を包含する必要がある。ユー ザーの深層に潜むブランドに関する暗黙的な価値観や感性、こだわりをいかに顕在化させ、その 多義性と複雑性をいかに効果的に読み解くことができるがが、企業の課題になる。機能的価値に 関わる情報の粘着性は、限定された一部のユーザー(リード・ユーザー)との直接的な対話を通じ て解きほぐすことができるのに対し、情緒的価値あるいはブランド価値に関わる情報の粘着性の読 み解きには、極論すれば消費者一人ひとりを対象とする対話が必要になる。

 一方で、消費者は製品やサービス、ブランドの関連情報を求め、企業のホームページやユーザ ー・コミュニティを訪れる。その多くは、共通のブランドに関心や問題意識をもち、同時に多種多様 な視点でブランドヘの想いを寄せるユーザーが集う場のブランド・コミュニティでもある。そこには、

19阿久津・石囲(2002)21頁

20Foumier(1998)p.366 theperceivedego signi且。ance :社会心理学におけるego−invo肘ement  と同義といわれる。

      8

(12)

消費・使用プロセスにおける自らの気づきや発見を進んで他者に話しかけ、ブランドに対する共感 あるときは反感に仲間の賛同を求め、時にはブランドを体現する製品やサービスの開発、改善を提 案するリード・ユーザー的な参加者の存在がある。彼らは、自らのブランド観を前提にそのブランド に相応しい、そしてブランドの物語性を拡張し再生産するだろうと期待する機能的価値や情緒的 価値、あるいは双方を提案し、ブランド価値のリード・ユーザーの役割を果たす。これに対し、消費 者は、ブランド・コミュニティ内の情報交換に興味を抱き積極的に活動に参加することも、独り善がり のブランド観に不安や孤立感を覚え、ブランド・コミュニティ内で集積され淘汰された情報に感化さ れることもある。そして自らのブランド観を洗い替えする、あるいは同調できずにそのブランド・コミュ ニティから、そのブランドから離反することもある。そのとき、企業は、多くの消費者あるいはユーザ ーのブランド観が凝縮された情報として提供されるブランド・コミュニティを通じ、消費者…人ひとり のブランド観を探るのと同等の効果を手に入れることができる。そして、ユーザーの深層に潜む最 新のブランド情報を効率的に把握し理解することもできる。

 新たな意味づけとしてブランド価値に収鮫するために、企業にはブランド・;コミュニティ内で飛び 交う情報に関わる参加者間の意識や方向性のズレを回避し調和させ、一つに纏め上げるメカニズ ムを理解し、作業プロセスを構築することが求められる。機能的価値に比べ、情緒的価値がブラン ド価値の実現に繋がる可能性を選別し評価するのは、企業にとり容易でない。それは、ブランドの 位相をはじ均対象の製品やサービス、そして判断基準の設定など多くの流動的で可変的な要素に 依存する。企業はブランドにとり何が求められているのかを検討した上で、どんなテーマにブラン ド・;コミュニティが敏感に反応するか、見定める必要もある。また、個々人が使用する多様な表現や その定義を誰もが理解できるようなフレームワークに落とし込み、共通の理解を促すための翻訳牽 繰り返してコミュニケーションの幅と深さを広げ、効果的に作業を進めることができるかが、重要にな る。知識や想いは使用する言語や表現の抽象度を上げ標準化することで、共通概念として認知さ れ再利用可能な状態となり、他の人々の知見と互換性をもつようになる。企業を含め知見の互換性 を高めネットワーク化するための、個と全体の関係が講にも理解できるような仕組みと透明性の高 い作業進捗プロセスを設計、提案する必要がある。そして、企業はブランド・コミュニティと友好な信 頼関係を築くことで、ブランドの状況に応じ入れ替わり立ち替わり出現するリード・ユーザー的な参 加者の価値提案やブランド・コミュニティ内の意見交換、進捗推移をつぶさに観察することが可能 になる。同時に、企業は継続的なブランド価値の創造に向けブランド・コミュニティの活動を有効活 用することもできるだろう。

 リード・ユーザーの価値提案をきっかけに、ブランド・;コミュニティ内のメカニズムと企業が提案す る協働の仕組み、そして作業のプロセスを通じて粘着性の高い情報の解釈が進む。そして、参加 者それぞれのブランド観と調和して機能的、情緒的な情報が洗練され、多くのユーザーの支持を 得て次第に収束する。そして、新たなブランド情報となってブランド・1コミュニティを通じ市場に伝播、

浸透してブランド価値は顕在化する。v㎝Hippe1(2005)の、企業が直接的に関与してリード・ユー ザーと機能的価値を見出すのとは違い、ブランド価値はブランド・コミュニティと市場における不特 定多数の衆合知の産物であり、企業もブランド価値を創造するネットワークの一員に過ぎない。企

9

(13)

業は、ブランド・コミュニティとの相互作用を通じて消費者の変化しつづけるブランド観をタイムリー に把握し読み解いてはじめて、さらなるブランド価値の深化に結び付けることができる。v㎝Hippe1

(2005)は企業とリード・ユーザーとの相互作用による機能的価値の実現に焦点を当てるも、ブラン ド価値の実現には企業とリード・ユーザーの相互作用に加え、ブランド・コミュニティとの相互作用を 考慮する必要がある。

 そこで、ブランド価値の創造、伝播と浸透におけるブランド・コミュニティ内のリード・ユーザーの 特性と行動を読み解くために、仮説①機能的価値の創造を目指すリード・ユーザーとブランド価値 の創造を目指すリード・ユーザーの主体は異なる、仮説②機能的価値の創造を目指すリード・ユー ザーとブランド価値の創造を目指すリード・ユーザーの行動は異なる、を定立する。

2.2価値共創とS−Dロジック

(1)S−Dロジックにおける価値共創

 Vargo/Lusch(2004.2006.2008)は、製品はサービスに包摂されるとして交換と価値創造を体系 化し、価値共創を中核概念の一つとするS−Dロジックを提案する。サービス化の進展に伴い、製品 とサービスを区別する必要はなく、消費者に提供されるものの本質はすべてサービスであると主張 する。交換の対象は、有形なグッズや無形およびグッズに付随するサービシィーズ(サービスの複 数形、産出物の代替的な形態)でなく、それらを包含チる上位概念である単数形のサービスであり、

その供給手段あるいは道具としてグッズとサービシィーズを扱う。

 S−Dロジックにおけるサービスの定義は、「他者あるいは自身の便益のために、行為やプロセス、

パフォーマンスを通じて専門化された強み(コア・コンビタンスとして知識やスキル(技能))を適用す ることである。」21従来のサービス産業におけるサービスや製品に付帯するサービスとは異なり、

S−Dロジックのサービスは他者に働きかけて価値を生み出す。そして、消費・使用を通じて継続的 に知識やスキルの質を高めるという点で、S−Dロジックにおけるサービスはリソースやケイパビリティ の概念に近い。「専門化された知識やスキルは潜在的な競争優位に繋がるコア・コンビタンスであ り、社内外の横断的なネットワークを仲介し技能を融合する組織の集団学習を通じて長期的な成 長を実現することができる。」22「企業は、顧客や価値ネットワークのパートナーを価値の共創や共 同生産に参画させること」23を通じ、「顧客がサービスに関連する私的、公的資源をどのように独自 に統合し経験するかを理解することが、イノベーシ調ンを通じた競争優位の源泉になる」24と主張す る。S−Dロジックの知識とは、経験一内省一概念化一実験一経験のサイクルを繰り返す申で外界 からの刺激を受けた感覚的経験による知識であり、主体め経験を越えた客観的な知識である。そ れは、何であるか(know−that:㎞ow−what)、どのようであるか(㎞ow−wha卜it−is−1ike)を知り、なぜと いう間いに対する答え(㎞ow−why)であり、スキルはどのようにしての問いに対する答え(know−how)

21Vargo and−Lusch(2004)p.2 22Vargo and Lusch(2004)pp.5−6 23Lusch et a1、(2007)p.11 24Luscheta1.(2007)P.12

10

(14)

と考えることができる。

 S−Dロジックの主張の背景には、企業から消費者への一方的・分業的な価値生産と価値消費の 前提が崩れ、企業と消費者が製品やサービスの消費・使用を通じた相互作用のなかで価値を生み 出すという双方向的・協業的な価値共創の視点がある。企業と消費者の上下関係からフラットで対 等な関係に変わりつつある市場環境の下、企業が価値を生み出し、消費者はその価値を利用する ことを前提とするグッズ・ドミナント・ロジック(以下、G−Dロジック)からの転換を促す。S−Dロジックで は、製品は価値生産プロセスのためのインプットであり、消費者も自らの知識やスキルを価値共創 のインプットとして活用する。消費者は、単なる商品の買い手・受け手でなく、消費・使用の最終段 階で価値を実現させる共創者と位置付ける。

 S−Dロジックは、企業が商品の交換価値でなく、主観的に知覚する使用価値や消費者との相互 作用を通じ実現する文脈価値の最大化を目指すべきであると主張する。それは、購入による商品 の交換が発生した時点だけではなく、その消費・使用のプロセスを重視することである。製品のサ ービス化が進み、サービス活動の結果品質の評価、それは信頼性の評価でもあるが、それには時 間の経過が必要な場合もあり、サービスのデリバリ一プロセスにおける過程品質25を考慮する必 要がある。サービスが商品の自己表現と消費者の自己実現の手段になるにつれ、現実とバーチャ ルの差異は実態のないものになる。S一◎ロジックは、グッズの価格を表す交換価値を棄却しないま でも、交換されるものはあくまで単数形のサービス(プロセス)であり、使用価値を交換価値の上位概 念に据える。そして近年、使用価値から文脈価値26に表現を統一している。企業には、消費者の 文脈価値を生成、支援するため、商品の交換前から交換後までの多様な時空軸を通じた価値づく り活動が求められる。

 S−Dロジックは、従来のサービス・マネジメントあるいはサービス・マーケティングを基盤とするも、

まだ過渡的な試案の段階であり幅広い議論を募るため、理論の構築に向けた事象を説明する「基 本的前提」(Fomdatiom1Premises:FP1−10)を提起する。基本的前提FP6では、「顧客は常に価 値の共同創造者である」27とし、価値の共創(Co−Creati㎝ofVa1ue)と共同生産くCo廿。ducti㎝)の 2つを構成要素とする価値共創(Va1蝸Co−Creati㎝)を定義する。入れ子状の構造から成る価値 共創には、価値の共創とその下位概念に共同生産、さらに下位にG−Dロジックにおける売り手によ

25Heskett et a1(1997)は,サービスの顧客何億の方程式として分子にサービス晶質の評価である  結果品質の評価(信頼性)と過程晶質(即応性,権威性,共感性,実証性),分母にサービスの価  格とサービスを消費するための諸コストを提案する。これは分子を使用価値,分母を交換価値と  するのと同義である。

 医療サービスのように,時間の推移のなかで観察しないと結果品質を評価ができない場合もあり,

 便益の遅延性に起因する動的な顧客評価を重視する必要がある。

26アダム・スミスは,使用価値と交換価値を区別した最初の経済学者といわれる。「価値という言葉  に二つのことなる意味があり」,ときにはある特定の物の効用を表わす「使用価値」とその物の所  有がもたらす他の品物を購買する力を表わす咬換価値」がある。必ずしも使用価値の高い製  品が交換価値も高いとは限らず,水とダイヤモンドのパラドックスを提唱した。交換価値は,利己  的で合理的な経済人による支払い意思額の評価,すなわち価格であり,客観的な製品と考え  た。(S㎜ith1789,邦訳60−61頁)

27Lusch and Vargo(2006b)p.284

      11

(15)

るグッズ生産を通じた交換価値がある。(Lusch et aL2007)価値の共創28は「売り手と買い手の対 話的な相互作用のなかで直接的あるいはグッズを通じて間接的に」顧客自身の知識やスキルを適 用し文脈価値を生成すること、共同生産はサービスを含めた中核的な提供物を創造するプロセス に顧客が参画することを指す。従い、共同生産は結果的にグッズの交換後の文脈価値を高めるこ とに繋がるが、グッズの交換価値を高めるために顧客が売り手と共同してカスタム・メイドやオーダ

ー・<Cドといった個別最適化を図ることを意味する。また、製品やサービスをどのように使用するか、

標準化されたグッズを購入して使用するか、あるいは企業との共同生産により自分の好みにカスタ マイズ29するかは、顧客の判断である。同時に、知覚する価値の有無や価値を知覚する場面、そ して価値の大きさは、その時々の文脈に依存するとする。

(2)批判的検討

 本節では、上記のS−Dロジックの価値共創を構成する価値の共創と共同生産の定義を適用した 事例を通じ、本研究に関わる問題点を指摘し価値共創の適用可能性を考察する。

①価値の共創

 藤川(2008)は、iPodをS−1)ロジックの価値共創を体現する商品として取り上げ、企業と顧客が 相互作用することで音楽を楽しむ経験を共創していると論じる。iPodの価値は、顧客が携帯音楽プ レイヤーを購入した時点で生み出されるものではなく、また音楽を楽しむ経験を一方的に提供する ものでもない。むしろ、顧客がプレイヤーを購入した後に、アップルとどのような相互作用をするか で価値の中身が左右されると主張する。

 アップルは、携帯音楽プレイヤーのiPod、楽曲管理ソフトのiT㎜esとオンライン音楽配信サービ スのiT㎜esMusicStoreを統合したビジネスモデルを通じ新たな体験を提案する。現在までにモデ ルチェンジやバージョンアップが繰り返されているが、本質的なビジネスモデルの1コンセプトは変わ らず、ハードとソフト、サービス(コンテンツ)の三位一体になった価値生産システムである。機能的 な価値一多くの音楽を自由に入れることのできる大容量のハードディスク、音楽をダウンロードする 仕組み、直感的な操作性に対応するユーザー・インタ}フェイスーばかりでなく、使うだけでワクワ クと楽しい感性的な価値や象徴的な価値を提供する。いつでも、どこでも、その時の気分で曲を選

28Lusch and Vargo(2006b)は,蝸値の共創」をr共同生産」の上位概念と位置付け,r根本的な  G−Dロジックからの離脱を表し」,「S−Dロジックでは,価値は消費プロセスにいる使用者によって,

 使用を通じてのみ創出され決定される。」(p.284)

29共同生産はマス・カスタマイゼーションとは異なる。マス・カスタマイゼ}ションは,売り手が予め  準備する選択肢のなかから買い手が好む製品を選び,グッズの価値(交換価値)を高める手法で  ある。従い,G−Dロジックに基づく企業中心的な発想であり,文脈価値の向上には寄与しない。

 Pine and Gil㎜ore(1999)は「マス・カスタマイゼーションは顧客に経験価値を提供する新しいス  テージになる。(中略)大量生産の原則のもとにつくられている既存の製品やサービスの欠点を  見抜き,自社の顧客層の特徴を明らかにし,顧客一人ひとりの要求を効率的に満たせるモジュ  ール構造を開発し,カスタマイゼーションをとおしてより高いレベルの経済価値を提供すべく環  境構造をつくり出した」(邦訳129頁)と述べる。一方,Praha1ad and Ramaswamy(2004)は「マス・

 カスタマイゼーションは顧客のユニークなデザインや好みに適合させるというよりも,企業のサブ  ライチェーンの都合に合わせて行われる傾向にある」(邦訳89頁)と主張する。

       12

(16)

んで聴きたいという消費者の潜在的な二一ズに応え、既存の「聴きたい曲をもっていく」に対する不 満や物足りなさを解消する新しいカテゴリーの商品である。また、インターフェイスとしてのホイーノレ 操作や自いイヤフォンや背面の鏡面仕上げというシンプルなこだわりデザインは五感を刺激し、

iPOd㎜iniのようにアクセサリーとして身にづけることで、次第に愛着が生まれ良質な利用経験を通 じてコトとしてのブランドの意味を創り出す。S−Dロジックの主張に沿えば、iPodは価値次元のべ一 スを製品の属性から使用上の文脈に転換することで新しいカテゴリーを創造したといえる。携帯音 楽プレイヤーをパソコンの周辺機器という技術要素中心の文脈から、「顧客が全ての音楽コレクショ ンを持ち運ぶ」、「デザイン」、「ファッション性」など非技術要素を付与して独自の文脈に転換した。

iPodという優れたハードと顧客価値を高めるソフトとサービスを取り込んだ知識のプラットフォームを 提案し、消費経験全体をデザインする。音楽を手軽に廉価でダウンロードできることで顧客を取り 込み、高価な音楽プレイヤーの需要をさらに高める循環は、シレットがひげそり本体をプラットフォ ームとして無償配布し、補完製品である替え刃で利益を上げるビジネスと逆のモデルでもある。

 iPodにおいて、消費者がS−Dロジックの専門化された知識とスキルを適用して文脈価値を創り 出す行為とは、企業が事前に整備したサービス供給のプラットフォームを的確に操作することを指 すのだろう。しかし、それを以て、iPod利用者が価値を共創しているという説明に違和感を覚える。

また、ある特定の文脈を通じて解釈可能となる意味と価値は、それぞれの状況や立場により必ずし も同じとは限らず、対象とする文脈も同時に複数が並存することもある。Think di脆rent30な消費者 が、製品とサービスに複合的に組み合わされた多様な機能に応じてそれぞれの好みに応じた価値 を顕在化させているだけではないだろうか。企業はiPodに限らず、製品やサービスに何らかの価 値提案的な要素を予め埋め込む。それを消費者が消費・使用の場面で価値を認識し取り出すが、

それで新たな価値を共創しているわけではない。あるいは、企業と消費者の相互作用によるあらゆ る活動を価値共創の対象とするならば、それはサービス提供を伴う商品全般にわたり程度の差こそ あれ当てはまる。それならば、なぜiPodを敢えて価値共創を具現化する商品として取り上げるのだ

ろうか。

 S−Dロジックの主張する双方向的・協業的な価値共創の事例として、藤川(20u)はコマヅの KOMTRAXを取り上げ、「企業と顧客双方が事後創発的に価値の中身を構築していった」と説明 する。製造業のサービス化を象徴する代表的な企業には、ハードウェアからソフトウェア、サービス ヘ事業転換を進めるlBMや、航空機エンジン、病院の画像診断装置など関しサービス中心に切り 替えるGE31がある。製品販売後も、顧客接点を継続的に創り出すサービスのプラットフォーム32 を構築し、進化を続ける。KOMTRAXは、全方位地球測位システム(GPS)とセンサーにより建設機 械の位置情報の取得とモニター制御を可能とする遠隔管理システムである。コマツは、世界中で 販売した建設機械の稼働状況をリアルタイムで把握して、増減産をいち早く判断し市場に連動した

30アップルのブランド・メッセージ

31GE2010アニュアルレポートによれば,GEのサービス事業は金融事業(GEキャピタル)を除くイ  ンフラストラクチャー部門の約70%の収益を占める。

32米倉ほか(2010)は,オープン・サービスイノベーションの視点から複合的なビジネスモデルに  基づく製造業企業のプラットフォーム戦略として1コマツのKOMT桃を取り上げている。

      13

参照

Outline

関連したドキュメント

テキストマイニング は,大量の構 造化されていないテキスト情報を様々な観点から

我々は何故、このようなタイプの行き方をする 人を高貴な人とみなさないのだろうか。利害得

設備がある場合︑商品販売からの総収益は生産に関わる固定費用と共通費用もカバーできないかも知れない︒この場

わな等により捕獲した個体は、学術研究、展示、教育、その他公益上の必要があると認められ

やすらぎ荘が休館(食堂の運営が休止)となり、達成を目前にして年度売上目標までは届かな かった(年度目標

・グリーンシールマークとそれに表示する環境負荷が少ないことを示す内容のコメントを含め

 

第 4 四半期の業績は、売上高は 3 兆 5,690 億ウォン、営業利益は 1,860 億ウォ ンとなり、 2014 年の総売上高 13 兆 3,700 億ウォン、営業利益は