公開シンポジウムを終えて
著者 森 あおい
雑誌名 明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報 =
Annual report of the Institute for International Studies
巻 19
ページ 65‑67
発行年 2016‑10‑01
その他のタイトル Report on the International Symposium,
"Invented 'History' and the Representation of Minorities' Memory"
URL http://hdl.handle.net/10723/2893
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公開シンポジウムを終えて
森 あおい
2015年6月24日14時から17時30分まで、明治学院大学白金キャンパス本館大会議場で、
公開シンポジウム「創られた歴史に対抗するマイノリティの記憶の表象―平和のための多文化共 生を模索して」が、同時通訳(日本語・英語)を付けて開催された。4 名のパネリスト(トマ ス・ハリス氏、荒このみ氏、デボラ・ホホラ氏、原武史氏)をお迎えし、それぞれの専門分野か ら本シンポジウムのテーマに沿って報告していただいた。その後、フロアを交えて活発な意見交 換が行われた。参加者数は学内外合わせて101名であった。
今回のシンポジウムを企画した背景には、昨今の不寛容な社会の有り様に対する危機感が挙げ られる。ことに2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロ事件以降、価値観の異なる他 者を排除することで、平和な社会を築くことができるとする議論が世間では巻き起こっている。
メディアでは、ナショナリズムに根ざしたヘイトスピーチや、人種やセクシュアリティの違いに 基づく憎悪犯罪のことがしばしば報じられている。このように不寛容な時代にあって、平和な世 界を構築するために私たちは何をするべきだろうか。その答えを探る手がかりとして、本シンポ ジウムでは社会の支配層によって「創られた歴史」に着目し、日米の事例をもとに他者排除を意 図した歴史の書き換えと、排除されながらも記憶を通して継承されてきた社会のマイノリティの 人々の文化表象を検証した。
それぞれのパネリストの報告の概要は以下のとおりである。まず、ニューヨークを拠点として 活躍するアフリカ系アメリカ人の写真家で映画監督のトマス・アレン・ハリス氏には、「家系図
の本」(“Book of the Family Tree”)というタイトルでお話しいただいた。冒頭、ハリス氏は、本
シンポジウムが開催される1週間前の6月17日に、サウスカロライナ州チャールストンのアフ リカ系アメリカ人教会で起きた白人青年による銃乱射事件に言及した。彼は、祖母がかつてその 教会に属していたことを明かし、アメリカにおける人種差別を身近な問題として聴衆に投げかけ た。その後、ハリス氏の最新のドキュメンタリー映画『ぼんやりとしたレンズを通して』
(Through a Lens Darkly)製作の意図について説明した。この映画では、彼の威厳ある祖父のポ
ートレートや、和やかな家族団欒の写真が、主流社会によって歪曲されたアフリカ系アメリカ人 のステレオタイプ的なイメージと対比されている。映画の後半では、アフリカ系アメリカ人の学 者や芸術家が、音楽や文学、芸術などを通して表現されている彼(女)たちの多様な文化的アイ デンティティについて語っている。この映画を通して、アメリカにおける人種差別の問題が浮き 彫りにされると同時に、差別を超越するアフリカ系アメリカ人のクリエイティヴィティの力が示 された。映画のタイトルにある「ぼんやりとしたレンズ」は、暗室での写真の現像作業の過程と、
『新約聖書』の「コリント人への第二の手紙」(第4章6節)「やみの中から光が照りいでよ」に 由来するという。ハリス氏の講演は、社会の闇に追いやられた人々の存在がヴィジュアル・アー
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トという媒体を通して回復される可能性を示唆していた。
次に、ニューメキシコ州アルバカーキ在住で、インディアン・プエブロ文化センターの学芸員 であり、自らもアーティストとして活躍するデボラ・ホホラ氏に、「活力を生みだす変化と伝統 の継承」(“Inspiring Change & Preserving Tradition”)というタイトルで、アメリカ先住民女性芸術 家の伝統と創造性について報告していただいた。ホホラ氏は、イズレッタ・プレブロ族とジェイ ムズ・プレブロ族の両方の血を引く芸術家で、多様なメディアを使い、絵画、フレスコ、版画、
陶芸等の芸術作品を創造している。講演では、彼女の作品の写真に加え、キヴァ(礼拝所)など のアメリカ先住民にまつわる歴史的文化遺産や、白人支配者が取ってきた先住民に対する同化政 策の影響を示す写真等、多くの資料がパワーポイントで紹介された。17 世紀から始まったアメ リカ南西部における残虐なスペイン人の植民地政策や、アメリカ合衆国成立後に白人中心的な主 流社会が強制した同化政策にも拘らず、アメリカ先住民の人々は、自然との調和を図りながら、
自らの文化を綿々と継承してきた。ホホラ氏の報告から、アメリカ先住民としての出自を重んじ ながらも、他者との障壁を取り除くための作品を製作し続ける芸術家としての使命感がひしひし と伝わってきた。
アメリカ文学・文化研究の第一人者で、翻訳家としても知られる荒このみ氏には、「日系アメ リカ人と強制収容所」というタイトルでお話いただいた。荒氏は、今回のシンポジウムが開催さ れた2015年が、戦後70年という節目にあたることに触れ、第二次世界大戦中に強制収容所に収 容されていた日系アメリカ人が体験した戦争の歴史を再検証した。荒氏は、アメリカ政府が、日 系 ア メ リ カ 人 を 人 里 離 れ た 内 陸 地 に 隔 離 す る た め に 建 設 し た 施 設 を 、「 強 制 収 容 所 」
(Concentration Camp)ではなく「戦時転住センター」(War Relocation Center)と表現したことは、
日系アメリカ人を正当な理由もなく抑留したことを隠蔽する言葉の「ずらしこみ」であると指摘 した。当時の収容所で拘束されていた人々の暮らしを知る手段として、荒氏は3人の写真家の作 品を取り上げた。政府に委嘱されたドロシア・ラング、マンザナー強制収容所所長の友人で、雄 大な自然を写し出すことで人気を博していたアンセル・アダムス、そして日系アメリカ人として 強制収容所に収容されていたトーヨー・ミヤタケである。荒氏は、これら3人の写真家がそれぞ れ異なった立場で撮った写真を比較検討することにより、写真が表象する「沈黙」のメッセージ を読み解いた。写真が人権を侵害された日系アメリカ人たちの隠された歴史を焙り出す「武器」
となることを荒氏は証明した。
日本政治思想史、近現代天皇制、戦後社会論、政治思想史が専門の原武史氏には、「『天孫降臨』
と『三韓征伐』-近代の九州でせめぎあう神話と伝統」というタイトルで、日本の事例について ご報告いただいた。原氏は、最初に日本神話に登場するヤマトタケルとオトタチバナヒメの伝説 から講演を始めた。ヤマトタケルの東征の際、海上で暴風雨となるが、妻のオトタチバナが入水 したお陰で嵐が鎮まった。このときにヤマトタケルが残したとされる歌「君去らず 袖しが浦に 立つ波の その面影をみるぞ悲しき」から君津、木更津という地名が生まれたという。また、そ の後、奇跡的に一命を取り留めたオトタチバナヒメが漂着して、「我、蘇り」と言った場所が、
蘇我と呼ばれるようになったのである。つまり、このような地名には、男性中心的な価値観によ って葬られたマイノリティの記憶が隠されていることを原氏は明らかにした。さらに、万世一系
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本シンポジウムでは、主流社会の公的な歴史に対する他者の「記憶」がどのような形で継承さ れ、また発信されているのかということを、思想、文学、芸術、映像といったジャンルから検証 した。報告のあとの意見交換では、多様性を尊重する言葉や芸術が抑圧と闘う強力な手段となり うること、そして人々と芸術家が平和のために共に行動することの重要性が確認された。本シン ポジウムが、多様性を尊重し、他者との共生をめざす可能性について考えるきっかけとなること を願っている。