原 爆 体 験 と そ の 思 想 化
ー語り部・安井幸子さんの事例研究
吉田
菜美
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長崎への 原爆 投下 の一 九四 五年 八月 九日 から
︑六 十一 回目 の夏 が長 崎に 訪れ よう とし てい る︒ 被爆 者は 現在 でも 肉 体的
・心 理的 な苦 しみ ゃ事 え︑ 原爆 との 闘い か続 けて いる
︒国 は﹁ 戦争 被蓋
λ
刃議﹂ を展 開し
︑被 爆者 の苦 悩と 正面 か ら向 者
v
合おう とは して こな かっ た
1
これ によ り被 爆者 の背 負' ユ古 悩は さら に重 いも のと なっ た︒ その 苦し みは とて も 耐え 忍ぶ こと ので きる もの では ない とい うこ とを 理解 させ るた めに も﹁ 被爆 者の 証言
﹂は 必要 であ る︒ 被爆 者た ちは 被爆 体験 を言 葉や 表情 で語 りか け︑ 私た ちの 問い かけ に答 えて くれ る︒ ヒロ シマ
・ナ ガサ キ原 爆は 人類 の﹁ 負の 遺産
﹂と して あり 続け た
1
被爆 者た ちの 託言 は被 爆遺 構同 様︑
﹁原 爆ー か生 み出 した 遺産 であ る︒ 原爆 が 生み 出し
?場 爆遺 構は 後世 に歴 史を 璽言 で語 りか ける
︒原 爆ド
iムは︑原爆の有する圧倒的破壊有当時の惨禍を伝
える 象徴 して 六十 年間 広島 の地 でそ の役 割を 果た して きた
︒原 爆に よっ てこ の世 に生 み出 され た多 くの 被爆 遺構 か ら私 たち が思 い起 こす もの は多 い︒
﹁被 爆者 の証 言﹂ とい う遺 産の 中に 私た ちは
︑﹁ 人間 性﹂ を見 出す こと がで きる
︒ 被差 恐構 は確 かに 歴史 証言 とい ク佼 割を 果た すが
︑そ れは あく まで 物的 であ り︑ そこ に人 間性 を見 るの は難 しい
︒と いう のは きの こ雲 の下 で起 こっ てい たこ とが 私た ちの 日常 から あま りに もか け離 れた ま さに
﹁地 獄絵 図﹂ であ った から であ る︒ しか しこ のき のこ 雲の 下で 起こ って いた こと を体 験し た﹁ 人間
﹂が 語る こと によ って
︑非 現宮 芥的 な状 況 の中 にも 人間 の姿 を見 るこ とが でき るの であ る︒
﹁被 爆者 の証 言﹂ とい う遺 産は
︑被 爆遺 構と とも に継 承さ れて いか ね ばな らな い︒ 被爆 者は 口述 とい う形 で﹁ あの 日﹂ を‑ 証言 して きた
︒し かし 体験 を記 録と して 残そ うと する 被爆 者は 一部 であ る︒ 何ら かの 形で 記録 とし て残 され ない 限り
︑個 人の 体験 は個 人の もの にと どま り︑ つい には 命の 終鴬 と共 に永 遠に 喪失 され てし まう
︒記 録す ると い品 業が そこ には 必要 とな って くる
︒( 注
1 )
とこ ろで 一般 的に 被爆 体験 とい う場 全被 爆学 直後 の体 験に 佐官 山が 当て て語 られ てい るよ うに みえ る︒ また
﹁原 爆﹂ が﹁ 主人 公﹂ とな り︑
﹁原 爆と いう 出来 事の 中の 人間
﹂と いう 位置 やつ けが 多い よう に思 える
︒限 られ た時 間の 中で 話す こと を要 求さ れる
︑被 爆体 験の 誇り 部に つい ては 特に その 傾明 か多 く是 正け られ る︒ それ は時 間内 にま とめ られ た話 を開 くこ とで 概要 をつ かめ ると いう 利点 があ る︑ が︑ 一方 では 内容 に欠 落部 分が 出て くる こと も少 なく ない
︒し かし 欠 落し て語 られ るこ との なか った 部分 にこ そ被 爆者 の感 心に 迫る もの やパ ーソ ナリ ティ ーの 形成 に関 わる 重要 なも の があ るか もし れな い︒
﹁被 爆前
﹂︑
﹁被 爆﹂ そし て雇 爆後
﹂の 体験 を幅 広く
︑詳 細に 記墾 ヲる こと で︑ 原爆 が人 間に も たら した 自に 見え る影 響か 民目 には 見え ない 心的 影響 広で 捉え るこ とが でき
︑真 の﹁ 原爆 被害 の実 態﹂
︑が 理解 でき るの では ない だろ うか
︒そ こで は﹁ 人間
﹂が
﹁主 人公
﹂と なり
︑﹁ 人間 の人 生の 中の 原爆
﹂と して の位 置づ けが 可能 と なる だろ う︒
二OO五年十二月︑爆心地からほど近い長崎大学において長崎平和推進協議会継承部会長である安井幸子さん(注
2 )
による原爆体験在
3) 講話 が行 われ た
n (
注
4 )
六歳の時に被爆した安井幸子さんはその被爆・被爆後体験を語
った 内安 井さ んは 自身 の被 爆・ 被爆 芳係 体験 (以 下原 爆体 験と する )を
︑ま た自 身の 思い を︑ 力強 く訴 えた
R
それ は学 生達 に︑ 平和
・原 爆に とど まら ず︑ 人間 が生 きる とは どう いう こと なの かと いう 根本 的な 問い をは じめ 多岐 に渡 る問 題 を投 げか ける 内容 のも ので あっ たっ 安井 さん の原 爆体 験講 話は 監部
・社 会的 領域 を超 えた
︑﹁ 人間 の生
﹂と いう 一普 遍 的な 領域 で展 開さ れて いた う筆 者は この 講話 に感 銘を 受け
︑彼 女の 講話 に今 まで の原 爆体 験講 話と は異 なる もの を一 感 じた 内ま た彼 女の 講話 によ って
﹁生 きる 活力
﹂を 得た とい
︑♀ 室哲 も数 多く いる とい う内 かつ て彼 女の 体験 講話 を聴 き︑
そして再度彼女の話を聞くために長崎の地を訪れる若者も少なくないっ原爆体験講話は被爆者の被害者的な側頭が強
調さ れや すい
︑が
︑彼 女の 場合
︑聴 くこ とで
﹁生 きる 活力
﹂が 生ま れる
n
﹁政
治﹂
を直
接話
題と
しな
い(
注
5 )
︑ 代わ りに﹁人 間の 生﹂ を語 る彼 女の 講話 にお ける 次事 に興 味を 持っ たハ
ところで︑被爆によって生じた︑生活や︑苦識の変化︑さらに世界観の形成をみることができる(注
ε
有効な方法とし て﹁ ライ フ・ ヒス トリ ー法
﹂が ある
︒本 稿で は安 井さ んの 過去 から 今日 に至 る主 での 生活 史( 注
7 )
を構 成し︑こ のよ う念 スタ イル の講 話を 生み 出す に至 った その プロ セス と彼 女が 到達 した 思均 等考 察し たい っ
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被 爆 ま で
安井幸子さんは一九三九(昭和十四)年(注
8 )
に長崎市目覚町で生まれた(爆心地から約九百メートル)内七人家族で︑五人兄弟の長女として生まれ︑上には八つ年上の兄と一つ年上の兄‑下には二つ年下の妹と四つ年干の弟が
いた
父と
母は
﹁亘
見事
な夫
婦塑
﹂で
あつ
たと
い旨
三
1
父は
行(注
9 )
に勤
めた
内︒
‑父
の目
が悪
くな
り︑
市内
の病
院か
︑らbほとんど匙を投げられ︑もうこれは治らないのではという
出来事があったハ夫の目を開けるのは妻の役目であるとして︑母は田畑をすべて売り払う思いで︑父の自を開けるために全力を尽くしたっそれでも治療の方法がなく︑最後は神頼みしかないということで紀州の高野山に行き︑父は﹁得
度式﹂を上げて名前を変えた内それを長崎の裁判所に申し出て受理されたのそれから母は毎日祈り続けた内そしてとうとっ父の目が開いた守そのような両事乞安井さんはとて
4
尊敬していたれ両親の姿を見る中で命の重さ︑感謝の大切さについて理解を深めたn
母の姉である伯母が近所に住んでいたり伯母夫婦には子供がなノ¥安井さんは養女として迎えられることになって
いた?伯父と伯母は大変義理堅い人柄であった内だから両親は養女として安井さんを出すことを了承した︒養子縁組
の際
︑き ちん とし た形 で町 内に お一 披露 目を する ため
︑戦 時下 の物 不足 の中
︑赤 飯を 一炊 き︑ 近所 に配 るた め闇 市か ら米
や小豆を手に入れてきたの伯母は安井さんを養女として迎え入れる準備をしていたむ夫婦は安井さんを一段と可愛が
り︑それは兄遣がやきもちを焼くほどだった門養女として迎えるからにはきちんとしなくてはならないという思いか
あり伯母の安井さんへのしつけは大塞厳しいものだった︒伯父さんが仕事から帰ってくると入り口に座って両手をつ いて 出迎 えを させ られ てい た内
一九四五(昭和二十)年四月︑安井さんは六歳︑銭座国民学校に入学した
n
﹁桜 組﹂ とい うク ラス だっ た門 入品 主入 を
終えて︑教室へ入り担任の先主の自己紹介をえ受けていたとき︑校内に允露馨報の鍾が鳴り響いたっ担任の先宅生徒
全員に緊張が走った守一時液難し︑その後蕃報が解除されると上級生に連れられ︑その日はあわただしく下校となった
n
震
一九四五(昭和二十)年八月九日の朝︑安井さん一家はいつものように朝食の並ぶ膳を囲んでいた内﹁急いで食べなさい!いつ空襲が始まるか分からないのよ!﹂という母親の一言で︑平供たちはかきこむようにして朝食を終えた︻
まもなく長崎市一帯に世事露間報が鳴り響いた内母親が小さな袋の中に乾ハンをいっぱい認め︑安井さんの首にボン
ッと掛け︑厚さは十センチほどの綿の入った一二角の防空頭巾を一屑に引っ掛け︑近くの防空壕に泌仔込んだ︻暗閣のじ
とじとした壕の中だったが︑外に比べれば安堵できた︒
十歳 の女 の子
︑が 声を かけ てき た︒
﹁ム 是ざ 嚢︑ が解 除に なっ たら みん なで まま
dことして遊ぼうよ﹂刊その女の子と遊ぶ
約束をしたのは初めてだった
n
ままごとの約束︑がかなうことを心待ちにして︑身を潜めるようにして内暴が解除されるの を待 った ヮそ のと きは どこ に爆 弾︑ が落 ちる わけ でも なく
︑空 喜善 報は 解除 とな った 内
警報︑が解除になると同時に︑安井さんは急いで家へ一戻り母親から畳一枚ほどの大きさのござ券悟りて︑友達はお血
晶︑糸碗の割れたものを持ち寄り自宅の二軒先の細い路地にそのごさを敷いてま主ごとを始めた︽十議の女の子がお母
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さん役で︑安井さんはそのお母さん役の子の言いつけに従ってお団子を作っていた
n
そのとき上空に一機の飛行機の爆音が聞こえてきた?空襲警報が解除になったばかりなのだからきっとあれは日本
の飛 行機 だと 慢が 思っ た一 しか し十 歳の 女の 子は いつ も訓 練で させ られ てい るこ とを 思い 出し
︑﹁ 敵唾 米一 襲ー その 場に みん な伏 せま しょ う﹂ と言 い︑
7十
赴い たち は土 蔵の お母 さん 役の 子の 言い つけ を閉 会︑ 全員 が地 面に うつ 伏せ にな った
n
その瞬間ボァクスカlが投下した原爆は爆発したり地表面の温度が三千から四千度にも上昇したっ民家の屋根真か泡を吹いていた
n
訓郡 謀︑ が瞬 時に 人間 に襲 い掛 かり
︑さ らに は吹 き荒 れた 爆風 はま さに 猛烈 な台 風の よう であ った
n
地面に伏せた子供たちの体が一一瞬にして爆風によって巻き上げられた内そして次の瞬間安井さんの小さな体は地面に叩きつけられ︑瓦礁の下に生き埋めとなってしまったっ安井さんのあごの下には木材が挟まり︑手は下ろしたまま指先一本動かすこともできなかった︒意識ははっきりしており︑十哉の女の子が﹁お母さん!助けて!﹂と今にも押しつぶされそうな声で叫ぶのを耳にした二安井さんが自分も助け弁}求めようと口をあけた瞬間︑泥と砂が口の中に流れ込んできたりその泥歩前ぐために口を閉じ︑息を止めたが苦しい︑再び息をしようとわずかに口をあけると泥と砂が流れ込んできた︒胃の中に泥が溜まっていくのが分かった︒ト歳の女の子の叫ぴ声も次第に閣こえなくなった内金魚のように口をあぶあぶさせて安井さんはその苦しみに耐えていた
n
すると突然︑安井さんの足は外へと引っ張られたりしかしあごの下の木材︑がひっかかっていたため︑痛く苦しく︑
引っ 張ら ない でく れと 言い たか った
︑が
︑士 戸を 発す るこ とも でき なか った
︒そ の力 は弱 まる こと なく
︑安 井さ んの 足を
引っ張り続け︑ついには体ごと外へと引っ張り出された?瓦撲の下から引っ張り出され︑外界を見た安井さんは︑こ
れま でに 見た こと もな い瓦 礁の 山の 市萱 且に 圧倒 され た
n
横を見ると伯父さんが立っていた門伯父さんは安井さんの体をゆすり︑﹁他の友達もここにいたのか?返事をせい!﹂そう強く問いかけたハ安井さんは伯父さんの声が聞こえていながらもこれ主で外界の一変した様子に圧倒され︑ただ大声を上げて泣くだけであったが︑泣いているのに一宇最れてこ なか った りふ と気 付く と横 に母 も立 って いた
︒母 が安 井さ んの 一肩 を強 くゆ すり 背中 を叩 き﹁ 自分 のお 友達 がこ こに いる のか
︑あ んた には 返事 も出 来な いの
!﹂ そう 言わ れ安 井さ んは ふと 我に 返り
︑泣 きな がら 大き く領 いた の伯 父さ ん が瓦 撲を 持ち 上げ るも のの
︑爆 風の 余波 によ って 瓦撲 が再 び埋 め尽 くす
︻
F何回も繰り返しているときに小さな子供の
足を 瓦礁 の中 に見 つけ た‑ 子供 の即 応が 折れ たら と引 っ張 るこ とを ため らう 母に 対し
︑伯 父さ んが
﹁そ んな こと 言っ てい ると 学つ は煙 だ
1
みん
なの
子供
を殺
して
もい
いの
か?
﹂と
告引
き立
ィ︑
た
n
そういわれた母は無我夢中で子供の足を引っ張り出 した 内一 さら に中 を覗 いて みる とニ 人呂
︑三 人目 と子 供た ちが 埋め られ てい るの が見 えた
︒安 井さ んは 瓦礁 の上 か ら大 人二 人の 行動 をじ っと 見て いた
︒二 人の 大人 は必 死に なっ て中 の平 供を 引っ 張り 出し たハ
子供を救出し︑伯父さんは安井さんに﹁いいかお前は絶対後ろを向くな!Hφつは煙が来ている!火が来ているん
だ! まっ すぐ 俺の 管乞 来る んだ
︑い いか
!﹂ そう 言う と伯 父さ んは 救出 した 子供 の体 格の 大き い方 から 二人 を担 ぎ︑ 母
親が女の子を一人小脇に抱えた︒安井さんは無意識に母親の眼を握り締めていた門そのとき一人の母親が髪を振り乱
して 駆け 込ん でき て︑
?? ちの よし 子は いた でし ょう か?
﹂と 伯父 さん に問 い詰 めた
n
﹁さ あよ し子 ちゃ んは ここ だ︑ あ んた はこ の子 を抱 いて 俺ら の後 をつ いて 来る んだ
!逃 げる のは 山だ
!﹂ 円一 今の 原爆 資料 館の ある 裏手 の金 比羅 山の 方に 避け てい くこ とに なっ た︒
安井さんはふと足元を見ると靴を麗いていなかったが︑瓦磯の上を痛みも感じることなく歩いていたり大声を上げ
なが ら伯 父さ んの 後ろ をつ いて いっ た内 逃庁 る途 中︑ 輪出 線で 大き く皮 事乞 焼か れ︑ 皮膚 かま るで ぼろ 布の 様に 垂れ 下 がり 緩わ りつ いて いる 大人 の手 が安 井さ んの 足冗 にし がみ つい てき た内
﹁お 願い だか ら︑ お願 いだ から 水を くだ さい
﹂ と訴 えて きた
︑が
︑そ れを 振り 払う よう にし てひ たす ら山 を目 指し たっ
山の中腹にようやくたど主要﹁地面に腰を下ろして眺めた長崎の街並みに驚嘆したヮ民家はもちろん学校や病院
も工 場も すべ てが 破嬢 しつ くさ れて いた
︒街 灯の 鉄柱 は飴 のよ うに クネ クネ と曲 がっ てい た︒ ど? ずる こと も出 来ず
︑
8 9
逃げ延びた人々は座り込んでいた
n
自宅療養中であった十四歳の一番上の兄は︑右肩に熱線の大やけどを負って必死で山に兆庁延びてきた門さらに十歳の二番目の兄は近くの堀へ友達とせみを取りに行っていたとき原爆に遭った︒爆風によって吹き上げられた物体が︑蝉取りに一緒に行っていた友人の首下に突き刺さってせみを取る網を持ったまま兄の目の前で息絶えた︒その皇民を目の当たりにし︑十歳の兄は気が動転しそうになりながら︑家に一戻ったが家には誰もおらず︑行方も分からず︑泣きながら事定していたところようやく安井さんたちに合流することが出来たり妹は自宅で瓦礁の聞に体︑がすぽっと埋められていたところを︑伯父さんに救出されたり一番下の弟を探し伯父さんは火に包まれるようとしている民家の周辺を駆け回った︻しかし幼い二歳の弟は吹き飛ばされ︑耳の後ろに十センチ位の角材の彼片が直角に突失刺さって亡く
なっ て発 見さ れた
︒安 井さ んの 家族 で初 めて の原 爆犠 牲者 であ った 内
ふと友達が横に寝かされているのに気付いた
n
顔を見つめてみると鼻の中︑口の中にこれ以上入らないというくらいに泥を含み窒息死して並べられていた︒一人の子の母親と安井さんの母は上着を歯で引き裂くように引きちぎり︑指に その ボロ 布を し巻 きつ けて
︑子 供た ち口 の民 だけ でも 取っ てや ろ
7と︑口の中に指を突っ込んでかき出した
n
友達が亡︿なって寝かせられている︑しかしその様子を見ても安井さんの目には何の一授も浮かんでこないし︑何の感情もわい て来 なか った
︒ 棚田 池が 目に 入っ た︒ 溜池 には 生き 残っ た人 々が 水や 求め 集ま って いた っ人 々は 緬池 に首 か} 突っ 込み
︑水 を飲 んで い
た背中を真っ赤に熱線で焼かれた小さな少年が︑人の真似をするように小さな手を溜池に突っ込んで水を飲もっと
する 非宴 が目 に入 った つな かな かう まく 飲め ず︑ 泣き な︑ がら 親の 行方 を尋 ねて いた 内そ のう ち黒 い雨
︑が 降り 始め た
n
日が落ちてき丈職場の人の見舞いのため大費注
10
になって体を横にすることができないので国際墓地(注 )に行っていた父親が山を越え家族を探しにきた山は傾斜
e
11
)に
滋羅 場所 を移 した
︒
八月十日︑真夜中になった︒両親は話し合い︑安井さんの友達と弟の喧環俸が墨地に規弄することにした︒飲まず食 わず 二晩 一か 基地 で過 ごし た︒ 真夜 中︑ 友達 の唱 理体
︑が 墓地 へ運 ばれ てき たっ 父親 は瓦 が三 角に 尖っ て割 れた よう なも の
を拾ってきてそれを母親巳面持たせ︑自分主福岡手に持ち墓穴を掘り始めたヮ両親は必死になって墓穴を掘った
n
やっ との こと で浅 い穴 が出 来上 がり
︑そ こに 子供 たち は両 手両 足を 曲げ られ て横 一列 に並 べる よう にし て寝 かさ れた
︻
安井さんはそれを墓の片隅からただじっと見ていた
n
父が士をかぶせようとしたとき母は両手を広げ制止したn
そし
て母は白分が着ていた汗と汚れでぼろぼろの上着を脱ぎとって幼い子供たちの遺体の顔に被せてやった内両方から子供たちの遺体に土︑が盛られていった内転がっていた石を目印において五人の子どもの埋葬は終わった
n
父は誰のものだかわからない衣服が都繰で焼かれたほろ切れを暗閣の中から手探りで拾い集めてきて︑それを靴の代わりにと生き残った子供達の足にぐるぐる巻きつけた︒真夜中になり準備が撃っと島悪ア島へと液難するため出発した門島原半島は父の故郷である︒一番上の兄はやけどがひどくて歩けないため父の背に負ぶわれ︑安井さんは母に手を引かれて妹は母に背負われて出発した
n
救援列車(注
12 )
の来る道の尾恵注
13
体があった
n
にして駅の方向である北に向かって歩み続けた︒歩いていくと目を丸々とし︑手足を硬直させた牛や馬の黒焦げの死 やると小さな子どもを抱きしめたような男の子の黒焦げの死体であったり恐怖で足が止まったが母に引きずられる様 )を目指し歩いている途中︑黒く大きな物体にぶつかった内じっと目をそれ ら‑ を健 夫蕗 みつ けな
︑か らひ たす ら歩 いた 内焦 土と 化し た長 崎の 人間 や動 物や あら ゆる 物の 焼か れる
異臭が漂っていた
n
駅のある道の尾についた頃にはもう明け方であったぺ自引があってももう動けない人が手だけを差し伸
べて
﹁水
﹂を
求め
てき
た︒
救援列車に乗り込み︑島原監注
14
を掻金持けて駆け寄ってきた苦事乞訴える三番目の兄の額に手を当ててみるともう四十度もあるかというほどの高