会計利益概念の基礎理論 上野清貴
I まえがき
利益は企業の財務諸表において伝達される情報の中心である。利益は企業 の経済活動における大きな原動力であり,企業の投資者,債権者,経営者等 の経済活動における大きな原動力である。
このように,利益および利益情報は非常に重要であるということに関して
l)
は,すべての人々の間で一応の合意を得ているように思われる。しかしなが
1)もっとも,このような利益重視の主張に対して,企業および企業の利害関係者は利益 よりもキャッシュ・フローに関心があると最近しばしばいわれている。企業の投資者お よび債権者は基本的に正味キャッシュ・インフローに関心があり,企業も将来より多く の資金を獲得するために現在において資金を投資するからである。そして,かかる見地 から,資金会計(キャッシュ・フロー会計)の重要性が提唱されることがある。
もちろん,資金会計は企業および企業の利害関係者にとって重要であるが,それにも まして,利益会計(発生主義による利益測定会計)は彼らにとって重要である。という のは,この見地から見ても,利益会計によって測定される利益は,資金会計における資 金運動の報告よりも,資金を稼得する企業能力のより良い指標であると考えられるから である。その理由は現代の経済環境に起因しており,その事情をFASBの『討議資料』
は次のように述べている[FASB,1796,par.8]。
(1)現代の企業活動は極めて複雑であり,アウトプットが様々な時に取得した多数のイ ンプットの結合的成果となる,長い生産過程を含んでいる。
(2)企業はほとんど信用で運営されているので,財および用役の取得ないし販売は,通 常支払債務もしくは受取債権の発生によるために,それに関連する資金の収支から切
り離されている。
ら,そもそも利益とは何であり,どのような利益概念があり,各利益概念に どのような特質が内在しているのかを体系的に論じたものは,わが国の会計 学の文献において非常に少ないといってよい。
そこで,これらの問題を体系的に取り扱い,会計における利益概念の基礎 理論を解明することが本稿の目的である。そして,これらの目的を達成する ために,本稿は次の事項を明らかにすることに重点をおく。
(1) まず,概念の意味を明らかにし,概念には外延的に階層性があること を解明する。そして,この概念の階層性を利益概念に当てはめると,原 理としての利益概念と原則としての利益概念とに分かれることになるの で,本稿で使用する原理および原則の意味を改めて明.らかにする。
( 2 )
原理としての利益概念には,これまでの会計学の文献によると,資産‑負債中心的利益観によるものと収益・費用中心的利益観によるものと があるため,それらの利益概念と考え方をまず説明し,さらに,それら に共通の内容を取り出して抽象することによって文字通りの原理として の利益概念を解明する。
( 3 )
原則としての各利益概念は測定単位と評価基準の組み合わせによって 導き出されるので,それらの意味をまず説明し,それらを組み合わせる ことによって利益概念の諸形態を導出する。そしてさらに,各利益概念 の代表的な提唱者を紹介する。(3)企業は棚卸資産,不動産,工場設備,および様々な無形資産のような非貨幣資産に 多額の投資を行っており,これがさらに重大な経済活動を,それに関連する資金の収 支から切り離す。
これらの状況において,資金の収支だけを示す資金会計は,いかなる合理的な意味に おいても投下された資金および回収された資金に関係せず,利益会計が必要とされる。
利益会計は資金の収支それ自体よりも資金に帰結する取引および事象を強調し,主に資 金よりも資金以外の資産および負債に基礎をおくからである。このような理由から,利 益会計は資金会計よりも重要視され,それに基づく利益情報は,企業および企業の利害 関係者にとって最も重要な情報となる。
( 4 )
最終に,原理としての利益概念および原則としての利益概念をさらに 研究してくに際して,それぞれの目指すべき研究目標および採るべき研 究方向を試論的に示唆する。E
概念の階層性利益概念について研究しようとする場合,まず利益とは何かということか ら考察しなければならないが,それを解明するためには,その前に概念とは 何であり,それがどういう特質を有しているのかということから考察する必 要があるように思われる。そこで,本節では,まず概念の意味から考えてみ
ることにしよう。
1
概念の意味平九社の哲学事典によれば,概念は次のように規定されている。「概念は 人間の思考活動の基本的な形態であり,人間は事物についての概念を形成し,
これを使用することによって,事物の本質的な特徴をとらえることができる。
言語によって表現された概念のことを『名辞』という。
J
[哲学事典,1 9 7
,12 1 6
頁]すなわち,概念は事物の本質をとらえる思考の様式であり,それは名辞 によって言語的に表現されることになる。かかる概念がどのように形成されるのかというと,それは一般に,経験さ れる多くの事物に共通の内容を取り出して抽象し,個々の事物にのみ属する 偶然的な性質を捨象することによって行われる。例えば, I利益」といった 一般概念は,類似した多くの事物を比較して,それらに共通な特徴を抽象し,
総括することによって形成される。
そして,このようにしてある多くの事物のもつ様々な特徴の中から取り出 されてきた,それらの事物に共通な, しかもそれによってそれらの事物が他 の事物から明瞭に区別されうるような本質的な特徴が,普通ある概念の「意
味」とか「内容」といわれるものである。こうした概念の「意味内容
J
のこ とを,論理学では概念の「内包」と呼ぶ。これに対して,ある概念に適用し うる事物の集合,すなわち概念の「適用範囲」のことを,概念の「外延j(ク ラス)と呼ぶ。例えば, I利益」という概念の内包は利益の利益としての特 徴であり,外延はそれを適用することによって計算されたあらゆる利益である。
概念はさらに,その性質によって様々な見地から分類される。そのうち,
外延の見地からの分類として, I上位概念」と「下位概念」の分類がなされ ている。例えば, I動物」という概念の外延は,明らかに「人間」という概 念の外延よりも大きく,これをその部分として含むものであるが,このよう な場合,前者を上位概念または「類概念
J
と呼び,後者を下位概念または「種 概念」と呼ぶ。また,例えば「人間」における「日本人j,Iフランス人j,Iド イツ人J
などのように,同ーの類概念に属する多くの種概念は互いに「同位 概念」または「並立概念」であるという[哲学事典,1 9 7 1
,2 1 6 ‑ 2 1 7
頁]。これは,概念が外延的に階層性を有していることにほかならない。すなわ ち,類概念が上位概念であり,種概念が下位概念である。そして,同じ類概 念に属する多くの種概念が同位概念ということになる。その場合さらに,類 概念と種類念の間で,類概念の外延は種概念の外延より大きく,類概念の内 包は種概念の内包よりも小さいという関係が成り立つことに注意しなければ ならない。つまり,概念の階層性において,外延と内包は逆方向に機能する のである。
2 )さらに,内包の見地からの分類としては,単純概念と複合概念,具体概念(対象概念) と抽象概念(属性概念)などがあり,関係一般の見地からは絶対概念と複合概念,表現 の形から見て肯定概念と否定概念,判断の対当関係から見て反対概念と矛盾概念,等々 といった分類が行われている[哲学事典,
1 9 7
,12 1 7
頁]。ここで,これらの概念の分類 は次元の相違による分類であり,本文におけるような階層的な分類ではないことに注意 する必要がある。また,類概念と種概念の関係は相対的なものであるということにも,注意 する必要がある。というのは,上の例では, I動物」も「生物」に比べれば 種概念であり, I人間」も「日本人
J
に比べれば類概念であるからである。したがって,概念は一方向による絶対的な階層性ではなく,両方向による相 対的な階層性を有しているのである。
さて,以上のことを前提として, I利益」という概念に目を向けてみると,
概念が階層的特質を有していることからして,利益概念も階層性を有してい るはずである。すなわち,類概念としての利益概念と種概念としての利益概 念があるはずである。これは会計理論の構築に関連する問題であり,突き詰 めて考えてみると,会計理論における類概念とは「会計原理」に関係する概 念であり,種概念とは「会計原則Jに関係する概念であるということができ る。したがって,類概念としての利益概念とは「原理としての利益概念」で あり,種概念としての利益概念とは「原則としての利益概念」であるという ことになる。
そこで,これらの内容を解明することが本稿の lつの大きな目的であるが,
その前に,本稿で使用する原理および原則の意味を改めて明らかにしておく 必要がある。というのは,これらの概念, とりわけ原則はこれまでの会計学 の文献においてしばしば異なった意味で使用されているからである。
3 )会計学の文献では一般に,会計原則の類概念ないし上位概念は「会計公準」であると している。そして,その代表的な定義は AICPAの会計原則特別委員会によって次のよ うに行われている。「公準は数が少なく,それは原則が基礎をおくところの基本的な仮定 (basic assumptions)である。公準は経済的および政治的な環境から,また実業界のあら ゆる断面における思考方法や慣習慣行から必然、的に導き出される。J[AICPA,1958, p.63J
しかし,本稿は会計公準を会計原則の類概念とはしない。というのは,公準はあくまで も経済的および政治的な環境から導き出された基本的な仮定であり,環境が変化すると 公準それ自体も変わってしまう性格のものであるからである。これに対して,原理は後 述するように普遍妥当性と恒久性を有した本源的概念である。
2
原理と原則原理とは一般に認識または行為の根本法則であり,他のものがそれに依存 する本源的なものである。哲学事典はこれを次のように説明している。原理 とは, Iそこから他のものが導き出され,それによって,他のものが規定さ れるところの始源,第 lのものをいう。したがってそれは,みずからは他を 必要としないだけでなく,他がいずれもそれを必要とせざるをえないもので ある。
J
[哲学事典,1 9 7 , 1 4 5 8
頁]それはさらに実在原理と認識原理(観念原理)とに分けられる。実在原理 は事物の存在および生起の本源を意味し,認識原理は思惟や認識のそれ自体 確実なる出発点を意味する。これにはさらに,一定量の認識の秩序および内 的結合の形式にのみ関係する形式的原理と,認識の内容がそれに依存する実 質的原理とが区別される。前者には論理学の一般法則のようなものが属する が,後者の方は認識の対象と同じく多様である。
本稿はこれらの意味を原理として使用することにする。したがって,これ を利益概念に当てはめてみると,原理としての利益概念は普遍妥当性と恒久 性を有した本源的な利益概念であり,他の原則としての利益概念がそこから 導き出され,規定されるところの始源としての利益概念である。さらに,こ の利益概念が関わるのは実在原理ではなくて,認識原理であり,これはまた 形式的原理と実質的原理の両者を包含したものであると解することができ る。というのは,利益概念は測定構造と測定内容の双方に関係するからであ る。
次に,原則であるが,これまでの会計学の文献を見てみると,それはおお
むね 2
つの異なった意味に解されてきたようである。その一方の代表はペイトン=リトルトンであり,他はアメリカ会計士協会
(AIA)
の『会計用語公 報』である。ペイトン=リトルトンにおける原則の解釈は,彼らの次の表現の中に現れ ている。 I~原則』という言葉は一般に,会計のような人間用役による制度
( h u m a n ‑ s e r v i c e i n s t i t u t i o n )
においては存在しえないほどの普遍妥当性と 恒久性とを示唆することになろう。J [ P a t o n a n d L i t t 1 e t o n
,1 9 4 0
,p . 4
訳書 6
頁]これを見ると,彼らの原則の解釈は明らかに上述した原理の意味 と同じである。したがって,本稿ではこれを原則の意味に解することはでき ない。これに対して, ~会計用語公報』は,まず原則に関する一般的な定義とし て次の
3
つを挙げている。( 1 )
源泉,起源,または原因( 2 )
他の多くのものが依存する根本的な真理または命題,つまり各種の付 随的な真理の基礎を形成するような第1
義的な真理( 3 )
行為に対する指針として採択され,または公表された一般的な法則ま たは規則そして, ~会計用語公報』は「この第 3 の定義が,ほとんどの会計人,特 に職業会計士が『原則』という言葉によって意味しているものを記述するの に最も近くなる
J [AIA
,1 9 5 3
,N o . 1
,p a r 1 7 J
として,この第3
の定義を 採用した。これは原則を行動の指針として採用された一般的な規則と見る立 場であり,その後,アメリカ公認会計士協会(AICPA)
の会計原則特別委 員会に引き継がれた立場である。さらに,わが国の「企業会計原則」もこの 立場に立っている。そこで,本稿も原則をこの意味で理解することにする。したがって,本稿
4
)もっとも,ペイトン=リトルトンは本書の意味における原則を会計の説明に使用して いないのではなく ,7 J
liの用語をもって説明している。それは「基準J
(standard)であり,次のように定義している。「会計基準はそれ自体手続ではないが,会計手続すなわち各種 の特定の詳細をもカバーする通則を示唆している。手続に関する通則は統制的な性格を もっている。すなわち,この通則への一致を助長し,実施について指示を与え,詳細な 事項および択一的な方法についての選択を問題とする。
J
[Paton and Littleton, 1940, p.5
訳書,8
頁]における原則としての利益概念は会計行為の指針として採用された一般的な 測定規則を包含したところの規範としての利益概念であるということにな る。これは原理としての利益概念に依拠し,その利益概念の内包を内に有し ており,なおかつ,会計の実践規範として機能するものである。したがって,
上述したように,この原則としての利益概念はまさしく原理としての利益概 念の下位概念ないし種概念である。
E 原理としての利益概念
前節において,原理としての利益概念とは,普遍妥当性と恒久性を有した 本源的な利益概念であり,他の原則としての利益概念がそこから導き出され,
規定されるところの始源としての利益概念であるということを明らかにし た。そこで,本節ではさらに進めて,このように概念規定された原理として の利益概念が具体的にどのような内容のものであるのかを解明してみよう。
2
つの利益概念これまでの会計学の文献で,原理としての利益概念について記述している と思われる箇所を見てみると,利益概念に関して
2
つの異なったものがある ことに気づく。その lつは,利益は l期間の収益がその期間の費用を超過し たものであるとする利益概念である。そして他は,大雑把にいうと,利益は 期末の純資産が期首の純資産を超過したものであるとする利益概念である。)5)わが国の会計学の教科書では,通常,前者は「損益法」に基づく利益概念と呼ばれ,
後者は「財産法jによる利益概念と呼ばれている。しかし,厳密にいうと,両者はその ように単純には定義できない。というのは,例えば岩田教授は財産法を次のように説明 しているからである。「財産法においては,一方で期末貸借対照表が実際調査に基づいて 期末の正味財産を計算し,他方では試算表が複式簿記の帳簿記録を集計して,期末元入 資本を算定する。すなわち,事実と帳簿という違う源泉から
2
種の異なる資本を求める のである。この両者の比較によって利潤が計上されることになる。それゆえ,財産法の前者の利益概念の代表的な例として,ペイトン=リトルトンは,費用は努 力を測定し,収益は成果を測定するとした上で,成果が努力を超えた分を利 益として規定している
[ P a t o na n d L i t t l e t o n
,1 9 4 0
,p . 1 5
;訳書,2 4
頁]。ま た,メイも利益を同じ意味で次のように定義している。「企業利益は,おお まかにいえば,収益が原価および費用に対して超過した分である。J [May
,1 9 4 9 , p . 5 J
これに対する後者の利益概念の代表的な例として,井尻教授は利益を次の ように定義している。「われわれは,期間 n における主体の経済的業績を決 定する測定システムへの基本的インプットの lっとして,財産の歴史
{ R τ :
Tく討を定義する。そして,次に R η 1 と
Rnを決定し,期首の主体の財産 Rn‑l
と期末のそれR π
との差額として,期間n
の利益を決定する。J
[井尻,1 9 7 6
,8 2
頁]これと類似の定義がパックスターにも見られる。彼によれば,「富が
2
つの異なった時点で比較されるならば,その増加が利益である。J [ B a x t e r
,1 9 7 5
,p . 1 9 J
そして,これらの定義に資本取引を考慮に入れた後者の利益概念の代表的 な例として,スプローズ=ムーニッツを挙げることができる。彼らによれば,
「ある 1会計期間の純利益もしくは純損失は,物価水準の変動もしくは追出 資から生ずる投下資本の変動ならひ、に所有ー主への分配以外による,所有主持 分の増加(減少)である。
J[ S p r o u s e a n d M o o n i t z
,1 9 6 2
,p . 9
訳書,1 2 0
計算は,
2
種の資本計算の結合から成立するのである。J
[岩田,1 9 5 6
,1 1 2
頁]また,損 益法に関しても,岩田教授は2
つの損益法があることを次のように指摘している。「通常 会計学では,損益法の計算における利潤の積極要素のことを収益とか利益といい,その 消極要素の方は費用とか損費などと呼んでいる。だから,損益法の計算方式を収益一費 用=利潤という形式で書き表すのが普通である。ところがこれに対して,積極要素を給 付と呼び,消極要素を費消ということもある。 ドイツの経営経済的立場における会計学 などがそうである。この場合には,損益法の計算は,給付一費消=利潤という数式で表 現されることになるであろう。J
[岩田,1 9 5 6
,1 3 1 ‑ 1 3 2
頁]このように,本来の意味に おける損益法と財産法の定義は複雑であり,多くの論争点を含んでいるので,本稿はこ れらの用語を使用しないことにする。頁]さらに,チェンパースは同じ意味で次のように述べている。「企業の 純利益は,発行した株式の支払いから生じる増加および配当によってなさ れた支払いを除いて,ある特定の期間における純資産額の増加である。」
[ C h a m b e r s , 1 9 8 0 , p . 3 4 J
このように,原理としての利益概念に関して
2
つの異なったものが従来 から提唱されているが,そのよって立つ論拠もそれぞれ異なっている。それらの代表的なものを紹介すると,以下のようである。
まず,利益は収益の費用に対する超過分であるとする利益概念の代表者は リトルトンであるが,彼はこの利益概念を主張する論拠を企業の利害関係者 の情報要求におき,次のように述べている。「すべての利害関係者にとって,
企業が財政的健全性ならびに経済的生産性を継続することが重要である。こ れらの状態に最も直接的な重要性をもっている事実は,企業努力と企業成果 との明確な比較を可能ならしめるものである。これらは会計が損益計算中に おいて示している費用・収益事実である。
J [ L i t t 1 e t o n
,1 9 5 3
,p . 2 6
;訳書,3 8 頁]
そして,このことから会計の中心目的が導き出される。すなわち, I会計 の中心目的は,費用(努力)と収益(成果)との期間的対応を可能ならしめ ることにある。この概念は会計理論における中核をなすものであり,会計的 論争の場合において不動の標準指標を与える基準となるものである。
J [ L i t ‑ t 1 e t o n
,1 9 5 3
,p . 3 0
;訳書,4 5
頁]このように, リトルトンによれば,企業の利害関係者は企業の成果が継続 することに関心をもっているので,彼らにとって最も重要な情報は,行われ
6
)リトルトンはこのことを別のところで次のように表現している。「会計の中心目的は,企業がその用役を提供する際におけるその成果について,計算的断判を行うことを可能 ならしめるものである。会計目的のすべてではないが,このことが会計の心臓であり,
したがって,会計理論の構造の中心をなすものである
J
[Lit t l e t o n
,1 9 5 3
, pp.3 4 ‑3 5
;訳 書,5 1
頁]た企業努力および達成された成果を示す情報である。それゆえ,そこから,
会計の中心目的は努力と成果との期間的対応を可能にすることであるという 結論が導き出されることになる。さらに,これを具体的に行うものが損益計 算書における費用と収益の対応であり,収益が費用を超過する分として利益 が算定されるわけである。ここに,この利益概念の主張点がある。
これに対して,利益は期末純資産の期首純資産に対する増加分であるとす る利益概念の提唱者は,この利益概念の論拠を財産概念、の重要性においこ の利益概念の代表者は井尻教授であるが,彼は,利益概念は財産概念なくし ては出てこないものであると主張する。そして,このことを次のように述べ ている。
「利益はある期間に行われた活動を評価するものであるが,勤務評定や学 生の成績表などとは異なり,慣習的会計においては活動自身を評価するもの ではなく,活動をそれが財産に及ぼす影響によって評価するのである。最近 の会計理論において損益計算が強調されているが,これを誤解して利益額は 活動の評価としてそれが財産に及ぼす影響と関係なく導き出されるものであ ると考えてはならない。あたかも物体の速度がその物体の
2
時点における位 置の差を経過時間の長さと比べて測定されるように,利益も純財産の2
時点 における価額の差として測定されるのである。J
[井尻,1 9 6 8
,1 3 6
頁]井尻教授は,利益それ自体と利益測定の結果として得られる利益額とを明 確に区別すべきことを強調する。そして,利益それ自体を本体と規定し,利 益額はこの本体を表現する写体であると規定する。彼によれば,かかる本体
7)井尻教授はこれを次のように述べている。「ここで強調しておかなければならないのは,
利益それ自体と利益測定の結果として得られる利益金額とは全く別のものだということ である。利益が数量化されない限り,主体が利益を獲得したとはいえない,と考えるの はばかげている。経済用語としての利益は,現行の測定方法のもとで数字で表現されて いるものとは全くのものだからである。したがって,
2
つの相異なる利益金額が算出さ れた場合,それが利益概念の相違(例えば,財 dとe
をこの期間の利益とみなすかどう か)に基づくものであるのか,あるいは測定方法(財dとeを数量化する方法)の相違 によって生じたものであるのかを区別することができる。J
[井尻,1 9 7 6
,82‑83
頁]としての利益は財産と結び付けてはじめて決定できるのである。逆にいえば,
企業の
2
時点における財産を規定できるときにはいつでも,その期間の利益 を決定することができるのである。これがこの利益概念の論拠である。このように見てくると,両利益概念の究極的な相違は,一方は企業活動そ れ自体に目を向けた利益概念であり,他方は企業活動が財産ないし資産に及 ぼす影響に目を向けた利益概念であるということができる口これは利益に対 する見方の相違であり,利益観の相違である。そこで,以下においてこの利 益観の相違をさらに詳細に見ていくことによって,これらの利益概念の本質 を浮き彫りにしてみよう。そのための手掛かりとして,米国財務会計基準審 議会
(FASB)
の『討議資料』が有益である。2 2
つの利益観『討議資料』はまず,一般的に利益は投資に対する報酬であると規定する。
すなわち, I利益は投資に対する報酬
( r e t u r n )
を表す。すなわち,利益は投 資されたもしくは犠牲にされた額を超える報酬であり,すべての利益測度は,投資もしくはコストが回収されなければならず,ある報酬の一部もしくは全 部を利益と呼びうる前に,資本が維持されなければならないという考えを含 んでいる。
J [FASB
,1 9 7 6
,p a r . 2 9 J
それゆえ,利益は通常,残余もしくは残高として,つまり控除後に残った 剰余額として測定されることになる。一般に,この方法には
2
つあり,利益 は次のいずれかとして測定することができる。( 1 )
ある期間(2
時点問)におけるある企業の純資産の増加もしくは減少( 2 )
その期間における企業の収益と費用との差額「損益計算書と貸借対照表が『有機的に統合されるj]
( a r t i c u l a t e )
ならば,これら
2
つの利益の測度は同じ測定過程の部分であり,企業の収益と費用と の差額は企業の純資産ないし資本の増加を構成する。それにもかかわらず,強調点の相違が長年にわたって利益測定に関する
2
つの思考学派をもたらした。
J[FASB
,1 9 7 6
,p a r . 3 1 J
有機的に統合された財務諸表におけるそれら の相違点の多くは強調点の問題であるが,あるものは利益の測定および貸借 対照表においてかなりの相違を生じぜしめることになる。これらの利益測定方法および強調点の相違は,取りも直さず利益観の相違 にほかならない。『討議資料』は純資産の増加としての利益を強調する利益 観を「資産‑負債中心的利益観
J ( a s s e t and l i a b
i1it y v i e w )
と呼び,収益と 費用の差額としての利益を強調する利益観を「収益・費用中心的利益観」( r e v e n u e and e x p e n s e v i e w )
と呼んでいる。そしてまず,前者の資産・負債 中心的利益観を次のように説明している。「ある人々は利益を 1期間における企業の純資源の増加測度とみる。それ ゆえ,彼らは利益を主に資産および負債の増加および減少に関して定義する。
利益の積極的要素‑収益ーはその期間における資産の増加および負債の 減少として定義される。利益の消極的要素‑費用一ーはその期間における 資産の減少および負債の増加として定義される。資産および負債'一企業の 経済的資源および将来他の企業(個人を含む)に資源を譲渡するその債務 ーはこの利益観における鍵概念である。その提唱者によれば,資産および 負債の属性の測定およびそれらの変動の測定が,財務会計における基本的な 測定過程である。他のすべての要素一一所有主持分ないし資本,利益,収益,
費用,利得,および損失ーは,資産および負債の属性測度の差額もしくは 変動として測定される。
J[FASB
,1 9 7 6
,p a r . 3 4 J
そして,この考えに基づいて,資産・負債中心的利益観における利益およ び利益構成要素(資産,負債,資本,収益,および費用)は次のように正式 に定義されている
[FASB
,1 9 7 6
,p a r s . 9 , 1 1 4 9
,1 9 4 J
。(1) 資産は経済的資源の財務的表現である。資産は,過去の取引または事 象の結果として,ある特定の企業に正味キャッシュ・インフローを直接 的または間接的にもたらすと期待される将来の経済的便益である。
( 2 )
負債は,過去の取引または事象の結果として,ある特定の企業が将来他の企業に経済的資源を譲渡する債務の財務的表現である。
( 3 ) 1
期間の利益は,資本それ自体の変動を除いた,その期間における企 業の純資産の変動である。( 4 )
収益は,資本それ自体の増減を除いた,資産の増加または負債の減少 (または両者の結合)である。( 5 )
費用は,資本それ自体の増減を除いた,資産の減少または負債の増加 (または両者の結合)である。これらの定義において重要なことは,企業の経済的資源を表さない項目は 資産ではないということであり,企業が将来他の企業に経済的資源を譲渡す る債務を表さない項目は負債ではないということである。そしてさらに,利 益およびその構成要素は,企業の経済的資源の変動もしくは将来他の企業に 経済的資源を譲渡する債務のみから生じるということである。この見解では,
経済的資源を表さない項目は資産ではなく,債務を表さない項目は負債では ないので,利益は資産と負債の変動のみから生じることになる。
これに対して,収益・費用中心的利益観は次のように説明されている。「あ る人々は利益をアウトプットを獲得して有利に販売するためにインプットを 使用することにおける,ある企業の効率の測度とみる。彼らは利益を主に l 期間における収益と費用との差額として定義する。その提唱者たちは,収益 および費用の概念が資産および負債の概念よりも正確に定義でき,妥当な会 計をより明確に示唆しうるように定義できると主張する。収益および費用 一企業の利益稼得活動からのアウトプットおよび利益稼得活動へのインプ ットの財務的表現ーはこの利益観における鍵概念である。収益および費用 は,その期間の収入および支出においてではなしその期間のアウトプット およびインプットにおいて認識される。ある提唱者は,その目的がある企業 の収益力を測定することであると主張する。
J [FASB
,1 9 7 6
,p a r . 3 8 J
さらに, I収益・費用中心的利益観においては,収益および費用の認識の 時が l期間の収益からその収益を稼得するための費用を控除する時になるな
らば,利益は正確に測定されることになる。その提唱者によれば期間に おける努力(費用)と成果(収益)とを関連づけて収益および費用を測定し,
それらの認識時を決定することが,財務会計における基本的な測定過程であ る。彼らは通常財務会計,とりわけ利益測定を,費用・収益対応の過程とし て述べる。
J [FASB
,1 9 7 6
,p a
r.3 9 J
このように,ここでは,収益および費用が支配的な概念であるので,資産 および負債の測度は一般に利益測定過程の必要条件によって決定される。そ れゆえ,収益・費用中心的利益観を反映する貸借対照表は,資産および負債 もしくは他の要素として,企業の経済的資源や他の実体に資源を譲渡する債 務を表さない項目を含みうる。この経済的資源や債務を表さない項目とは,
繰延費用,繰延収益,および引当金のことである。
そして,この考えに基づいて,収益・費用中心的利益観における利益およ び利益構成要素も正式に次のように定義されている
[FASB
,1 9 7 6
,p a r s . 9 , 1 1 4 9 , 1 9 4 J
。( 1 )
資産は上記の定義に次のものを加えたものである。すなわち,資産は,企業の経済的資源を表さないが期間利益を測定するために収益と費用を 適正に対応させるのに必要なある「繰延費用」も含む。
( 2 )
負債は上記の定義に次のものを加えたものである。すなわち,負債は,経済的資源を譲渡する債務を表さないが期間利益を測定するために収益 と費用を適正に対応させるのに必要なある「繰延収益」および「引当金J も含む。
( 3 )
1期間の利益は,その期間の収益に費用を対応させた結果である。( 4 )
収益は,財の販売および役務の提供から生じる。収益は,棚卸資産以 外の資産の売却または交換からの利得,投資によって稼得された利息お よび配当金,および資本出資と資本修正からのものを除いた 1期間にお ける所有者持分の他の増加も含む。( 5 )
費用は,その期間の収益から控除しうる(収益に対して適正に対応される)すべての費消原価(歴史的原価,カレント取替原価,または機会 原価)を含む。
これらの定義において重要なことは,期間利益の測定が最初に来るのであ り,適正な利益測定が資産,負債,および他の関連する諸概念の定義によっ て妨げられるべきではないということである。そしてさらに,利益は収益と 費用に関して定義され,これらの要素はさらに経済的資源や債務とは独立に もしくは部分的に独立に定義されるので,資産や負債の定義から派生しない ということである。
以上,資産‑負債中心的利益観と収益‑費用中心的利益観を概観し,両者 の間で相当の考え方の相違があることが明らかとなったが,その本質的な相 違は結局両者の目的観の相違に起因しているということができる。両利益観 の目的の相違を,
w
討議資料』は次のように述べている。「収益・費用中心的利益観の擁護者は,利益測定の目的が企業もしくは経 営者の業績を測定することであると主張する。すなわち,利益測定は物より
も活動に関係し,それゆえ,企業が何を行っているかに主に関係し,企業が 何を有しているかには付随的にしか関係しない。これに対して,資産・負債 中心的利益観の擁護者は,企業活動の目的がその富を増加させることであり,
企業が有する物の変動が通常ある企業の 1期間に行ったことの最良の証拠で あり,しばしば唯一の有効な証拠であると主張する。
J[FASB
,1 9 7 6
,p a r .
48Jこれは,前項の最後に述べた,両利益概念の究極的な相違と符合する。す なわち,収益・費用中心的利益観に基づく利益概念は企業活動それ自体に密 接に関係し,資産・負債中心的利益観に基づく利益概念は企業活動の結果得
られた財産ないし資産に密接に関係するのである。
3 利益概念の形成
これによって,両利益概念とそれを論拠づける両利益観の本質的な相違が 明らかとなったが,これらを前提にした上で,ここで問題としたいのは,両
者の利益概念ははたして全く別物であり,互いに全く相入れないものである のかということである。これを逆にいえば,真の意味で原理としての利益概 念を形成するために,両者の利益概念に共通の内容を取り出して抽象するて だてはないものかということである。
確かに,リトルトンは収益・費用中心的利益観に基づいた利益概念を主張 し,井尻教授は資産‑負債中心的利益観に基づいた利益概念を提唱する。し かし彼らの行う現実的な会計には,それほど相違があるとは思われない。
というのは,彼らは共に資産の評価基準として歴史的原価を採用する伝統的 会計を擁護しているからである。とすれば,両者の利益概念にはどこかに共 通性があるはずである。
さらに,収益・費用中心的利益観の擁護者は企業もしくは経営者の業績測 定を重視し,資産‑負債中心的利益観の擁護者は企業の富の増加を重視する とはいっても,企業もしくは経営者の業績測定を否定する資産・負債中心的 利益観の主張者はいないはずであるし,企業の富の増加を否定する収益・費 用中心的利益観の主張者もいないはずである。この意味からも,両者の利益 概念はどこかで共通性を有しているはずである。
そのための手掛かりは,上述した「損益計算書と貸借対照表が有機的に統 合されるならば,これら
2
つの利益の測度(両利益概念における利益額)は 同じ測定過程の部分であり,企業の収益と費用との差額は企業の純資産ない し資本の増加を構成する」という言明にあると思われる。そこで,この言明 の真の意味を解明することによって,原理としての利益概念の形成を試みる ことにしよう。損益計算書と貸借対照表を有機的に関係づけ,統合させる会計を『討議資 料』は「アーティキュレーション
J ( a r t i c u l a t i o n )
の会計と呼んでいる。こ8
)これに対して,損益計算書と貸借対照表を有機的に関係づけず,統合しない会計を『討 議資料』は「ノンアーティキュレーションJ
(nonarticulation)の会計と呼んでいる。そし て,ノンアーティキュレーションの主張者の考えを次のように述べている。「財務諸表のこで重要なことは,このアーティキュレーションを,収益・費用中心的利益 観に基づく利益概念にも,資産・負債中心的利益観に基づく利益概念にも適 用することができるということである。その具体的な内容を『討議資料』は 述べていないが,推測すると,以下のようになると思われる。
まず,収益・費用中心的利益観に基づく利益概念にアーティキュレーショ ンを適用すると,その手続は次のようになろう。
( 1 )
企業の通常の取引を複式簿記の手法を用いて,仕訳し,元帳転記し,試算表を作成する。
( 2 )
収益を,財の販売および役務の提供などの事実に基づいて認識し,受 け入れた現金ないし現金等価物によって金額を確定する。そして,この 金額と試算表において該当する勘定項目の金額とが相違する場合には,決算整理仕訳を行う。
( 3 )
費用を,インプットが上記の収益を獲得するために費消したという事 実に基づいて認識しそれらの歴史的原価やカレント取替原価などによ って金額を確定する。そして,この金額と試算表において該当する勘定 項目の金額とが相違する場合には,決算整理仕訳を行う。( 4 )
このようにして確定された各収益項目および費用項目を損益計算書に 収容し,収益から費用を控除することによって,利益を確定する。( 5 )
収益項目および費用項目に該当しなかった各項目,つまり資産,負債,および資本項目を貸借対照表に収容し,資産から負債を控除し(期末純 資産),さらに資本(期首純資産)を控除することによって,利益を確
アーティキュレーションに反対する人々は,アーティキュレーションが資産および負債 で測定される収益および費用を要求し,もしくは収益および費用で測定される資産およ び負債を要求するので,それは不必要であるのみならず,不都合でもあると主張する。
彼らは,利益および財政状態のより有用な測度は,一方では収益および費用を他のグルー プから独立して測定し,他方では資産および負債を他のグループから独立して測定する ことによって得ることができると主張する。J[FASB, 1976, par.74J
定する。
( 6 )
損益計算書において確定した利益と貸借対照表において確定した利益 が一致することを確かめる。次に,資産・負債中心的利益観に基づく利益概念にアーティキュレーショ ンを適用すると,その手続は次のようになろう。
( 1 )
企業の通常の取引を複式簿記の手法を用いて,仕訳し,元帳転記し,試算表を作成する。
( 2 )
資産および負債を,将来の経済的便益および債務の属性を有している という事実に基づいて認識し,それらの歴史的原価やカレント取替原価 などによって金額を確定する。そして,これらの金額と試算表において 該当する勘定項目の金額とが相違する場合には,決算整理仕訳を行う。( 3 )
このようにして確定された各資産項目,負債項目,および試算表にお ける資本項目を貸借対照表に収容し,資産から負債を控除し(期末純資 産),さらに資本(期首純資産)を控除することによって,純利益を確 定する。( 4 )
収益および費用を,資産の増加などおよび資産の減少などの事実に基 づいて認識し,資産増加として受け入れた現金ないし現金等価物および 減少資産の歴史的原価やカレント取替原価などによって金額を確定す る。そして,これらの金額と試算表において該当する勘定項目の金額と が相違する場合には,決算整理仕訳を行う。( 5 )
このようにして確定された各収益項目および費用項目を損益計算書に 収容し,収益から費用を控除することによって,利益を確定する。( 6 )
貸借対照表において確定した利益と損益計算書において確定した利益 が一致することを確かめる。これによって明らかなように,収益・費用中心的利益観に基づく利益概念 および資産・負債中心的利益観に基づく利益概念にアーティキュレーション を適用すると,共に,損益計算書において算定された利益と貸借対照表にお
いて算定された利益とが一致することになる。すなわち,一方では利益は収 益から費用を控除して算定され,他方では期末純資産から期首純資産を控除 して算定され, しかも,両者の利益は一致するのである。したがって,利益 概念を形成するためにアーティキュレーションを採用するならば,利益は収 益の費用に対する超過分であり,かっ,期末純資産の期首純資産に対する増 加分であるということができるのである。
しかしながら,これをもって原理としての利益概念であるということはで きない。原理としての利益概念を導出するためには,さらに,両者に共通し て内存する重要なモメントを抽出しなければならない。そして,その重要な モメントとは「資本」である。というのは, I利益は収益の費用に対する超 過分である」という場合,収益は結果として資本の増加をもたらし,費用は 資本の減少をもたらすからである。したがって,ここにおける利益とは 期間における「企業資本の純増加分」であるということができる。さらに,
「利益は期末純資産の期首純資産に対する増加分である」という場合,純資 産とは資産から負債を控除したものであるので,それはまさに資本であるか らである。したがって,ここにおける利益も 1期間における「企業資本の増 加分」であるということができる。
このように見てくると,上述した「利益は収益の費用に対する超過分であ り,かつ,期末純資産の期首純資産に対する増加分である」という命題は,
取りも直さず「利益は l期間における企業資本の増加分である」ということ を意味する。両者においてただ異なるところは,前者の資本の出発点(基準) はゼロであるのに対して,後者の資本の出発点は期首資本であるということ だけであり,しから両者の企業資本の増加分は常に一致するのである。そ れゆえ,これが両利益概念に共通した内容であり,したがって,文字通りの 原理としての利益概念であるということができるのである。
前項のはじめに述べたように,利益概念は一種の剰余概念であるが,それ は単なる剰余概念ではなく,会計においては,このようにあくまでも利益構
成要素によって規定される剰余概念である。すなわち,会計の会計たるゆえ んは,一方では収益の費用に対する剰余分として利益を規定し,他方では期 末純資産の期首純資産に対する増加分として利益を規定し, しかもそれらが 同時性と同等性を有しており,それらを企業資本の増加分として包括できる ところにあるのである。そしてさらに,この原理としての利益概念はほとん どの会計人が明示的にか黙示的にかかわらず一般に共通しでもっている観念 である。
ただ,ここで注意しなければならないのは,かかるアーティキュレーショ ンが可能となるためにはつの前提が必要であるということである。それ は「複式簿記
J
の適用である。周知のように,複式簿記は,取引仕訳のみな らず決算整理仕訳によっても,損益関連取引を一方では収益計上と資産増加 計上等で対照記入し,他方では費用計上と資産減少計上等で対照記入する。そして,この対照記入が簿記の最終段階である財務諸表の作成にまで影響を 及ぼすので,損益計算書の利益と貸借対照表の利益とが一致するのである。
それゆえ,アーティキュレーションと複式簿記は不可分の関係にある。
さて,これによって,原理としての利益概念が明らかとなったが,これで すべての問題が解決されたわけではなく,重要な問題がもう lつ残っている。
それは,利益概念を形成するためにたとえアーティキュレーションを適用し
9
)メイは同様の考えで次のように述べ,複式簿記の重要性を強調している。「ここで考 察の対象とする典型的な財務諸表である貸借対照表と損益計算書とは,複式簿記方法 の産物である。利益概念が考察されることになる場合には,利益を純財産の増加とみ る1つの概念と,利益を資本と労働との使用の稼得としてみる他の概念とが示される であろう。第1の概念は列挙と控除との過程を考えるのであり,第2の概念は分析の 過程をその内容としている。単式簿記の計算が時として第1
の概念の適用のためには 十分であると考えられるのであるが,しかし,複式簿記の方法はそのような目的にと ってさえもはるかに優れているのであり,第2
の概念が採用される場合には欠くこと ができないものとなるのである。J
[May, 1943, p. 14 ;訳書, 17頁]たとしても,それだけによっては,収益・費用中心的利益観によって算定さ れる利益と資産・負債中心的利益観によって算定される利益とは,依然とし て相違するという問題である。というのは,両者の間で,利益構成要素の概 念ないし定義が異なっているからである。
そこで,原理としての利益概念を究極的に形成するためには,両利益観に おける利益構成要素の諸定義も一致させる必要がある。これは,利益概念の 形成にとって,収益・費用中心的利益観における利益構成要素の諸定義を採 用するのがいいのか,それとも資産・負債中心的利益観における諸定義を採 用するのがいいのかの問題である。この問題を考察するに際して注意してお かなければならないのは,これは利益概念を規定する問題ではなく,利益概 念の利益構成要素を規定する問題であるということである。
『討議資料』をはじめとして,これまでの会計学の文献では,収益・費用 中心的利益観に基づく利益概念と資産・負債中心的利益観に基づく利益概念 とを対立させ,その延長として,両利益観における利益構成要素の諸定義が 対立していた。そして,両者はどこまでも平行線をたどっていたのである。
しかしながら,これまで明らかにしてきたように,いずれの利益観において も,利益概念は 1期間における企業資本の増加分である。
とすれば,利益概念を規定する問題と利益構成要素を規定する問題とは切 り離して考えることができることになる。それを,これまでの会計学の文献 では,両者を一体として考察し,分離しなかったところに問題点があり,解 決のつかなかった原因があるように思われる。そこで,上述したように,原 理としての利益概念を究極的に形成するために,どちらの利益観における諸 定義がいいのかを定察してみることにしよう。
前項で示した両利益観における諸定義を見てみると,まず資産・負債中心 的利益観では,利益構成要素の中心概念は資産であり,これを基礎として,
利益や他の利益構成要素を定義している。すなわち,負債は負の資産項目で あり,利益は純資産の増加額であり,収益は資産の増加であり,費用は資産
の減少である。そして,資産それ自体は,企業にキャッシュ・インフローを もたらすと期待される将来の経済的便益であると規定されている。これによ って,資産・負債中心的利益観における諸定義は,論理の一貫性を備えてい るということができる。
これに対して,収益・費用中心的利益観では,諸要素の重要な概念は収益 と費用であるが,それらを統一的に定義する一貫した概念が示されていない ことに気づく。というのは,それらの定義は 1つの中心的な概念によって行 われてはおらず,列挙形式で行われているからである。このような状況では,
収益と費用を具体的に定義しなければならない場合,現行の会計実務や会計 慣習に頼らざるをえないが,その場合,首尾一貫した定義に欠ける可能性が ある。というのは,会計実務や会計慣習が変更されると,定義も変更される
ことになるからである。
このことは,収益・費用中心的利益観における資産と負債の定義について も同じである。ここでも,これらの定義は列挙形式で行われており,統一的 な概念が示されていない。しいて,これを統一的に解釈しようとするならば,
次のようになろう。すなわち,資産は未だ収益に対応されていない原価であ り,ペイトン=リトルトンのいう「未決状態の対収益賦課分 J [Paton and L i t t 1 e t o n , 1 9 4 0 , p . 2 5 ;訳書, 4 3 頁]を意味する。そして,この意味からす
るならば,負債は未だ収益として認識されていない部分であり,
I未決状態 の収益分」を意味することになろう。
10)
これと同じようなことを,
~討議資料』は収益・費用中心的利益観の批判者の弁として次のように述べている。「収益・費用中心的利益観の批判者は,利益,収益,費用,適正
な対応,利益の歪曲のような重要な概念が正確に定義されないならば,収益・費用中心
的利益観の下における利益はほとんど完全に主観的であると主張する。すなわち,これ
らの重要な概念の正確な定義がないならば,期間利益は本質的に個人的意見の問題であ
り,個人的意見のみが,ある特定の状況において費用が適正に収益に対応されるかどう
かを決定でき,ある特定の手続もしくはある特定の対応によって利益が歪曲されるかど
うかを決定できるのである。 J[FASB , 1 9 7 6 , p a r . 6 6 J
このような解釈ないし定義においては,資産と負債の定義が収益と費用の 定義に依存していることが明らかである。しかしながら,基礎となる収益お よび費用の定義それ自体に確固としたものがないのであるから,それから派 生する資産および負債の定義も,首尾一貫性に欠けざるをえないのも当然で ある。
さらに,収益・費用中心的利益観では,収益を財の販売および役務の提供 から生じるアウトプットないしは成果であるとし,費用を収益から控除しう る費消原価たるインプットないしは努力であるとするので,ここでの収益と 費用は,原理的に操作性の観点から疑問視されざるをえない。というのは,
「成果」および「努力」という概念は,抽象的な概念であり,現実世界との 対応関係を見出しにくいために,会計的測定が困難となる概念であるからで ある。それゆえ,かかる操作性のない概念を中心におく収益・費用中心的利 益観は,利益構成要素を定義するには不適当であるということになる。
したがって,原理としての利益概念を究極的に形成するために採用すべき 利益構成要素の諸定義は,首尾一貫性と操作性を備えた資産・負債中心的利 益観における諸定義である。そして,このことを前提として,原理としての 利益概念を結論づけると,次のようになる。すなわち,利益は 1期間におけ る企業資本の増加分である。ただし,そのための前提条件は,複式簿記と不 可分に結びついたアーティキュレーションを適用することであり,利益構成 要素の諸定義は資産・負債中心的利益観におけるものを採用することであ る。
11)なお,この原理としての利益概念は類概念としての利益概念となるので,これまで類 概念と考えられてきた収益・費用中心的利益観に基づく利益概念および資産・負債中心 的利益観に基づく利益概念は,共にこの原理としての利益概念の下位概念ないし種概念 として位置づけられることになり,さらに,これらは同位概念ないし並立概念であると いうことになる。ただ,これらの利益概念は次に述べる原則としての利益概念に対して は依然として類概念としての性質を有しており,ここに利益概念の相対的な階層性が現 れてくることになる。