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RP Revisited

今 仲  昌 宏 *

Masahiro IMANAKA

Masahiro IMANAKA 国際言語文化学科(Department of International Studies in Language and Culture)

1.はじめに  日本における英語教育の歴史の中で、教科書や辞典は戦前まではイギリス式の発音で示され、その 音声記号が使用されてきた(竹中 1975 : 242)。第二次世界大戦後、米英の世界における勢力図の変 化を背景として、世界的に学習対象としての英語に質的変化が起きた。両国の人口差や米国の政治、 経済、文化等の影響力の増大などから、日本でも教科書で取り上げられる英語のほとんどがアメリカ 英語に移行した。音声もこれに沿う形で、現在検定教科書を含むほとんどの英語教材に付属する CD などもアメリカ英語(注 1)で吹き込まれるに至った。毎年イギリスで数多く出版される外国人学習者 向けの英語関連の教科書、教材、辞典もアメリカ英語を取り入れ、いわゆるグローバル化した英語と いう観点から編集される情況になっている(注 2)  本稿では、特に発音についてイギリス英語の標準的発音(注 3)とされてきた容認発音(Received Pronunciation, 以下 RP)がイギリス社会の変化により大きな影響を受けている点を、主に社会言語 学的視座から考察する。その一方で、河口域英語(Estuary English、以下 EE)という言語変種が 80 年代から盛んに論じられるようになってきた。こうした情況を踏まえて、今後の学習対象として の RP について再検討する。 2.RP の歴史  Jones (1956 : 3-4)がこの用語の創始者であり、当初標準英語の母体は教養ある南部イングラン ド発音にあるとした。「教養ある(educated)」の意は、階層社会イギリスで高等教育を受けた者が 話すことばとして、発音だけでなく、文法や適切なことばの使い方などを含む変種全体を指している

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と考えられる。  現在に至るイギリスのエリート教育は、1870 年代頃からの伝統に沿って、8-13 歳の児童のための パブリックスクールへの進学準備校[寄宿制の私立初等学校](preparatory school)から始まる。次 に寄宿制度と一体になった中高一貫教育をもつ、独自の教育システムとして知られるパブリックス クール(Public School)への進学へとつながる。生徒は貴族階級から一部の裕福な商人の子弟まで、 必ずしも上流階級出身者のみで占められるわけではなく、様々な地域出身の生徒が数年にわたり寄宿 舎と学校という限られたコミュニティの中で起居をともにする。そこでは自分の出身地の地域方言を 意識的に忘れ(unlearn)、学校内で使われる発音を新たに身につけた。これをパブリックスクール出 身の子弟のみが習得する発音として、Public School Pronunciation (以下 PSP)(Jones 1917)と呼んだ。 この環境では、学校の所在地である地域の方言話者とほとんど接触することなく、校内の発音に晒さ れてゆくうちに生涯にわたる発音として習得することになる。  その後、Jones はこの PSP の範囲の拡大を試み、RP という新たな名称に変更するとともに、必ず しも南部イングランド出身者でなくともよいとしたり、さらにはロンドンで大学教育を受けた者も含 めるようになった。Jones のいわば高弟にあたる Gimson (1970 : 85)によると、RP が BBC で採用 されたのは、社会的判断の結果によるものであり、その枠を広げることで少しずつ想定される話者数 の増加を計画した。この発音が話者の価値判断に影響することはないと断ってはいるものの、エリー ト教育を受けた層の発音を標準に据えたことからもわかるように、成立の過程が極めて人為的である ことは否めず、明らかに階層社会を背景としたイデオロギーが反映されている。こうした出身階級や 教育レベル等の条件を前提とするため、イギリス社会では基本的に RP の話者数が大幅に増えること はなかった。しかし外国人が学ぶべき適切な英語のモデルとして海外に展開させたことにより、外国 人学習者の話者数の拡大には成功したといえよう。 3.RP の特殊性と問題点

 米英の標準的発音は、それぞれ一般米語(General American, 以下 GA)と RP(注4)である。両国 の社会における標準発音のもつ含意について、実体は大きく異なっている点が日本ではあまり注目さ れてこなかったきらいがある。換言すれば、日本語の共通語の感覚をそのまま両国にあてはめて捉え ていた傾向があるのではないか。特に第二次大戦後、イギリスでは社会情勢が大きく変化し、RP が もつ社会的意義が激変するに至ったことから、改めて社会言語学的観点からこれを見直してみたい。  日本国内では、東京方言話者が最大多数を占めており、同時に都市部方言(urban dialect)をも形 成し、最大の人口を抱える首都を中心とした地域方言(東京語)がいわゆる「共通語」の発音として 地域・階層の相違を超えて行き渡っている。かつて用いられた「標準語」は明治 23 年に岡倉由三郎 が最初に用いたとされ、東京の山の手地区の教養ある階層の言語を基準とするもので、規範性をもつ 用語であった。現在では両者を分別して用いている。この点で RP はこの標準語にやや近いといって よい。  米国で標準とされる GA は、ネットワーク英語(Network English)ともいわれ(Roach 2009 : 163)、全人口の約 7 割が使うといわれる方言である。一方、首都ワシントンを中心とした地域で話さ

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れる東部方言(Eastern Dialect)は威信(prestige)があり、少数派で話者数が約 1 割を占めるとい われる。日本の情況とは異なり、米国では首都で話される方言を代表とするのではなく、いわゆる多 数決の考え方から最大多数を占める中西部方言(GA)を米語の代表発音(reference accent)として いることがわかる。このように現在では、地域方言の中で、語彙、正書法、文法、音韻などの点を考 慮しながら、多数派の方言発音を標準と規定する方が妥当である。標準発音を考える上で、社会的、 地理的、政治的など他にも様々な判断基準があるが、米国ではあえて首都を含まない最大多数の地域 方言が選ばれている(注 5)ことから、ある意味で民主的な判断によっていると解釈できる。その意味 では現在の日本の共通語は、考え方としては米国の GA により近く、一般国民に受け入れられやすい 情況にあるといえよう。  RP は、そもそも「受け入れられた発音」という特殊な表現が目を引く。この名称だけではイギリ スの国内事情を知らない限り、この発音が誰にどのような形で容認されているのかがわかりにくく、 曖昧な名称という印象を拭えない。Jones (1956 : 4)によれば、標準ではないが英語圏で容易に広く 理解される発音(widely understood pronunciation)ということになる。つまり言語学的観点に基 づく判断というよりは、社会的観点からの考え方(Ramsaran1990 : 178-179)が含まれている。し かも Gimson (1973 : 116)が認めるように「RP は何世紀にもわたって、ある種の虚構の標準発音(a somewhat fictional standard)として存在してきたものであり、BBC の口語英語諮問委員会(Advisory Committee on Spoken English)によって神聖化された」ものである(注 6)。イギリスは階層社会として の長い歴史がある点で、英語圏の他の国々とは社会の成り立ちの点で大きな違いがある。RP は社会 言語学的観点からいえば、階層社会が生んだ規範的要素の強い標準発音だということになる。様々な 変種が混在する理由も、またイギリス人が自らを称して英語圏の中で、発音の微妙な違いに最も敏 感な国民であり、音価によって一部の音を「より美しい」と感じたりする傾向がある(Cruttenden 2001 : 77 ; Rosewarne 1984)というのも、階層社会が生み出したものといえる。 Accents

(H) Acrolect Mesolect Basilect

RP most Britons historic ‘broadest’ forms

(BBC newsreader)

education

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 図1が示すように、イギリスでは様々な変種が階層状に連続体(continuum)を成している。右端 に非標準(non-standard)変種、基層方言(basilect)として Cockney が位置し、左端に標準(standard) 変種、最も格式の高い上層話体ないしは標準的方言(acrolect)として RP がある。中間部分は中層 方言(mesolect)で、様々な変種が連続する形で両端の変種をつなぐように構成されている。教育レ ベルが上がるにつれて、←が示すように話者が自己の発音を変化させれば、その属する階層が左へと 移動してゆくことになる。つまり社会的地位の上昇をもくろむ場合は、発音を変える必要があるとい うことである。  仮に階層が存在しない社会の場合、地域方言や共通語の価値はみな等しく、それぞれ独自の価値を もつ。したがって図が示すように、変種によって階層性が生じる余地は理論上はないことになる。今 日的には、ことばの上での民主主義を考えるとき、そうした言語情況が望ましいものであることは論 を俟たない。  ある社会において、最も受け入れられやすい変種とはどのようなものであろうか。コミュニケーショ ン上、多くの人が抵抗なく使用できるという観点からすれば、第一に最大話者を擁する変種であるこ とが望ましい。第二に変種が複数存在する場合は変種間での差別が存在しないことが重要である。す なわち少数派である方言が多数派によって軽視されたりしないということである。これは国や地域に おける社会の「民主化」の度合いに大きく左右される。人間が社会を構成する限り、何らかの形で差 別化が生じるのは避けられないことではあろうが、本来は威信の有無などが存在しない状態が理想で ある。現実には日本における共通語がそうであるように、共通語にもともと威信等があるのではなく、 多数派の占める方言が、メディア等を通じてより多くの人々に伝播され続けることで、他の少数派の 方言に比して、徐々に強い影響力をもつようになり、自然に価値をある程度押し上げる傾向があるも のと考えられる。 4.音声言語と規範性

 音声言語(spoken language)と書記言語(written language)とを対比すると、書記言語とこれ に付随する書記体系(writing system)は記録性をもつことから、基本的に言語の標準化に寄与しや すい性質をもつ。綴り、文法などの統一をはかり、維持することはさほど困難ではない。英語は綴り については 18 世紀頃に固まり、文法形式や構造についても標準はほぼ確定している。したがって変 化が生じるとしても漸次的である。  音声言語はもともと絶えず変化する特徴をもつだけでなく、文字と異なって実体を捉えて記録する ことが難しい性格をもつ。録音機器が登場する以前は音声の詳細な分析・検証はほぼ不可能であった。 方言、個人方言(idiolect)などの存在からもわかるように、音声の規範を示すといっても数多くの 話者が一様な発音をすることは現実にはありえない。また音声言語には、もともと場面、文脈や対話 相手に応じて同一話者が多様な表現(発音、文法語彙等を含む)を使い分けるという臨機応変の機能 が含まれていて、その意味では書記言語がもつ高い規範性を音声に対しては望めない。このように発 音を標準化し、明確な基準を維持することは極めて難しい作業である。さらに書記言語の読み・書く 行為は視覚を通じた純粋に個人的行動にもとづくものであるのに対し、音声言語は聞き・話すという

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聴覚と調音器官を通じた聞き手と話し手による社会的活動であるという点でも大きな相違がある。  こうした理由から言語の規範化、標準化は書記言語を基礎にして行なわれるのが常であり、音声言

語については基本的に難しいというのが定説である(注 7)。そうした観点から RP を設定したのは、と

もすれば変化が起きやすく、流動性をもつ音声に対して、イギリスのような階層社会においては特 定のグループの発音を標準化して、その基準を維持しようとする考えが根底にあり、そのために地域 方言等の名称を用いずにあえて音声のみに特化した名称としたのではないか(Milroy & Milroy 2012

: 51)。RP の設定によって、困難な音声言語の標準化を試みたものだといってよいだろう(注 8)。また RP は世界に英語を普及させるという大きな目的があったことも基準の設定・維持に役立ったともい える。英語普及を通じたイギリスの世界戦略という観点からも興味深い試みとみることもできる。 5.発音様式と心理的印象  Giles (1987 : 66-67)が指摘するように、音声によるコミュニケーションでは、話し手は対話 相手の発音に合わせようとしたり(speech accommodation)、逆に意図的に異なる発音(speech divergence)を用いたりすることで階級差を相手に強く意識させたりすることがある。いかなる場面 においても、終始一貫して標準的発音のみを維持することに話者は困難を覚えるのが普通である。対 面コミュニケーションにおいては、相手の親疎に応じて常に柔軟に発音や表現を変えたり、相手に合 わせようとしたりするのが自然な形である。こうした話者同士による対応・適応は、自分と相手の発 音様式が明らかに異なる場合はどちらに基準を合わせるか、また自分と異なる発音に接した際には、 どのような心理的印象を受けるかという点は階層社会においては特に重大な関心事となる。  イギリスの中等学校の最上級学年の生徒に対する調査(Giles 1987 : 69)では、被験者は RP なら びに気取った RP(affected RP)がとりわけ威信があると感じることが多いという。またフランス語、 ドイツ語話者による母語訛りの英語や GA はイギリス国内の地域方言と比べて、おおむね社会的地位 が高い印象を受けるという調査結果が出ている。次に⒜ RP と⒝南ウェールズのサマセットの二つの 変種との比較では、⒜が向上心、知性、自信、決断力、勤勉さといったイメージについて、好意的な 印象をもたれるという。一方、誠実さやまじめさ、話好き、人の良さ、ユーモアのセンスといった社 会的な魅力(social attractiveness)という点では、⒜よりも⒝の地域方言の方が好ましいという結 果が出た。このように RP に変化は生じていても、長期間にわたり培われた発音のイメージは、一般 に深く浸透しており、この感覚は簡単に払拭することは難しいといえる(Ascherton 1994)。 6.RP と他の地域方言  Knowles (1997 : 148-150)は 19-20 世紀にかけて、この時期の音声研究等の大幅な進展に伴っ て、音声言語の専門家の間で RP の発音に関する議論が行なわれ、一般大衆の発音と乖離したレベル での発音の定義などがなされたことを指摘している。当時から RP 話者人口が少ないこともあって、 Henry Sweet などが中心的存在として社会的に大きな影響力を行使し、RP を理想のイギリスの標準 発音に仕立てようとした形跡があるという。また、イギリスでは社会的地位に立脚したイデオロギー

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(status-based ideology)によって標準英語として RP を確立・維持しようとする考え方がある一方で、 RP 話者自らが所属する地域の変種によって、地域の人々との発音上の連帯をしなければならないと いう精神的圧迫とがせめぎ合う情況が生じる場合があること(Milroy and Milroy 2012 : 51)を指摘

している(注 9)  これまでの論点をまとめると、⑴イギリス国内全体で変種が細かく分化しているため、米国のよう に圧倒的多数を占めるような地域方言が存在しなかったこと、⑵階級差からくる変種間の発音の相違 が大きかったこと、⑶こうした発音差がもたらす階級差と一体となっている心理的イメージの違いが 大きかったことが主たる要因となり、民主的な共通語的発音の決定が困難であったといえる。このよ うに変種間の音声上の相違(注 10)が顕著であるため、図 2 のピラミッド型の階層の中から頂点に位置 する RP が変種の代表として選ばれたのも首肯できる面がある。この図は模式的に縦軸は社会方言が 構成する層を示し、上に行くほど人口が少なくなり、横軸は地域方言の広がりを示している。頂点に 位置する RP は地域性を一切もたない点が特徴的である。 regional variation

lowest class: broad local accents highest class: RP

social class variation

図2(Wells 1982 : 14)  言語帝国主義的立場からみれば、イギリスは世界各地に英語を移植し、浸透を図るという不断の努 力を継続してきた。英語普及という目標に向けて、British Council などを通じて海外で展開する英語 教育におけるモデル発音としても RP を推奨してきた。外国人学習者の立場からすれば、習得した英 語の変種がイギリス国内では、学習者にとっていずれ Pygmalion 的な問題(学習者が実際に属する 階層と習得した RP 自体がもつ上位の階層イメージがずれてしまうこと)が生じる可能性(注 11)がある。 この RP モデルの盲点としては、Giles et al. (1990 : 191)が指摘するように不適切な場面で RP を用 いれば、外国人の話す英語であっても気取りの標識と見られたり、社会的な優越性を誇示していると 取られる可能性がある。 7.イギリス社会の変化  先進国における人権思想や民主主義的な考え方からすれば、かなり以前からイギリスの階層社会は

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いずれ大きく変化して平準化に向かわざるを得ないことは、時代の流れからいっても自然であり十分 に予測されることであった。つまり社会階層が崩壊すれば、必然的に社会方言も平準化に向かうこと になる。同一地域内に居住する話者がそれぞれ所属する階層によって RP と Cockney のように音形 の懸隔が極端に大きい環境では、発音で人を選別する傾向が生じるのは不可避であり、平等な社会と は相容れないものである。イギリスでは発音をもって、その人の属する階層を即座に判断するという 習慣があった。現在、高齢世代や保守的な考えをもつグループは別として、若い世代を中心に大多数 を占める人々の間では、RP の典型である有標 RP(marked RP)ないしは Refined RP が威信のある、 標準的な発音とはみなされず、場合によってはからかいの対象となることもある。王室の構成員でも、 1980 年代の若い世代(故ダイアナ妃、エドワード王子[ウェセックス伯爵]、セーラ妃[ヨーク公爵 夫人]等)から「大衆受け」する無標 RP(unmarked RP)ないしは General RP などを用いるようになっ たといわれている。このように現在では、社会的に特殊な地位にある人でも RP の特徴を薄めなけれ ば、一般大衆に不利な印象を与えることがある(Honey 1989 : 84)。この RP の分化傾向については、 Milroy(2001 : 17-18)が二つの見方を紹介している。  一つには、社会方言(social dialect)は階層が下がるにつれ、地域的特徴が徐々に入り込んでくる 傾向があり、現在は階層間の流動性がかなり高くなっていることもあって、RP も地域方言からの影 響を受けている。Cruttenden(2001 : 80)はこれを地域型 RP (Regional RP)としている。すなわち ロンドン南西部方言や Cockney の一部の発音からの影響を指している(Wells 1995 ; Trask 1996)。 Cockney 自体は労働者階級の変種として RP との相違の大きさから、かつては蔑視の対象とされるこ とが多かった。しかし話者数の違いや地域性の有無を考慮すれば、言語変化は多数の話者の動静によ り促進されることが多いため、少数派の RP にとっては分が悪く、Cockney からの影響を防ぐことは 困難となった。二つ目には、イギリスにおける教育の普及などの社会的変化により、階級差や教育レ ベルの差を強く意識せざるを得ない発音は、イギリス社会の階層性が薄まるにつれて好まれなくなっ たことを端的に示している。  イギリス社会が 20 世紀後半に劇的変化を遂げたことで、RP が大きな影響を受けた(Milroy 2001 : 16)もう一つの理由としては、教育の一般化により Public School で行なわれてきたような寄宿制度 や教員による組織的な取り組みがない限り、一般の公立学校という環境で発音教育を徹底することが ほとんど不可能になったことである。大多数の生徒が通う総合制中等学校(comprehensive school)で、 英語の発音指導が行なわれるとすれば、日本でいう「国語」すなわち English の時間のみであり、し かも教員は書記言語の指導を中心に据える傾向があり、英語発音を指導したりすることは授業時間内 でわずかしか行なえず、短時間の指導では身につかないからである(Honey 1989 : 86)。

 1945 年以前は一般大衆が RP を尊重する傾向がみられた(Milroy and Milroy 2012 : 50)。しかし第 二次大戦後から 1960 年代にかけて若い世代(yuppie)は、メディアを通じて RP よりもサッカー選 手やポップスターの影響を強く受けるようになり、多様な発音が一般化し始め、広い範囲の変種から 選択的に発音を取り入れるようになった(Knowles 1997 : 158)。また、ハリウッド映画やオーストラ リアのテレビドラマ等もイギリス国内で頻繁に放映されるようになり、これらの商業的成功に伴って 発音と階級差の関連が少ない国からの発音が徐々に浸透してきた。こうした様々な要因から、新たな 英語の潮流が見えてくることになった。

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8.河口域英語  この変種はジャーナリスト Rosewarne (1984) が命名し、注目を浴びるようになったが、一般の人々 が明確に意識せずに進行していた英国社会の発音の変化を先取りし、公にしたことにより人々の共感 を得て、短期間のうちに受け入れられたという経緯(Altendorf 1999 : 2)が示すように、社会的反響 が非常に大きいものとなった。  河口域とはテムズ川を指し、RP を母体とした発音体系の中にロンドンの南東部方言にみられる音 や Cockney の一部の発音が入り込んでいるといわれる。しかし研究者による定義に違い(Przedlacka 2001 : 36)があると同時に、提示するそれぞれの音素目録がかなり流動的なため、必ずしも一つのま とまった発音体系を示しているとはいえない。広義には「ロンドン周辺の中流階級の低位層(lower middle-class)が用いる変種」(Trudgill 2001 : 12)と定義され、現在河口域周辺を中心に外縁へ向け て徐々に範囲が拡大しつつあるという。したがって、地域方言の要素と階層方言の要素が入り混じっ ている変種ということができる。

 現在では、EE は RP と broad Cockney が両端にあると想定される連続体の中で、両者の特徴を 併せ持ち、図1に示した中層方言に近い形でほぼ中央に位置する変種とされる(Rosewarne 1994 ; Wells 1998 ; Altendorf 1999)。この変種を包含する地域で、EE の音韻標識(phonological marker)は、 Rosewarne (1984 : 29)によると下記の 4 点である。  命名者 Rosewarne (1994 : 6)自身は、今後 EE が平準化に向かう変種であるとしても、RP に代わ りうる標準発音としての可能性は少ないと述べている。その根底にはイギリスでは歴史的経緯から威 信のない発音は標準としては好ましくないという考え方が根強くあるからである(注 12)  威信ある発音としての RP は、当然ながら話者が注意しなければ、5 で述べたように、相手から反 感を買うことがある。しかも他の方言との差別化が生じることで、自動的に社会的に強い選別的機能 をもつという現象が生じてくる。例えば、広くイギリス国内外において、英語教員の採用に際しては、 イギリスやイギリス連邦出身の候補者の選抜にあたって、資格、経験、人柄はもとより重要な判断基 準であるが、RP 話者であるかどうかの方が優先されてしまう傾向があり、ある年齢以上の世代のイ ギリス人はこの傾向を事実として認めている (Milroy 2001 : 23 ; Honey 1989 ; Giles, et al. 1990 : 194 -196)(注 13)。イギリス系以外の候補者の場合でも発音は採用時に当然考慮の対象になるが、標準的 発音が GA のように多数派の変種であるならば、イギリス系の候補者と比較して発音の基準に抵触す る確率ははるかに少ないため、発音が不利な条件とはなりにくい。

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9.学習対象としての RP  日本でも現在 GA は英語を代表する変種となった(注 14)。外国人学習者にとっては基準が明確で、 学習に際して安心して学習目標とすることができる。かつて世界中で RP が学習対象とされていた 20 世紀前半までは、日本でも威信のある発音として明快な目標たりえていたといってよい。しかし イギリスの国際的影響力の低下などによって、その基準が大きく揺らいでしまった。英語教育関係者 の一部は EE をその後継変種と考える向きもあるが、この変種自体が大変流動的であり、基準として 捉えにくいことから、明確にイギリスを代表する発音となるとは予測し難い情況である。また外国人 学習者にとって、イギリスの国内事情は大きな関心事とはならないために、今後は RP を母体の発音 として、様々な形で変化が生じていく過程を観察してゆく必要があろう(Ramsaran 1990 : 190)。威 信の問題も絡めて考えると、これまでの流れと英語の音韻体系上のバランスからみても外国人学習者 にとっては General RP の変化形がイギリス英語の代表発音として望ましいものといえる。 10.おわりに  イギリスでは、かつての階層社会がその基盤を失う中で、発音としてのイギリスらしさであった RP が 1950 年代から大きく変化を遂げてきている。また EE が今後どのような形に変化し、中層方言 としての役割を担ってゆくかは不明である。時間はかかるであろうがいずれはどこかに落ち着くので はないかと推測される。これまでみてきたように、RP はイギリス国内においては立場の違いによっ て様々な感情を喚起するが、外国人学習者にとってはこうした問題はほとんど関係がない。これまで の RP の実体とかけ離れたものではなく、修正版 RP が限定された学習モデルとしては優位にある上 に、今後も命脈を保ってゆくのではないかと考えられる。  英語の国際化の伸展にともなって、インターネット等でも様々な立場の人によって英語でコミュニ ケーションが行なわれる時代にあっては、誰にでも理解できる文法や発音のルール等に向けてハード ルが徐々に低くなってゆかざるを得ず、標準とされる特徴自体が薄まる傾向にある。このように英語 の標準は大きく変容し、GA の国際的評価の高まりによってスペイン語やポルトガル語の場合と同様 に、言語を移植した先の国や地域の方が多数派となり、言語の標準という点でも世界の主流になると いう逆転現象が起きているといえる。

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1) 日本においては、現在アメリカ式綴り字が主流であることが一つのわかりやすい指標と考えてよい。    米   英 例:center – centre   color - colour   また英語の検定教科書に掲載される文法に関しても、例えば所有の疑問文について戦後しばらくはイギ リス式の Have you ~ ? であったが、1970 年代に教科書検定が強化される頃までには、すべてアメリカ 式の Do you have ~ ? に切り替わった(伊村 2003:170)。 2) 米国の人口はイギリスの約 5 倍である。さらにイギリス本国とイギリス連邦に属するカナダ、オースト ラリア、ニュージーランドの 3 カ国の人口を合計しても米国は約 2.5 倍であり、話者数の点でいかに大き な影響力をもっているかが理解できる。しかしイギリスとのこれだけの人口差にも拘らず、驚くほど米 国の方言差は小さいのが特徴である。(国連人口基金 [UNFPA]、世界人口白書 2014 の統計による) 3) 「標準」という用語は、基本的には英語の standard の翻訳語と考えられるが、必ずしも明確な対応関係 にあるわけではない。日本語では「判断のよりどころ(広辞苑)」というように基準を前面に出してはい ない定義が多いのに対し、英語では “a level of quality, especially one that people think is acceptable” (Oxford Advanced Learner’s Dictionary)となっており、少々ニュアンスが異なる。さらに英語では、 nonstandard(非標準)、 substandard(標準以下)といった対立や上下関係を示す語が見出し語としてあ らゆる辞典に採録されているのに対して、国語辞典にはこれらに対応する語が見出し語としては一切取 り上げられていない。辞典をみる限り英語では定義として明確に上下関係の存在を示す形となっている が、日本語の「標準」にはそうした規範的意味合いが希薄な印象がある。 4) 方言(dialect)や言語変種(variety)を考えるに際し、通常は音韻・語彙・文法など各部門を統合した 言語の総体が想定できる名称にすることが多いのだが、イギリスの場合はその名の通り、発音面に焦点 をあてていることがわかる。これは後述するが、イギリスのように階層社会の歴史をもつ国では、語彙 や文法よりも話者の属する階級方言(class dialect)が顕著に反映される言語部門が音声であり、発音の 差異が最も耳目を集める傾向にあることがその根本理由と考えられる。 5) 米国は広大な国土をもつために、国家の方針として州ごとに自治を認め、中央集権的な政治環境でなかっ たことが、ことばについても民主主義的な判断に到達したと考えられるであろう。

6) RP 話者は英国内では少数派で、推定で全人口の約 3-5%(Trask 1996 ; Trudgill 2001 ; Milroy 2001)に 過ぎないといわれている。Trudgill (2001 : 3)も述べているように、RP話者数が極端に少ないにも拘わらず、 標準的な発音として 1950 年代まで通用したのは、BBC などのメディアで採用された発音だからであり、「イ ギリス国民全体が問題なく理解できる発音でありながら、実際の日常生活の中で真の RP 話者と出会うこ とはめったにない」という現実がある。この事実からも、「虚構的な標準発音」が確認できる。 7) 音声言語は録音技術の発明・発達により、分析が可能となったおかげで、聴覚のみを頼りにしていた時 代から、動的にも静的にも研究可能な対象となり、この時期から音声学や音韻論の研究が大きく伸展す ることとなった。

8) Jones が 1917 年に本格的な英語発音辞典(English Pronouncing Dictionary)を世界に先駆けて出版した のもそうした意味を込めてのものかもしれない。当初は PSP、後に RP の音声をモデルとして、国際音 声字母(International Phonetic Alphabet)を使ってその基準を明確に示すことによって基準を示し、維 持しようと企図したのではないかと考えられる。 9) 日本でも、例えば地方選出の国会議員が中央政界では共通語を用い、地元に帰ると地域方言で地元支援 者たちと話すというように、ことばを上手に使い分けねばならないという状況がある。 10) 特に俎上にあがる典型的な発音例が⑴ /h/ 音の脱落、⑵ /h/ の挿入(過剰修正[hypercorrection]によっ て、本来存在しない位置に h- をつけ加える現象。例:‘height’)、⑶嵌入の /r/ であり、これらの発音を することだけで、かつては無教養の証とされた。(Knowles 1997 : 148-9) 11) 現在、口語では使われなくなったイギリス英語の文法項目の一例として、shall の意志未来に関する用法 がある。話者の意志を示す際に一人称を用いるのであれば、話者本人が主語であるためにそれほど特殊

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な印象は与えないが、2 人称や 3 人称が主語となるケースは、すでにイギリスでは廃れてしまった表現で、 文法書(CGEL, LGSWE, PEU)にも 1 人称以外の例は契約書や法律文書等を除いては取り上げられてい ない。これは階級社会が明確だった時代に主人が召使などに対して用いたものであり、主語の意志では なく、話者の意志が反映されるところに上に立った物言いの印象が強く出る。現在のアメリカ英語など では、shall 自体が人称に関係なく、ほとんど使われていないことがその証左である。この用法は特殊なケー スを除き、一般の外国人英語学習者にとっては不必要な項目だといってよい。

You shall do exactly as I say. (何から何まで私の言うとおりにせよ) He shall be punished if he disobeys.(彼が逆らえば罰を与えてやるぞ) 江川 (1991 : 219)   上記の 2 例のように、日本で出版されている主だった文法書(安井 1996:175;安藤 2005:302-3;宮川、 林編 2010:460)には、現在はほとんど使われていないという説明つきで用例として記載されている。 12) あるアンケート調査において、2つの異なる発音でアンケートの依頼を行なった場合、被験者の協力度 にどの程度差があるかについての調査がある。ある授業で高校生に RP と Birmingham accent でアンケー ト用紙への記入を依頼したところ、返却された用紙中、いわゆる自由記述欄に書かれた文字数が RP で 依頼した場合の方が全体で記述量としては 24%、トピックについては 48%多く書かれていた。また、中 流階級下位(lower middle-class)に属する主婦に RP と Cockney で 3 項目にわたるアンケートを依頼し たところ、RP の方がそれぞれ 33, 45, 72% も多く回答してくれたという(Giles, et al. 1990 : 198)。 13) 具体的には /h/ 音(aspirate)の有無が伝統的に最も顕著な基準であった。その理由は、かつてはイギリ

スにおける方言は歴史的に /h/ を発音しないものがほとんどであったが、Public School 内でいわゆる綴 り字発音をもとに /h/ 発音を復活させ、厳しく発音指導がなされるようになり、/h/ をきっちり発音する ことが Public School で教育を受けた人の顕著な特徴の一つとなった。映画 My Fair Ladyにみられるよ うに、Cockney 等ではいわゆる /h/ 音が全く発音されないために RP かどうか、すなわち支配階級(ruling class)に属するかどうかの判断上、主要な指標の一つとなったのである。

14) ヨーロッパでの英語モデルとしては、イギリスは距離的に近い位置にあるので、イギリス英語がこれか らも学習対象となる余地は残されていると考えられる。

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参照

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