真
言
宗
智
山
派 教 化 推 進
の
将
来
的
展
望
に
つ い
て
一安 らか な
る心
は
求
め
ら
れ る
のか ?
一片 野 真 省
プ
ロ ロ ー グ「
総 合調
査の担 当
の方
は ?」
「
はい 、何
で しょう
か ?」
「
ア ン ケー トで寺 院の 年 間収 入 を聞 くところ がある け ど、 選択
肢に赤
字、マ イナ ス の 金 額がない の は どうい
う
こ と なの か ?」
「その 場合 は、 その 他の とこ ろにご記 入い た だけれ ば ・ …
」
「
そ れ は、 東京の寺だ か ら そんなこと言 える んだ。 こっ ち (地方の 寺)は寺
が赤 字で成
り
立 たない の がほ とん どな ん だ よ。収
入の ない 、 持 ち 出し にな る寺が多い ん だ1
」「
・ ・ ・ …」
も
う
、 お よ そ20
年 も前に遡 る電 話で のや り取 りで ある。 真 言 宗 智 山派が 昭和60
年
度に実 施 した総 合 調査の 調 査期 間 中の こ とで ある。 実 施 担 当して い た智 山教 化研 究所に掛かっ て きた 一本の 電 話は、耳
か ら受 話 器 を遠 ざけ たく
なる ほどの剣幕
だっ た。電話
の 主はある教 区長だっ たのだが、 この 電 話 を受
けた筆 者は、 その後、 改めて総合 調 査の デ ー タ (本宗の寺院の実態)が深刻
で切実
な もの で あ るこ と を身に知 ら され たの で ある。真
言宗
智山派は、寺
院の多
くが寺の収 入だけで はや っ てゆけ ない 、 寺 院を 専 業に しない 、 い わ ゆ る兼 職 する教 師は全教 師の4
割。 住 職が 常住 しない 兼 務 寺 院は3
割 ある。 それ は何を意 味する のか ? まともな宗 教活 動を行 な う こ とがで きない寺
院3
〜4
割
を占
め る既 成教
団が、真言宗智
山派 なの である。 そ して、智
山派
の寺
院に属す
る少
なく
て も4
割
の檀信徒
は、確実
に真
言宗
の (133
)智 山学報 第五 十 四輯 教 えに浴してない のが 現実である。
こ
う
した実態は 、過去
の総 合 調 査の 分 析研 究におい て 、 すで に指摘 さ れて きた。 しか しなが ら、 これ まで の行 政 当局は 、 こう
した 経済 的に逼 迫 してい る寺 院か ら集
め た宗費
に よっ て実 施さ れて きた こ の 調 査の 分析
結 果に真
剣に 耳 を傾けて こなか っ た。 これま
でに調
査結果
か ら指
摘 された点の い くつ か を挙
げ る と次の とお りである。イ、 政
策
(教 化 推 進)立 案と行 政 と地 方 寺 院の間で は、 実 態で も意識 の 上で も大 きく乖 離 して い る。ロ 、
寺
院の 経 済 的基 盤 を強化
した り、活動
を活性化
させ る具体 的 な施 策が構 築 され ず、 行 政が ほ と ん ど
機 能
しない 。宗費
が施策
に生 か さ れ ない 。ハ 、 「つ くしあい 」運動が
宗
内に浸 透し ない ま ま、 その 後の 教 化 推進
が 形骸 化 し、 実 質 的に機 能 し な くな る。二 、 本
宗
の 人 材 養 成 (教 育 ・研 修)シ ス テ ム が 総 合 的 に構
築 さ れて い ない 。 子
弟教育
も教 師の生涯研 修 も場 当た り的に行な わ れて きた。こ
う
し た問題点
を改善す
る施策
の ひ とつ と して、 総 合 調査の デー タ に基
づ い て提 案さ れ たの が、 平 成9
年度
よ り智
山派
の教化推
進施策
として動
き出 し た教化
目標
と教化 年
次テーマ である。 四半 世 紀 以上 も前
に推 進さ れ た「
つく
しあい 」運 動の理念 を生 か しつ つ 、 その 問 題点 をい ろい ろな角 度か ら検 証 し て立案さ れ た。 また、 こ の 施策
は、 本宗
に とっ て初め て、 総合 調査の 分析 結 果 を充 分に踏 まえた教 化 推 進施
策 と言 える だ ろう
。そ して、 こ の よ
う
に して提 案さ れ た教化
推 進施 策
が、真 言宗智
山派の寺
院 ・教師
を初め と して 、宗
団全体に どの ように受
け人れ られ た か を問う
もの が、 平 成12
年度
に実 施 さ れた総 合 調 査で ある。 教 化 推 進施 策と総合 調 査が 、 表 裏一体の もの と して 、 智 山派の寺
院、宗
団全体
に反映
さ れ る シス テ ム とし て動
き 出 した こ とに な る。「教化 目標は末
寺
や檀 信徒 に何をもた らすの か ?」 「
教化年次
テ ーマ の 教化
活動が、 寺 院活 性 化や経 済 的基 盤の 再構 築
を可能
にす
る か ?」 「
寺 院
の経済
(134 )真 言宗智 山 派 教化推 進の将来的展望につ い て (片野 ) 的基 盤 を活 性化 させる教 化 活動の構 築につ なが るか ?」とい う観 点か ら、 本
宗
の 教化 推
進の将来
的展 望 を は か る、貴
重 なデ ー タ となる 。 ま た、 「寺
院の動態
が動
き出す 政策
(教 化推 進 施 策)を立案 す る」ために も、 しっ か りと し た調 査 分 析 と施 策立 案の た めの 教 化研 究に資す
る素材
と な る はず
で あ る。本論は、 こ
う
した視 点に よ り、 こ れ まで の総 合 調査 の分析 を も とに、 これ か らの智山派教 化 推進の 可 能性 と具体 的 方途を模 索 する もの で ある。1
.平 成12
年 度 維 合 調査の集 計 結 果と分析、 教 化 推 進上 の視 点平 成
12
年
度の 総 合 調 査におい て 、各調
査票
(寺 院 ・教 師 ・寺 庭 婦人 ・檀 信 徒) より
注 目 さ れ る ポ イン トを挙
げる と次
の とお りで ある。 イ、寺
院票
年 間総収 入が
300
万 円未 満の 寺 院は53
.7
% で 半数 を超 えてい る。1
年間の 教化 費用 は10
万 円 以 下 が55
.5
% で半数を超 えてい る。後 継 者の い ない 寺 院は
40
.8
% に昇る。「智 山 勤 行 式の 唱 和 を推 奨 してい ない 」は
40
.3
% に及ぶ。 また、 そ の 理 由と して 「奨め る機 会が少ない 」が47
.5
% に達 する。「お 仏壇の 荘
厳
・礼拝 を積 極的 に指 導す る」の は19
.8
% しか ない 。「
指導
しない 理由」
と して「
檀
信 徒 と接
する機会
が 少 ない36
.5
%」「
指
導
する必要を感じない32
.8
% 」と続 く。教 化 活 動 と して 「ご詠 歌
21
.2
% 」 「写 経9
.6
% 」 「写 仏2
.2
%」 「団 参36
.9
%」 「
巡礼
・遍路
22
.5
%」
が行
わ れて い る。過 去
5
年
間で 始め た行事
の上位5
位は 「1
位 写 経会」
「2
位
巡 礼」「
3
位 供 養」 「4
位 詠 歌 」 「5
位 文書 伝 道 」となる。 寺 院の 年 間総 収 入 と教 化 費の 現 状は、 真 言 宗智 山派が教 化 推 進 施 策を打 ち 出す 際に、 極め て 深刻な事 態 と受け止め な け ればな ら ない だろ う。 さ ら に、後
継者
の い ない寺
院の 将 来 的展 望 をどう切 り
拓 くの か ?後 継で きる寺 院環 境 を どの よ
う
に整 えるの か、手
当て すべ き現状は悲惨
なこと に なっ てい る。 先に 述べ た寺
院の経済
的 基 盤の 実 態 を もう
少し検 証 する と次の よう
なデータ (135
)智 山学報 第五十四輯 に
行
き当
た る。本宗寺
院の 内、「
年
間総 収 入は300
万 円 未 満 が53
.7
% で半 数 を越 える。」 「後継 者の い ない寺
院は40
.8
% もある。」 「
1
年
間の教化 費
は10
万 円以下 が55
.5
% で半 数 を越 える。」
という点
である。 こ れ らは、真言 宗智
山派の将 来、 こ れ か らの宗
団教化
推 進 を展
望す
る 上では、 見 過ごせ ない事
態 だろ う。 そ れよ りも、 智 山派 という
教 化 宗 団が、 将 来 的に崩壊
する こ と を裏
付
ける もの と言っ て も過 言で は ない 。次に教 化
年次
テーマ の 浸透
具合
であ
る が、 まだ まだ、浸
透してい る という
状 態に は程 遠い だろ う。4
年に満たない 期 間でそう
したこ とが達成
さ れ る と の見通 しが も と も と な かっ たの だ が、 既成教 団 とい う保 守 的で既存 概 念に溢 れ る流 れの 中 で、 即効
性 を求める施策が有 効 なはず もない 。 少 しずつ じっ く りと染 み 込 む よう
な施 策で な け れ ば、 持 続 すること は有 り得ない 。 その 際に、 こ の 「智山勤行式
の唱和」
と「
お仏壇の荘 厳
・礼 拝 」 を指導
しない 理 由に愕 然とさせ られる。そ れ は、
智
山勤行式
を厂
奨め る機
会が少 ない47
.5
」 と、 お仏 壇の 荘 厳 ・ 礼拝
を指導
し ない 理 由 として「
檀信
徒 と接 する機 会が少 ない36
.5
」 「指 導 す る 必 要 を感 じない32
.8
」という
数字である。 こ こに本宗
の教化推進
の 問題点
が 凝 縮さ れ てい る と痛 感せ ざる を得 ない 。 「檀 信 徒と接 する機 会 」 「指 導 する必 要性」
を イメ ー ジで きない 、 また、寺
院活 動に おける創 造性 と か、 檀 信 徒 に 臨 む 意欲に著 し く欠 ける寺
院 ・住 職 ・教 師の姿
が くっ き りと浮か ん でく
る。 ロ、 教 師 票大 正 大 学の 僧 堂 教 育につ い て 「不 十分である」は
43
.7
% にも及 ぶ。教師 養 成 と僧堂教
育
に何ら かの 改 善を求
め るの は79
.5
% もあ る。ご詠 歌 を 「習っ て い る」は
68
.4
% だ が 、 そ のう
ち 「続 けてい ない」
は
52
.3
% に もなる。 ご詠
歌 を継続す
る の は、 た っ た16
% しかい ない 。学
習 を継続
し ない 理 由は「
難
しそう」 「
興味
が ない」
を合 わ せ て51
.2
%になる。法
要で ご詠
歌 を「
参
列 者全 員で 唱 える よう
にす る」
は14
.8
% し かい (136
)真 言宗 智山派 教化推進の 将来的展望 につ い て (片 野 ) ない 。
「
つく
し あい」
を 「教化 の 根 幹とする」は38
.0
%、 「わ か ら ない 」の3
&7
% と なっ て い る。教化
目標
は「
知
っ てい る」
が70
.1
%、 「知 らない 」27
.0
% となっ て い る。 教化 目標が 「とて も良い 」 「良い 」を合 わ せる と822
% に達 する。教化 目標を 「意 識する」は
54
.2
%、 「意識 し ない 」は32
.8
% 、「わか ら ない」が12
.2
% と なっ て い る平
成13
年度
以降
の教化
目標
は 「現
在の もの を継 続 する」
は62
.8
% で、「
新
しい 目標
を設定す
る」
は15
.9
% となる。教 化
年
次テ ーマ につ い て は 「知っ て い る」
が61
.1
%、「
知
ら ない」
は35
.8
% と なっ て い る。平成
9
年 度の 年 次テ ーマ は「
と て も良い 」 と 「良い 」を合わ せ る と72
.4
%、10
年
度は80
,9
% に も及 ぶ。11
年 度は63
.6
%、12
年 度は64
.1
%となる。年
次 テー マ を 「意 識 す る」
は33
.6
% で、「
意 識
しない」
は43
.7
%、「
わ か ら ない」
19
.1
% となっ てい る。13
年 度以 降の教 化年
次テ ーマ につ い て は 「更 に 深 め る」が33
.5
%、「
繰 り返 す 」が182
%、 「新 しい テ ー マ を設定
す る」
は16
.2
% と な る 。教 師総合研修 会に 「参 加 し て い ない 」は
64
.9
% で、 分科
会テ ー マ の希 望 と して は 「
事
相18
.1
%」「
教 相
・事相
・教 化の 関 連16
.3
%」 「真 言密 教独 自の もの
15
.4
%」
の 順 とな る。阿
字観
を 「伝 授さ れ た」は43
.1
%、「
伝授
さ れ ない」
は54
.4
% となっ てい る。阿 字 観を伝 授さ れて も 「行っ てい ない 」は
69
.5
% に の ぼ り、 伝 授 されな くて も 「必 要 と思
う」
が74
.6
% とな る。一
番
関心 あ
る社会 問
題は「
教 育 問 題34
.1
%」 「
環境
問 題17
.4
% 」 「親 子関係
17
.3
%」
の順
とな る。 (137
)智山学報第五 十 四輯
本 宗の教 育 制 度につ い て は、 大 正 大学の僧堂 教育が機 能し な くなっ た
事
実 と、 教師
の 意 識 と して、 現 行 制 度を改 善 すべ きが8
割に届こう
とする現 状 を 考え れ ば 、当局は何を も置い て教育
制 度 改革
に着
手しなけ
れ ばな らない 。 こ の 教 師の声
を無 視 して、 何 もしない こ とが果
た して許
され るの だろう
か。ご
詠歌
が特
に寺院活動
の活性化
、檀信徒
教化
に欠
かすことの で きない 、 最 も有 効 な活 動である とい う意 識付け を、 教育
・研修
シス テ ム の 中で どの よう
に組み 入 れ る か が、 これ か らの密
厳流の隆 盛 の鍵 を握る と言えるだろう
。 ま た 、 せ っ か く宗
団が教化 年 次テーマ で ご詠
歌 を重 視 してい る にもか か わ らず
、 遍照 講の 理解
・対
応 ・戦略
は、「
機
を見
て敏」
という姿勢
か らは程
遠い 。「
講 員拡 充を は かる」とい うお題 目は耳に して も、 具体 的な方 策は何
も提案
さ れ ない 。宗
派へ の 組み入れ につ い て も、 将 来 的展 望 を描く
た めの戦略
は誰
か ら も何 も出て こない 。現
状 も維
持で きない 現実
にすぐ
に も押しつ ぶ されそう
な気
配ば か りが伝わっ て くる。教 化 目標 と教 化
年
次テーマ が評価
を得
られ るという見
通し は、 その 通 りの 調 査結
果 と言
える だ ろう
。 その こ と を念
頭に企画 したの で あるか ら、 提 案 し た こ とが 正当
だっ た という
ことが証 明 され た ことに なる。 後は、 本宗
教師
に受
け入れ られ た こ の 教化 推 進 施 策 をどの ように浸 透させ る か で あ る。 宗 内の寺
院 ・住職 ・教 師 ・寺 族 ・檀 信徒に受 け入れやすい もの 、 分か りや す い こ と を第一 に、 信 仰 を深め られる プロ グラ ム を構築す
るこ との みに心 を砕い たの で ある。 これ までの 総合 調 査の デ ー タ、 つ ま りは 、宗 内
の声
を生かすた め に 企画 された もの で あるか ら、 当然の 結果
と認
識してい る。 問題はこ れ か ら先 で ある。教 化 目標 と教
化年
次テ ーマ を 「知ら ない 」 教 師が3
〜4
割 存 在するこ と。 同じよう
な割
合で「
意
識 しない」
教 師がい る。 教化 に構っ てい られ ない の か 、 もう自
坊で教 化 活 動を充分に実施 してい るか ら なの か、 この 辺 り を どのよう に考
えた ら よい のだろ うか ?また、
13 年度
以降
の教 化
目標は同じもの を 継 続 するが6
割 を超 える。 その ま まの テ ーマ で さ ら に浸 透 をはかるべ き とす
るの が智
山派教師
の大勢
なの で ある。年
次テーマ につ い て は どう
か ?同じ (
138
)真 言宗智 山派教化 推進の将 来的展望 につ い て (片野 ) よ
う
に 「新
しい テ ーマ」
を望 む声
は2
割に も満た ない 。「
さ らに深める」 「繰 り返 す」 を合わ せる と半数
を超 えるこ とになる。 しか し、 こ こ で注
目す
べ き は 「さ ら に深 め る」 をどう解 釈 するか だろう
。 ただ、 これ まで の総合
調 査の デー タか ら浮かぶ 智山派の 体 質 と現 実は、 「同 じテ ーマ を 繰 り返 して充実
さ せ る」 との解 釈が妥
当と 思 わ れ る が どう
だろう。 ハ 、寺庭婦
人票読ん で い る 宗 内 出 版 物 は
「
生き
る力
SHINGON
56
。2
% 」 「宗 報
56
.1
%」 「檀 信 徒
叢書
83
%」 「
教 化 ライブ ラ リ ー5
.0
%」 「
智
山文庫3
.1
%」
と なる。期待 する
宗 内
出版物
の テー マ は 「寺 院生活43
.8
%」 「仏 教の 教え43
.1
%」 「
寺
の 行事
36
.1
%」
となっ て い る。ご詠歌 を 「習っ た
395
%」「
習っ て い ない57
.2
% 」。 習っ て い て 「続 けてい ない
34
.3
%」に なる。「
習っ て、続
けて い る」は お よ そ5
% で あ る。教 化 目標を 「知っ てい る
47
.8
% 」 「知 ら ない49
.9
%」
と なる。教化
目標は 「とて も良
い」 「
良い 」 を合わせ る と87
.9
% に達す
る。教
化年
次テーマ は 「全 部知っ てい る8
.9
%」 「
い くつ か知っ て い る34
.0
%」 「知らない
53
.7
%」となる。体験し た教化 活動 は 「団参 (遍 路 ・巡礼 )
34
.7
%」「
ご詠
歌309
%」 「写経
20
.6
%」 「写仏15
.5
%」 「阿字観2
.7
% 」の順 と な る。宗 内出 版物の 中で、 寺庭 婦人 に 目 を通 して欲 しい の に、 手に取られて い な い もの は 「檀 信
徒叢書」
で ある。 檀 信 徒に配 るた め に 出版さ れてい る資料に もか かわ らず、 檀 信 徒に接 する機会
の多
い 寺庭 婦人 が 、こ の 出版 物に接 して い ない 現 状は、 教化
推 進 を図る上で は大
きな課
題 と言 える だろう
。檀信徒
が 読 む もの を同じ よう
に寺
庭 婦 人が読む意義
は、 大 きい だろ う。各
地 域の寺
庭 婦人会や研 修 機 会な どで檀 信徒 叢書の 輪読等
を推 し進め る こ とで、教化
目標 や教化年次
テーマ へ の理解が 深 ま るこ とも考え られ る。 (139
)智山学報第五十四輯
寺
庭婦
人の立場、寺
院にお ける役割
、 その重
要性
は、 もう
すで にい ろい ろ な機 会で指摘
されてき
た が、宗派
が寺庭
婦 人に対 して何
らかの アプ ロ ーチなり
、 メ ッ セー ジ を発 信 して きたこ とは ほ と ん どない 。 子弟 教育
に し ろ、寺
檀 関係
に しろ、寺
庭 婦人 の 果たす 役 割は重 要 な位 置 を占めてい る。 や りがい の ある寺
院生活
を営
め る よう
に、 これか らは、宗派
が そのモ チベ ーシ ョ ンを喚
起 する方
策を打ち出す
必要
が大
い にあ
るだろう
。 に もか か わ らず
、 こ れ まで に当局か らも教 化セ ン タ ー や遍 照 講か ら も具体策
は何
も挙
げら れて い ない 。 二 、檀信徒
票期待 する宗 内 出版物は 「仏 教の教 え
56
.0
%」 「寺の 行 事48
.4
% 」 「社 会問 題
14
.7
% 」 「家庭問 題13
.1
%」 と続 く。教 化 目標 を 「知っ てい る
53
.6
%」「
知
らない44
.2
%」
となっ てい る。教化
目標
は 「とて も良い」 「
良
い」
を合
わ せ る と95
,8
% に達
する。教 化
年
次テ ーマ は「
全部知
っ てい る7
.4
%」「
い くつ か知っ て い る41
.9
%」
「
知
ら ない46
.0
% 」 となる。お 仏壇 は 「
毎
日 お 参 りし て い る74
.8
%」 「時 々 お 参 りして い る22
.7
%
」
となっ てい る。参
加 し た行事
は「
団参
(遍 路 ・巡 礼 )19
.7
% 」 「ご詠
歌172
%」 「
写 経8
.2
%」 「写 仏5
.2
%」「
阿字観
O
.7
%」の 順 とな る。菩提 寺
に求
めて い る こと は 「墓地の維 持 管理27
.3
% 」 厂信 仰の よ り所25
.7
%」
となる。檀信 徒 調 査に 関 しては、 現 在の総合 調 査の 調査 方
法
では限 界が あるの で、 こ の デ ー タだ けで智山 派檀 信 徒の実 態とす
るこ とは難しい 。 今回の デー タ も 好 意 的 な檀 信 徒の 回答
である ことを念 頭に置 く必 要 が あるだろう
。 あく
まで も参 考資料
と して活
用 する こ とが望 ましい 。檀信徒
が興 味 を抱 くもの は、「
仏 教の教 え、 その 本質
を余
すことな く知り
たい 、体感
したい」
という
こ とに尽 きるの で ある。 但 し、 こうした檀信
徒が 必ず存在す
るこ と は確 かである が、 その 一方で 、無関
心 な檀信徒
が大勢
を 占 (140
)真言宗 智 山派教化 推 進の 将 来的展 望につ い て (片野) め るの も
事実
で ある。 要は、 何が きっ かけで、 精神 性 とか宗教 的 な もの、自
然との融 合に興 味を持つ か、 その こと を しっ か りと見極めて、 そ れ に対 応 し た宗 派の教化 推 進 な り、寺 院の教 化 活動の 具 体的対応 をい か に実現化 するか で ある。 たっ た4
年 間の教 化 目標 と、1
年
ご との年
次テーマ の 啓 発に もか か わ らず
、教化
目標
を知
っ てい る が53
ポ イ ン ト、 教 化 年 次テ ーマ の い くつ か で も知っ てい るが49
ポ イ ン トもある の は、 予想
以 上 の反 応 と受 け 止め るこ ともで きる。 この ま まの テーマ で2
期 ・3
期 と繰 り返 さ れ れば、推
進 施策
(戦 略)次 第で、 大 きな効果が 持て る と期 待を抱か せ る。ま た 、
菩提寺
に求
め ることで 「墓 地の 維 持 管 理 」と 「信 仰の より所」
に ポ イ ン ト差 が ない の は、宗派
の 教化 推 進の 可能性が、 将 来 的に大 き く拓 けてい るこ と、 檀 信 徒 が何 らかの 信 仰 な り、 心の よ り所
を求
めて い る 可能性
を感じ させ るの である。 ホ、 調 査 分 析か ら見 え て くる ポ イ ン トこれまで に総 合 調査の 調 査 票 別に、智 山派の実
態
の ポ イン トとな る とこ ろ を見
て きたわ け だ が、 その ポ イ ン トか ら浮か び 上 が る問題 点 を、 乱 暴 では あ るが簡 単に まと め る と次
の よう
に な るだろう
。◆
収 入が極めて少 ない寺
院 を宗派
は どうす
るの か ?◆ 檀 信 徒が訪れない 寺 院、 檀信 徒 と
接
する機
会が ない 住 職 ・ 教 師の 目的 意 識 をどう変 えて ゆ くか ?◆寺庭婦
人の 意 欲 を まっ す ぐに育むには どうすれ ばい い か ?◆どうすれ ば仏の教え は き ち ん と寺 院か ら檀 信徒 に伝わるか ?
◆信
仰の よ り所 を求める檀 信徒 に どう
応 えるか ?こ の
5
つ の ポ イン トが、 総 合 調査 か ら導 き出 されるこれ か らの智
山派
が取
り組 むべ き課 題で ある。 こ の課題 に具体
的で、 きめ細か な施 策をか たちづ くり
実現する こ とが行 政のなすべ きこ とで あ り、 そ れ が、 宗 内の声に応 え、 調 査費
用 を無駄 に しない 、 宗 費を有 効に活用するこ とにつ なが る の である。 (141
)智山学報 第五 十 四輯
2
.分析
研究
から見 えてく
る課 題 イ、 宗 団 ・ 教 区 ・寺院
・ 教 師 ・檀
信 徒の構造
の終焉
これ まで の智 山派 は、 宗 団 と行 政 単位の 教 区と寺 院とい う構 造で成 り立っ て きた。 寺 院に は住 職 と そ れ を補 佐 す る寺庭 婦 人が居て 、寺
院 (菩提寺) を 支 える檀信
徒が い る。宗
団は子弟
教育
の点
で 、寺
院に とっ て後
継 者 養 成に必 要 な存在
で あっ た。 しか し、 子弟 教 育に対 する不満 は恒 常 的に募 り、 その 打 開策として、 教 師の 生涯研 修 が 導入 されたが、 こ こに は、何
を 目的に学
ぶ の か とい うモ チベ ーシ ョ ンが 不在の ま まで あっ た。 僧 侶 に な る た め に何が 必要 か ?寺
院住
職と して、 檀信 徒 に対 応で きる人材の養 成、 その ため に何
が必 要 か とい うこ とが 、 はっ きりし ない ま ま 、つ くしあい 以 降の 宗団の 流 れ が あ り、 これ まで に至っ て い る。さ らに、 教
化
を推
進す
る こ と が打
ち出さ れて か らも
、宗派
の構
造に は大 き な変化は見 られ ない ま まであ
っ た。教化
研究所
が 立案
し た 「つ く しあい 」 も、当局
が提案
しても議会
の反応
は鈍か っ た。 そ れ は、宗
団の構 造に対 応 して末 寺に伝わる シス テム を導 入しなかっ たこと、 研 修機 会の 拡 充に積極
的 に取 り 組 まな かっ た こ と、 寺院の 現 状 を把握しな かっ た ことの3
点 によ るの である。 この 点 を整備
して、機能
的な推進施
策を導
入しなけれ ば、 教 化に よる宗団
の活
性 化は絵に描い たモ チ に もな らない 。そ もそ もは、 宗 内に蔓 延 する発 想の 固
定化
がす
べ ての 元 凶だろう
。 動態
に 変化が見 ら れ ない か ら総合調査 を縮 小する、 という
発 想は、 宗 団を単に研 究 調査 対象
と して しか捉 えてい ない 。 宗 団における宗 勢 調 査は本 来、 宗団の 方 向性や 将 来 的展望 を見通 し、具体 的 施 策を導 き出すた め の もの であっ て、 結 果 を後
追い 分析
するの で あるな ら、無駄金使い 以外の何
もの で もない 。 調査 の デー タを下に、 これか らの教 化 推 進や教育
・研修
の あ り方
を提
言で きるも の とすべ きで ある。 その 意味
で は、研 究部
門と施策
立案
部 門と行 政 部 門が綿密
に連携
して 、初
めてその効 果 が発 揮 さ れ るの である。 つ ま り、寺
院の動 態 が動 き出すた めの 政 策 (教化推進 施 策) を企画 ・立案
する。 そ れ が で きる プ ロ ジェ ク ト と分 析研 究が、 い ま、 硬 直化 し た智山派には 必要 なの である。 (142 )真 言宗智 山派教 化推進 の将 来的展望 につ いて (片野)
そ うい っ た観 点か ら、
宗
団の構造
は、寺
院が何
をした ら良い か をア ドバ イ スす
る と か、 教材 を供 給 する こ と をメイ ン とす
る教化
とか、宗団
と寺 院の 関 係の み をクロ ー ズア ッ プする だ けで は、 もはや成 り立 たない 。 ス ロ ーガ ン運 動や 出版物 配布
至 上 主義
でこ とは 足 りない 、 くらい の 姿 勢で 臨 まない と、 教化推
進は実効性
を伴う
もの とは ならない の で ある。白
日の 下 に何 も晒さない 、 臭い もの に蓋 を した状態
の宗
団の現 状に、 メ ス を入 れ、 しっ か りとした治療
な り処 方を施 すべ きである。 こ れ までに誰 も触れ た が らない 問 題 点。 そ れ は 次の3
つ に ま とめ られる。受 益者 負 担 意 識と宗 団待望論〜宗
費
を増 や して寺院をケア する か、 独 立採 算 寺 院とする か 〜宗 団教 化の 限界 と可
能性
〜誰が寺
院や教 師の活動 を ケアするの か ? 一一カネにモ ノ を言わ せ る教
化
とカネの か からない 教化
現
在
の智
山派
は、別
院真
福 寺の 債 務 問題で、 緊縮
財政 を強
い られ る状 況に ある。 しか し、 だ か ら と言 っ て 、 既成教 団 と して の根幹
に か かわ る部分
に ま で圧 迫を加える こ とが、宗
団の 将来に とっ てプ ラス になる こ とか どう
か、 こ の とこ ろ は慎重 に も慎重 を期 さ ない とい け ない 。 同時に、 宗 団の 将 来のあ り方
につ い て、 建 設 的 な議 論 を積み上げて、 智山派
が どの ような方 向に進むの か を明
らか に しな ければ な らない 。 檀 信徒 数 や寺
の 規模
を少
なく申告
する よ うな宗費
査定
の姿勢
は、直
近に正 すべ きで あるし、 少 しで も多 く
の宗費
を有
効に活 用 すべ きで ある。どの よ
う
に有 効に活用 するの か ?経 済 的基 盤
i
を確
保で き る教化 活動 を宗 団が推 進 して、 寺院の 充 実 強 化 をは かる戦 略を立ち上 げるこ とで あ る。 その モ デル ケース と して、 別 院真福 寺
と総本
山智積
院の 信徒の獲 得を 目標と して 、 そ れ に適 した教 化 活 動 を実行 するの で ある。 ま た、 過疎 地域 な り地方寺
院が 活性 化 され る 教化活
動の マ ニ ュ ア ル (ノ ゥハ ゥ)を提案
して、 な りふ り構 わ ず推 進する こ とで ある。 先に挙
げ た ポ イ ン トの3
点は、 これ か らの智
山派
が、 中規模の 既 成教 団の教 線を維持
、 ま た は、 拡 張する ため に、 目 を背
けられ な い現実
なの であ
る。 (143
)智 山学報 第五 十四輯
独 立
不
採算
を強い られてい る寺
院に、 い きなり独
立採算す
る よう
に働 き
かけ
て も、何
も先
に は進 まない 。檀徒
が少
なけれ ば信 徒 を増やす 活 動 を立 ち上 げて み る。 住 職 が 兼 職 してい る な ら、 寺 庭 婦 人が 教化 活動
(ご詠 歌 等) を 行っ て み る。 住 職 も寺庭 婦 人 も働い て い る場 合は ・ ・ ・ …そ
う
した ケ ー ス ・バ イ ・ケ ース で きめ細か く具体
的な取 り組
み を 、宗
団の 関係 機 関が、 積極的
かつ親身
に具体 案
を提起
して、 い ま、 す ぐに で も推 進 をは か らなけ
れ ば、事
態は悪化 する ばか りである。 口 、檀
信 徒のための教 化 推進の本 質は ?こ れ まで に 「檀 信 徒が 寺に集 ま らない 」 「寺 院活 動へ の 興 味が薄い 」とい
う
嘆 きの声
を耳
に して きた。 しか し、 その声
は、本当
に様
々 なこ とをや り尽 した果
ての切実
な嘆 きの声
なの だろう
か ?あ
え
て言う
な ら、 その 嘆 きの 一部
に は、住
職 ・教 師
の言
い わけ、「
慢性
的怠
惰 症 候 群 」の 発 露に よるの で は ない だろう
か。今
のや り方
が、檀信
徒の望 むこ とと乖 離してい る。 檀信徒が 本 当にやっ て欲 しい こと にマ ッチ してい ない 。 そう
視 点 を変えて み る こ とが で き ない の だ ろう
か ?もっ と、 檀 信徒が本 来 的に、本 当に望ん で い る もの が
何
か 、 ど んなこ とに檀信 徒が興 味 を抱い て い るの か ?どん な
行事
・体
験 に惹 きつ け られるか を真剣 に檀 信 徒の 立 場に立っ て考
えて い る のだろう
か ?檀 信 徒 が 欲 しい 時に、 受 け入れ や
す
い方法
で 、 教 化活
動を行
おう
とい う姿 勢が あ る か どう
か … …。檀 信 徒は、 い つ も、
何
か し ら不 安を抱い てい る。 本 来 あるべ き 自分の姿
が、今
の 自分で は ない こ とに気づ い てい る。 自分の 能力 を使い 切 っ てい ない 、 何 か よ り所 となる もの を求
め て い る。 癒 さ れ たい と心の 底で は願っ てい るの で ある。 に もか か わ らず
、 これ ま での既成
教 団の寺 院は、 そ う した檀信 徒の望 み か ら、 目をそら して きたの である。 墓さえあれば、 墓に お参
りに来る檀 信 徒は、 苦 もな く来 訪 するリ ピーター、 お 得 意様
に もか か わ らず、 手厚い もて なし、 サ ー ビス (この 場合は 精神的、心 的ケ ア とい うこ と) を怠っ て きたの で あ る。 そ れ が積 もり積 もっ て慢
性 的怠 惰症候 群なる、現代 寺 院病
(日本人の 特 (144
)真 言宗智山派教 化推進 の将 来 的展望につ い て (片野) 性 ?) を発症 させ た。 その症 状は檀 信 徒に も 目に見 え ない 形で 、
皮膚 感覚
で 伝わ り、 か たちを変 えて、 今 度は、 葬 式仏 教 批 判へ と転 化 し た よう
で ある。 こうな る ともう
、 内心 に負い 目の ある寺 院住 職は、 葬式 仏 教 批 判に ひ たす ら 沈 黙 を守
る しか ない 。 もは や、 毅 然 とした態度
で 引導
を渡
すはず
の 三界の大
導師
は幻
想の 産物
となり
、 檀信
徒か らは死んだ時には必 要 な存 在、 生 きて る 内 には、多
くを期待され ない 、多
く を 期待さ れて も住職、 教師は困惑する寺 檀 関係が暗黙の 了解と な りつ つ あ る。そ れで は 、檀 信 徒が 心の 中で望 みつ つ も、 その 期
待
をどこに向けてい い か わ か らない コ ト とは何か ? それ は、 こ れ まで の 総合 調査の デ ー タ か ら、 お お よそ読み取
る こ とがで きる。 それ は次の3
点になる。心の より
所
となる対象
(ご本尊 ・ご先 祖 ・お 仏 壇)を礼 拝す
る。礼 拝 する 時に媒 体 となる モ ノが必要となる。 (お経 /智 山勤行 式)
自分が 自分 の
手
で実
感、体
験、体
感で きる機 会が欲しい 。こ
う
し た3
点
に基づ い て寺
院で 何を や るか、 何がで き るの か を考 えた 時に、 や れる こと はい くらで もある。 檀 信 徒が何か よ り所
を欲 する契機
に、 “ ドン ピ シャ ” の タイ ミン グで寺の 活 動へ の参
加を勧
め る こ と。 そ れ が、教化
の ス ター トで ある。 その 絶 好の 機 会 を逃 さない とい う配 慮 が な け れば、 い つ まで経
っ て も檀信 徒の 足は寺の 門を潜 ら ない ので ある。た だ事 務 的に、
寺
か ら行事
や活 動の案 内
を檀信徒
に送っ て、 そ れで後は来 るの を待つ 、 なん て怠惰 な姿 勢で は 、 もはや何 も期待 されて ない寺
院 に、檀
信 徒が 関心 を抱 くこ と な ど思 い も寄
らない 。寺
か ら檀信徒
に対 して、 い つ も、 どんな時で も、粘 り強 く根気
強く
、諦
めず
に働 きか ける こ とは勿 論、 この 人 は、 この檀 家は、 と思う
とこ ろ に は、直接
、 電話勧 誘
したり
、家
を訪れ る く らい の こと (世間で言 う営業 ) は、 当た り前
の こ時勢
なの であ
る。特
に、新
盆 の 檀 家に 対 して 、 行 事へ の 参 加 を勧め るの も効 果 的 なアプロ ー チ (営 業) と 言え る だろう
。親
しい 人 を亡く
して、 心の 支 え を失っ た檀 信 徒に、 さまざ ま な教化活動
は、 生 きる力と勇 気 を与 えて くれ る に違い ない か らであ る。 何よ り初め が肝心なの であ
る。寺
へ 来ることに躊 躇 が な くな れ ば、 リピ ー ター は (145
)智山学報 第五 十 四輯 少 しずつ で も、 目に見 えて増 えて ゆ くだろ う。 檀 信徒は どん な時に寺 を意 識 するの か ? どこ に も持っ て行 きようの ない 、 癒 さ れ ない 想い に、 寺は ど ん なアプ ロ ーチ が 可能なの か ? わ れ わ れ は 、 い ま、 こ
う
し た社 会 状
況 に の 点につ い て は すで に別の機 会に しつ こ く触れ てい る) だか らこそ、 檀信 徒 を見つ め る視 点に、 これ まで とは違う
何 か を組み入 れ な くて は な ら ない 。 では、 どん な檀信徒観
が考
えられ るの か ?これ まで に
触
れ たこ と をまとめる と次の よう
に なる。何 もしない 、 檀
信
徒と接す
る機
会が少 ない 、 檀信徒
が来
るの を待
つ だけの
寺
院住
職に救
い を求
め る檀
信 徒はい ない 。檀
信徒
は、 誰か (住職)が手を引き寄せて くれ るの を待っ てい る。自
分の信仰
の段
階 (深 ま り)が自
分で確
認で きる シ ス テム (信 仰プロ グ ラム) を望ん で い る。これまで 、 見 過ご した ま まに して きた
寺檀
関係
に、 こう
した檀
信 徒観
を も と に、檀信徒
の (心 を支え、信 仰を確 認 し深め ら れる)研修機 会
の拡 充を大々 的に は か るこ とが 、智 山派の教化 推 進の方向
性 なの で ある。 ハ 、真
言宗
の特徴 を活
か し た教化
活 動の模索
真
言宗
に培わ れて き た教 化 活 動は、 わ れ わ れ僧 侶 自身がその 潜 在力 を自覚 する数 百 倍 も、 迷 える人にパ ワー を起こ させ る もの で ある。 しか し、 その 威 力を実 際に自
覚してい ない のが、 最 近の真 言宗の 僧 侶、 わ れわれで ある。 こ れ までに培
われ て きた寺
院の 教化活動
を見直す
。檀信徒
の 信 仰を育
む た めの「
信 仰
プロ グ ラ ム」
を構 築す
る。 そう
し た方 向性
か ら導
き出
さ れ るコ ンセ プ トが次
のポ イン トとなる。詠 歌 ・写 経 ・写 仏 ・巡 礼 (遍 路 ・団参) をセ ッ トに した
循
環型 の 総 合的教化活動
を確
立する。発 心
式
・結縁 灌
頂 ・阿字観
という
流 れの中で、信 仰を深化 させ 、 自ら実
感
で き る教 化 活 動を構 築する。祖 師へ の報恩 謝徳 を積み重 ねる行
事
・活 動 を模索す
る 。 (146
)真言 宗智 山派教化 推進の 将 来的展望につ い て (片野)
この
真
言宗
の特
徴 を生か した教化 活動 と、 先に挙
げた檀信 徒の 期 待 する活 動と を組み合わ せ た もの が、 平 成9
年
度よ り4
年
間の プ ロ グラ ム で構 築 した 教化 年 次テーマ である。 こ の教 化 目標と教 化 年 次テーマ は次の通 りで ある。◆平
成9 年
度版 「生 きる力〜安らかなる心を求めて〜」1
年次 「
檀信徒
が智
山勤
行式
をお唱 えする よ う徹 底をは か ろ う1
〜 お経 をお唱 え しよう〜」2
年 次 「檀信 徒が お仏壇
を日常 的に礼
拝す
る こ とを奨励
し よう
1
〜 お仏 壇を礼 拝 し よう〜」3
年
次「
み ん なで宗
教的 感動
を体 験 して み よう1
〜 ご
詠
歌、 写経 ・写仏、 巡礼 ・遍 路 ・団参〜」4
年 次 「心に安 心の 感 得 を 口指 そ う1
〜発 心 式 ・結 縁 灌 頂 ・阿
字観
〜」
智
山勤
行 式は、 檀 信 徒が礼 拝 する時の 媒体 となる もの で あ り、繰 り返 しお 唱えするこ とで、 心 に安寧
を得
られ る。 い つ で も どこで も、 亡 き人の菩提
を 祈 り、 また、 自らの 願い を祈る際に、 繰 り返 し唱えるこ とで、 自らが願 うこ とを実感 し、 希 望を 生み、 勇 気を育む。 そ して、 心の よ り所 と な る対 象を礼 拝 する、 その対象
は、真言宗
の ご本尊
さまと真
言宗
の お祖 師さまとご先 祖さ まの あるお仏 壇で ある。先祖供養
を心の糧
とす
る 日本 人に、 これ だ け機 能 的 な構 造 を要 した仏壇の礼 拝 を奨励 す るこ と は、真
言宗
教化
の根本
と言っ て も 過言で はない 。 い つ で もどん な時で も智山勤行 式を お 唱 えするこ と、 毎 日、朝
に晩に お 仏壇 を拝むこと。 これ は、 真 言 宗の 檀 信徒の営み と して、 習 慣化 さ せ る まで、 徹 底的 にこの 教化 方針 を推 し進め るべ きである。つ ま り、 寺 院の 年 中行
事
や檀
信徒の 仏事
に おい て、智
山勤行式
の お 唱 えを 飽く
こ とな く推 進す
るの である。 年 回忌の ご法事
、 お 通夜
、施
餓鬼
・彼岸会
その他の法 要の中で も、 檀 信 徒 と 一緒に智山勤行 式 をお唱 えする 。 ま た 、 お 仏 壇の 飾 り方、 礼拝の仕 方 も、 身を挺 して積
極的 に檀 家に出 向い て指導
し、 礼拝の 際に は、 智 山勤 行 式を お唱えする よう
奨励 するの で あ る。次
に、循環
型の 総合 的教化
活 動 と捉 え た 「ご詠歌 ・写 経 ・写 仏 ・巡礼 ・遍 (147
)智 山 学報第 五 十 四 輯 路 ・団
参」
は、 この活動
を 一連の 流 れの 中で、檀信徒
が 自らの行為
と して実
践す
るこ とに よっ て信仰
を深め ら れ るのが ポ イ ン トと な る。 ご詠 歌を修
練 し て 、 その成 果 を霊 場や本 山で奉 詠 し て初め て 「ご詠 歌 をや っ て い て良か っ た」「
ご詠歌
は ほ ん とに良
い もの だ」
という
実 感が沸い て くる。 巡 礼の 結 願 の 霊 場で ご詠 歌 を お唱 えする時、 感 極 まっ て声
を震わ せ た経 験 の ある方は きっ と多
い はずだ。 もっ と、 ご詠 歌 を練 習 し よう
1
この 次は、 あの 霊
場
に行
っ てみ たい1
多
くの 人 が、 そう
心に 強 く念 ずる こ とになる。 同じよ うに、 写 経や写 仏 も、 自らの手で、 仏を描 き、仏の教え を書 写 した もの を、 霊 場に 納 経するこ とで、仏 を実 感 し、 心の安寧
を積み上 げる こと になるの で ある。そ して、
自
らの信 仰、 心 の有 り様 を体 感 し、 その深 ま りを実 感で きる機
会 となるの が、発
心式
と結縁灌頂
、 さ らに は阿字観
であ
る。信仰心
を発 し、 仏 の世
界 (雰 囲気 )を体感
し、 仏自体
を自
らの心に感 じる。 この 流れ も、 檀 信 徒が信 仰 心を育み 、 深め る視 点か らすれ ば、 一連の 流れ と し て、 信 仰を深化
させ るプロ セ ス を重ん じるプ ロ グ ラム と し て捉
えるべ きである。こ うし た教 化 活 動はすべ て、 指
導者
の や り方
次第
で 、 真 言宗の特 長を最 大 限 に活
かす
ことが で きる。 同時
に、檀信徒
の信
仰 心の 深 ま りに応 じて 、 その活動 内
容を広め深め られ、 繰 り返しその 活 動を積み重 ねて も、 飽 きる こ となく
、自身
の信 仰 を よ り高い (深い )状 態へ と育め る (ス テ ッ プ ・ア ッ プで き る)の が、 最大の 利 点 とな る。特
に阿字観
は、 その時の体 調や 精神 状 態の変化
が、 その ま ま反 映 さ れ る。今
日 はう
ま くで きて も、次にも う ま くで きる と は 限 ら ない 。 そ うした、 その刹 那 刹 那の 心や身体
の 状 態 を確
か め られ る。 さ らに、奥 深い 自心を知る こ とがで きるの で、 癒さ れ ない 現代人
に は、格好
の 精神
世界
を実感
させてく
れる。 そ れ は、 阿字観
が、 い わ ゆる、 究極の 教 化 と 呼 ばれ る所
以 である。3
. これ か らの教 化 推 進 施策 具 体 案 イ、 教 育 ・ 研 修にお け る根幹
か ら の構造改革
智
山派
の宗
団規模
の 教 化 推 進 を紐 解 くと、 「つ く しあい に よ る教 化理念 の (148
)真言宗 智 山派教 化推進の将 来 的展望につ い て (片 野) 実
践」
が は じめで ある。 その 「つ くしあい 」の 教化 推進 が、 推進 さ れ ない ま ま、 形骸化
し、瓦 解 し た原 因は、 もうすで に さ まざま な機
会に触れて きたの で 、 こ こ で は言及 しない 。 しか し、 その原 因か ら学び、 課 題 を活 かすこ とが な けれ ば、智
山派
の こ れ か らの教 化 は推 進 しない だろう
。智
山派
の体 質
を しっ か りと把 握 した 上で 、 その体質
が拒
否 反応 を起
こ さない よう、 実態 を無 視 するこ とにならない よう
な推進施策
を構 築しなければ な らない 。 その 為に も、 本宗
の教化推
進の基 本 的 なス タン ス、 理念 をしっ か りと提 起 してお くこ とが 必 要であ る。宗 団教化 を推 し進め る に は、 寺 院の 住職 ・教 師の 理 解 を得 ら れる 内容 と機 会を吟 味 し なけれ ばならない 。 本宗の さま ざま な レ ヴェ ル での 研 修機 会の充 実は、 教
化推
進の 生命線
である。 教 化 とは、 端 的に言 えば 「入 材 を養 成す
る こ と と信仰
を深め る こ と」に尽 きるだろう
。 しか し、 現在
の智
山派
の「
教 相 ・事
相 ・教 化 」という
ジ ャ ン ル で の教 育 ・研 修は限界を通 り越 し て い る。 この こ と は、 総 合 調 査 の い くつ かの デー タか らも読み取れ る。 つ ま り、 教化 推 進 と は 「お 大師 さ まの教え が檀 信 徒 に しっ か り伝 えら れ る人材 を養 成 す る。」「仏 教 を 正 し く理解し、 お大 師 さまの ご遺 志 を体 感 (宗教 的体験)して い る 人材を養 成 する。」という
こ とに なる だろう
。教化 を推 進 するた めには、 ま
ず
、 一 にも二 に も人材
の養
成 、啓発機会
の拡 充、 つ まり
、教 育
・研修体制
の整
備で ある。 そ れをい くつ か に まとめ る と次 の ようになるだろ う。◆ 教 師の 研 修 ・教
育
の新
しい 形式
・方
法を模 索 する。◆
これ か らの 教 師像 を確 認 する。 〜仏 教 (宗教 )倫 理の構 築〜◆
檀 信 徒が真 言宗の 信 仰 を育 む教 育プロ グラ ム (カ リ キュ ラム )を構 築
する。◆
その プ ロ グ ラム を指導
で きる教 師を養成する シス テム を確立する。こ
う
した 基本的 な 理 念 に基づ い て、 教 育 ・研 修 ・啓発 機 会を機 能 的に充 実 さ せ る こ とが 、教 化 推 進の い ちばん根 幹 となる。 宗 団 ・教 区 ・寺 院におい て、宗 団
が掲 げ
る教化施策
が、 しっ かり
と隅
々 にまで行
き渡
る よう
なシス テムを (149 )智山学報 第五 十四輯
構築す
るこ とが肝 要 なの で ある。真 言
宗智
山派
が こう
した状 況に置か れてい る に もか か わ らず
、 宗 派 内の 関係機
関の連携は絶望 的 に希 薄である。 こ うした状 況 を切 実に認 識 してい る指
導者
は極
め て限 られてい る。 例え ば、 教師
で あれば誰で も参 加で きる、 教 師 の研修機会
の門戸
を開
い た教 師総 合研 修会
だ が、 そう
した研
修機
会の拡 充が 実 現 したに も関わ らず
、 関係 機 関の 教 師研 修へ の指導意欲
は、 こ れ まで と変 わ らず まっ た く低 調である。 本 来な ら、 こう
し た研 修 機 会で 、 その指導力
な り、 教師
の 研 鑽 をリ ー ドすべ き立場にある智山伝法
院 や智
山勧
学会は 、 情 け ない く らい 消 極 的 ・義
務 的に関わ るの みで ある。 「伝 法 」 「勧 学 」その名
を冠 した機 関である な ら、自覚
と誇 り
を持っ て 、 本 宗 教 師の研 修のた め にそ の英知
と労力
を惜 しみ な く注 ぎ込み 、 教 師の望 む研修
テ ーマ に応 える よう、 しっ か りし た準備
を重ね るの は当然の 責務である。 たっ た 一つ の分科
会の 企 画 ・ 運 営に窮 する よう
な情
け ない 態 度 を戒め て 、 教 師が 思 わず 興 味を抱 く研修 を 次か ら次へ と提案
し指導す
べ きである。 自利 (個 人研 究 ) ば か りを貪
る醜い姿
を晒す
だけの機 関に、 大切な宗費
をつ ぎ込む ほ ど智 山派 は裕 福 な宗 団で は ない1
ロ 、 宗 団論の解 体 と宗 団組織
の改変
〜教
区活 動の活性化 を促 す〜経 済 的基 盤が危 うい 寺 院を どの よ
う
にサ ポ ー トする か ?この 問題 に対 応
す
る ひ とつ の 手立て と して、 教 区活 動の活 性 化が 注 目 され た。 勿論これは 、 教 区 長の宗
団教化推
進に対す
る理 解 と意欲 にか か っ てい る。 教 区長 に、 理解
や意 欲 が なけれ ば 、 ま た、智
山派
の現
状に対 する危 機 意識が な けれ ば 、机上 の 空論
とな る話で ある。 しか し、 残念
なが ら、 そう
した教 区長
が多
い宗派
が こ の智山派
である こと も否め ない 。 その 智 山派で、 こう
した教 区長
の理解
と 意 欲を喚 起させ る こ と を教 化推 進に取 り上 げな くて はならない とこ ろが、 智 山派の病根 深い とこ ろ である。経済的基盤
が脆弱
であ
っ たり
、教化活動
が低 調 な寺
院の檀 信 徒は、 なか な か仏 教 な り真 言宗
の風
に触
れ る機 会
が無
きに等
しい 。 そ う した状 況 を打 開す (150
)真言宗 智山派教化 推進の 将 来的展 望につ い て (片 野) るた め に檀 信徒 教 化 推 進 会 議が リニ ュ ー ア ル され た。 ま た 、教 区内の教師の