『
大
日
経 』所説
の
諸 字 門
に
つ
い
て
山
本 匠
一
郎
は じ め に文字
を習
得
す
る際
に、
アルファ ベ ット
によせ
て人 生 訓 や 道 徳
につ い て学
ぶ のは、
洋
の東
西 を 問 わ
ず
ひ ろく世
に行
われ
て い る。 イン ドでも子 供
の 頃 か ら行
わ れ る言 葉 遊 び
であ り
、
古 来
、
釈 尊
の時 代
より
行
わ れ てき
た習字 法
であ
る
1) 。 ア (a)、 アー
、イ (
i)、 イー
(
r)
か ら サ(
sの
、
ハ(
ha) ま
で の梵 語
の ア ル フ ァベ ッ トを、
い ろ はガ ル タ の よう
に、
「
ア (a>の字
は一
切 諸 行 無 常
(
−
ankya りsarvasai !iskata )」
2 )という
よう
に唱 え
て文 字 を学 習す
る の であ
る。仏 教 文 献
にお け
る梵 語
の音 節 表
(字 門sytlabary>にはいく
つか あ
る が3}、
代
表 的 な も
のに42
字
と50
字
の系 統
があ
る。42
字 門
は『
般
若
経
亅
お よび
『
華
厳経」
に見
ら れ、
50 字
門 は 仏伝
文
学
や「
浬
槃
経
亅
に見
ら れ る こ と はよく知
られ てい る4) 。 こ こ で取 り
上げ
るr
大
日経 」
にも字 門
が説
か れて いる。す
でに
r
大 日経 疏 亅
にお
いて、字 門 を説 く諸 経 典
を羅 列
し て、そ
の意
を知
る よう
に要 請 し
てい るの を見 出 す
こ とが
でき
る。所
以 に大
品 経、
及 び花
厳 入法
界 品、
皆
四 十二字
門を 説 く
。浬 槃 文 字 品
、
文 殊 所 問 経
、
大 集 陀 羅 尼 自在 王 品
、
各
の悉曇 字 母 を 釈 す
るこ と、
此
の経
の
所 説
と其
の義 或
いは 同 な り。
若
し此 の意 を
得 れ ば、
諸 経 冷 然
と して懸
会 し
、違 妨 す
る所 無 し
S)。こ
う
した大
乗
経
典で説
か れ る 諸字
門 は、
さ ら に後 期 密 教
に至
るま
で説 か れ
る6) 。 こ こでは 「
大
日経
亅
所 説
の諸 字 門 を 中心
に取 り
上げ
、ま
た、字
門
の思 想コン テクス ト を探
り、 さ ら に その密
教特
有
の儀 礼 化
がいか な る観 念
のも と
に果
た さ れ る かを解 明 し
たい7)。 (87
)CHISAN-KANGAKU-KAI
智 山学報
第 五 十 五 輯『
大 日経
』
所 脱
の諸 孚 門
一
「
具 縁 品」
にお け る
一
字
門 と
は、
音
を
表
記す
る母 体
とな
る字 (
字
母 )を提 示 し
て、そ
こに何 ら
か の体 系 が 見 出 され
るも
のであ
る。一
般
に字
母の象
徴 的 な 意味
を提 示 す
る が、提 示 しな
いも
のも多
い。広 義
にお
いては
、
た だ 文
字
を
羅
列 す
るだ け
のも
の、
また
字相
の みを
提示す
る真言
な ど も
、
字門
に含
め ら れ るべき
であ
ろう
が(
た と え ばa,
va,
ra,
hq
kha
な ど)、
こ こでは
いわ ゆ る42
字 門
や50 字
門 と
いわ れ る体 系 的 な字 門 を対 象
にし
て考 察 した
い 。42 字
門
は a,
rapa
ca,
na の文 殊
真
言
に始
ま る字 門
、
いわゆ
る「
ア ラ パ チ ャ ナ字
門
Arapacana
Syllabary
」
と
いう
42
字
a,
ra,
pa
,ca
,
na
,
la
,
da
,
ba
,qa
,SP.
va
,
la,
ya
.
§
la.
ka
,sa,
ma ,
ga
,
tha
,
a,
Sva
(
sva},
dha
,
舶
,
a
,
kSa
,
sta
.
jfia
,
@
rtha (ha,
pha
,
ita)
,
bha
,
cha,
sma
.
@hva
,
【sa (sta),
gha,
!
ha
,
摯a
.
pha
,
ska
,
ysa
,
9ca.
@
!a,
qha
の音 節 表 を
いう
。 これ は一
般 的 な
サン ス ク リッ ト語 順
を踏
ま ない上 に、
睾!
a,6va,
rtha.
sma,
hva
, tsa,ska
,
ysa
,9ca
と
いっ た正
規
のサ ンス ク リット
にな
い字 母
を
含
む
。
これ が
いか な る言 語
の字 母 表 記
で あ る か は不 分 明 だ
が、
先 行
研 究
に よれ ば
8)、
ア ラパ チ ャナ 字 門
は ガン ダー
リー
語
の影響
を
多
分
に受 け
て成 立 し た も
のと され る
9)。
一
方
、
50 字
門 はa
,
a
,
i
,
i
,
u
,
ti
,
e
.
ni
,
o
,
au
,
a ,
的
,
ka
,
kha
,
ga
,
gha
.
fta
.
ca
,
cha
,
ja
,
iha
・
fia
,
!a,
@
!ha
,
4a
,qha
.
oa
.
ta,
山a
.
da,
dha,
na
,
pa
・
pha
,
ba,
bha,
ma
,
ya
,
ra
,
a
,
va
,
Sa
,
§a
,
sa
,
ha
,
k
§a,
T.
重
,
1
.
1
という音声 学 的
に標準
な
サ ン スク リット語
順 を採 用 し
てい る1ω 。「
大 日経』
に説
か れ る諸 字 門
は、
テンプ
レー
トと し
ては
50
字 門 系
の音 声 学
的 な 字 母
を順 次 提
示
す
るノー
マ ルな 形 態 を と る が、
その字 門の象 徴
的 な意 味
内 容
に関
して は、む し
ろ「
般 若 経 亅
の 42字 門
か ら採 用
し て おり
ω、
両
系 統
の字 門
が混 淆
し た 形態
で あ る。
以
下 に チベ ッ ト訳 を も
とに『
大
日経
亅
「具縁
品」
にお け
る字 門 を説 く箇 所 を引 用
しておく
。字 門
ご とに番
号
を付
し、
予
想
(88
)r
大 日経亅所 説
の諸字
門につ い て(
山本
)さ
れ る サンスク リッ トを括弧
中
に示す
ω。本
来不
生(
adyanUtpada) で あ る か らaは一
切 法
の 門 であ
る。作 業
(
khrya
)
から 離 れ
てい る から
ka
は
一
切 法
の門
であ る
。虚 空 に 似
て( asama )
不 可 得
であ
るか ら
aは
一
切 法
の門
であ る
。一
切
の行
(gati> は
不
可得
であ
る か らga
は一
切 法
の門
で あ る。
一
つ に集
め ること (
ghana
)
は不 可
得
であ
る から
gha
は一
切 法
の門
であ
る。
一
切
の滅
(
cyUti)か
ら離 れ
てい る から
ca は一
切 法
の門
であ
る。一
切
の影 像
(
chaya )と 等 し
いか
らcha は一
切 法
の門 であ
る。生
(jati
) は不 可 得
であ
るか らja
は一
切 法
の門
であ
る。垢
(jhamara
?jhamtUa
?)13)は不 可 得
であ
る か らjha
は一
切 法
の門
であ
る。慢
(面
ka?taST
.
ikhra ?}t4)は不 可 得
であ
る か ら
Ia
は一
切
法
の門
で あ る。
生 長 (
vi!hapana>
15}は不 可 得
で あ る か らφ
a は一
切 法
の 門であ
る。悩 乱 (
damara
)
は不
可得
であ
る か ら中
は一
切 法
の門
であ
る。誘 惑
(qhafiga
?)16)か ら離
れ てい る か ら¢
ha
は一
切 法
の
門
であ
る。真 如
(tathata) は不 可 得
であ る か ら
taは
一
切 法
の門
であ
る
。
住
処 (
sthina)
は不 可 得
であ る
か らtha
は一
切 法
の門
であ
る。調
御
(damana
,
施
dEna
)
t7)C
ま不 可 得
であ
るか ら
da
は一
切 法
の門
であ る
。界
(dhatu
)は 不 可得
であ
る か らdha
は一
切 法の門 で あ る。
勝
義
諦
(para
−
mdrtha
)
は不
可得
で あ る か らpa
は一
切 法
の門
であ
る。泡
(phena》の よう
に実 体 が な
い か らpha
は一
切法
の門
で あ る。
語
言
の道
(
vakpatha ) から 離 れ
て い る から
ba
(=va) は一
切法
の 門 で あ るIs〕。
一
切 の有
(
bhava
) は不 可 得
であ
るか ら
bha
は
一
切
法
の門
であ
る。
死
(marana > は不
可得
で あ る か らma は一
切 法
の門
であ
る]9} 。一
切
の乗
(yEna)は不
可 得
であ
る か らya
は一
切法
の門
であ
る。
一
切
の塵 (
呻
s)
か ら離
れ てい る か らra は
一
切 法
の門
であ
る。相
(laksana
)は不 可得
であ
る か らlaは
一
切 法
の門
であ
る。本 性 寂 静
(prakltiSdnti
) であ
る か ら9a
は一
切法
の 門 で あ る
。
本 性 鈍 (
j
喚 萌 吋
a?)20)で あ る か ら §a は一
切 法
の門
で ある。
一
切
の真 理
(sarya)は 不可 得
であ
る から
sa は一
切 法
の門
であ
る。
因
(hetu)
は不 可 得
であ
るか ら
ha
は一
切 法
の門
であ る
。秘 密
主よ
、(
89
)CHISAN-KANGAKU-KAI
CH 工SAN−
KANGAKU−
KA 工智 山
学
報 第 五 十 五輯fia
と
fia
と
1
)aと
naと
ma2D は一
切
の 三昧
に おい て自
在
な る ものであ
っ て、あ
ら ゆ る力 を 有 し速 や
かに求
める とこ ろ の利 益 を成 就
せ し め るも
の であ
る。
一
上記
の字
門 の呼称
につ いて は学者
の見
解
に隔
たり
があ
る。 た と え ば、酒
井真典
氏
はそ
れを
「
50 字
門」
と
し22}、
神 林 隆
浄
氏
は「
37
字
門」
23}、
松
長
有慶
氏
24》・
北 條 賢
三氏
”)は「
29
字 門」 とす
る 。『
大
日経 亅
に説 か れ
る字 門 そ
のも
のに 増 減 が あ
る わけ
で はな く
、
テ クストに 実 際 に示 され
てい る字 数
は33
字
(漢 訳 は34
字
) であ
る。漢 訳
と チベ ット訳
との間
に は少 し違
いがあ
るが
、す
でに 先 行 研 究
にお
いて指
摘 さ
れ てい るので、蔵 漢 両訳
と注
釈
を
参
照 し
て見
ら れ る相
違
点
につ い て はす
べ て注
の中
に示
し て おい た。
も
っと も大 き
な相 違 点
は、
チベ ット訳
には
ba
と
va の混 用 が 見 られ
、
漢 訳 よ り
一
字 少 な く な
ってい る点
であ
る26} 。こ の
箇
所
の蔵 漢 両 注 釈
に共通 し
て見
られ
る特 託 す
べき傾 向
は、字 義
の解 釈
に際 し
て「
中
謝
を引
用 し27)、
諸
字
門 を中
観
の立場
で捉
え
てい る点
であ
る。
「
大
日
経広釈亅
で はr
中 論
亅
第
14
章 「観合 品 」 を 引 証
に用
い、
「
大
日経 疏 亅
で は第 1 章 「
観 因縁
品
」
、
第
2
章
「
観 去 来 品 」
、
第
5
章 「観 六 種 品 」
、第
8
章
「
観作作 者品」
、
第 13 章 「
観行
品
」
、
第
14
章 「
観 合 品
」
、第
15
章 「
観 有 無 品」
、 第16
章 厂観 縛 解 品 」
、
第
24
章 「
観
四諦 品 」
、
第
25 章 「
観 涅
槃
品」
を 引く
。一
貫 し
て中 観
の空 思 想
か ら字
門 を
解釈
す
る彼
ら の姿
勢
は、
いかな
る視 点
にお
い て字
門
を捉
え
るべき
か、
と
いう問
いに対 す
る解 答
の指 針
であ
る。8
世 紀 イ
ンド
にお け る雷 語 思 想 論 的
背景
一一
瓶 と青
の比
喩
を め ぐ
って一
ここ で
話
が前 後
す る かも
し れ ない が、
イ
ンド言 語 思 想
にお
いてコト
バを
めぐ
ってど
の ような 議 論
が展 開
さ れ た かを 辿
っ て おこう。
す で に多
く の学 者
に よっ て指 摘 され
て いる よう
に、
当
時
の イン ド言語
思
想
の批
判
的 影響 を受 け
てr
大
日経
亅
が成 立
し てい ると
考
え
られ てい る28後 期 大 乗 時 代
の仏 教 者 た ち
の言 語 観
を参照 す
ることで、
ブッ ダ グヒヤ がr
大 日 経亅
を どの よう
なス タ ン ス に おい て把 握 し よ う と し
てい るか を
、
より明 瞭
に知
る こ と が でき
る。
(go
)「
大日経j
所 説の諸 字 門につ いて(
山本)
イ
ンド言 語 思
想
で はコ トバ の常 住 性 と無 常 性
につ いて 理解
が相
異
な る二つ の流
れ があ
る。
コ トバは常住
であ
ると
いう説
に立 脚 す
るのが、
正統
バ ラモ ン の中
でも
ヴェー
ダを
特
に重 要 視 す
るミー
マー
ンサー
学 派 と ヴェー
ダー
ン タ学
派 と文 法 学 派
の 三派
であ り
29).
コ トバは無常
であ
ると
いう説
に立 脚 す
るのがヴ
ァイ
シェー
シ カ学 派
、
ニ ヤー
ヤ学
派
、
ヨー
ガ学 派
ら
であ り
、
仏 教 も
こち ら
に拠 る
。 こ の「
コト
バ は無 常
であ
る」 と
いう
主 張 命 題
の定 言 的 論 証 式
は、 いま
チャ ン ドラキー
ルティ(
530
〜
6GO
)のr
プ ラ サ ン ナパ ダー
亅
に よ れ ば、
以 下の よ うで あ る。
〔
主 張 〕
コト
バは無 常
であ る
。〔
理 由 〕
つく られ た も
のであ るか ら
。〔
実 例 〕
つく ら
れ たも
のは無 常
であ る と 知 ら れ る。
たと え ば 瓶
のよ う
に。〔
適 用
〕
同様
に コ トバはつく
ら れ たも
の であ
る。
〔
結 論
〕
つく
ら れ たも
の であ
る か らコ トバは 無 常
であ る
。30)tatra
yathanitya
!
}6abda
!
I
k
;talcatvat!kVtakamanityarp
i
§聾
a甲 ノyatha
gha
!Op
!tatha ca
aka
尊
螽abdaり
’tasmEtk;tal(atvadanityaiti
−
「
コ トバ は無常
であ る」
と
いう
主 張
命
題 は
、
イ
ンド言 語 思 想
上の大 き な
問 題 であ
っ て、
中
観系
論
書
の他
にも 「
ニ ヤー
ヤ ビンド
ゥ亅 を
はじ
め とし
た論
理学
書
に多
用 さ れ
る。 こ の コト
バ の無 常 性
を論 証 す
るフォー
ミュ ラ の搆
成 要素
の一
つ とし
て示 さ
れ る、
代
表
的
な喩 例
が「
瓶
の比喩 」
であ
る。
「た と え ば
瓶
の よう
に」
(yathA
g
飴吶)
の喩
例 を指 示 す
るだ け
で、
適 用 と結 論
の論 証 肢
を省
略 す
るこ と が で き る ほど
、
この「瓶
の比 喩 」
はよ く知 ら れ る
。瓶
という制
作 物
を もっ て存 在 者
一
般 を代
表 させて、
あ ら ゆ る もの に適
用 し、一
切 諸 法
の無 常 性 を証 明 す る
のであ
る。さ ら
に時 代
は下
っ て8
世 紀
の イン ドに は、
仏 教
徒
の対
論 者
とし
て「
語
ブラ フマ ンを主 張 す
る者
た ち」
(Sabdabrahmavadin
>が いた とさ
れてい る。
その思想
状 況 を
よく記 し
て い るの が カマ ラ シー
ラ(
約
740〜
795) の「
摂 真 実 論 釈 亅
(Tattvasahgrahapafijikdi)第
5
章 「
語 ブ
ラフマ ン の考 察 」
(SabdabrahmaPHnlksA
) であ
る 31〕。
本 章
ではコ トバ と真 実 在
を め ぐ る 問 題 に 関 し て、
イン ド教
と仏 教
と(
91
)
CHISAN-KANGAKU-KAI
CH 工SAN−
KANGAKU−
KA 工 智 山学 報 第 五 十 五 輯 の激
し
い相 克
が展 開 され
る。
そ
の冒 頭 部 分
で、
イン ド文法 学
の大 成 者
バ ルト
リハ リ(
45e〜
500
年
頃)の「
ヴ
ァー
キ
ャパ デ イー
ヤ亅
(Vakyapadipa1
,
D
の次
の句
が引 用 され る
。「
そ れ よ り世界
の創 造
の起こ るとこ ろ の (根 源)、
不 壊
に し て、
語
を本 性
と なせ
る、
始 も
終
も
無
き
ブラ フマ ンが、
事
物
(意 味artha ) とし
て 開展
す 」
コ2}anま
dinidhana
甲brahma
Sabdatattvarp
yadak
§araml
vivartate
’
rthabhavenaprakriya
jagato
yata
り
”一
「
世 界
は語
(Sabda
)を 本 質
とす
る ブ ラフ マ ンか ら展 開 し たも
ので あ る」
という
説
は、 ヴェー
ダ聖 典
の絶 対 的権 威 を 承 認 す
るヴ
ェー
ダ
ー
ンタ学 派
に特
徴
的
な学 説
であ り
、
シャー
ンタラ ク シ タ、 カマ ラ シー
ラ はこれ を徹 底 的
に排
斥
・
反論 す
る。 その 反論
に 用いる 比 喩 が「
瓶の比 喩」
と「
青
の比 喩」
であ る。以 下
にそ れ を端 的
に示 す 「
摂 真 実論
』
第
142
,
143
頌 を引 用 す
る33}。
〔
第
142
頌 〕 そ れ
(軍
粘 土 )を本性 と しな
いも
のか ら乖 離 す
る「
土 を本
質
と
す
る性 質
」
を 知
覚
す
るか ら
、
瓶
・
器
等
の個物
の中
に同
一
の粘
土 と
いう本
質
があ
る、
と
こ の場
合
考
え
ら れ る。atadnipaparEv『監tamVdrfipatvopalabdhitatl!
kumbhako
鎖dibhede
§u mTdatmaiko’
trakalpate
X
/142
〃〔
第
143
頌 〕 し
か る に青
・
黄 等
の諸
の事 物
につ い ては、
そ
の よう
に (語の同
一
性 が ある と は)知覚
さ れ ない。
そ れ故
に、
語
を本
質
と しな
いも
のか らの
乖 離
と
いう
(
同
一
の本質
の)
想 定 も無根拠
であ
る。
nilapitadibhavanErp na tvevamupalabhyate /
aSabdtitmapartivrtirabTji
kalpana
’
pi
tat 〃143ノノー
こ こで扱
っ てい るの はいわ
ゆ る「直接 知 覚 」
(pratyak§a)の問 題
で あ る。瓶 や
皿や 水 瓶 な ど
の個
々 の事 物
は互
い に異 な る が
、集 合 概 念 的
には 陶磁 器 は
土 か ら な る とい う本 性
が あ ると
想定
さ れ る。 この場合
、
個々の事
物 が た と え消
滅
し ても
、
あ
る一
定
概 念
(コ トバ) に よっ て存在 者
は貫
か れ てい る と措 定
す
る こと
が一
応
でき
る。
し か し青
という色覚
は、
眼 と
いう視覚
器
官
の認 識
に (92)r
大日経亅所説
の諸字
門につ い て (山 本 ) よ るも
ので、
青
と
いう
語
の本性
によ
っ ては
、
青 は知 覚 され な
い 。 これ
は聾 者
に は音
声
が聞
こえ な
い のと 同
じこと
であ
る (だ が 厳 密に は直 接 知 覚は世 俗のあ り方として認め ら れ る だけで、
勝 義に おいて は否 定さ れ る)。
こ う した 比喩
に より
、
世界
が語
ブラ フマ ンに よっ て展 開す
ると
いう
説
や万 物 が 語
の形 相
によ
っ て貫
徹
さ れ てい ると
いう説
を
シャー
ンタ ラ ク シ タ、
カマ ラ シー
ラら は 否 定す
るの であ
る。
「
大
日経 広 釈 」
に見
られ
る瓶 と青
の比 喩
「
瓶
の比喩
」
と「青
の比喩
j
に よっ て、
言
語 の みな
らず存 在 者
一
般
の空
性
・
無 自性
を
論
証 す
る方法
は、
す
で に龍樹
や 聖提
婆
の著 作
に始 ま り
3軌
中 観
系 論 書
や論
理学 文 献
など
に見 られ
る が、8
世 紀
の シ ャー
ン タラ クシ タやカマ ラシー
ラら
にお
いては
、
そ
の比 喩 が 語
ブ ラフ マ ン論 者
に対 す
る反 駁 に 用
いら
れ
てい る のを 見 た
。また
こ の比 喩 表 現 は
、
ブ
ッダ グ
ヒヤ も多 用 し
ている。少
し煩 瑣
にな
るが
、
「
大 日経 広 釈 亅
(8
鳩
yα)に お け る そ う し
た比 喩
の引 用 を以
下 に 例 示 し よ う (「」括弧はすべて「
大日経亅
本 文 を 指し、
()括 弧は補足語であ る)35)。〔
瓶
の比 喩 〕
1
.
「自
心 を如
実 に知
る」
という
のは、
瑜伽
の心 を もっ て 瓶等
の相
を 如 実 に観
察
し
て、
そ
の刹 那
後
の心
に おい て、
瓶
等
のあ
り
よう
を 虚
妄
(
abhOta)
と し
て排 斥 し
、
そ
の よう
な所 執 分 を
排 斥す
る の であ
る。 〔D.
76bM.
91a)2.
「
余 す
こと な き法 界 を表 す
る語
亅
と
いう
の は、
語 を 生 ず
る4
つ の a字
(4 : a甲
,
細
を 説 くこと と 関 連 す る。
この4
つ の a字 は 不 生 な る 語 を 生ず
るも
の とし
て認 識 され
るか ら
、瓶 等
の諸法
の一
切
の語 も ま
た不
生な
る言
葉
に包
摂
さ れ.
る だ ろう
。…
中 略
…
「
一
音
をも
っ て 生ず
る」
という
のは、
瓶 等
のそ れ ぞ れ
の言 葉
が 不生 な
る唯
一
の語
(=
a字 )にお
い て生 ず
るから で
あ
る。(
D.
164b/R205b)
3
.
さ て「
想
(sa喇
匐 な るも
の は空
かつ不 空
であ
る」 と
いう
の は、虚 空 等
は 空であ る といわ れ
、
瓶等
の諸 法
は 世俗
と しては 空では ない とい う場 合、
(93)CHISAN-KANGAKU-KAI
智山学報第
五十五輯
そ
れはた だ想
の み にす ぎな
い という
の であ
る。
「
そ こで数
を 進 め て1
,
2
,
3…
等 と連 ね
る」
という
のは、
そ
の a字
と
いう
唯
一
者
か ら、
さ ら に た だ想
のみ
にす ぎな
い とされ
る門
か ら、
i等
の多 く
の文字
の差
異
を生
ず
ると
い
う
こ と であ
る。 (D.
246bM.
314b>〔
青
の比喩 )
1
.
「
秘
密
主 よ
、
菩提 は 無相
であ
る」 と
いう
のは、
そ
の菩 提
に おいて は亘
二黄 と
いう色
や形 等 は そ
のま ま無相
だか ら
であ
る。
(
D
.
77alP.
92b)
2.
さ
て「
蘊
・
界
・
処
と所 執
・
能 執 を離
れ ている」
と
いう
の は、
先
述
の蘊
等
と して認 識
され
る事 物
を排 斥
し た方法
に よっ て、
法
の自性
があ
る がま
ま
の青 等
と
して知覚
さ れ る事物
は存 在 し な
いか ら
、
「
離 れ
て いる」
の で.
あ
る。
(
D.
92a!P.
mb )3
.
「
無相
であ
る」
という
の は、
菩 提 心
であ
っ て、
あ
る が ま まの青
や黄 等
の相
が ない こと
であ
る。 (D
.
g5htp
.
llsb)4
.
た だ蘊
のみ であ
ると
いう
、
そ れを
さ ら に泡
・
水 泡 等
の方 法
で排 斥 し
て、そ れ ぞ れ
の諸
法
の自性
はた だ
膏等
の み にす ぎな
いと理 解 す る
ことを説 く
。(
D
.
97b
/P
,
1t8b
)
5
.
「
虚空
は 無 垢・
無自性
であ
る」 と
いう
の は、
そ
の菩 提 心
の自性
は、
あ た
か
も虚 空
には煩 悩 等
の障 碍
の垢
がな く
、
青
等
の自
性
は知
覚
さ れな
いのと
同 様 に
、菩 提
の自
性
に おい ても
煩
悩等
の障 碍
の垢
がな く
、
そ
れ はいか なる
知
識 に よっ ても
知覚
さ れ ないと
いう
の であ
る。 (D
,
159b1R200a
)6
.
そ れ故
にそ
の空 性
の自性
には 青 等
の性 質
がな
いか ら「見
難
い」
と
いう
。
(
D」60alP、
200a
)7
.
心
は勝 義
に おい て、
所
執
と能
執
の自性
、
青
と黄 等
の一
切
の相
を離
れて、
自性
は空
であ
る から
、
三世 を超 越
し た ものであ
る。(
D.
255atP.
328a)一
「
大 日経 広 釈 亅
の諸処
に散
見
さ れ る用
例を抽 出
した
の で文 脈 が 取 り
づら
い かも
しれ ないが、
いず れ も諸 法
の無 自性
・
空
を説
く際
にこ の比喩
が 用い ら れ てい る。 こう
し た瓶
や青 と
いう簡 潔 な比 喩
の例 示
によ
っ て、
諸 法
の空 を説
明す
る手法
が一
般 化 し
ていた
ことが 知 られ
る。そ し
てそ
の論
法
は、
シャー
ン (94
)r
大日経 」 所 説の諸 字 門につ い て(
山本〉
タ ラ ク シ タ、 カマ ラ シー
ラ に おい て は、
と く
に語 ブ
ラ フマ ン論 者 を標 的
にし
つ つ 、言語
に関
し て適
用
さ れ てい る。と りわ け
言 語
に関
して は、
瓶
の比 喩
2
と3
が注 目
さ れ る。例
2
で は、
あ ら
ゆ
る文 字
・
言 語
がa字
に包 摂 さ
れ る と し ている。 例3
で は、
a字
からあ ら
ゆ るコト
バ の差
異
が 生ず
る とし
てい る。
その差
異
を 生
み出す
のはた だ 「
想 」
によ る