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智山學報 第55 - 020島村 大心「唯識思想成立の根拠と染浄二分の依他性・転依」

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全文

(1)

唯識思

想成

根拠

染浄

転依

島 村  

 

0

序 文

 

々 は

前 輯

に 発

した

拙 論

唯 識 思

に お け る

理の

意 味 」

に おい て

四 つ の

を提 出

。 その

上 記 拙 論

い て

々は

の 二

明 らか

した

     

縁生依 他 性を中 心と す る 三

説は

空思想に おける第

真 理 命 題 (悟

   

りに おける能 所 識の滅 ) を唯 識の立場か ら

段と明 確に し たもの である こと

      真実性

空思

に お

理 命 題 (真 如が実

であ るこ と) を唯

   

識 派の立 場 か ら捉 え

した もの であること

 

本 稿

では

こ こ で

説 き得 な

かっ た

   

題の内

 

につ い て 述べ よ

の であ る

その

逓 り

る。

     

依 他 性およ び

依の思 想 は般 若 空 思想にお け る 第二真 理 命 題 (悟 りにお    い て は無明 即 明

煩 悩 即 菩 提の事 態が成 立し てい ること) を唯 識 派の立 場 か ら     理 論 的に表 現 しようと し た ものである こ と

 

この

摂 大 乗 論

を中心

解 明す

るこ

と を試

み る。 こ の 二分 依 他 性

転 依 は

本 論で 明 ら か に す る よ う に

、r

起 信 論 亅の

お よ び

釈 摩 訶 衍 謝

に お け

「眠 士 夫 悟 士

共 通

身心 相続

決 断

32619a

染 浄 真 如

」 「

染 浄 本

覚」 「

染浄

虚 空

614

 

b

有 為 非

無 為

法 」

(同

6

Oa

)の

概 念 内 容 を理 解 す

る ため に

も重 要

の で

っ て、 かつ

唯 識 概 説 書

れ ら れ る こ と は

な の で

さ れ る

囲 で

詳細

に 説

こ と

とす

な お

これ

を説 く前

上記 拙 論

では

紙 数

制 約

か ら

れる こ の で

き な

かっ た

唯 識 思 想

実 性の成 立 根 拠 と し て 論

げる (

133

(2)

智 山学 報 第 五 十 五

の喩 を

説 明

して お

こと に

そこでの

説 明 す

る よ

禅 定 状 態

関 す

の で

凡 夫

の 日

常 生 活

意 識

徹 心 ) に は

該 当

しな

い。 こ れ は

悟 り

元 来

禅 定 状 態

お け

ので

あ る

と を前 提

て いる か ら で

っ て、 この

てい

こ と は

あ る

上 記 拙

と 同

稿

的 に は 上 田

文の理

し た

唯 識

に よ るこ と と し

テ キス トは

長 尾 雅 人

r

摂 大 乗 論

下 (講 談 社)

を使

 

1.

真 実 性 成 立

根 拠

 

他 性

を 基

と し て

立 す る と こ ろの

分 別 性の無 蕭 唯 識

仮 有 無 境

及 び境 識 倶 泯

三 無 性

と し

て の

勝 義 無 性 な

事 態 〉

般 若 空 思 想の発 見し た 第

真 理 命 題 )

凡 夫

理 解 を越 え

てい るので

っ て

凡 夫

っ て

論 理 的

完 全

に は

解 明 され

の では

な く

唯 識 観

とい

う行 的 智

に よっ て

れ る

ので

る (上 田cIO3 )。 こ

れ を我

が 多 少 な り

も 理 解 す

るの は

中観 思 想

お よ び

起 信 論

に お

れの

りの

構 造

る こ と が

で あ る の で

こ れ ら二

悟 り

構 造 を再 確 認 す

るこ

か ら

め る。

1

} 中観 思 想

に お

悟 り

論 理 構 造 と真 理 命 題

 

こ の

よ う な事 情

中 観 思 想

も同 様

っ て

悟 り

に お け る

す な

に とっ て は

存在

し てい る

と見 え

てい る

能取

所取

滅 と

用の

止 滅 〉

悟 り

に おいて

実 現 す

るの で

っ て

れ を 凡夫

論 理 的

完 全

説 明 す

ること はで

き な

い。

中 観 思 想

に おいて は

こ の

事 態

を、

無 自性

無相

とい

に よっ て

説 明

す る の で

る が

そこには

下の

論 理 構 造

内 包

さ れて い る こと

を 推 測 す

る ことが で

 

a

) す な

凡 夫

っ て

存在

てい る

と見 え

ている

法〉

によっ て生

して いる

  (

b

} 縁 起

っ て

生 起 し

ている

存 在 根 拠 を

自分 自 身

は な

に よっ てい るので

あ る

か ら、

自性

る。 (

134

(3)

唯識思 想 成 立の根 拠と染浄二 分の依他 性

転 依 (島 村 )

 

C

 

無 自性 な

る こと

 

とい

う局 面

注 目す れ ば

切 法

、一

も 自

性 を保

つ こ と は で き

に は

個 物

XD

は、

の (

X2

X3

……

変 換 し

て ゆ

っ て

っ て

個 物

と し て

識 さ れ てい る

のは

X1

固 定

そ こ に

え ら れ

た 名称

概 念

に よっ て

れ た も

の であっ て

X

その

を認 識 し

てい

の で

い。

X

変 化 し

し ま

っ て

捉 え ら

い ので

る か ら

捉 え

れ な

X

真 実

(Y) と

裁 然

区 別

さ れ る

個 別 相 を保 持

して い る もの と

規 定 す

ること は で は ない (無 相)とい

こと に

る。

 

d) この よ

真 実

悟 りにおいては )

個 別 相

い とい

X

Y

 Z

、……

真 実

は 平 等 な

の (X

y

Z

=……

) と して

ことで

る。

 

e

っ て

個物

し て

存在

している

と見 え

てい

る万 物 が

真 実

に は

個 別相 を失

平等

と は

真 実

悟 りにお

いて は

認 識

個 物 (

x

と し

認 識 され ず

、一

平 等 相

無 相) と

っ てい るこ

る。

 

こ ろ で

そ の

万 物

に は

認 識 対

(所 取 )の

み な らず 認 識 主 体

能取

も含 まれ

てい る のだ か

両 者

真 実

には

、一

相 す

な わ ち

認 識

対 象

認 識 主 体

等相

無差別 )

なの で

あ り

両 者

個 物

と しては

し てい

い (能

の未 分 す なわ ち個 別 相の止 滅 という )

状 態 な

ので

 

以 上の(c

e無 相

個 物止 滅 (

能 所の止 滅 )

な る

事態

を 比

喩 的

現 す る な らば

個物 を

そ れを 構 成し ている最 小 単 位 (クt

ク)の レベ ル で 見て い ることである※。 さ らに言

な らばクt

ク の元であるエ ネル ギ

(物

はエ ネルギ

形 態である

E

mc りの レベ ル でて い

態 とい え よ う

この こと こそが大 乗仏教の 能

識 の滅な る第

真理命 題 を 「空の内 実 」か ら見 た

構造

なので

 

※ これ と同

と し て は

r

起 信 論

宇 井38及び

r

大乗起 信論義 記」

正44

251c は

微 塵

瓦器

 

r

釈 摩 詞 衍 論

j

は大 正32 巻628 c は

135

(4)

智 山学 報 第 五 十五輯

   E

=mc2 を越えるもの (

相 す ら無 し」 同

614C

) と し

見徴塵」

喩 を

    挙

げている

   

ン キ ヤ

学派

の要

eCPt

 

SOPkhya

kirikA

3

5

世 紀 )は

第 11渇に おい て

  

プラク リテ ィ (非 精 神 原理 》から展 開し たもの (vyak 【a )

す なわち現 象 界の諸

  

物の平 等 (sirnfinya) を 説 くが

そ の理 由と し て ガ ウ ダバ

ダの注 釈 書は

諸 物

  

構 成す

る 三

(Ui

gu

が 共 通 で あ ることを 挙 げ る

こ の よ

に イ ン ドで は、

  

の平

無 差 別 を

その構 成要

によっ で

説明 す

仕 方

般 的

   

なことであっ たのか も知れない。 し か し

仏典

書ではこ こに挙 げ た 例の他     に は あ ま り見 られ ない

 

f

さ ら に

これ ま で

べ て

a

e

過 程 を 見 る な らば

二 の

真 理

命 題

(無 明 即 明

、・

煩 悩 即 菩 提

世 俗

即 勝 義 諦 〉 が 浮

び 上 がっ て

す な

ち(

a

b

無 自性

c

無相

d

平 等

e

能 所 識

止 減

過程

に おい て

a

b}

世 俗 諦

帆 夫 世 界 )の

領 域

あ る が

世 俗

aUhe

b

)(

無 自

性 )

契 機

と し て

(c

無 相

→ ω 》

→ (e)

能 所 識

滅 〉 な

勝 義 諦

悟 り

如 )

と し

ま り

凡夫

世俗

世 界

{a)

Cb

ま ま

が 仏 陀

悟 り

世 界

c

無 相

d

平 等

e

瀧 所

の1L

滅 )

真 理 命 題

構 造

(俗 諦

勝 義 諦 )

を保 持 し

てい るこ

とを 示

し てい る の で あ る

この

構 造

最 初 期

般 若 経 典

におい て

発 見 し

究 極

して

々の

経 典

け ら れ る

の で

っ て

密 教

で は さ

強 調

さ れ る に

っ た の で

島村

b

の A

資料 を参 照)

。 し か

しな

が ら

唯 識思 想

依 他 性 を基 礎 とす

る三

性説

で はこれ

る こ

は で き

二 分

依 他

っ たの で

る (後 述 )。

 

9

) と

こ ろ で

悟 り

お け

別作

滅〉

根拠

は、

般若空

思 想

で は

無 為

いて

は作 用

般 が な

」 と

う説

切 有 部

に お

理 

そ の

ま 適 用 し て 述べ るのが

般 的 で あ る

これ に

して

唯 識 説

ではこ の

原 理 を用

に、

島村

cの

3

.一

2

あ げ た 諸 例

の ご

と く

識 対

識 別

用 の

とい

う論 理 を用

い るの

が 特 徴

あ る

な お

倶 舎 論 亅 分 別 界 品 第

30

対 す

で は

縁 (五根五境 ) 無 きが

に 五 識 も

説 明

さ (

136

(5)

唯 識 思想 成 立の根 拠 と染 浄二分の依他 性

転 依 (

島村

) れ てい る

留 意 す

る。

   

注  第

題の無 明 即 明につ いて は

「釈 謝 (

32

623

に六 種

    

明 とし て

しく

か れてい るの で参 照 され たい

拙論 「

釈 摩訶衍論 亅

      

にお け る 六 無 明の真 意 」

1

印 仏研 ]2005

及 び

論 「無 明 即 明の論 理 構 造

      

「釈 摩訶 桁 論 亅による理 解 」 「豊 山 教 学大 会紀 要 亅 第34号の

4

参 照 )

        中村

仏 教

語大辞典」

1313

無為 法」

た だ し

桜 部71

2に よ れ ば

      

有 力 能 作 因

無 力 能 作 因

増上縁が

無 為

に はあ り うると される ので

無 為

      

の無 作 用 性 につ いて は

筆 者の

今後

検討

とし て

留保

してお き たい。

  〔

2} 『

大 乗起 信 論

に お

け る悟 り

論理 的根 拠

 

中観 思 想

で は

内実

と して

上の よ

複 雑

造 を う か がい

るこ と

る。 これに

対 し

r

起 信 論 亅

で は

無 明

に よ る

へ の

熏 習

(これは取 り も直 さ

ず無

明の

心独存

の こと

に よっ て

認 識 作 用

(妄 心 ) が

立 せ

こ れ に よっ て

認 識対

妄境界

識 主 体

(能 見 相 ) が

立 し ない

単 純

構 成

さ れている (詳 細は拙 論 島村e>

 

こ の

理 は

無 明

→……

六 入

……

老 死 と

う十

縁 起

に よ る

境 界

諦 ) の

成 立 過 程

逆 観

無 明

識 別作 用

識 )の

認 識

対 象

認 識 主 体

六 入

…・

老 死 )

滅 〉 を背 景

に し てい るこ

る。

起 信 論 亅

の上

仏 教 徒

に とっ ては

当然

の こと で

あ り

中 観 思 想

た ご と

き複雑

本 来 不 要

っ た と 思 わ れ る

しか し

こ の

心独

理で は

般 若 空

明 ら

か に

真 理 命 題

(無 明 即 明

煩 悩 即 菩 提 )の

構 造

明で き

いの で

心 真 如 門

中 観思 想

全 同

内 容

繰 り

こ と に よっ て こ れ

を 補

っ たのだ

思 わ れ る。

 

れでは

唯 識 説

場 合

は ど

な る

真 理 命 題 は

唯 識

に お け る

縁 生 依 他性

に よ る 三

性 説 と

して

説 明 され

お り

成 立 根

を 次

で述べ る よ

くの

喩で説 明 す るの で あ る。 ま た

煩 悩 即 菩 提

真 理 命 題

は、 二

分 依 他性

に よっ てその成 立 を

拠づ け るので

る が

137

(6)

五 十五

これ につ い ては 次

節 「

2

染 浄

性 」

説 明 す

3

) 唯識

に おいて三

無性

悟り

立 す

的根拠

 唯 識説

分別性

ne

 

唯 識

仮有)無

〉及

びそ

れ に

く <

境 識

無 性

勝 義 無 性

事 態

は、

前 述

通 り行

に よ る

見 道

(初 地)

以 降

境 地

によっ て の み

ら れ る と さ れ る。 とこ ろ で仏

離 言

如 な る事 態 を 日常 言 語 化 し

ので

論書

お よ び

仏教学書

そ の

言語

化 され た 仏 教 真 理 を さ ら に凡 夫

も理

る よ

解説す

の で

そ う

れ ば

唯 識 説

に おい て も

り に

して 日

言 語

に よって

可 能 な

接 近

す る (説 明 する)

必 要

るの は

言 う ま

もな

い。

の た めに

r

大 乗

論亅

(長 尾a)

は 以 下

譬 喩 を挙 げ る

    唯 識 無 境

理 証

  {

a

) 鏡

譬 喩

(長 尾a2

7)

上 田c70

 

これ は

解 深

挙 げ

ら れ る

真 諦 訳

(大 正

31

巻 118c) は

の よ

る。

    

鏡 面 (

XD

影 像

Y1

) を 見 る と き

影 像 (Y1

外 的 事 物

   

(Y2 >であっ て

鏡 面 (XI 》でない

えてい るが

真 実に は影 像 (YD

   

を見るというこ と は

鏡 面 (XD を見てい る の で あ る (

Y

】=

X1

とする)。」

 

こ の

鏡 面 (

X1 ) は

凡 夫

x2

を 喩

え た

ので

あ り

この

の よ

Y2

) は

(x2 ) で は ない と

考 え

てい るの

禅 定

に お け る

認 識

X3

が 認 識 対

(Y 2)

てい る

Y

 

2

を 見

こ と は

(x3

てい る の

…・

う 意 味

あ る

。 これ は

他 な

ら ない

う唯 識

基 本 構 造 を 説

た も

ので

る。

か し

こ の

譬 喩

を出 定 後

散 心

ては め た

場 合

に は

在の初

歩 光

学の

知 識

か ら

れ ば

(YI ) は

外 的事 物

Y2

か ら

反 射

っ て

鏡 面 (x l

そ の

の で は

か ら

Yl

xI

)、 この

し ない。 し か

、 こ の よ

識の な かっ た 時 代 に

解 深 密 経 亅

影 像

(Yt ) は

鏡 面

(X1 )そ の

の の

はず だ

考 え

たので

る (なお

玄奘訳

その他 と 真 諦 訳 と はその内 容 が 異 な るとする点につ いて は上田c73 以 下

参照) と理 解 す

よ りは

禅 定 状 態

138

(7)

唯 識 思

想成

立の根 拠 と 染 浄二分の依 他 性

村 ) け る

Y2

X3

を 説

い た

の と

解す

  (

b

い て

ら れ る

影 像

 

こ こでの

課 題

に おいて

対象

領域 と し

見 られ た影 像 (

samidhi

gocara

pratibimba

長 尾a 上 288

るの

だか

こ の

譬 喩

い な

て も 三

昧 中

々 に 出 現 す る

影 像

Y2

) が

定 心

(真 諦 訳 〉

X3

その

の で

るこ

体 験 的

納 得

るこ

あ る

こで

r

乗謝

いて (長 尾a上

299

心 が禅 定

た 時

青 黒

死 屍 (

Y2

) な どを

るこ

と が あ

れ は

(x3 ) を

てい るので あっ て

そ の

外 的 事 物

現 実

い 死

屍 (

Y3 )

が あ

るの で

は な

」 とす る

。 こ の よ

出定 後

凡 夫

(散 心 )の

と きは さ

お き

味 に お

い ては

唯 識 無 境

で あ る こ

と は凡 夫

も十 分 体 験 的

納 得

き る事 態

る。

  (

C

} 散 心

思 )におい て

記 憶 が 蘇

え る

影 像

 

聞 思と して の 願楽行 地

大 正 3置巻

199

・C)の

場 合 が

の よ

検討

さ れ てい る (2

8

     

聞と思の際に

過去の記 憶が蘇っ て影 像 (Y2 ) と し て 意 識 さ れ る 場合が あ る

  

そ れは現に有る外 的 事 物 (Y3 )ではな く

識 (X 2のみ (vijfiaPtirnatra

   であ るこ とは 〔明 瞭 で あ る 〕。

 

こ の こ

とは

凡 夫 に も十 分納 得

きる

。 た だ し この よ

に おいて

唯 識 無 境

量で

るのは

聞 思

に よ る 意

分 別 (manojalpa ) に よ るので

あ り

楽行

見 道

の四

うち

願 楽 行 地

い てで

あ る

(上 田 c83

 

(d)

未 覚 者

にお け る

  未 覚 者 は

元 来 無 な

(認 識 対 象

Y2

を実 際

Y3

と し て

て いる (

尾a 上 296

7}。

未覚 者

に こ の よ

顛 倒

な る

煩 悩

るこ

と は

ら に

煩 悩 障

知 障

k

猛 a顎eya

亘v a) が

あ り

浄 化 す

る こ と (vyavadana }

が 必 要

るこ と

が 成

立っ て いるこ

ら 明 ら か

る。 そ し て

倒 と は

妄〕

分 別 す

な わ

ち縁 生 依 他 性

(識 )の こ とで

る か ら、

依 他 性

る の で

あ り

し た がっ て元 来 無い

を宥

とす

顛 倒 な

る (139)

(8)

智 山学 報 第 五 十 五輯

唯 識無 境 ) が

立 して い る

論 理 構 造

つ 明

で な い

ころ

が あ

る が

未覚者

分 別

る こ と は

きず

虚 妄 分 別

内 容

顛 倒 な

か ら

唯 識

無境

り立

つ のだ、 とい

う論 理

る と

わ れ る。

 

こ こ に

唯 識 無 境 と 言 う時

「無境 」

重 要 な 意 味 が 暗 示 さ れ

てい る

す な

無境

と は

唯 識 説

に おいて は、

近 代 科 学 が 考 え

よ う

認 識

か ら

れ た

観 的

事物

(そ うい

う も

のが あ る と近 代 科 学 で は仮 定 さ れてい るのだが

般 若 空 思 想では

切 法 を縁 起 即 無 自性な る

の と し て

える) を

議 論

対 象 と し

よ うな も

が な

い (無 境 )

と言

っ てい るので は な い。

 

ま り

仏 教

生の

救 済 を 目的

の で

っ て

行 者 か

分 離

客観

事物

仕組

検討対象

とす

の では ない

では

し み

を も

た ら

す と

こ ろ の

衆 生

れ る

を正

う とす

ので

る。

っ て

こでの

(無境 という と きの境 )

と は

あ く

衆 生

に よっ て

っ て

認 識 さ

れ た

在 り方

て の

境 〉 な

の で

る。

 

こ の

よ う な 境 とは

空 思 想

も唯 識 説

いて

c2

.一

2

い た よ

名 称

概 念 に

よっ て

仮 設 さ

れ た

の、 と

れ て

お り

れ た

のが

に とっ ての

な の で あ る

 

そ し

唯 識 説

の よ

う な境

張 し

て い ること は

千 頌

が 以 下 の よ

い てい る こ

と と

な の で

る。

 

na 

hi

 te 

dharmas

 tatha samvidyante  yatha 

balaprthagiana

 

afrutavant

bhinivis

励 ノ

V

8

7

9

  諸物は愚 な る凡 夫が

そ れ ら に執 着 している よう な 形で は

実は

見 出ださ

Dyada

 na  bhavati samjfiti  samajfia  prajfiapti vyavahatab

 

tadfi prajfitipalzrnitcty ucyatel

V

89

17

18

  表象

名称

、 言 葉に よ る仮 設

世 俗の言 語 習 慣が

存 在

し ない時、

全て の もの

は認 鑞 され ない ので あっ て

ま さ にその時に こそ ) 般 若 波 羅 蜜

が有る と言わ

(9)

唯 識 思 想 成 立の根 拠 と染 浄二分の依 他 性

転 依 (

島村)

    れ る

    

※長 尾a 上 299は

以 上の こと を 「唯 識 無境 と は 唯 識

無物 質 (

唯識無色)

の こ

   

と では ない

。……

も し

無物 質

なら ば

顛 倒

こらない

記 す る。 つ ま り唯

   

無境

とは

物質 (

認識

)の

有無 を

問 題にしているの で はな く

あ く まで

   

顛倒

し た認 識

容 その

のを 問 題にしている、 とい うこ と なの であ    る。

 {

el

水 四 見

  長 尾

a

317〜8

は次

よ う

ってい る。       同

の川の流 れ につ いて

それを餓 鬼は膿の充 ち た 飲 め ないもの

魚 は 自 己

   

の佳み処

人 間は清 らかな 飲 用

また は沐 浴 すべ き水の 流 れ

神々 は虚 空に

   

しい

れぞれ

認 識す

る。

 

こ の よ

して

な れ ば、

異 な

して

顕 現

して いると

か れる。

す な

こ こ で

も 「

存在

説 く

の で は な

餓鬼等

れ に

顕 現 し

て (

得知

さ れて)い る

の (分 別性 ) が

ら の

識 さ れ ている よ

に は

存在

し てい るので は ない

い てい るの で

 

1

    

下 (hぽで の例 は

「成 唯 識 論 述 記 亅によれ ば 「阿 毘 達 磨 経 」に記 載 されて    いた と されている (長尾a上

319

の注】)

  (

f

} 過 未 夢 影 像

      認 識 され る対 象 が な くて も 〔認 識 対 象 と しての〕 識 (

境 ) は 有 り得 ること

   

(畏尾a上

3

6

) は

来に

こ ることつ い て の

にお

影 像

におい て

    或 る ものが 対 象 と して認 識 さ れることに よっ て理 解さ れ る が

そこに は実 際に

    存

在 するものは何 もないe

 

る ほ

に おい て は そ の

通 り

だ と して

醒 時

に おいて

この

事 態

が その

ま ま成 立 す

と主張

し てい るので は な

覚 者

に お け る

場 合

で あ る

  〔

9

) 未 覚 者

顛 倒

 

 

もし塵 (

境 )

凡 夫

認 識者に とっ て

見の 通 りに

実有 〔

える こと (141)

(10)

智 山 学 報 第 五 十五 輯

   

が 正 し けれ ば

〕修 〔

習〕

しない 者 (未 覚の者)に対 しても

自ず と 無 顛 倒の智

   

が 成 立 する こ と になる。

何故

な らば

こ の

合には 識は

実 有

の境 を〕 見て    いる こ と に な る か ら である

。一

(長 尾a上

316

)の 「摂 大 乗 論 亅の真 諦 訳 世 親 釈     (大 正

31

186

 a

 

しか し

、 こ の よ

な こ と は

未覚者

に は

成 立

し ない ので

っ て、

修 習

結 果

っ た

者 俔

道以

者)

に し か

無 顛 倒

如 実 智

成 立

い。

未 覚 者 が 見

ている

(境 ) は

実 際

には

い ところに、

顛 倒

して

てい

す ぎな

いので

あ る

  (

h

} 聖 人

入 観

 

心が 自

と なること を得 た 禅 定 者 (

声 聞

独 覚

r

世 親 釈 亅 大正 3卜186a)は

その意 欲 (adhimukti )の

に よっ て

大 地 を

にした り火にし た りする ことが できる (十 遍 所 )

長 尾a上

316

〔4)の(a

318

 

止 を 得 た 修 行 者 が 観 に 努 め る時、 思 考 を

中 (manaskdra

為 ) しただ

で、 義 (artha 対 象

観の対 象と なってい る

の内

)が 現 わ れ る

長 尾a同

 

た 人々 (nirvi 

lpaka

肺盃na

pr傘 a) 及 び無 分 別 観の中にい る 人々 にとっ ては

、一

切の外 界の対 象 が 顕 現 しない。 長尾a同 及 び大 正

31

9b

 

以 上

諸 例 は

禅 定

お け る例 であ る

す な

ち 凡

日常 生

に お

では ない の であっ て

これ は 悟 りが 禅 定 に おい て 実 現 す ること を

前 提

に し ている か ら で

る。

 (

i

) 幻 術 等 と虚 空

(長尾a2

24

世 親 釈亅 大 正

31

191b)

 

幻 術

に おいて は

可見な る

象等

術 師に よっ て生み出される が

そ の相 貌 は 見 えてい るだ けであって

実 体 物 と し て は

存 在

しない

これ

同 じよ う に凡 夫に見 えてい る諸

〕は

依他性

とし て顕

し てい る (可 見である) もの の

その凡 夫に見えて いる 諸法は実 際には不 存 在なので あ る

この喩に よっ て縁生 と し て

仮有

な るもの は

識 (縁 生

他 性 )の み であるとい うこと

 〔

無境

)が凡

も推 知

さ れ る (上田 c245

5

 

虚 空 (真 実 性 )は

に雲 が あっ て も虚 空 が 染せ られ ない よ うに

真 実 性 は

不浄の滅

不滅

に関 わ り無 く

そこに済 浄 性 が 本 来 成 立 している

しか (

142

(11)

唯識 思 想 成 立の根 拠 と染 浄二分の依 他 性

転 依 (島 村 ) し

二 に

雲 等

障 害

した時に は、 清 浄 な 虚 空 (真 実 性 ) が 現 わ れ る、 と い う二面 性がある

つま り

真 稟 性 (虚 空 ) は

縁 生 依 他 性 が 塵の相 (雲 ) と し て似

してい

翼 等

し た

)事態

であ るのだ が

真 実

来自性清浄

有垢真如

と して (

雲 が あっ て も

真 実性

はその ま まで) 成 立 して い る

ということが 凡夫にも推 知さ れ る の である

MSA  X皿

16長尾 a8

且4

16

 

諸 大 乗 仏 典

に おい て は

虚 空

真如

と 同

さ れ る が

a8

14

16

無 分 別 智 を 虚 空

説 明

してい る

  尚

上 記 長 尾

a2

24

下 記

MSA

X

16

引用

る。

     

dharmlibhfivopalabdhiS ca nihsarnklelaviguddhitbl

     

mayidisadTSi  

jfieya

 alctiSasadrSi

 

tathblt

      〔

境 とし ての

存在

いに

か か わ ら

相 貌

とし て

さ れ る      こ と

及び雑 染 無 き もの が 清 浄にされるこ と は

幻 術 などに似てお り

虚 空      に似ている

そのように知 られるべきである

 

(」〉 八

 

幻 術

(miyti

炎 (

marlci

svapna

prattbhasa

影 像

prati

bimba)

応 響

(pratigrutka)

月 (

udakacandra }

作 また

変 化

(神 通 力に よっ

てものや 人 を 作 り 出 すこ とnlrmana

長 尾 上

372

)の

喩 を 指 す

(長 尾a2

6

26

27

こ れ は

i)の

等〉

等」

内容

的 に 述べ た も の で あ る

i

見 す

と幻 術

分別性)

の よ

見 え

る が

こ こ で は

諸 仏 典

にお

る と

同 様

仮 有 な

の と

て の

縁 生 依 他 性

れ てい

っ て

i

も 〈

縁 生 依 他性 が 分 別性 と し

顕 現 す

る とい

事 態

を幻 術

(石

棒 切 れ

呪 文等に より幻

が 生 じる こと)

し て

の で

依 他

性の喩で

ること が

か る

こ の八

か れ る そ れ ぞ れの理

につ い て

r

世 親 釈」 大正

31

192

 

b

193

 aに

詳 説 され

てい る

略 す

  悟

真 実 性 と

状 態

に お け る もので あっ て

の 日

常 心

徹 心 〕の

状 態

お け

の で は

い。

た がっ て上

譬 喩 も そ

のほ と ん ど は

状 態 を

述べ

で あっ て

常 現

世界

に 関

で は

い。 こ       (143》

(12)

智 山 学 報 第五 十 五

の こ

仏 は常

状 態

あ り

り出

ず 」

涅槃 経亅大

正 12

528 b)

と説

同 じ事 態 を 「

釈 摩 訶 衍 謝

は、

の よ

説 く

 

如 是

切 時

切所

常恒相続

捨離 (

大 正

32

656c

 

切 諸散 動 境 界

其 心 安 定

無 動 (同

664

 a)

 

r

起 信 論

は 「若 行 若 住 若 臥

皆応止

倶 行」

字 井

1(n

いてい る。

2.染浄

 前輯

詳説

他 性 とは

縁 生

あ る と

仮 有 な

依 他 性

わ ち ア

ラ ヤ

か ら

た 染汚 分

属 す る

凡 夫

虚 妄 分 別

あ り

、 これ

を 基 礎 とす

る 三

性 説 が 「

唯 識 〔

仮 有〕 無 境 」

能所

識 の

を 明

ら かに

ので

っ た (上 田 c265 )。 これ に

対 し

以 下

依他性

田 に よ

れ ば

れ とは ま

た く異 な る も

の で

長 尾

a2

・18

に 説

か れ た

依 他性〉

本性 が 染 汚 と清 浄

との い

れ と

て も

立 してい ない

依 他

th

 safpkteSavyavadanasvabhavaparini

pannaparatantra

 

kun

nas 

fion

 mofis 

pa

 

tangtrnam

 

par

 

byah

 

bahi

 ngo  

po

 

fiid

 

yongs

 su ma  

pa

 

g

忌an 

gyi

dbafi

の こ とで

る。 これ は

長 尾

a2

28

涅 槃

煩 悩 即

無 住 処 涅 槃

転 依

な わ

ち第

を 明

ら か に

るため (上田 c266 )の

道 具 立

て で

っ て

唯 識 説

に おい て は

無 著

乗 論」

に おいてのみ

い た

の で

る (上田 c276

勝 呂100)。

 

若空

に おいて

輪 廻 即

無 明 即 明 な

事 態

めて

多 く説

か れ てい る (「〔悟 れ ば 〕 輪 廻は涅 槃 その ものとな る 」 長 尾alO

28 憩2) 島 村bのA 資 料 )

「そ

論 理

飛 躍 的

直 観 的 な も

の を

ん でい る

」 も

ので

長尾

a上

375

)。 この

背 景

論 理 は

々 の

推 定 す る と

こ ろ に よ

L

.一

{1)に

し た

(a}→ (

bl>

世 俗 諦

(b)→ (e)

諦 とい う

の で

こ れ

を 別

か ら

説 明 す

た め

唯 識 説 が 発 明 した概 念 が

以 下

明 す

る二

分 依 他性 と言

れ る も

ので

る。 こ

に は、

煩 悩 即 菩 提 な

題 を

静 態

的 に 説 明

側 面 と

真 理 命 題 が 実 現 す

過 程 を説 明

144

(13)

唯 識 思 想 成 立の根 拠 と染 浄二分の依 他性

転 依 (

島村

) す る

態 的 側

両面

が あ る

 

態 的 な

分 依

他性

 

れ を世 親

真 諦

世 親 釈

下の

よ う

説 明

してい る。

  (

a

 

長 尾

a2

18

対 す

世 親 釈 」

188

 

b

定 義

  「

或 属浄 品

或属 不 浄 品。 由此 二分 随

不 成立故

名 依 他

  〔

分依他性

とは

〕 定性無 く (

依他性

ばれ て

決 まっ た 性 質は無 く}、 あるい は浄 品 に 属 し

あ るいは不 浄 品 (染 汚 品 )に属 す。 こ の二 分 のうち の 随

の分 (二分の

立 す れ ば他の

分 )は成立 し ない である か ら

依 他と名つく

 

こ れ は

行 者

未実

区 別

に よっ て

い た

ので

っ て

 

死 に

に は

成 就

し て お ら

  涅槃

を 証

た 時

はや

には

生 死

」 と

う事 態 を

分 依 他 性

と して

示 し

の で

あ る

(上 田 c208 )。

   生

死 にい る 時 とは

不 浄 品 す なわち業 煩 悩の熏 習よ り生 じる果

識の

 

虚 妄 分 別

が 成 立 して いる 時で あっ て (上 田c205 )

「世 親 釈 ] 188 b は

若し   識 (

虚妄 分 別 ) がこの性 (二分 依 他 性 )を分 別し て

あるいは 煩悩を 成 じ

 

あるいは業 を

あるいは

果報

ずれば

ち 不 浄 品に属 す 」 と記 述 する

   

を証 した

と は

なわち 聞

習か ら生 じる

世 間の思

修慧

の   体 類

無 分 別 智

が成 立 して いる 時で あっ て (上田¢ 205)

「世 親 釈 亅188 bは

  「

般若

が此の

性 (

分依他性 } を縁

じて

分別す

るとこ ろ

無 け

れ ば

則 ち

浄 品   を成 ず 」と認 述 す る。

b

長 尾 a2

28

に 対

世 親

jl93a

の説 明

 

こ こ で

上 記

はや や

く説 明

さ れて いる。 これ は

婆 羅 門 間

経亅

(長尾a上

375

1

によれ ば

本 経 は 羅 什 訳 「思 益 梵 天 所 門経 」 大 正IS巻の

36c

す )の

「如 来

は生

死 を 見 ず

涅 槃 を 見 ず 」 を解 説 す

世 親

に よ る

注 釈

なの であ る が

そこ で の原

文 及

び その

取 意

の通

      依 他 性 非 生 死

由 此 性

因真 実 性

成 涅 槃

此 性 非 涅 槃

何 以 故、 此 由 分 別

  

即 是 生 死 故

是 故

可 定 説

若 見

分 余 分 性 不 異

是 故 不 見生 死

145

(14)

山学 報 第 五 十 五 輯 亦 不 見 涅槃。

 

こ の二分 依 他性は

真 実性

とい

局 面 を 実現すれ ば涅

を 成 就

そ の 同 じ二 分 依 他 性 が 分 別 性の局 面 を実 現 す れ ば

そ れ は 生 死 と なっ ている。 そ れ 故

涅 槃 または生 死として決

され た固

的 な 局 面として は説 け ない の であっ て、 し た がっ て

こ の 生 死 と し て の局面 と涅 槃 とし て の

面は

その本 性 を 見る な らば

二分 依 他性 なる

つ のもの であるか ら

両 者 は 異 なるものでは ない の で あ る (生 死

涅 槃 )。 そ れ 故 に 同経 は 「生 死 を見 ず 涅 槃 を 見 ず

侮 生 死 即 涅 槃 ※) と 説いたの である

 

※ 「生死 を見 ず 涅 槃 を 見ず

とは 「生 死 即 涅 槃

の ことである

とするの は 上田c267

長 尾a 上 375及び 上配

世 親 釈

193 aに よ るもの で あ る

尚 法

、r

五 教 章

義 理 分 斉の三 性 同 異 義

三 性 総 説 に おいて

これ を 引 用 して 「真

徹」

と してい る

 

つ ま り

生 死

輪 廻

う 局 面 と

槃 )

る二

分 依 他 性 と

し て

す な

ち両 者

性 死 と涅 槃 )

が 無 差 別 な

事 態

と し

あ る

と を表 し

てい

の で

る。 これ が

ま さ

龍 樹

生 死 即 涅

て (上 田c280 )、

ま た大 乗 仏 典 全 般 か ら

b

A 資料

と し て

摘 出 し

の で

あ る

そ し

れ は

た、

処 浬

ば れ た

の (上 田c281 ) なので あ る

以 上 は二

止 的側 面

なの で あ る が

これ

レベ ル の三

段 階

分 け

簡 単 に ま と

めて

お く

  第

段 階 (

の嬲 識レベル

 

の認 識 レ ベ ルに おい て は

二分

依 他 性

(こ れ の内 実は次 項で明ら か にさ れ る よ

ラ ヤ織 を基 体 とする行 者の人 格 構 造 全 体 なのである が

……

) に

い て

無 明

く虚 妄 分 別が 働

い て

結 果

認 識対 象 が 似 現 し

てい る

で あ

これこそ が 生 死 で あ り

輪 廻 世

なので あ る

す れば

凡 夫 におい ては

と して の

行 者

(二分 依 他 性 ) が

人に よっ て

世 界 と

して

認 識

さ れ ている の で

る。

  第

段 階

(阿 羅 漠

独 覚の認 識レベル)

 

識 行

に よっ て

と して の

行者

(二分 依 他 性 )

転換 す

146

(15)

唯識思 想 成 立の根 艇 と染 浄二分の依 他 性

転 依 (島 村 ) る と、

修慧 が 完 成 し

そ れ以 前

で は

凡 夫

の二

分 依 他 性 (

の人

格構造

体)

っ た

同 じ も

境 識 倶 泯

ての

解 脱 な

事態

変貌

涅 槃

と し て

現 す る

す な わ ち そこで は 能

識 (

輪 廻 生 死 ) は

止 滅

真 理 命 題

の み が

実 現 し

ているこ

る。

注 意す

はこ こ

での

段 階 と 第

段 階 は

縁 生 依 他 性

る 三

性 説

も説 明 さ

るので

る。

  第

段 階

僣 薩

仏 の 無 住 処 涅 槃 す な わち 後 得 智の認 識レベル

 

救 済

の大

誓 願

菩 薩

には

行 に よ り根 本 無 分 別 智 が

現 (別 稿に説 くように

成 仏以 前の十地の 各地においても

根 本 無 分 別 智 は 実 現 して い る

し て

に 入っ た

状 態

と どま

る こ

と な く

(無 住 処 涅 槃 )

す な

ち 第

題 を実 現 し

同 時

凡 夫

認 識

る 生

輪 廻 世 界

を も認 識 し てい る。

して

両 者

(輪 廻と涅 槃 } が

の二

分 依

在 り方

働 き

違〉

見 え

相 違

そ の

実 体 は同 体 な

る 二

分依 他性

、 と

認 識 し

て 生 死

涅槃

な る

実 現 を通 し

め るので

 

以 上の三

段 階

な わ ち

廻 世

生 死 即 涅 槃 世 界

が 同

る二

依他性

を基

して

現 す

ること

を上 記 「

摂 大 乗 論 」 及

世 親 釈 亅

い ているの で

る。

 

「世 親 釈 亅

252b

生 は

生 死

も衆

り法 身 無 き

こと

あ る

こと

無 し

法 身

応 す

る が

此 の

無 始

り法 自 然

成 ず 」

い てい る

ま た

260a

〕 陰

真 如

永 く相 応 す

る に

陰 を

捨 離 す

無 し」

と 説 く。

長 尾

ale

28A

(三)は

切は

せ ざる者 無 し (

仏 で あ る)

」 と説 く

 

これ と 全

事 態

智 度

に おい て も 以 下の よ

か れてい る。

   

辟 支 仏の智 慧は但 だ諸 法の空 (涅 槃) を 観 ずるのみ に し て

間と湟

   

槃 を観 じて

と為 すこと能 わ ざ る な り

正3S

320

 a

     

切 諸法を分 別し

惟す

る に

同 じ涅 槃の相 な り」 (国 大(3 )!99)       「有 為 法の実 相は

即 是れ無為 法 な り」 (国大 〔3 }546)        (

147

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