• 検索結果がありません。

密教文化 Vol. 1990 No. 168 003原田 和宗「表示・含意・期待の理論 (III)――ディグナーガvs. バルトリハリ (2)―― PL78-L43」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "密教文化 Vol. 1990 No. 168 003原田 和宗「表示・含意・期待の理論 (III)――ディグナーガvs. バルトリハリ (2)―― PL78-L43」"

Copied!
36
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

密 教 文 化

表 示 ・含 意 ・期 待 の 理 論 (III)

デ ィ グ ナ ー ガvs.バ

ル ト リ ハ リ (2)

田 和

IV. 表 示 の 理 論(そ

の三)

意 味 論 的 前 提 と して のanekadharmaデ ィ グ ナ ー ガ(Dignaga) は 主 著 (1) 『知 識 論 集 成』(PS)全 六 章 の う ち 第1章 に 知 覚( pratyaksa 現 量)論、 第II章 に 推 理(svarthanumana為 自比 量)論、 第III章 ・第IV章 に 論 証(pararthanumana 為他 比 量)論 を 取 り扱 っ た 後、 推 理 論 に 所 属 す る 〈 ア ポ ー ハ 〉(apoha)学 説 を 意 味 論 の 分 野 に ま で 拡 張 さ せ る べ く 第V章 を設 け た。 単 語 の も っ 表 示 (abhidhana)・ 含 意(aksepa)・ 期 待(akahksapa)の 三 機 能 ば か りで な<構 文 内 の<同 格 関 係>(samanadhikarapya)・<限 定 者 ・被 限 定 者 関 係>(vigesapa-visesyabhava)の 成 立 を もapoha学 説 の 立 場 か ら 説 明 す る 唯 名 論 的 意 味 学 説 が 構 築 され た 所 以 で あ る。 意 味 論 と し て そ の 面 目 を一 新 し たapoha学 説 は-P8Vの 第12・ 第13両 偶 に 要 約 さ れ る。 そ こ で は語 と表 示 対 象 の 両 者 が 「多 数 の 属 性(anekadharma) を 備 え た 基 体(dharmin個 物)」 と い う共 通 の存 在 構 造 の 許 に 対 応 せ し め ら れ (2) る。前 拙 稿 に お け る我 々 の 調 査 に よれ ば、こ れ は、バ ル ト リノ・リ(Bhartrhari) の 文 章 単 語 論」(VP)第1章 第23偶 に対 す る 自註(ypv)の 中 に そ の 先 例 を 有 す る。 そ れ に お い てBhartrhariは 同 じ 両 者 を 「多 数 の 形 相(akrti普 遍) が 内 属 す べ き 事 物(artha)」 と い う共 通 構 造 の許 に 対 応 さ せ た。 彼 の 主 眼 は 「語 の 恒 久 性」 と い う文 法 学 派 の 定 説 に ふ さ わ し い コ ミ ニ ケ ー シ ョ ン の 当 体 の 探 求、 即 ち、 語 の 本 体 論 の ほ う に あ る。 彼 は 諸 形 相(akrti)問 に 〈 上 位

(2)

表 示 ・含意 ・期 待 の理 諭 (III) /同 位/下 位>の ヒ エ ラ ル キ ー(hierarchy階 級秩 序)を 想 定 す る。 同 一 の 個 物 に 内 属 す る 上 位/下 位 の 諸 形 相 は 相 対 立 し な い(aviruddha)が、 同 位 の 諸 形 相 峠 相 対 立 し、 従 っ て、 同 一 の 個 物 に は 内 属 し え な い、 と・ そ こ か ら彼 は 結 論 を 引 き 出 す。 ・ コ ミ ニ ケ ー シ ョ ン に 参 与 す る の は、 〈 語 性 〉 (sabdatva)で は な い。 そ れ は 〈 「木」 と い う語 性 〉 〈 「壷」 と い う語 性 〉 等 の 下 位 の 諸 形 相 と相 対 立 し な い 点 で 「木」 や 「壷」 等 の ど の 種 の 語 に も 内 属 し う る上 位 の 形 相 だ か ら で あ る。 参 与 し う る の は、 例 え ば<「 木」 と い う語 性>(vrksasabdatva)の み で あ る。 そ れ は 〈 「壷」 と い う語 性 〉 等 の 他 の 同 位 の 諸 形 相 と相 対 立 す る 点 で 「壷」 等 の 他 種 の 語 に 内 属 せ ず 「木」 と い う語 に 固 有 の 形 相 だ か ら で あ る、 と。 Dignagaの 主 眼 は 意 味 論 の ほ う に あ る。 彼 が 想 定 す る 諸 属 性(dharma)間 の ヒ エ ラ ル キ ー はBhartrhariのakrti-hierarchyを く 遍 充 関 係>(vyapti) (3) と い う論 理 学 的 視 点 か ら再 解 釈 し た も の で あ る。 表 示 対 象(abhidheya)、 例 え ば、 木 は 多 数 の 属 性 を も っ(bahudha)基 体 で あ る が、 「木」 と い う語 か ら全 面 的 に 理 解 さ れ る わ け で は な い(nasarvatha gatih)。 そ の 語 は 自 己 が そ れ と<結 合 関 係> (sambandha)に あ る 一 属 性、 即 ち、 〈 木 性 〉 の み を 表 示 (abhidhana)す る。 〈 木 性 〉 と同 位 の 他 の 諸 属 性=〈 壷 性>等 が 一 括 的 に 矛 盾 概 念 〈 非 木 性 〉 と し て 一<木 性>を 逸 脱 し な い 「木」 と い う語 を通 じ アポ リハ

直接 的 に(saksat)<排

除>さ れ るか らで あ る。 の み な らず、 そ の 同

じ語 は<木 性>が

そ れ と<遍 充 関係>(vyapti)に

あ る普 遍(samanya)的

属 性=<地

元 素 製 性>〈 実 体 性><存

在 性 〉 等 をく含 意 〉(aksepa)す

る。

〈 非 地 元 素 製 性 〉<非 実 体 性><非

存 在 性>等

の矛 盾 概 念 が一<地

元 素

製 性>等

を逸 脱 しな い〈 木 性 〉(表 示対 象)を 通 じて一

間接 的 に<排 除>

され る か らで あ る。 しか し、<木

性>と く 遍 充 関係>に

あ る特 殊(visesa)

的 諸 属 性=〈simsapa樹

性 〉 等 にっ い て 「木」 とい う 語 が 誘 発 す るの は

〈 決 定 知 〉(niscaya)では ない。<期

待>(akanksapの

又 はく 疑 惑 〉(samsaya)

で あ る。 〈Simsapa樹

性 〉 〈Palasa樹 性 〉 等 を逸 脱 す る く 木 性 〉 は く 非

(3)

密 教 文 化 語(sabda)、 例 え ば、 「木」 と い う語 も 多 数 の 属 性(anekadharman)を 備 え た 基 体 で あ る が、 そ の 全 属 性 を 挙 げ て 表 示 対 象 を理 解 さ せ る(pratyayayati) の で は な い。 表 示 対 象=<木 性>を 逸 脱 し な い 一 属 性=<「 木」 とい う語 性 〉 を 通 じ て(yenartham nativartate tenaiva)で あ る。 〈 木 性 〉 を 逸 脱 す る 普 遍 的 諸 属 性=〈 語 性 〉 〈 性 質 性>等 を 通 じ て で は な い(nasabdagunatva-dibhih)。 PS V k.12に 盛 り込 ま れ た 「表 示 ・含 意 ・期 待」 の 意 味 理 論 は そ の 後 で P8Vkk.25cd-32そ の 他 の 箇 所 に 詳 論 さ れ る の に 比 し て、PSVk.13の 語 の本 体 論 はPSVk.33に 不 均 合 い に も 短 か く片 付 け ら れ て い る。 知 覚 論 的 前 提 と し て のanekarupaほ ぼ こ の よ う に し て 我 々 は、Digna. gaの 意 味 論 的 前 提 と し て のdharma-hierarchy (anekadharma, PSVkk. 12-13)がBhartrhariの 語 の本 体 論 の 前 提 を な すakrti-hierarchy (7P7 ad I k23)に 由来 す る こ と を 両 者 の 落 差 と共 に 前 稿 で 確 認 し た。 と は い え、 dharlna-hierarchyの 出 自 を探 る と い う問 題 が こ れ で 全 て 解 決 し た わ け で は な い。 検 討 を 要 す る 事 情 は 次 の 通 りで あ る。 我 々 が 従 事 し て き た-P8Vの 両 要 (4) 約 偶(kk.12-13)は、 前 々 稿 で 少 し触 れ た 様 に、 詩 頚 構 成 と 内 容 の 点 で 全 く パ ラ レル な 両 偶 をP811にkk.13 & 17と し て 保 有 し て い た。 そ れ だ け で は な い。 相 対 応 す るPS V k.12とPS H k.13は 更 に 自 己 とパ ラ レル な 第 三 の詩 頚 をP81に もk.5と し て 保 有 す る。 そ の こ と が 意 味 す る も の は 我 々 に は 明 ら か で あ る。Dignagaに 独 特 な 知 覚 論(PSI)・ 推 理 論(PS II)・ 意 味

論(PS V)が 個 物 の 「属 性(dharma)+基 体(dharmin)、 の 存 在 構 造 を共 通 の 前 提 と し て い る とい う こ と に他 な ら な い。 そ の 際、 周 知 の 如 く、PSIk.5 及 び-P81kk.13 & 17は 元 々 「論 証 学 の 門 戸」(-N翌 正 理 門 論)に そ の オ リジ ナ ル な諸 詩 頬(kk.16, 17-18)を 既 に保 有 し て い た わ け だ か ら、rdharma +dharmin」 構 造 の 導 入 に係 わ る 意 味 論 的 前 提(PSv)に 対 す る 知 覚 論 的 前 提(PSI)と 推 理 論 的 前 提(PS II)の 先 行 性 は 紛 れ も な い。 以 上 の 事 実 確 認 は、Dignagaの 意 味 論 的 前 提(dharma-hierarehy)の 出 自

(4)

表示 ・含 意 ・期 待の理論 (III)

をBhartrhariに

求 め る の に成 功 した とい う方 向 で の解 決 に甘 ん-じる こ と

を我 々 に許 さな い。 我 々 の とるべ き ア プ ロー チ は、 先 ず、Dignagaの

知 覚

論 的前 提 と推 理 論 的 前提 とが 各 自い か な る来 歴 を もつ の か を探 り、次 に、

そ うい う両 前 提 が問 題 の意 味 論 的 前 提 とい か な る関 係 に あ る の か を判 定 す

る、 とい う方 向 に まで伸 張 を強 い られ るは ず で あ る。

そ こで我 々 は先 ず 知覚 論 的前 提 か ら調 査 を始 め よ う。 それ は た った 次 の

様 な一 偶 のみ に要 約 され、 意 味 論 的 前 提 の揚 合 と同 じ<二 偶 で構 成 され る

推 理 論 的 前 提 の要 約 化 よ りもい っ そ う簡 素 だ とい う印 象 を与 え て くれ る か

らで あ る。

dharmino 'nekarupasya nendriyat sarvatha gatih /

(5)

svasamvedyam anirdesyam rupam indriyagocarah //5//

多数 の形 相 を も った基 体 が 感 官(e.9.視 力 器 官)か ら全 面 的 に理 解 され るわ け で は な い。 〈 自 己認 識 〉 され るべ き(対 象)で あ り、〈 言 語 表 現 〉 で き な い形 相(e.g.色)〔 のみ 〕 が 感官 の対 象 領 域 で あ る。(PSIk.5=NMk・16) こ の 偶 に 表 明 さ れ る「多 数 の 形 相 を も っ た 基 体」(anekarupasya dharmipab) が 今 話 題 と す べ き 知 覚 論 的 前 提 で あ る。 そ れ が 何 で あ る か は、 当 該 偶 に対 す る 直 接 的 な 注 釈 文 が 初 出 のNMば か り で な くPS1(前 段)に も 付 け られ て い な い せ い で、 これ ま で 正 当 に 理 解 さ れ て き た とは い い 難 い。 どち らか とい え ば、 ダ ル マ キ ー ル テ ィ(Dharmakirti)流 の 知 識 論 と な る べ<違 和 感 の な い よ う、 再 解 釈 す る こ と に 努 め て き た と い うの が 正 確 で あ ろ う。 PSIk.5解 釈 の 問 題 点(i)知 覚 と推 理 の 両 対 象 を そ れ で 峻 別 す る く 独 自 相/一 般 相 〉(svalaksapa/Samanyalaksapa)と い うDignaga自 身 の 二 分 法 (PSIkl磐 に 照 ら せ ば\ 「基 体、(dharmin)と い うの は 一 見 余 計 な 第 三 者 で あ り、 「dharma+dharmin」 な る構 造 的 区 別 が 「観 念 の 内 に 属 す る」 (buddhyarudha)仮 構 で あ る 点 を 明 言 す るDignagaの 散 逸 し た 著 作 『能 (7) 証 の 門 戸』(HM因 門論)に 帰 さ れ る 断 片 を も 考 え あ わ せ る と、 我 々 は と も す れ ば、 問 題 の 偶(PSIk.5)のab句: dharmino 'nekarupasya nendriyat sarvatha gatihの 意 味 を、 「dharma-+dharmin」 構 造 を と る 存 在 は あ く ま で も 概 念 的 構 想 の 産 物 で あ っ て、 決 し て 知 覚 の 対 象 に は な ら な い とい う全

(5)

体 否 定 た と りが ち で あ る。 そ の 典 型 的 訳 例 を一 っ 掲 げ て お こ う。 多 くの 相(rupa)を 有 す る基 体(dharmin)は、 如 何 に して も、 感 官 に よ って 認 (8) 識 さ れ る こ とは な い。 〔中 井本 秀 氏 訳 〕 訳 者 の 中 井 本 秀 氏 は も ち ろ んDignagaの 専 門 家 で は な い が、Dignaga研 (9) 究 者 の ほ と ん ど に よ っ て 支 持 さ れ る か か る 解 釈 傾 向 は、当 該 偶 に 対 す る 『知 識 論 評 釈』(Pramamarttika)第III章 の 評 釈 箇 所 に 見 ら れ るDharlnakirtiの 見 解 と ほ ぼ 完 全 に 一 致 す る。

sarvato vinivrttasya

vinivrttir

yato yatah /

(10) t

adbhedonnitabheda sa dharmino 'nekarupata /231/

〔同 種 ・異 種 の〕 あ らゆ る ものか ら〈 排 除>さ れ る(独 自相)に と って そ れ ぞ れ の もの か らの〈 排 除 〉(x)は そ れ ぞれ の差 異 に応 じて 引 き 出 され た も ろ もろ の 差異(y)を もつ もの で あ る。 そ れ が、基 体(x)が 多 数 の形 相(y)を もつ 所 以で あ る。(PF III k.231)

to kalpita rupabheda nirvikalpasya

cetasah /

(11)

na vicitrasya citrabhah kadacitkasya gocarah //232//

それ ら、仮構 され た、 形 相 と して の諸 差 異=多 様 な諸 顕 現 は 或 る時 に 限 って 生 じる非 多 様(i.e.単 一)な る〈 無 概 念 知>(無 分 別 知=知 覚)の 対 象領 域 で は な い。(py III k.232)

し か し、 問 題 の 偶(PSIk.5)のb旬 と同 一 の 表 現: na…sarvatha gatih を共 有 す るPS II k.13ab:

bahutve 'py arthadharmandm

na lingat sarvatha gatih /

事 物(i.e.証 因 保 持 者)の もつ 属 性 は 多様 で あ ると して も、 証 因 か ら全 面 的 に 理 解 され るわ け で は ない。 〔部 分 的 に、 で あ る。〕

並 び にPS V k. 12ab:

bahudhapy abhidheyasya na sabdat sarvatha gatih /

表示対象(の もつ属性)は 多様であるとしても、語か ら全面 的に理解 され るわ

けではない。 〔

部分的に、で ある。

が い ず れ もb句 を部 分 否 定(=部

分肯定)の 意 味 で使 用 す る に も拘 らず、 前

者-PSIk.5abだ

けはb句

を 全 体 否 定 の意 味 で 使用 す る と 解 釈 す るの は、

何 と も不 自然 で あ る。

(ii)

学 者 達 に よ るDharmakirti的

再=解釈 の跡 が 見受 け られ る も う一 っ の

(6)

表 示 ・含意 ・期 待 の 理 論(皿) 例 は、PS I k.5c1: svasamvedyamの 訳 で あ る。 ど ち ら か と い え ば、 「<自 己 認 識 〉 さ れ る べ き」(因 み に玄 業訳 は 「唯 内証」)と い っ た 訳 語 は 避 け られ、 合 成 語 中 のsva-が 〈 対 象 自 体 〉 を指 す と い う視 点 に 基 づ く〈 対 象 の あ りの ま ま の 姿 で 〉(svarupepa)と い うニ ュ ア ン ス を含 ん だ 訳 語 が 採 用 さ れ る こ と が 多 い。PSIk.5cdの 代 表 的 訳 例 を一 っ 挙 げ る。 自 己(の 相 の み)に よ って 認識 され、 言 語表 現で き ない 色 が 感 官(知)の 境 で (12)

ある。 〔戸崎宏正氏訳〕

そ うい った 訳 語 に根 拠 を与 え た の は、 戸 崎 宏 正 博 士 が 良 心 的 に明 示 され

(13) た 様 に、 先 ずDharmakirtiで あ り、 次 に ジ ネ ー ン ドラ ブ ッ デ ィ(Jinendra-buddhi)で あ る。 そ れ に よ れ ば、PSIk.5cdに 対 す るP7皿 の 評 釈 箇 所 は 残 念 な が らsvasamvedyam解 釈 の 具 体 的 根 拠 を提 供 し て くれ な い。

yady apy asti sitatvadi yadrg indriyagocarah /

(14)

na so 'bhidhiyate sabdair jnanayo rupabhedatah //233//

<白 性>等(の 普 遍)が た と え あ った と ころで、 感 官 の対 象 領 域 に あ る様 な も の は諸 語 に よ って 表 示 され ない。 〔感 官か ら生 じた 〕 知 と 〔語 か ら生 じた〕 知 の形 相 に は 〔鮮 明/不 鮮 明 と い う〕 相 違 が あ るか らで あ る。(PV III k.233) 根 拠 と な るDharmakirtiの 記 述 は 他 の 箇 所 に 求 め ら れ る。 真 知 対 象(pra-meya所 量)の 二 種 性 に 基 づ い て 真 知 手 段(pramapa量)の 二 種 性 が 樹 立 され (15)

る とす るDignagaの 主 張(PSIk.2a-c1)に 対 す る 「評 釈』 の 中 で 先 ずDha-rmakirtiは 「真 知 対 象 の 二 種 性」 を 四 っ の 観 点 か ら 擁 護 す る。

chaktyasaktitah

/

arthakriyayam ....

sadrsasadrsatvac

ca visayavisayatvata.

/

(16)

sabdasyanyanimittanam

bhave dhisadasattvatah

/2//

(A-i/ii)〈 効 果 的 作 用 〉 につ いて の 有能/無 能 …(中 略)… ・(B-ii/i)類 似/ 非 類 似 ・(c-ii/i)語 の対 象/非 対 象 ・(D-i/ii)他 の 因が あ る とき の 知 の有/無 と い う 〔四つ の〕 観 点 か ら 〔真 知 対 象 は 二 種 に 限 られ る〕。(py III kk.1b2c1 -2)

こ の う ち、(B-ii/i)「 類 似/非 類 似」 と(C-ii/i)「 語 の 対 象/非 対 象」 の 両 観 点 がPSIk.5c: svasamvedyam anirdesyamを 念 頭 に 置 い て い る こ と は ほ ぼ 間 違 い な い。 も ち ろ ん、Dharmakirtiに と っ て 最 も 重 要 だ っ た の

(7)

密 教 文 化

は、 彼 自身 の独 創 で あ る(A-i/ii)「

〈 効 果 的 作 用 〉 につ い て の有 能/無

能」 とい う観 点 で あ る。

arthakriyasamartham

yat tad atra paramarthasat /

(17)

anyat samvrtisat proktam to svasamanyalak sane /3/

こ の う ち、(A-i)〈 効 果 的 作用 〉 能 力 の あ る もの が 〈 最 高 の 真 実 と して の存 在>、(A-ii)そ うで な い もの がく 世 俗 的 存在 〉 と宣 せ られ る。 両 者 は 〔そ れ ぞ れ 〕 〈 独 自〔相 〕/一 般 相>で あ る。(P7-IIIk.3) (A-i)〈 効 果 的 作 用 〉 能 力 あ る も の だ け が 実 在(paramarthasat勝 義有)で あ る とい う等 式 は、 〈 独 自 相>の み が 真 知 対 象 の 名 に ふ さ わ し い と い う極 論 に ま で 行 き 着 く。

meyam tv ekam svalaksanam //53//

(18)

tasmad arthakriyasiddheh

sadasattavicaranat

/

しか し、〔厳 密 に は〕〈 独 自相〉 〔こそ 〕が 唯一 の真 知 対 象で あ る。 それ(〈 独 自 相 〉)に 基 づ い て<効 果 的 作 用>の 達成 が あ る以 上、 〔後 者 を 求 め る人 々は 前 者 の〕 有 無 の 如 何 を 〔真知 手 段 の 運 用 に よ って 〕 吟 味 す るか らで あ る。(pyIII kk.53d-54ab) Dharmakirtiが 自 己 の本 音 を吐 露 し た こ の 主 張 を 「真 知 対 象 の 二 種 性」 とい う前 述 のDignaga学 説 と会 通 さ せ る 記 述 の 中 に、 戸 崎 氏 はSvasamve-dyamをSvarupeua samvedyamに 解 釈 す べ き 決 定 的 根 拠 を 見 出 され る。

(19) t

asya svapararupabhyam

gater meyadvayam matam //54//

か か る(唯 一 の真 知 対 象 で あ る<独 自相>)が 自己 の 〔相 〕 と他 の 相(i.e.<一 般 相>)と の二 通 りの 仕方 で 認 識 され る 〔場合 が あ る〕 か ら、 〔Dignaga師 に よ って 〕二 種 の真 知 対 象が 認 め られ た ので あ る。(P7 III k.54cd)

こ の 「<独 自相>が く 独 自相>の ま ま に 認 識 さ れ る ケ ー ス」(tasya Svaru-pepa gatih)が 先 刻 の(B-i)「 非 類 似」(asadrsa-)と い う観 点(Py III k.2a) と一 致 す る こ と は 紛 れ も な く、PSIk.5c1: svasamvedyamの 意 味 内 容 を な す と戸 崎 氏 は 判 断 す る。 以 上 のDharmakirtiの 諸 記 述 に 含 ま れ る 「<独 自相>=〈 効 果 的 作 用 〉 能 力 の 存 在=〈 最 高 の 真 実 と し て の 存 在>=唯 一 の 真 知 対 象」 な る等 式 が 結 果 的 にDignaga的 なdharmin(基 体)を 自派 の 知 覚 論 か ら 除 去 し て し ま う当 の も の で あ る点 を 考 慮 す る な ら ば、PSIk.5c1

(8)

(svasamvedyam)のsva-表 示 ・含 意 ・期 待 の 理 論 (III)

がsvarupeuaを 指 す と す る 理 解 は、 同 偶b句: na…sarvatha gatihを 全 体 否 定 の 意 味 に と る 前 述 の 解 釈 傾 向 と も或 る 程 度 の 関 連 性 を 有 す る の で は な い か、 と私 に は 思 え る。

そ し て、PS Ik.5に 対 す るJinendrabuddhiの 『複 註』(PS7)はDhar-makirti的 解 釈 の 典 型 を示 し、 現 代 の 学 者 達 の 理 解 の 先 例 を な す も の で あ ろ う。

dharmino 'nekarupasye ti.

arthantarad

vyavrttim

asritya

ye dharmavisesa

bhedah kalpitani samanyarupani jneyatvadini tann apeksyanekarupam ity uktam.

vastutah puny rupadilaksano dharmy ayam namsavan.

tatkalpita

bheda

visa-yah kalpanajnanasyaiva,

Cna to visaya itarasyeti

darsayann

aha-nendriyat

sarvatha gatir iti. indriyad iti karanadarsanam.

hastatare

'pindriyat

karanad

indriyam prapya va na sarvatha svasamanyalaksanabhyam

grhyanta ity arthah.

nanu tadalambanam

kidrsam iti cet, aha-svasamvedyam

ityadi.

svasamvedyam

na sarvatragam.

anirdesyam anabhideyam.

nanu svasamvedyam ity ukte kim

tatsvarupam

abhidheyam iti cet-anirdesyam

iti.

anirdesyatvam

taj jnanayo

rupabhedata iti manyate.

tatha hi yac chabdajnanam yad indriyajam

ca tayoh

pratibhaso bhinnah spastaspastatvat...

tasmad rupabhedajnanasya

grahyatvat

(20)

sitatvadi vyavaharanirdesyam nendriyavisayah. (拙skt還 元 訳)

多 数 の形 相 を も った 基 体 が、 とは(次 の如 し)。他 の もの か らの〈 排 除 〉 に基 づ い て 仮構 され た、 特 殊 な 諸 属性=諸 差 異=諸 〈 一 般相 〉=〈 認 識 対 象 性 〉 等 に依 拠 し て、 多数 の形 相 〔を もつ 〕、とい われ る。 しか し、 事 実 と して は、 この 「色」 等 を 特 質 とす る基 体 は 諸 部 分 を有 す る もの で は な い。 それ(基 体)の 仮構 さ れ た諸 差 異 は 〈 概 念 知 〉 の み の対 象 な ので あ って、 他 方(〈 無 概 念 知 〉=知 覚)の 対 象 で は な い こ とを示 す べ く、述 べ る一 感 官 か ら全 面 的 に理 解 され るわ け で は な い、 と。 感 官 並、 と は、 器 官 を 示 す。 た と え掌 中 に あ って も、盛 官=器 官 か ら、或 い は、 感 官 に到 達 して、〔基 体 の 仮 構 さ れ た諸 差 異 が 〕 全 面 的 に=〈 独 自 〔相 〕/一 般 相 〉 の 二 通 りの仕 方 で 把 捉 され るわ け で はな い、 とい う 意味 で あ る。 そ れ の 〈 認 識 対 象 〉 (所縁)は 如 何 な るも のか、 とい え ば、 答 え よ う一 自 己 に よ って 認 識 さ れ るべ き も の、 等 々。 自己 に よ って 認 識 され るべ き もの は遍 在 しな い。 〈 言 語 表現 〉 で き な い もの とは 〔語 に よ って 〕表 示 され え な い対 象 で あ る。 「自己 に よ って認 識 され るべ き もの」 と表 示 す る以 上、 そ の本 性 は 〔語 に よ って 〕表 示 され う るの で は な い か、 と い え ば、(答え よ う)一 〈 言語 表 現 〉 で きな い、 と。 〈 言 語 表 現 〉 で きな い 所 以 は、 それ ら(感 官 か ら生 じた)知 と(語 か ら生 じた)知 の形 相 に は 〔鮮 明/不 鮮 明 とい う〕 相 違 が あ るか らで あ る、 と考 え られ る。 即 ち、 語 か ら生 じた 知 と感 官 か ら生 じ

(9)

た(知)と の両 者 の 顕 現 は鮮 明/不 鮮 明 性 の点 で 相 異 な る。 … …(中 略)… …従 っ て(orか か る感 官 知 の形 相 とは)形 相 を異 にす る知(=〈 概 念 知 〉)の 認 識対 象 (所 取)で あ るか ら、<白 性>等(の 普 遍)は<言 語 活動>に よ って 〈 言 語 表 現 〉 され う る もので あ って、 感 官 の対 象 で は な い。(PS7 ad PSIk.5) 戸 崎 氏 はPS7の 「遍 在 し な い」(na sarvatragam)と い う説 明 的 補 足 に-P7 mk.2の(B-i)「 非 類 似」 な る観 点 と の 関 連 性 を 読 み 取 る。 し か し、PSIk.5に 託 さ れ たDignagaの 原 意 に 我 々 が 到 達 し た い な ら ば、 当 該 偶 に 対 す る 註 釈 に 相 当 す る 価 値 を も っ 記 述 をPSIの 中 に 見 っ け 出 す こ と、 そ し て、 当 該 偶 の 特 徴 的 諸 表 現 の 各 自 の 祖 型 をPS以 前 の 文 献 に ト レ ー ス す る こ と以 外 に 方 法 が な い。 PSIk.5に 対 す る 註 釈 的 記 述PSIの 前 段(自 学 説 を陳 述 す る節: kk.1 -12)に は、 も ち ろ んk.5に 対 し て 直 ち に 註 釈 的 意 味 を も つ 様 な 記 述 は 存 在 し な い。 た だ、 次 の 様 な 記 述 に 個 物 の 「dharma+dharmin」 構 造 の 片 鱗 ら し き も の が 垣 間 見 ら れ る。 (21)-a

svasamanyalaksanabhyam by avyapadesyavarnatvabhyam varnadi 4-(21) (22) yataya canityam varnaditi manasa samdhatte. tasman na pramanantaram.

(Skt還 元 訳 を 含 む。) 実 に、 人 は<色 彩>(顕 色)等(の 基 体?)を 〈 言 語 表 現 〉 で き な いく 独 自相> と<色 彩 性>な る<一 般 相>と に よ って把 捉 して、 「色 彩 等 は 非恒 久 的(無 常)で あ る」 と い う様 に、 思 考 器 官(意)に よ って 〔〈 色彩 性 〉 等 の 〈 一般 相 〉 を〕<非 恒 久 性>(な る〈 一 般 相 〉)に 結 合 さ せ る。 従 って、 別 の(第 三 の)真 知手 段 〔の 出 る幕 〕 は ない。(yrtti ad PSIk.2cd1) こ の 記 述 は、 直 接 知 覚(pratyaksa)が く 独 自相 〉 の み を 対 象 と し、 推 理 が<一 般 相>の み を 対 象 とす る とDignagaが 主 張 す る 場 合(yrtti ad PS Ik.2a-c1)、 「色 彩 等 は 非 恒 久 的 で あ る」 と い う認 識 が 成 立 す る た め に は、 <独 自 性>で あ る は ず の 色 彩 等 と 〈 一 般 相 〉 た る 〈 非 恒 久 性>(anityata)

との両 者 を一 緒 に把 捉 す る第 三 の真 知手 段 が要 請 され るの では な い か、 と

い う敵 対 者 の反 論 に対 す るDignagaの

解 答 で あ る。Dignagaに

よれ ば、

「色 彩 等 は非 恒 久 的 で あ る」 とい う認 識 に おい て 言 及 され るの は<色 彩>

等 の もっ 〈 言語 表現 〉 可 能 な側 面=〈 一般 相 〉 と して の 〈色 彩 性 〉 で あ

(10)

表 示 ・含意 ・期 待 の 理 論(III) り、 〈 独 自 相 〉(知 覚 の対 象)は 同-じ<色 彩>等 の も つ 〈 言 語 表 現 〉 不 可 能 (avyapadesya)な 側 面 に 限 られ る。 そ の 際 の<色 彩>等 は 〈 独 自 相/一 般 相 〉 と い っ た 諸 属 性(dharma)を 保 持 す る 基 体(dharmin)の 役 割 を 演 じ て い る の で は な い か、 と私 は 推 測 す る が、 こ れ だ け で は ま だ 決 定 的 で は な い。 「<独 自相>が く 独 自相>の ま ま に 認 識 さ れ る」 と い うDharmnakirti的 解 釈(PV III k.54cd)の 余 地 も依 然 残 さ れ て い る か ら で あ る。 他 方、 我 々 に 決 定 的 な 記 述 を提 供 し て く れ る の は、PSIの 後 段(敵 対 諸 学 説 批 判 の節)で あ る。 即 ち、 問 題 のPSIk.5cdが 「ミ ー マ ー ン サ ー 学 派 の<直 接 知 覚>の 考 察」 節(Mimamsakapratyaksapariksa)に 再 出 す る 際、 Dignagaの 手 に な る 初 め て の 註 釈 が 当 該 偶 に 与 え ら れ る に 至 っ た か ら で あ る。

svasamvedyam anirdesyam rupam indriyagocarah //

indriyartho

'nekadharmo'pi,

sa yen asadharanatmanendriye

'vabhasi tadavabha

sajnanotpattikaranam,

sa jnanasvatmeva pratyatmavedyah,

sa tadatmana

nir-(23)

desayitum asakyah, abhidheyasya samanyavisayatvat. (拙Skt.還 元訳) <自 己 認識>さ れ るべ き(対 象)で あ り、〈 言 語 表 現 〉 で き な い形 相 が 感 官 の 対 象 領 域 で あ る。(=PSIk.5cd再 出) た とえ 感 官 の対 象 が 多 数 の属 性 を備 え て い て も、 それ が 或 る共 通 しな い(独 自の) の 本 性 に よ って感 官 に顕 現 す る、〔つ ま り、〕 そ れ の顕 現 を有 す る知 の生 成 原 因 とな ると き、 それ は知 独 自の本 性 と同 じ く、〔知〕<自 らの 内 に認 識(自 内証)さ れ るべ き も の>で あ る。 そ れ は それ(独 自)の 本 性 に よ って は 〈言 語 表 現>で き な い。 〔語 に よ って 〕 表 示 され うる も のは 普 遍(i.e.<一 般 相>)の 領 域 に属 す るか らで あ る。(7rtti ad PS I MIPrP kk. 7cd-8ab)

結 論 を 先 取 りす れ ぼ、 前 述 し た 様 な、P81k.5に 対 す る 現 代 の 学 者 達 に 共 通 し た 翻 訳 傾 向 は 悉 く こ のDignagaの 『註 釈』 と は 相 容 れ な い、 と私 に は 判 断 さ れ る。 (i/)先 ず、 『註 釈』 で 「多 数 の 属 性(anekadharma=anekarupa)を 備 え た」 ダルミン 基 体 が 「感 官 の 対 象」(indriyartha)と 命 名 さ れ る 以 上、 そ れ がDignagaの 知 覚 論 的 前 提 の 地 位 を 占 め る こ と は 明 白 と い わ ね ば な ら な い。 従 っ て、 PS I k.5 ab: dharmipo 'nekarupasya nendriyat sarvatha gatihの"na

(11)

sarvatha"を 全 体 否 定 に と っ て、 「dharma+dharmin」 構 造 の 個 物 が 「決

して 感 官 か らは 理 解 され ない」 とい う理 解 を導 くこ とは 許 され まい。 感 官

か ら全 面 的 には 理 解 され な くて も、部 分 的 に は理 解 可 能 な の だ、 と部分 否

定(=部 分 肯 定)の 意 に=解さ れ る べ き で あ ろ う。

(ii')次 に 又、 『註 釈』 でpratyatmavedya (so sohi bdag nid rig Pa)に 交 換 さ れ る 当 該 偶c1句: svasamvedyam (ran gi rig bya)のsva一 が く 対 象 のsvarupa>を 意 味 し え な い こ と は い うま で も な い。Pratyatman(=sva-) は-vedya(=-samvedya)に 接 頭 さ れ る と、 伝 統 的 な 漢 訳 語 「自内 証」 等 が 示 す 様 に、 そ の 体 験 が 認 識 す る 側(e.9.仏 陀 ・菩 薩 ・ヨー ガ行 者 ・知 ・感 官) の 内 奥 に 属 す る こ と、 換 言 す れ ば、 外 部 か ら は 窺 い 知 れ な い と い う意 味 で の 内 秘 性 を 少 な く と も 大 乗 のYogacara学 派 勃 興 以 来 表 す か ら で あ る。 そ し て、 こ こ に 再 出 す るPS I k.5の 場 合、sva-は 〈 知 そ れ 自 体 〉 を指 し、 〈 知 自 ら に よ っ て 〉(rahgis)と か 〈 知 自 ら の 内 に 〉 と い うニ ュ ア ン ス を も っ こ と は 間 違 い な い で あ ろ う。sva-の も う一 っ の 候 補 と し て 〈 感 官 〉(つ ま り、〈 感 官 の各 自に よ って〉)が こ こ で 考 え られ な い の は、 『註 釈』 中 に 「知 独 自 の本 性 と同 じ く」(jnanasvatmeva: ses pahi rah gi bdag nid bsin du)

と い う語 句 が 挿 入 さ れ て い る か ら で あ る。 知 自 身 の 形 相 が 知 自 ら に よ っ て 認 識(=〈 自己認 識 〉)さ れ る 様 に、 対 象 の 形 相 も 同 様 で あ る、 とい うの が Dignagaの 意 図 す る 処 に 他 な ら な い。 註 釈 的 記 述(Vrtti ad PS I mlPrP kk.7cd-8ab)と の 照 合 か ら も た ら さ れ た、 従 来 のPSIk.5翻 訳 法 に 存 す る 問 題 点 の 解 決 は、 と り も 直 さ ず、 同 偶 に 対 して 問 うべ き正 真 正 銘 の 疑 問 点 に 我 々 を 正 し く誘 導 し て くれ る。 一 (i")知 覚 論 の 前 提 た る 「dharma+dharmin」 構 造 の 個 物 と は 何 か、(ii") 個 物 の<自 己 認 識>さ れ る べ き 一 部 分(dharma, rupa)と は 何 か、 と。

artha anekakarah PS I k.5が 前 提 す る 「dharma+dharmin」 構 造 の 個 物 の 正 体 を探 求 す る た め の 第 一 の 手 掛 か りは、 『註 釈』 内 の 「そ れ の 顕 現 を有 す る 知 の 生 成 原 因」(tadavabhasajnanatpattikarapam: der snan bahi ses pahi skye bahi rgyu yin pa) と い う一 句 で あ る。 紛 れ も な く、 そ れ が 次

(12)

表示 ・含意 ・期待 の理論 (III)

の 様 な<認 識 対 象 の二 条 件>:

条 件 【

一 】 知 が そ れ の形 相(or顕

現)を 伴 うこ と。

条 件 【

二 】 そ れ が知 の原 因 で あ る こ と。

へ の 言 及 で あ る 点 に 注 視 す る と き、Dignagaが<両 条 件>を 初 め て 呈 示 し た 作 品 『認 識 対 象 の 考 察」(Alambanapariksa観 所 縁 論)が 有 力 な 資 料 と し て 我 々 の 考 察 視 野 に 浮 か び 上 が っ て く る か ら で あ る。 事 実、 我 々 はP81 k.5 a: dhamliuo 'nekarupasya(多 数 の形 相 を備 え た 基 体 が)の 祖 型 的 表 現 を APに 登 場 す る 第 三 の 敵 対 学 説(第 三 宗)の 主 張 に 見 出 す で あ ろ う。

atra to

kecana sancitakaran

sadhakam abhimanyante /

sarve by artha anekakara iti tatra kenacid akarena pratyaksatvam

isyante.

paramanunam apy asti sancitavabhasajnanotpattikaranabhavah.

anvakaro na vi jnapter arthah kathinatadivat

//3//

yatha kathinyadi vidyamanam api na caksurbuddher visayah, tadvad anutvam

(24) api.(拙Skt.還 元 訳) しか し、 これ(外 界 対 象=<認 識 対 象>学 説)に 関 して、 或 る者 達 は 集 合 体 の 形 相 を もつ 諸(原 子)を 〔知 の〕達 成 因 と 認 め る。(A.Pk. 3ah) 実 に、 諸事 物(i.e.諸 原 子)は 全 て 多 数 の形 相 を備 え た(基 体)で あ るか ら、〔諸原 子 は 〕 そ の うち の或 る形 相(i.e.集 合 体 の形 相)に よ って 知覚 さ れ る対 象(現 量性) と認 め られ るわ けで あ る(=条 件 【一 】 の充 足)。 諸 原 子 の どれ もが 集合 体 の顕 現 を 有 す る知 の生 成 原 因で あ る(=条 件 【二 】 の充 足)。 微 粒子 と して の形 相 の ほ うは 〔諸 原子 に備 わ って はい るが 〕、知 覚 表 象 の対 象 で は な い。 一 〔た とえ 当該 の事 物 に備 わ って いて も、 視 覚 の 対 象 で は な い〕 堅 さ等(の 感 触)の 様 に。(A-Pk.3cd) 例 え ば、〔皮 膚(器 官)に よ る認 識(身 識)の 対 象 で あ る〕 堅 さ等(の 感触)は た と え 〔当該 の事 物 に〕 備 わ って いて も、視 力(器 官)に よ る認 識(眼 識)の 対 象 と な らな い様 に、 微 粒 子 性 もそ れ と 同様(に、 諸 原 子 に備 わ って はい るが、 知 覚 表象 の 対 象 と な らない の)で あ る。(yrtti ad A-Pk.3cd) <微 粒 子 の 形 相/集 合 体 の 形 相>(apvakara/sancitakara)等 の 多 数 の 形 相(anekakara)を 保 持 す る 基 体(dharmin)と し て 性 格 付 け られ る 諸 原 子 が 〈 認 識 対 象 の 二 条 件 〉 に 適 っ た も の で あ る と 主 張 さ れ て い る の が 判 る。 こ

(13)

の 第 三 学 説 に よ れ ば、 〈 認 識 対 象 〉(alsmbana)と 呼 ば る べ き も の は、 第 一 学 説 が 唱 え る 様 な、 知 に 決 し て 顕 現 し な い 単 な る諸 原 子(paramauu極 微) で も な い し、 第 二 学 説 が 表 明 す る 様 な、 知 の 原 因 た りえ な い 諸 原 子 の 集 合 体(samhata, kapala和 合、 総 聚)で も な い。 集 合 体 の 形 相(sancitakara和 集 相)に 限 定 され た 諸 原 子 で あ る。APに 対 す る 「複 註』(Tika)で ヴ ィ ニ ー タ デ ー ヴ ァ(Vinitadeva調 伏 天: 630-700)は 当 該 学 説 を 「ヴ ァ ー グ バ タ(vagbhata) (25) 等」 や 「大 徳 ブ ッ ダ デ ー ヴ ァ(Buddhadeva覚 天)」 に 帰 そ う と し て い る。 そ こ で 注 目 さ れ る の が、Buddhadevaの 著 名 学 説 を 引 用 し 論 評 す る ヴ ァ ス バ ン ド ウ(vasubandhu世 親: 400-480)の 「ア ビ ダ ル マ の 庫』(Abhiahamakosa 倶 舎 論)第1章 の 記 述 で あ る。

bhutasnatram dasalyatananiti Bhadanta-Buddhadevah. tac ca naivain. bhutanam catustvakhakkhatadilaksanavadharandt sutre. tesam sprastavyatvat. na hi ka

(26) thinyadini caksuradibhir grhyante, napi varnadayah kayendriyena.

「十 〔種〕 の 〔、従 って、 全 部 の物 質 的 〕 認 識 領域(十 色処)は 純 粋 な 〔四 大 〕元 素 のみ(唯 大種 性)で あ る。」と大 徳Buddhadevaは い う。 しかKし、そ れ は そ の 通 りで は な い。 「経 典』 に、 元 素 が 四 〔種 〕 で あ る こ と と 〔それ らが 〕 硬 さ等 を特 質 とす る こと につ い て の 確 定 が あ るか らで あ り、 そ れ ら(硬 さ等=四 大 元素)は 感触 (の 要素)だ か らで あ る。 実 に、〔も し全 物 質 的要 素 が 純粋 な四 大 元 素 の み で、 複 合 的 な 元素 製(大 種 所 造)の ものが 一 切 認 め られ ない な らば、 元 素 が 感 触 の み を本 質 とす る以 上、 感 触 が 視 力器 官 等 の対 象 と な った りす る はず な の に、〕 堅 さ等(の 感 触)は 視 力(・ 味 覚)等(の 器 官)に よ って は 把 捉 され な い し、 色 彩(・ 味)等 (の要 素)も 皮 膚 器 官 に よ って は 〔把 捉 され 〕 な い。 〔従 って、 視 力 器 官 等 の 対 象 と な る色 彩 等 は純 粋 な 元 素 で は あ りえず、 元 素 製 の も のが 認 め られ ね ばな らな い。〕 (Bhasya ad AE Ik.35c)

先 刻 のA.Pk.3cdに 対 す るDignagaの 「註 釈』(Vrtti)部 分 「例 え ば、 堅 さ等 は … … 視 力(器 官)に よ る 認 識 の 対 象 と な ら な い 様 に」(yatha kathi-nyadini… …na caksurbuddher visayah)が、AM I k.35cに 対 す るvasubandhu の 『註 釈』(Bhasya)部 分 「堅 さ 等 は 視 力 等(の 器 官)に よ っ て は 把 捉 さ れ な い」(na hi kathinyadini caksuradibhir grhyante)を 踏 ま え て い る の は、 一 見

し て 明 らか で あ ろ う。

(14)

表 示 ・含 意 ・期 待 の理 論 (III) 数 の 形 相、 と りわ け、 集 合 体 の 形 相 を備 え た 諸 原 子」 とい う第 三 敵 対 学 説 の 思 想 がDignaga以 前 に、 っ ま り、 既 成 の 原 子 実 在 論 の う ち に 成 立 し て い た と は 到 底 思 え な い。 第 三 学 説 自身 を擁 護 す べ くDignagaが 引 く喩 例 が 皮 肉 に も そ の 第 三 学 説 の 主 張 者 とVinitadevaに よ っ て 比 定 さ れ るBu-ddhadevaの 学 説 に 対 す るVasubandhuの 批 判 の 援 用 で あ っ た と い う事 実 は、 極 め て 示 唆 的 で あ る。Dignagaは、 〈 認 識 対 象 の 二 条 件 〉 の い ず れ か 一 条 件 を 欠 く と一 旦 は 論 難 し た サ ル ヴ ァ ・ア ス テ ィ ヴ ァー ダ 学 派(sarvasti-vadin説 一 切有 部)並 び に サ ウ ト ラ ー一ン テ ィ カ 学 派(sautrantika経 量 部)双 方 の 原 子 論(APkk.1-2)をvasubandhuに よ るBuddhadeva批 判 と抱 き 合 わ せ に 折 衷 し て、 両 学 説 の もつ 各 欠 陥 を 相 殺 す る とい う仕 方 で 〈 二 条 件 〉 を 充 足 す る か に 見 え る 第 三 の 原 子 実 在 論(APk.3)を 自派 の 観 念 論 的 学 説 に と っ て 最 も 手 強 い 最 後 の 敵 対 学 説 と し て わ ざ わ ざ 彼 自 か ら の 手 で 仕 立 て 上 げ た の で あ ろ う。 そ の 学 説 す ら も 完 膚 な き ま で に 批 判 し尽 くせ ば(AP kk.4-5)、 外 界 実 在 論 に 残 され て い た 可 能 性 を 一 挙 に 葬 り去 る こ と が で き る か ら で あ る。 APk.3の 「多 数 の 形 相 を 備 え た 諸 原 子」 とい う祖 型 は そ の ま ま で はPS Ik.5の 知 覚 論 的 前 提 に は な り得 な い。 繰 り返 す 様 に、 そ れ はAPの 著 者 自 身 の 徹 底 的 な 批 判 に 晒 さ れ た か ら で あ る。Dignagaは、 ア ビ ダ ル マ 論 師 達 が 武 器 とす る 小 乗 的 な く 実 体 的 存 在/世 俗 的 存 在>(dravyasat/samvrti-Sat)の 枠 組 に 当 該 祖 型 を 当 て 嵌 め て ジ レ ン マ に 追 い 込 み、 結 局、<認 識 対 象 の 二 条 件 〉 全 部 が そ れ に は 具 備 さ れ え な い こ と を 指 摘 して 禅 ら な い。 【批 判-1】 も しそ の様(に、 諸 原 子 に 集合 体 の形 相 が 存 す るの)で あ れ ば、 〔同種 の諸 原 子 か ら構成 され る〕 壺(ghata)・ 鉢(sarava)に 関す る 〔め い め い の〕 知 が 同一 〔で あ る と い う不 合 理 〕 に な る べ し。(A-Pk.4ab) 壼 ・鉢 等 の 〔集 合 体 を 構成 す る〕 諸 原 子 は 多 数 で あ 〔り、従 って、 集 合 体=壷 等 の 大 ・小 は区 別 され る〕 と して も、 それ ら諸(原 子 自体)に は い か な る 〔質 的〕 区 別 もな い 〔以 上、 そ れ らの 集合 体 が、 全 部 壺 で あ るとか、 全 部 鉢 で あ る、 とい う様 に、 同一 で な けれ ば な らな いが、 これ は 壼 ・鉢 等 に 関 して知 が 相 異 な る とい う事 実 と矛盾 す るか ら、〈 認識 対 象 〉 の条 件 【一 】 を欠 く〕。 【反 論 】 も し 〔集 合体 同志 の〕 区 別 は 〔集 合 体 の〕 形 相 の区 別 に 依 拠 す る、 と

(15)

い うな らば、(A-Pk.4c) 或 い は こ う考 え るで あ ろ う一 「頸(griva)等 の形 相 の 区別 に依 拠 して 〔壺 ・鉢 等 の 〕 区 別 は な され る。-そ れ に よ って、 〔壺 ・鉢 等 の〕 知 の 区 別 が な さ れ よ う。」 と。 【批 判一H】 〔そ の 様 に 困難 を回 避 した と こ ろで、 第 三 学 説 は い っそ う困難 に直 面 し よ う。〕 か か る(形 相 の)区 別 は 〔集合 体 で あ る〕 壼 等 には あ るが、 しか し、〈 実 体 的 存 在 〉(実 有i.e.実 在)で あ る原 子 にそ れ(形 相 の 区別) が あ るわ けで はな い。 〔原子 はい ず れ も球 形 で あ り、〕 規 模(pramama量)の 区 別 が 存在 しな い か らで あ る。(APkk.4d-5a) 諸 原子 〔同志 〕 は た とえ 別 々の実 体 で あ る と して も、 球 体 で あ る(parimaudalya 微 円相、 極 円性)と い う点 で は 区別 を もた ない。 〔即 ち、 諸 原 子 に 集 合体 の形 相 が 所 属 す るとい う第 三 学説 本来 の主 張 は撤 回 され ね ば な らな い。〕 従 って、 〈 実 体 的 存在 〉 で は な い(世 俗 的 存在)に そ れ(形 相 の 区別)が あ る ので あ る。(A.Pk.5b) 実 に、 形相 の 区別 は く 世 俗 的 存在>(世 俗 有i.e.仮 象)に の み あ る。 しか し、 諸 原子(i.e.実 在)に は な い。 と ころで 〔集 合 体 で あ る〕 壺等 はく 世 俗 的存 在 〉 で あ るべ し。 とい うの は、 〔集 合 体(e.g.壼)か らそ の構 成 要 素 で あ る〕 諸 原 子 を取 り除 く と、 そ れ(集 合 体e.g.壷)の 顕現 を有 す る知 が 消滅 して し ま うか らで あ る。 (AE)k.5ed) 色 彩 等 の 如 き〈 実 体 的 存 在 〉 な ら、そ の結 合 要 素 を 取 り除か れ た と して も、 自 己 (e.g.色 彩)の 知が 消滅 した りは しない。〔しか し、 そ こ に形相 が 帰 属す る集 合 体 の 場 合、 そ れ の 知 が 消滅 す る以 上、 〈 世 俗 的 存 在 〉で あ り、第 三 学 説 は条 件 【二 】 を (29) 充足 しない。〕(Vrtti ad AE) k.5cd) Dignagaは、 こ う し て あ ら ゆ る外 界 対 象(bahyartha外 境)か ら剥 奪 す る こ と に成 功 し た 〈 認 識 対 象 〉(所 縁)の 資 格 を、 た だ そ れ の み が 〈 認 識 対 象 の 二 条 件 〉 に 合 致 す る とい う理 由 で、 知 の 内 な る 部 分(antarjneyarupa, antahsat, antaralambana)に 授 与 す る。 従 って、 諸感 官知 の対 象(visaya)は 外 界 に存 在 す るので は な い と証 明 され た。 恰 か も外 界 に 〔存 在 す る〕 か の様 に 顕現 す る、 〔知 の〕 内な る認 識 対 象 の形 相

(antarjneyarupa)が 対 象(artha)な の で あ る。(A-Pk. 6a-c1)

外 界 対 象が 存 在 しな い の だ か ら、恰 か も外 界 に 〔存在 す る〕 か の様 に顕 現 す る、 〔知 の 〕 内 部 に 存 在 す る(形 相)だ け が く 認 識 対 象 〉 と して 〔知 を〕 補 助 す る 因

(所縁 縁)で あ る。

〔そ れ は〕 知 の もつ 形 相 で あ り、 且 つ、 か か る(知)の 原 因 だか らで あ る。 (AE)k.6c2d)

(16)

表示 ・含 意 ・期 待 の 理 論 (III) 実 に、 内な る知 は対 象 の 顕 現(arthavabhasa)を 有 し、 且 つ、 それ(対 象 の 顕 現)か ら生 起 す る点 で、 〈 〔認 識 対 象 の〕 二 条 件>(dvayadharmata)を 備 え て い るか ら、〔知 の〕 内部 に存 在 す る(形 相)だ けが く 認 識 対 象 〉 と して の 補 助 因 で あ (28) る。(Vrtti ad APk.6c2d) 謙 っ て い え ば、 外 界 対 象 で あ る 「多 数 の 形 相 を備 え た 諸 原 子」 は、 か か る く 認 識 対 象 の 二 条 件>を ク リ ヤ ー し な い 限 り、-PSIk.5の 知 覚 論 的 前 提 「多 数 の 形 相 を備 え た 基 体」 と して の 復 権 を 謀 り よ うが な い の で あ る。 na sarvatha…anabhilapyena Dignagaが 「多 数 の 形 相 を 備 え た 諸 原 子」(APk.3)に<認 識 対 象 の 二 条 件 〉 の不 備 と い う致 命 的 障 害 を 克 服 さ せ る べ く採 用 し た の は、 小 乗 の ア ビ ダ ル マ 的 実 在 論 の 枠 組 か ら そ れ を解 き放 ち、 大 乗 的 実 在 論 の 枠 組 に 適 合 す る よ う、 性 格 転 換 を強 い る と い う方 法 で あ っ た、 と私 は 結 論 を 先 取 し た い。 そ の 転 換 過 程 は、-P81k.5の 他 の 特 徴 的 諸 表 現 の 祖 型 を 調 査 して い く に っ れ て、 徐 々 に 明 ら か と な ろ う。 -P81k.5で、"nasarvatha"(全 面 的 に… … で は な い)の 部 分 否 定 的 用 法 に 則 っ て そ の 裏 返 し と し て 肯 定 さ れ る べ きanirdesya(〈 言 語 表現 〉 の不 可 能) な 側 面 を誘 導 し て い く 際 に、Dignagaの 念 頭 に あ っ た 先 例 は、Yogacara 学 派 に 転 向 し たVasubandhuの 著 作 『二 十 詩 篇 の く た だ 表 象 の み た る こ と>の 証 明』(Vimsatika Vijnaimatratasiaahi唯 識 二 十 論)の 同 種 の 用 法 に ち が い な い。

na khalu sarvatha dharmo nastityevam

dharmanairatmyapraveso

bhavati.

api

tu,

kalpitatmana

//10//

yo balair dharmanam svabhavo grahyagrahakadih

parikalpitah,

tena

(29)

tmana tesam nairatmyam,

na tv anabhilapyenatmana

yo buddhanam visaya iti.

【答 論 】 決 して、 全 面 的 に 「諸 存 在 素(諸 法)が 存 在 しな い」 とい う風 な つ も りで、 〈 存 在 素 に本 性 的 自我 の ない こ と〉(と い う真 理)に 参 入 す るの で は な い。 そ うで はな くて、 仮 構 され た 本 性 の点 で は 〔「存 在 しな い」 と い うつ も りで 参 入 す る の〕 で あ る。 (Vims k.10d2) 凡 そ 諸 存 在 素 の 自己本 質 が 愚 か 者(凡 夫)達 に よ って<認 識対 象/認 識 主 体 〉(所 取 能 取)等 と して仮 構(遍 計 所 執)さ れ ると き、 そ うい う仮 構 され た本 性 の点 で は、

(17)

密 教 文 化 それ ら(諸 存在 素)に 本 性 的 自我 は ない の で あ って、 凡 そ仏 陀 達 の対 象 領 域 と な る 様 な、 〈 言 語表 現 〉 で きな い 本性 の点 で 〔本 性 的 自我が ない とい うわ け 〕 で は な し)、(Vrtti ad Vimsk.10d2) こ の 記 述 は、Yogacara学 派 が く た だ 表 象 の み で あ る こ と〉(唯 識 性)と い う 真 理 の 教 示 に よ っ て 人 々 を く 諸 存 在 素 に 本 性 的 自 我 な き こ と〉(法 無我 性)と い う真 理 に 参 入 さ せ う る と主 張 す る 場 合、 表 象(vijiapti)も 含 め て あ ら ゆ る 存 在 素 が 存 在 し な い 以 上、 た だ 〈 表 象 〉 の み が あ る(唯 識)と い うこ とす ら成 り立 た な く な ろ う、 とい うマ ー デ ィ ヤ ミ カ(Madhyamika中 観 派)的 な 反 論 に 対 し てVasubandhuが 答 え た も の で あ る。 こ こ で 凡 夫 に は 窺 知 し難 い 仏 陀 の み の 対 象 領 域(buddhanam visaya)で あ る か 否 か を分 け る メ ル ク マ ー ル(Merkmal)と して 機 能 す る 〈 言 語 表 現 で き な い 本 性/仮 構 さ れ た 本 性 〉(nirabhilapya-atman/kalpita-atman)な る 大 乗 的 枠 組 が、"na sarvatha"(全 面 的 に… で は な い)の 部 分 否 定 的 用 法 と共 に、Vasubandhuに よ っ て 導 入 さ れ て い る こ と が、 我 々 の 注 意 を ひ く。 こ れ は、P81k.5内 の 構 文 表 現: na…sarvatha…anirdesyam rupam(全 面 的 に… で はな い。 …<言 語 表 現 〉で きな い 形 相 が …)と 酷 似 し て お り、 感 官 の 対 象 領 域(indriyagocara) で あ る か 否 か を 分 け る<言 語 表 現 で き な い 形 相 〔/言 語 表 現 で き る 形 相 〕〉 (anirdesya-rupa〔/nirdesya-rupa〕)と い うDignagaの 用 い る 第 一 の メ ル ク マ ー ル は、 上 述 の 大 乗 的 枠 組 を 凡 夫 一 般 の 知 覚 レ ベ ル に ま で 引 き 下 げ た 産 (30) 物 で あ る とい え よ う。 pratyatmavedaniyaの み な ら ず、 仏 陀 の み の対 象 領 域 た る こ と(=大 乗 的 真 理 概 念)を 規 定 す る メ ル ク マ ー一ル の リ ス トに、 〈 言 語 表 現 で き な い も の 〉(不 可 言 説)と 並 ん で、 〈 自 ら の 内 に 認 識 さ れ る べ き も の 〉(pratyatma-vedanlya)を 見 出 す の は た や す い。 例 え ば、Dignagaの 所 属 学 派 の 聖 典 『秘 め られ た 意 図 を 解 き 明 か す 大 乗 経 典」(smahi-nimocam-Mahayanasutra解 深 密 経)が 幾 っ か 呈 示 す る 〈 最 高 の 真 実 〉(paramartha勝 義)の 特 質 に 関 す る 総 合 的 な リス トの 一 つ を 参 照 さ れ た い。

(18)

表 示 ・含 意 ・期 待 の 理 論 (III)

(31)

vigatavivadah paramarthadharmah

sa to sarvatarkatikramalaksanah

//

(拙Skt.還 元 訳) (i)〔聖 者(Arya)達 〕 〈 自 らの 内に 認 識 さ れ るべ き もの 〉、(ii)目印 な き(無 相)対 象 領 域、(iii)〈言 語 表現 で きな い もの 〉、(iv)〈言 語 活 動 〉 の 途絶 えた も の、(V)論争 を 離 れ た もの が、 〈 最 高 の 真 実 〉 と して の理 法 で あ る。〔従 って、〕 それ は、(vi)一切 の論 理 的考 究 の超 越 を特 質 とす る。(SNIr II §.2)

SNirの 第II章 は、 〈 最 高 の 真 実 〉 が(vi)一 切 の 論 理 的 考 究(tarka尋 思) を超 越 せ る こ と を 一 大 テ ー マ に 掲 げ、(i)か ら(V)ま で の 項 目 は そ の テ ー マ(vi) を根 拠 付 け る も の と し て 本 文(散 文 箇 所)に 列 挙 さ れ る。 我 々 の 関 心 を ひ く (i)〈 自 ら の 内 に 認 識 さ れ る べ き も の 〉(pratyatmavedanlya)と(iii)〈 言 語 表 現 で き な い も の 〉(anahhilapya)が 残 余 項 目 と共 に ほ ぼ 同 義(ま た は 近 似)の 概 念 で あ る こ と が 窺 え よ う。 尚、 同 経(svir)は そ の 第VIII章にpratyatmavedenlyaの 特 色 あ る別 の 用 法 を 伝 え て い る。

tathaviste tatrabahuviharini kalena kalam vibandhananivaranaviksepebhyo vi-caritacitte tasminn adhyatmikam pratyatmam pratyatmavedaniyam

saptavidha-(32) (補註) tathataprativedhajnanam saptavidham utpadyate. tat tasya darsanamargah. (拙 Skt.還 元 訳) そ の様 に参 入 し、 そ こに頻 繁 に住 ま い、 随 時、〔五 つ の 〕 障害 ・〔五 つ の〕 蓋 障 ・〔五 つ の〕 散 乱 か らそ の 心 を慎 重 に反 省 した彼(=菩 薩)の 内 に は、 各 自、<自 らの 内 に認 識 され るべ き〉、 七 種 の 真 理態(真 如)に 通 暁 す る智慧(通 達 智)が 七 種生 じ る。 そ れ が 彼 に と って 〔真 理 態 を 初 め て〕 見 る と い う道 程(見 道)で あ る。(SNir VIII §.36,3) 見 道 位(darsanamarga)の 菩 薩 に 生 じ る智 慧 だ け が"pratyatmavedaniya" と規 定 さ れ る の で は な い。 仏 陀 性 へ の 到 達(buddhatvam prapyate成 仏)に 至 る ま で の 菩 薩 の 全 行 道 に そ の 規 定 が 当 て 嵌 ま る。

bhavana api nispattir acintyam sarvabhumisu /

(33)

pratyatmavedaniyatvat,

buddhanam visayad api //26//

又、修 習 〔

及 びその〕 成満は 〔

菩薩の十種 の〕 階梯全 てにわた って〈不可思

(19)

仏 陀達 の対 象 領 域 とい う点 か ら。(Mahayamsutra-alamkara XX-XXIk.26)

対 象 的=存 在 論 的 真 理(dharma, dharmata, tathata)だ け で な く、 そ れ を 対 象 又 は 目標 と す る智 慧(Jnana)・ 修 習(bhavana)等 の 宗 教 的 修 練 の 全 項 目 に"Pratyatmavedaniya"規 定 が 妥 当 す る と い え る。 当 該 規 定 は、 ま だ 大 乗 化 の 途 上 に あ っ た 頃 のYogacara学 派 の 徒 に よ っ て 原 始 経 典 の 影 響 下 に 小 乗 的 修 練 や そ の結 果 と して の 浬 架(nirvapa)に 対 し て 多 用 さ れ た が、 完 全 な 大 乗 化 を遂 げ た 段 階 の 同 派 で は 菩 薩 の 大 乗 的 修 練 と そ れ に よ っ て 到 達 (34)

され るべ き大 乗 的真 理(=仏

陀の境界)に 専 用 され るに 至 った よ うで あ る。

そ れ は と もか く、上 掲 のMSA

XX-XX

I k.26dの

「〔

菩 薩 達 〕 〈 自 らの

内 に 認 識 され るべ き もの〉」 と され る 「

仏 陀 達 の対 象 領 域」(buddhanam

visaya)の 用 例 は、 先 刻 見 たVrtti ad Vims k.10d2の

「〈 言 語 表 現 〉 で き

な い本 性」=「

仏 陀 達 の対 象 領 域」 の 等式 を我 々 に想 起 させ て くれ よ う。

少 な く と も、Vimsの

熱 心 な 読 者 だ っ たDignagaがPS

I k.5を 作 成 す る

為 にVrtti ad Vims k.10d2か

ら"na sarvatha"の

部 分 否 定 的 用 法 と

"anabhilap

yatman"な

る大 乗 的 規 定 を借 用 す る際、 同 箇 所 に 当該 規 定 とほ

ぼ 同義 の大 乗 的 規 定"pratyatmavedanlya"を

も一 緒 に読 み 込 ん だ と して

も、不 自然 で は な い。

anirdesyam実

に、PSIの

存 在 論 をDignagaの

旧著APか

ら峻 別 す る

決 定 的 な違 い は、 〈 実 体 的存 在 〉 で あ る諸 原子 とく世 俗 的存 在 〉 で あ る集

合 体 とい う小 乗 的 枠 組 に代 え て、 〈 言 語 表 現 で きな い もの〉 及 び 〈 自 らの

内 に認 識 され るべ き も の〉 とい う大 乗 的 な二 大 真 理 規 定 をYogacara学

の伝 統 か ら導 入 した 点 に あ る。

即 ち、 先 ず、 「そ れ が知 の原 因 で あ る こ と」 とい う〈 認 識 対 象 〉 の条 件

【二】 は、 知 覚 の対 象 が 実 在 で な けれ ば な らな い と 要 求 して い る に 等 し

い。 ア ビダル マ の 因 果 論 に よれ ば、 〈 因果 関係 〉 は実 在 す る諸 〈 存 在 素 〉

(35) (dharma)の 問 で の み 成 立 す る か らで あ る。Dignagaは こ の 条 件 【二 】 へ の 対 応 策 と し て 大 乗 的 真 理(=真 実 在)規 定 の 一 つ 「〈 言 語 表 現 〉 で き な い 形 相」=「 独 自 の 本 性」(anirdesyam rupam, asadharapatman, tadatmana

(20)

nir-表 示 ・含 意 ・期 待 の理 論 (III) desayitum asakyab)を 採、用 す る。 こ の 真 実 在 規 定 が ア ビ ダ ル マ の そ れ と い か に 対 立 す る か は、 例 え ば、 ダ ル マ トラ ー タ(Dharmatrata法 救)の 『雑 阿 毘 曇 心 論」(Msraka-abhiaharma-hraaya)「 澤 品 第 十 一」 の 通 算 第511偶 が 示 す 〈 最 高 の 真 実/世 俗 〉(paramartha/samvrti)の 定 義 か ら端 的 に 窺 え よ う。 若 事 分 別 時 捨 名 則 説 「等」 (36) 分 別 無 所 捨 是 則 「第一 義」 も し事 物(e.g.壺)を 〔色 ・香 ・味等 に〕 分 解 して しま うと、〔そ の〕 名 称(= 「壺」)が 失 わ れ る も のは 「世 俗 〔的存 在 〕」と 呼 ばれ る。 〔事 物(e.g.苦)を 色 ・受 ・想 等 に〕 分 解 して も、〔そ の名 称(e.g.「 苦」)が 〕 失 われ な い な らば、 これ は 「最 高 の 真 実 〔と して の 存在 〕」で あ る。(MAE XI k.511) 〈 世 俗 的 存 在 〉(=仮 象 的 存 在)と は、 そ の 構 成 要 素(質 料 因)を 取 り除 い て い く と、 そ の 名 称 を 失 う と こ ろ の も の で あ る。 既 に そ の 名 称 に 対 応 す る 物 が 失 わ れ て い る か ら で あ る。 逆 に、 そ の 構 成 要 素 を 取 り除 い て も、 そ の 名 称 を 失 わ な い の が 〈 最 高 の 真 実 と し て の 存 在 〉(=実 体 的 存在)に 他 な ら な い。 そ の 名 称 に 依 然 対 応 物 が あ る か ら で あ る。 こ の 場 合 の 名 称 の 対 応 物 がSarvastivada学 派 の 〈 存 在 素 〉(dharma法)の 理 論 に お け る 〈 自 己 本 質 〉(svabhava)=〈 独 自相 〉(svalaksana)に 相 当 す る こ と は 一 目 瞭 然 で あ (37) る。 か か る〈 自 己 本 質 〉 を保 持(dharapa)し て 失 わ な い 〈 存 在 素 〉 こ そ 厳 密 な 意 味(paramartha-勝 義)で の 存 在(sat)で あ り、 言 葉 の 真 の 対 象=〈 言 (83)

語 表 現 で き る もの 〉(可 説)で あ る。上 掲 のMAH XI

k.511に 対 す る『註 釈』

(39) で 〈 苦 〔諦 〕〉(dubkha〔-satya〕)が 例 と し て挙 げ ら れ て い る 〈 最 高 の 真 実 と (40) し て の 存 在 〉 は、 上 掲 偶 の 改 作 と桂 紹 隆 博 士 が 正 し く 呼 ば れ たAK W k.4 に 対 す るVasubandhuの 『註 釈』 で は 〈 色 〉(rupa)・ 〈 感 受 〉(vedana)

(41) 等 で 例 示 され る。Vasubandhuの 論 理 学 書 「討 論 術 の 規 則』(Baaaoiahi論 軌)もAKと 同 一 の 実 在 観 に 立 っ て 次 の 様 に 〈 直 接 知 覚 〉(pratyaksa)を 定 義 す る。 定 義 【一 】 知 が そ の 対 象(visaya)〔 の 名 称 〕 に よ っ て 〈 言 語 表 現 〉 (命 名)さ れ る(vyapadisyate)こ と。 定 義 【二 】 知 が そ の 対 象 の み(eva)か ら 生 起 す る こ と。

(21)

密 教 文 化 VaVは こ の 〈 両 定 義 〉 を 満 た す も の と し て<「 色」の 知 〉(rupajnana)等 ・〈 「快 楽」の 知 〉(sukhajnana)等 を 挙 げ る。 「色」 と い う対 象 の 名 称 に よ っ て 命 名 さ れ る 〈 「色」の 知 〉 は 色 の み か ら生 じ、 味 そ の 他 か ら は 生 じ な い (42)

か ら、 〈 直 接 知覚 〉 で あ る。 しか し、〈 「

壷」の 知 〉 等 は そ うで は な い。

' ghatajnanath ghatajnanam' ity evam tad ghatadibhir vyapadisyate, tebhyas tad notpadyate. tesam samvrtisattvenakaranatvat. rupadibhya eva

(43) (44)

vistebhyas tad utpadyate. (Skt.還 元 訳)

そ(の 知)は 「壷」 等 に よ って 「壺 の知」 「壺 の知」 とい う様 に〈 言 語 表現 〉 さ れ るが、 そ(の 知)は それ ら(壺 等)か ら生 起 す るので は な い。 そ れ ら(壺 等)は 〈 世 俗 的存 在 〉 で あ る点 で 〔知 の〕 原 因 とは な らない か らで あ る。 そ(の 知)は そ の様 に(i.e.壺 等 の形 状 に)配 列 され た 色等(=〈 実体 的 存 在 〉)の み か ら生 起 す る。(VaV §.9) ア ビ ダ ル マ 論 師Vasubandhuが 〈 色 〉 等 を知 の 原 因 た り う る 〈 最 高 の 真 実 と し て の 存 在 〉(実 体 的存 在)で あ り且 つ 「色」 等 の 名 称 の 対 応 物(〈 言 語 表 現 〉 で き るも の)と 考 え て い る の は 明 ら か で あ る。 こ の こ と は、 翻 っ て い え ば、 〈 言 語 表 現 〉 で き な い も の は 非 存 在 に 等 し い と い うテ ー ゼ に 繋 が (45) る。Vasubandhuが こ の テ ー ゼ に 依 っ て ヴ ァー ツ ィ ー プ ト リー ヤ 学 派 (Vatslputrlya憤 子 部)の プ ドガ ラ(pudgala補 特 伽羅)学 説 を 斥 け た こ と は 夙 に有 名 で あ る。 (46)

別 稿 で証 明 した様 に、 小 乗 両学 派 に とっ て〈 実 体 的存 在/世

俗 的 存 在 〉

の枠 組 が そ の原 子 実 在 論 自体 の破 綻 を誘 発 して し ま う足枷 とな る よ うにす

べ く、VaVの

〈 直接 知覚 の 両定 義 〉 を〈 認 識 対 象 の 二条 件〉 に 改 作 した

APで、Dignagaは

外 界 の物 質 的 感 官 を徹 頭徹 尾 上 述 の小 乗 的 観 点で 〈 言

語 表 現 で き な い もの 〉(anirdesyasvarupa)と

呼ぶ。

yat sahakary adhipatyain saktirupam tad indriyam //7//

indriyasya hi svakaryac chaktir upatvam anumiyate, na to bhautikatvam.

sa caviruddha vijnapteh

(47)

saktis to vijnane vastu.

anirdesyasvarupe

vastu.

karyotpattau

na visesah.

(拙Skt.還 元 訳)

(22)

表 示 ・含 意 ・期 待 の 理 論 (III) て 能 力 を 本 性 とす る もの が、 感 官(根)で あ る。(APk.7cd) 何 と なれ ば、 感 官 は 自己 の結 果(i.e.知)か ら能 力 を 本性 とす る もの と して推 理 さ れ るので あ って、 〔物質 〕 元 素 製 の もの と して 〔推 理 され る の〕 で は な い か らで あ る。 そ して、 か か る(能 力)は 知 覚 表 象 に 〔そ の基 盤 が 〕 存 す る とす れ ば、 〔反対 命 題 に よ って〕 斥 け られ な い。(APk.8a) 能 力(的 感 官)は 知 に 〔そ の基 盤 が 〕 あ ろ うが、 そ の 自己 本 質 が〈 言 語 表 現 〉 で き ない も の(i.e.そ の 存 在性 が証 明で きな い 物 質 的感 官)に 〔そ の基 盤 が 〕 あ ろ う が、 結 果(i.e.知)を 生 起 す る点 に お いて 違 い が あ るわ けで は な い。〔従 って、能 力 的感 官 の基 盤 に物 質 的 感 官 を要 請 す る には 及 ば な い。知 だ けで 充 分 で あ る。〕(Vrtti ad AP k.8a) こ の 点 で もA.PとPSと の 根 本 的 相 違 が 再 確 認 で き よ う。 同 じ 〈 言 語 表 現 で き な い も の 〉(anirdesya)と い う術 語 を、APは 小 乗 的 実 在 観 に 立 脚 し メル ク マー ル て 非 存 在 の 指 標 と し て 掲 げ、PSは 一 転 し て 大 乗 的 真 理 観 か ら真 実 在(= 独 自相)の 指 標 に 用 い る。 svasalpvedyam他 方、 残 る 〈 認 識 対 象 〉 の 条 件 【一 】 「知 が そ れ の 形 相(or顕 現)を 伴 うこ と」 へ の 対 応 策 と し てPSIk.5に 登 場 す る の が、 〈 自 ら の 内 に 認 識 さ れ る べ き も の 〉(pratyatmavedya)と い う も う一 つ の 大 乗 的 規 定 で あ る。 知 独 自 の 形 相 と 同 じ様 に、〈 自 己 認 識 〉 さ れ る(svasamv-edya-)が ま ま の 対 象 の 側 面 こ そ、 「色」 等 の 諸 原 子 と も 「壷」 等 の 集 合 体 と も〈 言 語 表 現 〉 さ れ る こ と を拒 絶 す る(anirdesya)も の と して 知 の 内 に 顕 現 す る 対 象 独 自 の 形 相(rupa, asadharapatman)に 他 な ら な い か ら で あ る。 〈 自 己 認 識 〉 さ れ る べ き 対 象 の 独 自 相 は、 従 っ て、 あ く ま で も 知 の 内 に 顕 現 し た 形 相 で は あ る。 し か し、 〈 認 識 対 象 〉(alambana)の 資 格 を 外 界 の 事 物(諸 原 子/集 合 体/集 合 体 の 形 相 を 備 え た 諸 原 子)か ら奪 取 し て 「〔知 の 〕 内 な る 認 識 対 象 の 形 相」(antarjneyarupa)に そ の 資 格 を 独 占 さ せ たAP と は 対 蹟 的 に、PSIは 知 の 内 に 顕 現 せ る 対 象 独 自 の 形 相 を そ の 基 体 と し て の 外 界 対 象 に 再 び 返 還 す る 形 で 知 識 論 体 系(pramapavada)に お け る 〈 真 知 対 象 〉(prameya)の 地 位 に 就 け て、 外 界 対 象(〈 独 自相 〉 の基 体)の 名 誉 回 復 を 図 る の で あ る。

(23)

yada to bahya evarthah prameyas tada

vi say akarataivasya

pramanam

tada hi jnanam svasamvedyam api svarupam anapeksyarthabhasataivasya

pra-manam- yasmat so 'rthas

tena miyate //9//

(48)

yatha yatha by arthasyakarah

subhrasubhraditvena

jnane pratibhati tattadrupah

(49)

sa visayah pratlyate. (Skt還 元訳 を含 む) しか し、外 界 対 象 こそ が〈 真 知 対象 〉 で あ ると き は、 これ(知)が 対 象 の 顕現 を もつ こと こそ が〈 真 知 手 段 〉 で あ る。(PSIk.9 cd1) 実 に、 そ の と きに は、 た とえ知 が 〈 自己認 識 〉 され るべ き もの で あ って も、 〔知〕独 自の形 相 に は 関 わ りな く、これ(知)が 対 象 の 顕現 を もつ こと こ そ が〈 真 知 手段 〉 で あ る。 何 とな れ ば、 そ の(外 界)対 象 は、 〔知 の 内 に お け る〕 それ(対 象 の顕 現)を 通 じて 理 解 され る(PSIk.9d2) か らで あ る。対 象 の形 相 が 〈 白/非 白〉 等 と して そ れ ぞ れ の仕 方 で 知 に顕 現 すれ ば、 か の(外 界)対 象 は 〔知 に顕 現 す る対 象 の 形 相 を通 じて 〕 それ ぞ れ(e.9.白/非 白 等)の 形 相 を もつ 〔基 体 〕 と理 解 され る。(Vrtti ad PSIk.9d2) DignagaはPSI(前 段)に お い て 〈 直 接 知 覚 〉 を外 界 対 象 依 存 型 と非 依 存 型(=自 己完 結 的=唯 識 的)と の 二 段 構 え の 知 識 論 に よ っ て 説 明 す る。 同 章 前 段(kk1-12)の 過 半 数(kk.2-8)を 専 ら外 界 対 象 依 存 型 の 知 識 論 で綴 っ て き たDignagaは 遂 に 彼 の 本 音 で あ る 非 依 存 型 の 知 識 論 の 導 入 に 踏 み 切 る。 自 己(i.e.知)の 顕 現 と 対 象 の 顕 現 と を 有 す る 知 の 〈 自 己 認 識 〉 (ubhayabhasasya lnanasya svasamvedanam)が 〈 真 知 結 果 〉(pramapaphala量 果)で あ る と い う見 解 の 表 明 と共 に(PSIk.9ab)で あ る。 知 の 顕 現=〈 真 知 手 段 〉 ・対 象 の 顕 現=〈 真 知 対 象 〉 とい う配 当(PSIk.10)を 侯 っ て、 外 界 対 象 を 不 要 とす る 彼 の 自 己 完 結 的 な 知 識 論 は 完 成 す る。 と は い え、PSの 後 続 章 でDignagaが 扱 う予 定 の 推 理 論 ・論 証 論 ・意 味 論 は 外 界 対 象 依 存 型 の 知 識 論 に よ っ て 基 礎 付 け られ ね ば な ら ず、APの 場 合 の 様 に 外 界 対 象 を 彼 の 知 識 論 体 系 か ら抹 殺 す る こ と は 許 さ れ な い。 そ れ 故 に、 上 掲 のPSIk.9cdは 〈 自 己 認 識 〉 学 説 の 立 場 か ら外 界 対 象 依 存 型 の 知 識 論 を弁 明 し た も の で あ る。 そ こ で 「知 が 〈 自 己 認 識 〉 さ れ る べ き も の で あ っ て も」 と あ る の は、 外 界 対 象 依 存 型 の 知 識 論 に お い て も〈 真 知 結

(24)

表示 ・含意 ・期 待の理論 (III)

果 〉=知

の〈 自己認 識 〉 学 説 は一 応 成 り立 つ け れ ど も、とい う意 味 で あ る。

た だ、 知 の〈 二 形 相 性 〉(dvirupata)理

論 を必 須 とす る非 依 存 型 の〈 自己

認 識 〉 学 説 との違 い は、 こ こ で は二 形 相 の うち の知 独 自の形 相=知

の顕 現

が不 要 とな る点 に あ る。 「

〔知 〕 独 自 の形 相 に は関 わ りな く」 とい う語 句 が

挿 入 され た 所 以 で あ る。 そ して、 知 の もつ 対 象 の顕 現=こ対 象 の形 相=〈 真

知 手 段 〉 を通 じ て外 界 対 象 が 当 該形 相 の 基 体 と して〈 真 知 対 象 〉 とな る と

い う知 覚 構 造 論 に我 々 が見 出す の は、多 数 の形 相 を備 え た諸 原 子(外 界対 象)

が そ の うち の集 合 体 の形 相 を通 じて 知 覚 対 象(pratyaksatva現

量性)と な る

と い うA.Pk.3の

第 三敵 対 学 説 の基 本 的パ タ ー ンの 投影 で は あ る ま い か。

そ の パ ター ン の投 影 がPSIk.9cdの

外 界 対 象 依 存 型 の〈 自己認 識 〉 学 説

に お い て 可 能 だ っ た の も、PSIk.5=NMk.16に

よる大 乗 的修 正 のお か げ

に他 な らな い。

多 数 の形 相 を備 えた 基 体(外 界対象)は そ の うち の〈

自己認 識 〉 され るべ き〈 言 語 表 現 〉 で き な い形 相 を通 じて のみ 感 官 の対 象

(indriyagocara,

indriyartha)と な る、 と。

も と も とYogacara学

派 の伝 統 で対 象 的真 理 ・智 慧 双 方 を形容 し うる も

の と して 定 着 して い た"pratyatmavedaniya"(自

内証)の 術 語 法

が、Digna-gaに 対 象 の〈 自己認 識 〉 され るべ き独 自相(PSIk.5)の

学 説 と〈 真 知 結

果 〉=知

の 〈 自己 認 識 〉 学説(PSIkk.9-12)と

の 問 の きわ どい橋 渡 しを可

能 に させ た の で あ ろ う。

dharmino

'nekarupasyaか

か る大 乗 の 二 大真 理 規 定 の導入=〈

認 識

対 象 の二 条 件 〉 の充 足 に よっ て見 事 に知 覚 論 的 前提 と して の復 権 が な った

個 物 の 「dharma+dharmin」

構 造 を表 現 す る為 に選 択 され た、PSIk.5a:

dharmipo 'nekarupasya(多

数の形相 をもつ基体が)と

い う用 語 に も、 大 乗

的真 理 観 に抵 触 しまい とす るDignagaの

慎 重 な配 慮 が窺 え よ う。

即 ち、 祖 型 で あ ったAPの

第 三 の敵 対 学 説 「多数 の形 相、 と りわ け、 集

合 体 の形 相 を備 え た諸 原 子」 は、PSIk.5に

お け る〈 言 語 表 現 で き な い も

の〉 〈 自 己認 識 され るべ き もの〉 とい う大 乗 的 二 大 規 定 の採 用 と共 に、 小

乗 的 な〈 実 体 的存 在/世 俗 的 存 在 〉 の枠 組 に所 属 す る 「

諸 原子/集 合 体」

参照

関連したドキュメント

議会」 「市の文化芸術振興」 「視聴覚教育」 「文化財の 保護啓発・管理」

インドの宗教に関して、合理主義的・人間中心主義的宗教理解がどちらかと言えば中

CHNT- 61 田螺山 河姆渡文化期 Cinnamomum camphora 樟樹 礎盤 板目 CHNT- 62 田螺山 河姆渡文化期 Sabina or juniperus 圓柏or刺柏 細長浅容器 柾目 CHNT- 63 田螺山

In this paper, the method is applied into quantized feedback control systems and the performance of quantizers with subtractive dither is analyzed.. One of the analyzed quantizer

[r]

III.2 Polynomial majorants and minorants for the Heaviside indicator function 78 III.3 Polynomial majorants and minorants for the stop-loss function 79 III.4 The

191 IV.5.1 Analytical structure of the stop-loss ordered minimal distribution 191 IV.5.2 Comparisons with the Chebyshev-Markov extremal random variables 194 IV.5.3 Small

【対策 2】経営層への監視・支援強化 期待要件 4:社内外の失敗・課題からの学び 【対策 3】深層防護提案力の強化 期待要件