フォーカシング体験に基づく自己探索の実証的研究
〈その2〉 : フォーカシング志向心理療法への理論
著者 増田 實, 四田 美智
雑誌名 東京家政大学研究紀要 1 人文社会科学
巻 40
ページ 241‑248
発行年 2000
出版者 東京家政大学
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009060/
〔東京家政大学研究紀要 第40集 (1),p241〜248,2000〕
フォーカシング体験に基づく自己探索の実証的研究〈その2>
フォーカシング志向心理療法への理論
増田 實㌔四田 美智**
(平成11年9月30日受理)
An Evidence−based Study of Self−exploration through Focusing Experience aTheoretical Process of Focusing−oriented Psychotherapy
Minoru MAsuDA and Michi YoTsuDA
(Received on September 30,1999)
1.はじめに
本論文は,「フォー・カシング体験に基づく自己探索の 実証的研究〈その1>」(東京家政大学研究紀要第39集)
の続編である.本論では,〈その1>において述べたフォー カシング志向心理療法への理論をもとに実際のフォーカ シング体験事例をとりあげ,その検討を試みる.
2.フォーカシングの事例一再誕生体験
(1)事例への前奏
本事例は,筆者(四田)による自己の体験記録である.
フ2t 一カシングにおいてフォーカサーは,リスナーとか かわるとともに,フォーカサー自身の内的過程とかかわっ ていく.そこで,フォーカシングにおいてフォーカサー の内的過程を筆者が自らたどることにより,そのプロセ スの意義を考察してみたい.また同時に,これに関する 客観的な考察もっけ加えていきたい.
筆者は,フォーカシング体験の前年11月にある研究 会主催のフォーカシングのワーク・ショップ(2泊3日)
に参加し,そこで初めてフォーカシング体験した.そし,
て,それを機にフォーカシングに関心をもっようになり,
体験をより一層深めることを求めて,翌年1月に別の研 究会主催のワーク・ショップ(2泊3日)に参加した.
本稿の事例は,このワークショップから始まった.ワー ク・ショップ第1日目,ここへの初参加の筆者は,まず,
*心理教育学科 カウンセリング研究室
**保健センター 学生相談室
初心者対象に行われたグループでのフォーカシングを体 験した.このときのフォーカシング体験の内的な流れを っぎに示しておく.
フォーカシングの導入では,とくに具体的な事柄や人 物をあげず,いまのからだの感じを感じることから始め
られた.
自分自身が深い緑色の まりも のような形になり,水 のなかで漂っているような感じ→自分で動いているので はなくて,潮の流れに身を任せているような感じ,何か になびかれているような感じもする→漂っていた感じか ら,揺り動かされている感じに変化,少し怖い→自分を 揺り動かす誰かの手が脇にあって,引っ張られている→
(誰かに)引っ張られている感じをより強く感じる→
(リスナーの「無理に行こうとせずに感じていてみてく ださい」ということばかけにより)脇にあった手の感触 の熱さ,強さが,肩から背中にかけて広がり,心地いい,
ほっとした感じに変化→まだ引っ張られている感じは残 るが,いまは そういう感じがあるな と感じられる程 度に距離を保っ.
このフォーカシング終了直後のリスナーとの話し合い
で,引っ張られている感じがあったプロセスの前後が非
常に印象的であり,意味深さを感じたことを話した.そ
の引っ張られている感じを避けたいと感じたが,避けよ
うとするのではなく,浮かんでくるままにじっくりと味
わえたことによってあたたかい安心感を感じるプロセス
へとっながった. 揺り動かされている自分 , 引っ張
られている自分 という自分が 居る ということをフォー
カシングにおいてそのまま受けとることができた,とい
増田 實。四田 美智
う体験は,この後さらにフォーカシングを深めていこう とするフォーカサーの意志の束えになった.
翌日の第2日目,リスナーとフォーカサーによる1対 1のセッションを行なった.このセッションは,カウン セリング的なかかわりが中心となり進められた.そして,
途中,リスナーの教示により,数回にわたりフォーカシ ングが行われた.いわば,カウンセリング的なフォーカ シング体験であった.
フォーカサーは,前日のフォーカシング体験をふり返 り,再び(誰かに)引っ張られる感じが印象的だったこ とにっいて話し,自分の日常生活の周囲の人とのかかわ り方にっいて触れていった.そして,対人関係において 自分はどこか冷めていて,自分の自然な感情を出せずに いることに気づいた.さらに,トラブルを恐れて対人関 係のバランスをとろうとし,素直な気持ちを抑えてしま
う自分自身を振り返った.
そこで,そのような場面(対人関係におけるトラブル が起きそうなとき)を具体的に思い浮かべ閉眼してフォー カスしていき,フォーカサーは,対人関係のなかでトラ ブルが起こること自体を恐れているのではなく,そのた びに疎外感を感じる自分を恐れている,ということに気 づいた.そのため,普段周囲の入とのかかわりにおいて 自分は,どこか冷めていて,激しく感情を表現すること がなかったと話した.
そこでさらに,対入関係において冷めている自分の感 じにフォーカスしていくと,大量の涙がどっとあふれ出 た.このときの感覚は,ことばでは表現しがたいが,か らだを通しての確かな実感であった.セッション終了後,
フォーカサーは,すべて出しきって,一段落っいたとい うような充足感を覚えた.また,このセッションを通し て,これまで自分のなかで無意識のうちに触れないよう にしていた自分,認あたくない自分が 居る というこ とを認めていくことが,いま,これからの自分に必要で あるように思え,フォーカシングを通して 自分を生き る ということをもう一度見直したい,と思った.
そして,この翌日,ワーク・ショップ最終日に本稿の 初めのフォーカシングとなっているセッション1が行わ れた.そして,ワーク・ショップ終了後,さらにフォー カシングの体験を続行したいという希望を湧かせ,この リスナーが主催するH研究所のグループ・ワークに参加 することになった.
(2)フォーカシング体験のプロセス
っぎにこのワーク・ショップ最終日に行った1っのセッ ションとH研究所主催のグループ・ワークで行った4っ のセッション,計5セッションのフォーカシング体験の 概要を示して事例としたい.これらは,フォーカシング
による再誕生体験のプロセスと呼ぶことができる.
①セッション1<○○年1月13日10:00〜11:00>
T研究会主催ワーク。ショップ最終日のセッション.
リスナー:S(前日のセッションと同じ)
フォーカサーはいまの感じについて,すべてすっきり したとは言い切れないが,これまで気づかずにいた自己 が開かれてきているように感じると同時に,一段落っい たという,ほっとした感じもあるとリスナーに伝え,そ のいまの感じからフォーカシングが始められた.
ホッとしていて,暖かい感じ→光に包まれているよう
→その光が闇に吸い込まれていくのが(光が消えそうに なるから)怖い→光の 光りたい という意志が感じら れる→光は自分自身のなかにあるもの→自分の意、志によっ て光は光ってる→光に寄りかかって,楽になった感じ→
光と一緒にやっていけそう,安心
②セッション2<○○年3月10日15:00〜16:00>
H研究所主催グループ・ワークの初回.
リスナー:1(初対面)
セッション1の約4週間後.いまの感じからフォーカ シングを始めた.
腰のあたりが落ち着かない感じ→居心地がよくない→
からだが左側に片寄っていて,バランスがとれない→左 は閉じていて,右は開いている感じ→右に行こうとした が行けない→どちらにも行けず,右と左のあいだにいる
→腰が引けてる感じ→このからだの感じは,いまの自分 の在りよう→落ち着いた
③セッション3<○○年3月17日14:50〜16:00>
H研究所主催グループ・ワーク弟2回 リスナー:1(前回と同じリスナー)
前回の体験で信頼が感じられるようになった1に,ひ き続きリスナーを依頼.フォーカシングの導入で,前回 のセッション後から1週間,時折,フェルトセンスと思 われる感覚を感じることがあったとリスナーに話し,そ のからだの感じからフォーカシングを始めた.
真っ白いところにいる→目の前に波紋のようなものが 広がって,それと対話している→おなかのところが,開 いていく(花が)感じ→花が揺れて,怖い感じ→からだ
■
フォーカシング体験に基づく臼己探索の実証的研究〈その2>
が,冷たくて,寒い感じ→体が震える→冷たい水(体感 的,感情的に冷たい)に浸かってるような感じ ④セッション4<○○年4月7日14:30〜16:00>
H研究所主催グループ・ワーク第4回.
リスナー:S
前回のセッションからこのセッションまでの2週間,
フォーカサーは日常生活のなかで,時折,感じるフェル トセンスがこれまでよりもいっそう強くなっていた.と くに,セッション3の終わりに感じた,からだが冷たく て寒い感覚を感じることが気になっていた.それをリス ナーに伝え,その感じからフォーカシングを始あた.
(前回のセッションと同様の)冷たい感じに浸ってい る→時が止まっていて,空っぽな感じ→上から射す光に のぞかれてる嫌な感じ→(のぞかれるこへの抵抗を)諦 めているよう→からだが大きくなっていく感じ→穏やか な感じ,上から射す光を,こちらから観察している→体 が肌色に変わっていく→何かが始まる感じ→からだ全体 がまわっている感じ→背中に何か詰め込んでいる感じ→
上に引っ張られている感じ→花びらのようなものに,か らだをはめていく感じ→(外に出て)足が楽になった,
置き場所が見っかった
⑤セッション5<○○年4月21日14:30〜15:15>
H研究所主催グループ・ワーク第5回.
リスナー:O(グループのメンバー)
フォーカサーは,以前よりも自分のペースで生活を送 ることができ,穏やかな気持ちで過ごせるようになった と感じていた.そこで, この頃自分はどのような感じ で生きているのか というところからフォーカシングを 始めた.
野原に寝そべってる感じ→目の前に土を掘った穴があっ た→(その土が)優しくて,懐かしい感じ→胸のあたり がうずいて,動き出しそうな感じ→からだじゅうに血が めぐってている感じ→上に手を広げて,土の穴のなかに 立っている→太陽の光を浴び,土の暖かさを感じ取って いる,その両方が,からだじゅうにめぐっている感じ→
ありがとう が溢れていく(自然と,それを感じとるか
らだに).
3.事例〈再誕生体験〉の考察
(1)再誕生体験プロセスの考察 一フォーカサー体験を通して
前記のとおり,フォーカシングの体験事例を提示した
が,ここでは,その各回のフォーカシング体験について
(いくっか逐語記録の抜粋もあげながら),考察を加えて
みたい.
①セッション1の考察
セッション1での体験は,自己確認と自己信頼の体験 となった.この前日に行われたセッションでフォーカサー は,思いがけない自己と出会うことになった.これまで ふれることを避けっづけてきた自己との出会いであった,
とも言える.フォーカサーはこの出会いの体験から,こ れまで気づかずにいた,認められずにいた自己に気づき,
それを認めていくことが必要であると思った.同時に,
この先,どのような自己と出会うことになるのか,その 自己を自分は受けとっていくことができるのだろうか,
という不安をどこかに感じていた.このセッションでの 体験は,自己探索に臨もうとするフォーカサーの意思を
自己確認した体験であり,それにともなって感じられて いた不安を解消した体験であった.
フォーカサーは,このフォーカシングで光に包まれる
体験をしているが,この光は,自己とは別の存在として
の認識から自己自身のそれとして認めるまでのプロセス
の象徴としての意味をもっ,と考えられる.この光を自
己とは別の存在としているときは,光のまわりにある闇
を恐れたり(F15「暗いところがどこまで続くかわから
ないくらいすごい真っ黒い……略……怖い感じが」),光
が消えるのではないかという不安を抱く(F29「なんか
消えないように,自分が一生懸命その上から見ている感
じがして」)が,(F37「自分のこのお腹の中心からでて
るって」,F38「私はそれにいま気づいて見てるなあっ
て」)を機に,で光は自己自身のものであるということを
確認するに至ったが(F40「さづきまではその光が自分
に話しかけているように聞こえたけど,いまは自分が言っ
てるってわかった」),そのことにより,その光とともに
自分は自己の流れに身を任せていくことができる,とい
う安心感を得ることができた.このプロセスでは.セッ
ションのなかで光が自己自身のものである,と受け取っ
た過程からフェルトシフトが起こっっている,と言える
が,フォーカサーの光に対する捉え方が, いま,ここ
で のフォーカサー自身の在りようを表していた,と推
察される.フォーカサーが,光を自己とは別の存在とし
てみていた時点では,光がか弱くみえ,途絶えてしまう
のではないかという不安を感じていたが,光が自己自身
のものであると認知し直すことによって,フォーカサー
増田 實・四田 美智
自身の光りたいという意志がある限り,その光は光るこ とができる,という光への信頼をもたらした.この 光 が光る という体験を通して,いまの自己の在りようを 知り,自己の内面過程にかかわっていくことができると いう自信を得た.
②セッション2の考察
セッション2の体験は,前回のフォーカシングから1 ケ月以上経過していたことと,初参加のグループでの初 回のセッションであったことが重なり,やや緊張を感じ ながらの体験となった.
セッションの初めは,からだの感じのみにふれ,落ち 着きのなさやぎこちなさに関しての発言が続いている.
リスナーのことばかけ(L11「まっすぐに座れなくって,
居心地がなんかよくなくって,そのぼんやりとした全体 の感じが,最近の自分の感じとっながるようなものがあ りますか」)があったことによって,フォーカサーは,
腰が引けてる 自己の在りように気づいた.その後,
自己がそれまで重心を置いていた左側が閉じてしまい,
開かれている右側に行こうとするが,行くことができず,
左とも右とも言えない,あいまいな場所にいる,という ことを知るに至った.そして,この感覚を(F31「いま の自分の状態のような気もする,……略……自分の周り の人に対して冷めているところを,なんか見たいってい う一方で,でも,なんかそういう自分を見る,っていう か,向き合うのがちょっと嫌かなって抵抗している部分S F32「だから,自分の気持ち全てがそっちに向かってな いなっていう感じがあるんだけど,でも見ないでこのま までいられるかっていうと,なんかそこに落ち着けない 部分っていうか,このいまの閉じられている感じって」)
フォーカシング体験への抵抗であると受けとることによ り,フェルトシフトが起き,落ち着きをとり戻した(F 36「ああ,やっといま落ち着いてきた」).
このフォーカシング体験の流れのなかで,いまの自分 の日常における在りよう,あるいは,フォーカシング体 験への姿勢が 腰が引けてる 状態であり,そのような 自己に焦りを感じている,という認識を得た.それと同 時に,フォーカシングにおいてありのままの自己を感じ とることの重要性を再認識し,どのような自己が現れて も焦ったり,否定する必要はないことを体得した.また,
フォーカシング体験への抵抗を表明し,それをリスナー に受け止めてもらえたという体験は,リスナーへの信頼 も深めることとなった.このようなことから,このセッ
ションにおけるフォーカシング体験は新たな場でフォー カシングを続ける 場づくり の意味をもった,と考え
られる.
③セッション3の考察
このセッションでフォーカサーは,体験過程のなかに 居続けることの厳しさとその重要性を痛感した.このフォー
カシング体験では,既述したようにカウンセリング的な フォーカシングのセッションで語っている自己自身の 冷たさ を体験している.この 冷たさ を感じるこ とにより,これまでそれに触れることを避けて続けてき た自己を認識させられた.そして,このフォーカシング のなかで,その自己にある 冷たさ をじっくりと味わ う,という体験をしたが,このことは非常に意味深かっ た,と考えられる.
前回のフォーカシングにおいては,ありのままの自己 を受けとることの重要性を再認識したが,このセッショ ンの体験では,構えることもなく,自然に,自由に内的 過程にかかわることができたので,このような体験を得 ることが可能になった,と推察される.その内的な過程 へのかかわりの柔軟さが,フォーカサーの発言のなかか らもみてとれる.(F1「真っ白い」, F 2「まあるい」,
F3「鋭くなってるところがひとっもない」)などの表現 からフォーカシングへの抵抗の無さがうかがえる.
また,波紋の対話や花の開花の様子からは,フェルト センスへの友好的でありながら,受け身的な態度で接す るフ、r・一カサーの姿勢がかいま見える.しかし,このと きの感覚としては,浮かんでくるままに流れていくよう に,内的な過程に自らをゆだねるような穏やかな心地よ さが感じられていた.
そして,その直後それまでの様相が一転し,「怖さ」
や「悲しさ」を感じる体験のプロセスがあり,からだの 感覚として,自分を支えきれないほどの「震え」を感じ ている.フォーカサーは,そのからだの感覚から(F33
「すごい寂しい」,F36「すごい怖い」)という言葉でそ の感情を表出している.その後,暗いホールのようなと ころに座っているというイメージに移り,その感情は無 感情ともとれる状態になった(F41「いい気持ちではな いんだけど,悪い気持ちもしないっていうか,なんかこ こにただいるっていう」).さらに,その「冷たさ」と共 に居るしかないという感じに浸り,続いて「冷たい水」
に浸っている自己のイメージへと移っていく.
このフォーカシングの後半にみられたプロセスは,前
フt一カシング体験に基づく自己探索の実証的研究くその2>
述したカウンセリング的なフォーカシングでふり返って 語った自己と重なっていることが指摘できる.人聞関係 内のトラブルが起こることに「怖さ」を感じ,からだの
「震え」を覚えており,そのたびに疎外感による「寂し さ」を感じていた.そのような感情を避けるために人間 関係において冷静であり,また,自己自身のなかに「冷 たさ」があると感じていたのがそこに示されている.最 も恐れていたのは,自分のなかに「冷たさ」があること を感じることであった.このフォーカシングは,その
「冷たさ」にからだの感覚からしっかりと浸っていく体 験となった.以前のセッションのなかで,この「冷たさ」
にっいて,言語化したことからの積み重ねとして,この フォーカシングでのからだの感覚を通した「冷たさ」の 体験があった,と考えられる.
このフォーカシング体験において信頼関係(リスナー とのかかわり,フォーカサー自身とのかかわりにおける)
のある 場 を築くことができ,自己の内的な過程との かかわりに対してより柔軟に臨めるようになったため,
この「冷たさ」に浸るという実感をともなった過程に居 続けることが可能になった.
④セッション4の考察
この回では 再誕生体験 と呼べるフォーカシングの プロセスがみられた.セッション3のフォーカシングで
「冷たさ」に浸る体験をしたが,その「冷たさ」のフェ ルト・センス(肩から背中に感じる冷たさ)を,このセッ ションが行われるまでの2週間,時折感じることがあっ た.その間,日常生活では従来どおり,とくに支障もな く過ごし,そのフェルトセンスを感じるのは,何気ない リラックスする時間のなかであった、この「冷たさ」と いうフェルトセンスを感じることは,心地いいとは言い 難かったが,それを感じることへの恐れはなかった.こ の時点ですでにそのフェルト・センスとっき合うことが 可能な状態になっており, 間がとれていた ,と言えよ
う.