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フォーカシング体験に基づく自己探索の実証的研究

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フォーカシング体験に基づく自己探索の実証的研究

〈その2〉 : フォーカシング志向心理療法への理論

著者 増田 實, 四田 美智

雑誌名 東京家政大学研究紀要 1 人文社会科学

巻 40

ページ 241‑248

発行年 2000

出版者 東京家政大学

URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009060/

(2)

〔東京家政大学研究紀要 第40集 (1),p241〜248,2000〕

フォーカシング体験に基づく自己探索の実証的研究〈その2>

フォーカシング志向心理療法への理論

増田  實㌔四田 美智**

  (平成11年9月30日受理)

An Evidence−based Study of Self−exploration through Focusing Experience aTheoretical Process of Focusing−oriented Psychotherapy

Minoru MAsuDA and Michi YoTsuDA

    (Received on September 30,1999)

1.はじめに

 本論文は,「フォー・カシング体験に基づく自己探索の 実証的研究〈その1>」(東京家政大学研究紀要第39集)

の続編である.本論では,〈その1>において述べたフォー カシング志向心理療法への理論をもとに実際のフォーカ シング体験事例をとりあげ,その検討を試みる.

2.フォーカシングの事例一再誕生体験

(1)事例への前奏

 本事例は,筆者(四田)による自己の体験記録である.

フ2t 一カシングにおいてフォーカサーは,リスナーとか かわるとともに,フォーカサー自身の内的過程とかかわっ ていく.そこで,フォーカシングにおいてフォーカサー の内的過程を筆者が自らたどることにより,そのプロセ スの意義を考察してみたい.また同時に,これに関する 客観的な考察もっけ加えていきたい.

 筆者は,フォーカシング体験の前年11月にある研究 会主催のフォーカシングのワーク・ショップ(2泊3日)

に参加し,そこで初めてフォーカシング体験した.そし,

て,それを機にフォーカシングに関心をもっようになり,

体験をより一層深めることを求めて,翌年1月に別の研 究会主催のワーク・ショップ(2泊3日)に参加した.

本稿の事例は,このワークショップから始まった.ワー ク・ショップ第1日目,ここへの初参加の筆者は,まず,

 *心理教育学科 カウンセリング研究室

**保健センター 学生相談室

初心者対象に行われたグループでのフォーカシングを体 験した.このときのフォーカシング体験の内的な流れを っぎに示しておく.

 フォーカシングの導入では,とくに具体的な事柄や人 物をあげず,いまのからだの感じを感じることから始め

られた.

自分自身が深い緑色の まりも のような形になり,水 のなかで漂っているような感じ→自分で動いているので はなくて,潮の流れに身を任せているような感じ,何か になびかれているような感じもする→漂っていた感じか ら,揺り動かされている感じに変化,少し怖い→自分を 揺り動かす誰かの手が脇にあって,引っ張られている→

(誰かに)引っ張られている感じをより強く感じる→

(リスナーの「無理に行こうとせずに感じていてみてく ださい」ということばかけにより)脇にあった手の感触 の熱さ,強さが,肩から背中にかけて広がり,心地いい,

ほっとした感じに変化→まだ引っ張られている感じは残 るが,いまは そういう感じがあるな と感じられる程 度に距離を保っ.

 このフォーカシング終了直後のリスナーとの話し合い

で,引っ張られている感じがあったプロセスの前後が非

常に印象的であり,意味深さを感じたことを話した.そ

の引っ張られている感じを避けたいと感じたが,避けよ

うとするのではなく,浮かんでくるままにじっくりと味

わえたことによってあたたかい安心感を感じるプロセス

へとっながった. 揺り動かされている自分 , 引っ張

られている自分 という自分が 居る ということをフォー

カシングにおいてそのまま受けとることができた,とい

(3)

増田  實。四田 美智

う体験は,この後さらにフォーカシングを深めていこう とするフォーカサーの意志の束えになった.

 翌日の第2日目,リスナーとフォーカサーによる1対 1のセッションを行なった.このセッションは,カウン セリング的なかかわりが中心となり進められた.そして,

途中,リスナーの教示により,数回にわたりフォーカシ ングが行われた.いわば,カウンセリング的なフォーカ シング体験であった.

 フォーカサーは,前日のフォーカシング体験をふり返 り,再び(誰かに)引っ張られる感じが印象的だったこ とにっいて話し,自分の日常生活の周囲の人とのかかわ り方にっいて触れていった.そして,対人関係において 自分はどこか冷めていて,自分の自然な感情を出せずに いることに気づいた.さらに,トラブルを恐れて対人関 係のバランスをとろうとし,素直な気持ちを抑えてしま

う自分自身を振り返った.

 そこで,そのような場面(対人関係におけるトラブル が起きそうなとき)を具体的に思い浮かべ閉眼してフォー カスしていき,フォーカサーは,対人関係のなかでトラ ブルが起こること自体を恐れているのではなく,そのた びに疎外感を感じる自分を恐れている,ということに気 づいた.そのため,普段周囲の入とのかかわりにおいて 自分は,どこか冷めていて,激しく感情を表現すること がなかったと話した.

 そこでさらに,対入関係において冷めている自分の感 じにフォーカスしていくと,大量の涙がどっとあふれ出 た.このときの感覚は,ことばでは表現しがたいが,か らだを通しての確かな実感であった.セッション終了後,

フォーカサーは,すべて出しきって,一段落っいたとい うような充足感を覚えた.また,このセッションを通し て,これまで自分のなかで無意識のうちに触れないよう にしていた自分,認あたくない自分が 居る というこ とを認めていくことが,いま,これからの自分に必要で あるように思え,フォーカシングを通して 自分を生き る ということをもう一度見直したい,と思った.

 そして,この翌日,ワーク・ショップ最終日に本稿の 初めのフォーカシングとなっているセッション1が行わ れた.そして,ワーク・ショップ終了後,さらにフォー カシングの体験を続行したいという希望を湧かせ,この リスナーが主催するH研究所のグループ・ワークに参加 することになった.

(2)フォーカシング体験のプロセス

 っぎにこのワーク・ショップ最終日に行った1っのセッ ションとH研究所主催のグループ・ワークで行った4っ のセッション,計5セッションのフォーカシング体験の 概要を示して事例としたい.これらは,フォーカシング

による再誕生体験のプロセスと呼ぶことができる.

 ①セッション1<○○年1月13日10:00〜11:00>

   T研究会主催ワーク。ショップ最終日のセッション.

リスナー:S(前日のセッションと同じ)

 フォーカサーはいまの感じについて,すべてすっきり したとは言い切れないが,これまで気づかずにいた自己 が開かれてきているように感じると同時に,一段落っい たという,ほっとした感じもあるとリスナーに伝え,そ のいまの感じからフォーカシングが始められた.

 ホッとしていて,暖かい感じ→光に包まれているよう

→その光が闇に吸い込まれていくのが(光が消えそうに なるから)怖い→光の 光りたい という意志が感じら れる→光は自分自身のなかにあるもの→自分の意、志によっ て光は光ってる→光に寄りかかって,楽になった感じ→

光と一緒にやっていけそう,安心

 ②セッション2<○○年3月10日15:00〜16:00>

   H研究所主催グループ・ワークの初回.

リスナー:1(初対面)

 セッション1の約4週間後.いまの感じからフォーカ シングを始めた.

 腰のあたりが落ち着かない感じ→居心地がよくない→

からだが左側に片寄っていて,バランスがとれない→左 は閉じていて,右は開いている感じ→右に行こうとした が行けない→どちらにも行けず,右と左のあいだにいる

→腰が引けてる感じ→このからだの感じは,いまの自分 の在りよう→落ち着いた

 ③セッション3<○○年3月17日14:50〜16:00>

   H研究所主催グループ・ワーク弟2回 リスナー:1(前回と同じリスナー)

 前回の体験で信頼が感じられるようになった1に,ひ き続きリスナーを依頼.フォーカシングの導入で,前回 のセッション後から1週間,時折,フェルトセンスと思 われる感覚を感じることがあったとリスナーに話し,そ のからだの感じからフォーカシングを始めた.

 真っ白いところにいる→目の前に波紋のようなものが 広がって,それと対話している→おなかのところが,開 いていく(花が)感じ→花が揺れて,怖い感じ→からだ

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フォーカシング体験に基づく臼己探索の実証的研究〈その2>

が,冷たくて,寒い感じ→体が震える→冷たい水(体感 的,感情的に冷たい)に浸かってるような感じ  ④セッション4<○○年4月7日14:30〜16:00>

  H研究所主催グループ・ワーク第4回.

リスナー:S

 前回のセッションからこのセッションまでの2週間,

フォーカサーは日常生活のなかで,時折,感じるフェル トセンスがこれまでよりもいっそう強くなっていた.と くに,セッション3の終わりに感じた,からだが冷たく て寒い感覚を感じることが気になっていた.それをリス ナーに伝え,その感じからフォーカシングを始あた.

 (前回のセッションと同様の)冷たい感じに浸ってい る→時が止まっていて,空っぽな感じ→上から射す光に のぞかれてる嫌な感じ→(のぞかれるこへの抵抗を)諦 めているよう→からだが大きくなっていく感じ→穏やか な感じ,上から射す光を,こちらから観察している→体 が肌色に変わっていく→何かが始まる感じ→からだ全体 がまわっている感じ→背中に何か詰め込んでいる感じ→

上に引っ張られている感じ→花びらのようなものに,か らだをはめていく感じ→(外に出て)足が楽になった,

置き場所が見っかった

 ⑤セッション5<○○年4月21日14:30〜15:15>

  H研究所主催グループ・ワーク第5回.

リスナー:O(グループのメンバー)

 フォーカサーは,以前よりも自分のペースで生活を送 ることができ,穏やかな気持ちで過ごせるようになった と感じていた.そこで, この頃自分はどのような感じ で生きているのか というところからフォーカシングを 始めた.

 野原に寝そべってる感じ→目の前に土を掘った穴があっ た→(その土が)優しくて,懐かしい感じ→胸のあたり がうずいて,動き出しそうな感じ→からだじゅうに血が めぐってている感じ→上に手を広げて,土の穴のなかに 立っている→太陽の光を浴び,土の暖かさを感じ取って いる,その両方が,からだじゅうにめぐっている感じ→

ありがとう が溢れていく(自然と,それを感じとるか

らだに).

3.事例〈再誕生体験〉の考察

(1)再誕生体験プロセスの考察    一フォーカサー体験を通して

 前記のとおり,フォーカシングの体験事例を提示した

が,ここでは,その各回のフォーカシング体験について

(いくっか逐語記録の抜粋もあげながら),考察を加えて

みたい.

 ①セッション1の考察

 セッション1での体験は,自己確認と自己信頼の体験 となった.この前日に行われたセッションでフォーカサー は,思いがけない自己と出会うことになった.これまで ふれることを避けっづけてきた自己との出会いであった,

とも言える.フォーカサーはこの出会いの体験から,こ れまで気づかずにいた,認められずにいた自己に気づき,

それを認めていくことが必要であると思った.同時に,

この先,どのような自己と出会うことになるのか,その 自己を自分は受けとっていくことができるのだろうか,

という不安をどこかに感じていた.このセッションでの 体験は,自己探索に臨もうとするフォーカサーの意思を

自己確認した体験であり,それにともなって感じられて いた不安を解消した体験であった.

 フォーカサーは,このフォーカシングで光に包まれる

体験をしているが,この光は,自己とは別の存在として

の認識から自己自身のそれとして認めるまでのプロセス

の象徴としての意味をもっ,と考えられる.この光を自

己とは別の存在としているときは,光のまわりにある闇

を恐れたり(F15「暗いところがどこまで続くかわから

ないくらいすごい真っ黒い……略……怖い感じが」),光

が消えるのではないかという不安を抱く(F29「なんか

消えないように,自分が一生懸命その上から見ている感

じがして」)が,(F37「自分のこのお腹の中心からでて

るって」,F38「私はそれにいま気づいて見てるなあっ

て」)を機に,で光は自己自身のものであるということを

確認するに至ったが(F40「さづきまではその光が自分

に話しかけているように聞こえたけど,いまは自分が言っ

てるってわかった」),そのことにより,その光とともに

自分は自己の流れに身を任せていくことができる,とい

う安心感を得ることができた.このプロセスでは.セッ

ションのなかで光が自己自身のものである,と受け取っ

た過程からフェルトシフトが起こっっている,と言える

が,フォーカサーの光に対する捉え方が,  いま,ここ

で のフォーカサー自身の在りようを表していた,と推

察される.フォーカサーが,光を自己とは別の存在とし

てみていた時点では,光がか弱くみえ,途絶えてしまう

のではないかという不安を感じていたが,光が自己自身

のものであると認知し直すことによって,フォーカサー

(5)

増田  實・四田 美智

自身の光りたいという意志がある限り,その光は光るこ とができる,という光への信頼をもたらした.この 光 が光る という体験を通して,いまの自己の在りようを 知り,自己の内面過程にかかわっていくことができると いう自信を得た.

 ②セッション2の考察

 セッション2の体験は,前回のフォーカシングから1 ケ月以上経過していたことと,初参加のグループでの初 回のセッションであったことが重なり,やや緊張を感じ ながらの体験となった.

 セッションの初めは,からだの感じのみにふれ,落ち 着きのなさやぎこちなさに関しての発言が続いている.

リスナーのことばかけ(L11「まっすぐに座れなくって,

居心地がなんかよくなくって,そのぼんやりとした全体 の感じが,最近の自分の感じとっながるようなものがあ りますか」)があったことによって,フォーカサーは,

腰が引けてる 自己の在りように気づいた.その後,

自己がそれまで重心を置いていた左側が閉じてしまい,

開かれている右側に行こうとするが,行くことができず,

左とも右とも言えない,あいまいな場所にいる,という ことを知るに至った.そして,この感覚を(F31「いま の自分の状態のような気もする,……略……自分の周り の人に対して冷めているところを,なんか見たいってい う一方で,でも,なんかそういう自分を見る,っていう か,向き合うのがちょっと嫌かなって抵抗している部分S F32「だから,自分の気持ち全てがそっちに向かってな いなっていう感じがあるんだけど,でも見ないでこのま までいられるかっていうと,なんかそこに落ち着けない 部分っていうか,このいまの閉じられている感じって」)

フォーカシング体験への抵抗であると受けとることによ り,フェルトシフトが起き,落ち着きをとり戻した(F 36「ああ,やっといま落ち着いてきた」).

 このフォーカシング体験の流れのなかで,いまの自分 の日常における在りよう,あるいは,フォーカシング体 験への姿勢が 腰が引けてる 状態であり,そのような 自己に焦りを感じている,という認識を得た.それと同 時に,フォーカシングにおいてありのままの自己を感じ とることの重要性を再認識し,どのような自己が現れて も焦ったり,否定する必要はないことを体得した.また,

フォーカシング体験への抵抗を表明し,それをリスナー に受け止めてもらえたという体験は,リスナーへの信頼 も深めることとなった.このようなことから,このセッ

ションにおけるフォーカシング体験は新たな場でフォー カシングを続ける 場づくり の意味をもった,と考え

られる.

 ③セッション3の考察

 このセッションでフォーカサーは,体験過程のなかに 居続けることの厳しさとその重要性を痛感した.このフォー

カシング体験では,既述したようにカウンセリング的な フォーカシングのセッションで語っている自己自身の 冷たさ を体験している.この 冷たさ を感じるこ とにより,これまでそれに触れることを避けて続けてき た自己を認識させられた.そして,このフォーカシング のなかで,その自己にある 冷たさ をじっくりと味わ う,という体験をしたが,このことは非常に意味深かっ た,と考えられる.

 前回のフォーカシングにおいては,ありのままの自己 を受けとることの重要性を再認識したが,このセッショ ンの体験では,構えることもなく,自然に,自由に内的 過程にかかわることができたので,このような体験を得 ることが可能になった,と推察される.その内的な過程 へのかかわりの柔軟さが,フォーカサーの発言のなかか らもみてとれる.(F1「真っ白い」, F 2「まあるい」,

F3「鋭くなってるところがひとっもない」)などの表現 からフォーカシングへの抵抗の無さがうかがえる.

 また,波紋の対話や花の開花の様子からは,フェルト センスへの友好的でありながら,受け身的な態度で接す るフ、r・一カサーの姿勢がかいま見える.しかし,このと きの感覚としては,浮かんでくるままに流れていくよう に,内的な過程に自らをゆだねるような穏やかな心地よ さが感じられていた.

 そして,その直後それまでの様相が一転し,「怖さ」

や「悲しさ」を感じる体験のプロセスがあり,からだの 感覚として,自分を支えきれないほどの「震え」を感じ ている.フォーカサーは,そのからだの感覚から(F33

「すごい寂しい」,F36「すごい怖い」)という言葉でそ の感情を表出している.その後,暗いホールのようなと ころに座っているというイメージに移り,その感情は無 感情ともとれる状態になった(F41「いい気持ちではな いんだけど,悪い気持ちもしないっていうか,なんかこ こにただいるっていう」).さらに,その「冷たさ」と共 に居るしかないという感じに浸り,続いて「冷たい水」

に浸っている自己のイメージへと移っていく.

 このフォーカシングの後半にみられたプロセスは,前

(6)

フt一カシング体験に基づく自己探索の実証的研究くその2>

述したカウンセリング的なフォーカシングでふり返って 語った自己と重なっていることが指摘できる.人聞関係 内のトラブルが起こることに「怖さ」を感じ,からだの

「震え」を覚えており,そのたびに疎外感による「寂し さ」を感じていた.そのような感情を避けるために人間 関係において冷静であり,また,自己自身のなかに「冷 たさ」があると感じていたのがそこに示されている.最 も恐れていたのは,自分のなかに「冷たさ」があること を感じることであった.このフォーカシングは,その

「冷たさ」にからだの感覚からしっかりと浸っていく体 験となった.以前のセッションのなかで,この「冷たさ」

にっいて,言語化したことからの積み重ねとして,この フォーカシングでのからだの感覚を通した「冷たさ」の 体験があった,と考えられる.

 このフォーカシング体験において信頼関係(リスナー とのかかわり,フォーカサー自身とのかかわりにおける)

のある 場 を築くことができ,自己の内的な過程との かかわりに対してより柔軟に臨めるようになったため,

この「冷たさ」に浸るという実感をともなった過程に居 続けることが可能になった.

 ④セッション4の考察

 この回では 再誕生体験 と呼べるフォーカシングの プロセスがみられた.セッション3のフォーカシングで

「冷たさ」に浸る体験をしたが,その「冷たさ」のフェ ルト・センス(肩から背中に感じる冷たさ)を,このセッ ションが行われるまでの2週間,時折感じることがあっ た.その間,日常生活では従来どおり,とくに支障もな く過ごし,そのフェルトセンスを感じるのは,何気ない リラックスする時間のなかであった、この「冷たさ」と いうフェルトセンスを感じることは,心地いいとは言い 難かったが,それを感じることへの恐れはなかった.こ の時点ですでにそのフェルト・センスとっき合うことが 可能な状態になっており, 間がとれていた ,と言えよ

う.

 ヒの回のフォーカシングは,その「冷たさ」の感覚か ら始まっている.フォーカサーの発言にも,(F3「すご いなんか止まってる感じ」F4「時が止まってるみたい⊥

F6「なんか自分の軸みたいなところが,なんか,かっ,

硬いっていうか」)というような表現がみられ,「冷たさ」

と何らかのっながりがあることがうかがえる.その後,

フォーカサーを照らすような光のイメージが出てくるが,

その光にっいて(F12「なんかのぞかれてる感じが,う一

ん,うん,なんか嫌だな一って」,F14「なんか嫌だな あって思うと,気付かないっていうふりをして,そっち を見たくないっていうか」)と発言している.この「の ぞかれている」のは,自己のなかにある「冷たさ」であ る,ということが考えられ,F12,14の発言から,それ がこれまで表に出すことをを避けてきたフォーカサー自 身の姿であることがうかがわれる.

 さらにその後,光が広がり,見ることに抵抗していた 自分の姿を見ざるを得なくなるが,腕の感じを通して

「嫌だな一」という気持ちを口にしている.つぎの過程 では,その「嫌だ」という気持ちと「諦めている」とい う気持ちとのあいだで葛藤するイメージへ続いている.

やがて,(見るのが)「嫌だj tいう気持ちは,「諦めて いる」気持ちをもっ「黒いからだ」が大きくなっていく にしたがって弱り,次第に消えていく.フォーカシング でのこの過程は,フォーカサーがこれまで受け入れられ ずにいた自己への「嫌だ」という抵抗を「諦める」まで の過程であった,と考えられる.その結果として,(F42

「しょうがないって思ったんだけど,それとはまた違う 静かな気持ちっていうか」,F43「なんかからだのなか 全部に,また自分の心が戻ってきたみたいな感じがする」

F44「諦あきったら,すごい穏やかな感じ」),というよ うな発言が見られるようになった,と言えよう.

 これは,自己自身をありのままに受け入れていくこと を決意したことにより得た気持ちの「静けさ」「穏やか さ」であった,と考えられる.自己のありのままを受け 入れまいと抵抗する気持ちが強く大きい存在であると感 じていた過程から,その気持ちよりも自己のありのまま を受け入れようとする気持ちが強まり大きな存在となっ ていく過程がここで体験された.この内的過程の体験を 通じて,再度自己確認と自己信頼がされていた,と推察 される.F43の発言からも,自己の在りよう,存在を確 認している様相がみてとれる.

 このプロセスを経たことにより,再び現れた光のイメー ジに対するフォーカサーの感じ方が変化している.それ まで「嫌だ」と抵抗する感じを受けていた光について,

(F45「あんまりまだ好きな感じじゃないけど,でもな

んか,うん,にぎやかな感じ」)となり,さらに「のぞ

かれている感じ」であった光が逆に,フォーカサー自身

がのぞいている側になっており,光へのかかわりが積極

的な態度へと変わっている.その後のプロセスでは,そ

の光に照らされているからだが,柔らかくなり,血がめ

(7)

増田 實・四田美智

ぐった明るい肌色に変わっていくイメージになっている.

ありのままの自己を受け入れたことによる新たな自己と の出会いが,このようなからだのイメージを通して体験 されていた(F58「気持ちが体に,体と話してるってい うか」).さらに,(F60「下の方から,こうトクトクっ てこう盛り上げながら,さあっていう感じで」F61「な んなのかわかんないけど,さあ始まるって感じなのか」)

という発言が見られ,その新たな自己にこの後何かが始 まろうとしている,という暗示が認められよう.

 この後,このフォーカシングは 再誕生体験 のプロ セスへとっながっていく.ここからのプロセスは,から だの感覚が主になり,時折,それにともなうイメージの 発言となる.からだ全体が「グルグル回る」という感覚 になり,その動きが止まると,(F70「逆さまになった 感じ」)を受け,その後,(F72「(からだが)丸まって

る」)という感覚が出てくる.そして,背中に何かを集め 積むというイメージが続き,「指でっっかれる」という からだの感覚に再び戻っている.さらにその後,眉間,

鼻の周辺が頭上へ引っ張られるような感覚になっていき,

「花びらのような,クラゲのような,ヒラヒラしたもの」

にからだをはめていくという過程が見られた.そして,

(F105「やっと楽になった」)ところでこのプロセスは一 段落している.

 ここでのプロセスは,胎児が狭い産道を回旋しながら 通過し出生する新生児誕生のプロセスのイメージである.

それは,からだの感覚をひたすら頼りに進んだ体験であっ た.脈絡のないからだの感覚やイメージがつぎつぎに浮 かんできていながらも,それに恐れることなく,むしろ 楽しみながら続けていった.

 そして,F106以降再誕生のプロセスを経たことに より,楽になった自分のからだの感覚を体験し,それを 通じて「生きている」実感,喜びを表す発言をしている.

テープ切れ後のメモ記録のなかに,手を握ったり,開い たりする動作のイメージがあり,これにっいて「からだ がこころに伝えて」「こころがからだに伝えている」と 付言している.また,「嬉しい」「楽しい」という発言も あり,ここで,からだとこころとをもち合わせ「生きて いる」自己の喜びを感じていた.これまで避けてきた自 己を受け入れられたことが新たな自己を誕生させ,「生 きているだけで嬉しい」と実感する体験に至った.

 ⑤セッション5の考察

 このフォーカシングは, 生 の素晴らしさを感じ,

新たなエネルギーをみなぎらせる体験となった.また,

この全5回のフォーカシング体験の仕上げになった,と も思われる.ここでは,終始心地のよい体験であったと いう印象が強い.

 このセッションは,F1〜4のリラックス状態から始 まっている.土にあいた穴があるのを見つけ,(F8「懐 かしいような感じもあって」,F9「今まで見てなかった ような,うん,そういうものに出会ったような,気づい たような」,F10「なんか,ず一っとそれはあったよう な気はするんだけど,でも気づいてなくって,でもなん か,あっ,これあったんだよなあって」)という発言に続 いて,(F11「なんかほっとして」, F12「落ち着いてい られるっていうか,優しい気持ちでいられるっていうか」)

とそこでの感じを述べている.

 これらのことばは,これまで4っのセッションを経て きたことによって得た新たな自己の いまの 実感であ る,とも考えられる.続くプロセスでは,自己の内的過 程に優しくかかわる姿勢がうかがえる(F14「小さい穴 なんだけど,その柔らかい感じが何かを自分に教えてく れるっていうか」,F19「このホッとしたものに目を向

けてると,胸の方に感じるっていうか」,F20「なんか それを見てるとからだが反応してくるっていうか」).そ

して,その後,胸のあたりで何かがうずき出し,動き出 しそうなイメージへと移り,その感じが背骨を通してか らだ全体へめぐっていくイメージに変わっていく.(F3 8「心地いい」)と述べているように,からだ全体に血が めぐっていくイメージを全身で感じ,それを満喫してい た.ここでは,新たな自己の実感を,からだに血がめぐっ

ていくイメージとそれにともなうからだの感覚の両方を 通して,体験している様相がみてとれる.

 終盤では,土の穴にフォーカサー自身が入るイメージ が出てくる.ここで穴に入った感じを(F40「長いこと 入らないでいた,入らないようにしてたのかな,そうい

う感じのところに,ポッと入れた感じが,すごい心地よ くって」,F41「嬉しくって,こう,上に向かってバン ザアーイってやって,太陽にバンザアーイっていう感じ が」)と述べ,これまでのプロセスを体験し通したことか

ら生じた充実感が表われている.この感覚を十分に味わ い,そこからさらに土と太陽とからだが一体となるイメー

ジを体験する(F42「足から暖かさが伝わってくるのを

感じると,自分の血がめぐってる感じがして,で,太陽

からも光と暖かさを受け取って,また自分の血がめぐっ

(8)

フォーカシング体験に基づく自己探索の実証的研究〈その2>

てて,それで,すごいめぐりがよくなってグルグル自分 のからだのなかを場がれが伝わっていくと,なんか胸の あたりが気持ちいいっていうか,暖かい感じ」).そして,

「ありがとう」という気持ちがからだから溢れるという イメージで終了している.この「ありがとう」はフォー カサーをとり囲んでいる土や太陽自然への「ありがと う」であり,その自然を感じとってくれているからだへ の「ありがとう」である.この自然と一体となる体験を 通して,自然への感謝を感じるようになり,また,同時 にそこにあるからだの感覚にかけがえのなさを感じるに 至った.

 このセッションでのフォーカシング体験は,前のセッ ション4の再誕生体験で得られた 生 の喜びをよりいっ そう豊かなものにする体験であった.足でふれている土 の感触や太陽の陽を浴びている感覚が,あたかも初めて の感覚であるかのように思えるほど新鮮な感覚として体 験されていたが,その印象は,考察しているいまも強め

られている.

② 事例の全体的考察

 ここでは,これまで示してきたフォーカシング体験の 事例および各セッションの考察をもとに,本事例の全体 的な考察を加えるとともに,フォーカシング体験に基づ く自己探索の意義について述べたい.

 本稿でとりあげたフォーカシング体験の事例は,筆者 の再誕生体験である,と考えられる.まず,各セッショ ンにタイトルを付してその要約を示しておきたい.

 ①セッション1一自己確認と自己信頼を得たフォー       カシング体験

 それまで自己とは別の存在として包むように光る光の イメージを自己自身が出している光である,と認知し直 すプロセスが見られた.この体験により,フォーカサー は,内的過程にかかわっていこうとする自己を確認し,

また,その自己を信頼する.

 ②セッション2一フォーカシングの 場づくり と       なった体験

 からだの感覚として体験された落ち着きのなさ,ぎこ ちなさがフォーカサー自身の日常の在りようであり,フォー カシング体験への抵抗である,と気づき,認めることに よって,落ち着きをとり戻した体験であった.これは,

改めてフォーカシング体験を始める 場づくり となっ たが,それはリスナーとのそして自己との信頼関係を築 くことによって行われた,と考えられる.

 ③セッション3一避けてきた自己, 冷たさ に浸       る体験

 これまで触れることを避けてきた,自己自身のなかに ある 冷たさ に浸るというプロセスが見られた.ここ で体験された 冷たさ は,カウンセリング的なフォー カシングのなかで語った自己自身のなかにある 冷たさ である.それまでに言語化されていた自己自身が,身を もって実感されることによって深められた体験であった.

 ④セッション4一新たな自己としての 再誕生体験  前回のセッションから感じ続けていた 冷たさ を自

己自身のうちにあるものとして感じ,受容することによ り,新たな自己としてありのままの自己の姿を見出し,

再誕生体験のプロセスが体験された.このプロセスを通 して,自己を受容し,生きることの喜びを実感した.

 ⑤セッション5− 生 の素晴らしさを感じ,感謝       した体験

 ここでは,こころとからだがともに生きる自己自身を 再確認した.自然と交流するイメージに対してこれまで にない感じを覚え,新鮮さを感じた.それは,新たに誕 生した自己の実感である,と言える.この体験において,

ありのままの自己の在りように 楽しさ が感じられ,

同時に,自然への感謝の気持ちをもてる ゆとり がも たらされた.

 以上のように,セッション1,2のフォーカシング体 験は,それまで認められずにいた自己に触れていくため の準備段階であり,セッション3は,準備段階での体験 が活かされ,自己の内的過程と本格的にかかわっていく 体験となった.それは,それまでの自己の崩壊がもたら された,というように考えられる.そして,そこからあ りのままの自己を受け入れ,新たな自己として生まれ変 わる体験セッション4が続き,自己の 生 を感じるこ とによって,新たな自己として生きるエネルギーを実感 するセッション5に至った,と要約できる.

 このように,全5セッションのフォーカシング体験は,

それぞれ前セッションと何らかのっながりをもって体験 されており,それは,それまでの自己への直視→自己の 崩壊→自己の再構築というプロセスであった,と推察さ

れる.

 これらを総じてみると,このフォーカシング体験は,

フォーカサーにとって,自己探索のプロセスであった,

と認、めることができる.フォーカシングは,フォーカサー

自身が主体となり,いまの自己の在りよう,生き方を捉

(9)

増田  實・四田 美智

え受容していくことにより,そこに個人的な意味づけが なされる体験である,と言える.それまで否定してきた 自己に気づき認めていくのは,フォーカサー自身に他な らない.このような体験を通してありのままの自己を知 り得るのは自己自身のみであるということを身をもって 認識し,・また,そのような体験から,自己の体験過程を 尊重し,それにかかわっていこうする意志がフォーカサー のうちに生まれた.この意志は,フォーカサーの主体性 の表われであり,フォーカシング体験をより重ねること によってその主体性が培われた,と考えられる.

 また,本事例は,カウンセリング的なフォーカシング においてそれまであったわだかまりをある程度整理でき た状態から始まったフォーカシング体験であった.その

うえで,からだに漠然と感じられるフェルト・センスと かかわり,このようなプロセスをみるに至った.それま で避けてきた自己を言語化し整理できたことによって,

安心して自己の内的過程にかかわることができた,と考 えられる.そのため,より柔軟さを増したかかわりをも っことができ,微妙なフェルト・センスにふれ続けるこ とを可能にした.

4.おわりに

 本事例をを通して,フォーカサーに得られた最も大き な収穫は,自己とのかかわり方を体得したことであった.

また,フォーカシング体験は,悩みの解消や問題の解決

をもたらすのみに留まらず,同時に自己とのより望まし

いかかわり方をもたらす,という示唆を得たことも大き

な収穫のひとっである.フォーカシングは, いま の

自己にフォーカサー自らが直接に触れ,探索し,深めて

いくことにより,主体としての自己を育み,より豊かな

人間性を成長させる機能を含んでいる,と言えよう.

参照

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