博 士 ( 歯 学 ) 村 田 あ ゆ み
学 位 論 文 題 名
地域自立高齢者の自己評価に基づく咀嚼能カと 栄養状態、体カとの関係
学位論文内容の要旨
【目的】我が国は世界一の長寿国家と なったが、ADL(Activities of Daily Living)の 低下 によ り自立性 が損なわれ要介護状態に陥る高齢者の増加が問題となっ ている。栄養 状態 の低 下、筋肉 量の減少や筋カの低下、身体のパランス能カの低下など は、身体的虚 脱、 転倒 、歩 行障 害な ど にっ なが り、ADLの低下をきたす。したがって、 自立している 高齢 者の 栄養状態 や体カなどの、全身の健康状態の低下に関連する因子を 明らかにする こと は重 要な課題 である。咀嚼能カは栄養状態や体カに関連する因子のー つであると考 えら れる 。咀嚼能 カの評価法には、咀嚼試料を用いて直接的に判定する方 法と咀嚼に関 与す る要 素を間接 的に判定する方法があるが、簡便な問診により咀嚼能カ を自己評価す る方 法( 自己評価 に基づく咀嚼能力:自己評価咀能力)は、客観性に乏し いものの大集 団を 対象 とした疫 学調査に適した方法であり、また咀嚼能カを総合的に評 価する指標と 考え られ る。そこ で、本調査では地域自立高齢者を対象として、自己評価 咀嚼能カが栄 養状 態お よび体カ にどのように関連しているか、さらに自己評価咀嚼能カ の低下にはど のような因子が関連しているかを明らか にした。
【 方法 】地 域自 立高 齢 者315名 (65〜84歳)を対象とした。背景因子と して、年齢、
性別 、仕 事、暮ら し(独居か同居か)、社会活動性、就学年数、既往歴を 調査した。食 習慣 につ いて は厚 生省 栄 養課 編「 成人 一般 向食 習慣 調査 」10項目を用い 、食事の摂取 量、 回数 、栄 養バ ラン ス を点 数化 し、 最高 点を20点 とし て評 価した。栄 養状態の指標 として、BMI (Body Mas Index:体格指数、
kg/m)、 血清 アル ブミ ン値cg /d)を 、体 カの 指標とし て握力(kg)、開眼片足立ち秒数 を 測定した。口腔内要因として、アイヒナーの分類、義歯 の使用状況、自己評価咀嚼能 カ を調査した。自己評価咀嚼能カは、「何でも噛める」を良好群、「少し硬い物なら噛め る 」 を概 良群 、「 柔らかい 物しか噛めない」を不良群とした。自己評価咀嚼能カの3群 間 で 比 較 検 討 す る た め に 一 元 配 置 分 散 分 析 法 (one―way ANOVA) を 用 い 、 Bonferroni/Dunn法により多重比較検定を行った。また、 自己評価咀嚼能カが他の因子 を 調 整し た後 でも 独立して 、栄養状態や体カに関連することを確かめるために、BMIお よ び血清アルブミン値、握カを従属変数とし、自己評価咀 嚼能カおよび背景因子を独立
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変 数と して、ステップヮイズ回帰 解析を行った。さらに自己評価咀嚼能カにどのような 因 子が 関連するかを明らかにする ために、自己評価咀嚼能カを従属変数として背景因子 お よ び 咬 合 支 持 の 有 無 を 独 立 変 数 と し て 、 多 重 口 ジ ス テ イ ッ ク 回 帰 解 析 を 行 っ た
【結果】自己評価咀嚼能カでは、良好群は57.8%、概良群32.4%、不良群9.8%であった。
前 期高 齢者 男性 では 、BMI(kg/m)の 平均 値は 良好 群(24.1土2.8)および概良群(24.7 土3.5)に比べ 、不良群(21.2土2,1)で有 意に低下し、血清アルブミン値(g/c)の平均 値 も 良 好 群(4.3土O.24)お よ び 概良 群(4.4土O.22)に 比べ 不 良群(4.1土O.30)で有 意 に低 下し てい た。 前期 高齢 者 女性では、握力(kg)の平均値 は良好群(26.4土4.O)に 比 べ概 良群(21.8土4.9) で有 意に 低下していた。後期高齢者男性では、全ての項目の 平 均値 において、自己評価咀嚼能 カの各群間で有意差はみられなかった。後期高齢者女 性では、BMI (kg/nlz)の平均値のみで良好群(25.9土3.6)に比べ不良群(23.5土2.2)で 有 意に 低下 して いた 。食 習慣 調 査にて評価した結果、平均点 は男性で14.0土2.9、女性 で15.1土2.7であり、女性の方が 有意に食習慣は良好であった(P<O. 001)。男性では、
自己評価咀嚼能 力(良好群および概良群と不良群との間で比較)は、BMI(B‑ー3. 39、 P= 0.039)韜よび血清アルブミン 値(B=ニ‑0. 295、P=0.009)に関連していた。女性で は自己評価咀嚼 能力(良好群と概良群および不良群間で比較)は、握力(ロ=―2.32、P
=O. 009)に関連していた。また 、咀嚼能カが不良であることに対して、暮らしが独居 で あ る こ と(Odds比3.586、95%CI1.486‑8. 657、P‑0,005)、咬 合支 持が なぃ こと (Odds比8.197、95%CI1.838―35. 714、P‑O,006)が 有意 に関連していた。咀嚼能カ の 良好 群、概良群では、義歯の使 用状況が不良(未使用あるいは著しい不適合)である 者の割合は、24.2%、不良群では50.o%であった(尸ーO.007)。
【 考察 】地 域自 立高 齢者 の中 で は、「柔らかい物しか噛めな ぃjという、咀嚼能カが著 し く低 下し た者 が、 約1割 みら れた 。今回は参加希望による疫学調査であったが、非参 加 者を 含めた、地域の母集団では 、咀嚼能カの低下した者がさらに多いと考えられる。
咀嚼能力低下の 原因を明らかにし、低下させないための歯科的アプローチが必要である.
と 考え られ た。 自己 評価 咀嚼 能 カは、前期高齢者男性では、BMIおよび血清アルブミン 値 に有 意に関連していたが、女性 ではみられなかった。このように栄養状態との関連で は 、男 女間で違いを認めた。これ は、女性は食品・料理の知識が豊富であり、咀嚼能カ が 不良 な者でも、食事の摂取量、 回数、栄養バランスが維持されるため、栄養状態が低 下 しに くいためと推察された。今 回の調査の食習慣調査でも、女性の方で、良好な結果 が 得ら れている。前期高齢者女性 では、自己評価咀嚼能カと握カに、有意な関連がみら れた。咬合支持のある者の割合は、自己咀嚼能カの良好群(56.1めに比べ、概良群(8.8%冫 で、大きく低下 し、握カもこれに合わせて、良好群に比べ概良群で大きく低下していた。
男 性で は、この傾向は認められな かった。噛みしめが筋カや、力発揮特性に影響を及ば す こと が示唆されており、本研究 においても、残存歯の咬合状態が、筋カに関連すると 考 えら れた。咬合支持の有無は、 顎位の安定性や、義歯の沈下防止に有利に働き、自己 評 価咀 嚼能カに強く関連すると考 えられた。咬合支持を喪失した者では、義歯の未使用 や 義歯 の著しい不適合など義歯の 状態が、自己評価咀嚼能カに影響を及ばす重要な因子
と考えられた。
【結語】自己評価咀嚼能カは、前期高齢者では、栄養状態や体カに関連する重要な因 子のーっであることが、明らかになった。
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学位論文審査の要旨 主査 教授 井上農夫男 副査 教授 大 畑 昇 副査 教授 森 田 学
学 位 論 文 題 名
地域自立高齢者の自己評価に基づく咀嚼能カと 栄養状態、体カとの関係
審 査iま , 審 査 担 当 者 全 員 の 出 席 の 下 に 行 わ れ た , 最 初 に 申 請 者 よ り 提 出 論 文 の 概 要 が 説 明 さ れ , そ の 後 , 申 請 者 に 対 し 提 出 論 文 と そ れ に 関 連 し た 学 科 目 に つ い て 口 頭 試 問 が 行 わ れ た . 以 下 に , 論 文 の 要 旨 と 審 査 の 内 容 を 述 べ る , 超 高 齢 化 社 会 を 迎 え る わ が 国 で は ,ADL (Activities of Daily Living, 日 常 生 活 動 作 能 力 ) が 低 下 し 自 立 性 が 損 な わ れ 要 介 護 状 態 に 陥 る 高 齢 者 の 増 加 が 問 題 に な っ て い る . ADLの 低 下 に は , 栄 養 状 態 や 体 カ の 低 下 が 関 連 す る . し た が っ て , 自 立 し て い る 高 齢 者 の 栄 養 状態 や体 カに 関連 する 要因 を明 らか にす る こと は,
介 護 予 防 対 策 の 重 要 な 課 題 で あ る . 本 研 究 は , 地 域 自 立 高 齢 者 の 自 己 評 価 咀 嚼 能 カ と 栄 養 状 態 お よ び 体 カ と の 関 係 , さ ら に 自 己 評 価 咀 嚼 能 カ に 関 連 す る 因 子 を 明 らか にす るこ とを 目的 とし たも ので ある .
北 海 道 苫 前 町 に お け る65歳 以 上 の 全 自 立 高 齢 者1161名 に , 調 査 へ の 参 加 を 依 頼 し た と こ ろ ,334名 (28.8% ) が 参 加 し た . 欠 測 デ ー タ の あ る 者 お よ ぴ85歳 以 上 の 者 を 除 外 し た315名(65歳 か ら74歳 ま で の 前 期 高 齢 者 男 性82名 , 女 性98 名 ,75歳 か ら84歳 ま で の 後 期 高 齢 者 男 性62名 , 女 性73名 ) を 対 象 と し た . 調 査 項目 は, 背景 因子 (年 齢, 性別 ,仕 事, 暮 らし ,社 会活 動,就学年数,既往歴),
食 習 慣 ,BMI, 血 清 ア ル ブ ミ ン 値 , 握 力 , 開 眼 片 足 立 ち 秒 数 , な ら び に 口 腔 内 因 子 ( ア イ ヒ ナ ー の 分 類 , 義 歯 の 使 用 状 況 , 自 己 評 価 咀 嚼 能 力 ) と し た . 自 己 評 価 咀 嚼 能 カ は 咀 嚼 能 カ を 主 観 的 評 価 し た も の で , 「 何 で も 噛 め る 」 を 良 好 群 , 「 少 し 硬 い 物 な ら 噛 め る 」 を 概 良 群 ,「 柔ら かい 物し か噛 めな い」 を不 良群 と した .各 群 間 で , 血 清 ア ル ブ ミ ン 値 ,BMI, 握 力 , 片 足 立 ち 秒 数 の 平 均 値 を 比 較 し た . さ ら に ,BR4Iお よ び 血 清 ア ル ブ ミ ン 値 , 握 カ を 従 属 変 数 , 自 己 評 価 咀 嚼 能 カ お よ び 背 景 因 子 を 独 立 変 数 と し て , ス テ ッ プ ワ イ ズ 回 帰 解 析 を 行 っ た . ま た , 自 己 評 価
咀嚼 能カ を従 属変 数,背 景因 子な らび に口腔内因子を独立変数として多重ロジ スティック解析を行った.
前 期高 齢者の男性では,BMI および血清アルブミン値とも自己評価咀嚼能カの 良好群あるいは概良群に比べ,不良群で有意に低下していた,女性では,握カが 良好 群に 比べ 概良 群で有 意に 低下 して いた.男女ともその他の項目に有意差は みら れな かった,後期高齢者では,女性のBMI で有意差がみられたが,その他の 項目 では 有意 差は みられ なか った ,ス テップワイズ回帰解析では,前期高齢者 の男 性で は,自己評価咀嚼能カがBMI およびアルブミン値に関連し,女性では,
自己評価咀嚼能カが握カに関連していた.多重ロジスティック解析の結果,自己 評価咀嚼能カの低下には,独居,咬合支持がないことが関連し,また,咬合支持 の失われた者では,義歯の使用状況が関連していた.
対 象と した 地域 自立高 齢者 には 自己 評価 咀嚼 能カ の不 良で ある ものが約1 割 みら れ, 自己 評価 咀嚼能 カは 前期 高齢 者では栄養状態や体カに関連する因子で あることが明らかになった,さらに,自己評価咀嚼能カには,咬合支持の有無が 重要 な意 味を 持ち ,咬合 支持 が失 われ た場合には義歯の状態が重要な意味を持 つこ とが 明ら かに なった .こ れら のこ とより,高齢者が良好な咀嚼能カを保持 することにより,栄養状態や体カの低下を予防し.自立性を維持し得る可能性が 示唆された.
論文について概要が説明された後,各審査員より,本研究の背景,方法,結果,
考察 およ び関 連の研究について質問がなされた.主な質問事項は,1 )調査項目 の詳 細,
2)統 計学 的解 析手 法,
3)調 査地 域の 特性 ,4 ) 義歯 や咀 嚼能 カの評 価方 法な どで あった .論 文提 出者 はい ずれ の質問にたいしても明確かつ的確に 回 答 し , さ ら に 今 後 の 研 究 に つ い て も 発 展 的 な 将 来 展 望 を 示 し た .
試 問の 結果 ,本 論文 は地 域自 立高 齢者 の自己評価咀嚼能カが栄養状態や体カ に関 連し ,さ らに 自己 評価 咀嚼 能カ には 咬合支持や義歯の状態が関連すること を明らかにした.このことから、本業績は地域における高齢者の介護予防対策に 口腔 の健 康管 理が 重要 であ るこ とを 示唆 し,高齢者歯科学はもとより関連領域 の発展にも大きく寄与するものと評価した.さらに,学位申請者は,本研究を中 心と した 専門 分野 だけ でな く関 連分 野に おいても十分な学識を有していること を審査員一同が認めた.