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(2) 内 容 と 構 造 浄 土 和 讃 118 首 1 冠 頭 和 讃 2 首 2 讃 阿 弥 陀 仏 偈 和 讃 さん げ い ぎょうぼん 48 首 ( 初 めに 讃 阿 弥 陀 仏 偈 と 易 行 品 を 略 抄 ) 3 浄 土 和 讃 ( 三 経 和 讃 初 めに 二 尊 と 十 三 聖

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浄土和讃

 和讃とは、平安時代からの詩歌の一種で、ことに仏教の中では仏祖の行蹟や宗派の教義を表現す るものである。古来より舎利讃歌(円仁)、来らい迎ごう和讃(源信)、涅ね槃はん讃(源げん空くう)など多数がある。舎 利和讃については、「http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/edc8/deao/wasan/index.html」で公開されて いる。来迎和讃は、浄土に往生しようと願う人を、阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩が迎えに来ら れることをたたえた和讃で、比叡山の恵え心しん僧そう都ず源げん信しんがお書きくださったものである。  親しん鸞らんしょう聖人にんの場合は、七五調で四句一首の形式を連ねた今いま様ようの形をとって釈尊と七高僧の教えや 徳 とっ 化けを讃嘆している。聖人以後にも現代まで種々あり、インドの言葉で書かれた偈頌の梵讃や、中 国語で書かれた漢讃などがある。  親鸞聖人は各宗高僧中で最も多く和讃を作られ、五百数十首あり、三さんじょう帖和讃(浄土和讃・高僧和讃・ 正像末和讃)の外にも聖徳太子和讃二部、別和讃や帖じょう外がい和讃と言われるものなどもあり、ほとんど 長編の連作となっている。  その中で、最も格調高く、内容も豊かなのが、覚かく如にょ上人(南北朝)のころから、『三帖和讃』と称 せられてき和讃である。その内容は、経釈を拠よりどころとしながら、厳しい懺さん悔げを基調としつつ、 仏徳を讃さん仰ごうしている。  そこには、広大なる仏徳師恩を報謝するままに、これを人にも広く伝えたいという、自信と教人 信が一つになった宗教的感情の高鳴りが感じられる。漢文や和文の他の著作や偈頌とは一味違って、 ほとんど聖人の晩年に作られたことなどとあわせて考えてみると、無学な人々への配慮がうかがえ る。右にはフリガナ、左には意味(左さ訓くん)を打たれるなどの特色がある。  歌調の整理が、無知な民衆への誦唱を意識されたことが思われる。後に蓮如上人によって、『正 信念仏偈』と六首引として、文明5年(1473)に開版され、門徒への大きな教化力となった。 著作の時期  『浄土和讃』『高僧和讃』が先で、『正像末和讃』が後に造られた。異説はあるが、『教行信証』の 加筆完成の翌年、聖人76歳、宝治2年(1248)1月 2 1日に前二帖が書き上げられ、その後、6・ 7年間は再訂されていったとされている。『浄土和讃』と『高僧和讃』とはもともと一具のものと して成立したものと考えられている。高田派専修寺蔵国宝本『高僧和讃』の終わりに 弥陀和讃高僧和讃都つ ご う合二百二十五首 宝ほう治じ第二 戊つちのえ申さる歳初月下旬第一日 釈親鸞七十六 歳 書之畢 見写人者必可レ唱レ座レ元2阿弥陀仏1 とあることから、それが分かる。  正像末和讃は、86 歳、正嘉2年(1258)9月 24 日に一応の稿了。その後も 88 歳ごろまで改 訂が続いたと思われる。  しかし、『浄土和讃』『高僧和讃』も『正像末和讃』も一応の成立の後、新しい和讃が加えられる とか、語を訂正されるとか、和讃の配列を変えられるとかの補正が、文応元年(1260)親鸞聖人 八十八歳まで加えられたと思われる。

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内容と構造 浄土和讃〈118 首〉 ①冠頭和讃 2首 ②讃阿弥陀仏偈和讃 48 首 (初めに『讃さん阿弥陀仏偈げ』と『易いぎょう行品ぼん』を略抄) ③浄土和讃 (三経和讃・初めに二尊と十三聖者)  大経讃 22 首  観経讃 9 首  阿弥陀経讃 5 首 ④諸しょきょう経讃 9 首 ⑤現げん世ぜ利り益やく讃 15 首 ⑥勢至讃 8首 高僧和讃〈119 首〉 ①龍樹菩薩 10 ②天親菩薩 10 ③曇鸞和尚 34 ④道綽禅師 7 117 首 ⑤善導大師 26 ⑥源信大師 10 ⑦源空聖人 20 ⑧総結讃  巻かん尾び和讃 1 首  七高僧と聖徳太子  最さい巻かん尾び和讃 1首 正像末和讃〈116 首〉 ①夢告讃  1首 ②三時讃 58 首 ③誡疑讃 23 首 ④聖徳奉ほう讃さん 11 首 ⑤悲ひ歎たんじゅっ述懐かい讃 16 首 ⑥善光寺如来讃 5 首 ⑦自じ然ねん法ほう爾に章(法語と慚ざん愧き和讃2首) 『教行信証』(本典)と『三帖和讃』  形式的には、漢文(散文)と和文(讃歌)の相違があるが、内容的には、『本典』は真宗教義の 体系的・組織的な解明(真実・方便、往相・還相、四法・六法の構成)を行っているのに対して、『三

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帖和讃』は体系的ではないが、本典にない「久く遠おん実じつ成じょうの弥陀3首」「女にょ人にん成仏2首」「聖徳太子讃さん仰ごう 11 首」などの主張がなされている。しいて言えば、『行巻』末の『正信偈』前半の依経段が『浄土 和讃』、後半の依釈股が『高僧和讃』に呼応すると言える。 古写本、古刊本について  親鸞聖人の76歳頃より成立した「和讃」が、その後、数回補訂されたことは、現在の古写本、 古刊本によって知ることができる。 1、高田派専修寺蔵国宝本  この本は親鸞聖人の真筆であると伝えられていたが、今日では、『正 像末和讃』の第一首目から第九首までが聖人の真筆であり、その他ところどころに聖人の筆 跡が認められるほかは、大部分が別筆であるとされている。しかし、「三帖和讃」の最も古い 形を伝えるものとして重要である。 2、高田派専修寺蔵顕智上人書写本  この本は『高僧和讃』が散逸して伝わっていない。『浄土 和讃』は建長七年四月二十六日、親鸞聖人八十三歳の書写本を、『正像末和讃』は正嘉二年九 月二十四日、親鸞聖人八十六歳の書写本を、それぞれ聖人滅後約三十年、正応三年に顕智上 人が書写された。 3、大阪府顕証寺蔵御草稿和讃  この本は、和讃諸写本の中で最も完成されたものである。『正 像末和讃』を例にすると、国宝本で四十一首だったものが、顕智上人書写本で九十二首となり、 この本では百十六首と増補されている。御草稿和讃の名は、後代に文明版に対して付けられ たものと考えられている。 4、蓮如上人開版本 蓮如上人が福井県吉崎御坊におられた文明五年(蓮如上人五十九歳)に、「正 信偈」とともに刊行された。その刊記に   右斯三帖和讃竝正信偈四帖一部者 末代為興隆板木開之者也而已 文明五年癸巳三月日(花押)   とある。この本は今日、東西両本願寺出版物の元となっている。 冠頭讃  国宝本では、冠頭讃がなく、『称讃浄土経』が置かれている。 称讃浄土経にのたまはく 玄奘三蔵の訳なり 仮た と ひ使、百千倶く胝てい那な由ゆ多た効こうを経へて、其の無量百千倶胝那由多の舌したを以って、一々の舌の上に無 量の声を出して其の功徳を讃ほめんに、亦た尽すこと能あたはずと文      〔全書1、p.245〕 『称讃浄土経』、具名『称讃浄土仏 摂しょう受じゅ経』は、鳩く摩ま羅らじゅう什訳の『阿弥陀経』の異訳本である。この 文は、親鸞聖人が吉水時代に作った『阿弥陀経集註』にも引用されている。  冠頭讃が初期の本にはないことからみて、冠頭讃は後に付け加えられたものとみられる。  この冠頭の第一首「弥陀の名号」は他力信心の「得」、第二首「誓願不思議」は自力疑惑の「失」 を説いたものだと、古来から言われており、この「得失」は三帖和讃全体に通じる総論であるから 冠頭に置かれたものであろう。この「得失」は、『無量寿経』下巻に、仏智を疑うことを「為失大利」、 本願を信ずることを「為得大利」と説いている〔p.79〕ところから言われる。

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(1) 弥陀の名号となへつつ  信心まことにうるひとは  憶念の心つねにして  仏恩報ずるおもひあり  本当の信心を得て、阿弥陀如来のお名前を称えている人は、常 に阿弥陀さまのお慈悲の心が私に働いていることを忘れず、そ のご恩に報ずる思いがあるのです。  初めにただ称名だけを挙げているが、これは信心を略したも のである。『正信偈』に「極重惡人唯稱佛」とあり、『高僧和 讃』に「縦じゅりょう令一生造悪の 衆生引いん接じょうのためにとて 称しょう我名字と願じつつ 若不生者とちかひたり 〔p.589〕とある。続いて、逆に信心のみを挙げて称名を略している。これも『正信偈』の「正定 之因唯信心」と『高僧和讃』の「五ごじょく濁悪あく世せの衆生の 選せんじゃく択本願信ずれば 不可称不可説不可思議 の 功く徳どくは行者の身にみてり」〔p.599〕と詠まれている。  三句目に信と行を並べて挙げているのは、行信の経緯を説明しており、『正信偈』には「本願名 号正定業 至心信楽願為因」と言われている。続いて四句目には、信行の順を言うが、これは『正 信偈』の「憶念弥陀仏本願 自然即時入必定 唯能常称如来号 応報大悲弘誓恩」と詠まれている。 以上の四句が、この一首にまとめ上げられている。  さて、この中の「信心」に法からみる場合と、機からみる場合の二つの解釈がある。法からみると、 信心といへる二字をば、まことのこころとよめるなり。まことのこころといふは、行者のわ ろき自力のこころにてはたすからず、如来の他力のよきこころにてたすかるがゆゑに、まこ とのこころとは申すなり。   〔御文章一帖一五通 p.1106〕 ということであり、機からみると、 「信」はうたがひなきこころなり、すなはちこれ真実の信心なり、虚仮はなれたるこころなり。 ‥‥本願他力をたのみて自力をはなれたる、これを「唯信」といふ。  〔唯信鈔文意 p.899〕 とあるように、疑いなく信じる「信」ということを指している。  次に、「憶念の心つねにして」とは、他力信心の相続を詠んでいる。 憶念は、信心をえたるひとは疑ぎなきゆゑに本願をつねにおもひいづるこころのたえぬをいふ なり。   〔唯信鈔文意 p.705〕 「仏恩報ずるおもひあり」とは、蓮如上人が 一、仰せに、弥陀をたのみて御たすけを決定して、御たすけのありがたさよとよろこぶここ ろあれば、そのうれしさに念仏申すばかりなり、すなはち仏恩報謝なり。〔蓮如聞書 p.1236〕 と説明しておられる。  なお、六首引きで正信偈を唱える場合には、このご和讃は、阿弥陀経讃五首の後に続いて読まれる。

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 (2) 誓願不思議をうたがひて  御名を称する往生は  宮殿のうちに五百歳  むなしくすぐとぞときたまふ  阿弥陀如来の、人間が考えられないほど偉大な本願を、疑い ながらお念仏を称える者は、お浄土に往生しても、宮殿の中に 500年もの間閉じ込められて、お浄土の風光に接することもな く、如来の法座に出て御法を聴くこともなく、空しく時を過ごす のだ、と説かれる。   この和讃は、坂東本では、後の大経讃「(67)安楽浄土をねがひつつ」〔p.568〕に続いて出て くるのだが、前の讃の後と併せて冠頭に置いて、三帖和讃の綱要を示して、真仮の標榜としたもの である。つまり同じ称名念仏といっても、阿弥陀如来の立てた本願を疑って念仏をしている人は、 たとえお浄土に往生しても500年も仏教に触れることなく過ごさなくてはならないという『大経』 下巻の話を引いて、他力の本願に帰することを勧めているご和讃である。 このもろもろの衆生、かの宮殿に生れて寿いのち五百歳、つねに仏を見たてまつらず、経法を聞かず、 菩薩・声聞の聖衆を見たてまつらず。   〔大経 p.76〕  「誓願不思議」とは、第十八願の不思議である。私たち凡夫が、阿弥陀如来のお慈悲を信ずる一 念の上に真実報土の本当の利益が成就するので、これを不思議と言う。この誓願不思議を疑うとい うことは、本願によって阿弥陀さまのお慈悲を信じないで、名号に万徳が具わっているから、これ を称えることで名号の功徳が、自分自身の功徳となって、往生の因となるのだと心得てお念仏する ことを言う。それでは、お浄土によしんば生まれたとしても、すぐに成仏することができないから、 間に合わないというのである。  では、誓願不思議を信じている相というのは、『歎異抄』第12条に 他力真実のむねをあかせるもろもろの正教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る〔歎異抄 p.839〕 とあるように、誓願と名号が同一である。すると、誓願とは阿弥陀如来が因位の時、つまり法蔵菩 薩の時にお立てになった本願であり、名号はその正覚の果号である。因の本願ではあるが果まで及 んでいる本願であり、果の名号であると言っても因の本願から離れることはない名号であるから、 誓願名号の体は一であって別物ではない。   平成23年4月27日 次回 5月25日予定

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   (3)    弥陀成仏のこのかたは     いまに十じっ劫こうをへたまへり     法ほっ身しんの光輪きはもなく     世せの盲冥をてらすなり  阿弥陀如来が法蔵菩薩の昔、一切衆生を救いたいという願 をおこし、永ながい修行の結果、さとりを開き仏となられてから、 釈尊が説法されたその時までに、すでに十劫という長い時間 が経たっている。阿弥陀仏の成仏以来、その仏の御おん身みより放た れる光は、限りなく、十方のいずこをも、また過去・現在・ 未来を通して、どこでも、いつでも照らし続け、智ち慧えのない 私たちに信心の智慧を与え続けていてくださるのである。  ここから、曇どん鸞らん大師の『讃さん阿あ弥み陀だ仏ぶつ偈げ』に沿って48首の和讃がつづく。前のページにあるよう に、この偈文の徳号を挙げている。  最初に「南無阿弥陀仏」と名号を置いて、「釈して無むりょう量寿じゅ傍ぼう経きょうと名づく。讃ほめたてまつりてまた 安 あん 養 にょう といふ」〔真仏土文類 p.361〕の割注が引かれている。しかし、本来は「釈して無量寿と名づく。 『経』(大経)に傍そへて奉ぶ讃さんす。また安養ともいふ」〔七祖 p.161〕と訓よむべきものであろう。この ように読んだのは、親鸞聖人は『讃阿弥陀仏偈』を『無量寿経』と同等といただいたのであろう。 続いて、『十住毘婆沙論』を引いて、自在人である阿弥陀仏に「我礼す」、清浄人に「帰命す」、無 量徳を「称讃す」と、阿弥陀如来に帰依しておられる。  ここまでは、元々のご和讃にはない部分であって、おそらく蓮如上人が正信偈と三帖和讃を刊行 される時に、付けられたものだと思われる。  この元となった『讃阿弥陀仏偈』は 成仏よりこのかた十劫を歴へたまへり。寿命まさに量りあることなし。 法身の光輪法界にあまねくして、世せの盲もう冥みょうを照らす。ゆゑに頂ちょう礼らいしたてまつる。〔七祖 p.161〕 とあるところから詠んでいるわけである。ここでは、時間的に阿弥陀如来のお慈悲が、果てしなく 届いていることを示している。  ここで、「法身」とは 法 ほっ 身 しん はいろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず、ことばもたえたり。 この一いち如にょよりかたちをあらはして、方ほう便べん法ほっ身しんと申す御すがたをしめして、法蔵比丘となのりた まひて、不可思議の大誓願をおこしてあらはれたまふ御かたちをば、世せ親しん菩薩(天親)は「尽じん 十 じっ 方 ぽう 無む碍げ光こう如にょ来らい」となづけたてまつりたまへり。   〔唯ゆい信しんしょう鈔文もん意い p.710〕 にあるように、我々にわかるように、手段として顕われ出た姿のことを指している。「世せの盲冥」 の「世」は「時間」のことを言っているから、「せ」と読ませているわけである。

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(4) 智ち慧えの光明はかりなし  有う量りょうの諸しょ相そうことごとく  光こう暁きょうかぶらぬものはなし  真しん実じつ明みょうに帰命せよ  阿弥陀如来の智慧から放はなたれる光明は、人間の力によっては はかり知ることができない。いつの時代も、どんな国のどのよ うな衆生もみな、この如来の光照をこうむって、煩悩の闇やみをは らし明るい世界をたまわらないものはない。真実の智慧の如来 である阿弥陀如来に帰命したてまつれ。 「諸相」の左訓に「シユシヤウナリ」とあるのは、「衆生なり」 ということである。 『讃阿弥陀仏偈』 智慧の光明量はかるべからず。ゆゑに仏をまた無量光と号なづけたてまつる。 有量の諸相光こう暁きょうを蒙こうむる。このゆゑに真実明を稽けい首しゅしたてまつる。   〔七祖 p.361〕  ここは、十二光の第1、無量光のご和讃である。如来には、智慧と慈悲との徳があり、その智慧 が無量であると讃歎しておられる。 信心をえたる人をば、無む碍げ光こう仏ぶつの心しん光こうつねに照らし護りたまふゆゑに、無明の闇あんはれ、生死 のながき夜すでに暁あかつきになりぬとしるべしとなり。  〔尊号真像銘文 p.673〕  とあるように、「暁」は夜の闇を破る朝の光のことで、われわれの煩悩の闇を破る様相を譬えた ものである。  「帰命」については三義ある。  ① 勅ちょく命めい(信心の体ものがら) 如来の側 安心  帰命の三義  ②信心(信心の相すがた) 衆生の側 ぎょう行儀ぎ  ③礼らい拝はい ① 帰命は本願 招しょう喚かんの勅ちょく命めいなり〔行巻 p.170〕 ② 帰命と申すは如来の勅命にしたがふこころなり〔尊銘 p.651〕   帰命はすなはち釈迦・弥陀の二尊の勅命にしたがひて召めしにかなふと申すことばなり〔p.655〕 ③ 〈帰命〉はすなはちこれ礼らい拝はい門もんなり〔論註 p.52〕  「真実明」について、古写本の左訓に「しんといふは、いつわり、へつらわぬを、しんといふ。 じちといふは、かならず、もののみとなるをいふなり」とある。「み(実)」とは、「真実の利り益やく」 となることをいう。

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(5) 解脱の光輪きはもなし  光触かぶるものはみな  有無をはなるとのべたまふ  平等覚に帰命せよ  束そく縛ばくから解とき放ってくださる如来の光明は、いつの時代にも、 どんなところでもはたらいてくださっている。この光明に触れる ものは、有れば有るで苦しみ、無ければ無いといって悲しむこと から解放されると、『讃阿弥陀仏偈』には述べられている。私た ちに平等をさとらせてくださる阿弥陀仏に帰命したてまつれ。 『讃阿弥陀仏偈』 解げ脱だつの光輪限げん斉さいなし。ゆゑに仏をまた無辺光と号なづけたてまつる。 光触を蒙こふむるもの有無を離る。このゆゑに平等覚を稽けい首しゅしたてまつる。 〔七祖 p.361〕  「解脱」について、古写本の左訓に「げだちといふは、さとりをひらき、ほとけになるをいふ。 われらがあくごふ、ぼむなうを、あみだの、おむひかりにて、くだくといふこころなり」とある。 また解脱は名づけて虚こ無むといふ。虚無はすなはちこれ解脱なり、解脱はすなはちこれ如にょ来らいなり、 如来はすなはちこれ虚無なり、非ひ作さの所しょ作さなり。{乃至}真しん解げ脱だつは不ふしょう生不ふ滅めつなり、このゆゑに 解脱はすなはちこれ如来なり。如来またしかなり。不生不滅、不老不死、不破は不壊えにして有う 為いの法にあらず。この義をもつてのゆゑに、名づけて如来 入にゅう大涅槃といふ。{乃至}また解脱 は無むじょう上上じょうと名づく。{乃至}無上上はすなはち真解脱なり、真解脱はすなはちこれ如来なり。 〔涅槃経→真仏土 p.342〕  「光触」とは、仏光に触れることであるが、阿弥陀如来の用ゆう(はたらき)に触れることであり、 それに触れれば、みな心中の偏へん見けん(有見・無見)をはなれる。  「平等」というのは、仏の智慧の一つで、人間は我が他た彼ぴ此しと区別しなくては生きられないが、仏 はそのような区分はない。唯識では、仏の四智として「大だい円えんきょう鏡智ち」「平びょう等どうしょう性智ち」「妙みょう観かん察ざつ智ち」「成じょう 所 しょ 作さ智ち」とあり、その一つである。光明が無辺光であるということは、如来からの距離が近い者に も、遠い者にも光が平等に届くという意味がこめられている。  「平等覚」とは、阿弥陀如来のことである。阿弥陀如来は、その平等性の智慧によって、我々を 差別なくすくい取ると願を起こし、それを廻向された我々も、その智慧の光にふれて、何かに執着 する心がなくなるという功徳を得ることができる。  また、偏見は、辺見とも同義であり、こちらは「断見・常見」のことであり、人は死後なにも遺のこ らない・死後も存在し続ける、という「二辺」を言うが、これも無辺光に触れることで離れること ができる。

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(6) 光雲無碍如虚空  一切の有碍にさはりなし  光沢かぶらぬものぞなき  難思議を帰命せよ  如来の光明は、雲のように遍あまねくゆきわたって、法雨をそそぎ、衆 生を利益してくださり、妨さまたげるものはない。それは大空のように、 現象世界のどのようなものも、この光明のはたらきの障しょう礙げとなるも のはなく、光明の潤うるおいを蒙こうむらないものはない。不可思議な光明の如 来である阿弥陀如来に帰命させていただこう。 『讃阿弥陀仏偈』   光雲は無む礙げにして虚こ空くうの如し。故に仏をまた無む礙げ光こうと号なづけたてまつる。   一切の有う礙げは光こう沢たくを蒙こふむる。是この故に難なん思じ議ぎを頂ちょう礼らいしたてまつる。   〔七祖 p.29〕  「光雲無礙如虚空」の左訓に「光ひかり、雲くもの如ごとくして、さはり無きこと虚こ空くうの如ごとし」とある。この部分は、 『讃阿弥陀仏偈』を原文のまま写したものである。 この光明は十方世界を照らしたまふに障しょう礙げあることなし。 よく十方衆生の無明の黒こく闇あんを除く こと、日・月・珠しゅ光こうのただ空くう穴けつのなかの闇やみをのみ破するがごときにはあらず。  〔論註 p.103〕 無碍と申すは、煩悩悪業にさへられず、やぶられぬをいふなり。 〔一多証文 p.690〕 ここに愚禿釈の親鸞、諸仏如来の真説に信順して、論家・釈家の宗義を披閲す。広く三経の 光沢を蒙りて、ことに一心の華文を開く。  〔信巻序 p.209〕  このように、阿弥陀如来の光明はなにものにも邪魔されることなく、すべての人に届くことを讃 歎している。  また、別の左訓には「光沢」について、「ひかりにあたるゆゑに智慧の出でくるなり」とある。すると、 阿弥陀如来の智慧の光が廻向されることによって、我々にも智慧が出てくる。つまり、成仏するこ ととなることを明かしている。  さらに、「難思議」については、 『華け厳ごん経きょう』の恵けい林りん菩薩の讃さん仏ぶつの偈にのたまはく、   「自じ在ざい神じん通づう力りきは、無量にして難思議なり。   来らいもなくまた去こもなくして、法を説きて衆生を度したまふ」と。 〔往生要集 中 p.983〕 と『往おうじょう生要よう集しゅう』(源げん信しん)にあるように、仏の力を讃歎する言葉である。異本の左訓には「心の及ば ぬによりて難思議といふ」とあるから、私たちには考えられないことを讃歎している言葉である。  異本では、「難思議を帰命せよ」が「難思議に0帰命せよ」となっている。前者だと帰命の対象になっ て自力が感じられるが、後者だと受動態の目的となり、受動態を使って尊敬をあらわしている。

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(7) しょう清じょう浄光こう明みょうならびなし  遇ぐ斯し光こうのゆゑなれば  一切の業ごっ繋けものぞこりぬ  畢ひっきょう竟依えを帰命せよ  一切の煩悩をはなれた、清らかなさとりより放たれる阿弥陀如 来の光明が、諸仏の光明にすぐれていることは、他にくらべるも のがない。この光明にお遇あいするゆえ、迷いの世界に繋つなぎとめる 煩 ぼん 悩 のう 悪 あく 業 ごう は、すべてみな除のぞかれてしまう。究きゅう極きょくのよりどころであ る阿弥陀如来に帰命したてまつれ。 『讃阿弥陀仏偈』 清浄の光明は対ならぶものあることなし。ゆゑに仏をまた、無む対たい光こうと号なづけたてまつる。 この光に遇あふもの業ごっ繋けより除のぞこる。このゆゑに畢ひっきょう竟依えを稽けい首しゅしたてまつる。  〔七祖 p.184〕  「清浄光明」に高田本の左訓では「貪欲の罪を消けさん料れうに清浄光明といふなり」とある。この「料れう」は、 料 りょう 簡 けん とか、ものをおしはかるという意味で、我々の貪とん欲よくの罪を消すために清浄光明という。  「遇斯光」は、遇もうあふということが大事になってくる。この「遇」を「偶然」と混同することが多いが、 「まう‐あふ」と読めば、「まう」は「既に」とか「やがて」という副詞と解釈されるので、出会う ことが確約されていることを意味している。御開山独特の読み方であると思われる。  この光とは阿弥陀如来そのもののことで、遇もうあふとは、本願力にであうこと、信じることをいう。 「遇」はまうあふ 0 0 0 0 といふ、まうあふと申すは本願力を信ずるなり。   〔一多文意 p.691〕 恒 ごう 沙 じゃ の善ぜん根ごんを修しゅせしによりて、いま願力にまうあふ 0 0 0 0 ことを得たり。他力の三信心をえたらんひ とは、ゆめゆめ余よの善根をそしり、余の仏ぶつ聖しょうをいやしうすることなかれとなり。〔唯信文 p.713〕  「業ごっ繋け」とは、文明本に「罪の縄に縛らるゝなり」とあり、高田本では「業ごうにつながる」とある。「繋 縛」という言葉は、解脱の反対語で、心が煩悩につながれ、しばられていることをいう。 或ひは無む漏ろ智ちに亦また解げ脱だつと名なづく。繋け縛ばくを離はなるるが故に。此の三さん門もんに因よりて淨じょう土どに入るが故に。 〔法苑義林章 T45, 374b〕  「畢竟依」について、高田本の左訓には「法身のさとり残るところなく極きはまり給たまひたりといふこ ころなり」とある。つまり、最後の依り処という意味である。  業繋が除かれるということは、業報がなくなってしまうということではなく、それに縛られなく なるということである。つまり、業報があるままで、なにものにも縛られずこの世に生きてよし、 死んでよしと自由に生きられるのは、最後の依り処、つまり畢竟依である。  この畢竟依に「帰命」するから、高田本の左訓に「依よる 召めしにしたがふ」とある。阿弥陀如来 から、よりかかれ、必ず救うから、間違いなく浄土に来いよ、というお召しにしたがうのみである、 というのである。

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(8) 仏ぶっ光こうしょう照曜よう最さい第だい一いち  光こう炎えん王のう仏ぶつとなづけたり  三さん塗ずの黒こく闇あんひらくなり  大だい応おう供ぐを帰命せよ  阿弥陀如来の光明の輝きのすぐれていることは、とても諸仏 の光明の及およぶところではない。それで光炎王仏と申し上げる。 それで、たとえ三さん悪まく道どうの黒こく闇あんの中にある衆生でも、この光明に あう者は、やがて往生を得ることができる。このような素晴ら しい徳のある、大応供とも讃えられる阿弥陀如来に帰命したて まつれ。 『讃阿弥陀仏偈』 仏光の照しょう曜ようすることは、最第一なり。ゆゑに仏をまた光炎王と号なづけたてまつる。 三塗の黒闇は光こう啓けいを蒙こうむる。このゆゑに大応供を頂ちょう礼らいしたてまつる。   〔七祖 p.162〕  高田本では「仏光照耀1」となっている。これに顕智本では「照らし輝くこと」と左訓が付けられ ている。  「最第一」に、高田本では「最は殊に最もっとも優すぐれたりといふこころなり」と左訓が付けられている。  「三さん塗ず」とは、「三途」とも書き、地獄・餓鬼・畜生の三悪道のことをいう。地獄は火に焼かれる から「火か途ず」、畜生は互いに食い合うから「血けち途ず」、餓鬼は刀で責められるから「刀とう途ず」といい、火か 血 けつ 刀 とう の三途という。  三悪道に堕ちていても、如来の光明にあえば、その苦しみからのがれて、ついには浄土に生まれ ることができる。『無量寿経』に それ衆生ありて、この光に遇あふものは、三さん垢く消滅し、身意 柔にゅう軟なんなり。歓喜踊ゆ躍やくして善心生ず。 もし三塗の勤ごん苦くの処にありて、この光明を見たてまつれば、みな休く息そくを得てまた苦悩なし。寿いのち 終りてののちに、みな解脱を蒙こうむる。   〔大経 p.30〕 とある。  「大応供」には、高田本に「一切衆生の供く養ようを受けましますに、応こたえ給たまふによりて大応供といふ」 と左訓がついている。「応供」とは、サンスクリット語(梵語)では「arhat」であり、阿あ羅ら漢かんのこ とであるが、仏の十号(如来・応供・等正覚・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・) の一つとして挙げられているように、如来を指す言葉である。今は、その如来の中の第一なので「大 応供」と讃歎している。 平成23年5月25日 次回 6月22日予定

(13)

(9) 道光明朗超絶せり  清浄光仏とまうすなり  ひとたび光照かぶるもの  業垢をのぞき解脱をう  阿弥陀如来の道(さとり)によって放たれる光は、他のいか なる光よりも格段に超え勝すぐれて明るく清く透とう徹てつしている。だか ら、阿弥陀如来を清浄光仏と申し上げるのである。ひとたびこ の光に照らされた者は、悪業煩悩と、それによって作り出され たさまざまの垢けがれ(罪)が消え除かれ、解げ脱だつ(さとり)を得る のである。 『讃阿弥陀仏偈』 道光明朗にして、色超絶したまへり。ゆゑに仏をまた清浄光と号なづけたてまつる。 一たび光照を蒙こふむれば、罪ざい垢く除のぞこりてみな解脱を得う。ゆゑに頂ちょう礼らいしたてまつる。 【左訓】 道光明朗超絶‥‥〔朗〕ほがらかなり反、〔絶〕たえたり反、たえたりといふは勝れたるによりて 申すなり。道光明朗超絶といふは阿弥陀如来なり《高田本》 業垢をのぞき解脱をう‥‥悪業煩悩をも除き解脱をも得。解脱といふは仏果に至り、ほとけになる をいふ。《高田本》  清浄光とは、衆生の煩悩を除いて清らかにしてくださる弥陀の働きをあらわしている。これにつ づく「清浄光・歓喜光・智慧光」の3光によって衆生往生の因である信心が得られる。この3光の 関係に、種々の見方がある。 (1) 清浄光は貪とん欲よく、歓喜光は瞋しん恚に、智慧光は愚ぐ痴ちの三毒を対治する。 (2) 3光を、本願の三信である「至し心しん・信しん楽ぎょう・欲よく生しょう」に当てる。 (3) 3光を体・相・用ゆうに当て、智慧光は仏智を信ずる信心の体、歓喜光は往生が定まったことを 喜ぶ信心の相、清浄光は往生を決定する信心の用と見る。  歓喜光・智慧光を後にして、信心の用である清浄光を先に讃えられたのは、罪はどれほどあろう とも、煩悩の縄を断ち切って、さとりを得させて下さる用(はたらき)の大きさを知らせるためで ある。  「ひとたび」とは、一念帰命のことである。『御文章』に「ひとたびもほとけをたのむこころこそ  まことののりにかなふみちなれ」〔p.1167〕とあるのがこれである。  4行目は、現当 両りょう益やくについて言う。「業垢を除く」とは現益、「解脱を得」は当益である。よって、 後の2句は、宿縁開発の行者の一念の信心を決定して光明に照らされた時、法の徳として悪業煩悩 を一時に消滅して、いのち終われば浄土に往生して、涅槃のさとりを得るということである。

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(10) 慈光はるかにかぶらしめ  ひかりのいたるところには  法喜をうとぞのべたまふ  大安慰を帰命せよ  はるか西方の極楽浄土から到達している、み仏の慈悲の光を 身に受けた人は、法を知った者のみに感じられる喜びを得るこ とができる、とお述べになっている。私たちにとって、大きな 安らぎであり慰めである阿弥陀如来に帰命しよう。 『讃阿弥陀仏偈』 慈光はるかに被かむらしめ、安あん楽らくを施ほどこしたまふ。ゆゑに仏をまた歓喜光と号なづけたてまつる。 光の至るところの処法ほう喜きを得う。大安あん慰にを稽けい首しゅし頂ちょう礼らいしたてまつる。 【左訓】 慈光‥‥あはれむ光。慈は父の慈悲に譬ふるなり《高田本》 法喜‥‥よろこび反、歓喜光仏、法喜といふ。これは貪とん欲よく、瞋しん恚に、愚痴の闇を消さん料なり《高田本》 大安慰‥‥大安慰は弥陀の御み名ななり。一切衆生のよろづの歎なげき、憂うれえ、悪きことをみな失ふて安く やすからしむ《高田本》  「法喜」というのは、「dharma_pr]ti」という原語で、仏の教えを聞いて得られる喜びをいう。 菩薩は法喜を妻とし,慈悲を娘とする      〔維摩経 T14 p.549c〕  「安慰」ということばは、慈悲のはたらきとして、釈尊も使っている。 昔は未だ法を聞かざる所なり。今、皆な當まさに聞くことを得るべし。我れ今、汝をあん慰いす。懷かい疑ぎ して懼おそれを得ること勿なかれ。       〔添品妙法蓮華経 T9, p.175b〕  ここでは安慰を与えてくれ、さらに信心歓喜を与えてくれる歓喜光を讃えている訳で、 あらゆる衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと乃至一念せん。      〔大経 p.41〕 や、 それ衆生ありて、この光に遇ふものは、三垢消滅し、身意柔軟なり。歓喜踊躍して善心生ず。 〔大経 p.29〕 にあるように、信一念に苦悩の世界を超えて、さとりを得べき身とさせていただく喜びを歎じている。

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(11) 無明の闇を破するゆゑ  智慧光仏となづけたり  一切諸仏三乗衆  ともに嘆誉したまへり  私たちは愚かで、暗闇の中にいる。その暗闇をうち破り、明す なわち智慧を与えてくださる光そのものであるから、阿弥陀如来 を智慧光仏と申し上げるのである。  だから、阿弥陀如来は、他のすべての仏や菩薩などから、ほめ 讃えられているのである。 『讃阿弥陀仏偈』 仏光よく無明の闇を破す。ゆゑに仏をまた智慧光と号なづけたてまつる。 一切諸仏・三さんじょう乗衆しゅ、ことごとくともに歎たん誉よしたまへり。ゆゑに稽けい首しゅしたてまつる。 【左訓】 智慧光仏‥‥一切の諸仏の智慧を集めたまへる故に智慧光と申す。一切諸仏の仏になり給ふことは この阿弥陀の智慧にてなりたまふなり《高田本》 三乗‥‥声聞・縁覚・菩薩、これを三乗といふなり《高田本》  「無明」というとこばは、「avidyq」が原語であり、「vidyq」は knowledge, learning などいう意味 で、それに否定辞「a_」がついて、無知、愚行、幻覚という意味となる。御開山は、無明を二つの 意味で使っている。 「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、 ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまでとどまらず  〔一多証文 p.693〕 これは、凡夫にはものをありのままに見る仏の智慧がない、という意味で使っている。 (38)尽十方の無碍光は 無明のやみをてらしつつ 一念歓喜するひとを かならず滅度にい たらしむ      〔高僧和讃 p.585〕 こちらは、本願を疑う心を意味している。  光明が智慧の相をあらわしているのは、 仏の光明はこれ智慧の相なり。この光明は十方世界を照らしたまふに障しょう礙げあることなし。 よ く十方衆生の無む明みょうの黒こく闇あんを除くこと、日・月・珠しゅ光こうのただ空くう穴けつのなかの闇やみをのみ破するがご ときにはあらず。       〔論註 p.103〕 と曇鸞さまは『論註』で説いてくださっている。この阿弥陀如来の智慧によって、すべての凡夫を も浄土にすくい取って、仏にしなくてはならないという慈悲が起こり、我々に廻向してくださって いる。

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(12) 光明てらしてたえざれば  不断光仏となづけたり  聞光力のゆゑなれば  心不断にて往生す  阿弥陀如来の光は断(途絶)えることが無い。だから不断光 仏と名づけたのである。  私たちはたえず阿弥陀如来の光明(救い)の力を聞く(感じ る、信じる)ことによって、つねにみ仏のことを思いつつ、阿 弥陀如来の浄土に往生するのである。 『讃阿弥陀仏偈』 光明一切の時にあまねく照らす。ゆゑに仏をまた不断光と号なづけたてまつる。 光 こう 力 りき を聞くがゆゑに、心断たえずしてみな往生を得う。ゆゑに頂ちょう礼らいしたてまつる。 【左訓】 聞光力‥‥聞といふは聞くといふ。聞くといふはこの法を聞きて信じて常に絶えぬ心なり《高田本》    ‥‥弥陀の御ちかいを信じまゐらするなり《古写本》 心不断‥‥弥陀の誓願を信ぜる心絶えずして往生すとなり《本願寺本》    ‥‥たえず。菩提心の絶えぬによりて不断といふ《高田本》  清浄光・歓喜光・智慧光の3光が、他力の信心をおこさせる徳を嘆じたご和讃であったのが、不 断光は他力の信心を相続させる徳を嘆じたものである。  「聞光力」とは、光明の力を聞くということで、『大経』に もし衆生ありて、その光明の威神功徳を聞きて、日夜に称説して至心不断なれば、意の所願 に随ひて、その国に生ずることを得て、もろもろの菩薩・声聞・大衆のために、ともに歎誉 してその功徳を称せられん。      〔大経 p.30〕 とあることから言われ、名号にこめられている阿弥陀如来の誓願力を聞くということである。ここ で、「聞く」ということは「信ずる」ことである。〔聞即信〕  続いて「心不断にて往生す」というのは、上の本願名号を信ずる信心が、憶念相続して断たえるこ とがないことを言っている。しかし、変わり易い凡夫の心が、なぜ憶念相続して間断がないと言え るのかというと、「聞光力のゆへなれば」と先に因を述べている。これによって、他力の行者は仏 の不断光力を信ずるから、ひとたび光力が我々の心に入れば、信心の体徳として、臨終のときまで 一刹那も断えることなく相続するのであると、味わっている。

(17)

(13) 仏光測量なきゆゑに  難思光仏となづけたり  諸仏は往生嘆じつつ  弥陀の功徳を称せしむ  み仏から放たれる光(智慧、慈悲)は、あまりに偉大で測り知 ることはできないから、阿弥陀如来を難思光仏と名づけたのであ る。だから、十方世界の諸仏は(阿弥陀如来の浄土への)往生を すばらしいと讃え、阿弥陀如来の(光明の)功徳(力)を称揚さ れるのである。 『讃阿弥陀仏偈』 その光仏を除きてはよく測るものなし。ゆゑに仏をまた難思議と号けたてまつる。 十方諸仏往生を歎じ、その功徳を称したまへり。ゆゑに稽首したてまつる。 【左訓】 測量‥‥はかり反、はるかにきわ無し。測ははからいのきわ無きをいふ。量は数を知るをいふなり 《高田本》 難思光‥‥すべての心の及ばぬにて難思光といふなり《高田本》 称‥‥しょう反、はかり反、よむ反、となう反《高田本》  この一首は、心に思い測ることができない「難思光」であることを讃嘆され、次の一首は、口で 称 しょう 説 ぜつ し、説き表わすことができない「無称光」の徳を讃嘆する。この一首は、『無量寿経』「往覲偈」 如来の智慧海は、深じん広こうにして涯がい底たいなし。二乗の測はかるところにあらず。ただ仏のみ独りあきら かに了さとりたまへり。      〔大経 p.47〕 の意によって讃嘆されている。それに続く二行は、 もし衆生ありて、その光明の威い神じん功徳を聞きて、日夜に称しょう説ぜつして至心不断なれば、意の所願 に随しだがひて、その国に生ずることを得て、もろもろの菩薩・声聞・大衆のために、ともに歎たん誉よ してその功徳を称しょうせられん。      〔大経 p.30〕 とあるものに因っている。  ただ、大経では、浄土の大衆が、今往生した人の功徳を讃えているのに対して、『讃阿弥陀仏偈』 やこの和讃では、すでに往生を遂げている人々も、今往生した人も共々に阿弥陀如来の難思光の功 徳によって往生したのだと、如来の功徳を讃嘆される。  この「称」は、称揚の意味である。「せしむ」には 2 つのいみがあり、一つは「人に何かをさせる」 という意味であり、今一つは「えしむけば」という形で「自らなす」という意味である。ここの「称 せしむ」というのは、諸仏自ら称揚したまう、ということである。

(18)

(14) 神光の離相をとかざれば  無称光仏となづけたり  因光成仏のひかりをば  諸仏の嘆ずるところなり  阿弥陀如来の威神力と光明は、姿や形を超越したものであり、 言葉で説明することができないから、無称光仏(述べることがで きない仏)と名づけたのである。(法蔵菩薩として)光明無量の 願をお立てになり、その願が成就して仏となられた。その光は殊 にすばらしく、諸仏が讃えるられるところである。 『讃阿弥陀仏偈』 神 じん 光 こう 、相を離れたれば、名づくべからず。ゆゑに仏をまた無称光と号なづけたてまつる。 光によりて成仏したまへば、光ひかり赫かく然ねんたり。諸仏の歎たんじたまふところなり。ゆゑに頂礼したて まつる。 【左訓】 神光‥‥無碍光仏の御形を言い開くこと無しとなり《本願寺本》   ‥‥神光といふは阿弥陀。すべて弥陀の形、説きあらわし難しとなり《高田本》 因光成仏‥‥光きは無からんと誓ひたまひて無碍光仏となりておはしますと知るべし《本願寺本》     ‥‥光(智慧)を因たねとして仏になりたまひたり《高田本》  この「神光」とは、『無量寿経』に 無量寿仏の威い神じん光明は、最尊第一なり。諸仏の光明、及ぶことあたはざるところなり。〔p.29〕 のことである。如来のさとりが「離相」というのに対して、我々の現実は、形あるものにとらわれ ている。このとらわれ・執著を離れたさとりを与えてくれるのが無称光仏である。  これは、如来の光明に因って、私が浄土への往生を遂げて仏と成り、阿弥陀如来と同じ光明を放 ち、その光明を諸仏が讃嘆されるのである、と詠われている。この部分は もし衆生ありて、その光明の威神功徳を聞きて‥‥仏道を得るときに至りて、あまねく十方 の諸仏・菩薩のために、その光明を歎ほめられんこと、またいまのごとくならん  〔大経 p.30〕 とあることに依っている。ところが左訓では、衆生の因光成仏を諸仏が嘆じているが、それは往生 成仏した者の功によるのではなく、その元をたずねて無称光のはたらきに依っているとしている。  また、「因光成仏」に2義ある。①光に因って成仏するとすれば、衆生成仏でみる。因は因由の 義である。②光明無量の願を因として成仏すると読めば、弥陀成仏とみる。この因は因位のことと なる。①でみれば、衆生が成仏して放つ光明を諸仏が嘆じ、②では阿弥陀如来の光明となる。 平成23年6月22日 次回7月27日予定

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(15) 光明月日に勝しょう過がして  超ちょう日にち月がっ光こうとなづけたり  釈しゃ迦か嘆たんじてなほつきず  無む等とう等どうを帰命せよ  阿弥陀如来から放たれる光明は、太陽や月よりも勝れている ので、超日月光と名づけられるのである。釈迦如来も、阿弥陀 如来の光明を、いくら讃えても讃えきれないと言われた。この 等しく並ぶものない大きな光明の仏(無等々)に帰依しましょ う。 【讃阿弥陀仏偈】  光明の照耀すること日月に過ぎたり。故に仏を超日月光と号けたてまつる。釈迦仏の歎じ たまふも尚尽きず。故に我は無等等を稽首したてまつる。   〔聖典七祖篇 p.186〕  「釈しゃ迦か嘆たんじてなほつきず」とは、『大経』上巻に、 無量寿仏の光明の威い神じん、巍ぎ巍ぎしゅ殊妙みょうなるを説かんに、昼夜一いっ劫こうすとも、なほいまだ尽つくすことあ たはじ  〔p.30〕 とあることを指している。  「無等等」には2義あって、1つは無等の等という意味で、 諸佛の餘よの衆生爾しかして彼に等しきに非ざる故。等は此れ彼の法ほっ身しんと等しき故  〔大 26 131c〕 とあり、諸仏のさとりが勝れており、衆生と比べることができないので無等と言い、諸仏のさとり は同一であるから後の等は平等一証であることを示しているとする。  今一つの意味は、 世間中に無等者有ること無し、故に比ぶべき無きの言。是れ六波羅蜜畢ひっきょう竟しょう清浄じょうにして過失あ ることなし。故に名づけて無比と為す。無比は即ち是无等等なり。  〔大 25 p.355a〕 とあって、無比と同じ意味であり、比類すべきものがないことをいう。このような2義で、無等等 とは諸仏の尊称として使われるが、ここでは阿弥陀如来の異名として用いている。  なお、『大阿弥陀経』には、 我れ仏と作なる時、我れの頂の中の光明絶妙にして、日月の明りに勝れること百千億万倍なり。 是の願を得ずして終に仏と作ならず。 〔大 12 p.329b〕 として、日月の明りに喩えることができないと説明している。

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(16) 弥陀初しょ会えの聖しょう衆じゅは  算さん数じゅのおよぶことぞなき  浄土をねがはんひとはみな  広こう大だい会えを帰命せよ 浄土における阿弥陀如来の最初の説法に集った聖なる人々の数は 無数だった。往生浄土を願う人はみな、広大会たる阿弥陀如来に 帰命すべきである。 【讃阿弥陀仏偈】   阿弥陀仏の初会の衆は、声聞・菩薩の数、無量なり。 神 じん 通 ずう 巧 こう 妙 みょう にして算かぞふることあたはず。このゆゑに広こう大だい会えを稽けい首しゅしたてまつる。 〔七祖 p.186〕 【左訓】 弥陀初会の‥‥ 弥陀の仏になりたまひしとき集まりたまひし聖衆の多きことなり〔本願寺本〕  はじめ反、集まりたまふ御 ( 弟 ?) 子といふ反。阿弥陀仏のほとけになりたまひ しときの御弟子の多くおはしますことなり〔国宝本〕 広大会 十方の衆生みな極楽にて仏になることを法身といふなり〔国宝本〕  ここまでの13首は、阿弥陀如来の仏徳を讃嘆したもので、これよりは菩薩聖衆の徳を讃嘆した ものである。この和讃は、『大経』上巻の かの仏の初会の声聞衆の数、称しょう計げすべからず。菩薩もまたしかなり。いまの大目犍連のごとき、 百千万億無量無数にして、阿あ僧そう祇ぎ那な由ゆ他た劫こうにおいて、乃至滅度までことごとくともに計け校きょうす とも、多少の数を究く了りょうすることあたはじ。  〔p.31〕 とある部分の讃となる。  さて、阿弥陀如来が正覚を得て初めて説法をした会座、つまり初会とは、一回目二回目という有 限の会座のことを言うのではない。「いま現にましまして法を説きたまふ」〔p.121〕と『阿弥陀経』 にあるように、我々凡夫が居るかぎり、限りなく法を説き続ける法ほっ身しんと見るのが正しい。  また、阿弥陀如来の初座であれば、まだ衆生は阿弥陀如来のことを知らないのだから、「算さん数じゅの およぶことぞなき」というのはどうしてなのか、と疑うこともあるが、これは逆に、阿弥陀如来は 法蔵菩薩であった因位の時に、我々の苦悩をすべて覩見して願を発されたとあるように、本願は我々 の苦悩が発させたものであるから、集まってくるのが当たり前であり、その有り様が「広大会」と 歎じられているのである。ここから、「広大会」を阿弥陀如来の別名と見ることもある。  この広大会に集う聖衆は、すでに浄土に往生した聖衆ばかりではなく、今信心をいただいている 衆生も、浄土の菩薩の一人であると、善導大師は 二には聖しょう衆じゅしょう荘厳ごん、すなはち現げんにかしこにある衆および十方法ほう界かい同どう生しょうのものこれなり。 〔玄義分 p.303〕 と『観経疏』で言っている。

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(17) 安あん楽らく無量の大菩薩  一生補ふ処しょにいたるなり  普ふ賢げんの徳に帰してこそ  穢国にかならず化けするなれ  阿弥陀如来の極楽世界におられる無数の大菩薩たちは、みな一 生補処の方々である。普賢菩薩の徳を尊そん敬きょうし、見習い、必ず娑しゃ婆ば 世界に還かえり生まれて、衆生を教化されるだろう。 【讃阿弥陀仏偈】 安楽の無量の摩ま訶か薩さつは、みなまさに一生にして仏ぶっ処しょを補おぎなふべし。   その本願の大弘ぐ誓ぜいをもつて、あまねくもろもろの衆生を度ど脱だつせんと欲ほっするを除く。 【左訓】 一生補処 極楽にまいりなば、弥陀の一の御おん弟子となる心なり。〔国宝本〕 普賢 我等衆生、極楽に参りなば、大慈大悲を起して十方に至りて衆生を利益するなり。仏の至極 の慈悲を普賢と申すなり。〔国宝本〕  この讃は、浄土の菩薩の還げん相そう回向の徳を詠じたものである。回向とは、曇鸞大師が『論註』に  「回向」に二種の相あり。一には往相、二には還相なり。「往相」とは、おのが功徳をもっ て一切衆生に回え施せして、ともにかの阿弥陀如来の安楽浄土に往生せんと作願するなり。 「還相」 とは、かの土に生じをはりて、奢しゃ摩ま他た・毘び婆ば舎しゃ那なを得、方便力成就すれば、生死の稠ちょう林りんに回え 入 にゅう して一切衆生を教化して、ともに仏道に向かふなり。もしは往、もしは還、みな衆生を抜 きて生死海を渡どせんがためなり。このゆゑに「回向を首となす。大悲心を成就することを得 んとするがゆゑなり」といへり。   〔論註 p.108〕 とあるように、浄土で仏となってからは、娑婆の衆生を教化して、一緒に仏道に向かうとある。回 入とは、『註釈版』では「かえり入ること」と註しているが、「かえる」という意味は「回」にはない。  この還相の徳を、普賢菩薩の徳としていることは、『高僧和讃』に (36) 還相の回向ととくことは 利他教化の果をえしめ すなはち諸有に回入して 普賢の徳 を修するなり    〔高僧和讃 p.584〕 とあり、国宝本に「普賢といふは仏の慈悲の極まりなり」と左訓にある。  一生補処とは、次の生涯には仏となることができるという意味である。この一生を過ぎれば仏処 に補されるというので、こう言う。他力の信心を得た人は、来世には必ず仏と成ることができるから、 一生補処といわれ、弥勒と同じといわれる。また、浄土へ往生して仏果 ( 仏のさとり ) を開いた者は、 一生補処の菩薩の位に住して、他方の衆生を教化利益するとされる。

(22)

(18) 十じっ方ぽう衆生のためにとて  如来の法ほう蔵ぞうあつめてぞ  本願弘誓に帰せしむる  大心海を帰命せよ  浄土の菩薩たちは十方衆生のために、仏の功徳の法を己おのが一身 に集めて身を高め、衆生をば阿弥陀如来の本願、すなわち弘誓に 帰入せしめる。菩薩方をして、そのような働きをさせる大心海で ある阿弥陀如来に帰命すべきである。 【讃阿弥陀仏偈】 仏の法蔵を集めて衆生のためにす。ゆゑにわれ大心海を頂礼したてまつる。 【左訓】 大心海 仏の御心広く深く、きわ、ほとり無き故に、阿弥陀おば大心海といふなり〔国宝本〕  第17首・第18首は、第22願の補処の菩薩の行徳を述べた部分である。第17首は、補処に ある普賢菩薩の徳を讃じ、ここでは仏の法蔵を集める徳を讃じている。法蔵を集めるというのは、 その本願の自在の所化、衆生のためのゆゑに、弘誓の鎧を被て、徳本を積累し、一切を度脱し、 諸仏の国に遊んで、菩薩の行を修し、十方の諸仏如来を供養し、恒沙無量の衆生を開化して 無上正真の道どうを立りゅうせしめん  〔p. 19〕 と第22願にあることをいう。「あつめてぞ」という表現は、「如来の甚深の法蔵を受持し」〔p. 7〕 を指しているから、還相の菩薩は、甚深の法蔵が南無阿弥陀仏と仕上がったものを受持して、衆生 を第18願の本願弘誓に帰入させようとする。  「本願」に①因本の義、②根本の義の2義がある。①は、因位の願であるから本願といい、果徳 に対していう。この場合、本願とは48願すべてを指す。②は、それに対して第18願のみを指す。 第18願は王本願と呼ばれて、他の47願はすべてこの第18願から開かれたものである。  この讃では、②の根本の義である。つまり、すべての衆生を安楽浄土に掬すくいとって、仏とさせな くてはおかないという因願であり、その本願に帰入させようというものである。

(23)

(19) 観音・勢至もろともに  慈光世界を照しょう曜ようし  有う縁えんの度どしてしばらくも  休く息そくあることなかりけり  阿弥陀如来の脇侍である観世音菩薩や大勢至菩薩は、共々に慈 悲の光をもって三千大千世界を照らし、有縁の衆生を済さい度どして、 しばらくの間も休や す息まれることがない。 【讃阿弥陀仏偈】 また観世音・大勢至は、もろもろの聖しょう衆じゅにおいて最第一なり。 慈光大千界を照しょう曜ようし、仏の左右に侍じして神じん儀ぎを顕あらわす。 もろもろの有縁を度どしてしばらくも息やすまざること、大海の潮うしおの時を失せざるがごとし。  この讃は、阿弥陀如来の脇わき侍じである観かん世ぜ音おん菩薩・大だい勢せい至し菩薩の衆生摂化を讃嘆したものである。  観世音菩薩は、「Avalokite1vara」の翻訳で、ava(遍あまねく)+lokita(見る、見た)+]1vara(自在者) という語の合成語で、新訳では「観自在菩薩」となっている。  観世音菩薩は、衆生の苦悩を自在に観ずることができる菩薩であり、大悲摂化の菩薩として働く。 つまり、仏の手足として働く菩薩であるとも言えるし、阿弥陀仏そのもののはたらきの大悲の部分 を象徴しているとも見ることができる。  それに対して、大勢至菩薩は、「Mahq_sthqma_prqpta」の翻訳で、大精進・得大勢とも漢訳される。 意味的には、仏智の勢いがあらゆるところに至る、という意味であるとされている。  このように、大勢至菩薩は阿弥陀如来の「智慧」の象徴であり、観世音菩薩は阿弥陀如来の「慈 悲」の象徴とされている。 南無阿弥陀仏は智慧の名号なれば、この不可思議光仏の御みなを信受して憶おく念ねんすれば観音・勢 至はかならずかげのかたちにそへるがごとくなり。この無む碍げ光こう仏ぶつは観音とあらはれ勢至とし めす。ある経には、観音を宝ほう応おうしょう声菩薩となづけて日にっ天てん子しとしめす、これは無明の黒闇をはら はしむ、勢至を宝ほう吉きっしょう祥菩薩となづけて月がっ天てん子しとあらはる、生死の長じょう夜やを照らして智慧をひら かしめんとなり。   〔唯信鈔文意 p.701〕  阿弥陀如来とこの菩薩のはたらきに休息がないことを、曇鸞大師は 仏(阿弥陀仏)、もろもろの菩薩のために、つねにこの法輪を転ず。諸大菩薩もまたよくこの 法 輪をもつて一切を開導すること、暫ざん時じも休く息そくすることなし。ゆゑに「常転」といふ。法身 は日のごとくして、応化身の光もろもろの世界に遍するなり。   〔論註 p.137〕 と説明している。

(24)

(20) 安楽浄土にいたるひと  五濁悪世にかへりては  釈迦牟尼仏のごとくにて  利益衆生はきはもなし  阿弥陀如来の極楽浄土に往生した人は、還相回向の働きとして 私たちの住むこの五濁の悪世に還って来て、お釈迦さまと同じよ うに、私たち衆生の幸せのために、限りなく働いていてくださる のである。 【讃阿弥陀仏偈】 それ衆生ありて安あん楽らくに生ずれば、ことごとく三十有う二相を具す。 他方の五ご濁じょくの世に生じて、示じ現げんして同じく大だい牟む尼に(釈尊)のごとくなるを除く。 安楽国に生じて大だい利りを成ず。このゆゑに心を至して頭ず面めんをもつて礼したてまつる。  第19首はすでにはたらいている菩薩を讃嘆しているが、ここでは新しく浄土に往生する菩薩の 徳を讃嘆する。  ここで、この世を五ごじょく濁悪世と親鸞聖人は嘆じておられる。五濁とは、劫こう濁・見けん濁・煩ぼん悩のう濁・衆しゅじょう生濁・ 命 みょう 濁の5つである。ただし、「濁じょく」には必ずしも悪の意味があるわけではない。基本的には「みず からにとって自己が曖あい昧まいになる」ということである。  これを善導大師は次のように解釈している。 「劫濁」といふは、しかるに劫は実にこれ濁にあらず、劫減げんずる時に当りて諸悪加増す。「見濁」 といふは、自身の衆しゅ悪は総じて変じて善となし、他の上に非ひなきをば見て是ならずとなす。「煩 悩濁」といふは、当今の劫末の衆生悪性にして親しみがたし。六根に随対して貪とん瞋じん競きそひ起る。「衆 生濁」といふは、劫もしはじめて成ずる時は衆生 純じゅん善ぜんなり、劫もし末すえなる時は衆生の十じゅう悪あくい よいよ盛りなり。「命濁」といふは、前の見・悩の二濁によりて多く殺せつ害がいを行じて、慈いつくしみ恩 養することなし。すでに断だん命みょうの苦因を行じ、長年の果を受けんと欲するも、なにによりてか 得べき。    〔観経疏 pp.392-3〕 命濁にはもう一つ、つねに疎外感を持って生きているという意味がある。現にしていながら、心は そこから逃げ出している。心は逃げ出しているが、やはりせずにいられない。そういう行為と心と の食い違いである。自分を失っていく姿を命濁と押さえている。つまり、五濁悪世というのは、方 向としては善に向いていながら、悪をなさなくては生きていけないという人間の姿を指し示してい るとも言える。 平成23年7月27日 次回 8月31日予定

(25)

(21) 神じん力りき自じ在ざいなることは  測しき量りょうすべきことぞなき  不思議の徳とくをあつめたり  無むじょう上尊そんを帰き命みょうせよ  (浄土の菩薩は)神通力を持ち、何ごとにつけても自由自在 であり、その力は測は か量ることはできない。(その徳の根源である) さまざまな不思議な徳を集めもっておられる。無上尊(阿弥陀 如来)に帰命しましょう。 【讃阿弥陀仏偈】 神力自在にして測はかるべからず。ゆゑにわれ無上道を頂ちょう礼らいしたて まつる。 かくのごとき功徳辺へん量りょうなし。このゆゑに心を至いたして頭ず面めんをもつて礼らいしたてまつる。  浄土の菩薩たちが神通力が自在に使えることは、『無量寿経』の四十八願の第23願に たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩、仏の神力を承 う けて、諸仏を供 く 養 よう し、一 いち 食 じき のあひだ にあまねく無む数しゅ無むりょう量那な由ゆ他たの諸仏の国に至ることあたはずは、正覚を取らじ。 〔大経 p.19〕 とあるところから出てくる。神通力とは「神じん足そく通は以下の五つの神通に含まれないさまざまな超能 力の総称。たとえば飛行・変身。天てん眼げん通は衆生の転生の状態を知る能力。または、あらゆるものを 見通す能力。天てん耳に通はあらゆる音を聴く能力。他心通は他人の考えていることを知る能力。宿しゅくみょう命 通は過去世の生存の状態を思い出す能力。漏ろ尽じん通は自己の煩ぼん悩のうが尽きたことを知る能力。」の6神 通を指すのが普通である。  この浄土の菩薩たちには4種の功徳があると『浄土論註』には説かれている。 ①不動而至功徳 本 ほん 処 しょ を動ぜずしてあまねく十方に至りて種々に応おう化けして、如にょ実じつに修行してつねに仏事をなさ ん ②一念遍至功徳 一念の時のあひだにおいて、あまねく十方に至りて種々の仏事をなさん ③無相供養功徳 あまねく十方の一切諸仏の大 だい 会 え の処 しょ 所 しょ に至りて、天の楽・天の華・天の衣・天の香を雨 ふ らして、 巧妙の弁辞をもつて諸仏の功徳を供養し讃嘆せん ④示法如仏功徳 慈悲勇ゆうみょう猛堅けん固ごの志し願がんありて、よく清浄の土を捨て、他方の仏法僧なき処に至りて、仏法僧の 宝 ほう を住持し荘厳して示すこと、仏のましますがごとくし、仏種をして処々に断えざらしめん

(26)

(22) 安楽声聞・菩薩衆  人・天智慧ほがらかに  身相荘厳みなおなじ  他方に順じて名をつらぬ  極楽世界にまします声聞や菩薩がた、神々などの聖衆たちの智 慧は、何ごとも見通しておられる。姿・形のすばらしさも、みな 同じである。ただ、他の世界になぞらえて、菩薩・人・天などと さまざまに申し上げているばかりである。 【讃阿弥陀仏偈】  安楽の声聞・菩薩衆、人天、智慧ことごとく洞どう達だつせり。  身しん相そうの荘しょう厳ごん殊しゅ異いなし。ただ他方に順ずるがゆゑに名を列つらぬ。  ここでは、浄土に声聞や菩薩、人間や天人などさまざまな人がいるが、浄土に往生した者のさと りはすべて平等であることを説いている。これは『無量寿経』の かの仏国土は、清浄安穏にして微妙快け楽らくなり。無む為い泥ない洹おんの道に次ちかし。 そのもろもろの声 聞・菩薩・天・人は、智慧高明にして神通洞どう達だつせり。ことごとく同じく一いち類るいにして、形に異状なし。 ただ余方に因いん順じゅんするがゆゑに、天人の名あり。   〔 大 経 p.37〕 この部分を詠われた部分である。  このご和讃で「智慧ほがらか0 0 0 0に」とあるのは、「智慧高明にして神通洞どう達だつせり」を讃嘆している 部分であり、『日本霊異記』に「心 廓ほがらかに融かよひ達いたる」とあるなど、事理に通じて明らかなことを指し ているととるべきであろう。  ここから、浄土に往生した者は、同じさとりを得ることができて、『無量寿経』に それ衆生ありてかの国に生るるものは、みなことごとく三十二相を具ぐ足そくす。  〔大経 p.48〕 とあるように、姿かたちも阿弥陀仏と同じ姿かたちをしているというのである。  それなのに、「他方に順じて名をつらぬ」として阿弥陀仏の浄土に、声聞衆などがいることにつ いて、曇鸞大師は これ他方の声聞来らい生しょうせるを、本もとの名によるがゆゑに称しょうして声聞となす。    〔論註 p.75〕 と浄土に往生する前に声聞だった人を声聞といっており、浄土に声聞がいるわけではないとしてい る。  このように、浄土にいる人は、阿弥陀如来の本願力ひとつで往生させていただいたのであるから、 おなじ一味のさとりを得させていただく世界であると味わっておられる。

(27)

(23) 顔げん容よう端たん正じょうたぐひなし  精しょう微みみょう妙躯く非人天  虚こ無む之し身しん無む極ごく体たい  平びょう等どう力りきを帰命せよ  (浄土の菩薩や聖衆の)容貌の端正なることは類たぐいがない。得 も言われぬ美しい体たい躯くは、人に非ず、神に非ず。体たいは形を超越し て極まりがない。(そのような浄土の主である)無差別平等の仏 である阿弥陀仏に帰依したてまつれ。 【讃阿弥陀仏偈】 顔容端正にして比ぶべきなし。精微妙躯にして人天にあらず。 虚無の身無極の体なり。このゆゑに平等力を頂礼したてまつる。 【左訓】 精微妙躯‥‥妙なる躯なり、人にあらず天にあらず〔本願寺本〕 虚無之身‥‥法身如来なり〔本願寺本〕     ‥‥虚無の身といふは、きわもなき法身の体なり〔国宝本〕  「顔容端正たぐひなし 精微妙躯非人天」とは、『無量寿経』に 顔 げん 貌 みょう 端 たん 正 じょう にして超ちょう世せ希け有うなり。容よう色しき微み妙みょうにして、天にあらず、人にあらず。みな自じ然ねん虚こ無むの 身 しん 、無む極ごくの体たいを受けたり 〔大経 p.37〕 とあることから、浄土の人たちは顔形や容姿が端正で整っており、とてもこの世のものと比べるこ とができないと讃えている。  さらに、「虚こ無む之し身しん無む極ごく体たい」とは、高田本に「虚無の身といふは、きわもなき法身の体なり」と 左訓がされているように、虚無も無極もさとりの別名である。法身の体というのは、色もなく形も なく、こころも言葉も及ばない「真しん如にょ法ほっ性しょうの理りを体たいとした仏ぶっ身しん」のことを指す。そのため、 「無む為い法ほっ身しん」とは法ほっしょう性身しんなり。法性は寂じゃく滅めつなるがゆゑに、法身は無む相そうなり。無相のゆゑによ く相そうならざるはなし。   〔論註 p.140〕 と『浄土論註』にあるように、無相だから、機に応じて相をあらわすという。その素晴らしさを讃 えたのがこのご和讃である。  法性の阿弥陀如来から廻向された本願であるから、平等であるので「平等力」といい、それが阿 弥陀如来のはたらき(用)である。

参照

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