奈良国立文化財研究所が
,平
城宮跡の継続的な発掘調査 を開始 し て以来,本
年で満30年をむかえ る。 その間,平
城宮跡 と不可分 の関 係 にあ る平城京域 について も,特
に重要 と思われ る箇所 については 鋭意調査 を進 めて きた。 その うち左京三条一坊 の国道24号バ イパス 計画地,左
京三条二坊 の市庁舎予定地 での貴族の邸宅跡,お
なじく 左京三条二坊 の宮跡庭園等の調査 は,比
較的大面積 を発掘 した例であ る。 これ らについては
,既
に挙報 としてその成果の刊行 を果 して お り,最
近 の調査で話題 を呼んだ長屋王邸跡 について も,本
簡等遺 物 の整理 を早急に進 め,全
貌の公表がで きるよう努力 してい る。この学報 は
,昭
和60年か ら62年にかけてお こなわれた平城京右京 八条一坊十二・十四坪 の発掘調査 の成果 を と りま とめた もので あ る。 この調査 は,同
地 にお け る清掃工場建設 に関連 して大和郡 山市 の要請 移うけて実施 した。調査 の結果夕奈良時代前半 には,こ
の地 域 に官営 と思われ る鋳造・漆工 の工房が営まれ,後
半 にな ると小規 模宅地が密集す る状況 に変化す ることが明 らかになっ た。京 内にお け る工房の実態 をは じめて明 らかに し,ま
た長屋王邸 な ど宮 に近接 した地域 に多い貴族の邸宅 とは違った,平
城京 を底辺 で支 え る庶民 の住宅の様子が判明す る資料 を得た意義 は小 さくない もの と考 えて 寺ヽる。このたびの調査に際して御協カ ー
下さった大和郡山市当局に謝意を
表す ると― ともに ,種 々御指導いただいた平城宮跡調査整備指導委員
)会の諸先生方に感謝申し上げる次第である。
ぃ
おわ りに ,内 容その他にわたって忌憚のない御批判と御鞭韓 をた . まわれば幸いである。
1989年 3月
奈良国立文化財研究所長
鈴 木 嘉 吉