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高校教育課程における共通性と多様性─

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序 課題と方法 

高校の教育課程(教科課程・学科課程)は,戦後改革期から1955(昭和30)・1960(同35年)学 習指導要領改訂に至る確立過程において,どのような共通性(共通教養)と多様性(選択的教養・専 門)が構想されていたのか,その教育課程はどのような編成原則からなっているのか,本稿では,さ しあたり1955年改訂に絞って明らかにする。先行研究では,イデオロギー対立の時代を反映して,

主に教育課程の外的側面が鋭く指摘されてきたが,本稿では,教育課程審議会の審議経過と実験学校 の開発研究を分析対象にして,教育課程の内在的な視点からその編成原則を明らかにする。

木下春雄は,「はげしい対立をはらんだ論議のすえに,戦後改革の実質をになう新しい高校カリキュ ラムは根本的に変えられた。選択制の原理が廃止されてコース制がとって変わり」,「いわば受験適応 と就職適応との差別的分化が教育課程の編成の基軸となったと捉える(1)。佐々木享は,「高等普通教 育」と「専門教育」との両者をあわせて施すところに,新制高校の目的規定の重要な意義があったと して,総合制高校のあり方を志向する観点から,進学課程・職業課程さらには多様化へと進行した事 態を批判的に考察した(2)。そして矢野裕俊は,改訂では,「高校教育は人間形成の完成教育」である という観念の下,「教養のかたよりをなくす」という考え方から「知識の量とバランス」が重視され て,「必修の教科・科目数を増やし,従来よりも多くの教科・科目の履修を課するというかたちをとっ て現れた」。それは「抽象的な『高等学校=完成教育』論の必然的な帰結でもあった」。「人間性の多 面的な形成を目指すために,多領域にわたって幅広い教養を与えるという方向が『人間形成の完成教 育』の内実で」,「社会人として共通に必要な一般教養であったかつての共通必修が,進路特性に応じ るコース別の教育のための基礎」となり,その「内容は課程によって異なることも認められるように なった」。その意味で「1955年学習指導要領改訂によって公認されたコース制は,高等学校教育の質 的転換を象徴するもの」と捉える(3)

本研究の問題意識は,改訂の結果,どのような編成原則がとられたのかということで,矢野の問題 意識と結論には一定程度同意できるが,矢野論文は審議経過及び実験学校の事実を分析していないの で,編成原則に関わる論理展開が正確ではない問題がある。

高校教育課程における共通性と多様性

─ 1955 年改訂の審議経過と実験学校の研究開発を中心に─

水 原 克 敏

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第 1 章 新制高校教育課程の編成原則

第 1 節 「高校 3 原則」

1955年改訂に至る以前の新制高校は,いわゆる3原則(小学区制・男女共学制・総合制)を基本 に旧制中学校・高等女学校・実業学校・実科女学校等の統廃合・改編が勧められたので,まずは,こ の3原則をふまえた上で,教育課程編成・運用の原則を確認する(4)

戦後改革の新制高等学校では新しいあり方が模索され,(1)小学区制(通学区域制・地域制)によ る全入制,(2)男女共学(及び平等の内容),(3)総合制(複数課程の並置)の3原則によって進め られた。文部省の指導では,まず(1)小学区制について,教育委員会法第54条「都道府県委員会は,

高等学校の教育の普及及びその機会均等を図るため,その所轄の地域を数箇の通学区域に分ける」と いう規定によって「小学区制」を志向し,これを前提に希望者の全員の入学が目標とされた。ただし,

学校教育局長通牒「新制高等学校の実施について」では,「今の処努力目標であって義務制ではない」

とされた。(2)男女共学については,同通牒で,「男女共学制を採用するかどうかは,監督庁が強制 的に決定すべきことでなく,学校所在地の多数の民意を尊重して定めるべきである」として民意尊重 と機会均等とを前提に男女共学制が推進された。そして(3)総合制についても「新制高等学校の中 の何割を総合制にするかは,全国的に定められることではなく,地方においてその地域の青年の要求 を広く満たすよう,個々の場合について決定すべきである」という条件つきながら積極的に推進する 方針が強調された(5)

その後,1949(昭和24)年11月に職業教育及び職業指導審議会が「高等学校総合問題に関する決議」

で「それぞれの種類の単独の学校を設けることを可とする」という見解を発表し,これと軌を一にし て,文部省は早くも同年11月の『新制高等学校教科課程の解説』(以下『解説』)で,条件によって「1 課程以上の実業教育を主として行う」単独校の設置を認め(6),さらに1951(昭和26)年6月に産業 教育振興法が制定されるに及んで,普通科あるいは農・工・商業に分れた単独の高等学校の設置が全 国的に進んだ(7)。後述する石川県実験学校の小松高等学校の場合は,最初は総合制で,1950年に複 数課程並置,そして1952年に単独の普通科高校と実業高校へと分化している(8)

第 2 節 高校教育課程編成の 9 原則

1950年度から「総合制」の規制は緩和されたが,しかし文部省の『解説』及び『中学校・高等学 校管理の手引』(以下,『管理の手引』)では,普通課程と職業課程とを同一原理・目標によるものと し,かつ義務教育学校の経験主義カリキュラムにつながる教育課程を志向した(9)。1948年6月には 文部省関係官共著『新制高等学校の教育』がまとめられ,その中で普通科・職業科が共に同一の目 標に向けて教育及び組織運営することが要請された。特に教育課程については,従来,「国家の必要」

の観点から「全国画一的に」行ってきたが,「しかし新教科課程においては文部省は大体の基準だけ を示し,個々の場合については教師の自主性にまかせ,生徒も自己の特性に従って,ある程度教科の

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選択ができ,十分に各自の創意工夫が発揮で きる」ように変革したという。そして各教科 の学びにおいても,例えば,「理科教師は抽 象的事実を教えるのではなく,理科は社会に どんな貢献をしているか,いろいろな事実探 究・調査研究のために科学的方法を採用すべ きかを教」えるなど教育目標に収斂する教育 が求められた。さらに「これからの教科課程

の運営」では,「一つの教科を終ったならば,自分の力でこれを更に伸長させ,類似の他の教科は教 師の力を借りないで自分ひとりで学習できるようにしたい」。「西洋史を学んだ生徒は,必要に応じて 東洋史を自分ひとりで学習するようにしたい」と期待された(10)。これは1科目を深く学ぶ「大教科 制」・「大単位制」に具体化するのである。

そうした教育目標を実現するために文部省は『解説』及び『管理の手引』において新たな教育課程 の編成原則を示した。第1は総合制の原則。戦後最初の「新制高等学校の教科課程」(1947年)では,

普通教育を主とする教育課程と専門教育を主とする教育課程とは異なる原則によって規定されていた が(11),2年後の『解説』になると,「これらの相違は,新制高等学校教育の原理と目標とに照して調 整され,同じ一つの原理に基づく教科課程」に改めるとされた。その「原理と目標」とは何か。新制 高等学校の教育目標は,1.公民としての能力,2.職業的能力,3.個性の発達の3点であり,「新制高 等学校では,法令の上に目標の差別がないと同時に,実際上にも,根本的には教育目標が全く同一で なければならない」と「高校一本化」の原理が強調された。同『解説』では,「従来のように,ある 種の学校は職業的発達に無関心で,ひたすらに上級学校入学試験に好成績を収めることを目標とし,

他の学校はゆたかな個人的発達と社会的公民的資質の向上に無関心で,ひたすら職業人の養成を目標 とするなどのことはあってはならない」と説かれた(12)。総合制高等学校教育課程の概念図は図表1 の通りであるが(13),これを具体化した事例を,石川県指定の実験学校である小松高等学校の教育課

程(図表2)に確認できる(14)。様々な進路の生徒が存在し,それぞれの志向に応じて科目を選択で

きるように,普通科目と農工商の職業科目が設定されている。

第2は選択教科・科目制である。従来の教育課程の在り方について,「個人差は無視され,生徒の 興味と必要とは考慮の外におかれる。こうして強制された画一的な枠から少しでも脱しようとする生 徒は,扱いにくい生徒として冷眼視され,『不良生』として警戒または排除される。これが,これま で一般にみられた教科課程のいき方であった」と国家統制による画一性が厳しく批判され,「新しい 学校教育は社会の必要と個人の必要とに基づいて計画されることが,その最も根本的な原則」である。

小・中と違って高校では,個性が分化する時期になるので,「個性の必要に応ずる教育が大きな割合」

を占める選択教科制が必要であるとされた(15)

第3は共通教養重視(共通性)による5教科の必修である。個性は進路・必要・希望・素質によっ 図表 1 総合制高等学校教育課程の概念図(卒業85単位)

普通教科および職業教科 普通教科および職業教科

普通教科 職業教科

38単位の共通必修教科

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て分化し,農業・工業・商 業,水産あるいは大学進学 の道を進むことになるが,

そうした「個人が集って一 つの社会を建設するには,

その根底に共通の理解がな ければならない。これがな ければ,個人を結んで社会 という生活共同体を構成す る紐帯が」できない。新制 高等学校では,多様性への 対応のほか,「共通の理解」

(共通性)すなわち「国民 全般に必要な共通の基礎的 教養を養わなければならな い」という。その内容は,

社会的公民的資質,国語へ の正しい理解と自己の所見 を発表できる能力,科学的 事実を理解し科学的に考察 する能力,数量を正しく理 解し処理する能力,健康と 心身の調和的発達はかる能 力などで,国語・社会・体 育・理科・数学の5教科が 全生徒共通の必修教科と位 置付けられた(16)

第4は「大教科制」(大単位制)で,1つの科目について深く学ばせるために近接領域の数科目を まとめて国語,社会,数学,理科,芸術,保健体育,外国語,家庭という大きな教科を立てたことで ある。かつての旧制中学1年の教育課程では20教科が設置され,それぞれ少ない時間で平行学習す るという仕方であるために,「知識の切売り」になってしまいがちであった。このような教育は「国 家目的に奉仕する国民を育成しようとする」ためには有効であるが,「生徒自身の必要と興味は全く 無視」されていたと反省する。むしろ,「小教科を幾つかまとめて週当り5時間程度の1教科に融合 させると一層よい」。要するに「大教科」にして,特定の科目に5時間などの大単位を割く仕方の教

図表 2 石川県立小松高等学校 昭和24年度入学者教科課程登録票

(5)

科・科目編成の提案である。「新制高等学校の教育においては,知識よりもはたらきが重視されなけ ればならない。はたらきを中心としてこれに伴って得られた知識は,永く生徒の血肉となって生きて 働く道具となる」。「百科全書的な知識を貯えることは教育の本来の目標ではなく」,「教育の目標には,

知識・理解・技能・態度・習慣および理想の発達が含まれる」と強調された(17)

第5は単位制である。選択教科制で普通科や専門学科,さらには定時制もあるので,「学習の量を 測る」方法として単位制が導入された。1週1時間で年間35週を1単位とする基準で学習量を測定し,

3年間で85単位に達すれば卒業が認められる。普通課程・職業課程・定時制課程を問わず,すべて の高校は,すべての生徒が3年間で85単位を修得できるように,1年に28~29単位をとることが できるように時間割を作成する。また,単位制は学年制と違って,仮に不合格の科目があっても,「3 年間に取りもどすことができれば」,「3年で卒業することはできる」などのメリットが強調された。

さらに,単位制及び選択教科制との関係で「空き時間のある時間割」が求められ,毎週4時間は,図 書館を利用することが望ましいとされた(18)

第6は 「ホームルーム」(HR)の重視である。選択教科制では,「生徒は自分で選んだ教科を受け る教室へ時限毎に分れ分れになって移動」するなど,「固定的な組分けをしないことが原則」で,こ の欠点を補う上でHRは不可欠であるとされた。図表2は,小松高等学校の「教科課程登録表」であ るが,所属するホーム名の記載欄が見える。それは「従来の学級の機能の一部を行う」ことのほか,

「学校全体の生徒組織の単位として」,「教科学習以外のあらゆる生徒活動の母体」として位置づけら れる。毎朝の15分程度の時間のほか,毎週1時間をとるHRでは,「職業を選択し,性格や個性の発 達を話し合い,生徒会組織の単位となり,学習法を学び,学校における公民性に関する事柄を論じ」

るなど「集団的に指導するための時間」とされた(19)

第7には「課外活動から特別教育活動へ」である。「正課に入らない」学校活動を「正課の一部に移」

して「特別教育課程」として位置づけられた。善良な公民としての技術,異性との健全な関係,人の 役にたつ意識,決定と責任,そして自主自立などの資質形成があげられている。中でも「公民として の資格」では,「生徒が学校管理に参加する」ことで「得られるもの」であるが,従来は「生徒役員 は校長と教師が選び,教師が黒幕となって働いている」ことがあったと批判され,そのような学校管 理では「生徒は卒業後において,政治的・経済的問題で上からの命令を受けることになり,民主的公 民としての彼らの特権を喪失することになる」と危惧されている。他面,「生徒の中には『自治』と いう言葉を誤解して,彼らに,教師や校長の任免をも含めたすべての校務を支配する権利があると考 えているものがある」ので,「『生徒の学校の問題への参加』という言葉の方がよい」とされた(20)

第8には「評価は個人の全体的成長を測定すること」である。これまでは,「考査によい点をとっ た生徒,すなわち教えられた知識をうまくそのままに紙に書いて教師に返した生徒が」,良い成績と された。この評価方法の前提には,知識を知っていることは,優れた行為や結果を生むであろうとい う「仮定」があった。しかし,「歴史あるいは地理の考査で百点」をとった生徒は「りっぱな社会人」

になるのか,その「根拠は乏しい」。むしろ,「他の生徒とりっぱに協調しているか,りっぱな指導者

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が選べるか,熱心に生徒の選挙に参加しているか」を評価しなければならない。国語も筆記考査では 評価できない。新しい評価は「望ましい知識・技術・能力・習慣・理想・態度・認識の修得程度を測 定する」ことで,その方法として標準検査・自己評価・観察・面接などが挙げられた(21)

第9には「地域社会に支持される教育課程編成」である。これまで中等学校は「地域社会と没交渉 であった」が,これを改めて,(1)地域社会内の学校はその人々のもの。(2)学校と家庭は,生徒の 発達のために協力。(3)学校は地域社会を研究所として活用。(4)学校は地域社会の改良に貢献とい う関係が求められた。「教科課程のための教材を最も豊富にあたえるものの一つは,その学校が設置 されている地域社会である」。また,「生徒が学校内でなす活動と,実際社会で起りつつある活動との 間には,直接的な関係がなくてはならない」。したがって学校は,「地域社会に支持される教育課程」

を編成することが求められた。ただし,このような認識は,教育委員会が「都道府県の立場で学習指 導要領を作成し,これを地方学校に利用させる」という時代を反映したものである(22)

以上,総合制高等学校における教育課程の編成は,(1)総合制,(2)選択教科制,(3)共通教養重 視,(4)大教科制・大単位制,(5)単位制,(6)HR,(7)特別教育活動,(8)全人的評価,(9)地 域社会からの支持という9原則によることが要請されたのであった。

第 2 章 石川県実験学校の石川県立小松高等学校の実践と認識

第 1 節 高校教育課程の 9 原則に対する問題認識

石川県の実験学校である石川県立小松高等学校は,A.平等主義(進路,性別),B.役に立つ知識

(大教科制),C.個性の尊重(選択制),D.合理主義(単位制),E.社会性の尊重(特別教育活動)の 5つの観点から,9原則に問題があることを『昭和30年度実験学校研究報告 改訂高校教育課程につ いての諸問題』(以下,「小松高等学校報告書」)としてまとめた。

A.平等主義(単線型教育課程)「従来の中学校・高等女学校・実業学校・青年学校など,いわゆる 複線型教育課程を廃して,すべての課程を一本化し,性別の如何,進路志望の如何を問わず,共通必 修科目とその単位数を規定したことなど教育の機会均等,平等主義」で施行してきたが,施行後数年 で客観情勢が変化し「本来の精神がゆがめられつつある」という。その一つは(イ)産業界から,「教 養の偏りや,不足が切実に訴えられている」。もう一つは「(ロ)大学入学試験がもたらす圧力」で「科 目の偏向学習」など「普通課程における大学予備校化」が生じているという。要するに,上級学校進 学者(エリート)と職業人養成(ノンエリート)とが分離されてきた過去を反省して,総合制の教育 課程を展開してきたが,産業界からの能力不足批判と,大学入試からの圧力に対応するには,総合制 という単一の教育課程では困難になってきたという認識である。

B.役に立つ知識(大教科制)「従来のこま切れ式の主知主義の教育,暗記注入主義の教育を排して,

役に立つ知識」,「正しい批判力・判断力・合理的理解力」を有する「有為なる社会人としての全人教 育が強調され」,「集中主義の学習」(大単位)と「大教科制」が採られたが,これに対して小松高等 学校は疑問を呈する。「日本史の学習を通じて,社会科の目標を達成しようとすることは,まことに

(7)

結構であるが,社会科の目標を達成するために日本史の学習だけで,世界史の学習や,人文地理の学 習がなくても」大丈夫なのか。「もし世界史や人文地理の学習を全然やらなかった生徒」の場合,「今 後の日本の理想的人間像としてわれわれは満足できる」かという疑問である。そこで同校は,教養に ついてテスト調査を実施し,履修しなかった者の歴史的思考力と物理的理解力がかなり低い成績であ り,「知識の偏り」もあって大教科全体に対する見識が育っていないことを明らかにした。

C.個性の尊重(選択制)「生徒の特性,将来の進路に応じて全く自由に選択できるということは,

まことに画期的教育課程」と評価する一方,「自由選択制度が真に成果をあげるためには,いくつか の前提となる条件が必要」である。(イ)選択する以前に自分の個性を自覚し進路を決めないといけ ない。(ロ)「本人の選択能力が十分でなければならぬ」。(ハ)「科目の内容がある程度事前に分って いなければならぬ」という条件であるが,現実は条件を満たせず,「受験科目集中主義の好ましくな い現象」が出ているという。特に同校は,男女の共通性と独自性の項を起こして,「平等の原則の上 に立ちつつも」,「女子の特性」から家庭科必修を提起した。また芸術教育についても「個性豊かな人 格の養成を目指す」なら「芸術教育をうけないで卒業する」ことは「大きな問題である」と論じた。

D.合理主義(単位制)「選択制がとられた結果,学習分量が計量されねばならぬ。しかもある科目 の不成績が他の科目の成績に影響してはならぬという合理的な単位制がとられている」と肯定的に捉 えつつも,自由選択制と併せて管理的側面にいくつかの問題があると指摘する。①教科の組織編成が 複雑で生徒数が不揃いなど授業運営上の困難,②学級ごとの授業でないためにホームでの生活指導が 困難,③毎年必要な教科の員数が決定しないので教師の定員が不安定となり,さらに教師の受持ち授 業時数の不揃いなど労務分担上の支障,④少人数しか受講生のいない授業の断念,⑤転入生徒の不便,

⑥落第科目の再履習を保証する時間設定と学年進級システムとの調整が困難,⑦教科書注文の実務が 困難。要するに単位制運用は課題山積で実用的でないという問題指摘である。

E.社会性の尊重(特別教育活動)「時間外活動としての,生徒会活動・体育・文化の各クラブ活動・

ホームの各種活動」は活発に自発的に行われている」が,「時間割の中に入れられた枠の中での活動 は,余りにも画一的であり,形式的」で効果が少ないと断じる。時間割の中の活動とは,学校行事・

学級会・朝会・生徒会・ホームルームなどで,教員の監督のもと週4時間の活動は不活発であるとい う。課題は,①適切な計画,②事前の準備,③生徒のリーダー養成,④生徒の興味関心に基づく活動 内容の設定,そして⑤十分な設備などの条件整備が必要であるが,教員は1週20時間以上の授業を 担当しており,事前準備などの時間の余裕がない。特別教育活動は,「本来の性格からいって,放課 後の自発的活動として,運営されるのが」適切であると提案した(23)

第 2 節 進路別コース制へ

上記のような問題状況をふまえ,小松高等学校は進路別コース制を採用することになる。同校に限 らず多くの高等学校では1955改訂以前に,普通課程だけでも,(1)文科系(2)理科系(3)文理共通系,

(4)職業又は家庭などの進路別コース制を採用するに至っている。小松高等学校史によって,創設か

(8)

ら1955年までの同校の歴史を時期区分すると,第1期は,1948~1949年の創設準備期で自由選択 制の総合制(図表2),1950~1951年の第2期が複数課程並置のコース分け総合制,そして次の第3 期は1952~1955年で,実業学校を分離独立させて,単独の普通課程内を細分化したコース分けの時 期である(24)

第1期の図表2を見ると,必修は国語・体育・一般社会の3科目で選択必修が社会・数学・理科に 見られる。選択教科には,普通教科のほか,商業・工業・農業・家庭が設定され,そのほか別枠で家 庭科があるが,家庭科コースを選んだ女子生徒用であろう。総合制であるから,進路を商業・工業・

農業・家庭とする生徒たちと大学進学への道を目指す生徒たちとが学び舎を共にし,混在して教科・

科目を選択し単位を取得する方式が取られたのであった。第Ⅱ期コース分けの1950(昭和25)年度 から2年間の課程表は入手できなかったが1952(昭和27)年度以降の図表3が参考になる。A.上 級学校志望の場合,①大学法文科,②大学医理科,③大学工科,④その他。B.2年になって実業科 を主に選択する場合,C.2年になって家庭科を主に選択する場合とされた。「科目のコース配当だ けで学年配当はほとんどせず,生徒の自由選択」にまかせたという(25)。当時の教員の回想でも,「選 択制の長所を生かそうとする意志が現れている。然し科目の学年別配当等は1,2の例外を除いて全 くなされておらず,生徒は自由に選択できるようになっている。例えば2学年において社会科では一 般社会を除く他の4科目はどれでも自由に選べるようになっている。即ち一応完全自由選択制を採用」

していたというのである(26)。昭和26年度になるとコースに対応した選択科目が整理された。A.上 級学校志望の場合①文科方面,②理科方面,③その他の方面。B.2年以上で実業科目を選択する場 合①商業方面,②工業方面。C.家庭科目を主に選択する場合①保育方面,②食物方面,③被服方面,

④家庭経済方面,に分けられた。総合制を生かして「一応自由選択の中にあって,しかも何か一つの 統一的類型的なものを」志向したと報告されている(27)。図表3を参考に見ると4コースで,時間配 分から推測すると,Ⅰコースが文科系,Ⅱコースが理科系,Ⅲコースが家庭科,Ⅳコースが実業科の 課程と見られる。全体として「科目の選択順序がコースによってかなり固定してきた」が,特別教育 活動は「週4時間の教育活動が最も活発に行われた時代であった」と回想されている 。

昭和27年度からは,小松実業高校と小松城南高校とに分離独立して小松高等学校は普通科のみの 高校となった。ようやく「総合制」が形を整えてきたところでの方針転換である。コース分けは,A.

上級学校志望の場合①文科方面,②理工医方面,B.その他の場合①家庭に入る,②就職方面とい うことで,図表3からⅠ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳの4コースが確認できる。「各科目の選択については過去の経 験によりその選択の方向が一層明らか」になり,「望ましい選択の仕方を相当強く打出しているのが 目立つ」という。生徒への注意事項では,「生徒は将来の志望により,又最も個性に適した科目をし かも既修の能力に応じて選択せねばならない。然しそれには自ら或一定の望ましい方向のあることに 注意せねばならない。学校では選択の複雑さと困難さを予想し,予め適当と考えられる事柄を指示 し,選択の手引きとする。但し拘束はしない」とされた。これは「自由選択制に対する痛し痒しの注 意事項であり」,選択科目の指導に苦心したと回想されている(28)。昭和28年度はほとんど科目指定

(9)

に等しい。「前年度に同じ,

ただし科目の選択について は一層強化し固定されてき た」と報告されている。「前 年度の手引時代から脱し て,或程度の枠を設けた。

従って学年によっては選択 できない科目もあると明瞭 に指示」された。他面,「社 会科,理科,数学科それぞ れ10~15単位修得を求め」

るなど「知識・教養の偏向 に対する防止」策もとられ たのであった。

そして昭和29年度の教 育課程は,前年度後半に,

教育課程審議会における学 習指導要領改訂の方針や具 体的内容の情報が出されて きたので,その影響を受け て,その研究も進められた という。その結果,小松高 等学校の基本方針が定めら れた。1.教育課程審議会の 基本方針(中間発表)は尊 重する。2.本校の特殊性を

考慮して特に次の具体的方針を定める。(1)進路別コースを採ること。但し,第1学年において,原 則として科目選択に区別を設けないように留意すること。(2)芸能科は2単位以上必修とすること。

(3)英語は5単位以上必修とすること。(4)特設科目3単位を設けること。(5)女子の家庭科は,事 情や止むを得ない者以外は5単位以上履修することである。

さらに昭和30年度は,この方針を踏襲して,(1)5つのコースが設定された(文科系,理科系,

文理科系,就職希望系,家庭系)。(2)特設科目は,英語,数学,国語,時事問題,物理,保育,珠 算の7科目それぞれ1~3単位とし,全員3単位必修。(3)第1学年では,芸能科2単位を必修。(4)

1教科20単位以上選択しないこととされ,(5)特別教育活動は週1単位時間とされた。

図表 3 石川県立小松高等学校、昭和27年度以降入学者の教育課程

(10)

同校では,「いずれの教科も,選択の片よりが是正されてきている」ことを確認して,教育課程の 期待する方向に向かって改正してきたと自負している。「学校のコース設定,科目の配当,学年配列,

生徒の選択等,すべて幾つかの原理や条件の上に立つことは勿論」であるが,大学進学者を抱える普 通科高校では,大学側の希望条件を考慮に入れなければならないのが実態である。同校は大学の提示 する「高等学校における修得科目についての希望」(昭和30年度以後大学入学者選抜方法)に注目し ている(29)。同校のコース制の教育課程で特徴的なことは「特設科目」である。説明では「特設科目 3単位を設け(修業単位に計算せず),コース別の特色を生かすと共に,大教科制の欠陥を補う」と あり,学習指導要領の「大教科制」「大単位制」の欠陥を補うために,同校独自に設定したもので「修 業単位」には計算できない科目である。こうして小松高等学校は,普通科の内部で細分化したコース 制を設定して産業社会及び大学入試の要請に対応していた。この種のコース分けは全国の高等学校で 事実上進展していたのである。

第 3 章 教育課程審議会の審議経過

1955年学習指導要領改訂では,(1)自由選択制から類型(コース)教育課程へ,(2)単位制から 学級・学年制へ,(3)大単位制から科目小単位制へなどの特徴を有するが,本章では,2次にわたる 教育課程審議会の審議経過を通して決定された教育課程の編成原則を分析する。

第 1 節 (第 1 次)教育課程審議会の「中間まとめ」と争点

(第1次)教育課程審議会では,昭和27年12月19日の第1回会議以来,中等教育課程分科審議会,

高等学校教育課程改善特別委員会を開くなど,新制高等学校の見直しに着手したが,上述の総合制の 理念に親和性を持つ委員と,現実に生起している「多様性」への対応を重視する委員とが対立して決 着せず,昭和28年11月12日の「中間まとめ」で終った(30)。文部省は,昭和29年度から新教育課 程実施の予定であったが,(第1次)教育課程審議会の審議は,文部省の期待するようには進行せず,

昭和28年11月12日に「中間まとめ」を発表することで委員の改選となった。「中間まとめ」は,戦 後の総合制の理念に近い路線であり,戦後改革を変更した政令改正試問委員会の方針とは合致せず,

文部省の路線とも相いれないものであった。

さて,「中間まとめ」の内容であるが,第1項「高等学校教育は,大学進学の準備教育ではなく,

人間形成の完成教育であることを確認する」というもので,「大学進学の準備教育」になっている高 校教育に対して,「人間形成の完成教育」にしなければならないという概念は教育課程審議会を支配 した重要な確認事項である。この概念について疑問を呈するような発言は一度もなかった。会議配布 資料「現行高等学校教育課程の基本的考え方とその批判」(以下,「考え方と批判」)によれば「高等 学校の教育目標がよく達成されれば,同時に大学教育をうけるにもふさわしい人間が育成されること を目ざすべきである」という説明で,「完成教育」の内容は,高校教育の目標である1.公民としての 能力,2.職業的能力,3.個性の発達の3点が十全に発達した状態で,これを志向した教育の結果とし

(11)

て,大学進学あるいは就職などの進路があるという考え方である(31)。これが第2項「高等学校の普 通課程と職業課程における共通必修の教科の種類および内容は,できるだけそろえる」につながる。

「考え方と批判」では,「どの課程の高等学校からも,上級の学校へ進学できるようにして,教育の機 会が均等に与えられるべきである」と説明されている。これに対して,「入学に関して同一問題を課 することは理想にすぎる」。「普通課程と職業課程とではその教育課程をかなり違う方が相互の教育の ためではないか」という批判がある。事務局提案では,両課程について,「(1)必修教科の種類,内 容はできるだけ揃えていきたい。(2)しかし教科によっては両者の実情に応じてある程度の弾力性を もって考えて行きたい」であったが,(2)「弾力性」の項は,「両課程が二元的になることは望ましく ない」という3名の反対意見によって削除された。このように(第1次)教育課程審議会では「高校 教育の一本化」の論調が終始優位を占めたのである。第3項「男生徒と女生徒による必修教科の区別 は原則として考えない」も同じで,女子の家庭科必修化は否定されている。第4項の事務局原案は,

「幾つかのコースに分れることを研究する」という提案であったが,コース制は反対されて「4.科目 選択制のよい点は,今後もできるだけ生かす」と決定された。第5項「社会,数学,理科の必修の内 容を再検討して,これらの知的教養が偏しすぎないようにする」という決定であるが,これは「大教 科制」・「大単位制」の見直しを意味する。第6項「芸能科,家庭科,外国語および普通課程における 職業的教科を必修にするかどうかは,各教科の性格もよく考慮して研究する」については,「5.(1)

現行の共通必修教科(選択必修も含む)である国語・社会・数学・理科・保健体育は,今後も共通必 修とする」ことを認めた上で,さらに,「芸能科,家庭科,外国語科,普通課程における職業的教科」

の必修は「研究する」となった。第7項「現行の各教科の科目については,全面的に考えなおす。ま た『各科目5単位,1年で完結』の現行方針も,必ずしも固守しない」,第8項の卒業85単位,そし て第9項の普通課程の改善結果をふまえて職業課程の再検討する案も,原案通り承認された。以上の 編成原則に基いて,国語(9),社会(10),数学(6),理科(7),保健体育(9),芸能(2)の計43 単位が共通必修とされた。従来よりも,数学が1単位増,理科が2単位増そして芸能2単位増である。

これまでは38単位であるから5単位増である(32)

以上,「中間まとめ」は,文部省事務局案(コース分け)の観点から見ると,多くの項目で「総合制」

維持の観点から否定されたことが分る。守るべき共通の原則は,「人間形成の完成教育」,「同一の共 通必修科目」,「男女同一」,「科目選択制」,「卒業単位85」とされた。大きな改正点は「大教科制と 大単位制の見直し」であり,今後の研究として芸能科,家庭科(男・職業科),外国語などの必修化 である。文部省としては,昭和29年度から高等学校の新課程を開始する予定であったが,教育課程 審議会によってコース分けの目論見が否定されてしまった。

第 2 節 (第 2 次)教育課程審議会の審議経過―コース分けと共通必修―

文部省は,省内で検討を重ね,その結論を「大橋メモ」(昭和29年4月)としてまとめ,その上で,

今後の審議に合わせて委員を改選して(第2次)教育課程審議会を再開した。第1回開催(昭和29

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年8月)から早くも2か月後の10月14日には最終答申を出す運びとなった(33)

さて,(第2次)教育課程審議会は,昭和29年8月23日の第1回会議で,初等中等局長より「勝 手ではあるが早く結論を出していただきたい」と早期決着が要請され,かつ,「新しい観点から研究 していただきたい」と,中間報告にこだわらない審議を進めることも要請された。第2回審議会(1954 年9月2日)では,(第1次審議会)が固執した原則「完成教育」・「共通必修」・「人間形成」・「一般 教養」を克服する論理あるいは実態の不具合が論じられた。文部省にとって最大の問題は,「普通課 程と職業課程とにおける共通性と独自性(普通教育・職業教育)」の件で,「高等学校の一本化の原 則」を克服して修正することである。法的には,学校教育法第42条で,「一般的な教養を高め,専門 的な技能に習熟させる」とあり,すべての高校生が,一般教養と専門的教養とを有すべきであると捉 えられ,特に共通必修による一般教養の在り方が問題であった。杉江中等教育課長は,「今まで高等 学校の一本化の原則がいわれ,共通性が強調され,独自性の反省が弱かったのではないか」と疑問を 投げかけた。第2の大きな問題は,「一般教養と共通必修の制度との関係」で,「共通必修はどんな意 味をもつかがもう一度反省されなければならない。共通必修の法的根拠は,法律や省令ではなく,学 習指導要領に示されている。教育目標が一本であることと,共通必修ということとは,必ずしも一致 しないのではないか」と疑問を呈し,「共通必修とは,一般教養獲得の意味があるが,一般教養は共 通必修の普通科目のみで獲得されるとは言えない。職業科目でも選択科目でも獲得される。今までの 考え方では,共通必修をあまり固く考えすぎて,共通必修以外の他の科目との関連を軽視していたの ではあるまいか」と論じ,従来の「共通必修」にだけ固執する一般教養観を批判した。第3の問題は,

「内容及び単位数の弾力性」である。「共通必修のいかんによって,選択必修ということも出てくる。

また単位数や内容に弾力性をもたせる考え方もでてくる。この弾力性をどの程度認めるかが問題とな る。さらに,共通必修は各課程ごとのもっとも望ましい教育課程を考えた結果として出てくるもので あるという考え方もある」として,共通必修の内容及び単位数を多様にし弾力的に運用したいという のである。第4の問題は「科目選択制の改善」で,「共通必修以外の部分の科目の選択制については,

もう少しつっこんで考える必要がある。」「生徒の進路や特性に応じた選択指導が十分でないといわれ るが」,「高学年に進むにつれて,しだいに分化して選択させる」ことを検討したいというのである。

自由討議では,(第1次)教育課程審議会が承認した原則への批判が展開された。「現実には人間完 成の教育といっても必ずしも割り切れないものがある。」「前審議会では,共通必修は普通・職業両課 程間に区別をつけないという線で進んだ。旧制中学と実業学校との関係を再現しないようにと考えた からだが,これに拘泥しすぎたためによい案ができなかった。」「一般教養すなわち共通必修と考え,

高等学校卒業者としてぜひとも履習すべきものだとしてきたが,一般教養は各教科の一部分づつを 知っているということではなく,一部教科を深くやることによっても,また職業課程で職業科目をや ることによっても達成できる。今まで全く共通のもので一般教養を得させようと考えてきたところに 無理があった。」「前審議会が行きづまったのは,共通性を観念的に考えすぎ,共通必修を前面におし 出しすぎたからではないか。共通の単位数を決めることよりも,それぞれの課程で,人間形成上どの

(13)

ような学習内容が必要であるかを検討すれば,その結果として共通なものが出るはずである。そこに おのずから共通必修があらわれる。科目,内容,単位数等,普通課程,職業課程とも同一である必要 はなく,もっと弾力性をもたせてよい。たとえば普通課程では普通教科の内容や単位数を多くし,職 業課程では専門の科目を深くやればよい。共通必修はできるだけ少くしたい。」「共通必修という考え 方は一応すて,それぞれの高度の特色をはっきり生かすべきだ。職業課程では,一般教科も少く,専 門教科も少くなっているが,どちらかを充実してすっきりさせた方がよい。」「普通と職業の間では,

利害関係がちがう。その最大公約数を先にきめようとしたところに,はじめから無理があった。普 通・職業それぞれの立場から理想案をつくり,それを持ちよって共通のものがあれば,それを共通必 修とすればよい。職業課程では専門科目をどう配分するかを考え,その中に人間形成を考えていけば よい。普通課程は実質的に大学進学課程だと考えていけばよい。」「完成教育というのは,高校だけで もう勉強は必要ないというのではなく,一般教養や専門教育をうける勉強の態度ができあがるという 意味である。」など前審議会の原則はことごとく否定された。

早くも第3回会議(1954年9月9日)で事務局から「高等学校の教育課程改善について(案)」(以

下「第3回案」)が出された。「前回の各委員の議論」と「事務当局として研究してきた結果も加味した」

と説明された。改善の意図は明瞭で,第1項は「各課程及び学科の特色を生かした教育」,第2項は

「従来の共通必修に関する固定観念にはとらわれない」,第3項は「コースごとに適当な教育課程を編 成」,第4項は「低学年では一般的基礎的な科目を共通」,「上学年」で「分化した学習」,第5項は「学 校が定めるコース」,第6項は,弾力的な各教科・科目の単位数,第7項は,社会科・理科では履修 科目を多くするなどが特徴である。この答申原案に反対意見はなかった。

第4回会議(1954年9月15日)では,事務局より具体的な「教科と単位数」が提出された。前回 審議を基に「事務当局として研究した結果を,全体としてまとめたもの」と説明された。中でも注目 される説明は,「普通課程においては,教育課程は,単一に固定されるものではなく生徒の進路,特 性等に応じて種々の教育課程が編成されるべきものである」として,普通課程内のコース分けの方針 が出されたことである。普通課程内で「職業又は家庭に関する教科を特に多く履修する生徒が多数あ る場合は,第1学年からその必要に応ずる教育課程を別に編成する必要があろう」と1年次からのコー ス分けが奨励された。その場合でも,「高等学校としての一般教養と,生徒の進路,特性に応じた教 養とが,調和を保ちつつ,有機的に構成されるよう教科,科目を配列する」ことが留意点とされてお り,一般教養は重視されていた。このような改訂案に対して,教育課程の複線化を指摘する批判的意 見もあったが現在よりも袋小路になるとかは,一概にはいえない」と斥けられた。

第 3 節 教育課程審議会答申「教育課程の改善 特に高等学校の教育課程について」

1954(昭和29)年10月14日に教育課程審議会は文部大臣に「教育課程の改善,特に高等学校の

教育課程について」を第1次答申することで教育課程の編成原則を明らかにし(図表4),次いで 1955年2月9日には「普通科における教育課程編成の具体例」(図表5)を第2次答申した。これを

(14)

受けて文部省は1955年12月5日に学習指導要領を改訂し,1956年度の第1学年から実施となった。

答申の編成原則は学習指導要領の「まえがき」に掲載された(34)

「答申」であるが,(第1次)教育課程審議会の「中間まとめ」の「共通性」よりも「多様性」に傾 斜した内容となっている。第1項「高等学校の教育は,この段階における完成教育であるという立場 を基本とすること」と,「完成教育」を踏襲しながら,「この段階における」という条件つきで,「人 間形成」のタームが消えていることが注目される。前述の「第3回案」ではこの第1項目はなかった が ,「未審議」のまま事務局が判断して付加したという。「受験コースを作り大学の準備教育を行う という批判」への対応であると説明された。次いで「第3回案」の第2項「高等学校の普通課程と職 業課程における共通必修の教科の種類および内容は,できるだけそろえる」については,「共通必修 に関することは,審議する上の考え方の問題であるから,ここに載せる必要もないと思うので省略し た」と説明されたが,これは高等学校教育課程の共通教養に関する原則が削除されたことを意味する。

同様に「第3回案」の第3項「3.男生徒と女生徒による必修教科の区別は原則として考えない」も 削除され,女子専用の家庭科が設定され,これを履修せざるを得ないような単位設定がなされた。

「答申」第2項「高等学校の教育課程は各課程の特色を生かした教育を実現することを眼目として 編成すること」では,普通課程・職業課程の共通性よりも各課程の多様性を生かす教育を志向する方 針に転換された。また,これまでは共通性と同時に個人の自由選択制・主体性尊重に重点が置かれて いたが,「答申」では,自由選択制よりも学校側の計画性が重視され,第3項「教育にいっそうの計 画性をもたせるため,特に普通課程の学校では次の方針によりその教育課程を編成すること。

(1)第1学年において生徒が履修する科目およびその単位数はこれをできるだけ共通にすること。

(2)上学年に進むにつれて生徒の進路・特性等に応じて分化した学習を行い得るよう必要数のコース を設定すること。(3)生徒が自由に科目を選択履修する立前を改め学校が定めるコースの何れかを生 徒が選択履修することを立前とすること」と方針変更された。学校側の計画的なコース制による教育 で,教育課程としては,高校1年次は共通性を確保しつつ,2年次からは進路によってコースが分れ るが,そのコースと選択科目は「学校が定める」と改められた。第4項「各教科,科目の単位数は,

各課程,各コースの必要に応じ得るようこれを1種類のみとせずこれに幅をもたせること」と,「大 教科制」「大単位制」が廃止され,各課程・コースの裁量によって,単位数を変えることができると いうのである。その狙いは,第5項「社会科,理科,数学科についての知的教養のかたよりを防ぐた め,それぞれの履修範囲をひろくすること」である。ただし,細切れの時間に網羅的な知識を修得す る在り方に陥りかねない問題を孕むことになる。第6項「全日制普通課程における芸術・家庭および 職業に関する教育を充実すること」が,長い議論の末に英語を除いて採用された。第7項「全日制高 等学校においては教科の時数は毎週32単位時間,特別教育活動は毎週2単位時間を標準とすること」

と,特別教育活動2時間も含めて週時数34時間,3年間で102単位の標準が確定された。ただし卒 業単位85単位に変更はない。

さらに,「教育課程編成の一般方針」では,「次の科目は各課程のすべての生徒にこれを履修させる」

(15)

図表 4 (第2次)教育課程審議会答申の教科・科目・単位数※印は名称未定

図表 5 普通課程の5分化(一般系,家庭・職業系,文理5教科系,文系,理系)

コース

教科 学年 1 2 3 1 2 3 1 2 3 1 2 3 1 2 3

国語 4 5 5 4 3 3 4 7 5 4 7 7 4 3 3

社会 5 4 4 5 3 4 5 3 5 5 4 8 5 3 4

数学 6 3 0 6 3 0 6 3 3 6 3 0 6 6 3

理科 5 3 3 5 3 3 5 5 3 5 3 3 5 5 8

保健体育 3 4 4 3 4 4 3 4 4 3 4 4 3 4 4

第一外国語 5 3 3 5 3 0 5 5 5 5 5 5 5 5 5

芸術家庭

職業 4 6 6 4 8 12 4 2 0 4 2 0 4 2 0

32 28 25 32 27 26 32 29 25 32 28 27 32 28 27

個人差じて履修する教科目

単位数の計 0 4 7 0 5 6 0 3 7 0 4 5 0 4 5

国※

社※ 第一外

国※

社※ 理※ 第一外

社※ 理※ 第一外

理※ 第一外

国※

社※ 第二外

第二外

国※

社※理※

第二外

国※

社※理※

第二外

社※ 第二外

社※ 数※理※

第二外

(16)

として,「(イ)国語甲,数学Ⅰおよび保健体育。(ロ)社会については3科目,理科については2科 目。(ハ)全日制の普通課程においては,(イ)(ロ)のほかに芸術,家庭および職業に関する教科のう ちから6単位 (ニ)職業課程(全日制および定時制を含む。)においては,(イ)(ロ)のほかに職業に 関する教科について30単位以上」,「第1表に示す教科・科目のほかに特別教育活動に週当り1~3 単位時間(1単位時間は50分とする。)とされた。共通必履修教科・科目は,教育内容を修得しない と生活ができない科目として,国語甲・数学Ⅰ・保健体育が「絶対必修」に指定され,次いで方法論 的認識を与える科目として社会科3科目と理科2科目,そして情操陶冶と生活技術のために芸術と家 庭・職業の教科という構成で,計43単位である。卒業単位が85単位であるから,普通課程では,42 単位が学校の構想しだいで,文系・理系,あるいは就職コースなどが設定される。職業課程では,農 業・工業・商業・水産課程において,より細分化されたコース設定が容易になった(35)

第 4 章 結論 ―「共通必修による教養教育と完成教育」の枠組みの崩壊―

「高等学校は高等普通教育だから完成教育」(第1原則)については,教育課程審議会では誰からも 異論はなく,当時の教育界を支配していた観念であった。それを実現するためには「共通必修によっ て一般教養を形成する」(第2原則)ことが不可欠であるとも捉えられていた。しかし文部省は,産 業社会の急速な発展に対応すべく,専門教育を強化した職業課程の造出と,多くの就職者を抱える普 通課程の進路別コース化を構想していた。そこで,文部省は2次にわたる教育課程審議会で強力に進 めることになるが,問題は,上記の2原則をいかに打破するかであった。文部省は,(第1次)教育 課程審議会の運営に苦慮し,省内会議で検討を重ね,遂に突破する論理を編み出すことになった。そ れが「高校教育課程改善について(大橋)」(以下,「大橋メモ」)である(36)。これによって文部省は 委員を改選した上で(第2次)教育課程審議会を開き,答申にまとめることができた。

さて,その「大橋メモ」によれば,「共通必修の必要性」について,「狭い専門教育が,当座の生活 に役立っても,その後の発展に乏しく,個人にとっても社会にとっても必ずしも幸福ではなかったこ とは,これまでの経験から明らかである。このような立場から,いかなる生徒にも,また,将来どの ような進路をとる生徒にとっても,共通な一般的な教養が必要であり,これが高校の極めて重要な教 育の1つ」であると肯定的に論じた上で,問題は,「共通な一般的教養とは何か」であると問い返す。

「最も単純に考えれば,すべての生徒に共通に課する共通な内容を通しての教養であって,よい社会 生活を営むための基礎となるものであると解釈」できるという。ただし,「与えるものが共通であっ ても,各生徒の得る成果は同一ではない。形式的に同一なものを与えることよりも,内容的に共通な 教育的効果が得られるようにすることの方が教育的に意味がある」。「共通必修とその他(選択・職業 科目など)とを形式的に区別することよりも,各生徒が専門教育と同時に適切な一般教育を受けるこ とができる方法を考えることのほうが重要である。選択科目や職業科目が形式的には共通必修と区別 されながらも,内容的にはしゅん別されるべきではなく,選択科目や職業科目も一般教養を含むもの であることに注意しなければならない」という。共通必修がそのまま一般教養になるのではなく,教

(17)

養という教育効果が発揮できるように教育しなければいけない,しかも,選択科目や職業科目も一般 教養となる内容を含んでいるので,教育の仕方によって教養形成に貢献するというのである。これは 固かった第2原則「共通必修」の枠組みから解放する論理である。「共通必修」の必要性は認めつつ,

一般教育(普通科目)以外の教科でも,その内容・方法を考慮すれば教養形成は可能であるというこ とで,専門科目の増加と専門強化の道を実質的に開いたのである。

(第2次)の第2回会議で,杉江初等中等教育課長は,「共通必修は,一般教養獲得の意味がある が,一般教養は共通必修の普通科目のみで獲得されるとはいえない。職業科目でも選択科目でも獲得 される。今までの考え方では,共通必修をあまり固く考えすぎて,共通必修以外の他の科目との関連 を軽視していた」と「大橋メモ」と同趣旨を説明し,さらには各課程で「望ましい教育課程を考えた 結果として」共通の枠が出てくるという考え方もあるとまで論じた。同審議会の委員からも,「今ま で全く共通のもので一般教養を得させようと考えてきたところに無理があった」と同意する意見が続 いた(37)。この説得に成功することで,第3回では事務局案の骨子が出されたのである。

それでは,「完成教育」の理念にはどう対応するのか。「完成教育というのは,高校だけでもう勉強 は必要ないというのではなく,一般教養や専門教育をうける勉強の態度ができあがるという意味であ る」と説明された。換言すれば,それぞれのコースで高卒段階にふさわしい資質・態度ができている ことが「完成」という意味であろう。本来の人間形成を大切にするなら,一人一人の問題意識から出 発する科目選択制の方がよい,と発言する委員もいたが,「理想どおりにはいかない」ので「コース 制をとるのがよいと思う」と妥協するに至った。こうした論議を経て,「人間形成のための」という 文言は削除されることになり,「この段階における完成教育」となったのである(38)

これによって,(第2次)中等教育教育課程分科審議会は,共通必修(普通科目)=一般教養とい う論理から脱却し,かつ「高等学校教育=高等普通教育=完成教育」という重い課題からも解放され た。教育課程審議会の結論は,「人間形成の完成」ではなく「この段階における完成」で,それは即 ち一般教養(共通性)と専門的教養(多様性)とにおいて,高卒段階に相応しい基本的資質・態度が 出来上がることとされ,その実質的判断は,各課程での教育課程編成に委ねられたのである。高校教 育課程を支配していた「共通必修」による「教養教育」「完成教育」の枠組みが解かれることで,こ れ以後,本格的に多様なコース別教育課程編成をすることが可能となったのである。

このような改訂の方針に対して,前述の実験学校の小松高等学校は,実践の事実から,改訂案の問 題点をいくつか指摘している。第1は,大学入試で普通課程と職業課程の落差がひどくなる。第2は,

これまで共通教養については演繹的説明から帰納的説明に変更され,「いかにも合理的なものの考え 方のよう」だが,「実質的には何にも変更していない」。「各教科からの必修要求」(多数の要求書・請 願書)に押されて,「従来の共通必修の考え方を変更した」もので,「理論的には割り切れない問題」

が残ったという。第3は,共通必修の普通科目を,第1次共通必修と第2次共通必修に分けたらよかっ たのではないかと提案。第4に,各課程でそれぞれに設定する共通必修科目ではバランスの悪い教育 課程が出現しそうであるから,「相当拘束力のある」「各類型のモデル」を示した方がよいと提案した。

(18)

第5は,細分化された科目を履修する教育課程では「完成教育」にならないという。全教科を分類す ると基本型・段階型・専攻型に分けられので,その構造をふまえて,基本的な総合科目例えば,「理 科全般の基礎的内容を一つの科目に編成して,その上に(2~3)の物理・化学・生物・地学を設け て選択履修させる」など「完成教育」に向けた構造的な教科設定が必要ではないかと提案した(39)

以上,1955(昭和30)年学習指導要領は指摘された問題を孕みつつ,新たな教育課程編成の2原則,

即ち:1.高等学校の教育は,この段階における完成教育であるという立場を基本とすること。2.高 等学校の教育課程は各課程の特色を生かした教育を実現することを眼目として編成すること,が決定 された。これ以後2009年改訂まで,高校教育は,青年に共通の「一般教養」(共通性)と「専門教育」

(多様性)そして「完成教育」についてどのようにすべきか,積極的な構想が立てられることもなく,

共通必修・選択の科目だけが設定されることになるのである。

* 本研究は,日本学術振興会科学研究費(基盤研究(C))「1947年以降の教育課程の基準と幼小中高 のモデル・カリキュラムに関する歴史的研究」(平成28年度~平成30年度 課題番号16K04497)

による。

(1)木下春雄「『多様化』の本質と高校教育課程改訂」,国民教育研究所編『高校教育多様化と入試制の問題』労 働旬報社,1968年9月20日 18頁

(2)佐々木享『高等学校教育の展開』大月書店 1979年5月23日 144~151頁

(3)矢野裕俊『自立的学習の探求』 晃洋書房 2000年3月20日 63~91頁

(4)拙著『現代日本の教育課程改革』 風間書房 1992年6月30日 95~98頁

(5)発学第117号「新制高等学校の実施について」1948年 3月27日。なお,男女共学制については,拙稿「男 女共学の歴史的経緯と今日的課題」(生田久美子編『ジェンダーと教育』東北大学出版 2005年12月1日)

参照。

(6)文部省学校教育局『新制高等学校教科課程の解説』 昭和24年4月30日 70頁

(7)法律第228号「産業教育振興法」1951年6月11日『近代日本教育制度史料第16巻』166頁

(8)小松高等学校百年史編集委員会『小松高等学校百年史 通史編・資料編』 1999年10月

(9)文部省『中学校・高等学校管理の手引』 教育問題調査所 昭和25年3月30日 

(10)文部省関係官共著『新制高等学校の教育』 尚学社 昭和23年6月30日 9~12頁 

(11)前掲『現代日本の教育課程改革』 風間書房 1992年6月30日 166~179頁

(12)前掲『新制高等学校教科課程の解説』 50~51頁

(13)同上書 72頁

(14)前掲『小松高等学校百年史 通史編・資料編』 1999(平成11)年10月 516頁

(15)前掲『新制高等学校教科課程の解説』 45頁,66頁,77頁

(16)同上書 46頁

(17)同上書 47~48頁,57頁

(18)同上書 54~56頁,106頁

(19)同上書 106頁,77頁。前掲『小松高等学校百年史 通史編・資料編』 835頁

(20)前掲『中学校・高等学校管理の手引』 178~185頁

(19)

(21)同上書 282~293頁

(22)同上書 324~326頁,262頁

(23)石川県小松高等学校『昭和30年度実験学校研究報告 改訂高校教育課程についての諸問題』1955年。A:

2頁,6~7頁,B:2頁,3~4頁,C:2頁,5~6頁,7頁,8頁,D:2頁,9頁,E:8頁

(24)前掲『小松高等学校百年史 通史編・資料編』 842~843頁

(25)前掲『昭和30年度実験学校研究報告 改訂高校教育課程についての諸問題』 9頁

(26)前掲『小松高等学校百年史 通史編・資料編』 843頁

(27)前掲『昭和30年度実験学校研究報告 改訂高校教育課程についての諸問題』 9頁

(28)同上書 844頁

(29)同上書 844~848頁

(30)教育課程審議会『昭和27年度以降 教育課程審議会資料綴』

(31)『昭和27年度(第1次)教育課程審議会綴』 中等教育教育課程分科審議会第2回 1953年1月27日 配 布資料

(32)同上書 中等教育教育課程分科審議会第4回記録 昭和28年2月19日

(33)『昭和29年度(第2次)教育課程審議会綴』 以下,中等教育教育課程分科審議会第1回記録,同第2回記録,

第3回記録,第4回記録による。

(34)同上書 中等教育教育課程分科審議会第8回記録

(35)文部省『高等学校学習指導要領 一般編 昭和31年度改訂版』 昭和31年12月5日 1頁

(36)前掲『昭和29年度(第2次)教育課程審議会綴』中等教育教育課程分科審議会第8回記録

(37)教育課程審議会『昭和29年度(第2次)教育課程審議会綴』

(38)同上書 中等教育教育課程分科審議会第2回記録

(39)前掲『昭和30年度実験学校研究報告 改訂高校教育課程についての諸問題』 12~13頁

図表 4 (第 2 次)教育課程審議会答申の教科・科目・単位数※印は名称未定 図表 5 普通課程の 5 分化(一般系,家庭・職業系,文理 5 教科系,文系,理系) コース A B C D E 教科 学年 1 2 3 1 2 3 1 2 3 1 2 3 1 2 3 国語 4 5 5 4 3 3 4 7 5 4 7 7 4 3 3 社会 5 4 4 5 3 4 5 3 5 5 4 8 5 3 4 数学 6 3 0 6 3 0 6 3 3 6 3 0 6 6 3 理科 5 3 3 5 3 3 5 5 3 5 3

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