立教大学ジェンダーフォーラム 2020 年度公開講演会
フェミニズムが変えたこと、変えられなかったこと、
そしてこれから変えること
第1部|基調報告
小川 たまか氏 (ライター) 、酒井 順子氏 (エッセイスト) 、田中 美津氏 (鍼灸師)
第2部|パネルディスカッション
コーディネーター:佐藤 文香氏 (一橋大学大学院社会学研究科教授)
総括:上野 千鶴子氏
(東京大学名誉教授、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長)
2020.9.23(水)17:30-20:30 Zoomウェビナーによるオンライン開催 主催:立教大学ジェンダーフォーラム
共催:認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)
境磯乃: ただ 今 より 、立教大学 ジェンダーフォー ラム 主催、認定 NPO 法人 ウィメンズアクション ネットワーク (以下、 WAN )共催 による 公開講演会
「 フェミニズムが 変 えたこと 、変 えられなかった こと 、 そしてこれから 変 えること 」 を 開催 いたし ます 。本日司会 を 務 めさせていただきます 、WAN の 境磯乃 と 申 します 。 どうぞよろしくお 願 いいた します 。
それでは 開会 のあいさつに 移 ります 。 この 企画 の 実行委員長 であり 、立教大学社会学部教授 であ る 萩原 なつ 子先生、 よろしくお 願 いいたします 。
萩原なつ子: 皆 さま 、 こんばんは 。実行委員長 の 萩原 と 申 します 。立教大学 と WAN の 共催 のシン ポジウムに 、本当 に 多 くの 方 にご 参加 いただきま してありがとうございます 。 そして 貴重 な 報告 と ディスカッションをお 願 いしております 登壇者 お 一人 お 一人 にも 厚 くお 礼申 し 上 げます 。
本来 であれば 5 月 に 、今、画面 の 背景 に 映 って いる 立教大学 のタッカーホールでの 開催 を 予定 し
ておりましたけれども 、新型 コロナでやむなく 延 期 になっておりました 。 でも 本日 このように 、 オ ンラインではありますが 開催 できましたことを 大 変嬉 しく 思 っています 。 タッカーホールにいる 気 分 を 味 わっていただきながら 、長時間 にはなりま すが 、最後 までお 楽 しみいただければと 思 いま す 。皆 さま 方 のご 協力 に 心 から 感謝申 し 上 げまし て 、開会 のあいさつに 代 えさせていただきます 。 どうぞよろしくお 願 いいたします 。
境: ありがとうございます 。続 きまして 、主催 の 立教大学 ジェンダーフォーラムの 所長 である 片上 平二郎先生、 ごあいさつをお 願 いいたします 。
片上平二郎: 立教大学 の 片上 と 申 します 。 よろし
くお 願 いします 。萩原先生 がお 話 されたように
タッカーホールでの 開催 は 叶 いませんでしたが 、
結果的 にはオンラインでの 開催 になったことで 、
より 大 きな 規模 で 、 しかも 対面 では 参加 できな
かったような 遠方 からも 参加 できるようなかたち
となり 、逆 にラッキーだったかもしれないという 気分 でいます 。勿論、 いつかは 、対面 でまた 同 じ ようなイベントができる 機会 を 探 りたいとも 思 っ ていますが 。
WAN は 2009 年 5 月 に 発足 し 、立教 のジェンダー フォーラムも 1998 年4月 に 設立 されたので 、 ちょ うど 10 周年、 20 周年 を 超 えたところでこういう かたちで 一緒 にイベントができたことは 、 とても 嬉 しく 思 っています 。 また 、 ジェンダー 問題 を 考 える 、 フェミニズムを 今後 どう 考 えていくかとい う 主旨 のイベントを 立教 で 開催 できることも 、 と ても 誇 らしく 思 っています 。
その 一方 で 今日 の 登壇者 のうち 、酒井順子 さ んと 小川 たまかさんのお 2人 が 立教大学出身 です が 、日頃、立教 でいろいろ 活動 していると 、 ジェ ンダー 問題 についてあまり 敏感 だとは 感 じられな いような 場面 に 遭遇 することもいまだにありま す 。 そういう 場所 でジェンダーフォーラムという 組織 が 長 く 続 けられていること 、 および 大学 を 卒 業 した 後 に 酒井 さんや 小川 さんのような 人 が 活躍 されているということは 、 ある 種 ちょっと 謎 なと ころがありますが 、 だからこそ 立教 でこういうイ ベントをやる 意味 を 今後 も 考 えていきたいと 思 っ ています 。 それではよろしくお 願 いいたします 。
境: ありがとうございます 。 これより 第1部:基 調報告 に 入 ります 。基調報告 では 30 代、 50 代、 70 代 の 3名 の 方 に 、 それぞれご 自身 がこれまでに 変 えてきたことや 、変 えられなかったことを 語 って いただきます 。
ではお 1 人目、小川 たまかさんをご 紹介 します 。 小川 さんは 1980 年 のお 生 まれで 、立教大学大学 院 を 修了 されています 。 ライターとして 性暴力被 害、痴漢犯罪、年齢差別、 ジェンダー 格差、女性 蔑視 CM 、# Me Too といったジェンダー 問題 を 取 材 し 、発信 し 、声 を 上 げておられます 。 また 「性犯 罪 をなくすための 対話」 の 運営 をされています 。 著書 には 『「 ほとんどない 」 ことにされている 側 か ら 見 た 社会 の 話 を 。』 ( タバブックス 、 2018 ) があ ります 。小川 さん 、 よろしくお 願 いいたします 。
小川たまか: こんにちは 。 ライターの 小川 と 申 し ます 。 よろしくお 願 いいたします 。私 は 今 ご 紹介 にありましたように 、 30 代 の 代表 というかたちで 今日 はお 話 をさせていただくことになっているん ですが 、実 は 1980 年 の 11 月生 まれで 、 あと 2 ヶ 月 で 40 代 になってしまうので 、30代 ぎりぎりで 今 日参加 できて 良 かったというか 、 もっと 長 く 延期 にならなくてよかったなと 思 っています 。
立教大学 には 1999 年 に 入学 して 、 2003 年 まで 文学部 の 日本文学科 にいました 。 2003 年 から 2006 年 までは 、大学院 の 文学研究科 で 渡辺憲司先生 の もと 近世文学、江戸文学 の 研究 をしていました 。 振 り 返 ってみると 7 年間 も 立教 にいたので 、長 い 学生生活 でした 。 それでも 全然出来 のいい 学生 で はなかったので 、今日 こんなところに 呼 んでいた だいてとても 驚 いているのと 同時 に 、嬉 しくも 感 じています 。
立教 の 思 い 出 としてジェンダーに 絡 むものが 1 つあって 。 1999 年 の 入学式 の 時 に 、立教 のあま り 広 くはないキャンパスにサークルや 体育会 への 新入生 の 勧誘 がずらっと 並 んでいました 。 そこで 新入生 はみんな 声 を 掛 けられるんですけれど 、 そ こであるサッカーサークルから 、「僕 たちのサー クルは 男子 20人、女子 マネ 20 人 で 活動 していま す 」 と 声 を 掛 けられて 、 それを 聞 いた 時 に 私 はす ごくびっくりしてしまって 。高校 の 時 も 女子 マネ ジャーはいましたが 、男子 メンバーが 30 人 いたら 女子 マネ 2人 とか 、 そういう 感 じだったので 、大 学 になるとワン ・ オン ・ ワンで 女子 マネジャーが つくのかと 、 そんなすごいところに 来 てしまった のか 私 は ! と 一体 どうしたらいいんだろうと 訳 が 分 からなくなって 、女子 だけで 活動 している 女子 ラクロスというサークルがあったので 、 そこに 反 動 で 入 ってしまいました 。
今、立教 のラクロスって 、多分 とても 強 いです
よね 。 でも 私 が 入 った 当時 は 、 まだ 強 くなりかけ
の 途中 ぐらいで 、体育会 でもなくサークルだった
ので 、 そこまでスポーツが 得意 ではなかった 私 で
もついて 行 けて 、 4 年間 ずっとラクロスをやって
いました 。 そんな 思 い 出 があります 。今日見 てく
ださっている 方、立教 の 学生 さんもかなり 多 いと いうことなので 、 もしラクロスの 方 がいたら 嬉 し いなと 思 っています 。
私 は 、大学 を 卒業 してからライターをやる 中 で 、自然 とジェンダーの 問題 について 取材 をする ことが 多 くなっていきました 。何 で 自分 がそこに 興味 があるのかなと 考 えてみると 、一 つ 大 きかっ たのは 共働 き 家庭 に 育 ったということだと 思 って います 。先 ほども 言 ったように 私 は 1980 年生 まれ なのですが 、80 年代前半 は 、 まだ 共働 き 家庭 と 専 業主婦家庭 では 共働 き 家庭 の 方 が 少 ない 時代 でし た 。私 は 保育園 に 通 っていたんですが 、共働 き 家 庭 で 保育園 に 通 っている 子 どもは ―都内 の 私 の 周 りだけそうだったのかもしれませんが ― どち らかというと 貧困家庭 というか 、家庭 に 事情 があ る 。専業主婦家庭 が 普通 の 家庭 で 、共働 き 家庭 は ちょっと 特殊 な 事情 のあるお 家 というふうに 見 ら れていたなと 記憶 しています 。立教 は 私立 の 大学 で 、今 はどうだか 分 からないですが 、私 が 通 って いた 頃 は 、 お 友達 もやっぱり 専業主婦家庭 で 育 っ たという 学生 が 多 くて 、共働 きのお 家 だったとい う 子 がいたかなというぐらい 、 あまり 記憶 がない です 。
立教 の 大学院 を 出 て 、私 はすぐフリーランスの ライターになって 、 それから 編集 プロダクション を 共同経営者 と 一緒 に 立 ち 上 げて 、 そこで 10 年 やって 、 またフリーランスに 戻 りました 。 2006 年 に 卒業 してライターをやろうと 思 った 頃 に 、 もう 既 にその 当時、出版不況 と 言 われていて 、若手 に どんなところに 仕事 があるかといったらネットの 仕事 でした 。 なので 、 ライターとしてデビューし た 頃 から 、仕事 の 7~8 割 ぐらいがインターネッ トでした 。皆 さんもご 承知 だと 思 いますが 、 イン ターネットは 良 くも 悪 くもダイレクトに 読者 の 方 からの 反応 が 分 かる 。嫌 なことも 勿論言 われる し 、 いい 反応 も 時 にはもらえるというような 感 じ です 。
私 がすごく 記憶 に 残 っていることが 幾 つかある のですが 、 そのうちの 1 つが 、 2013 年 から 2014 年 の 頃 に 、自分 が 共働 き 家庭 で 育 ったこともあっ
て 、働 く 女性 を 応援 するような 記事、働 きながら 子 どもを 育 てている 女性 の 応援 をするような 記事 や 、待機児童 の 問題 について 書 いている 時 に 、今 もですけれど 、当時 すごく 反発 があった 。 どうい う 反発 かというと 、共働 きの 家 の 子 どもはかわい そうだとか 、子 どもが 小 さいうちは 母親 が 必要、
父親 ではなくて 母親 が 絶対 に 必要 なんだ 、 だから 保育園 に 子 どもを 預 けて 働 くなんていうのは 女性 のわがままだというような 、 そういう 反応 をい ただくことがかなりありました 。 ある 時、Yahoo ニュースのトップページに 私 の 待機児童 に 関 す る 記事 が 載 った 時 に 、Facebook のダイレクトメッ セージに 100 通近 いクレームというか 、 ほとんど 中年 の 男性 からだったのですが 、「保育園 に 預 け たい 女性 を 応援 するような 記事 は 書 くな 」 とか 、 もしくは 「 あなたが 言 っているような 女性差別 な んて 、 もう 今 はないんですから 、 そういうこと を 言 うのはやめてください 」 とか 、 そういうのが バーッと 来 たことがありました 。
でも 一方 で 、子 どもを 保育園 に 預 けているお 母 さんたちから 、 「書 いてくれてありがとう 。本当 に 涙 が 出 るぐらい 嬉 しかったです 」 とか 、 そういう 反応 もあったりして 、両方 の 反応 を 受 けながら 記 事 を 書 いていました 。 それが 2013 年、 2014 年頃 の ことで 、 2016 年 に SNS で 「保育園落 ちた 日本死 ね 」 というブログを 書 いた 方 がいて 、 これがすごく 話 題 になって 国会 でも 取 り 上 げられるに 至 って 、 よ うやく 待機児童 の 問題 が 少 し 広 まり 、今 でも 解消 されてはいませんが 、最近 は 「働 きたいなんて 女 のわがまま 」 みたいなことを 言 う 人 は 、 さすがに 少 なくなってきたのかなと 思 っています 。
また 、2015 年 からは 性暴力 の 問題 について 記事
を 書 き 始 めました 。 これを 書 き 始 めたきっかけも
ネット 上 にあります 。 ある 時 ネットで 、若 い Web
ライターの 男性 がアンケートを 基 に 記事 を 書 いて
いました 。 そのアンケートは 、女性専用車両 は 必
要 だと 思 うかどうかを 女性 に 対 して 調査 したもの
で 、20 代 から 60 代 までの 女性 の 回答 が 年代別 に
出 ていました 。 そこで 60 代 の 女性 も 7 ~ 8 割 が 女
性専用車両 を 必要 だと 思 っているという 結果 につ
いて 、 その Web ライターの 男性 が 何 と 書 いていた かというと 、「痴漢 も 人 を 選 ぶと 思 いますけれど ね 」 と 。「 60 代 も 7 割 が 女性専用車両必要 だなん て 、60 代 なんて 痴漢 に 遭 わないくせに 、遭 うと 思 っているんですか 」 というようなことを 書 いて いました 。
そういう 被害者 を 冷 やかすようなコメントは 、 ネット 上 に 本当 にたくさんあるんですが 、自分 と 同 じ Web ライターがこういうことを 書 いている のを 私 はとても 許 せなくて 。 それから 自分 が 小学 校 の 頃 や 高校 の 頃 に 遭 った 痴漢被害 のことをブロ グに 書 いたんです 。 そしたらそのブログにすごく 反響 があって 、自分 も 被害 に 遭 っていたとか 、自 分 の 娘 が 被害 に 遭 って 裁判 をしましたとか 、自分 の 友 だちが 、「今痴漢 してきた 」 と 笑 いながら 話 し ていたのがすごく 怖 くて 逃 げましたという 男性 か らとか 、 いろんな 反応 があって 、 この 痴漢 の 問題 を 私 は 深 く 取材 してみようと 思 って 、 それから 性 暴力 の 取材 を 始 めました 。
ただ 、痴漢 の 問題 も 書 いてみると 、「書 いてく れてありがとう 」 という 反応 もいただく 一方 で 、 やっぱり 「痴漢冤罪 のほうが 問題 だ 」 とか 、「男 を 全部痴漢扱 いするな 」 とか 、「女性専用車両 は 男性差別 ですよね 」 とか 、 そういう 反発 がありま す 。 さらに 女性 からも 「私 は 性暴力 に 遭 ったこと がないから 関係 ないです 」 みたいな 反応 があるの ですが 、 でも 「 じゃあ 痴漢 に 遭 ったことないんで すか 」 と 話 を 聞 いてみると 、「痴漢 ぐらいならある けれど 、痴漢 って 性暴力 なんですか 」 といった 状 態 で 、女性 の 中 にもまだ 性暴力 について 語 りづら いとか 、語 る 言葉 を 持 っていない 人 も 多 いんだな という 実感 がありました 。
過去 のことを 調 べてみると 、 80 年代 には 「 スレ スレ 痴漢法」 という 特集 が 雑誌 で 組 まれたことが あり 、 しかもいわゆるエッチな 雑誌 ではなく 、普 通 のビジネスカルチャー 誌 でそれが 行 われていま した 。牧野雅子先生 の 『痴漢 とはなにか 』 ( エトセ トラブックス 、2019 年) に 詳 しく 出 てきます 。 ま た 、 80 年代後半 には 、大阪 で 「御堂筋事件」 とい う 、痴漢 を 注意 した 女性 が 電車 から 引 きずり 降 ろ
されて 強姦 されるという 事件 がありました 。 その 事件 に 女性 たちがたくさん 抗議 をして 、鉄道会社 に 対策 を 求 めるような 申 し 入 れをしました 。 でも その 女性 たちに 対 して 、 お 客 を 痴漢扱 いするわけ にはいかないとか 、「痴漢 は 犯罪」 というポスター 一 つを 掲示 するのにも 、 すごく 難色 を 示 された ようです 。 あるいは 80 年代、 90 年代、 まだセク ハラという 言葉 ができ 始 めたぐらいの 頃 に 、「何 でもかんでもセクハラ 扱 いされたら 、女 の 子 のお 尻 さえ 触 れなくなるなんて 苦 しい 」 とか 、過去 の ことを 調 べるとそういう 事例 が 山 ほど 出 てくるん です 。
さらに 言 うとその 当時、今 よりもずっと 性被害 への 偏見 が 酷 かった 頃 から 、被害者 の 支援 をやっ てきたのは 女性 たちで 、女性 たちが 手弁当 やボラ ンティアのかたちで 、被害 に 遭 った 女性 や DV か ら 逃 げられないでいる 女性 たちの 電話相談 を 開 い たりとか 、 ケアやサポートに 当 たっていた 。 わず かながらの 助成金 を 、 たまに 出 たり 出 なかったり する 助成金 をもらいながら 、声 なき 声 といわれる 女性 たちを 支 えていた 。 そういう 歴史 があること を 知 って 、国 はそうしたケアやサポートの 分野 を これまでずっと 、今 もだと 思 うんですけれども 女 性 たちに 丸投 げして 、女性 たちの 無償労働 に 頼 っ てきた 部分 があると 思 いました 。
それなのに 、過去 ずっとつないできた 女性活動
を 、 あまりマスコミも 拾 ってこなかった 。 #Me Too
やフラワーデモが 、最近 になって 報道 されるよう
になって 、日本 で 初 めて #Me Too が 始 まったとか 、
女性 たちが 初 めて 声 を 上 げたと 言 われることもあ
ると 思 うのですが 、本当 はずっと 女性 たちは 声 を
上 げていて 、 それを 拾 わなかったメディアが 私 は
結構悪 いなと 思 っています 。今、新聞社 とかも 半
数以上 が 新卒 で 女性 を 採 るようになってきて 、報
じるメディアの 側 にもようやく 女性 が 増 えて 、声
が 拾 われ 始 めたというところが 、 もしかしたらあ
るのかもしれません 。私 はやっぱりライターなの
で 、過去 の 話 も 聞 きながら 、今活動 している 人 た
ちの 声 も 聞 きながら 、 なるべく 多 くの 人 を 聞 き 漏
らさないようにして 、 これからもいろんな 問題 を
取材 していきたいと 思 っています 。 ちょっと 長 く なってしまったんですけれど 、私 の 発表 は 以上 に したいと 思 います 。 どうもありがとうございま した 。
境: ありがとうございます 。続 きましてお 2人目 の 酒井順子 さんをご 紹介 します 。酒井 さんは 1966 年生 まれで 、立教大学 をご 卒業 されたエッセイス トです 。 30 歳以上、未婚、子 なしの 女性 を 「負 け 犬」 と 定義 した 著書『負 け 犬 の 遠吠 え 』 (講談社、
2003 ) で 、 2004 年 に 婦人公論文芸賞、講談社 エッ セイ 賞 を 受賞 し 、流行語大賞 にもノミネートされ るなど 一大論争 を 起 こしました 。『百年 の 女―
『婦人公論』 が 見 た 大正、昭和、平成』 (中央公論新 社、 2018 )、『男尊女子』 (集英社、 2017 ) ほか 、 そ の 時代 のその 時 の 自分 が 感 じる 、女性 としてのあ りようをつづった 著書 を 多数出 しておられます 。 では 酒井 さん 、 よろしくお 願 いいたします 。
酒井順子: 皆 さん 、 こんばんは 。酒井順子 です 。 Zoom でこういった 大規模 なイベントに 参加 する のは 初 めてなので 、1人 で 語 りながら 、 この 向 こ うにたくさんの 方 がいらっしゃるというのが 信 じ られない 思 いでおります 。今日 はいろいろな 世代 の 方 が 集 まっている 中 で 50 代 の 代表 ということ で 、 まずは 少 し 自己紹介 を 兼 ねて 自分 の 世代的背 景 を 話 してみたいと 思 います 。 1966 年 は 昭和 で 言 うと 41 年 で 、丙
ひのえうま午 の 年 なんです 。私 の 年 の 出生率 はその 前後 と 比 べて 本当 にがくっと 落 ちていて 、 全体 の 人数 が 少 ないので 、人生 においてもあまり 激 しい 競争 に 晒 されずに 生 きてきた 気 がします 。 なおかつ 、私 が 就職 をした 1989 年 は 昭和 が 平成 に なった 年 ですけれども 、 バブルの 只中 ということ もあって 、就職活動 でも 比較的簡単 に 誰 でも 内定 が 取 れたという 、 いわゆるバブル 世代 でもありま す 。 さらに 言 うと 1989 年 の 就職 は 、男女雇用機 会均等法 が 施行 されてから 3 年目 か 4 年目 ぐらい だったので 、私 はいわゆる 雇用機会均等法 の 第1 世代 ということにもなっています 。
私 は 大学 を 卒業 してから 広告代理店 に 就職 しま
したが 、 その 時 は 丙午 とバブルと 雇用機会均等法 と 、 いろいろな 下駄 を 履 かせてもらうことができ ました 。 おかげで 私 は 総合職 としてその 会社 に 就 職 したのですが 、 それも 自分 で 望 んで 勝 ち 取 った というよりは 、上 の 世代 の 方々 が 作 ってくださっ た 波 に 乗 って 、 そうなったのかなという 感覚 を 持 っています 。
エッセイを 書 く 仕事 の 中 では 一 つの 柱 として 、 自分 という 狭 い 間口 から 、 その 時代、時代 の 女性 の 生 き 方 を 見 るという 作品群 があります 。 その 辺 りからジェンダーですとか 、男女 の 在 り 方 みたい なものについて 興味 を 持 つようになってきました 。
最初 は 、 ひょんなことから 高校時代 にエッセイ を 書 くようになったのですが 、女子高生 というの はこういう 暮 らしをしているんですよということ を 書 いてみたら 、大人 たちにすごく 受 けて 、女子 高生 という 属性 が 売 り 物 になるんだということに 気付 いたんですね 。 その 感覚 は 、言 うなれば 90 年 代 のブルセラの 女子高生 と 同 じで 、私 はブルマを 売 る 代 わりに 売文 していたという 、文筆系 のブル セラ 女子高生 でした 。
就職 の 時 は 均等法 が 施行 されたり 、私 が 就職 し た 年 に 確 かセクハラという 言葉 が 流行語大賞 に なって 、 セクハラは 一応 いけないんだという 認識 が 広 まったりということで 、昭和 までは 目 に 付 き やすいところにあった 男女差別 が 、 なくなったわ けでは 全 くないけれど 、水面下 に 潜 らせなければ いけないという 認識 が 広 まった 時代 でした 。 その 中 でいつも 私 が 疑問 に 思 っていたのが 、何 で 自分 も 含 めて 女性 は 、男性 と 相対 した 時 に 一歩下 がっ たりとか 一段降 りたりとか 、自分 を 低 めずにいら れないんだろうということでした 。言葉 の 問題 で 言 ったら 、夫 のことを 「主人」 と 呼 ぶといったこと も 同 じ 問題 かと 思 うんですが 、私 はそういう 女性 のことを 「男尊女子」 と 呼 んでいます 。
そのことに 一番最初 に 気付 いたのが 、小川 さん
も 仰 っていましたが 、大学 に 入 って 最初 に 感 じた
女子 マネショックでした 。同級生 の 女 の 子 の 中
に 、 アメフトとかラグビーなど 、 かっこいい 感 じ
の 男子 の 体育会 の 部 の 女子 マネになりたいという
人 がたくさんいて 、 なぜ 彼女達 は 自分 のしたいこ とをするのではなく 、男 の 人 の 雑用 をしたいのか とすごく 疑問 に 感 じていました 。 でも 、彼女 たち にとっては 本当 にしたいことが 、男 の 子 を 助 ける ということで 、 そこに 喜 びを 感 じる 女子 もいるん だということに 初 めて 気付 きました 。
自分 の 中 に 男尊女子感覚 が 全 くないのかという とそうではなくて 、男 の 子 にリーダー 役 をつい 任 せてしまったりとか 、何 となく 飲 み 会 でサラダを 取 り 分 けたりとか 、 そういう 自分 もいるわけで す 。男尊女子成分 を 取 り 除 くのがとても 難 しいの はなぜかなと 考 えつつ 大人 になりまして 、 さっき ご 紹介 いただいた 『婦人公論』 という 雑誌 の 創刊 以来 100年 の 歴史 を 振 り 返 るという 機会 がありま した 。大正 から 今 までの 女性 の 歴史 を 見 ると 、平 塚 らいてうさんのような 先駆的 な 人 もいるけれど も 、男尊女子 の 歴史 も 脈々 と 続 いているわけで す 。 そもそも 『婦人公論』 という 雑誌自体 が 、進 ん でいる 男 が 劣 った 女 を 導 いてあげるという 意識 か ら 始 まっていて 、例 えば 創刊 の 頃 には 「婦人 とい えども 人 である 」 みたいなことが 書 いてある 。女 も 人間 だということが 、 その 時点 で 認識 されてい なかった 上 に 、男 と 女 の 知能 は 同等 ではない 、 と いったことも 書 かれています 。昭和 50 年代 になっ ても 、例 えば 作家 の 吉行淳之介 さんが 「女 は 男 に 殴 られたり 酷 い 目 に 遭 わされると 喜 びますね 」 な どと 言 っていて 、 それに 対 し 宮尾登美子 さんが
「本当 にみんなそうです 。 だから 最近 の 若 い 男性 は 弱 くて 絶望 します 」 なんて 答 えている 。 そうい う 歴史 を 見 ると 、少 しずつではあるけれど 女性 た ちは 変 わってきているなと 思 う 反面、男尊女子成 分 は 急 にはなくならないことも 痛感 しました 。
そうした 中 で 、別 の 仕事 で 『 an ・ an 』 という 雑誌 の 歴史 を 紐解 いている 時 に 、自分自身 に 直接結 び つく 男尊女子 の 源流 みたいなものを 発見 したこと がありました 。 それは 1970 年代 の 前半 に 「 ニュー トラ 」 というファッションが 神戸 で 発生 したとい うことでした 。 ニュートラというのは 「 ニュー 」 な
「 トラディショナル 」 という 意味 です 。 その 前 にア イビーというトラディショナルファッションが 流
行 っていて 、基本 はトラディショナルだけれど 、 アイビーよりもっと 女性的 で 華 やかなテイストの ファッションがニュートラでした 。 このニュート ラこそが 『JJ』 とか 『CanCam』 にその 後 つながって いく 、 いわゆるモテファッションの 源流 です 。
『an・an』 は 1970 年 に 創刊 された 、日本 で 最初 の 若 い 女性向 けのファッショングラビア 雑誌 でし た 。最初 の 頃 はウーマン ・ リブとかヒッピームー ブメントの 影響 も 受 けて 、自由 で 開放的 なファッ ションやセックスの 問題 も 扱 う 雑誌 だったので 、 その 『 an ・ an 』 がモテファッションの 源流 となっ たニュートラを 初 めて 紹介 したことが 、私 はとて も 意外 でした 。 けれど 、創刊以来『 an ・ an 』 で 打 ち 出 していた 開放的 なファッションとニュートラは やはり 折 り 合 いが 悪 くて 、結局「 あなたはニュー トラに 賛成?反対?」 といった 大特集 が 組 まれる に 至 ります 。 ニュートラ 賛成派 は 、「新 しい 服装 の 人 って 、服装 も 生 き 方 もだらしない 感 じがす るの 」 とか 、「 ニュートラを 着 てる 人 は 、 おしゃ れも 生 き 方 も 清潔 なけじめがあるんです 」 とか 、
「 ウーマン ・ リブなんて 絶対 に 嫌」 とか 言 っている のに 対 して 、 ニュートラ 反対派 は 、「親 とか 世間 体 ばっかり 気 にするニュートラの 子 は 許 せない 」 とか 、「新 しいファッションは 自由 で 独創的 でな ければならないのに 、 そういう 理想 を 持 っていな いニュートラは 断固否定 すべき 」 といった 意見 を 持 っていました 。 ファッションの 違 いというより は 、保守 と 革新 という 、生 き 方 や 思想 の 対立 に なっていたわけです 。
『an・an』 はニュートラに 対抗 するファッション
の 概念 として 「 リセ 」 というものを 打 ち 出 してい
ます 。 パリの 女子高生 であるリセエンヌのような
ファッションということなんですが 、『 an ・ an 』 は
この 2 つのファッションの 違 いを 、 ニュートラが
男性 に 対 して 「私 は 女性 です 」 と 叫 びながら 歩 い
ているファッションだとしたら 、 リセは 「男女平
等」 と 呼 びかけながら 歩 いている 服 だ 、 というふ
うに 書 いています 。結局『an・an』 はニュートラと
決別 して 、男女平等 の 方 の 道 を 選 びました 。 その
結果 として 、他社 で 『JJ』 というニュートラのため
の 雑誌 が 創刊 されるのですが 、 この 分岐 が 日本 に おける 「 モテ 至上主義者」 と 「非 モテ 派」 の 分断 の 、 第 1 歩 ではなかったかと 私 は 思 っています 。 その 後、 ニュートラという 球根 は 『JJ』 や 『CanCam』 な どの 雑誌 で 順調 に 育 まれていって 、 モテ 思想 の 花 が 開 きました 。『an・an』 の 中 でできた 「 リセ 」対
「 ニュートラ 」 の 図式 は 、後 の 働 く 女 と 専業主婦 の 分断 とか 、会社 の 中 で 言 ったら 女性 の 総合職 と 一 般職 の 分断 であるとか 、 そういった 流 れにもつな がっていくことになります 。
ニュートラがなぜ 登場 したかというと 、 そこに は 多分 2 つの 理由 があって 、1 つはヒッピーとか ウーマン ・ リブといった 70 年代初頭 に 盛 んだっ た 自由 と 解放 を 求 める 動 きに 対 する 揺 り 戻 し 現象 として 保守系 ファッションが 台頭 したというも の 。 もう 1 つは 、 この 頃 の 女性 は 、 モテなくては いけないという 切迫感 を 覚 えざるを 得 なかった 。 1960 年代 の 半 ばに 、日本 ではお 見合 い 結婚 と 恋愛 結婚 の 割合 が 逆転 して 、急 に 恋愛結婚 が 多 くなっ たことと 関係 しています 。 つまり 当時 は 自分 で 結 婚相手 を 見 つけなくてはならない 時代 の 始 まり だったわけで 、 そこからモテなくてはならないと いう 強迫観念 が 高 まっていったのではないか 。 そ んな 中 でニュートラというファッションは 、保守 系 の 男性 にモテるポイントを 正確 に 心得 ていて 、 ジーンズやタイツは 決 して 履 かずにスカートと 肌 色 ストッキングを 貫 くというスタイル 。男女平等 を 男性 に 訴 えて 少 しずつ 距離 を 縮 めるのではな く 、 ファッションで 「私 はあなたの 敵 ではない 」 とストレートに 伝 えることによって 一気 に 距離 を 縮 めていく 手法 であり 、女性 がすぐにいい 気持 ち になれる 劇薬 みたいな 効果 を 持 っていたと 思 い ます 。
最近 はモテるとかモテないとかいうことがどう でもよくて 、恋愛 にがっつかない 若 い 方 が 増 えて いると 言 われていますが 、 でも 、実 は 今 も 男性 と つがいになるために 、 そしてできたつがいを 壊 さ ないように 、自分 の 意見 や 要求 をそのまま 口 に 出 せない 女性 は 多 いのではないかと 私 は 思 っていま す 。例 えば 相手 に 嫌 われるのではないかと 思 う
と 、 セックスにノーと 言 えないとか 、避妊 をして ほしいと 言 えないという 人 は 、若 い 人 の 中 にもす ごくたくさんいる 。何 で 女性 が 自分 の 気持 ちをそ のまま 男性 に 伝 えられないのか 、何 で 男尊女子 が 減 らないのかという 問題 について 、歴史 をさかの ぼることによって 、 その 根 っこが 見 つかるのでは ないかと 思 っています 。
そろそろ 時間 が 来 たので 、私 からの 話 はこの 辺 にしたいと 思 います 。 ありがとうございました 。
境: どうもありがとうございます 。 それでは 3 人 目、田中美津 さんをご 紹介 します 。田中 さんは 1943 年 のお 生 まれです 。 1970 年代 ウーマン ・ リブ の 中心的存在 であり 、日常生活 の 中 で 生 まれる 、 女 である 自分 にとっての 切実 な 問題 を 出発点 に 活 動 を 続 けてきた 先駆者 で 、鍼灸師 でもあります 。 著書『 いのちの 女 たちへ ― とり 乱 しウーマン ・ リブ 論』 (田畑書店、 1972) は 1972 年 の 初版 から 半 世紀、 いまだに 増版 されている 大 ベストセラーで す 。昨年 は 田中 さんにフォーカスしたドキュメン タリー 映画『 この 星 は 、私 の 星 じゃない 』 (吉峯美 和監督、2019) が 公開 されています 。 では 、田中 さん 、 よろしくお 願 いいたします 。
田中美津: ちゃんと 映 っています ?
境: はい 。映 っていますし 聞 こえています 。
田中: 分 かりました 。初 めましての 人 もいると 思 います 、田中美津 です 。今日 は 何 かお 祝 いの 催 し なんですよね 。立教大 も 長年頑張 っているそう で 、 それから WAN は 本当 に 、上野 さんを 始 めとす る 方々 の 頑張 りで 、 もう WAN がいないフェミニズ ムは 考 えられないようなそれだけの 実力 を 培 って の 11 年間 ですからね 。最初 はたった 15 分間 しゃ べるだけでいいそうですが 、 やっぱりまず 私的 に はお 祝 いの 言葉 に 代 えて 、歌 を 歌 わせていただこ うかな 、 と 。
♪急 いで 急 いで 走 って 汽車 ポッポ ~。 バンババ
バン 、 バンバババン 。 25 歳 はお 肌 の 曲 がり 角 よ
~。 バンバババン 、 バンバババン 。女 らしさを 武 器 にして 、 うまく 男 をパクりましょうね ~。離 さ ないわよパクった 男、 バージン 餌 にパクった 男。
ほかの 女 を 蹴散 らして 、 やっとつかんだ 妻 の 座 だ もん 。急 いで 急 いで 走 って 汽車 ポッポ ~。 バンバ ババン 、 バンバババン 。花 の 命 は 短 いものよ ~。
バンバババン 、 バンバババン 。女 らしさを 武器 に して 、 うまく 男 をパクりましょうね ~。 うまく 男 をパクりましょうね ~♪
お 祝 いの 歌 としては 随分 と 突拍子 もない 歌 なん じゃないかと 、 きっと 真面目 な 方 は 思 われたと 思 うんですけれど 、 この 歌 は 今 から 50 年 ぐらい 前、
リブの 運動 をやっていた 時 に 、私 たちは 思 ってい ることを 伝 えるのに 、楽 しく 、 そしてよく 伝 わる ようなやり 方 でやりたいと 思 ったもんですから 、
『 ミュージカル 「女 の 解放」』 (1974) というものを 作 り 演 じました 。 これ 、 その 中 での 歌 なんです 。 この 歌 からも 推察 できるように 、 それまでの 女性 解放運動 の 真面目 さに 繋 がることができなかった 人 たちがリブに 集 まって 、 そしてリブを 支 えたと 言 ってもいいと 思 います 。
何故 それまでの 運動 が 私 たちに 伝 わって 来 な かったかというと 、 いま 思 えば 人 の 生 きる 幅 より も 運動 が 狭 くなってしまっていたからではないか と 思 います 。私 はかけがえのない 存在 であるとと もに 、 かけがえがないから 、嫌 な 男 から 絶対 にお 尻 なんか 触 られたくない 。 リブはいわば 50 年前 の
#Me Too運動 でした 。10人 ぐらいが 集 まって 話 し 合 うという 、 そんな 小 さなグループが 日本 のあち こちにできて 、「私 が 解放 されるためにどんなこ とが 必要 なのか 」 とか 、他人 の 話 から 刺激 を 受 け たりしてリブ 運動 を 形 づくっていきました 。何 か 偉 い 学者 さんがいて 、 その 人 の 書 いたものを 通 じ て 出来上 がった 運動 ではないですから 、 みんな 自 分 のぐるりの 問題 から 、何 が 行 き 難 くしているの かということを 自分 の 言葉 で 明 らかにしながら 、 私 たちは 少 しづつ 進 んでいったのです 。
ですから 、「嫌 な 男 からお 尻 なんか 触 られた
くない 」 「 そうよ 、 そうよ 」 と 言 いながら 、 「 でも 好 きな 男 が 触 りたいと 思 うお 尻 は 欲 しいわ 」 という 話 になっていく 。「触 られたくない 」 はみんなに 共 通 したことだから 運動 の 大義 となって 、 それプラ ス 「 セクシーなお 尻 が 欲 しい 」 の 個 の 欲望 も 大事。
大義 と 欲望 の 2 つを 握 って 世間 が 運動 と 思 ってく れるものをやってました 。 「触 られたくないし 、触 られたい 」 という 主張 ですから 、 スッキリとはい かない 。 さっき 紹介 していただいた 私 の 本 が 「 と り 乱 しウーマン ・ リブ 論」 という 副題 になってい るのも 、 そんなところから 来 ています 。
とにかく 自分以上 にもなりたくない 、自分以外 にもなりたくない 。 でも 自分 って 何 なの ?私 た ちは 、 そこから 考 えていかなきゃならなかった 。 他人 に 「 こういう 私 なんです 」 と 言 ってすぐにわ かってもらえるようなことは 、容易 く 言葉化 でき る 。 でも 「好 きな 男 が 触 りたいと 思 うお 尻 が 欲 し いわ 」 なんてことは 、実際 にそう 思 って 生 きてい るにもかかわらず 、 それは 日常、言葉化 されるこ とがないから 、 そういう 欲望 を 口 にすることで
「社会 が 求 める 自分」 でない 、「自分 が 求 める 自分」
を 女 たちは 手 に 入 れようとしたのです 。 そういう 意味 でも 私 たちは 、一体 どんな 解放 を 求 めて 頑張 ろうとしているのかということを 、女性解放 の 本 からではなく 、自分 たちで 話 し 合 いつつ 深 めてい きました 。 いろいろな 女性解放 の 本 が 出 ている 。 でも 私 たちの 疑問 に 答 えてくれる 本 だとは 思 わな かった 。正 しいだけでは 、私 たち 個人 のいろいろ な 日々 の 戸惑 いとか 孤独 とか 、 そういうものにつ ながっていかない 。私 たちは 大 したことない 者 た ちだけれど 、 でもその 大 したことない 者 たちの 中 にも 社会 への 怒 りとか 、 もっと 自分 らしく 生 きた いとか 、自分以上 のものにも 以外 のものにもなり たくないとか 、 そういった 怒 りや 欲望 があって 、 それにつながる 運動 が 私 たちは 欲 しかった 。
昔 の 女 の 人 たちの 在 り 方 を 見 ると 、「靖国 の 母、
何 とかの 妻」 というかたちで 女 は 妻 として 母 とし
て 、 こういうふうに 生 きよと 言 われるんだけれど
も 、女 としての 部分 はまるでないかのよう 。妻 と
して 、母 としてだけで 、 あとはおばあちゃんに
なっていく 生 き 方 しかないような 、 たくさん 子 ど もを 産 めば 妻 として 、母 として 評価 されるけれ ど 、 それ 以外 は 否定 されるような 生 き 方 を 戦前 の 女 たちがしてきたのに 対 し 、戦後 は 妻 となった ら 、 2 人 ぐらい 子 どもを 産 んで 母 となって 、 そし てパートタイムで 自分 のお 金 を 稼 いで 、自分 の 女 としての 部分 も 何 とか 生 かそうと 頑張 ってきたの ですが …。
日本 はヨーロッパに 比 べるとうんと 早 く 、昭和 23 年 から 中絶 が 許 されたので 、子 どもを 持 たない で 仕事 を 選 んでいく 道 もあったんだけれど 、 しか し 昔 の 女 が 「靖国 の 母、何 とかの 妻」 という 国 が 求 める 女 を 生 きるしかなかったのと 同 じように 、 一見私 たちは 戦後、男女平等 が 叫 ばれるように なって 随分 マシになったがしかし 、一歩深 く 考 え ると 、結局、戦後 の 復興 というのは 、女 が 中絶 し ながら 支 えてきたわけです 。男 は 長時間労働 で 家 のことは 何 もできないから 、 そういうことは 女 が 全部背負 って …。 けれども 男 のお 金 だけでは 食 べ るのが 難 しいから 、安 いお 金 でパートにも 出 る 。 でもそれで 子 どもが 産 めなくなるようでは 困 るか ら 、2 人 ぐらいは 産 んで 、 あとは 中絶。 というよ うな 中絶 が 許 されてきたのです 。
その 意味 では 、戦後 も 、国 や 大企業 にとって 都 合 のいい 女 として 男 として 存在 させられていると いう 構造自体 は 全然変 わっていない 。 これ 、 あん まり 大 きい 問題 だから 考 えないようにしてきたと ころが 従来 の 女性運動 にはあったのではないか 。 私 たち 自身、女性解放 と 言 われても 「 そんな 大層 な 問題 よう 知 らんわ 」 「自分 とは 関係 ないわ 」 と 深 く 考 えようとはしなかったのだから 。 そのことを 自覚 することで 、 モヤモヤしながら 同 じように 思 ってる 女 たちへ 、自分 たちは 言葉 を 届 けること ができるんじゃないかと 思 いました 。 それで 女 の 生 き 方 がどんなにか 不条理、理不尽、頭 に 来 るか ということを 、全編喜劇 のミュージカルとして 表 現。 それから 、見 えるかな 、 これは 私 たちの 『 リブ ニュース 』 (画面 に 紙面 を 見 せる )。 なんだかおも しろそうでしょ 。 こんなイラストいっぱいの 楽 し い 女性解放 の 情報誌 を 作 っているところなんて 、
残念 ながら 今 だってないんじゃないのかしらね 。 戦前 も 戦後 も 、私 たちは 労働力 として 生 かさ れたり 、母 として 生 かされたりしているけれど も 、女 としては 生 かされていない 。女 として 生 き るというのはどういうことなのか 。私 たちはやさ しさと 、 やさしさの 肉体的 な 表現 としてのセック スを 併 せ 持 つ 存在 なんだ 、 ここに 立 って 生 きてい きたいんだということを 強 く 訴 えて 、 とにかくそ れまで 何 となく 運動 の 中 でもタブー 視 されてきた 性 と 生殖 の 問題 に 果敢 に 切 り 込 んだのは 、 リブの 特質 として 論 じられてもいいんではないかと 思 い ます 。
そういうことをミュージカルとか 、今 お 見 せ した 『 リブニュース 』 とか 、 それから 10 人 ぐらい 集 まっては 今 の #Me Too 運動 のようなことをしな がら 、運動 を 形 づくっていったのには 訳 がありま す 。世 の 中 に 訴 え 広 めていくという 運動 の 生産性 も 大事。 でももっと 大事 なのは 、解放 されるべき は 私自身 だということ 。 そこのところとちゃんと 真向 かわないで 、 もっぱらほかの 人 たちに 呼 びか けるというようなことは 絶対 やりたくない 。 つま り 、私 の 生 きることが 楽 になることと 、運動 が 大 きくなることはイコールでありたいと 思 ってまし た 。 そんなふうに 思 ったのは 、 やはりリブに 関 わっている 人 たちが 、 それまでは 全然女性解放 と いうものに 関 りを 持 たなかった 、持 てなかった 人 たちだったからで 、苦 しむ 自分、悩 んでいる 自分 を 軸 にした 運動 にしたいというこだわりがあった からです 。 そういう 意味 では 、今 でも 会社勤 めや ご 近所 との 関係 を 通 じて 、 「変 だわ 。何 でそんなこ と 言 われなきゃならないの 、思 われなきゃならな いの 」 ということはたくさんあるはずで 、 そうし た 思 いに 対 して 、 フラワーデモとか #Me Too の 運 動 は 、「私 から 私 たちへ 」 の 回路 をなしていくため に 凄 く 大切 なことですよね 。
ただ 、国際婦人年 と 軌 を 一 にして 、 いわば 日本
政府 も 半 ばフェミニズムの 運動 を 是認 するという
か 、国際的 にも 女 の 人 たちが 解放 されることに
よって 、国 ももっと 良 くなるんだという 潮流 に
なってきて 、 フェミニズムも 一層公認 されてきた
ように 思 うんですけれど 、 どうなんでしょうか 。 これは 私 の 全 くの 誤解 かもしれないけど 、今回集 まっているほとんどの 方 が 学者 や 学生 の 方 みたい ですから 、 そういう 方 たちにお 聞 きしたいんです けれど 、 フェミニズムの 運動 は 、私 たち 部外者 か ら 見 ると 、何 か 大学 の 先生 が 正 しいことを 言 って いる 、 でも 面白 くない 運動 にまたまたなってる … という 気 がしないでもないのよね 。後 から 上野 さ んにボカボカにやられることを 覚悟 して 、正直 な 気持 ちを 言 ってみました 。
大体 もういいんじゃないの 、 15 分 しゃべったよ ね 。 どう ?
境: はい 。 ありがとうございます 。 お 祝 いという ことで 素敵 な 歌声 を 聴 かせていただきまして 、 ど うもありがとうございます 。
田中: だって 私、 リブだもん 。
境: 生 で 聴 けてとてもよかったです 。 ではこれか ら 5 分間 の 休憩時間 を 挟 みまして 、 18 時 40 分 より 第2部 を 再開 いたします 。
<休憩>
境: お 待 たせいたしました 。 これより 第2部 パネ ルディスカッションを 開始 いたします 。第 2 部 で は 、基調報告 をいただきましたお 三方 のパネリス トに 加 え 、 コーディネーターに 佐藤文香 さんをお 迎 えし 、 フェミニズムのこれからについてディス カッションしていただきます 。
佐藤文香 さんは 一橋大学大学院社会学研究科教 授 で 、 ご 専門 はジェンダー 研究 です 。人文書院 よ り 、共編 によるインタビュー 集『 ジェンダー 研究 を 継承 する 』 (人文書院、 2017 ) を 出 され 、 20 ~ 30 代 の 後続世代 によるジェンダー 研究 のパイオニア たちの 困難 や 研究 への 思 いを 、運動 や 政治 との 関 係 も 絡 めて 問 うことを 通 じ 、次世代 への 継承作業 をまとめていらっしゃいます 。 ここからの 進行 は 佐藤 さんにお 願 いしたいと 思 います 。佐藤 さん 、
どうぞよろしくお 願 いいたします 。
佐藤文香: よろしくお 願 いいたします 。第 2 部 の パネルディスカッションのコーディネーターの 佐 藤文香 です 。
まず 自己紹介 をさせてください 。今、総合司会 の 境 さんからもお 話 しいただきましたけれども 、 私 は 2017 年 に 『 ジェンダー 研究 を 継承 する 』 とい う 本 を 出 しました 。 これは 一橋大学 の 大学院生 た ちとのプロジェクトで 、意図 したところは 世代 を つなぐということでした 。 パイオニア 世代 の 研究 者 たちのライフヒストリーを 、若 い 院生 たちと 一 緒 に 聞 き 取 りをするという 作業 です 。 それから 昨 年、『 ジェンダーについて 大学生 が 真剣 に 考 えて みた ― あなたがあなたらしくいられるための 29 問』 (明石書店、 2019) を 学部生 たちと 一緒 に 出 しました 。 Q&A 欄 に 「入門書 としてどんなものが あるか 紹介 してください 」 と 投稿 がありましたけ れども 、 ぜひこちらの 本 を 手 に 取 っていただける と 嬉 しく 思 います 。 それから 今秋、 フェミニスト 国際政治学者 のシンシア ・ エンローさんの 翻訳 を 出 すことになりました 。『〈家父長制〉 は 無敵 じゃ ない ―日常 から 探 るフェミニストの 国際政治』
(岩波書店、2020) という 本 です 。
これら 3 冊 を 挙 げた 理由 ですが 、今日 は 「 フェ ミニズムが 変 えたこと 、変 えられなかったこと 、 そしてこれから 変 えること 」 ということなので 、 私 としてはやはりフェミニズムのバトンをつない でいくというイメージでいるんです 。 ここ 数年 は 私自身 も 意識 して 、 このバトンをつなぐ 作業 をし てきました 。 その 仕事 の 一端 としてご 紹介 した 次 第 です 。
このように 思 い 至 るようになりましたきっかけ
は 、上野千鶴子 さんが 東京大学 を 退職 される 際 に
行 ったスピーチです 。「私 は 私 の 前 を 歩 いた 女 た
ちから 、 その 言葉 と 思想 を 受 け 取 ってきました 。
でも 、私 ももう 、 それを 皆 さんにお 渡 しすべき 時
期 が 来 た 。 バトンというのは 受 け 取 ってくれる 人
がいなければ 、 そこに 落 ちてしまいます 」。 この 言
葉 は 大変 ずしんと 重 く 響 く 言葉 でありました 。 ま
た 2017 年 に 、雨宮処凛 さんと 出 された 本 の 後書 き ではこう 仰 っています 。「 すべての 時代 は 過渡期 で 、 すべての 世代 は 道半 ばで 斃 れるだろう 。自分 の 前 に 連 なるひとびとの 群 れと 、自分 の 後 に 連 な るひとびとの 群 れに 気 づく 時、 わたしたちには 責 任 が 生 まれる 」。私自身 もこの 責任 の 一端 を 微力 ながら 担 わねばならない 年 になったのだなという 自覚 の 下 に 、先 ほど 述 べたような 仕事 をやってき たということになります 。
今日 の 登壇者 の 皆 さんは 、 まさにこのような 企 画 にとって 最適 なお 三方 でした 。田中美津 さん は 『 かけがえのない 、大 したことのない 私』 ( イン パクト 出版会、2015) という 本 の 中 で 、年代論 な んてあまり 好 きじゃないと 言 いつつ 、世代関係 な く 、 つながれる 人 とはつながれるんだと 仰 いま す 。酒井順子 さんは 先 ほどのスピーチでもご 紹介 がありましたように 、『百年 の 女』 で 「婦人公論」
を 100 年分読 むという 重厚 なお 仕事 をなさいまし た 。 その 後書 きでは 、若 い 女性 たちにこの 歴史 を ぜひ 知 ってもらいたい 、「大正、昭和、 そして 平 成 の 女性達 と 確 かに 自分 もつながっているという 事実 を 」感 じて 欲 しいとお 書 きになっています 。 そして 今回 の 登壇者 では 一番 お 若 い 小川 たまかさ んは 、先 ほどご 紹介 のありました 『 ほとんどない ことにされている 側 から 見 た 社会 の 話 を 。』 とい
う 単著 の 中 で 、 もしかしたら #Me Too運動 はハリ ウッドからやってきた 、 あるいは 刑法 の 改正 は 突然起 こったように 見 えるかもしれないけれど 、
「 そこに 至 るまでに 、 たくさんの 人 が 声 を 上 げ 、次 の 人 へバトンを 渡 してきた 」。私 もその 「無数 の 人 生 がつないできたものを 、記憶 しておきたい 」 と 書 かれています 。 ということで 、 お 三方 ともに 、 まさにこのシンポジウムに 最適 の 登壇者 だったと 感 じています 。
ところで 、 そのようにしてつないだバトンは 、 今現在 どのような 地点 にあるのでしょうか 。今年 の 3 月 8 日、 この 日 は 国際女性 デーにあたります が 、朝日新聞 に 色刷 りの 見開 きページが 設 けら れました (図 1 )。 とてもカラフルでかわいらしい イラストで 、真 ん 中 には 121 とあります 。 これは ジェンダーギャップ 指数 の 数値 が 153 か 国中 121 位 だったことをあらわしています 。皆 さんも 報道 等 で 、 このジェンダーギャップ 指数 についてはご 存 じだと 思 います 。 この 指数 は 、政治・経済・健 康・教育 という 4 つの 分野 からはじき 出 されるも ので 、 それが 最新版 で 153 か 国中121位 というわ けです 。
細 かく 見 ていきますと 健康 の 分野 は 40 位 です 。 もしかしたら 皆 さんにとって 意外 かもしれませ ん 。日本 では 女性 の 方 が 平均寿命 は 長 いのです
ジェンダーギャップ指数 153ヶ国121位
『朝日新聞』2020/3/8 グラフィック高田ゆき
バトンをつないだ現在地
図1 2020年の国際女性デー『朝日新聞』のDear Girls
出典:『朝日新聞』2020年3月8日号 グラフィック:高田ゆき
が 、 ここで 測 られているのは 健康寿命 です 。 さら に 出生時 の 男女 の 比率 で 数値 を 出 していますので 40 位 となっています 。 それから 教育 も 91 位。 おか しいと 思 われるかもしれませんが 、先進国 のほと んどでは 今 や 男女格差 はありません 。 ですので 、 ちょっとでも 高等教育 に 格差 が 出 てしまうと 、 こ のようにランキングがガタッと 下 がってしまいま す 。 しかしこの 2 つに 比 べてみれば 、経済 や 政治 が 際立 って 悪 いことを 見 て 取 れると 思 います 。経 済115 位、政治 が 144位 です (図 2)。
この 指標 はそれぞれ 細 かく 14 項目 に 分 かれて おりまして 、 その 順位 は 表 に 書 かれているとおり です 。勿論 こうしたランキング 自体 に 問題 がない わけではありません 。 ここで 測 られているのは 、 あくまでも 男女 の 間 の 差 です 。例 えば 、発展途上 国 で 識字率 が 男性 も 女性 もどっこいどっこいだっ たといったような 場合 は 、高等教育 の 部分 で 差 が 出 た 先進国 よりも 、順位 が 高 く 出 てしまうことも あり 得 ます 。 ですから 、 このジェンダーギャップ 指数 をあまり 過度 に 重視 すべきではないと 言 う 方 もいらっしゃいます 。 あるいは 、 こうしたランキ ングが 不可避 に 持 ってしまうナショナリスティッ クな 要素。国 によって 女性 の 地位 を 比 べると 、保 守的 な 人 の 中 には 、「自分 たちの 国 の 女 の 地位 が
こんなに 低 いのはみっともない 」 とナショナリズ ムを 煽 られて 何 とかせねばと 思 う 人 もいるかもし れません 。 そう 思 ってもらうこと 自体 はいいこと かもしれませんが 、 そうした 副作用 みたいなもの もある 。 あるいは 小手先 でランキングを 上 げよう と 思 えば 、 この 数値 の 改善 に 取 り 組 めばいいの で 、実 はそうしたやり 方 で 順位 を 上 げることに 力 を 注 いでいる 国 はたくさんあります 。 ここから 漏 れている 指標 はどうなのかとか 、他 にもいろんな 問題 を 抱 えています 。 ただ 、 そうはいっても 統一 的 な 指標 で 世界 を 見渡 すという 意味 で 、私 はいま だこの 指標 は 有効 ではないかと 思 っています 。
先 ほど 紹介 した 朝日新聞 に 出 たかわいらしい マップには 、 いろんな 興味深 い 数字 が 出 ているの で 、少 し 見 ておきたいと 思 います 。例 えば 裁判官 の 女性比率 は 22.2 % です 。 お 医者 さんは 21.9 %。
小川 さんからお 話 のあった 記者 は 21.5 %、 テレビ 局 は 22.6 % となっています 。企業 における 部長職 は 6.6 %。 そして 賃金 を 男性 100 とした 場合 の 女性 の 賃金 は 73.3%。
教育 の 分野 で 言 うと 、小・中・高校 の 校長・教 頭先生 は 18.6%、東大教授 は 7.8 % しか 女性 がい ません 。 2018 年 には 医学部 の 不正入試 の 問題 が 話 題 になりましたけれども 、 そこで 女子差別 が 指摘
分野 項目 日本
労働力率の男女比 79位
同種業務での給与格差 67位
勤労所得の男女比 108位
幹部・管理職での男女比 131位
専門職・技術職の男女比 110位
識字率の格差 1位
基礎教育在学率の格差 1位
中等教育在学率の格差 128位
高等教育在学率の格差 108位
出生時の男女比 1位
健康寿命の男女比 59位
国会議員の男女比 135位
閣僚の男女比 139位
過去50年間の国家代表の在任年数の男女比 73位 経済参画
115位
教育 91位
健康 40位 政治参画
144位
図2 ジェンダーギャップ指数の分野および項目別順位
された 大学 は 81 大学中 10 大学。 また 旧帝大、東 大・京大・阪大 などの 学部 の 女子学生 の 割合 は 3 割 を 切 って 28.1 % です 。東大 だけ 取 り 出 してみる と 19.3%。 これは 上野 さんが 入学式 のスピーチで
「 2 割 の 壁」 と 仰 ったものですね 。
政治 の 分野 はどうかと 言 いますと 、衆議院議員 が 9.9 %、地方議員 13.2 %、内閣 は 20 人中 3 人 でし たが 、菅内閣 が 新 しく 誕生 して 2 人 になってしま いましたので 、 さらにランキングが 落 ちるかもし れません 。 それから 国家公務員 の 幹部 も 4.2% と なっています 。皆 さんも 覚 えていらっしゃるかも しれませんが 、日本政府 はかつて 、2020 年 までに 各分野 で 意思決定層 に 占 める 女性割合 を 30 % に 引 き 上 げる 、「202030」 というスローガンを 掲 げま した 。 しかし 今年 は 2020 年 ですね 。 とてもじゃな いが 達成 できないということで 、実 は 今「2020 年 代 の 可能 な 限 り 早期 に 30 % を 達成 する 」 という 後 退 した 目標値 に 変 えようとしているようで 、 これ には 注意 が 必要 かと 思 います 。
それからジェンダーギャップ 指数 には 出 てこな い 、面白 い 数字 も 挙 がっています 。家 では 誰 が 家事 をしているか 。 ほとんど 女性 という 家庭 が 78 %。 6 歳未満 の 子 どもを 持 つ 夫婦 の 1 日当 たり の 家事・育児時間。妻 454 分、夫 83 分。5倍以上 の 開 きがあります 。 そしてこれは 問題 だと 思 うん ですが 、10 歳 の 女 の 子 たちの 中 で 、女子 は 男子 よ り 料理 が 上手 にできたほうが 良 いと 思 っている 子 たちが 85%。 こうしたジェンダー 観 が 再生産 され ているという 点 で 気 が 滅入 るような 数値 かと 思 い ます 。男性 の 育休取得率6.16 %。 これも 政府 はか つて 2020 年 までに 13 % にすると 言 っていたので すが 無理 でした 。新 たな 目標 として 、2025 年 まで に 30 % と 言 っているのですが 、 さてどうでしょう か 。 それから 、育休 を 取 りたい 男性 が 67.6 %。 か つてだったらもっとずっと 低 かったと 思 います 。 介護離職 した 10 万人 のうち 、女性 8万、男性 2万。
これも 議論 が 分 かれるところかもしれませんが 、 男性 でも 介護離職 を 迫 られていることが 見 て 取 れ ます 。 さらに 、気 が 乗 らないのに 性交渉 に 応 じた ことがあるという 比率 が 63.1 %。配偶者 からの 暴
力被害 が 何度 もあったという 人 が 、女性 の 7 人 に 1人。 そしてなかなか 実現 しない 夫婦別性 ですけ れども 、日本 には 夫婦同氏 の 原則 があります 。 ど ちらでも 理論的 には 選 んでよいことになっている のですが 、結婚 で 夫 の 姓 にする 女性 が 96 % という 状態 です 。
さて 、 ここまで 確認 した 上 で 、本日 のご 登壇者 たちの 世代 を 見 てみたいと 思 います 。美津 さん は 、年代論 は 嫌 いと 仰 ったのに 申 し 訳 ないんです けれども 、 1943 年 のお 生 まれですので 全共闘世代 に 当 たります 。酒井順子 さんは 66 年 のお 生 まれで すので 、 ご 本人 も 仰 っていたようにバブル 世代 で す 。小川 たまかさんは 80 年 のお 生 まれですので 、 ポスト 団塊 ジュニア 世代 です 。 そして 本日 のシン ポジウムの 立役者、上野千鶴子 さんは 1948 年 のお 生 まれですので 団塊 の 世代。 みんなの 年齢 ばっか り 暴露 していますので 、私 も 巻 き 添 えを 食 ってカ ミングアウトすると 、私 は 72 年生 まれですので 団 塊 ジュニア 。 ということで 、見事 に 上手 な 感 じで ばらけています 。
次 に 見 てみたいのが 視聴者 の 皆 さんの 年代 で す 。今、画面 の 向 こうに 600 人 を 超 えた 人 たちが いらっしゃいますが 、主催者 の 方 に 内訳 をいただ きましたところ 、一番多 いボリュームゾーンが 20 代 だそうです 。 このテーマでこれだけの 方 に 関心 を 持 っていただいたことは 、 とても 嬉 しく 思 って いますし 、全体 に 満遍 なく 参加 していらっしゃる ことにも 、 とても 勇気 の 出 る 思 いでいます 。
登壇者 のお 三方 は 、一体 どのような 時代 を 生 き
てきたのでしょうか 。私 は 社会学者 ですが 、社会
学 で 重 んじていることに 「社会学的想像力」 があ
ります 。 これが 何 を 意味 するのかは 諸説 あるんで
すけれども 、一 つ 重要 なことは 、個人的 な 問題 と
いうものを 社会 のマクロな 問題 と 相互 に 関連付 け
ながら 考察 する 力 というような 意味 です 。 それか
らもう 一 つ 、社会学的想像力 と 捉 えたいパースペ
クティブとして 、異 なる 立場 に 置 かれている 人 の
視点 に 立 ってものを 考 えてみる 、 そういう 力。最
近 ちょっと 気 になっている 動向 として 、私 たちは
時代 を 経 るごとに 賢 くなっていき 、 つい 現在 の 地
点 から 過去 を 断罪 してしまう 、過去 はなんと 単純 なものの 見方 をしていたんだろうと 批判 を 鋭 く 向 ける 傾向 があります 。 ここで 言 いたいのは 過去 を 批判 してはいけないということではなくて 、 その ような 批判 すべき 物言 いや 主張 が 過去 にあったと して 、一体 それがどういうコンテクトの 中 で 生 ま れたんだろうかということを 考 える 、 それが 社会 学的想像力 ではなかろうかということです 。 とい うことで 、少 しお 付 き 合 いください 。
先 ほど 申 し 上 げたとおり 田中 さんは 43 年 のお 生 まれでしたから 、2歳 の 時 に 女性参政権 が 実現 しています (図 3 )。 その 翌年 に 日本国憲法 ができ て 男女平等 が 原則 となる 。 そのさらに 翌年、教育 基本法 で 男女 の 共学 がスタートします 。 そして 48 年 には 優生保護法 ができて 中絶 が 合法化 されま す 。 1950 年 からは 朝鮮戦争 が 始 まり 、 52 年 にはサ ンフランシスコ 平和条約 で 日本 の 主権 が 回復 され る 。 しかし 沖縄 ではアメリカの 統治 が 続 きます 。 それから 1956 年 には 売春防止法 が 制定 され 、60 年 からはベトナム 戦争 が 始 まります 。 62 年 には 中学校 の 新指導要領 で 男子 は 技術、女子 は 家庭科 という 分業型 の 教育 がなされます 。 ちょうどこの 頃、文学部 に 女性 が 増 えていくんですが 、 「女子学
生亡国論」 といって 、男性 の 教授 たちが 、「花嫁修 業 のようなことで 女子学生 が 増 えていくのは 由々 しきことだ 。国 が 亡 びる 」 というような 主張 をす る 。 このような 時期 に 田中 さんは 20 代 に 入 ってい きます 。
65 年 には 日韓基本条約、 67 年 にはミニスカー トの 流行 も 起 こっています 。68 年、全国 の 大学 で 学園紛争 が 起 こり 、 69 年 に 女子若年定年制違 憲判決。若 い 皆 さんにとっては 驚 きかもしれませ んが 、当時 の 会社 は 大体、女性 は 結婚 するか 、 30 歳 になったらやめてもらうという 念書 を 交 わして 入社 させたんです 。 それに 初 めて 、 おかしいだろ うと 物申 した 女性 が 裁判 を 起 こし 、違憲判決 が 出 たのがこの 年 だったということになります 。 そし て 、 われらが 田中美津 さんがウーマン ・ リブを 始 めるのが 1970 年。有名 な 「便所 からの 解放」 とい う 文章 はこの 時 に 書 かれます 。
72 年 には 沖縄返還 が 行 われ 、 また 優生保護法改 悪 という 動 きがありました 。先 ほど 中絶 が 合法化 されたと 申 し 上 げましたけれども 、 この 中 の 経済 的理由 をもとにした 中絶 を 保守派 が 削除 しようと して 、代 わりに 障害 を 持 って 生 まれる 子 どもたち を 産 ませないように 胎児条項 を 入 れようとした 。
1945 女性参政権 1946 日本国憲法
1947 教育基本法(男女共学)、家制度廃止 1948 優生保護法(中絶が合法化)
1950~朝鮮戦争
1952 サンフランシスコ平和条約
1955「主婦論争」、「三種の神器」が流行語に、中絶件数過去最大 1956 売春防止法
1960~ベトナム戦争
1961 生理用品「アンネ・ナプキン」発売
1962 中学新指導要領(男子は技術、女子は家庭科)、女子学生亡国論 1965 日韓基本条約
1966 国立大学薬学部への女子入学制限(抗議により導入されず)
1967 国連で女性差別撤廃宣言採択、ミニスカート流行 1968 全国の大学で学園紛争
1969 東大安田講堂事件、女子若年定年制違憲判決 1970 ウーマン リブ登場
1972 あさま山荘事件、沖縄返還、新宿リブセンター開設 優生保護法改悪(経済的理由の廃止と胎児条項)阻止運動
2歳
10歳
20歳
29歳 0歳
6歳 田中さん
酒井さん
どんな時代を生きてきた?
『いのちの女たちへ』
初版
「便所からの解放」
戦後 復 興期
高 度経 済成 長期