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シンガポール・ムスリムの包摂と排除に関する研究 : リーダーたちの対応をめぐる諸問題

著者 市岡 卓

著者別名 ICHIOKA Takashi

その他のタイトル Inclusion and Exclusion of Muslims in Singapore

ページ 1‑5

発行年 2018‑03‑24

学位授与番号 32675甲第420号 学位授与年月日 2018‑03‑24

学位名 博士(国際文化)

学位授与機関 法政大学 (Hosei University)

URL http://doi.org/10.15002/00014621

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博士学位論文

論文内容の要旨および審査結果の要旨

氏名 市岡 卓

学位の種類 博士(国際文化)

学位記番号 第647号

学位授与の日付 2018年 3月24日

学位授与の要件 本学学位規則第5条第1項(1)該当者(甲) 論文審査委員 主査 教授 中島 成久

副査 教授 曽 士才

副査(学外)千葉大学名誉教授 中村 光男

シンガポール・ムスリムの包摂と排除に関する研究

―リーダーたちの対応をめぐる諸問題―

1 学識確認試験の成績

2017年12月11日実施した学識確認試験(公開審査会)において、提出された学位請求論 文審査とともに、論文提出者(市岡卓)の学識を確認するための試問(語学に関する能力 の確認を含む)を行った。その結果、本小委員会としては、市岡氏が豊かな学識を有し、

それに裏打ちされた高い研究能力を有していることを確認した。

2 本論文の主題と構成

国際文化研究科博士課程では主要な研究分野を「異文化相関関係研究」、「多文化共生研 究」、それに「多文化情報空間研究」と謳っている。本研究は国際文化研究科の「多文化共 生研究」に関する研究であり、それをシンガポール・ムスリム社会の包摂排除の実態につ いて、政治・社会学的な事象の分析に焦点をおいた研究である。

1965年独立を遂げたシンガポールは、建国以来欧米諸国の投資を呼び込み、高い経済成 長を達成した。シンガポールはマラッカ、ペナン島とともにイギリスの海峡植民地を成し ていて、マレーシア半島部との歴史的過去を共有してきた。だが、マレー人優遇策(1971 年以降はブミプトラ優遇策)を掲げるマレーシアにあって、中国人が人口の 75%前後を占 めるシンガポールは、その基本政策を受け入れることができず、マレーシアからほとんど 追放される形での独立を余儀なくされた。

マレーシア、インドネシアという「マレー人の海」に浮かぶシンガポールは、マレー社 会の価値観の尊重という政策をとらざるを得なかった。また中国人が多数派を占める社会 とはいっても、1949年成立した中華人民共和国(以下中国)が進める社会主義・共産主義 路線とは全く別の路線を歩まざるを得なかった。そうした制限のなかから、リー・クアン

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2

ユーという傑出した指導者の率いる人民行動党(PAP)は宗主国イギリスを志向する国家・

社会の建設を押し進めることになった。

シンガポールはマレー語を国語としてはいるが、華語(中国語)、タミール語、それに英 語が共通語であり、メディア、教育の分野では形式的にそのバランスをとってはいるが、

英語のプレゼンスが圧倒的に高く、国語であるマレー語の地位は相対的に低い。また、教 育制度はイギリスにならい「複線型」と呼ばれる制度である。国家のエリートになるべき 人材と実務を担う一般民衆を、義務教育の早い段階から選別する。限られた資源を有効に 活用するという政策はメリトクラシー(能力主義)と結ぶ付き、どの民族にも平等な機会 を与えると謳ってはいても、低所得者層の多いマレー人、あるいはムスリムの子弟には厳 しい現実が待っている。

シンガポールはその憲法において「多人種主義」を唱えてはいるが、それは常にメリト クラシーとの関係性のなかで存在している。シンガポールでいう人種Raceとはイギリス植 民地下の行政用語であり、現在のアメリカでもこの用語は用いられている。「民族Ethnicity」

とほぼ同義である。シンガポールが多人種主義を掲げざるを得ないのは、インドネシアと マレーシアに対する配慮という側面もあるが、マレーシアとは異なり、どの「人種」(=「民 族」)にも優位性を与えず、人種的対立を超えた新しい社会を作ろうとする高い理想も読み 取れる。実際に、マレーシア連邦からの離脱を表明した直後にリー・クアンユーはそのよ うな発言を行っている。そういう意味では、多文化共生社会の理想と共通する側面もある が、その実態は極度の管理社会の実現であった。

シンガポールの政治はコーポラティズムとよく言われる。それは、シンガポールを形成 する各人種(=民族)が、それぞれ華人、マレー人、インド人の利益団体を結成していて、

政府はその団体を通して政府の意思を伝え、その団体を管理することで社会的な逸脱を予 防する。だが、中国人とインド人が高い経済的な地位を占めているのに対して、マレー人 は最も貧困層が多い集団であり、かつ大多数がイスラームを信仰するムスリム社会を構成 しているという意味で二重に他者性を帯びている。

本論文はそうしたマレー人、イスラーム、ムスリムというシンガポール社会のマイノリ ティ・グループが、国家、政府、多数派にいかに管理されているかについて、ムスリム社 会のリーダーたちの言説に焦点を当てた研究である。シンガポールの創始者リー・クアン ユーは 2015年死去し、1965年の建国以前から半世紀以上にわたりシンガポールを領導し てきた傑出した指導者亡き後のシンガポールが注目されるが、リーは1991年首相職を退き、

自分の後継者の育成を着々と進めてきた。リーの後、ゴー・チョクトン時代(1991~2004 年)、さらにリーの息子のリー・シェンロン(2004年~)へと首相が変わってきた。

だが、指導者が変わっても、シンガポール政治の基本は変っていない。市岡氏は、2001 年9月11日の「9・11事件」以降のシンガポールの政治社会体制の変化とムスリム社会 の対応の在り方を、ムスリムのリーダーたちの対応とそれへの各方面からの反応に関する 集中的な分析を行っている。「テロの時代」といわれる 21 世紀初頭にあって、イスラーム

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3

世界をテロリスト予備軍と見做し、イスラームを危険な宗教として嫌悪する「イスラモフ ォビア」が世界的に蔓延する中、そうした傾向がシンガポール社会でどのように現れ、ム スリム社会にどのような影響を及ぼしたのかという問題を詳細に分析している。特に、2011 年総選挙における与党PAPの敗北と2015年総選挙におけるPAPの勝利の背景分析を行い ながら、人民行動党による長期政権がシンガポール・ムスリム社会にどのように受け入れ られているかを正面から分析している。

シンガポールの多人種主義は、民族、宗教等の平等とマイノリティへの配慮の両方を含 むものであり、メリトクラシーと併用しながら運用されてきた。多人種主義には、エスニ ック・グループの言語や文化の保護、振興など、差異を承認し多様なアイデンティティを 持つ人々を包摂する方向性と、英語の共通語化など、国民統合のために差異を抑制し多様 なアイデンティティを持つ人々の一部を排除する方向性の両方がある。すなわち、多人種 主義は包摂と排除が一体となったものであり、その実態は複雑であることを市岡氏は強調 している。

多人種主義の下では、エスニック・グループの区分が本質化され、固定化され、強化さ れ続ける、アイデンティティの差異を社会の安定に対する「脅威」とみなして抑制すると いう。それは、積極的に差異を承認する西洋の多文化主義とは異なり、権威主義国家によ る国民管理である。シンガポールの多人種主義はコーポラティズム的な統治として実践さ れる。従って、団体を代表するリーダーたちの役割が極めて重要なものになる。その意味 で、マレー・ムスリム関係団体のリーダーたちがどのようにムスリム社会という集団に対 するコーポラティズム的な管理に関わっているのか、その管理がムスリムの包摂や排除に どのように関わっているのかが問題となる。また、民族・宗教間の融和は、ムスリムが直 面する問題を解決する上で重要であるが、多人種主義がその実現にどのように寄与してい るのかが問題となる。

社会人学生であるという制限の中、市岡卓氏は、国際文化研究科修士課程、博士課程在 籍時に合計12回シンガポールを訪れ、ムスリム・リーダーたち70名に対して詳細なイン タビュー調査を行ってきた。また、主に英語文献による先行研究を縦覧し、従来あまり顧 みられることのなかったシンガポール・ムスリムの実態を明らかにしてくれた。主要な分 析の対象がムスリムのリーダーたちという限界はあるが、東南アジアのムスリム社会の中 で従来あまり顧みられることのなかったシンガポール・ムスリムに焦点を当て、さらに包 摂と排除理論の可能性を拡げてくれた本研究の意義は高く評価されるべきである。

以下、本論文の目次を記す

序章 本研究の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 0.1. 研究の目的

0.2. 研究の視点 ―包摂と排除をめぐる議論とムスリム・マイノリティ―

0.3. 先行研究との関係

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4 0.4. 研究手法

0.5. 研究の意義 0.6. 本論文の構成

第I部 シンガポールの多人種主義とムスリムをとりまく状況

第 1 章 シンガポールの多人種主義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

31

1.1. シンガポールの政治体制

1.1.1. 権威主義体制と国民の管理

1.1.2. 近年の政治変動 ―2011年および2015年総選挙後とその後の動き―

1.2. 多人種主義の概念とその成立の経緯

1.2.1. 多人種主義とは何か

1.2.2. イギリス植民地時代の民族・宗教間関係

1.2.3. マレーシアからの分離・独立と多人種主義の成立

1.3. 多人種主義の具体的な政策

1.3.1. 差異を承認する多人種主義に基づく政策

1.3.1.1. 言語政策 1.3.1.2. 文化政策 1.3.1.3. 選挙制度

1.3.1.4. 少数者の権利のための大統領諮問会議

1.3.2. 統合のための多人種主義に基づく政策

1.3.2.1. 英語の共通語化

1.3.2.2. 公団住宅における民族混住政策

1.3.2.3. 紛争の未然防止のための言論統制

1.3.2.4. その他社会統合のための施策

1.4.多人種主義が持つ意味

1.4.1. エスニック・グループの区分

1.4.2. 差異の承認と統合

1.4.3. 団体を通じた管理

1.5. 多人種主義の課題

1.5.1. 民族・宗教間の融和および国民統合

1.5.2. 社会的包摂

1.5.3. 多人種主義そのものの限界

1.6. 小括

第 2 章 シンガポールのムスリムをとりまく状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(6)

5 83

2.1. シンガポールのムスリムの概況

2.1.1. ムスリムの存在とその多様性

2.1.2. ムスリムの宗教志向と宗教実践

2.1.2.1. 世界のムスリムの宗教実践

2.1.2.2. シンガポールにおけるイスラーム復興 2.1.2.3. シンガポールのムスリムの宗教志向の分類 2.1.2.4. 現在のシンガポールのムスリムの宗教実践の実態 2.1.2.5. シンガポールのムスリムに対する宗教教育 2.1.2.6. 保守的な宗教実践の広がり

2.2. ムスリムの宗教実践の支援とイスラームの管理

2.2.1. ムスリムの宗教実践を支援する諸制度

2.2.1.1. ムスリム法施行法の制定経緯と概要 2.2.1.2. ムイス(イスラーム評議会)

2.2.1.2.1. ファトワ

2.2.1.2.2. ワカフとザカット

2.2.1.2.3. モスクの管理と新設・改良 2.2.1.2.4. マドラサの管理

2.2.1.2.5. ハラル認証 2.2.1.2.6. ハジに関する支援

2.2.1.2.7. イスラームに関する教育、普及等 2.2.1.3. シャリア裁判所

2.2.1.4. ムスリム結婚登録所 2.2.1.5. ムスリム問題担当大臣 2.2.1.6. イスラーム関連産業の振興

2.2.2. イスラームに対する管理

2.2.2.1. 管理の制度としてのムスリム法施行法 2.2.2.2. ムイスによるイスラームの管理 2.2.2.3. ムフティの独立性の問題

2.2.2.4. 「政府の側」とみられるムスリム問題担当大臣とムスリム議員

2.2.3. イスラームが管理される文脈と団体を通じた管理

2.3. 小括

第II部 社会的格差、差別、ムスリムとしてのアイデンティティに関わる問題

第 3 章 社会的格差と差別・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

120

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6 3.1. 社会的格差

3.1.1. 社会的格差の状況 3.1.2. 社会的格差の原因

3.1.3. ムスリム社会としての格差問題への対応 3.2 ステレオタイプ・差別とその影響

3.2.1. 差別の実態

3.2.2. 負のイメージとステレオタイプ

3.2.2.1. 「経済的成功を追及しない」というイメージ 3.2.2.2. 「主流社会からの分離」というイメージ 3.2.2.3. 「安全への脅威」というイメージ 3.2.3. 国内外の過激主義の動向を受けた差別の悪化 3.2.4. 国軍における差別

3.2.5. 差別の表れ方

3.3. 問題解決への取組みと課題

3.3.1. ムンダキによる社会改善対策

3.3.2. ムスリム知識人協会(AMP)による異議申立て 3.3.3. エスニック・グループ単位での社会改善対策の問題点 3.3.4. 格差と差別の解消に向けた議論

3.4. 小括

第 4 章 ヒジャブに対する規制と差別・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

168

4.1. シンガポールのムスリムにとってのヒジャブ

4.1.1. ヒジャブとは何か

4.1.2. 西欧におけるヒジャブをめぐる議論

4.1.3. シンガポールにおけるヒジャブの規制とムスリムの意識

4.1.4. シンガポールのヒジャブ規制に関する先行研究と本論文の問題意識

4.2. ヒジャブ規制の論議をめぐる経過(その1) ―2002年のヒジャブ論議―

4.2.1. 2002年のヒジャブ論議の経過 4.2.2. 2002年のヒジャブ論議に関する分析

4.3. ヒジャブ規制の論議をめぐる経過(その2) ―2013~14年のヒジャブ論議―

4.3.1. 2013~14年のヒジャブ論議の経過 4.3.2. 2013~14年のヒジャブ論議に関する分析

4.4. ヒジャブ規制問題の論点

4.4.1. 宗教実践の自由との関係

4.4.2. 宗教的アイデンティティ表出に対する規制の合理性

(8)

7

4.4.3. ムスリムの社会的地位の低下につながるヒジャブ規制 4.4.4. 差別問題への影響

4.4.5. 過激主義、社会からの分離と関連づけられるヒジャブ 4.4.6. 「政府のマレー・ムスリムに対する姿勢の問題」という見方

4.5. ヒジャブ規制に対する政府の認識とムスリムのリーダーの対応

4.5.1. リー・シェンロン首相の対応にみる政府の認識

4.5.2. ムスリムのリーダーがヒジャブに関する要望を自制する理由 4.5..2.1. 優先されるムスリム社会の改善

4.5.2.2. ヒジャブへの否定的なイメージ 4.5.3. リーダーの対応が生む課題

4.6. 小括

第 5 章 イスラームの教育・普及をめぐる問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

205

5.1. マドラサをめぐる問題

5.1.1. マドラサの概況

5.1.2. 義務教育導入に関わる論議

5.1.3. 「世俗世界での成功」を重視するマドラサ 5.1.4. シンガポール社会への統合を期待されるマドラサ 5.1.5. 政府との関係についてのマドラサの認識

5.1.6. マドラサをめぐる包摂と排除の問題

5.2. 過激主義の台頭を受けた「穏健なイスラーム」の普及

5.2.1. プルガスによる『イスラームにおける穏健』

5.2.2. ムイスによる「シンガポール・ムスリム・アイデンティティ・プロジェクト」

5.2.3. 「穏健なイスラーム」へのプルガスとムイスの対応の違い 5.2.4. 宗教教育に対する管理の強化

5.3. イスラームの教育・普及とムスリムの包摂

5.4. 小括

第III部 過激主義への対応に関わる問題

第 6 章 過激主義防止対策をめぐる問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

235

6.1. 過激主義防止対策の始まり

6.2. 宗教指導者による過激主義防止対策の内容

6.2.1. 宗教リハビリテーション・グループ(RRG)の組織と活動内容 6.2.2. アフターケア・グループ(ACG)の組織と活動内容

(9)

8 6.2.3. 過激主義の予防のための普及活動 6.2.4. 国際社会におけるテロ対策への貢献

6.3. 宗教指導者による過激主義防止対策の問題

6.3.1. 宗教面からのアプローチの限界

6.3.2. 政府のためのものとみなされる宗教指導者の取組み

6.3.3. 「テロとの戦い」に対するムスリムの感情 6.4. 小括

第7章 宗教間の交流と「過激主義」の言説をめぐる問題

―ムスリムは「メリー・クリスマス」と言ってはいけないのか?―・・・・267

7.1. 保守的な宗教実践と外国の影響

7.2. 「過激主義」をめぐる言説

7.2.1. シャンムガムの発言 ―問題視されるムスリムの「分離」―

7.2.2. プルガスのシャンムガムに対する反論 7.2.3. 研究者による「過激主義」の言説

7.2.4. リー・シェンロン首相の発言 ―テロへの備えとしての民族・宗教間融和―

7.3. 「クリスマスの挨拶を避けること」に関する議論

7.3.1. 「クリスマスの挨拶を避けること」を容認するという主張 7.3.2. 「クリスマスの挨拶を避けること」を容認しないという主張

7.4. 「過激主義」をめぐる言説の問題

7.4.1. 論点の整理

7.4.2. 「過激主義」の言説をムスリムのリーダーたちが受け容れる理由 7.4.2.1. 民族・宗教間の交流に関するコンセンサス

7.4.2.2. テロの切迫性への認識

7.4.2.3. 「弱い立場」へのムスリム自身の認識 7.5. 小括

第 8 章 民族・宗教間の交流・対話と相互理解をめぐる問題・・・・・・・・・・・・・

295

8.1. 地域社会における交流・対話の取組み

8.1.1. 民族・宗教間信頼サークル(IRCC)を通じた取組みの概要 8.1.2. 地域社会での交流・対話の取組みの実態(1)

―関係者からの聴き取りを中心に―

8.1.3. 地域社会での交流・対話の取組みの実態(2)

―行事への参加・観察を中心に―

8.1.3.1. X地区における粽祭

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9 8.1.3.2. X地区におけるイフタール

8.1.3.3. 行事への参加から判明したX地区における交流・対話の実態 8.2. 宗教関係者による交流の取組み

8.2.1. IROによる交流・対話の取組み

8.2.2. ムスリムが主体となった交流・対話の取組み 8.2.2.1. モスクの取組み

8.2.2.2. ハーモニー・センターの取組み

8.2.2.3. ムスリム知識人協会(AMP)の取組み 8.3. 相互理解に向けての課題

8.3.1. 交流・対話への参加に関わる課題 8.3.2. 相互理解の増進に向けての課題 8.4. 小括

終章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・330

9.1. 研究の目的を振り返って

9.2. 個別の問題からみるムスリムの包摂と排除 9.2.1. マレー人の低い社会的地位と差別の問題 9.2.2. ヒジャブに対する規制と差別の問題 9.2.3. イスラームの教育・普及をめぐる問題

9.2.4. 過激主義防止対策をめぐる問題

9.2.5. 宗教間の交流と「過激主義」の言説をめぐる問題 9.3. 近年の政治変動とムスリムの包摂・排除

9.4. 本論文の結論 ―ムスリムにより包摂的な社会に向けて―

9.4.1. シンガポールのムスリムの包摂と排除のメカニズム

9.4.2. シンガポールがムスリムにより包摂的な社会となるための課題 9.4.3. 今後の研究課題

用語集・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・351 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・353 聴き取り対象者一覧・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・366 参加行事一覧・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・371 シンガポールのムスリム(マレー人)に関わる出来事(略年表)・・・・・・・・・・・372 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・376

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10 3 本論文の要旨

本博士論文は序章と終章を加えたIII部構成となっている。

序章では本研究の主要な方法論である包摂と排除の理論的な考察がなされている。包摂 排除の理論は、移民難民の流入に苦悩するヨーロッパにおいて従来の社会的統合論、階級 階層論に代わる理論として1970年代以降登場した。市岡氏はそうした理論的な流れを把握 した上で、シンガポールでの適応可能性を問い、実践した。包摂と排除の理論は日本の問 題にも適用されてはいるが、東南アジアにおけるマイノリティの問題でこの理論を適用し た前例はあまりない。そのような意味でも、市岡氏のチャレンジは高く評価されるべきで ある。

つぎに、第I部「シンガポールの多人種主義とムスリムをとりまく状況」では、シンガポ ールの多人種主義(第1章)とシンガポールのムスリムをとりまく状況(第2章)が論じ られ、課題としてのシンガポール・ムスリムの現代の姿が的確に描かれている。

シンガポールの多人種主義は先に述べたリー・クアンユーの発言に表れているように、

すべての人種(=民族)集団に開かれた可能性を提供することを目指しているが、どの集 団にも特権を与えず、政府、国家の主導する政策を一元的に末端にまで浸透させることを 意図した国家形成のための手段である。それはメリトクラシーと結びつき、厳しい管理社 会として実現した。その国家による管理を実現したのが、コーポラティズムである。各人 種(民族)集団にはそれぞれの集団を代表するいくつかの団体が結成されていて、政府・

国家は各団体の管理に非常に気を使い、わずかな逸脱でさえも許さない、超管理社会を実 現した。そうした各種団体を主導するのが、リーダーたちであり、市岡氏はムスリム社会 のリーダーたちが政府からの統制指導に対してどのような対応をなし、それが政府、ある いはフォロワーたちからどのような反応を得ているかについて詳細に検討した。

つぎに第 2 章において、シンガポール・ムスリム社会の実態が描かれている。シンガポ ール政府はムスリムに対して、イスラーム担当大臣を置き、またシャリア(イスラーム法)

裁判所をおくなどして、一見融和的な態度をとってはいるが、実態はその反対である。マ レーシア、インドネシアというイスラームの大国に囲まれているため、そうした国々の政 策・価値観に配慮せざるを得ないのであるが、実際にはイスラームへの締め付けは厳しい。

例えば、ムスリムはシンガポールの軍隊にあって、長く徴兵義務から排除されてきた。そ の理由は国防という重要な分野に、敵に通じるかもしれないムスリム(その大多数はマレ ー人)を登用しないという差別が厳然と存在していた。現在その政策は少し緩和されてい るが、ムスリムはいまだに警察や消防といった分野だけの登用ということで差別され続け ている。このような制限のなかで、シンガポールのムスリムはどのような形で自己実現を 果たせるのか、極めて重要な課題が明らかになってくる。

続く第II部と第III部が本論の核心をなしている。

第II部では「社会的格差、差別、ムスリムとしてのアイデンティティに関わる問題」が 取り扱われている。

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11

まず第3章では「社会的格差と差別」の問題が分析されている。シンガポールの 1人当

たりGDPは73167シンガポールドル(519万円)である(名目GDP、2016年)。これに

対して日本の1人当たりGDPは419万円である(名目GDP、平成27年度)[外務省のホ ームページより]。だが、シンガポールにおける人種(民族)集団ごとの統計を詳細に検討す ると、ムスリムと華人、インド人との格差は年々拡大していることがわかる。平均家計所 得でも、大学進学率でも、職業分布でも他の二つの集団よりも明らかに低い数値を示して いる。

そうした格差を解消すべく、ムンダキ(シンガポール・マレー・ムスリム社会発展評議

会)や AMP(ムスリム知識人協会)に属するリーダーたちは、政府にさまざまなチャネルを

通して意見の表明を行っているが、ことごとく拒否されている。場合によっては、そうし た団体への政府の財政的な支援を打ち切るという脅しを用いながら、あるいは「怠惰なマ レー人」という植民地時代にさかのぼる差別的な言説をさらに流布させることによって、

そうした政府の意図は貫徹されていることがさまざまな指標を用いて明らかにされている。

第 4 章「ヒジャブに対する規制と差別」では、いわゆるイスラーム・ヴェールをめぐる 問題がシンガポールという文脈でどのように議論され、それはヨーロッパにおける議論と どのように異なっているかが論じられている。イスラーム・ヴェール(ヒジャブ)への規制は ヨーロッパ各国の事情に応じて異なっている。ヒジャブ着用が自爆攻撃を可能にするとい う治安上の問題から規制する国もあれば、フランスのようにライシテの原則(政教分離)から 禁止する国もある。

シンガポールの場合、公立学校や軍、公務員、公立病院などのヒジャブの着用が禁じら れているが、法律により一律の禁止ではなく、いわば自己規制を促している。それは21世 紀に入ってから特に顕著になり、政府の規制にも関わらず、着用したいとの要望もあり、

政府、ムスリム指導者、学校関係者間で多くの激しい議論が戦わされている。政府の側か らはイスラーム過激主義を食い止めるという意図が明らかに透けて見える。すべての宗教 を対等に扱うという政府の公的な見解にも関わらず、ヒジャブ問題ではムスリム側に多く の忍耐を強いているシンガポール政府と、ムスリムの経済的な立場の向上とムスリムへの 偏見をこれ以上助長しないために受忍するよう政府の指導を受け入れるリーダーたちと、

ムスリムのアイデンティティの問題としてそれに反対するグループ間の対立が顕著に表れ ている。そこに、イスラームという宗教への配慮と世俗主義的なシンガポールの価値観、

さらにマイノリティという立場を受け入れながらも最大限の自己主張を遂げようとするム スリム社会の在りようが的確に描かれている。

第 5 章「イスラームの教育・普及をめぐる問題」では、シンガポールにおけるイスラー ムの普及の基礎をなすイスラームとしての教育がどのように行われているのかを、政府に よる管理統制とムスリムリーダーたちの対応をめぐる問題が議論されている。

シンガポールの教育制度は複雑である。各人種(=民族)集団の言語に基づく初等教育 を受けたあと、英語を中心とした中等教育、高等教育の機関に進学するというのがエリー

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ト集団の常態である。ところが、ムスリムの場合、イスラーム教育を中心に行うマドラサ での教育を大学進学直前にまで受け、大学進学時に「普通の」、あるいは英語を中心とした 教育機関で学ぶというコースを選ぶ学生と、外国のイスラーム専門教育機関に留学すると いう学生もいる。宗教指導者の多くは後者のコースをたどる。ところが政府は20世紀末に マドラサの小学校を廃止して、すべての民族集団の生徒が「知識を基盤とした経済」への 対応を可能にする公立の小学校に通うことを義務付ける政策を打ち出した。その背景には マドラサの財政基盤が脆弱であり、学校によっては十分な教育を提供できないというケー スもあったためだが、ムスリム側の大きな反発を招いた。

結局シンガポール政府はそうした反対を受け、当初の計画をひっこめたが、マドラサの 定員の削減とマドラサでの世俗教育の推進という条件を飲ませた。このことは、イスラー ム教育を旨とするマドラサにあって、世俗的な成功を目指す人材の育成という、政府にと っては都合のいい人材を養成できるというメリットがあるが、優秀な人材が宗教的な指導 者に残らないというムスリム側の不安と不満を醸成することにつながった。つまり、マド ラサをめぐって包摂と排除の問題が展開されるようになった。そのような議論は、ムスリ ムの間でも、親政府的な団体と反政府的な団体との間での激しい論戦として現れていて、

市岡氏はそうした議論の趨勢をきめ細かく分析している。

第III部では「過激主義への対応に関わる問題」が検討されている。いわゆる「イスラモ フォビア」をめぐる問題だが、マレーシアとインドネシアという巨大なイスラーム国に囲 まれながら、経済成長の分野では周囲の国を一歩も二歩もリードし、つねにその立場を維 持していかなけれならないシンガポールでは、周囲のイスラーム国への気遣いとそれでも シンガポール独自の価値観を追求していかなければならいこの国の事情が分析されている。

第6章 過激主義防止対策をめぐる問題では、「テロの時代」におけるイスラーム過激主 義対策が論じられている。9・11以降2002年までの間に、シンガポール政府は36名の テロリストを拘束したと発表した。彼らはマレーシア、インドネシアで急成長してきた過 激主義的なイスラーム集団である「ジュマ・イスラミア」のメンバーであると発表された。

政府の管理下にあるメディアでは、この36名の詳しい経歴が顔写真入りで紹介され、シン ガポールにもテロの脅威が迫っているということで激震が走った。こうした事態に、政府 寄りのムイス(シンガポール・イスラーム評議会)などは宗教リハビリテーション・グル ープ(RRG)を組織し、釈放後の「テロリスト」の社会復帰を支援する活動を始めた。テ ロがすぐ庭先にまで迫っているとの事態に対して、ムスリムリーダーたちはそれによって 政府の側からの攻撃がさらに増えると予想し、ムスリム側の自己規制をより強化するとい う方向に動いた。それは、実際にテロが起きてしまったらもっとイスラームへの規制が強 化されるだろうとの認識に基づいているのだが、民衆の側はそうしたリーダーたちの姿勢 に不満をいだき、リーダーたちへの信頼感が失われてしまうという事態にも陥る可能性が あり、リーダーたちの立ち位置が問われている。

第7章 宗教間の交流と「過激主義」の言説をめぐる問題では、「ムスリムは「メリー・

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クリスマス」と言ってはいけないのか?」という、きわめて日常的な話題が論じられてい る。

日本人はクリスマスを祝い、お互いに「メリー・クリスマス」と挨拶しあうことに、あ まり矛盾を感じない。八百万の神を信じる日本人がクリスマスを祝うことにほとんど矛盾 を感じないのは、そこに商業主義的な匂いが立ち込めていることだけではなく、何でも受 け入れてしまう日本人の宗教的特性がよく現れていることを皆よく理解しあっているから である。ところが、イスラームの場合そうではない。アッラーとヤーヴェという同根の最 高神をいただく二つの宗教間では、その教義の在り方の細部に至るまで違いが目立ち、矛 盾する行動を取ることは許せない。そうした矛盾の一つが、ムスリム側が「メリー・クリ スマス」と言ってクリスマスに祝福の挨拶をしてもいいのかどうかという一見些細とも思 われることであるが、根本的な問題として捉えられ、首相をも巻き込んだ大論争として侃々 諤々の議論が展開されている。

シンガポールでは、ムスリムは積極的に「メリー・クリスマス」の挨拶をしないことが 普通であったが、そのことが過激主義に結び付けられ、イスラーム側への差別を助長し、

結果的にはムスリムの利益に反することを生み出す可能性もある。クリスマスの挨拶を単 なる商業主義と割り切り、シンガポールの中の他の宗教のお祝い日にはそれを祝福すると いう「開かれた」態度が望ましいとされ、それを拒絶することは独善であり、過激主義の 温床に通じる批判に曝される危険性を帯びている状況を、市岡氏はヴィヴィッドに描いて いる。こうした日常的な問題の中に、シンガポール全体を貫く管理社会の特質が見事に析 出されている。

第 8 章 民族・宗教間の交流・対話と相互理解をめぐる問題では、シンガポールを代表 する宗教グループ(仏教、道教、イスラーム、ヒンドゥー教など)間の代表者による対話、

相互理解の増進に関する取り組みの実践例が分析されている。シンガポールは過去1964年 に、マレー系と中国系住民との間で激しい人種(民族)衝突が起きた。そうした事態を再び生 じさせないために、シンガポール当局は、住宅政策を推進し、またコミュニティレベルで 数多くの融和的な事業を行っている。ムスリムの側でも積極的に宗教融和的な事業を行っ ている。イスラームの祭礼には近隣の中国系やインド系の住民を招待したり、中国系の住 民の祭礼の時には積極的に参加するなどの活動を行っている。市岡氏もそうした祭礼に参 加し、参与観察を行い、このような融和活動の意義と限界を指摘している。それによると、

融和的な活動は一部のリーダーたちの表面的な交流にとどまり、そうした日常的な活動を 実際に担っているコミュニティの成員同士のレベルでは深い交流は起きていないと結論付 けられている。行政主導の多文化共生の難しさが図らずも露呈していることが報告されて いる。

終章において、シンガポールのムスリム社会がどのように管理され、排除されているか が改めて論じられ、全き包摂を実現するための課題が論じられている。市岡氏によると、

シンガポール政府は3つの課題を設定し、それぞれの課題に対してムスリム側の適切な対

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処を求めてきた。第1に、ムスリムの「低い地位」という課題があり、これをムンダキ(シ ンガポール・マレー・ムスリム社会発展評議会)などの自助団体への支援を通して改善し ていこうとしているということ。第2に、「宗教意識の高まりによるムスリムのシンガポー ルからの分離」という課題があるとして、ヒジャブの着用などのムスリムとしてのアイデ ンティティを過度に表出することを制限し、宗教間対話を促進して、統合融合を達成でき るとしていること。第3に「ムスリムの過激化」という課題を設定し、過激主義には厳し く対処し、穏健的なイスラームの育成を図るということ。このような課題に対して、ムス リムのリーダーたちは政府の意向に沿った対応をなすことが多いが、マドラサの小学校教 育からの排除という政策には反対するというような例にあるように、場合によっては政府 の意向に反対を表明することもあった。超管理社会シンガポールにあって、多文化・多民 族・多宗教の融和と共存はどのようにしたら可能なのか、市岡氏の論文はそのような試み への突破口がどこにあるのかを示唆している。

4 本論文の特色と評価

本論文で展開されたシンガポール・ムスリムの包摂と排除の問題を考える際、シンガポ ールの人口統計を今一度確認しておく必要がある。政府の統計によれば、シンガポールの

2016 年時点の総人口は 560 万人であるが、このうち市民権保有者および永住権保有者を

合わせた居住者(residents)はその70%に当たる393万人に過ぎず、総人口の30%に当た る167 万人が非居住者(non-residents)すなわち外国人である。しかも、外国人の人口比

率は1990 年から2000 年、2010 年、2016 年に至るまでそれぞれ10%から19%、26%、

30%へと急速に高まっている。それは、シンガポール人の出生率が低下する中で経済成長を 維持していくために、政府が積極的に外国人の労働力を受け入れてきたためである。

急激な外国人の増加は、雇用の競合、住宅の価格高騰、交通機関の混雑などの副作用を 引き起こし、国民に大きな不満をもたらした。このような急激な外国人導入政策は、2011 年の総選挙で与党・人民行動党(PAP)が大きく後退する原因にもなった。また、2013 年 に政府が、外国人を最大250 万人(人口の36%)まで増やすことを前提に2030 年の人口 を最大690 万人と予測する「人口白書」を公表した際には、国民から大きな反発があった。

外国人のうち約4 割が高度技能労働者、約6 割が単純労働者である。単純労働者の内訳は、

女性の家事労働者(メイド)が13%、肉体労働に従事する男性の単純労働者が46%(いず れも外国人全体に占める比率)となっている。

シンガポールを包摂と排除の理論から分析するためには、この外国人労働者の存在を抜 きにしては語れないのだが、この問題は市岡氏の分析の対象には入っていない。西ヨーロ ッパで発達してきた包摂排除の理論は、イスラーム系の労働者・移民の問題である。シン ガポールにおいては、現状そのような外国人労働者をシンガポール国家の中に包摂するよ うな議論はほとんど見られない。一部のNGOが彼らへの待遇の悪さを批判し、改善策を提 言しているが、政府からの厳しい批判に曝され、なかなか全シンガポール的な議論に発展

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15 していない。

そのような中、市岡氏はイスラームという宗教の切り口から、シンガポールのマイノリ ティの問題を分析している。市岡氏はすでに修士論文において、『シンガポールのマレー知 識人の異議申立て ―ムスリム知識人協会の活動を中心に―』(2015年)を執筆されていて、

シンガポールの「先住民」であるマレー系住民へのシンガポール国家からの管理統合の圧 力が、AMP( Association of Muslim Professionals:ムスリム知識人協会)に硬軟両様の 手段を用いて課されている実態を分析された。修士論文では、シンガポール政治の特色で あるコーポラティズムが、マレー系というシンガポールを構成する三大人種の中では、経 済的社会的にはマイノリティの立場に置かれている住民の微妙な立ち位置が見事に描かれ ている。

ちなみに、シンガポールの宗教別統計(2015 年)を見ると、絶対的な多数派という存在が 見られない。仏教徒 33.2%、キリスト教徒 18.8%、無宗教 18.5%、イスラム教徒 14.0%、

道教徒 10.0%、ヒンドゥー教徒 5.0%、その他 0.6%、となっている。華人の宗教が仏

教と道教に分かれていることが、圧倒的な多数派の宗教の存在がシンガポールには存在し ない原因である。

市岡氏は、博士課程に進学後、次第にマレー系住民の別の属性であるイスラームという 宗教のシンガポールにおける位置づけを中心に考察を始めた。シンガポールのイスラーム の大多数はマレー系で構成されているが、マレー系の中にはインドネシアのトバ・バタッ ク出身者のようにキリスト教を信じる人々も少数ながら存在する。また、インド系住民の 一部にもイスラームを信じる人々がいる。マレー系住民は完全にはイスラームと一致しな いのであるが、マイノリティ特有の「スティグマ」を共有する要素が非常に多い。

9・11以降世界はテロの時代を迎え、また「イスラモフォビア」に由来する移民・外国人 (=イスラーム)への排斥、排除の問題が頻繁に起きている。市岡氏は、シンガポールにおい て、イスラームという宗教をめぐる包摂排除の問題がどのような形で現れているのか、そ れは西欧社会で発達した包摂と排除の理論でどこまで分析できるのか、どこを修正しなけ ればならないのかという問いを立て、研究を進めてきた。シンガポールの多人種主義はコ ーポラティズムを基礎としていて、各種団体のリーダーたちへの国家による管理統合圧力 が顕著に見られる。市岡氏はイスラーム社会(ムスリム)のリーダーたちに焦点を絞って、彼 らが多人種主義とメリトクラシーの中で、どのような対応をし苦悩しているかをインタビ ュー調査を通して明らかにした。

本論文で市岡氏は、エスニック・グループの境界が植民地時代に構築され、独立国家シ ンガポールにおいてさらに強化されていることを指摘しているが、一方では、一貫して「ム スリム」という集団が他と強固な境界で区切られ、内部が均質な集団であるという結論は 導き出さない。例えば、LGBT をめぐる問題ではムスリム間に分裂と連帯の「道徳的価値 の多元化」が進み、ムスリムという集団と他との境界が必ずしも明確なものではなくなり、

また、集団内の均質性も失われていく方向にある。そのような前提の下、ムスリムの包摂

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16

を考えることは、どうすればムスリム社会の中のマイノリティ(少数者)も含め、多様な アイデンティティのあり方が尊重され、承認されることが可能かという課題を提起されて いる。

市岡氏は、シンガポール人が唱和する「国民の誓い(National Pledge)」には、「人種、

言語、宗教に関わらず(regardless of race, language, religion)」という表現があるが、こ れら三つのカテゴリーだけが国民を分断するものなのかが問題になろうとまず自らの立場 を鮮明にされている。シンガポールの多人種主義は、社会の安定化、国民統合と経済発展 のために求められるだけでなく、1950~60 年代に「人種暴動」を経験してきたこと、華人・

マレー人の民族比率が「逆転」の関係にあるマレーシアとの対立関係が分離・独立後も続 いたことなどから、政府主導による一種の社会工学として推進されてきたと捉え、ここに、

多人種主義とカナダやオーストラリアで発達してきたリベラル・デモクラシーを背景に生 まれてきた多文化主義は異なると述べている。それは権威主義体制の下で多様性を様々な 摩擦を招来する「脅威」とみなす国民管理の手法であった。また、2000 年代以降の国際的 な過激主義の動向の中で、政府は民族・宗教間の交流・対話を一層促進しているが、これ はテロ発生時のバックラッシュを回避するという実利的な目的によるものである、と結論 付ける。

シンガポールは民族・宗教構成、地域情勢など様々な理由から多文化の共生が強く要請 される社会であり、政府や国民はこれを「民族・宗教間の融和」と呼び、多文化共生の実 現を目指した取組みを進めているように見える。そうしたいわば「シンガポール版」の多 文化共生は、多様なアイデンティティの承認を望ましい理念として目指す多文化主義とは 異なるものであるが、そのことから多人種主義が多様な国民が真に包摂される社会をもた らすことはそもそも期待できない、「本来のあるべき多文化共生の姿」とは違うという一括 的な批判は一度留保して、政府が主導し、地域社会や宗教界のリーダーたちのイニシアテ ィブによって進められている「シンガポール版」の多文化共生を目指す取組みに対してこ れまでの議論を踏まえて評価しておきたい、とシンガポールの人種主義への一定程度の理 解を示している。

それでもなお市岡氏は続けて主張する。シンガポールのムスリム社会は、宗教志向の面 で豊かな多様性を有していて、ムスリムとはこういうものである、あるいは、こうあるべ きものであると、ムスリム社会の外部(政府または非ムスリム社会)または内部にいるリ ーダーたちがムスリムを本質化し、異質な要素を容認しようとしないことで、必然的に排 除の問題が生じてくる。これは、多文化共生への取組みの一般的な課題としての、集団間 の境界を本

質化・固定化することでかえって国民の分裂を招いたり、集団の構成員を拘束して自由な アイデンティティの表出や意見の表明を妨げたりすることを、いかに避けることができる かという課題の一部であるとみることができる。このことを指摘して、多文化共生の問題 の一つのケース・スタディとしてのシンガポールのムスリムの包摂と排除に関する研究の

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結論であると締めくくっていて、シンガポールの多人種主義が多文化共生とは起源を異に する原理であることは認めつつ、例えば多文化共生は結局は同化政策であるとの多くの研 究者の指摘を待つまでもなく、両者は共通の危険性をはらんでいて、その危険性をシンガ ポール・ムスリムの研究は示している、という指摘は極めて重要なものである。

5 今後の課題

市岡氏が主に研究の対象としてムスリム・リーダーたちの言説に焦点を当てているが、

そのことが市岡氏の研究の限界にもなっている。コーポラティズムというシンガポール特 有の政治制度であるから、リーダーたちの動きを追うことはしごく当然のことではあるが、

それだけでムスリム社会の動きがすべてわかるわけではない。もちろん市岡氏も、政府に 迎合的なリーダーたちの対応が一般民衆(フォロワーたち)の批判、反発に遭い、彼らは政府 からも民衆(フォロワー)たちからも排除されている、と指摘してはいるが、もっと一般大衆 の中に入りこみ、彼らの本音を引き出す研究もありうる。いわゆる参与観察的な手法を駆 使した研究である。

そのためには、英語だけではなく、マレー系住民の日常語であるマレー語を使った研究 が必要とされている。市岡氏の論文の中にも、「ベリタ・ハリアン」(Berita Harian日々の ニュース)紙やネットの記事などマレー語からの引用が散見されるが、地域研究というレベ ルで考えてみると不十分である。

社会人学生として仕事の合間に研究を行うという制限は理解されるが、研究の対象をリ ーダーたち以外の民衆に拡げた場合、この研究とは別の世界が開かれてくる可能性がある。

例えば、マドラサというイスラーム学校を扱った問題でも、マドラサの学校長がシンガポ ールではきわめて「敏感な」問題である宗教、人種(民族)などを匿名を条件に語ってくれた 裏話を吐露されていて、それはそれで非常に大きな貢献を市岡氏はなしていると評価はさ れる。しかしながら、ムスリムの側ではなぜ子弟をマドラサで学ばせたいのか、宗教実践 と経済的な成功は矛盾するのか否か、というような問題で民衆の側の本音を的確に知るに は、もっと彼らの肉声をさまざまなチャネルを通して「聴く」ことが必要とされている。

あるいは、モスクでの礼拝や、断食といったムスリムの日常生活の中で、彼らがいかに考 え、生活をしているのかを詳細に研究することも必要である。

ムスリム側の不満は、ヒジャブの着用をめぐる問題だけではなく、カジノを取り入れた 観光施設の建設にも向けられていて、このような問題への言及も欲しいところである。

シンガポールにおける多文化共生を考えるのであれば、政府の住宅政策で各人種(民族) が混住することになったフラット(団地)で、日々人々はどのような形で生活をし、共生 上の問題としてどのような事が問題となっているのかを、マレー語を使った参与観察の手 法で明らかにしてほしい。それには博士論文でとった手法とは全く別の方法をとらざるを 得ないのであるが、市岡氏の研究がさらなる高みに上るにはそのような課題はぜひ追及さ れるべきことである。

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さらに、今回はシンガポール・ムスリムの包摂と排除の問題を考察しているが、シンガ ポールの人口の 30%を占める外国人、特に外国人単純労働者やメイドなどの存在を組み込 んだ包摂排除論を構築することが必要とされている。ムスリムはシンガポール市民であり、

その点においても、彼らは外国人労働者を排除する側に立っている。そもそも、こうした 外国人労働者の存在があればこそ、シンガポールの経済成長は達成されたのである。かと いって、あまりにも外国人の数が増えすぎることにマレー系住民は不満を持ち、それが2011 年の総選挙で与党が「大敗」する原因の一つであるが、妊娠が発覚したメイドはすぐ帰国 させられるというような人権の観点からみると大いに問題がある処遇をいつまで続けるこ とが可能であるのだろうか。ムスリムの包摂を訴えることが、外国人の排除を前提にした 主張であるとするならば、それは大局的にはやはり極めて不十分な理論であるのではない かと思われる。

この課題は人口減少時代の日本にも当てはまる深刻な問題である。すでに介護や福祉の 分野では外国人労働者が存在しているが、数年後には帰国を強制するなど、十全たる受け 入れにはなっておらず、彼らの包摂という問題が人口減少時代の日本の深刻な問題である。

市岡氏がシンガポールの外国人労働者の問題にも視野を広げた研究ができるようになれば、

日本の課題との共通性を把握でき、研究の社会的な貢献という観点からも意義が大きい。

それが市岡氏の目指すべき包摂と排除論の最終的な目標であることを期待したい。

6 結論

以上により、本審査小委員会は、市岡 卓氏は博士(国際文化)の学位を授与されるに 十分な資格を有するものである、との結論に達した。

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